走れメロス-セリヌンティウス-②

夢を見た。

処刑される夢だ。

磔の台にするすると自分の体が上がっていく。

視界がどんどん開けていく。眼下に広がるのは哀れみの目を持つ市民たち。自分の真下には槍を持った兵士。

「やれ」

王の声が響いた。

目が覚めた。私は考えた。

このような夢を見るなど、私らしくない。

いや、もしかしてメロスが帰ってこないという神からの暗示なのか。昨日の昼過ぎから大雨が降っていた。途中の川は増水しているはずだ。メロスは帰ってくるのか?途中で諦めたりしていないか?

いや…まだ信じれない。いくらメロスといえど、追い詰められたら自我が崩壊するのではなかろうか。

「おい。セリヌンティウスさん。」

看守の声が聞こえた。昨日の世間話で随分と親しくなれたものだ。

「何があったんだ。ずいぶんと唸っているけど」

「水を…水をください…」

「わかった。待ってろ」

セリヌンティウスはまだ葛藤していた。昨日の看守の話を聞く限り、脱走したいといえば協力してくれるのではないか?考えれば正義などくだらない。脱走したとしても店に戻れるだろう。あぁ、フィロストラトスに事情を説明もしなかった。今頃どうしているだろう。

「セリヌンティウスさん、水だ。」

「ありがとうございます。」

水を飲んだ。

先程までの黒い感情が全て霧散していくようだ。さっきのは悪い夢だ。希望が生まれた。義務遂行の希望である。この私の義務はメロスは帰ってくると信じていることである。

日が傾いてきた。いつもの通り誰がどういう罪で処刑されるのか町中に知らされ済のようで、群衆が集まってきているのが外の喧騒からわかった。

「セリヌンティウス、出てこい。」

兵士がやってきた。

ついにメロスは帰ってこなかった。

いや、まだ日は沈まぬ。信じることが、メロスを信じて待ち続けることが今の私の義務である。

そうこうするうちに、私は磔の台に登っていた。後ろにいる兵士が3人がかりでヒモをするすると引いていく。

視界がどんどん開けていく。眼下に広がるのは哀れみの目を持つ市民たち。自分の真下には槍を持った兵士。

間違いない。あの夢の通りだ。もうじき私は処刑…いや、メロスは帰ってくる。必ずや帰ってくる。

「セリヌンティウス、ついにあの男、帰ってこなかったな。その偽の友情にもそろそろ諦めがつく頃よう。」

いつの間にきたのか、王が何かほざいてやがる。

「いえ、メロスは来ます。必ず帰ってくるのです。」

そのようなやりとりが10回ほど続いた。


日は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとしたとき、メロスが疾風のごとく刑場に突入したのが見えた。高いところにいる私には見えた。間に合った。

突然、刑場に声が響いた。

「私だ、刑吏! 殺されるのは、私だ。メロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」

メロスが最後の力を振り絞って叫んだ。

つり上げられた私の両足に、かじりついた。群衆は、どよめいた。あっぱれ。許せ、と口々にわめいた。私の縄は、ついにほどかれたのである。

「セリヌンティウス。」メロスは目に涙を浮かべて言った。「私を殴れ。力いっぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。きみがもし私を殴ってくれなかったら、私はきみと抱擁する資格さえないのだ。殴れ。」

私は、全てを察してうなずき、刑場いっぱいに鳴り響くほど音高くメロスの右頬を殴った。

殴ってから優しくほほえみ、

「メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらときみを疑った。生まれて、初めてきみを疑った。きみが私を殴ってくれなければ、私はきみと抱擁できない。」

メロスは腕にうなりをつけて私の頬を殴った。

「ありがとう、友よ。」私たちは二人同時に言い、ひしと抱き合い、それからうれし泣きにおいおい声を放って泣いた。

群衆の中からも、歔欷の声が聞こえた。暴君ディオニスは、群衆の背後から私たちのさまを、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔を赤らめて、こう言った。

「おまえらの望みはかなったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」

どっと群衆の間に、歓声が起こった。

「万歳、王様万歳。」

一人の少女が、緋のマントをメロスにささげた。メロスは、まごついた。仕方なく私は、教えてやった。

「メロス、きみは、真っ裸じゃないか。早くそのマントを着るがいい。このかわいい娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく悔しいのだ。」

勇者は、ひどく赤面した。

ついに!書き終わりました!こんな長編を最後までめげずに書いたのは初めてのような気がします。②のセリヌンティウス、映画『えんとつ町のプペル』のルビッチのようでしたね。実際に意識して書きましたが。
学校でメロスを勉強したので、何と無く書いてみました。



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