走れメロス-セリヌンティウス-

私はセリヌンティウス。29歳くらいだったと思う。

シラクスの街で石工をしていて、それなりに繁盛している方だろう。

今日も帳簿をつけて、弟子のフィロストラトスに帰るように告げて寝床に入ろうとした。

いきなり店の方のドアが大きく開かれた。フィロストラトスが急いで帰ったのだろう、私はそう考えて寝ようとした瞬間、何者かに布団を剥がれた。兵士だった

「其方がセリヌンティウスか」

兵士は言った。

「はあ、そうですけど」

「直ちに城まで来てもらう」

「今から寝るところなんです。明日の朝早くに伺うように変えることはできませんか?」

「うるさい。ディオニス王がすぐに連れてこいとおっしゃっているのだ。すぐに来い。」

「ディオニス様がお呼びなのですか⁈」

「何度も言わせるな。来い」

「はあ」

隠して私は城へ連行された。

城の刑場に連行された。私は今から処刑されるのだろうか?そうだとすると、私が何をしたというのだ?石工の商売はそれなりに上手く行っているが派手な生活をしているわけでもないのだ。それに派手な暮らしをしていてもいきなり処刑はあり得ないだろう。

そんなことを考えていると、奥の扉が開いて、ディオニス王が出てきた。即位して以来、殺した人間は足の指を使っても足りないというあのディオニス王が、だ。その顔はとても不吉に見え、口は笑っているのに目が笑っていない。

後ろから人が出てきた。メロスだった。

メロスは私の無二の友人である。私はメロスの村で、私の故郷である村を訪ねたり、メロスがシラクスに来たりもした。大体その時は過去の話で盛り上がり、酒の席は日を跨いだ。

なぜメロスが王の後ろに付き従うようにいるのだ?

しかし、メロスは王に付き従っているわけではなかった。なんと腰縄を打たれているではないか。

王が口を開いた。

「ここにいるメロスとやらが短剣を持って王城に侵入した。」

は?メロスは正義感が強い。それでもいくらディオニス王が暴君だからといって城に入るか?しかも短剣を持って。

「むろん私は処刑する。罪状は王への反逆と殺害未遂、王城への不法侵入だ。」

メロスが処刑されるのか。おそらく町の異常に気付いて誰かに王の異常さを吹き込まれたのか?となれば正義感の強いメロスのことだ。王城に入って王を打倒したくなるのも無理はない、か?

「しかしメロスとやらが村に用事を残してきたというので三日間許せというのだ。そして人質にお前を置いておくから、ともな。」

なるほど。そういうことなら引き受けようではないか。メロスにはいろいろ貸しもあるしな。そしてメロスは絶対に帰ってくるだろう。私にはそれがわかる。

私はメロスに近づき、無言のまま抱擁した。

私は縄打たれ、メロスは村へと走っていった。

あくる朝、私は看守と世間話をしていた。看守と話して思ったのは、国の役人でさえも王に不信感を持っているということだった。その看守も、昨日私を連行した兵士も、王の側近も生活の為にそこで働いているのであって、王に忠誠を誓っているのは、護衛騎士ぐらいだ、と言っている。

だから看守も王城の警備員もメロスが王に反逆したことを内心喜んでいたという。それはそれでどうなのか。

夜になった。今頃メロスは何をしているだろうか。


太宰治作『走れメロス』 セリヌンティウス視点です。前後編に分かれています。後編をあげるのはいつになるのやら…


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