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テレサが処刑されるまで

マージゼルはヴランジ侯爵の長女で、当時はまだ忌むべきものだとされていた”ふたなり女”だったばかりに幼い頃に、僻地にある屋敷に幽閉され、存在を完全に抹消されていた。ふたなりは2つの性を体に宿しているために、2人分の食欲と性欲、そして睡眠を欲している。
革命をまだ迎えぬこの地で深い森と崖を背にしたこの館だけはどうにも異様な雰囲気を携え、出入りの医者と召使、そして囚われの令嬢マージゼル以外は人気がなかった。しかしマージゼルは屋敷での生活をけして苦とは思わず、2人の男の召使いとともに暮らしていた。

召使の片方はエルキュールとマージゼルから呼ばれていた。本名は全く違うのだが、この屋敷では偽りの名前でお互いを呼び合うことをよしとしていた。
若く瓜実顔のまだ若い男であり、実際にはマージゼルの父親がよそで作ったマージゼルの義弟であるが直系の娘であるマージゼルのほうが立場は上である。屋敷内でマージゼルの身の回りの世話や掃除、食事の世話などしていた。

もう一人はアンチノウスという名で呼ばれ、元はヴランジ侯爵邸の庭師と馬小屋の管理をしていた老人である。わずかな白い毛を頭に、潤沢な白い毛を口と顎に携え、年のころは70を優に超えている。マージゼルが生まれた際には勝手にあれこれと世話を焼き、わが子のようにかわいがったため、ヴランジ侯爵夫人からは大層嫌われていたがマージゼルからは不思議と好かれていた。マージゼルが館に幽閉される八つになった頃にはそのまま厄介払いのようにこの館へついてきて、白ばかりの美しい庭とマージゼルが愛してやまないヤギと鶏、そして馬の世話をしていた。

マージゼルは、召使を偽りの名で呼び、自身をテレサと呼ばせた。
彼女が盲信していた作家の義姉の名前である。なんでも悪辣を極めた令嬢だったようで鬼畜作家であったマージゼルの敬愛主でさえ眉を顰める様な猟奇者であったらしい。しかしそのようなことはこの館一番の才人であるテレサ以外に知るものはいなかった。
テレサは特に哲学、芸術、そして黒魔術の類に強い興味を示した。毎日屋敷から出ず本を読んだり、絵を描いたり、動物たちを愛でたりして何不自由無く過ごしていた。マージゼルはいつしか縦も横も分からぬほどの巨体になっていたがルッキズムの及ばぬこの屋敷の中では服臣の召使いもそれを戒めたりなどせず、皆一様にテレサを讃えた。女のふたなりはどうしても食生活を素直なままにしておくと、肥えていく。ジゼルは上背が平均的な男とさほど変わらないほど大きかったためなおさら巨大で偉大に見せていたのだ。

そしてテレサもいつしか齢30になり、ふと思い出したかのようにエルキュールへ、ぼそりといった。

「あら、私もそろそろ八つ裂きかしら」

エルキュールは慌てて館を飛び出し、アンチノウスに暖かいミルクと洗濯をしたばかりの白い布を持て、テレサをくるむようにと言い、馬を走らせ街へと向かっていった。

「ああテレサ、どうか悲しいことを言わないでください、この老いぼれがついております」
「ありがとうアンチノウス、でももうすぐだと思ったのよ、遠くから女の悲鳴が聞こえるわ。きっと私が魔女だからでしょう」
「何をおっしゃい」

アンチノウスは焼けた白いまつ毛の目から一滴の涙をこぼした。
マージゼルの命を己の命よりも大切に思っているのだ。
老いぼれは魔女の手を握り、どうか自分より早く死ぬということを言わないでくれと懇願した。

エルキュールは議長の元へ向かった。
さきほど裁判と処刑を終えたばかりの議長に出会うとエルキュールは淡々と訴えた。

「さきほどの魔女裁判は何だ、魔女として殺された女たちは殺されて楽になるために、やってもいない魔女的行為を語っているだけではないのか」

議長は険しい顔をした。昨今この国では人権問題が騒がれている。この地以外の場所では魔女でないものが死を持って楽になるために魔女のようなふりをしたということで、魔女狩りを行うことを良しとせず、特例的に行わない地域もある。
エルキュールはそれを訴え、マージゼルを魔女裁判から外そうと考えたのだ。

「詳しく話を聞こう、家に上がり給え」

エルキュールは使用人然とした身なりを少しばかり正し、市議の家へ入っていった。

─────…

テレサがミルクを飲み終わった頃、アンチノウスはテレサに語り掛けた。

「テレサ、あなたが欲しいものはなんだろうか。君が生まれてそろそろ三十年という時が流れている、祝いの品を私もエルキュールも渡してはいない、何でも言うといい」

アンチノウスがそういうとテレサは驚いたような顔をして、唇に手を当てて思考した。

「12から15歳のふたなりの美少年を四人連れてきなさい。そのうちの2人は農家の生まれで植物の香りがする子を、1人は物乞いで自らを売り物にしているアングロサクソンの少年を、最後の1人は純真で熱心なキリスト教徒を連れてきなさい」

「たった四人でいいのかい、テレサ、お安い御用だろう、エルキュールが帰ってきたらすぐに用意するよ」

アンチノウスはテレサの手を両手で強く握り、しっかりとうなずいた後、四人の少年がこの館に来た際に必要なものをあれこれ準備するためにテレサの部屋を後にした。


魔女の住む屋敷はコの字型の二階建ての建物だった。
噴水のある白い花が咲く前庭が真ん中にあり、コの奥まった個所にドアが。
左右の両端に筒状の塔のような形の建物があり、そこは一階から二階まで吹き抜けになっており、一階の床には地下へとつながる階段がある。
召使の寝泊まりのための部屋がそれぞれ一つずつ、その他さまざまな部屋を有している一階と、二階はほとんどがジゼルのの趣味のための部屋といってよかった。
広大な書庫と、衣裳部屋、そして少女趣味の寝室が存在しており、召使を含め三人で暮らすにはあまりに広い館だった。


魔女の命令から3日でアンチノウスが少年を連れてきた。
程よく肉ののった丸顔の、まだ自分に何が起きているかも分からないような少年だった。

「テレサ、12歳のホップ農家の子供です、頭はよくないですが色白で程よく太っています」

魔女は少年を一瞥するとフンと鼻を鳴らした。
少年はさらわれてきた身にもかかわらず大きなこぼれんばかりの瞳で魔女を見た。アンチノウスが手際よく少年の服をまくったりズボンを脱がせ、一際白い尻を見せたりした。

「12とは思えない目だな」

そういうと少年は不思議そうに二重の大きな目をぱちくりとした。一方でアンチノウスはどきりとした。テレサに少しばかりの嘘をついていたからだ。

「この子の両親はホップ農家で、母親は毎日味見と言ってタダ酒を飲んでばかりなのです、ですからコイツはエールの羊水に浸かって生まれてきたため、常に酔っ払いで、何もわかっていないのです。瞳に赤子特有の星を宿していても何らおかしくありません」

魔女は少年と見つめあった。少年は何がなにやら分からぬ様子で魔女の足元に駆け寄っていきその自身の顔よりも大きな手の甲にキスをした。

「女王陛下、僕は」

アンチノウスの仕込みによりそこまで話すと少年は悪戯に口を噤んだ、女王は少年の背中の肉をつかみ、アンチノウスの前へ放り投げた。

「この子はフェオ、皆もそう呼ぶように」

そうして少年は女王のお眼鏡にかなうことができた。少年は人懐こく、エール臭い汗を風呂でアンチノウスに流してもらう間も笑顔のままでけらけらと笑った。知恵遅れであることを差し引いても美しい少年、いや、知恵遅れであるからこその瞳に宿る星の輝きにテレサは心を奪われた。


次の少年がやってきたのはフェオが屋敷に住むようになってから4日後だった。不安そうな顔で両の手を胸の前で組んだ少年はラテン系特有の白い肌を持っており、スラリと通り丸く小さな鼻先、色の薄い毛髪、足は長く、小馬のようだった。
アンチノウスが少年の体に巻いた縄をひき、無理に床に座らせる。

「カトリック教徒の少年です、生まれも育ちも修道院。声変わり済みですが聖歌を歌う声は金糸雀のよう」

少年は怯えながら祈りを続ける。

「随分成長しているな、足が長すぎる」

女王が文句を言うと老爺は続けた。

「おっしゃる通りです、しかしながらテレサ、彼ほど信心深い信徒はいないと神父がもうしておりました、足の長さが気に食わないのなら、切ってしまいましょう」

アンチノウスが斧を引きずり持ってくると少年は震えて泣き始めた。

「あぁ神様、どうか私をお救い下さい」

水笛を吹いたような声だった。

「神父のお手つきの売笑児ならば価値がないがお前はお手付きなんだろう?」
「なんと無礼なことを!神父様がその慈悲深い心を持ってして小児に悪心を抱かれるなどあってはならないことです」

少年はテレサに向かい十字を切るのを見てアンチノウスがその杖を持って強く折した。

「汚い悪童め!私達のテレサに対してなんと失礼な態度を!」
「アンチノウス、もういいだろう、 膝で歩かせればいいのだ、その子にはアンスールオスの名前をやろう」
「あぁなんてことを!悪魔だ!」

ルーン文字をルーツに持つ名前が気に食わず少年は悪魔を罵倒する。悪魔は召使いに子守りを頼み、膝に頭をのせている知恵遅れの少年フェオをひと撫でした。

フェオはただ可愛く振舞っていればよいと命じられた、そしてテレサの希望により引き続き女王陛下と呼ばせた。フェオは何も分かっちゃいない様子で本当に女王であると信じ込んだ様子で酔っ払った返事をした。
アンスールオスは膝をついて歩くように指示をされた。それ以外は何も言われなかった。

フェオが館を案内するといい、アンスールオスの手を握って、駆け出した。膝を着いたままのアンスールオスは引きずられていく、その白く細い膝が石の床に擦れ、血を流した。「これはいけない!」アンチノウスが慌ててアンスールオスを抱き起こし尻を付けて床に座らせた。
聖なる少年の血が床と足から流れ出る。思わず魔女は唾を飲んだ。水で洗われた膝を再び不衛生な床へつける。水で洗いはしたが包帯で覆うようなことはしない。フェオは罪のない顔で簡単に謝罪し、アンスールオスを再び歩かせた。 少年たちの寝泊まりする部屋はコの字型の館のちょうど始まりにある円柱状の塔の地下だった。床材は石で、階段はこと更に細かな石をいくつも組みあわせて出来ていた。アンスールオスは苦痛に何度も悲鳴をあげ、階段の中腹からそのまま転げ落ちてしまった。
フェオが駆け寄るが、何の役にも立たない。
何も役に立たないからフェオは両親から売られたのだ。頭を打ったのかハッキリとしない息をすることに流石に違和感を感じたフェオはアンスールオスを引きずりベッドへ運んだ。石の床に置かれた簡易な木製のベッドはそれぞれの足の高さが合わずガタと揺れる。
部屋の四隅に一つずつベッドは置いてある。一つをフェオが使用していることが分かると、アンスールオスは頭を抱え、小さな声で神へと祈った。

「神様、どうか可哀想な子供がもう二人ここへ来ませんように」


エルキュールは魔女裁判中止のためのデモを計画していた。
議長との話し合いは不毛に終わってしまった。
館に帰る前にヴランジ公へ娘の様子を伝えに行った。ヴランジ公はかなりの放蕩者であったが、娘が魔女となって大衆の面前で八つ裂きにでもされたら爵位が下がってしまうやもしれないと聞き、莫大な寄付を市や宗教学校へ約束してくれた。
エルキュールが館へ戻るとアンチノウスが庭先で見知らぬ少年と草をむしっていた。

「爺さん、そいつは何処のドブネズミだ」
「やい小僧、この子はテレサの子供だ、ドブネズミなんて言うと折檻を受けることになるぞ」

にらまれたエルキュールは少年へ声をかけた。

「やあやあ子犬ちゃん、あんたいったい何者?」

そういうとフェオはそのこぼれそうなほどの大きな星をたたえた目でエルキュールを見上げた。

「僕はフェオ、嬢王陛下のロイヤルガードさ」

フェオは小さくて白いおしりをぷりぷりと振りながら、エルキュールが館の中へ入っていくのについて回った。
館の中をフェオがかける一方でアンスールオスは朝部屋から膝をついてなんとか階段を上り、一階にたどり着いた後は壁にもたれてまんじりともせず過ごすことが多かった。
テレサは時折アンスールを呼びつけて膝の様子を窺ったり、無理やり悪魔を崇拝するような歌を歌わせたり好きなようにふるまった。
彼の膝のすり剥けは完全になおることはなく、日々かさぶたになっては剥がれ、新たな傷を増やし、両膝を赤黒い痣だらけにしていた。

少年の飼育の話をアンチノウスから聞いたエルキュールもまた、少年探しをはじめた。
三人ものふたなりの食事の準備は大変だったがアンスールは幸運なことに禁欲主義であること、フェオはまだ精通を迎えていないことを幸運にその他の世話はそれほどではなかったため、暇を見つけては奴隷商人や貧民たちの住む町へ赴いた。

三人目の子供は黒髪で鼻先がつんと上を向いて少し吊った目をした警戒心が強そうな子供だった。

「テレサ、牛飼いの13の子供です、生まれたときから肉とチーズとミルクのみを食って育ったようで、体からいい香りがします」

少年は仏頂面をしていたがエルキュールにうながされるまま頭のにおいを女王へと嗅がせた。確かに、子供特有の若草の香りに交じってほのかに牛の乳の香りがした。

「いいだろう、ピッタリの名前がある、ウルと呼ぼう」

女王はウルの腕や腰をべたべたと触った。

「お嬢様好みの点がもう一点、しかしこれはおいおいわかるでしょう」

エルキュールがにやにやとしながら少年の体に巻いた縄を引っ張る。出荷される牛と同じ扱いをされていることに気付いているようで不機嫌そうに牛の口の動きのモノマネをして、床に唾を吐き部屋から退室していた。 「四人目の子供はまだなの、物乞いの子供なんていくらでもいるでしょう、ドラッグ中毒の親を持つ子供のコミューンを探し出しなさい」

癇癪をおこす主の背をフェオが摩る。

ウルは牧場育ちの子供で両手で数えきれないほどの兄弟姉妹がおり、その中の何番目かの子だった。
牛のように愚鈍な父も母もそのあたりは把握しきれないくらい子供がいるらしい。
独自の牧歌的な宗教によって見れば意味を持ってそうしているようだったが幼いウルには関係のないこと、部屋のカタカタと傾くベッドの上でウルは親しげにルームメイトに話しかけた。

「やあ、僕はウル、君たちも買われてきたのかい?」

フェオが元気に返事をした。アンスールオスはここに来て以来、飯を食べるとき以外は横になっていることが多かった。

「アンスールオス、返事をしておやりよ」
「すまないが僕のことはアンと呼んでほしい、名前が気に入っていないんだ」
「そうは言うけれど女王陛下から頂いた名前だろう?名誉あるものを自ら捨てるなんて愚か者だね」
「どうとでもいえばいいさ、ウル、聞いての通り、フェオは頭がいかれているんだ」

ウルは二人を交互に見やった。
フェオは確かに巨体の女を女王陛下と思い込んでいる異常者だが、ここの生活には適応しているように見えた。一方のアンスールオスは、やたらめったらに聖書の内容を引用し、こうして買われて無理やり生活させられている状況を受け入れようとはしていないようだ。
おまけに傷だらけの膝を見ると、いくら牧育ちのウルもどちらが愚かかなんて明確に分かった。

「それで、ここで暮らすとどんな悪いことが起きるんだい?」

それを聞いても二人とも顔を見合わせるばかりで具体的なことは何も出てこなかった。
アンスールが膝歩きを強要されているぐらいで、これと言ってフェオは制限されているわけでもなく、ウルもそれは同じだった。
思ったよりもひどい目にあうことはないだろうと高をくくったウルはカタカタとうるさいベッドを少し動かし斜めにして動かなくさせた後にけろりと眠りについた。

四人目の少年はエルキュールとアンチノウスの二人ともかなり苦戦した。
物乞いの少年は等しく日焼けをしたり、煤にまみれているため、テレサの好みの色白の少年を見つけることは困難だった。
ましてやアングロサクソンなどなおさら難しく、難航した。

「テレサ、人種はアングロサクソンでなくても許してくれないか?あいつらどいつもこいつも気取っていて、お子様を外で遊ばせたりなんてしようともしないんだ」
「物乞いの中でもかわいらしい顔つきの子はいくらかいます、人種ばかりはどうか目をつむってはいただけませんか」

テレサはしばらく怪訝な顔をしてならばといった。

「物乞いの美しい顔立ちの少年を20人ばかり集めなさい、私と子供たちで決めます」

エルキュールとアンチノウスはほっとして胸をなでおろした。





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