自分の紹介とAutoCADLT WORLDへの旅への誘い

少しだけ、私の紹介をしたいと思う。

 北海道の大学で建築を勉強しました。専攻という卒論の専攻は意匠建築史です。卒論自体は、大正時代の和洋折衷住宅の保存と活用である。

私は直ぐ大学で構造だの設備だのが勉強できると思い入ったのですが、とんでもなかった。最初は一般教養と並行で空間描写だの製図基礎1とかあとは何とか建築概論とかまあ、全然想定外でした。もう辞めてやると思いました。だいたい製図だの空間描写だのが一番の苦手・・。

でも、専門性授業が始まったときに出会いよくよく面倒を見て貰い我が師となったのは、建築史の先生です。
だから、卒論のテーマになったのです。本当に可愛がって貰いました。
今からもう20年以上前の学生時代ですから、コロナ禍の中勉学に励むなどもなく、教授と酒を吞みに行ったり、教授の研究室でコーヒーを持参して勉強を教わったりしました。

ゼミ活動も行いました。卒論のテーマの建物が大正時代の物だとはっきりとした証拠である棟札=上棟時に飾るあの棟札ですを屋根裏で発見したのも自分がゼミの一環で参加した調査時です。

その中で、図面が大事だと教えて貰ったのは教授の研究対象の方の遺品の図面であり、生で図面を描いてた二人の方です。一人は親父であり、もう一人は大学の講師であった方です。

或いはもう一つの言葉がです。図面はエンジニアだけが世界中の言葉を超越して無言の語り合いが出来る万国共通の言葉だと残された土井武夫氏の言葉です。設計図であれ、施工図であれどれひとつ欠けても物は作れないと。

最後ですが、PCとの出会いです。あれは中学の時です。今でこそタブレットだろうがスマホだろうが、勉強の補助道具ですが、私の時代はデスクトップパソコンでCAIというシステムしかなかった。それが塾にありそれでPCと出会いました。

そもそも、CADは図面を描くソフトという認識はありましたが、ある程度製図の知識が無いと使えないという認識も高校生当時には持っていました。なんせ、いきなり呼び出されて使えと言われて、今では描く自信があるRの形のお風呂を描いたりしていたし、講習会などにも数回参加しましたので。

高校まで家にあったCADはDRA-CADと呼ばれる物です。
それがいきなりAutoCAD/LTだと騒ぎ出したのです。

買いましたよ7万5千近くだして バイトしましたもの。初めて、見たマニュアルはリファレンスガイドとヘルプ集だったかな?意味の分からない言葉の連続で・・・。仕方ないので、教えてくれるところを探してくれと頼みました。一週間で当時の作図図面はトレース出来ました。

それが、AutoCADLT95との出会いであり、苦難のスタートの号砲が幕を切って落とされた瞬間だと気がついたのは2007年くらいかな?それまではなんとかかんとか使って図面を描きましたから。

若いユーザや初心者に言いたいのは今は当時よりも画面で分かりやすい情報多種多様で提供がされています。

だからこそ道を間違えやすいのではと思っています。

昔は、もっともっと情報量が少ない中先達が色々とこう言う場合はこうと適切に導いてくれました。今は情報がありすぎます。どうとでも、回答は書けるが、次に繋がらないと思い始めた自分がいます、。

だから、一緒に冒険への旅にでませんかと誘いをかけたのです。AutoCADLTユーザーとしては、まだまだかもしれませんが、多少知らぬ事も知っています。だから、まだまだ自分も未開拓もあるし一緒に冒険へ旅へ誘い込んでいるのです。

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