「千葉急行バス」考察

 2022年2月、2年続けての、しかも同一年度内に「○京オリンピック」が開催されているという珍事の中。とあるツイッター投稿者により“謎のバス停“が発見された。

 それが、「千葉急行バス」の宮内山バス停である。

 宮内山というバス停自体は、千葉市若葉区上泉町の県道53号上に実在する。ただ、それは通称「おまごバス」という、千葉市内でもその地域に限られた運行の、いわゆるコミュニティバスの停留所として、である。
 その見出されたバス停は、実際に運行されていると見られるおまごバスの停留所標識のすぐ脇、急カーブ注意を標示する支柱のコンクリート製の台座のふもとに、ラミネートされた案内の紙を、園芸用の支え棒(緑色のアレ)に括り付けた形で、地面にぶっ刺さっている。まことにぞんざいながら、もうそうとしか言いようのない様子で。

 詳しく見ると、停留所名、予定発車時刻、この先の停車する停留所、その他の注意書き、そして「(※)千葉急行バス」(※ここにアイコンのような社章めいたマークが描かれている)と表記されている。
 途中停留所は地元のローカルな地名が並び、最後に到達するのは「八街駅」となっている。千葉市からは外れ、落花生の有名な産地である「やちまた」こと八街市の、JR総武本線の駅前まで行く路線のようだ。宮内山から各停留所までの運賃らしき数字も付記されている。八街駅まで乗り通すと360円になるらしい。
 これだけ見ると、まあよくあるバス停の案内のように見える。

 おかしいのは、まず最初に運行予定日時だ。
「日曜 5:42」。
 これだけ。週一便、しかも早朝。季節によっては未明と言って差し支えない時間だ。八街駅到着時刻は6:09。しかも急行運転らしい。
 バスに詳しい方ならご存じとは思うが、世の中にはかなり限定された状況でしか運行されない路線というのが、確かに存在する。その筋では「免許維持路線」と称して珍重されていて、例えば「祝日のみ一日一便」というようなものなんかがある。とうてい定期的な利用者がいるとは思われない路線設定だ。これにはバス運営に関わる事情が絡むようなのだが、詳細については割愛する。こんなnote読む人ならもう調べられるか知ってるかのいずれかだろうと踏んで。
 なお最初のツイッター投稿が拡散されたのは2月14日、月曜のことだったので、前日13日にバスが運行されたのかについては誰も確認できていない。

 次におかしい点に移る。
 注意書きの欄に、このように書いてある。
「20分以上遅れる場合は運休とみなしてください」。
 おいおい、フリーダムだな。
 バスが遅れることはよくある話だ。但し、あくまで交通状況や何らかの障害があっての場合。日曜の朝6時以前という時間帯に、ラジオ体操さえまだ始まらないのにどうやって遅れる見込みがあるのか。ましてや、(あくまで一般的に)バスというのは公共交通機関である。それが遅れたからといって「はい運休ですー」というのはいかがなものなのか。寒風吹き曝す中や雨天の下、来るだろう、来てくれるだろうと信じて目的地まで運んでくれるバスを待つという状況を思い浮かべれば、そう易々と言えることではないというのは、想像に難くないはずだ。

 他にも何点かあるのだが、この「バス停」に決定的に欠けているものが一つある。それが、「運行事業者の連絡先」だ。
 最初のツイートを見た人の反応に、いかにも交通に詳しい人らしきものがあった。
「千葉中央バスや千葉観光バスは存在するけど、千葉急行バスというのは千葉県バス協会のHPに記載がない」。
 そう、このバス運行者は、およそ「実在している」という要素を欠いているのである。
 かつて、千葉急行を名乗る鉄道事業者は実在した。千葉急行電鉄。しかしそれは千葉市域として見れば反対側、京成電鉄の千葉中央駅と市原市のちはら台駅を結ぶ路線で、現在は京成に吸収されて京成千原線となっている区間のことである。悲劇の路線とも言える千葉急行線は、しかしバス事業などを行う余地など有り得なかった。ゆえにこれとは無関係であると断ずることができる。この辺りも深く知りたければ各自で。

 さてこれはミステリーである。
 存在しないバス会社の、現に案内された停留所。界隈は俄かにざわついた。
 ただまあ、バス協会に名前のない運行者ということで、「ほぼ100%でいたずらの類であろう」と予測もされていた。
 しかし、そんな限定的なシチュエーションに、誰も見ないはずのバスが走ってる、ような、ほのめかし。人の興味を惹かないはずがない。

 筆者もそれなりに交通や地理に手を染めているので、もう興味の鎌首がもたげてもたげて仕方なかった。まずは表示された停留所がどこにあって、どのようなルートを取るのかについてマップと睨めっこを始める。
 宮内山に表示されたバス停は、内小間子・西御門・根古谷・用草公民館・希望ヶ丘入口・希望ヶ丘中央・坂江・勢田入口・松林・新八街・実住小学校・八街駅入口・八街駅。この他に内小間子との間に泉モータース・県射撃場・小間子の三カ所を通過する旨が記されている。あくまで急行ということで、通過停留所が設定されているのは、まあ納得の範囲だ。
 以上のバス停はおよそ実在していて、あくまでも「現実ベース」の路線設定ということが伺える。「希望ヶ丘中央」というのは、実際には「希望ヶ丘」という名前で設置されていた。(ここは間違えていました。希望ヶ丘中央バス停は、八街市コミュニティバス西ルートにちゃんと存在します)
 問題としては「この経路を通るバス路線が現状では確認できないこと」くらいの、まあありそうな路線に仕上がっているのだ。
 ただ、「新八街」というのが見つからない。「カスミ八街店前」という、バス停にありがちな副名称を添えられているため、県道22号・277号合流点近くなのだということだけが分かる。実際にこの付近には「稲荷神社」と「五区コミュニティセンター」という停留所が存在しているようだ。ここを「新八街」と称するのは、ロードサイド型の商業施設集積地となっている様子からしても、まあ頷けなくはない。しかし何か引っかかるものはある。その名前はどこから出てきたんだ。
 検索すると同名の総合病院が出てくるのだが、八街駅を挟んで真反対に位置している。このカスミ付近をそう称する根拠が全く分からないのだ。
 また「新八街」については、西御門停留所を実況検分しに行った方の写真から、注意書きに「乗客ゼロの場合は新八街を終点とする場合がある」旨の記載が確認できた。これもフリーダムな。

 そうこうしている内に、問題の日曜がやってきた。
 物好きな人はやはり居るもので、朝ぼらけとも言い難い雨の中を、現地に赴いた方が確認できただけでも4名。宮内山に2名、西御門に1名、用草公民館に1名。
 バスは、20分待ってもやって来なかった。運休だ。

 実はその前々日に、ネットニュースサイトのJタウンネットが取材をし、記事を上げていた。
 Jタウンネットはなんと、国交省関東運輸局と千葉市、佐倉市、八街市、そして八街市を所轄とする千葉県警佐倉警察署にも取材をしていて、そこでもう「架空のバス会社」「野良路線」「悪質ないたずら」という扱いで、実際に設置者に警察からも注意を行っているというのである。
 これで「一件落着」かと思われる記事内容である。

 だが、ガチ勢は諦めなかった。
 前述の通り、20日の早朝に現地に突撃する者が現れたのである。そしてバスは現れなかった。

 これは完全に推測になるが、ネットメディアが取材を敢行したことで、佐倉警察あたりから「千葉急行バス」に対して何らかの警告が発され、そのため当日は「運休」になったのかも知れない。
 だとしたら、おいおい余計なことをしてくれたな(おっと本音が)

 ただこの「現地凸」の動きには注意を促す向きもあって、曰く「当該便から乗り継げる特急列車で受験会場に向かう人もいるんだから自重せよ」との旨である。これは時期的には至極真っ当なのだが、蓋を開けてみれば八街駅にたどり着く以前の問題だった。

 ここまでが、拡散から一週間、表示された「運行時刻」前後までの経過である。

 さて、問題はまだ解決していない。
 何しろ当該の「バス」は確認できていないのだ。いや、あえてここは「みんなの心の中」に在り続けるものとして、ネットロアということで話を漂わせ続けるのもひとつの道かも知れない。

 だが、なんというか、腑に落ちない点(というかツッコミどころというか)があってどうにもモヤるのである。
 筆者は、バス路線としての在り方が妙にリアルなところが、ただの「いたずら」レベルで済むようなことではないように感じられるのだ。

 まず、八街市のコミュニティバス担当部署と、そこからの通報で佐倉警察の知る所となっている。警察が動いたためであろう、「千葉急行バス」氏はいともあっさりと注意されている。またツイッターやストリートビューで確認できる範囲の「バス停」標示は、現に見に行った人が当日もそこにあったことを証明している。
 八街市はおそらく、市内バス停に括り付けられた「異物」を、極力排除していると考えられる。おそらく警察もそのように指導しているだろう。佐倉市や千葉市がどう反応しているかは確認できないが、当該エリアのバス事業者はまず元々が京成バスで、そこから分社された地域路線運行会社が請け負っている場合がほとんどのため、横のつながりで情報共有すればあっという間に撤去されてしまって不思議はない。
 なのに、おそらく再三再四その「バス停」を「設置」し続けているのだ。
 それも、微妙なバージョンアップを施し続けて。
 内小間子などは、現存する停留所とは別の場所で、物流倉庫の前の街灯の柱に括り付けてある。まあ経路としてはその方が停まりやすいんだけど。

 ちょっとイカれた人物の所行であろうとは、容易に想像がつく所ではあるが、警察からの注意を受けてなお現存しているのは、あまりにもあまりではないか?
 とはいえ宮内山と内小間子は千葉市で所轄警察も別(千葉東警察署)になるので、行き届いていない部分はあるのだろう。
 若しくは、千葉東警察も動いているのであれば、これは「相当な執念」の持ち主であると考えざるを得ない。

 おおかたの予想は、「ぼくのかんがえたさいきょうのバス」であるというものなのだが、それならもっと「オリジナル要素」があってもよさそうなものだ。この「千葉急行バス八街駅行き」は、ちょっとそうしたものとは違うブッ飛び方をしているように思われる。あまりにも「ありそう」な路線を形成しているのが、ちょっと「さいきょう」じゃない感じなのだ。

 20日に現地凸を敢行した人の情報から、用草公民館バス停の「旧バージョン」の標示の存在が明らかになった。それによると、どうやら始発地は千葉都市モノレール・千城台駅らしい。
 これでどうやら、千葉急行バスの「路線」は「千城台駅~八街駅」であることが判明した。かつては希望ヶ丘中央も通っていなかったらしい。あとは宮内山までの途中経路が謎である。

 あくまで筆者の検索はネット上のものだけなので、ツイッターやグーグル等のマップで分かる範囲になってしまうのだが(安楽椅子記事とでも何とでも言って頂いて構わない)、どうしても気になることは気になるもので。
 だって札幌からじゃホイホイと行けないもん。行ける人の情報を摂取しますよそりゃあ。

 さて、千城台駅から八街駅へ至る路線ということになるが、これが実際にバス路線として運行されていたとしてどれだけの需要があるものなのか。地図で示された部分を見る限り、ちょっと流動としては細すぎるように思ったのである。
 つらつらとマップを移動し、千城台方面のバス停を検分したりしていると、ニュータウン千城台の一角に「千城台車庫」という停留所を見出した。
 バスマニアなら、想定としてはこの車庫から出庫して駅に向かうと考えるんじゃないかなあ、などと思い、千城台車庫がどこの会社の所轄なのかを当たろうとした。
 グーグルの検索結果に現れたのは「閉業」の文字。
 え、まって。じゃあこの停留所は。
 ストリートビューでは、まさに発車待ちをしている京成バスと、反対側に降車用の停留所が設けられているのが写っている。なんだこれ。ただの転回場になっちゃったのか。
 そう思い、もうちょっと千城台車庫のことを知るべくウィキペディアに向かった。当該項目は「京成バス千葉営業所」。
 そこで千城台車庫と、近傍に御成台車庫という場所があることも分かったのだが、そこでひとつの謎が氷解した。

「新八街線……?」

 かつての京成バスの路線として、京成千葉駅~八街駅という路線があったらしい。昭和の頃はまだ千葉都市モノレールがなく、国鉄→JRの駅から離れた所の行き来は当然バス。当時は直接、京成千葉駅に乗り入れていたらしい(現在の京成千葉駅か千葉中央駅かは明記なし)。それが平成に入りモノレールが開業すると、終点の千城台から八街への路線に短縮されたのだという。のちにちばフラワーバスへの分社移管を経て、現在は千葉市内一部区間をおまごバスとして残し、八街方面は路線廃止となったという……。

 これか?

 確証は持てないが、「千葉急行バス」はこの路線を踏襲し、その存在を記憶の中だけでなく実在していたものとして、形あるものとして、そこに存在させ続けたかったのか?
 だとすれば、その常人には理解が及ばないであろう執念のようなものも、まあ解らないではない。
 鉄道の廃線なら遺構が残りやすいが、バスは車両が走らなくなって停留所が撤去されたら、または停留所から標示が消えたら、痕形もなく失われてしまうのである。実に儚い。こだわりが強い気質なら、そうしたもの、それまで変わらずに在ったものを喪失してしまうのに耐えられない感覚になってしまうこともあるだろう。……やっていいことと悪いことはあるにしても。

 だが、まだ謎は残る。
 この「新八街線」は、千葉急行バスの経路とは異なっているのだ。途中、吉倉というところを通る。調べると、内小間子で県道53号を曲がらずに直進した方向になるようだ。
 ちょっと考えちゃったんだけどなー、「もしかして元々の廃止路線の内小間子バス停があった場所を復活させる形?」とか。

 現地に詳しい人のツイートによれば、千葉急行バスのルートは宮内山あたりから八街駅までの最短距離を通っているという話もある。そうしたルートなら「新八街線」を「改良」したものとして残せたのではないか、という考えを持っている、と見ることもできる。その割には根古谷という狭隘な道を通る停留所を選択しているが。あとわざわざ入口でお茶を濁さず、希望ヶ丘に入っていく経路を取ったり。なんだろう、せめてものリアリティ?「この便のみ停車」て、その便しかないやろが!

 やっぱり「ぼくのかんがえたさいきょうのバス」なんだろうか……。

 ちなみに実際に運行されているコミュニティバスの様子がストリートビューで確認できるが、これどうやって折り返してるわけ? というのも疑問ではあった。【→これは折り返しではなく、地域内を循環している路線でした。でも、それはそれで「あの車体でそんな区域に入るんだ……」となりますけども。】

 というわけで、ざっくりと(しかし長くはなったが)ここまでの千葉急行バスの展開と、その考察を捻った文章でした。

(2022.02.20.20:26 運賃の数字を誤っていたので訂正します。ついでに1ヶ所表現を改めました)
(2022.02.22.3:23 希望ヶ丘中央バス停についての記述が誤っていたため、2か所訂正加筆しています。もひとつついでにもう1ヶ所表現を直しました)

考察の続き↓


https://note.com/zipcode001/n/n2be7bfa04905

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