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Quadeca『Scrapyard』レビュー

某所にて没になった原稿をこちらで公開します。問題があった場合は削除しますのでその時はご了承ください。

​​​​「しかし、歌で自分の感情を語るときはいつもそうだが、「悲しい少年」という言葉が使われていることが気になって仕方がない。ただ率直に自分の気持ちを語る男性を表現するのに、この言葉が使われるのは不健全で問題があると、私は常々思ってきた」
(Xでの発言より筆者訳 元投稿:https://x.com/jamesblake/status/1000228403998425088?s=20)

Sad Boy、悲しい少年という表現が今や英語圏においてある種のステレオタイプを(多分に嘲笑的なニュアンスを伴って)言い表すスラングとして用いられることを思えば、上のJames Blakeの発言の翌年にQuadecaのファーストアルバム『Voice Memos』がリリースされたことは存外重要なことのように感じられる。あらゆるムードや情感が類型化され冷ややかな視線が投げかけられる時代においていかに真正性を獲得するか、それこそが今回取り上げるミックステープ『Scrapyard』まで一貫する彼のテーマそのものだからだ。

当初QuadecaがYouTubeを拠点に活動するゲーム実況者だったことはよく知られている。2014年から次第にラップ関連の投稿を増やしていき、ヒップホップへと傾倒していった彼はYouTuberとしての活動の傍らミックステープを3年間で4枚立て続けにリリースする。数々のバズを経てラッパーとしてのキャリアに活路を見出したQuadecaは、前述の通り2019年に初のアルバムを発表することとなった。

AOTYやRYMといった大手ユーザークリティックサイトを見れば分かるように、彼の初期のキャリアへの評価は決して芳しいものではない。そこには若さゆえの楽曲のクオリティの未熟さ、裕福な白人という出自に加えて、オンラインコミュニティという彼のルーツが大きく関係しているように思われる。全ての表現が平板なミームとして弄ばれうる足場のない荒野と、アーティスティックであることとの相性はあまりに悪い。

そんなQuadecaのキャリアの転機とも言えるのが、2021年に発表されたセカンドアルバム『From Me To You』だ。エモラップに徹した前作とは対照的なグリッチポップ、アンビエントやオルタナティブR&Bが入り混じるエクレクティックな作風は一アーティストとしての注目を彼にもたらし、とりわけリードシングルの「​​Sisyphus」は高い評価を受けた。彼の評価が領域横断的な折衷性によって高まったことは一考に値する。作品の形式的な複雑さが、野次馬の皮肉めいた眼差しを退けたこと。

このような方向性は2022年リリースのサードアルバム『I Didn't Mean To Haunt You』においてより一層の深化を見せた。Jane Removerやquannnicといった新鋭を擁するレーベルdead Airへの移籍を発表した彼は、レーベルメイトと歩調を合わせるように、ロック、それもインディー寄りとされる音楽性へと傾倒していく。『I Didn't Mean To Haunt You』を特徴づけるのは、The Microphonesを彷彿とさせる実験的なフォーク要素の導入と独特のダーティなサウンドプロダクションだ。生楽器とエレクトロニクスを薄汚れたローファイさで混ぜ合わせた独自のサウンドテクスチャーは、一人の亡霊をめぐる顛末を描き出すコンセプトと相まって多くのリスナーから絶賛されることとなった。

『I Didn't Mean To Haunt You』において確立されたQuadecaのサウンドシグネチャーは今年リリースされた『Scrapyard』にも発展的に引き継がれている。例えば同作の「Dustcutter」はフォークトロニカとエモラップのミクスチャーとも言える音楽性で、全体のくすんだ音の質感も含め完全に前作の延長線上にあるものだ。一方「What's It To Him?」のストリングスとアコースティックギター、コーラスワークが絡み合う柔らかな厚みを持ったサウンドには、前作以降の彼の試行錯誤の成果が表れていると言えよう。中でもとりわけ感動的なのは今作のラストを飾るKevin Abstractとの共作「TEXAS BLUE」で、鍵盤を中心としてほぼ生楽器のアンサンブルのみで構成されたサウンドはQuadecaの新境地だ。

『I Didn't Mean To Haunt You』から『Scrapyard』に至るまでの、ローファイでアコースティックな音響の導入と深化は前述の類型化の問題とも呼応する。ノイジーなフィルターを介することによって生まれる揺らぎや多層性、生楽器の演奏に伴うたわみやズレ。これらは楽曲やアルバムに既存の何ものかに回収され得ない重層的なニュアンスをもたらすことだろう。作品全体に横溢する彼の複雑でしなやかな感性は、シニカルな記号化ばかりが幅を効かせるこの世界においてこそ一際輝くに違いない。

李氏

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