ドラマの作られ方
菅原文太さんが亡くなって、フジテレビのいくつかのワイドショーの追悼コーナーで「北の国から’92巣立ち」の、文太さんの出演シーンが流れた。
タマ子というガールフレンドを妊娠させた純が、父、五郎とタマコの叔父である文太さんの営む豆腐屋さんへ謝罪にいく場面だ。
それを見ていて、あの2分ほどの緊張するシーンが、どのように撮影されたのかを思い出していた。
ドラマ作りに興味がある人もいるかもしれないし、だいぶ古いけど、有名なドラマの、ワンシーンの作られ方を思い出しながら書いてみようと思う。
まず、脚本。
豆腐屋が出てくる、この場面をどう撮影するか、監督の杉田さんの頭の中に、セットを組むという考えは頭から無かったと思う、豆腐屋さんの入り口ぐらい、美術さんにとっては簡単なものだ、だけどセットを組めばTBSのホームドラマのようになってしまうだろう、そんな画で杉田さんが満足する訳が無い。
そこで製作部がロケハンして、いくつかの候補を出し、最終ロケハンして、監督がOKを出した豆腐屋さんが決まる。
ロケハンの写真を見ると、監督、製作、助監督、美術、カメラマン、照明さんなど、写真を撮ってる僕を含めて、総勢11名のロケハンだ。
ここで、各パートがそれぞれのロケハンをする、監督とカメラマンはどう撮るか、照明さんはどういう機材が必要で、照明の電源が、どこから、どれだけ(何ワット)取れるか、取れなければ、ゼネ車という電源車を何処に停めて、そこから何メートルのケーブルがいるか・・・。
製作部はロケバスとか、俳優さんの車の駐車場探し、メイク場所はどうするか・・・。
助監督は、どんな撮影になるか、監督とカメラマンの話に聞き耳をたて、他のパートがどんな問題を抱えているか聞き出し、また、方位磁石をもって、店の方角を調べ、撮影日が決まれば、どの時間帯に店に陽が当たるとか、当たらないとかを知らなくてはいけない。
ロケハンの結果、豆腐屋さんの店先はロケで、奥の座敷はセットとなる。
そこで、美術デザイナーによってセットの図面が引かれる。
見にくいと思うが四角の一マスが約30センチ×30センチ(一尺×一尺)。
3マス×6マスで、だいたいタタミ1畳になる。
イメージイラストも書かれ、それに従いリハーサルが組まれる。
諸々の状況でリハーサルが12月21日、撮影が翌日22日に決まる。これは豆腐屋店内のロケ部分だけだ。
リハーサルスケジュールを見ると、13時から衣裳合わせがあり、14時からリハーサルが始まる、田中邦衛さんの入り時間が15時だから、シーン64の豆腐屋さんのリハーサルは、16時とか、だいたいそのぐらいから始まったと思う。
リハーサルの終り時間は書いていない、北の国からの、これは基本で、俳優や、事務所にも伝えない、とうなるか判らないから伝えられない、リハーサルはなんの為にやるのか、これは、まあ、立場によって若干違うけど、基本的には芝居を作り、固める事で、芝居が決まれば、おのずと演出が決まってくる。
杉田監督はそれが、ちょっと異常で、2分ぐらいの場面を、延々と10回、20回とやってもらい、演出的なアイデアを出しつつ、芝居や動きを変えて、また10回、20回。
文太さんも邦衛さんも、文句など言う訳もなく黙々と演じる、セリフの無い吉岡くんも、その場にいて、ちゃんと芝居をする、奥さん役の神保さんも、延々と、いつ終るかもしれないリハーサルに付き合う。
だけど、決して、暗いリハーサルではない、たまの休憩に邦衛さんは、冗談っぽく杉田さんに「終電で帰れるか?」なんて言ったりする、杉田さんはヘラヘラ笑うだけ・・・こういうリハーサルが出来る監督はそんなにいない。
やれる予算がだいたいは無い、リハーサルはただ、カメラ位置の確認ぐらいで終ってしまう、演出が無いとまでは言わないけど、芝居を作るまではやる時間もない。
リハーサルが終ると監督はカット割りを考える、撮影は翌日なので、監督はそれまで考え、翌朝にはスクリプターさんと助監督に、そのカット割りが知らされる。
シーン64はこんな感じだ ☟☟☟
店の前が5カット 店の中10カット。
本当に放送されたのが、このカット割りどうりかは判らないけど、リハーサルで考えたモノがこれで、実際に現場に出ると、違うアイデアが浮かんだかもしれない。
で、撮影スケジュールがこれ ☟☟☟
8時~11時半まで、一応、3時間半で撮る事になっている、この撮影時間は、まあ、ギリギリの線だと思うけど、次に撮影する病院の、借りられる時間が18時までだったのかもしれない。
リハーサルは段取り良く撮るためのでもあるから、やるしかないし、おそらく時間どおりに撮りきったと思う。
そして、シーン65の豆腐屋店内の撮影は12月29日、そのリハーサルは12月27日だ。
27日のリハーサルスケジュールを見るとシーン56の病院の応接室とシーン65の豆腐屋居間のシーンが13時開始で始まる事になっている。
そして次のシーン開始が17時からなので、いちおう4時間取ってあるし、次の、いしだあゆみさんのシーンは簡単に終ると判断して、これは、どこでも出来ると思っているので、リハーサルが伸びたとしても、あとは純だけなので、誰にも迷惑がかからない。
杉田監督にはリハーサルし放題の環境を作っている。
そして、リハーサルが終って、出て来たカット割りがこれ ☟☟☟
数えてみたら60カット、北の国からは、勿論テレビドラマであるけれど、いわゆるテレビのスタジオで撮影されるドラマではない。
いわゆるテレビドラマというのは、5台ぐらいのカメラでひとつのシーンをいっぺんに撮るようなやり方で、連続ドラマなど、こういう撮り方で無ければ撮りきれないだろう、
だけど、北の国からは、一台のカメラで映画のように撮ってゆく、2台のカメラを回す時でも、2台をスイッチングで切り替えるのではなく、2台の同時回しだ、編集が思いやられるけど。
という訳で、ワンカットづつ、60カット撮ってゆくのだ、まあ、まれに3カットぐらい一度に撮る事もあるけど、こういう撮り方が監督としてはうれしい。
どういう事かと言うと、カット割りで、
①セリフを言う叔父
②聞く五郎
③セリフを言う叔父
⑤聞く五郎
こんな場面は、まず叔父さんのセリフを一度に撮る、それから五郎さんの聞いている顔だけを撮る。これを編集でつなぎ変えるだけだが、スイッチングで一度に撮ってしまうと、楽だけど、それで終わりだ、
しかし、全部を通して撮影してあれば、セリフとセリフの間を微妙に変えたり出来るし、場合によっては叔父さんの顔だけで、五郎さんの画は使わないという事だって出来る、監督にとって編集の幅が広がるのはうれしい。
と、いう事で、撮影はフジテレビの局のスタジオでは無く日活のスタジオで撮影される事になっている。☟☟☟
10時開始で18時まで、田中邦衛さんの入り時間が13時半なので、シーン65は14時開始ぐらいだろう、4時間で60カット、人物の動きが少ないので、それほどタイヘンではないだろう、じっくり撮れる環境になってると思う、18時終了もあくまで予定で、押した所で、まったく問題はない。
(念のため言っておくけど、撮影が10時開始と言うだけで、美術さんは前日に飾り込みをしているし、照明部さんは2時間は前にスタジオ入りして、明かりを作っているし、撮影部さんも機材チェックやら、カラーバランスを合わせたり、準備万端での10時開始なのだ)
台本にして4ページ、2分ほどの場面の撮影にリハーサルに4時間、撮影に4時間。合計8時間。
8時間が長いか短いか、おそらく、菅原文太と田中邦衛、こんなふたりなら、テレビのスタジオで5台のカメラを使って、その場でリハーサル、ランスルー(カメラのテスト)、本番、撮影しても、それなりの出来になるだろう、早ければ1時間で終るかもしれない。
だけど、良質なドラマというのは、こうして1カットづつ丁寧に作られるものだ。
倉本 聰さんの脚本は素晴らしいけど、杉田さんの演出は、その脚本を超えようとする努力から生まれていると思う。
自主映画を撮ろうとしているなら、おそらく時間はたっぷりあるのだから、こんなスケジュールを参考にしてみるといいかもしれない。
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