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エイプリル

先日、クレジットカードが止められていることに気がついて仕方なく現金で支払おうとしたら財布に170円しかなく、なんとなく春のうちに登山をしたいなと思った。こういうふうに思考のテーマが脈絡なく飛躍するのは連合弛緩っぽくて結構マジに統合が失調しつつあるのかもしれない。

登山といえば、上京した年の春に友人と高尾山に登ったことがある。思ったよりも大変だね笑、と汗をかきながら着いた山頂は観光客でごった返していて、キモすぎると吐き捨てて下山した。それからまもなくして、登山ができるような体ではなくなってしまってのでそれ以来登山はしていない。こんなことをいって病気になった元を取ろうとしている俺はきっと地獄に堕ちる。

極めて個人的なことが原因でこのところずっと下に潜っていて、こういう場合抜け出そうと思って抜け出せるわけじゃないのでじっとやり過ごすしかない。穴の中は寒くて暗い。店先のOPENと書かれた看板の傾きが地球の自転軸の傾きだと直感的に理解してから真っ直ぐ歩くことができなくなった。
家に1人でいると気が狂いそうになるから山手線で気絶してる。

創作物を摂取するときだけ正気でいられる。物語に救われているといえば聞こえは良いのだろうけど、物語をモルヒネ的な用法で用いている病的な側面もあるわけで、いずれにせよ今の俺は健全さからは程遠い。

ポレポレ東中野で「親密さ」のオールナイト上映を観た。満員だった。
丸子橋を歩く二人のロングショット、次第に薄明を迎える。街が動きだす前の空気、その特異な静謐を観客は共有する。

「夜が明けて朝に向かう時、重力が光を受けてホロホロと剥がれ落ちるもの、僕はそれを拾って、拾って拾って拾って集めたものを愛と呼ぶんだよ」

映画館を出ると、朝日で空が白む数分のしじまを総武線の光と街灯が明滅し、街は輪郭を失っていた。

思いっきり息を吸い込むと、冷たく清潔な空気がむせ返るほどに肺を満たした。
その空気が洩れないように上を向いたら爪みたいな月が浮かんでいた。

俺はきっと、いつかこの4月の夜明けを思い出して泣いてしまうだろう。









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