名瀑。

休日に近所の八百屋に行くと、規格外でハネられたミカンが 
破格で売っていた。 

八百屋「こっちが広島。こっちが和歌山ね」 

カゴに盛られたミカンは産地が違っていた。 

八百屋「どちらにします?」 

俺「ああ、和歌山のほうを」 

八百屋「和歌山のミカン、お好きですか?」 

俺「あ、いや、和歌山に、思い入れがあるんだ」 




亡くなったおふくろは滝を見るのが好きだった。 
名瀑と言われる美しく壮大な滝を見るのが好きだった。 

俺もドライブがてら、宮城県の秋保大滝に 
連れて行ったことがあった。 
兄や弟も、時間を作っては県内を初め、隣県の名瀑に 
おふくろを連れて行った。 

ここ新潟は、立地が良く、日本三大名瀑のうち、 
ふたつは新潟の近県にある。 
栃木県は日光の「華厳の滝」、宮城県は「秋保大滝」 
どちらも日帰りできる距離にあった。 



「おふくろが、大変だ」 

その電話は兄からだった。 

越後名瀑のうちのひとつ、妙高の「苗名滝」を見た帰り道、、 
遊歩道で転び足を骨折したらしい。 

「骨が弱くなっているんだって」 

病院に行くと、ベットに横になっているおふくろが言った。 

おふくろは長い間、糖尿病を患っていたが、 
糖尿病はカルシウムを吸収しにくくし、 
骨を弱くするらしい。 

「日本三大名瀑は、だめだったねぇ」 

残念な表情で、ゆっくりと向こう側に寝返りを打つ。 
その枕の脇には「滝の本」が置かれていた。 






(くそ!しつこい野郎だ!) 

時折パッシングするそのタクシーは 
追突するぞといわんばかりに 
ハーレーのテールに迫りくる。 

ただでさえ不慣れな都会の高速、 
流れの速い夜の環状線で 
暴走タクシーが俺を煽る。 

新潟を発ってから12時間。 
吹田までは順調だったが、 
環状線に入ったとたんにこれだ。 
まさか600km走った先でタクシーとやりあうとは 
夢にも思わなかった。 

「バラッツ!バラッツ!バララララララ!!」 

真っ直ぐに視界が開けると同時にアクセルを 
めいっぱい空ける。 

それがタクシーの運転手の苛立ちを 
さらに助長させたらしい。 

(あの野郎アクセルベタ踏みでついてきやがる) 

よく見るとビルの手前で急カーブになっていることに気付く。 

(噛み付くなよ) 

ギアを落とし減速、 
しかしタクシーはそのままスピードを落とさなかった。 

ヘッドライトに照らされたジーンズが真っ白くなる。 

(くっそ!) 

「パパパパーーーーーーーッ!!!」 

憎しみを込めたクラクションを鳴らしながら 
数十センチの間しか空けずに、そのタクシーは 
追い越していった。 

非常駐車帯に入り、大阪に住むマサに電話する。 

「梅田なんとかってビルを過ぎたあたりなんだけど、 
あとどれぐらい?」 

俺はもう、この戦場みたいな高速から少しでも早く降りたかった。 







マサ「ナタ兄ぃ、よお来たな!」 

戦場みたいな高速を降りると、マサが出迎えてくれた。 
見知らぬ街での仲間お出迎えは、本当にホっとする。 

マサとは兵庫で開催されたバイカーズミーティングで知り合った。 
俺はキャンプの時はいつもナタを持っていたため 
兵庫のミーティングで知り合った仲間たちには 
「ナタ兄ぃ」と呼ばれている。 

ひと月前も兵庫で会ったばかりだが、 
今夜はマサの部屋に泊めてもらうことになっていた。 

マサ「こっちや」 

マサはジョッキーシフトのハーレーを起用にあやつる。 
シフトの上についた飾りが、アクセルを開けるたびに震える。 
交差点での右折も、上手にスーサイドクラッチをつなぐ。 

一緒に銭湯に行った後、ラーメン屋に連れて行ってもらった。 
その広いラーメン屋は若い客でごった返していた。 

俺「ジョッキーシフト、難しくない?」 

ネギかけ放題のラーメンを食べながら聞いた。 

マサ「楽勝や」 

マサは片方のまゆげをピクっと上げ、得意げに答えた。 
やっと出会えたそのハーレーはマサのお気に入りだった。 

マサの部屋は、バーの2階にあった。 
ラーメンを食べてからそのバーに顔を出す。 

「久しぶり。よぉ来たな」 

バーのマスターを初め、今夜飲んでいる客は 
兵庫のミーティングで知り合った仲間たちだ。 

いつもは林の中にテントを張って飲んでいるが、 
こうしてバイクで大阪に来て、都会のバーで飲んでいるのは 
とても不思議な思いがした。 



翌朝、奈良に通じる道を聞いた後、 
マサの部屋を後にした。 

奈良に入るとそれはひどい渋滞に巻き込まれた。 
山の向こうまで伸びる細い国道はずっと車が 
つながっていた。 

ギヤをサードに入れられるようになったのは 
昼近くになってからだった。 

十津川沿いに下り始めた頃、相当気温が上がってきた。 
猛暑を避けるため清流沿いのコースを選んだはずだったが 
暑さに参り、谷瀬の吊り橋のたもとにあるレストランで 
休憩することにした。 

表に出ると外気はその日の最高気温を差していた。 
山に囲まれた峠道は、サングラスをしていても 
眩しく映った。 

それからはなるべく休憩を取らずに走る。 
それでも時間が読めず、日があるうちに 
到着する自信がなくなってきた。 

本宮から和歌山に入り、夕日で照り返す 
クジラの見える海岸を走る。 
那智に着いた時は、みやげ物屋も閉まり、 
すでに薄暗くなり始めていた。 

参拝客もまばらになった「那智の滝」を参拝して 
海岸へ戻る。 
この日は時間を見てどこか飛び込みで泊ろうと思っていた。 
せっかく来た紀伊半島、伊勢で美味いものでも食べようと思い 
まずは伊勢に向うことにした。 

しかし紀伊半島は、俺が思っていたよりも、 
ずっとずっと大きかった。 

海岸線のコーナーをいくつ越えても、休むことなく走っても 
思ったように距離を稼げなかった。 

鳥羽に着いた頃は、相当時間が経っていた。 
翌日、都会の名古屋を走りたくないため、 
伊勢湾フェリーで伊良湖に渡ろうと思った。 

明日のためにフェリー乗り場を確認に行くと 
戻るのも面倒になり、フェリーターミナルで野宿するとこにした。 

ビールの販売機をやっと探し、金を入れる。 
一斉に点いた販売中のランプが一瞬消え 
全て売切れのランプが点いた。 

(なんだよ?) 

時計を見ると、針は23時を差していた。 

炎天下の中、一日中走り続けた自分に 
1本のビールさえご褒美をあげることもできず 
まだエンジンがチンチン鳴っているハーレーの脇で横になり眠った。 



コンクリートの上でそうそう熟睡はできず 
夜明け前に目が覚めた。 

昨日は気付かなかったが護岸では夜釣りをしている人がいた。 
フタが開けっ放しのクーラーボックスには 
アジが3匹泳いでいるだけ。 

釣れますか?なんて声がかけられる状況でもなく
これからも望みの薄いその釣り人を車止に座りぼんやり見つめていた。 

フェリーの従業員が出勤して1時間ほど経つと、ゲートが開いた。 
もちろん俺が一番乗りだ。 

今まで乗ったどのフェリーよりも小柄な、 
大きめの遊覧船のようなフェリーに乗り込んだ。 

客室の冷房が心地いい。 

伊良湖に着くと同時に、俺はメロン畑の中を直線を 
風呂を目指して飛ばして走った。 

伊良湖からはペースよく走れて、この先の時間も 
読めるようになってきた。 
浜名湖の舘山寺温泉には午前中に着き、ゆっくり風呂につかった後、 
大ぶりのうな重を食べた。 
考えてみれば昨日の昼から何も食べていなかったのもあり、 
これは本当に美味かった。 

この日は御殿場で泊り、翌日新潟に帰った。 
その足でフィルムをスピードプリントに出し、 
おふくろの入院している病院へ行った。 

寝ているおふくろの傍らにある「滝の本」に 
俺が一緒に写っている 
日本三大名瀑の那智の滝の写真をはさんで 
起こさずに帰った。 



夕方近くにおふくろから電話があった。 

おふくろ「那智の滝、ありがとね」 

俺「よかったじゃん。三大名瀑、全部見れて。」 





そう。俺は、和歌山に、思い入れがあるんだ。

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