ブーメラン。

夏が来ると思い出す。 

頭のイカれたバイク屋とその客の物語。 






行き着けのバイク屋の店主は少しアタマがイカれていた。 

毎年夏になると祭を始める。 

これがまた、イカれた祭なんだ。 














9:00。 

バイク屋の客がポロポロと集まりだす。 
スタッフがオドメーターの距離を書き写す。 
それぞれ準備体操をしたり、地図を読んだりしながら 
「その時」を待つ。 






10:00。 
そいつらは一斉にスタートする。 

ある者は関越へ、ある者は北陸道へ。 
そして新潟バイパスに向う者もいた。 

新潟西から上に登り、後ろから来るやつに関越に入ると見せかけ 
北陸道へ。 

「くそ!北陸か」 

そいつは関越だけじゃ稼げない。上信越でも歩が悪い。 
次のインターで戻って北陸に入るか、六日町で降りて 
R253から北陸に上がるか。 







フェイントで北陸を選んだそいつは順調に稼いでた。 
福井を越えたあたりから巻きに入る。 
125マイルあたりで巡航する。 
コイツのタンクバックには眠気覚ましの 
「ユンケルの高いヤツ」が10本入っていた。 
段差を越えるたびにカツンカツンと音がした。 






バイパスに入った男はやっと1往復めだった。 
昼になれば車の数も多くなり、夕方は買い物帰りの 
「巨大なパイロン」をすり抜ける。 
気が遠くなるこの繰り返しは精神力だけが頼りだった。 





深夜0時。 
バイク屋の駐車場は飲んだくれの焼肉会場となっていた。 

店の電話が鳴る。 

定時連絡だ。 

「○○です。無事です。三ケ日SA。以上」 

次々に電話で現在地の連絡が入り、日本地図に色分けしたピンを刺す。 

「アイツ、こんなとこまで行ったのかぁ」 







朝9時半。 

遠くから聞こえる集合管の音に気付き道に出る。 

「まだ早えぇぞ!」 

もう一周もう一周、手でかき回すポーズに気付いたソイツは 
ギアを一速落とし加速しながら通り過ぎる。 

9:50。 

続々とヤツラが戻ってくる。どいつもこいつもドロベタだ。 
スタッフがオドメーターを書き写し、10時。終了。 

10時を過ぎれば失格で水の泡。 
早すぎればもったいない。 



その年に優勝したヤツは新潟-広島往復。 
24時間で2,104キロを走った。 

正確には、北陸道は新潟西インターから乗り、 
山陽道の広島東インターで引き返してきた。 

排ガスで汚れた真っ黒い顔と、 
焼けたオイルと焦げた焼肉のにおい。 



やっぱ、夏はいいな。 



この祭の名は「ブーメラン」。 

頭のイカれたバイク屋と、 
頭のイカれたバイク乗りの夏の祭典。

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