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X-GEAR2章「Unchained Skat」

【第2章】
2章:Unchained Skat

【サブタイトル】
19話「過去のない少女」

【本文】
GEAR19:過去(ギア)のない少女

・脳裏を焼くのはいくつかの光景だった。
自分か或いは同じ顔を持った別の存在か。ただ、同じ顔のふたりが出会い、そして闇の中に落ちていった。
途方もないただの夢かもしれない記憶。一度脳を焼いただけですぐに闇の中に消えてしまった泡沫の光。
「……う、」
次に見えた光は脳裏よりも先に両目の神経に姿を見せた。
そこは見覚えのない白い天井だった。9つの電球が円形に並べられたその照明はまるで手術台か実験台を彷彿とさせる。と言うか肌にひんやりとした感触が襲ってくるのできっとここがその類である事は間違いないだろう。
「……ここは……?」
起き上がる。自分の膝のあたりに白い毛布が掛けられていた。その毛布のすぐ傍には足の付け根と裸の股間。
少し視線をずらして見やれば、
「お、目が覚めたみたいだな」
携帯端末でこちらを何度も激写する少年の姿があった。
「気分はどうかな?」
「えっと、ちょっと寒いです。どうして僕は裸なんでしょうか?」
「さっきまで君の体の検査が行われていたからさ。……にしても言葉は通じるみたいだな」
少年は携帯を手で握ったまま視線と言葉をこちらに送ってきた。
「僕の名前はヒエン。ジアフェイ・ヒエンだ。君の名は?」
「僕は……唯夢(ユイム)・M(エム)・X是無(カイゼム)ハルト……ううん、ライランド・円cry(マルクライ)ン? あれ? どうして……僕は……」
「どうした? 記憶喪失か?」
「……かも知れません。でも僕は唯夢・M・X是無ハルトかライランド・円cryンかのどちらかだったとは思うんです。でも、それ以上はほとんど覚えてなくて……」
「……1つ聞くが、それは人の名前かな?」
「はい。おかしいですか?」
「……割とね。流石別世界から来たとされる子だ。人名1つとってもここまで文明が違うとなればあの狂った白衣野郎も蘇りそうで怖いな」
「……別の世界?」
「そうだ。……とりあえずスタッフを呼んでくる。それまでに何か服を用意しないとな」
そう言って少年は足元に置いていたいくつもの紙袋を見下ろし、指を左右する。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な? ら・ぁ・ら・さ・ま・の・い・う・と・お・り。……これだな!」
選んだ紙袋から取り出したのはドレス風浴衣だった。
「やっぱり裸の女の子には浴衣だよな。だって合法的に自分でノーブラノーパンってのを把握出来るんだからな。その情報1つで他の奴らよりも圧倒的なアドバンテージがあるってもんだ。……喋りすぎるとあの子みたいになっちまう。ともかく着てくれ。えっと、唯夢ちゃんでいいかな?」
「あ、はい」
受け取った少女:唯夢は台の上から降りるとその浴衣を身に纏った。
服の装着法はどうやら分かるようで自然にそれを体に纏い、裸体を隠した。
その頭髪と同じスカイブルーの浴衣は確かに美麗で可愛らしいがこの殺風景な部屋には余りにも似合わなかった。

・少女、唯夢の身体検査を行う白衣のスタッフ。全員女性だが黒服同様に数のGEARを有しているため当然のように100人体制でユイムの身体検査を行い、20分で完了した。
そしてその結果は全てヒエンに報告された。
「彼女ですが記憶喪失というのは事実のようです」
「ほとんどエピソード記憶以外無くしているようで自分の名前もはっきりとはわかっていないそうです」
「エピソード記憶に関しても、やはりこの世界の常識とは違うようで地上を走る車を知らなかったり注射の存在を知らなかったりしていました」
「……ふむふむ。身長は148センチ、体重は45キロ。3サイズは上から74・60・73のBカップか」
「ジアフェイさん? 何をされているのですか?」
「ん? いや、さっき撮影した彼女の裸と今得られたデータを基にパソコンで3Dデータを作っているだけだ。いつか立体プリンターが出来た時に抱き枕エトセトラ用に作るために」
「……はぁ……」
「彼女の持ち物は?」
「はい。第3倉庫にあります。持ってきましょうか?」
「ああ。そうしてくれ。それと、くれぐれも彼女の体に関するデータは外部に漏らさないように。あと、これは完全に根拠のないカンだが、噂の双子やその周囲にも話さずそして接触させないようにしてくれ」
「へ?」
「……こうなるからさ」
ヒエンが右足を上げる。と、さっきまで足を置いていた場所が大きく削れていた。また、靴の踵が半分以上剥がれていた。まるでずっと地団駄を踏んでいたかのように。
「……それは……」
「何でもないさ。……数の黒を呼んでくれ。新しい靴を用意させたい」
「分かりました」
白衣のスタッフが一度部屋を離れると、ヒエンは隣の隔離検査室へと足を運ぶ。
「あ、ヒエンさん」
中ではベッドに座った唯夢がスタッフから与えられたであろう漫画を読んでいた。
「どうだい? この世界の文明は」
「中々すごいですね。僕、あまり元いた世界の事はよく覚えていないのですが、この漫画に書かれているものとはだいぶ違ったと思います。でも、この空間支配って言うのはどこかで覚えがあるんです」
「へえ、いい虚無を味わえているようで良かった」
「質問してもいいですか?」
「何かな?」
「仏って何ですか?」
「へ?」
「この、大宇宙って黒い森の中で念仏ってのを唱えている人達の名前でしょうか?」
「……宇宙の事も知らないのか。宇宙ってのは空よりずっと高い場所にある星達が漂う海の事だ」
「海……?」
「おいおい、海まで知らないと?」
「……う~ん、聴き覚えがあるような気はしないでもないんですが、あまりいいイメージはありません」
「……ふむ。溺死した経験でもあるのかな?」
「へ?」
「いや、何でもない。それより仏だが、この世界には神って概念がある」
「それは知っています。超常的存在で、でも説明も証明も出来ない不確かな存在の事ですよね?」
「そうだ。仏ってのはこの日本って国でそれに仕える存在みたいなもんだ。念仏はまあ、仏が使う呪文みたいなものだな」
「……国……ですか?」
「……君は一体何時代から来たのか。それともWW3とやらが起きて全文明が滅んでしまった遠い未来の世界が出身とでも言うのかな?」
「あ、第三次世界大戦って言うのは何となく憶えてます。確かずっと前に起きた戦争だったかと」
「……ビンゴなのかよ。って事はラールシャッハと見たあのカードが降り注ぐ世界ってのはWW3が終わった後の世界だって言うのか……? だとしたらあの野郎はどうしてわざわざ過去のこの世界に留まっていたんだ……?」
「ヒエンさん?」
「いや、何でもない。それより君の持ち物に書いてあった文字みたいな記号なんだが、残念ながら僕達には全く読めなかった。あれは君の世界の文字かな?」
「えっと、覚えてません。多分記憶を失った今の僕はまだ見ていないのかと」
「……もうすぐスタッフが持ってくるからそれを見て確認してくれ。と言うか逆に君はこの世界の文字が読めるのか?」
「あ、はい。どうやら僕歴史とか旧暦語とかの授業が得意だったみたいで」
「……唯夢ちゃん。きっと近い内に君はこの病院の外に出られる。僕以外の人間とも接していくだろう。でも、そうなったとしても絶対に自分が記憶喪失である事以外は喋っちゃいけない。特に未来から来たような事はね」
「……? 分かりました」
「失礼します」
と、そこで白衣のスタッフが相変わらず100人揃って部屋にやってきた。その手には彼女が持っていたとされるカバンがあった。
「あれが君のカバンだ。見覚えは?」
「えっと、何となくあります」
唯夢の言葉を聞きながらヒエンはスタッフから受け取ったカバンの中にあった学生証らしきものを見せた。
「なんて書いてあるか分かるか?」
「えっと、唯夢・M・X是無ハルトって書いてあると思います」
「じゃあ、君が唯夢で合っているのかな? さっきはもう1つ名前を言っていたけれども」
「……わかりません。でも、唯夢もライランドもどっちも馴染む名前なんです。どっちの名前で呼ばれても反応出来るような……」
「……どこぞの赤い彗星みたいに複数の名前を持っていた時期があるとか……か? まあいいや、数の白」
「はい。なんでしょう」
応答の言葉は100人分。
「もう唯夢ちゃんは外に出ても大丈夫なんだよな?」
「はい。外気との相性も確認してオールグリーンです。この世界の食べ物も十分消化可能です。ただし魚介類の消化は難しそうなので避けてください」
「分かった。ならこの子は僕が預かろう」
「……ですが、」
「今がどんな状況か分からないでもないだろう?」
「……分かりました。あなたにお任せ致します」

・黒服の車。それを含めた無数の車両が陸を走る姿を窓から見て興奮気味の唯夢。
途中で靴屋に行き、黒服に一番高い靴を買わせてから家に到着した。
「可愛い靴ですね」
「……言わないでくれ」
ヒエンの靴のサイズは23センチ。そのサイズは基本的に女子中高生程度のものだ。そしてそれで一番値段が高いものを買えば必然的に高級ブランドの可愛らしいデザインとなった。
とりあえず食料を購入するために一度外に出ることにした。街の風景を目を輝かせて眺める唯夢を尻目にヒエンはひたすら視線に耐えていた。
「……見るものと見られるもの。それは全ての存在において平等に与えられた概念。人、それを世界の縮図と言う」
「はい?」
「いや、何でもない。唯夢ちゃんは嫌いな食べ物とかあるか?」
「そうですね。トマディルガンの握りつぶし飯は嫌いです。あれは料理とは言えません」
「……そんな料理は少なくともこの日本には存在しないから安心してくれ」
適当に食材を購入して少しだけ唯夢にも持ってもらって、再び家への道を辿る。
その道中。
「あ、ヒエンの奴がまた新しい女の子を連れ回してる」
「どうせ死なないんだから爆発すればいいのに」
空き地。土管の上でBダマンのデイレクトヒットバトルをしていた”犬”と”鎌”がいた。
「ヒエンさん、呼ばれませんでしたか?」
「気のせいだ。そしてああ言うのには関わらない方がいい」
「分かりました」
通り過ぎると、後方となった空き地にビー玉サイズの隕石が落下したような気がしたが関わると別の世界に行ってしまうような気がしたため愛機のクロムでレヴァンなサイクロンをホルダー内で握り締めながら無視する事にした。
「とりあえず適当に何か作るかな」
帰宅。ヒエンは珍しく台所に立っていた。ワンルームのため、唯夢はすぐ後ろのちゃぶ台前に座って漫画を見ている。
どうやら先ほど見せたので漫画にハマったらしい。もしくは彼女のいた世界には漫画はなかったのだろうか?
「……ヒエンさん、」
「ん、何かな?」
「この女の子のどこにアレを入れているんでしょうか?」
「……は!?」
フライパンに火を通したところで幻聴であってほしいような意味不明な文言が聞こえてきた。火を止めて後ろを向いてみると彼女が読んでいたのは年齢制限のある本だった。
「唯夢ちゃん」
「はい?」
「女の子がそんな本を読んじゃいけない。と言うか他人のそんな本を読んじゃいけない」
「……? 分かりました。では、これを。……って文字ばかりですね」
「それは小説だからな。パープルリズムって人の書いたJS監禁生活モノ全82巻だ」
「……本能的に言いますがまださっきの本の方が健常性があるのでは?」
「18禁的行為は一切していないから安心していいよ。たまに手足が落とされるけど」
「……はぁ……」
やや消極的になりながらも唯夢はその小説を1巻から順に読み始めた。それを見送ってからヒエンは料理を再開する。
「うし、こんなもんかな」
20分後、完成したのはチャーハンだった。
「……いい匂い。でもこれなんて言うんですか?」
「チャーハンだ。君の世界にはなかったのか?」
「……覚えてません。でも、なかったような気がします。……いただきます」
受け取ったスプーンで唯夢はチャーハンを食べ始める。先ほど言われたように魚介類は一切使っていない。
だからか中々加速をつけてスプーンが進んでいく。が、ある時それは急に止まった。
「ヒエンさんは食べないんですか?」
「ん? ああ、僕はね。ご飯を食べられないんだ」
そう言ってヒエンはまだ熱の通ったフライパンの部分に手を乗せる。しかし火傷の類は欠片も見当たらない。
「ライフの効果じゃないんですか?」
「ライフ?」
「はい。それがあると怪我をしないってものなんですけど」
「……残念ながらこの世界にそんな便利なものはないよ。ただ、僕はどんな傷でも負わない。その代わりに一切の飲食が出来ないんだ。だから僕の事は気にせず唯夢ちゃんは食べるといいよ」
「分かりました」
唯夢がチャーハンを食べるのを見ながらヒエンはフライパンを冷やした。
全ての後片付けが終わり、いよいよ入浴の時間になった。……生憎と費用の関係でシャワーだけになるが。
「あの、どうしてヒエンさんも一緒に入るんですか? シャワーなのに」
「観察」
脱衣用に、浴槽の前に設けられた小さな幕間。そこで二人は服を脱いで浴室に入る。
そこでヒエンは初めて幕間の奥にトイレがある事に気付いた。
……そう言えば、一度もここのトイレ使ってなかったな……。
ちょっとした発見をしながら浴室に到着する。正直ヒエンは一切汗をかいてないし老廃物も存在しないためシャワーを浴びる必要も、服を脱ぐ必要もないのだが勢いと雰囲気が理由だ。
……それに一応可愛い女の子と狭い空間で一緒に裸だしな。……出せないけど。
蓋をした浴槽に腰をかけながらヒエンはシャワーを浴びる唯夢を眺める。
当然、このように自分とそう年の違わない少女がシャワーを浴びるのを見るのは初めてだ。興奮と緊張がないわけがない。しかし、先ほど唯夢に言った観察と言った言葉は何も性欲だけに由来するわけではなかった。
「唯夢ちゃん」
「はい?」
「僕とさっきの医療スタッフ以外には裸は見せない方がいい。男はもちろん、女にも」
「……分かりました」
そう言いながら彼女は己に携えた竿を洗い始めた。
そう、彼女はふたなりだった。女性器の上に男性器のように屹立した物体があった。白衣のスタッフの調査結果では陰核よりも男性器に近い物体らしい事が分かっている。フィクションに近い形のふたなりだ。
彼女のいた世界では皆そうだったのかもしれないが、尚の事この世界の他人には見せられない。
彼女の、男女両方の性器を見ているとまるであの時のように怒りの力が沸き上がってくる。それを後ろ手に握ったザインの風で抑えながら彼女の姿を見ていた。

------------------------- 第22部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
20話「世界が忘れた最果ての続き」

【本文】
GEAR20:世界(ギア)が忘れた最果ての続き

・唯夢を引き取った最初の一日が終わった。
大倉機関に所属するようになって2週間。ヒエンは日頃から己のGEARの研究をしているからか大体分かったことがある。
まず、零のGEARを有して発動している限り肉体的疲労は発生しない。なので本来食事だけでなく睡眠も取る必要がない。しかし、記憶を失ってからのこの半年。眠らなかった夜は三船研究所に殴り込み、その後の無数の後始末で忙しかったあの一度しかない。
「すぅ……」
壁を前にしてゆっくりと呼吸。集中というよりはその逆であり、背後でちゃぶ台を使って小説を読み耽る唯夢の気配や息遣いを120%感じ取りながら壁に向かい、正拳突きを放つ。
「……ふむ、」
全力でやった。結果拳が痛い。骨折してるんじゃないかってくらいの激痛が走る。だが、痛みだけだ。
……やはり、予想は的中していたか。集中して気を抜いて楽にすれば零のGEARはある程度セーブ出来る。他人や他の物体に譲渡する事なく代謝を行えるようだ。
だからいつも睡眠時には自然とリラックスしてGEARが最低限しか発揮されていないのだろう。とは言え意識してセーブしても本来骨が砕けるほどの力で壁を殴ってもただ痛いだけで怪我という怪我はないのだから外傷に関しては赤羽のような例外を除けばやはり無敵のままのようだ。
「何をしているんですか?」
「自己研究。それよりそろそろまた病院で検査だ。いいね」
「はい。あ、でももう少し待ってくれませんか? 今お父さんが単身赴任で海外へ行ったばかりなんです。この後あの保健の先生に拾われた女の子がどうなるか気になるので」
「きっと高確率で鉈を用意されると思うぞ。まあ、その小説持ったままでも最悪いいから準備をした方がいい」
「分かりました。ではこのまま行きます」
「……10月にドレス風浴衣の美少女(仮)が幼女虐待もの小説を読みながら往来を歩くのか。逮捕されそうな気もするなぁ……僕が」
と言いながらも黒服に連絡をつけて車で迎えに来てもらった。
一応周囲を確認しながら、しかし唯夢は気にせず集中して本を読んでいた。
「あ、落ちました」
「ん、落し物か?」
「いえ、腕が」
「……あまり口にしない方がいいよ? 保護者が変わっちゃう」
「僕は腕落とされても生えてこないのでこの人の保護になることはないと思いますけど」
「……落とされたいの?」
「いえ、全く?」
「……」
気にしない方向にシフトして車に乗り込んだ。
「……幼女じゃなくて悪いけどこの黒服達ならいくら惨殺してもいくらでも数が用意されるからそっちにしてくれ」
「はい、分かりました」
「……あの、確かに数のGEARで人数に問題はないでしょうが一応私達も一人一人生きた人間なのですが」
冷や汗のまま車を走らせる黒服。
「それよりも、他のメンバーの状況はどうだ?」
「はい。加藤さん、雷龍寺さん、早龍寺さん、潮音さんはそれぞれまだしばらく入院の予定です。岩村さん、赤羽兄妹は現在取り調べと治療が同時進行中です。あなたの部下の山中さんと刀根山さんは治療期間中らしいのですが詳細は聞かされていません」
「まあ、言わないように言いつけてあるからな。……かなり人数が限られているが稽古の方はどうするんだ?」
「龍雲寺さんと久遠寺さん、鞠音さんと鈴音さんが担当する予定です」
「う~ん、最初と最後はともかく久遠と鞠音ちゃんは不安しかないな。……ん、女子部にもう一人いなかったか?」
「紫音さんは表向きのお仕事が忙しいため今週いっぱいは休みを取っています」
「表向き?」
「はい。アイドルです」
「……紫音でアイドルか。これで囲碁でもやらせて双子をパートナーにしてユニット組めば完璧だな。……完璧にこっちが逮捕される」
「は?」
「いや、何でもない。しかし、アイドルか。高校生やりながら空手もやってこんな秘密組織の幹部までやってそれでアイドルか。過労死するんじゃないのか?」
「詳しい事は分かりませんが本人の希望だそうです」
「ふぅん?」
興味を含んだ返答を走らせた時だ。
急ブレーキでも踏んだのか、体が急にGを感じて正面のシートにぶつかった。
「おい、どうかしたのか!?」
声を飛ばす。だが、反応はなかった。それを認識すると同時に別の違和感も認められた。
「……車が走っていない? おい、数の黒! 唯夢ちゃん!!」
同乗者に対して声を飛ばすが反応はない。まるで時間が止まっているみたいに無反応だった。
窓の外を見ても不自然な体勢で歩行者が止まっている。
「新手のGEARか……!?」
ドアを開けて外に飛び出る。そこで外気を漂っているはずの酸素すら止まったままの事実を知った。そして、その止まった世界の中で僅かに聞こえる物音を耳が捉え、その方向へと走る。
止まったはずの空気を揺るがすこの振動音はいくつかの打撃音。つまり誰かが格闘しているのは間違いなさそうだ。
震脚を用いて通常の数倍以上の速度で直線運動を繰り返し、打撃音へと急接近する。
その時だ。
「へえ、珍しい」
「!」
声と光が同時に正面から来た。急ブレーキを踏むように足を止めると震脚の勢いでコンクリートの地面が大きく凹む。
「……これは……」
1メートル前方。そこに声の主はいた。座敷わらしを彷彿とさせるような和服の幼女だった。今時珍しい風貌だがしかしそれ以上に目を引くのが彼女の下半身。まるで漫画の幽霊のように両足が存在せずに宙に浮いていた。
「これだなんて失礼だなぁ。私はヘカテーって言うの。あなたはダハーカじゃないよね?」
「ダハーカ!? ……アジ・ダハーカ?」
「大本はそれで合ってるけど今は違うかな。それにしてもダハーカの時間停止能力が通用しないだなんてあなたは一体どんな役割を与えられているのかな? 不干渉? だったらこうして私の前に姿を見せることもないはずだよね」
「……まず君が何なのか知りたいね。本物の幽霊か?」
「間違いではないよ。でも出来れば不干渉でいてほしいかな。それに、もう10秒もしない内に世界が再開されるから元いた場所に戻った方がいいよ」
「……やはりこの現象は故意か」
言葉を絞り出した瞬間に世界は時間を取り戻し、目の前の少女:ヘカテーの声以外の音声が蘇った。
「あ~あ、間に合わなかった」
「時間を止めて一体何をしていたんだ?」
「私が止めたんじゃないよ。でも、やっぱり関わらない方がいい。せっかくあなたは運の悪い被害者にならなさそうなのに自分から関係者になったとしたら、いざって時に生贄にされちゃうよ?」
「生贄?」
「そ。あの子のように」
「……」
ヘカテーが指さした。その方向……後方に振り返る。
と、そこにもやはり一人の少女がいた。黒衣の少女だ。ヘカテーとは正反対に西洋風の衣装だ。しかし、纏う感覚は同じ。この世の生きた人間とは思えない冷たい感じだ。
「君は?」
「もう僕に名前なんてない。強いて言うならば亡霊(ファンタズマ)」
「ファンタズマ?」
「黒主零、」
「!」
聞いたことのない名前だ。しかし、確実にその名前を心は知っていた。
「あの異界の少女の記憶を戻さない方がいい。そして可能な限り早く元いた世界に返した方がいい。さもなくば世界線は崩壊して大変な事になる。彼女の存在は僕やそこのヘカテー以上にイレギュラーな存在だ」
「……唯夢ちゃんがそこまで……」
「……でもあなたには感謝をしている。あなたがあの人を死なせたおかげで僕は再びこの世界を歩く事が出来るようになった。例え世界にとって不幸な出来事であっても」
「何の事だ。待て、君は何を知っているんだ? 君達は一体何者なんだ!?」
「過ぎ去った処から時を見守る存在」ヘカテー。
「投げ出されてしまった世界からの求道者」ファンタズマ。
そしてその言葉を最後に二人は姿を消してしまった。
「……幻……? いや、今のは何だったんだ……?」

------------------------- 第23部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
21話「赤と黒の翼」

【本文】
GEAR21:赤と黒の翼

・目が覚めたら体を見えない膜が覆っていた。
「……これは何?」
「メンテナンスマシンですよ」
声。膜の外から。中学生くらいの少女が一人。かつて見た顔にそっくりな少女。
「……あなたは確か黒の……」
「リッツ=黒羽=クローチェと言う名前となりました。あなたは剣峰中学3年生の最上火咲さんで合っていますね」
「……ふぅん、そうなんだ」
手を伸ばし、自分を覆う膜……蓋を押し開けて上体を起こす。そこで2つの違和感に気付いた。
1つは自分の姿。裸だった。座った姿ではあまりに大きな胸のせいで下半身までは見えなかったが角度を変えてみれば裸の股間が見えていたし、やや肌寒い感覚からも全裸であることに違いはないだろう。
そしてもう1つ。蓋を開けた時点で気付くべきだった点がある。
「……腕が、治ってる……?」
「重度の神経障害だったようで修復に72時間掛かりました。おかげで私はずっと予備のマシンを使う羽目になっていました」
「……ふぅん、」
床の上に立ち上がる。自分の両腕……手首から先が自由に動かせるこの感覚は久しぶり過ぎて不気味な事この上なかった。今すぐ壁でも殴り続けて不能にしてしまいたい。けど、神経障害ですら治せるこのマシンを使えばもしかしたらそれ以上の修復……蘇生までしてしまえるかも知れない。それは絶対に避けなければいけないことだ。
「seemed to wake up」
新しい声が来た。それは英語だった。リッツと名乗った少女の背後。私室と思われるドアを開けて現れた少女は年頃を見ればリッツと同じか少し上程度だろう。だが、顔は全く同じだった。
「0号機……!? どうして日本に!?」
「Because you affect a secret, please stop the name.」
「機密も何も、あなたにその資格はなかったはず。どうしてイギリスの本家にいないの?」
「There was a cost. In this country where there is a hateful man so as to want to murder you.」
「殺したい男? それをあなたが? あなたは戦闘タイプじゃなかったはず。青やそこの黒に任せるのはダメだったの?」
「No. I want to murder him by this hand by all means.」
「……まあ、あなたがそう言うなら仕方ないわね」
「……あの、最上さん。あなたはどこまで私達について知っているんですか? あの赤羽剛人とも顔見知りだったようですが」
「ん、何でもないよ。りっちゃん」
「り、りっちゃん?」
「それよりどうして私がここにいるのかな? りっちゃんは私の事知らないみたいだから0号の要望?」
「No,I.That's her」
「りっちゃんが?」
「逃亡中の私達の姿を見られてしまいましたからね。本来なら始末した方がよかったのですが赤羽剛人と関係がありそうでしたので一応拾っておきました。放っておいたら死にそうな怪我をしていたのでついでに治療も行なっておきました。……シフルとの会話を聞くに判断は間違っていなかったようですね」
「おお、さっすがりっちゃん。私の事助けてくれたんだ~!! ありがと~!! 今晩いっぱい気持ちいいことしてあげるね!」
「いえ、私そっちの気はありませんので」
「……The cause in the cause asking a lowest seat partner with modesty in anything.」
「0号、あなたの言葉を借りるならあなた程度とは比べ物にならない程の機密よ、それは。それに、やっぱりあなたが日本に来て黒と一緒にいるのは不自然だよ。一体何があったのかちゃんと説明なさい」
「Because Mifune Institute was gained control of by the Okura organization, we lose a going place and send a fugitive life in this way not to be found in the enemy.」
「……ついにあそこが落とされたか。赤羽剛人や赤羽美咲はどうなったの? 所長は? 3号機は?」
「Idon't know them」
「……そう。それで残った黒と0号が自由の身ってわけね。けど、私と一緒に行動するのは避けた方がいいわ。私は大倉機関に目をつけられているし。面倒なストーカーもいるわけだしね」
「ですが私達二人だけではどうしようも出来ないのは事実です」
「どういう事? あなた戦闘用でしょ? しかも最新式の」
「ええ、そのように設計されています。ですが未完成なんです。調整途中で大倉機関の襲撃があってそれにより……」
「なるほど。……う~ん、だったら助けてくれたお礼に私がしばらくりっちゃんを守ってあげようかな。その代わり、無事な暮らしが手に入ったらりっちゃんの優しい笑顔と処女を頂くよ」
「……前者はともかく後者は、シフルが認めている限り私に拒否権はありませんので」
「上位機種からの許可がどうとかじゃなくてりっちゃんの方から股を開いて欲しいの。そうじゃないと萌えないもん。よし、スローガンが出来たのなら少し燃えてきた。誰が来ようともりっちゃんを守ってあげるよ。後変な事を吐かないように一応0号も守ってあげる。ついでにあなたが殺したいって奴の情報を教えてくれたらその手伝いもしてあげる」
「He murdered my close friend. Therefore I never permit it. I am never satisfied if I do not murder you by this hand. If it is that purpose, I sell a soul to even the example devil.」
「へえ、で、そいつの名前は?」
「Tatsuma Yajiri」
「……へえ、あいつかぁ。ちょうどいいね。そいつがさっき言ったストーカーだよ。……でも、どうしようか。あいつは私がこの手で殺したいんだよね。ラインまでいい感じに近付いて来てる。ラインを超えたら速攻で勿体無いくらいあっさり殺したい。0号、私に逆らう?」
「……I cannot defy you. Therefore I hand over the outstanding job. However, I want you to show the death of that man directly at least.」
「そっか。まあいいよ。じゃあ今度私の学校に来てくれる? 同じ中学に通っているし」
「……All right」
「私もですか?」
「どっちもでいいよ? 戦闘用になれなかったりっちゃんははっきり言って性玩具としてしか役に立たないと思うけど。あ、一応聞くけど役割は何? 後付けは受けた?」
「本来の機能は懸念です。後付けの飛翔も受けていますが調整途中のためニコイチしか出来ません。また、オリジナル同様に空手を習得しています」
「じゃあまだ赤には勝てないか。なら私がムエタイを教えてあげよう。私も少しだけやってたからね」
「ありがとうございます。あと、言い忘れていましたが私は未調整故……」
「ああうんうん。分かってるよ。あのメンテナンスマシンで24時間に1度検査を受けないと機能停止するんでしょ? しかも1年に1度パスワードを変更しなくても死んじゃう。
残念だけど私もパスワードは知らないからあと1年の余生盛大に可愛がってあげるからね」
「I know password」
「なんだ、0号は知ってるのか。五体不満足になったりっちゃんをクスリ漬けにして可愛がってあげようと思ったのに」
「……私はひょっとしたら自害した方が苦しまずに死ねるのでは?」
「It beats me」
目を輝かせる火咲に、嘆息の二人。


・夕暮れ。やっと本社で合流出来たヒエンが唯夢を出迎えた。
「どうしたんですか? いきなり車の中で行方不明になるなんて……」
「いや、時間が止まってね。誰が止めたのかと思って探してたら時間が再開されておいて行かれたんだ」
既に唯夢の検査は終わっていて、その書類をヒエンが読んでいた。検査結果は昨日と同じで良くも悪くも変化はなし。
唯夢本人の方は、あれから4時間も経過していたからか既に1巻を読み終えていて2巻に突入していた。
将来が心配になるほどの熱中ぶりで少し怖い。
「あら?」
二人で夕暮れの廊下を歩いていた時だ。正面から声といくつかの気配が来た。
視線を正面に向けると、
「あらあらあらあらあら!! 先輩ではないですか! また新しい見慣れない女の子を連れ回して社内でデートですか? いいご身分ですね! いえ、皮肉の類ではないのですわよ? ただ多くの仲間が負傷して病院送りになっているというのに新しい女の子を連れ回せるなんて本当に全世界の少年少女が血の涙を流して悶え苦しむのではないかと、そう思うと私ってばいけない興奮をしてしまいますわ! おほほほほほほほほほ……!!!」
乃木坂鞠音がいつもどおりマシンガンをぶっ放していた。
「……君は本当に便利だな」
「はい?」
「いや、こっちの話。で、君達はまた潮音ちゃんのお見舞いか?」
視線を変える。言葉を投げた相手は鞠音の隣にいた紫音だ。
「ええ、そうよ。でも今日は早龍寺くんのお見舞いも行こうと思ってるのよ」
「あいつの病室はここにはなかったと思うぞ。三船研究所で赤羽達と一緒に検査を受けているはずだ」
「知っているわよ。でもスタッフに送ってもらおうかと、」
「駄目だね。あそこはまだ調査中。まだ何が起こるか分からないんだ。非戦闘員の君達は立ち入れない」
「……どうしてあなたが威張ってるのよ」
「そりゃ上の連中が揃って死亡ないし負傷中だからな。略式とは言え会長の葬式の時に加藤さんから臨時の指揮官を頼まれたんだ。社内に居る間は全ての言動が加藤さんに送られるから仕方なくハメを外した行為が出来ないのが不幸だがな」
「そりゃあなたみたいな人には一番権力を渡しちゃいけないでしょうからね。……で、そちらの子は……ってえええぇっ!?」
「ん、唯夢ちゃんがどうかしたか? 知り合い?」
「あ、いや、その、」
「……ああ、彼女が読んでいる本か。確かに女子高生には見せられない本かもしれないな。何だか嵌っちゃってるみたいで。まあ、気にしないでくれ」
「……そ、そう。嵌っちゃったんだ」
「良かったですわね。紫音さんの願いが今満たされていくのが私、感じます。どんどんどんどん幸せな気持ちになっていって、でも少しだけ残念に思ってるんですよね。……ああ、この方の身長がもう少し小さければ題材に……あわよくば実践相手になってもらおうとかそのような鬼の所業を……ふにゃにゃ!!」
「フンッ!!」
「……?」
「ヒエンさん、この方々は?」
「ああ。今ぶん殴られたちっこくてうるさい方が乃木坂鞠音ちゃん。こっちの地味に僕とほとんど背の変わらない子はとうd……夏目紫音ちゃんだ」
「どうも。唯夢・M・X是無ハルトって言います」
「彼女はトップシークレットだ。おまけに記憶喪失なので付き合いには気を付けるように」
「そ、そう。一応権力者らしい行動はしているのね。じゃあ私達はもう行くわ」
「潮音ちゃんによろしく伝えてくれ。今度お見舞いを持っていくとも」
「分かったわ」
外の街灯に明かりが灯ったのと同時。両者は廊下をすれ違ってそれぞれの目的地へと歩いて行った。

【サブタイトル】
22話「落日は人間交差点」

【本文】
GEAR22:落日は人間交差点


・本来、矢尻達真はこのような場所を好まない。
24時間営業、街を見渡せば余程の田舎でもなければ1つや2つはある店。いわゆるファミレス。
幼い頃は海外の、砂漠や遺跡などを巡ることが多く。日本に帰ってきてからは既に家族を失っていたためにこのような必然的に人間が集合するような店で、栄養価の偏った食事を摂ることなど有り得なかった。
しかし、それが破られた今には当然ながら理由がある。
「おまたせー」
奥側の席で待つ達真に飛ばす明るい声。それはかつてのクラスメイトであった穂南(ほなみ)紅衣(こころ)のものだった。
「流石達真くんだね。約束の15分前に来てるなんて」
言いながら自分の目の前の席に座る彼女は以前と変わらぬ制服姿だ。まだ2週間程度しか経っていないながらも妙にその姿が懐かしく感じるのは感情がなせる嫌がらせだろう。
「いやあ、達真くんも火咲ちゃんも続けて転校しちゃうからびっくりしちゃったよ。火咲ちゃんとは最近連絡が取れないし。達真くんは携帯の通話料金滞納で繋がらないしで」
「……悪い。生活保障エリア外に引っ越したから」
「生活費とかどうしてるの?」
「……高校生だって言ってバイトしている」
「見つかったら一発でアウトだよ? 火咲ちゃん追いかけたのは知ってるけど、少し無理をしすぎだよ。権現堂くんも口にはしないけど心配してたよ?」
「だろうな。あいつはどうしてる?」
「この前行われた柔道の世界大会で優勝したよ。もう進路は確定していて全国区の柔道の強豪高校所属のコーチによる稽古が始まってるってさ。すこぶる強くなる感覚はあるけど全身筋肉痛で厳しいって」
「……」
中学1年以来の友人。権現堂昇。彼はとても中学生とは思えない屈強な肉体をしている。
身長は189センチ、体重は130キロ。握力は160キロ。かつては飢えたヒグマに連続で一本背負いを打ち込んで倒した経験もあるらしい、徹底的なパワーファイターだ。そんな奴が日々全身筋肉痛を訴えるとはどんな稽古を受けているのだろうか。怖いもの見たさで少し興味がある。
「ねえ、達真くん。生活が厳しいんだったら私の家にまた来ない? もうお姉ちゃんはいないけど、お父さん達も最近滅多に帰ってこないんだ。だから……」
「……いや、これ以上お前達に迷惑はかけられない」
「じゃあせめて、生活費だけでも送らせて?」
「……流石に同級生相手にそれは心苦しすぎる」
「だってあたし、紅衣だもん」
「……」
「……」
「……」
「……えへへ、ごめんね。せめてここは私に奢らせて? お腹いっぱい食べちゃおうよ!」
「……8分目までなら」
そう言って二人はメニューを広げた。
一方。
「……最近の中学生はあんな感じなのかな」
そこから少し離れたテーブル席。そこにジキルはいた。しかし、一人ではない。
「お待たせ」
トイレから出てきたのはひとりの少女……女性と言っていい年齢。彼女は鷹乃(たかの)慈(めぐみ)。
ジキルより1学年上の先輩であり、こう言う仲だ。
「どうかした?」
「いや、何でもないよ」
「でも吹葵くん。最近部活はどうしたの? 2年生のこの時期って大会とかってあるんじゃないかな?」
「いや、そうなんだろうけどさ。内一人は最近ロリと遊ぶために空手道場に通い始め、もう一人は以前に富士山の樹海に置いてけぼりにされて一週間放置されたのが精神的に堪えてそれ以来不登校になっちゃってるしでメンバーが俺しかいないんだよね。他の部活ならまだしも囲碁は一人じゃ出来ないよ」
「そうなんだ。私が囲碁が出来たら遊びに行ってあげるのに」
「いや、慈さんをあそこの雰囲気に触れさせるわけには行かないよ」
「確かジアフェイくんがいるんでしょ?」
「……どうしてあいつの事を?」
「前に一度だけ演劇部に遊びに来たことがあるんだ」
「……記憶喪失なのに演劇部とはまたチャレンジャーというか何と言うか」
遠い目をしながらジキルはアイスコーヒーとソフトクリームを一緒に口に含む。
対して正面の慈は新たなオーダーにより、3人前のジャンボチョコパフェを注文した。
「……あの、慈さん? 俺の奢りって言ったのはいいけどいきなり2360円のパフェですか?」
「奢りだからね」
「……は、はぁ……。ちょっとATMでお金卸してきていいっすか?」
「いいよ~? その間に2杯目を頼んでるから」
聞いた途端に左手の時計を操作して1000倍の速度で店を出た。
「まずい。甘党なのは知っていたが大飯食らいなのは初耳だった」
コンビニに駆け込んだジキル。そのまま、窓際にあるATMに向かうその途中だった。
「ふむふむ」
雑誌コーナーの一角。エロ本コーナー。そこにまだ小学生くらいの少女がいて如何にもな本を読んでいた。
「!?」
「あはっ、これいいかも。今度美咲ちゃんにやってみよ~っと。喜んでくれるかなぁ?」
雑誌の内容を写メで撮り、棚に戻そうとしたところで背後にいたジキルに気付く。
「ん? お兄さんこれ読みたいの? はい、どうぞ」
「いや、興味ないし。渡されても……ってレズ本!?」
「うわあ、この人女子小学生の久遠ちゃんに女の子同士でエッチな事をするいやらしい本を渡そうとしてる~!」
「あ、馬鹿!!」
「お客さん」
逃げる久遠。追いかけようとするジキル。その肩を自分と同じくらいの年齢の男性店員だった。名札には甲斐とあった。
「ちょっと警察呼ぶから待っててもらおうかな」
「いや、俺何もしてませんから!」
「悪いな。俺もこうしてそろそろポイント稼がないと給料上がらなくて」
「場末の警官かあんたは!!」
しかしそのままやがて聞こえてくるパトカーの音をジキルは待つだけだった。
「……あらら。本当にパトカー来ちゃったんだ」
コンビニから少し離れた信号待ちの久遠が駆けつけたパトカーから武装警官が5人降りてコンビニに突入する光景を見た。
「あまり遊びすぎるとライくんに怒られちゃうからおとなしくしておきたいんだけど年頃の遊び心がね。
……はぁ~あ。美咲ちゃんどうしてるのかな? ちょっと合わないだけでも恋しいよぅ……」
「コラ。小学生が道端でまたぐらに手を這わせるな」
「ん? あ、死神さん」
背後。振り返るとヒエンと唯夢がそこにはいて、ヒエンが軽く久遠の頭を小突く。
「って死神さん。その女の子は何? 美咲ちゃんが入院中だってのに別の女の子と遊んでるの? せっかく加藤さんから権力もらったのに?」
「人聞きが悪すぎる。これも一応仕事だ。トップシークレットだからまだお前には話せないけどな」
「ふぅん……。じゃあさ、そろそろ久遠ちゃんを美咲ちゃんのところに連れてってよ。せめて会わせてよ。一晩だけでいいからさ」
「ものすごく興味のある発言だが完全に直るまでに時間が掛かりそうなんだ。多分まだ意識も戻っていない。今日明日でどうにかなる話じゃない。意識が戻ったら教えてやるからそれまで他の女の子で我慢してろ」
「ちぇっ、ケチだな死神さんは。でも、糸口は見つけたからいっかぁ。……他の女の子かぁ。誰にしよう。鞠音ちゃん? 潮音ちゃん? 紫音ちゃん? 鈴音ちゃん?」
「……今気付いたが全員名前に音が付いてるな。音/オンで含めればお前もか」
「誰の感性なんだろうね」
「……さてな」
信号が青になり、3人が横断歩道を渡る。
その姿を見ている者がいた。
「……相変わらずだね、あのふたりは」
鉄塔の上から見下ろすのは火咲だ。ようやくフリーになった両手で双眼鏡を持ち、100メートル離れた場所を詳しく見やる。
そうして景色を回していると、見覚えのある顔を見つけた。
「あいつ……紅衣と一緒にいるんだ」
ファミレスから出てきた二人の姿を遠巻きに認める。
「……紅衣か。久々だな。私ともあろうものが会ってみたいとか思ったりもする。でも、あいつを殺したらきっともう会えなくなるし、きっと今の段階でも限界だろうなぁ」
と、携帯電話が振動(バイブ)を始めた。それを手に取ると、
「How does the situation turn out? Reply.」
聴き慣れた声の英文が聞こえてきた。あまり英語は得意な方ではないがしかし不思議とシフルの言いたい事は何となく分かる。そう言う役割を担っているわけではないはずだからきっと後付けの何かだろう。
「別に。何もないわ。ちょっと可愛い女の子いたからさらってこようかと思っただけ」
「It is not a feeling to want to listen to a joke.」
「分かってるわよ。……そろそろ晩ご飯を買って帰るわ」
「Yes」
携帯を切る。既に達真達の姿は見失っていた。しかし代わりに背後から新しい気配を感じた。
「あなたはいいの?」
「ああ、君か」
声だけで分かる。自分の背後に立つ少女がファンタズマを名乗っていることを。
「もう、何も知らないふりをしてこの世界に馴染む必要がない段階に来ている事を知っているはず」
「でも、迂闊に動きたいわけでもないんだよね」
「正直あなたの存在自体が世界を揺るがす迂闊だと思うけれど」
「それを言うなら忘れられつつある君はどうなの。このままだと完全に君は排除される。せっかく幽閉の姫君って言う役割を与えられていたのに」
「それももう打ち破られた。もう、この世界も変わろうとしているんだよ。少しずつ役割のない世界に」
「……調停者が見放しつつあるって事?」
「或いはどこかの世界で調停者狩りでもされてるか、かな?」
「……調停者を狩る……? そんなこと出来るの?」
「……あなたがいずれ出会う紫の音を持った少女がね」
「……君、何を言って……」
振り向いた時。既に在りし日の亡霊は姿を消していた。
「……世界が変わり始めている……? 誰かがフラスコを降るのをやめたか或いは使い手が変わったのか。……確かに少しは成り行きを変えた方がいいかも知れないわね」
双眼鏡を胸に下げ、火咲は鉄塔から飛び降り、既に沈みきった太陽の地平線を渡って行った。

------------------------- 第25部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
23話「無法地帯に可能性は那由多の彼方」

【本文】
GEAR23:無法地帯に可能性は那由多の彼方


・円谷高校。
「では、今日の助教授(ゲスト)はカツ丼屋さんだ!!」
「ども。友情出演です」
教卓の上でデレステをやりながらの全裸のボディビルダーが声を上げるとスピーカーの上に飾られた金魚鉢からカツ丼屋さんが出現した。
「……出る予定ねぇっつったろ」
嘆息のヒエンに苦笑の犬&鳥。しかし、今日はこの二人よりも近い傍らに人物はいた。
「ヒエンさん、あの方はどうして服を着ていないんですか?」
唯夢だった。流石にヒエン以上に記憶喪失な上この世界の文明に慣れていない彼女を部屋に一人で置いて学校に行くわけには行かなかったための苦渋の策だ。昨日までは唯夢を言い訳に学校をサボっていたのだがそれがバレた事で加藤から学校に行くように命令されてしまったのだ。
「それでもサボろうとしたらあの野郎、午後4時までは指揮官権限を無効にするとかまで言いやがって」
「ふむ。君が拳の死神かな?」
舌打ちのヒエンにコサックダンスで歩み寄るカツ丼屋さん。
「あの、一応別人です」
「いやいや、そんなことを言っているんじゃないよ。ただ最近私は少し暇でね。そろそろ私の出番が欲しいのだよ」
「知らない話ですね」
「君が新作を書くというから私が暇をしていると言うのにどうして書かないのかね?」
「別人ですぷり。と言うかこれ以上いけない」
「ヒエンさん。英語ってなんですか?」
「ん? ああ、アメリカ語だ。アメリカって言う現代最強の国家の言語だ。最強の座にいて他の国に自分達が使う言葉を学ぶように強制しているんだ。ちなみにあそこでゼノグラシアを違法視聴しているボディビルダーも一応英語科教師」
「アメリカ……初めて聞きます。確かこの国は日本なんですよね」
「ああ。で、ここは学校。君は学校は行っていたんだろう?」
「はい。確か高校1年生になったばかりだったと思います。……あれ? そう言えば僕、山TO氏の制服を着ていたような気がするんですけど……」
「あの制服は可愛いから他の女の子のコスプレ用に製服屋に出した。ついでに下着も」
「……えっと、それってセクハラですよね? 小説で読みました」
「違う。温情だ」
「……だまされるな。そいつの一挙手一投足全てが犯罪ないし人格攻撃だと思え」
不遜を宣う犬と鳥に発勁パーンチ。
「そう言えば、トゥオゥンダとジキルがいないな。どうかしたのか?」
「二人共行方不明で欠席らしい。全く弛んでいるとしか思えないな!」
そう言いながらボディビルダーは教卓の上に寝そべって<学級崩壊を助長してみたw>とかってタイトルの生放送を中継している。
「助長というか差し向けてる張本人というかあんた以外は全員普通の授業したいんだけどな」
「なんだとこの小僧めが!!」
急にキレたボディビルダーが眼前の席で死んだ目をしながら英和辞典を見ていた青鹿くんの財布を中のお札ごと左右に引き裂いて立ち上がった。
「うるさいですよ石原先生!」
開くドア。割と本気で怒ってる歴史の石井先生が顔を見せた。
「出たな、ショッ○ー!!」
引き裂いた財布を金魚鉢に放り捨てながらボディビルダーが石井先生に向き直る。そして謎の懐から出した手鏡を。
「美しい。美人だ。流石私。このままミスコン(ミステリアスクリーチャー・コンテスト)にも出場できるはず。ぬおおおおおおおおおおおお!!! 来た来た来た来た!! 東海道虎徹……ではなく! 久々の変身の時!!」
「おい、色々とやめろ」
「しかし気にしない! いつでもマッスルハッスルsuperbeautiful! イシハライダー!!」
手鏡に映った己の姿を見てテンションマキシマムブーストしたボディビルダーはついに変身してしまった。
そして、石井先生:御年64歳、バーコードな頭が哀愁を漂わせる。に対してラリアットを打ち込む。
「ごぶ!!」
「アンリイイイイイイイイイイイイヤッヒャァァァッ!!!」
膝蹴りを打ち込んでから巴投げで窓の外に投げ飛ばす。
「……確かこれ生放送されてるんだよな?」
「ヒエンさん、生放送ってなんですか?」
「今のこの果てしなく色んな界隈に攻め込んだカオスな現状の全てが全世界に配信されてるって言うウチラ全員の公開処刑が実行されてる悪魔の装置って意味だよ!」
「と言うか石井先生死んだんじゃね?」
「今年で教師人生が全うされるはずだったのにまさかそっくりそのまま人生を全うする羽目になるとは」
合掌……そのまま逃亡を図ろうとする生徒達を、しかしカツ丼屋さんが逃さず瀬戸内海に連れ込んで沈め始めた。
「ふっ、見くびりすぎているようだな」
「は?」
「あれを見るがいい」
イシハライダーが指をさす。方向は窓淵。
「あそこに何があるって……」
しかし、犬のその言葉は終わった。それに気付いたのはヒエンとイシハライダーだけだった。
「は!? なんだこれ時間停止!? あの時と同じ!?」
「ほう、零くんは無事だったか。だが、あれは私の獲物だ」
秒速25回のコマネチをしながら盗んだ滝沢夏恋のクレジットカードで100万円の課金をしながらイシハライダーが目標を見据える。
そして、その目標は姿を見せた。
「おのれ、イシハライダー……!!」
それは、石井先生だった。しかし、姿はともかく形は異常に歪んでいた。太鼓の音を奏でたくなるようにモノクロなカラーリングに、頭と肘から生えた食虫植物のような18本の腕。バーコードが嘘のように金髪になり、しかしモノクロのため結局視界に映る光は同じな、その姿は明らかに人間ではなかった。
「何だあの怪物は!? 何のGEARだ!?」
「君は下がりたまえ。そしていつもどおりその辺の女子の胸でもまさぐっているがいい」
「そんな経験はタダの1度もねえよ!!」
しかし、実行しようとしているヒエンのシャウトを背中に、イシハライダーは駆け出した。合わせるように石井先生じみた怪物も蜘蛛のように分裂した8本の足でフローリング床を蠢き、人外どころか生物としても些か物理法則を2,3は飛び越えて粉砕したかのような不気味な動きを見せながらイシハライダーへの激突を待ち合わせた。
「バアアァァァァァァッ!!!」
「フンヌッハッハッハッハッハッハァァァァァッ!!」
38本の腕を使って詰将棋或いは四角形パズルキューブのごとく物理に計算を加えて生み出した範囲打撃による暴力を繰り出す石井先生を、ソーラン節にトレロカモミロを組み合わせたかのような無駄に無駄なでも無駄じゃなくしかし無駄でしかない動きでイシハライダーが迎え撃ち、しかし2秒で破られて首が720度回転を達したイシハライダーが2歩を下がり、衝撃で3メートル離れた席に座っている無良が教科書に隠しながら行なっていたFF15アドバンス版がセーブ中に電源が切れる。
「くっ、中々やるな!!」
「文句はいい!! 鑑みるがいい!!」
振り上げた38本の腕、その1つ1つに重さ120キロの棍棒&消しゴムを握り締め、音速の26倍の速さでイシハライダー向けて振り下ろす。
棍棒の攻撃をバックステップ&バック転(失敗に終わった)で回避したイシハライダーを超電磁砲よりなお速く発射された38発の消しゴムが狙撃した。
「ふはははははははは!!! どうだ!! この私の牙は!! 38本の腕は全てがショベルカーによる馬力の6倍の力を持ち、外科医師の指が出せる限界値の600万分の1もの細かな動作すら容易とする! 細かく繊細で、しかし豪快で防御など不可能な破壊力の前に粉々になるがいい!! その上で貴様の存在の全てを、このバキュームの牙で跡形も残らず吸い取って贄としてやろう!!」
「うるせぇぇぇぇぇ!!!」
ところが繰り出されたなんの変哲もない顔面パンチが石井先生の口の中にねじ込まれ、前歯を全て粉砕し、その跡形で口腔の全てをズタズタに引き裂いた。
「ぬっ!?」
「理屈にこだわっている内は喩えいくつ時空を超えたところでこの私には傷ひとつ付けられないとどうして分からないと言うのだぁぁ!?」
下顎を掴み、引き裂き、首を貫いた貫手を使ってマッハ40で壁に叩きつけ、壁ごとその38本の腕と背骨を粉砕する。
「ば、馬鹿な……!? どうしてたかが改造人間の貴様が偉大なる我が種族を圧倒出来る!?」
「それはこの私だけが永遠の真実であり正義であり、この世すべての生物が辿るべき絶対のルールだからだァ!!!」
跳躍。いくつもの天井や世界線を飛び越え、太陽系に迫り来る黒い彗星の傍を通り抜けて瞬間の2500万倍のスピードで戻ってきて、
「イシハライダァァァァッキィィィィィック!!!」
普通に着地……に失敗して右足靭帯断裂を起こし、しかし泣きべそかきながらも我慢しながら鴨の机から出したコンテンダーで石井先生の額をぶち抜いた。
「……キック関係ねえじゃん」
そう言いながらクラスで一番のロリ巨乳な頬上さんの胸を堪能していたヒエン。
「……正義と筋肉と自己愛は勝つ」
そう言って全裸のボディビルダーはバイクに乗って外科病院に向かって去っていった。
同時に止まっていた時間が停止され、それが完了し切る前にヒエンが自分の席に何事もなかったかのように戻る。
「で、授業はどうするんだ?」
「……ま、まだだ……!」
「え!?」
欠席の鴨の椅子の上。もたれかかっていた石井先生が脳漿を炸裂させながらも立ち上がった。当然周囲からは悲鳴が上がる。
「こうなれば、せめてこのクラスを全て吸収して回復に望んでやる……!」
「……いや、そうはさせない」
続けて声を放ったのはヒエンだった。その右手にはザインの風のその漆黒が握られていた。
「最初に食われるのが貴様ということか!?」
「最初も何もない。エキシビジョンとしてどこまで通じるか、死に体で不満足は残るが、試させてもらう!」
席から立ち上がり、踏み込んだ。
早龍寺戦の時よりかも殺意と全力を込めた震脚で、フローリング床を踏み砕き、彼我のための距離を侵略し、一時的に物理法則を陵辱し打ち破り、発勁の掌底を握ったザインの風に具えて敵の懐向けて打ち込む。
「!?」
「せっ!!!」
ヒエンの全体重&腕力、距離を稼ぎ暴いた加速力と脚力、運動エネルギーが面積10センチ平方にも満たない小さな座標に注ぎ込まれ、その壊れた人外べき化生の肉体を後方へと吹っ飛ばす。
「ぬぐああああああああ!?」
背後の黒板を壁ごと粉砕し、隣の教室……さらに同工程を繰り返して3つ隣の教室まで吹っ飛ばし、貫通。
血と土煙と悲鳴をその道程に散りばめて勝利という名の蹂躙たる結果を生み出した。
「……がはっ!!! 馬鹿な……いくら弱っていたとは言え、こんな、人間ごときに……」
「おいおい、まだ生きてるのか。今の一撃、グレネードの直撃並みの破壊力はあったはずだぞ? まさか不死身だとでも言うんじゃないだろうな?」
「命などというものは拙いだけ……。我々は高度な種。キサマらのような生きるだけの慰め物にもならない供物の程度で語るな……!」
疲労骨折をしたはずの両足で立ち上がった石井先生は、ズタボロになった心身と38本の腕をそのままに窓から飛び降り、その姿を消した。
「……ほんっっっっっっっとぉぉぉぉに!!! この世界は退屈させないよな」
開いたザインの風で土煙を一掃してからヒエンは自分の席に戻った。


・昼下がり。
「はあ……はあ……、ここまで来れば追っては来ないだろう……!」
高層ビル街。いくつもの屋上を飛び移りながら到達した20キロ先の屋上で石井先生は足を止めた。
少しは遊べる。それだけのつもりだったがまさか2対1とは言え敗退を決断し、ここまで消耗させられるとは思わなかった。
だが、我々の力は贄の数だけ強化されていく。今から街1つ分の命を平らげれば傷の修復は愚かもう誰にも負けないくらいの力は得られるはずだ。
「……さて、まずは時間を止めて……」
「いや、その必要はない」
「な……」
言葉は終わった。気付けば視界は暗闇の中にあった。まるで寝袋か土管の中にいるかのような感覚。しかしそれ以上に神経を貪るのは己を削り貪る侵略の感触。
「これはまさか……!?」
結論の言葉を空気は得られなかった。そして、モノの数秒でその不死なる頑強な肉体は完全に消滅した。
「……やれやれ。ついこの前も食べたばっかりでうんざりしてるんだけどな」
腹をさすりながらその青年は当然のようにビルからビルへ、その屋上を飛び移りゆくことで高度を落としていった。

------------------------- 第26部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
24話「不運と不条理と不幸と不敵な狂宴」

【本文】
GEAR24:不運と不条理と不幸と不敵な狂宴


・意味不明との接触は意外と多く、また担任の突然の失踪/疾走にも手馴れたものであるこの学校及び2年のクラスメイト達はすぐさま溶接部を呼んで壁を塞ぎ、代理(スケープゴート)の先生を呼べば、帰ってきた人外魔境にその先生がサハラ砂漠にまで拉致され、そして今度こそ無事に新しい先生がやってきて授業が再開される。
昼休みにはまだ残っていた動揺も、放課後になればいつもの姿を取り戻していた。
「……ヒエンさん、時間が止まったり隣のクラスで授業していた先生が怪物になったり、いくつもの教室の壁を粉砕して貫通する事ってそんなに日常茶飯事なんですか?」
「認めたくないが、この学校では間違いなくその部類だな。鳥以外で時間を止められる奴がいたのは驚きだが」
それは半分は正解で半分は嘘だ。先日、時間が止まった夕暮れがあった。その時には今まで出会ったことのない人外魔境にも出くわした。それもバイツー。間違いなく驚きはあるが、それに比べればしかし最低限度だ。
「今日は空手道場に行くけどいいかな?」
「空手ですか? 確か武術でしたっけ?」
「ああ。本当なら馬場兄妹が任されているはずなんだがとても安心して任せられるものでもないからな」
「……空手って女の子もいるんですか?」
「ああ。この前会った久遠って子も空手をやっている。その前に会った鞠音ちゃんと紫音ちゃんもそうだ。まあ、紫音ちゃんに関しては空手をやっている姿は見たことがないが、まあ性別でクラスが別れる年齢だから当然と言えば当然か」
「……僕もやれますか?」
「唯夢ちゃんが? そりゃ出来ない事はないが興味あるのか? それとも前に似たようなのをやっていた可能性が?」
「分かりません。ただ、何となく体を動かしたくなってきたので」
「……まあいいか」
黒服を呼び、車と彼女の道着を手配させる。
「しかし、稽古の方はヒエン様は行かなくてもよろしいのでは? あなたには唯夢様の付き添い及び先日の事後作業と言う二つの任務が与えられている上、現在における大倉機関の指揮官の指示まで与えられています」
「いいんだ。たとえ多忙であっても同じことばかりじゃ飽きるからな。それに、道場の方だって恐ろしい程人が足りてないんだろう?」
「……はい」
「ならいいさ。それに最近はそのお陰で中学生以上の、本来女子部に行くはずの女の子達も一緒の時間に稽古だからな。いい目の保養になる」
「……流石にセクハラや事件を起こしたら指揮官もろともあらゆる権利が剥奪されますが」
「大丈夫。記憶喪失な唯夢ちゃんにカメラを持たせて更衣室の盗撮を」
「えっと、何だかそれって犯罪じゃないかと思うんですけど……」
走る車が止まり、二人が降りれば目の前には道場がある。稽古開始5分前だ。
「じゃ、行くか」
「はい」
去りゆく車と黒服を背に、階段を上り、3階にある道場へと到着した。靴を脱いで鉄扉を開けて中に入った瞬間だ。
「ぎゃあああああああ!!」
悲鳴と同時にひとりの少年が吹っ飛んできた。なので膝蹴りで受け止めて息の根を止めた。
「あ、死神さんだ」
正面。久遠がいた。
「またお前か。って事はこれは」
「ど、どうも……」
足元に転がっていたのは龍雲寺だった。
「いやぁ、通院生活も暇だったからね。リハビリついでにりゅーくんの相手したらまたこれだよ」
ちなみに久遠は10級。龍雲寺は5級。ダブルスコアな上、年齢も経年も龍雲寺の方が圧倒的に上だ。
たまに龍雲寺の組手を見るが、決して素人ではない。純粋な実力ならば潮音よりも上だろう。しかし、何事にも相性というものがある。どうやら龍雲寺では久遠の制空圏を突破できず、そして何やら奥の手たる一撃があるのか、このように吹っ飛ばされて負けてしまうのだ。
久遠>龍雲寺>潮音>久遠ってところだろうか。
「で、死神さん。どうしたの? しばらくシフトには入らないって聞いたけど」
「ああ、暇だったからな。来てやったぞ。それに唯夢ちゃんがやってみたいとも言うからな」
「失礼します」
「へえ、その子か。ちょうど白帯の子がいるからやってみようか」
「分かりました」
「ところで死神さん」
「何だ?」
「どうして10月なのに可愛い浴衣姿なのその子?」
「可愛いからだ」
「……ああ~、なるほど。死神さんの趣味だったか」
「久遠、お前がついて彼女に道着の着方を教えてやれ」
「はいはい」
「あ、ちょっと待った!!」
「へ?」
「……やっぱり僕が教える」
「……死神さん、いくらなんでもそこまで年の変わらない女の子と一緒に着替えるのはどうかと思うよ?」
「いや、理由と事情がある。こればっかりは命令権を使わせてもらってもいいぞ?」
「……まあいいけど」
と言う訳で唯夢を連れて男子更衣室に入る。当然中にいた6人ほどの男子生徒は全て追い出した。
「ふう、危ない危ない」
「ヒエンさん。僕女の子だと思うんですけど」
「確かに間違いじゃないけど、」
浴衣の帯を解く。と、一瞬で浴衣が脱げて彼女は全裸になった。
下着を着せていないのだから当然である。そして、
「けど、ここを見せるわけにはいかないだろうに」
「んっ!」
股間を軽く指で触ると、微かな反応を見せる。触ったのは下の方だ。いくら女の子のとは言えど他人のアレを触りたくはない。……逆に女の子のアソコは超触りたいけどねッ!! ってかだからこそいま触ったんだけどねッ!
「やっぱりそろそろ下着を買うべきか。鞠音ちゃんに任せてもいいだろうか。いや、そもそもいくら女の子と言えどコレがある以上女物でも大丈夫か……? ちゃんと入るんだろうか?」
「あの、ヒエンさん。そろそろ風邪引きそうです」
「あ、悪い悪い。……よし、ちゃんと数の黒は用意していたようだな」
自分のロッカーにまっさらな新しい道着が入れられていた。……まあ、自分のもそこまで変わるものではないが。
「よし、こんなものか」
「……これが空手道着。……何か胸のあたりがスースーします」
「む、そう言えばシャツがないのか。う~ん、自分のを貸してもいいが色々サイズが合わないだろうし」
空手道着は男女問わず結構脱げやすい。流石に上半身裸になる事は滅多にないだろうが帯が解けて胸元全開になる事は度々ある。実力が伯仲した組手や試合などではほぼ100%そうなると思っていい。場合によってズボンまでずれ落ちる事もある。
男ならまだしも女子の場合は確実に下にアンダーシャツを着て痴女となる事を防いでいる。ズボンが脱げた場合はどうしようもないが。流石に試合中は主審がタイムをかけてくれるだろう。
アンダーシャツは胸元の露出を防ぐのが目的ではなく、汗を吸い取ってくれたりボディへの擦り傷を防いでくれたりもする。また、試合中に帯が解けて前がはだけた状態のまま2分3分を戦うこともあり、それで腹を冷やしてしまう事も多々ある。それを防ぐために着込む事もある。ヒエンの場合はそのGEARのために汗をかくことがほとんどないが、それ故に普段からシャツを着たままのためどうにもシャツを脱ぐことに違和感があるのだ。
……と言う訳でシャツが必要なのだが今ここにはヒエンのものしかない。
「おい、誰かシャツ余ってないか? 唯夢ちゃんの分がないんだが」
畳部屋の方に顔を出して声を飛ばす。真っ先に手を挙げようとした何名かの男子を殴り倒し、とりあえず女子の方に視線を向ける。だが、ほとんどが小学生ばかりで一応高校生程度の年齢な唯夢の体格に合ったシャツは得られそうになかった。
「久遠、今日鞠音ちゃんはいないのか?」
「うん。今日は休みだよ。多分潮音ちゃんのところにいるんじゃないかな?」
「う~ん、仕方ない。数の黒を呼ぶか」
速やかに黒服に連絡して、唯夢用のアンダーシャツを5分で手配させた。
「……最初の方は自分を狙う追っ手だった数の黒が今や最高級のパシリとは、流石権力」
「発言の黒さはその辺にしておいてね」
突っ込む久遠を尻目に受け取ったシャツを持って更衣室に戻る。そこでは変わらず全裸の唯夢がいた。
暇だったのか、それとも自分のと言えど珍しいのか上の方のアレを指先で弄っていた。
「唯夢ちゃん。そういうのはベッドの上だけにしてくれ。そしてどうせ弄るなら下の方を頼む」
「?」
ヒエンから受け取ったシャツを着て、それから道着の上下を身に纏う。腰には真っ白な帯。
「ヒエンさんとお揃いですね」
「まあ、本当はこの前に審査会(テスト)があってそれ次第では10級になれたんだがな」
「どうして出なかったんですか?」
「それどころじゃなかったから」
実際審査会があったのは唯夢が目を覚ました日だ。本来出るはずだったが流石に事がことだけに辞退した。ただし後に加藤から何らかの処置はあるらしい。だからそれほど気負いはしていない。
「まあ、初段の早龍寺に勝ってるから一気に初段とか行ってもいいと思うけどな」
「いや、それは無理だと思いますよ」
声。ドアの向こうから。龍雲寺のものだ。
「お前、どこから聞いてた?」
「いえ、たった今です。それより段位を取るのは相当難しい事ですよ。まず審査会は年に3回。飛び級などはないのでジアフェイさんが全部に合格したとしても来年の今頃までは上がっても8級……青帯までしか行けません。
実技や組手などで100点満点中90点以上取らないと合格になりませんし、2度連続で不合格だった場合審査を受けるための審査を受ける事になります。
……ストレートに進んでも初段に到達するには4年間掛かる計算になります」
「意外と短いんだな。10年くらい掛かると思った」
「掛かりますよ。俺、2歳の頃から13年間やってますけど未だに5級ですし」
「……言いにくいから明言は避けるが、才能がなかったのか?」
「ヒエンさん、率直です」
「……ええ、そうなんです。兄二人はもちろん、妹にさえ空手名家たる馬場の才能が開花しているのに俺には受け継がれなかったのかここ数年は全く進級できていません。早龍寺兄さんといい勝負をしたジアフェイさんでも簡単に段位習得まで行けるかどうかは……」
「……おい、龍雲寺」
「はい?」
「1つ、勝負しないか? ハンデはなしでいいから本物の試合と同じ形式で組手だ」
「……いいですけど、どうして……」
「理由は2つだ。才能がどうとか言うウジウジ虫は嫌いなのと、13年やってるその実力を確かめるためだ」
「……でもジアフェイさん殴れないじゃないですか」
「大丈夫だ。出来るようにする」
「?」
言いながらヒエンは零のGEARを腰に巻いた白帯へと譲渡した。これで本体には無敵性はない。
「さて、やろうか」
二人の着替えが終わり、道場の中央に並ぶヒエンと龍雲寺。
本来の稽古予定を無視した状態にはもちろんだが、一応今ここにいる中で最強である龍雲寺に白帯が挑むと言う異色のカードに対して周囲は驚きを隠せていない。
「面白そうだね」
久遠でさえ微笑み、事態を面白く見ている。そんな中で表情を変えないのは唯夢だけだった。
「じゃあ、久遠ちゃんが審判をやろうかな」
構え並ぶ二人の正面に久遠が立つ。しかし冷蔵庫の上にあるタイマーに手が届かないため唯夢がサポートをする。
「時間は150秒間……2分半だね。最初の本戦で決着が付かなかった場合は延長戦を、それでもなら最終戦を行うよ。時間はどれも同じ。インターバルは10秒。……死神さん、得点に関するルールは知ってる?」
「ああ。先週赤羽から聞いたしルールブックも読んださ。顔面への蹴りが入る、もしくは転倒させると技あり、それ以外への打撃で1秒以上怯んだら有効。有効2回で技ありになって、技あり2回で一本。そして一本が2回入ったらその時点で決着。得点によるTKO(テクニカル・ノック・アウト)となる。だろ?」
「そうだよ」
「逆に反則行為は一回するだけで相手の技あり1回になるので気をつけてください。大抵技ありを一つでももらうと、もう相手をKOさせるくらいじゃないと得点で負けたも同然ですので」
「OKだ。さあ、やろうやろう」
手に纏ったサポーターを握り締め、両足を覆ったサポーターを中足(ちゅうそく)で軽く叩く。
「それじゃ死神さん、りゅーくん。始めっ!」
「えい」
久遠の合図で唯夢がスタートボタンを押す。同時にヒエンが畳を蹴った。震脚で慣らした……しかし震脚にはギリギリ含まれない程度の接近足技。とても白帯とは思えない速度と角度でヒエンの体が距離を奪っていく。
そしてその速度を殺さず、むしろ勢いを乗せて発勁のように正拳突きを繰り出す。何故だか分からないが発勁並かそれ以上に体が覚えていた一撃。
しかし、その拳が貫いたのは空気と……
「な!?」
龍雲寺のはだけた左側の道着の布だった。まるで龍雲寺の胸を服の隙間からまさぐるような格好。それは二人からしても全くの誤算だった。
ヒエンはボディに当てるつもりだった。龍雲寺は半身を切って回避するつもりだった。が、それが互いに中途半端に重なった結果がこれだった。そしてその結果から次の結果を作ったのは龍雲寺の方が早かった。
「せっ!!」
膝蹴り。全く体勢を変えぬままの一撃。それがヒエンの腹に突き刺さる。
「ぬっ……!!」
初めてのクリーンヒットにヒエンは2歩を下がった。すぐさま両手を挙げて構える。これが後一瞬でも遅かったら相手の有効(ポイント)になっていた。とは言え飽くまでもそれは点数上だ。
「ふう……、」
息を整える。調息で痛みを誤魔化す。だが、肩を上下させる度に重く鋭い痛みが腹で存在証明をする。
正直、甘かった。今まで零のGEARに守られすぎていて本体を鍛えることを忘れていた。数年ぶり或いはそれ以上の悠久の時を経て得た懐かしき衝撃に体が震えていた。正直、もうギブアップしたい。ないし零のGEARを戻したい。あまりに見くびりすぎていた。
「……大丈夫ですか?」
龍雲寺の声。答えるより先にタイマーを見ると5秒も経過していた。それでもまだ誤魔化せていない。
「やっぱり使ってもいいですよ? TKO狙いなら関係ないですし」
「龍雲寺……、試合中の私語は許されているのか!!」
会話の最中から始めた再びの接近。今度は回避されないように下腹部を狙った左の下突き。が、それは届かなかった。
「そりゃ違反ですけど、でもこれじゃ……」
龍雲寺が軽く上げた右の膝。それがこちらの放った左手の手首を僅かにずらして、それだけで完全に威力を殺していた。そして、やる気のなかった膝上げからは想像も出来ない無駄のない俊敏な前蹴りがヒエンのノーガードだった腹に叩きつけられた。
「ぐっ……!!」
打点を抑え、3歩を下がり、そしてそれでも互いの距離は変わらなかった。
ヒエンがよろめくように下がるのと同じタイミングと距離で龍雲寺が前に出ていたからだ。そしてただ接近するだけでなく、ヒエンの軸足たる右足に回し蹴りを放つ。
体重の乗った軸足だけあって転びはしなかった。倒れもしないし、膝を折ることもない。だが、それが故に余計にダメージを育ててしまっていた。
骨折しているんじゃないかと疑ってしまえるような痛みと痺れが右足を襲い、もはやよろめき退く事も出来ない。
それはまるで上手(うわて)が下手(しもて)に対して搦手を使ってじわじわと、しかし確実にトドメを刺そうとしているような洗練された構えだった。
確かに達人と言うべき玄人相手には通じないだろう。だが、自分未満の実力をひねり潰すには十分すぎる侵略行為だった。
軸足を奪われた以上、たとえ真の震脚を使っても通常の半分も速度は出せないだろう。それに向こうから接近している以上もはや使う意味はない。足技も恐らく通用しないだろう。ならば腕はどうかと言えば向こうがそれをさせないように足をメインにしてこちらを攻めている。射程(リーチ)が足りない。同じ理由で発勁も届かないだろう。
……これが詰めか……!!
囲碁が絵を描くことならば将棋はパズルを解くようなものだ。この状況、もはや致命傷(リーチ)と言っていいだろう。
「言い忘れていましたが10秒以上何も行動しなければそれもまた反則になるので気をつけてくださいね」
言葉が終わると同時にまた回し蹴りが飛ぶ。今度は軸足側の腰(ミドル)だ。最初の王手。次に繋げられたとしてもそこは既に罠の領地。もはや粘るだけ無駄な段階まで来ている。そのはずだった。
「!?」
蹴りを放った龍雲寺が僅かに怯んだ。対してヒエンにはダメージがなかった。
どうしたことかと考えたのは一瞬だった。
……そう言えば帯に零のGEARを残してたんだったな。腰には帯がある。それを蹴ったとならば……。
「うおおおおおおおお!!」
その意味を理解したと同時に突進するように距離を詰めた。脇を締め、拳を握り、肘を肩より後ろへ鈍角に。
最後の一歩を踏むと同時に右手を正面に飛ばす。
何てことないただの右拳の一打。しかし、その一打はまるで光線のようにまっすぐ放たれて龍雲寺の胸に打ち込まれた。
「ぐっ……!!」
鳩尾を貫くような一撃がその体に突き刺さり、そして一瞬だけ両足が自重を支えるのを忘れ、持ち主を重力から解き放った。
「ううううううううぁぁっ!!」
2歩分後ろに着地したと同時に前傾姿勢となった龍雲寺が唸りの声を上げた。逆流する胃液が叫びに乗って宙にぶち撒けられる。そのいくつかを浴びながらヒエンは距離を詰めた。
「うああああああああああああああああああああああ!!」
左拳。右、左、右! 威力を宙に逃さぬように連続で叩き込まれる拳達。5発目の左は胸より低い腹にブチ込む。
手首を真上に向けたややアッパー気味のボディブローはその威力を胃液の逆流に重ねた。
「うううっ……ああああああああっ!!!」
壁に叩きつけられ、衝撃で上を向いて天に向かって走る胃液を解き放ち、それが顔に落ちるよりも前に龍雲寺は膝から崩れて畳の上に倒れた。
「はあ……はあ……はあ……、」
今までにない滝のような汗をそのままにヒエンは龍雲寺の背中を見下ろす。
「はいはい、そこまでー!」
最初、その声が誰のものか分からなかった。いや、耳に聞こえたその声が数秒経過してから頭で認識された。それと同時にやってきた久遠がヒエンの左肩に手を乗せた。
「そこまでだよ、死神さん」
「久遠……」
彼女の名前を荒い呼吸に乗せて吐く。すると、体の緊張が解けて虚脱感に襲われる。
「参った。これは参ったな」
「大丈夫。いいんだよ。楽にしても。もう終わったんだから」
その言葉を引き金にヒエンは倒れるように久遠を抱きしめた。
久遠はまるで夜中に悪夢で目を覚ました子供をあやす様にただ無言でヒエンを受け入れ、その背中を優しく撫でた。

------------------------- 第27部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
25話「コーサクする拳?」

【本文】
GEAR25:コーサクする拳?


・ヒエンと龍雲寺の組手が終わり、休憩を挟んで、一般稽古が終わってからいよいよ唯夢が久遠が用意した白帯の少女とスパーリングをする事になった。
「ルールは分かるな?」
「ヒエンさんと龍雲寺さんの試合を見て何となくですけど」
察するに唯夢は住んでいた世界が違う上記憶喪失のため、常識はないが決して学習能力は低くないし頭も悪くはない。相手を前に据えて畳に運ぶ足の動かし方もどこか素人とは思えない慣れがあった。
「……ねえ、死神さん」
「ん?」
隣の久遠が半笑いで声を上げた。
「もしかして私すごい組み合わせにしちゃったとか?」
「……まあ、そうだな。とりあえずあの白帯の子は勝てないだろうな」
「……いざって時は久遠ちゃんがやろうかな?」
二人の私語。しかし気に止めずに龍雲寺が主審を務め、タイマーを鳴らす。試合開始の合図だ。
「行きます……!」
「え……?」
同時。唯夢は畳を蹴ってミサイルのように相手に向かって突進する。一歩では届かない。しかし、届くつもりでいたのか着地すると一瞬の後に一歩を連続させた。
「……」
「どうしたの死神さん?」
「いや、あの子……唯夢ちゃんはもしかして以前何かやっていたんじゃないだろうか」
「どうして?」
「感覚に体がついて行っていない。僕にも経験がある。記憶を失った時に何かあったか……?」
「?」
二人が見やる中で唯夢はついに相手との距離を0にして、自分の左手を相手の右脇から抜けて襟首を掴む。
「「あ……!」」
ヒエンと久遠が口を開けた瞬間。白帯の少女は唯夢に投げ飛ばされ、背中から無抵抗に畳に叩きつけられた。
「反則!! 反則!!!」
「へ?」
龍雲寺の判定に疑問の唯夢。
「唯夢ちゃん、空手で投げは禁止だ」
「そうなんですか?」
「掴むこと自体アウトだ。まあ、1秒以内だったらOKらしいが」
「反則を取られる事が多いのでオススメしません。基本的に空手では相手のボディを殴るか、蹴るかだけですから」
「……殴るか蹴るか、ですね」
「そうだ。顔面は蹴り以外はアウトで、金的は手も足も禁止だからな」
特に君の場合は受けたら2倍の痛みだぞ? とは声に出さず飲み込んだ。
「大丈夫か、やれるか?」
「は、はい」
その間に龍雲寺が対戦相手の少女を起こす。驚きはしているようだがあまりダメージはない様子。その光景を見て唯夢は首をかしげながらも構え直した。
「では、構えて……続行!!」
龍雲寺の合図で再び組手が始まった。やはり唯夢は走る。まるで短距離走のように畳を蹴って一定のリズムで対戦相手に挑む。が、その直前で立ち止まると同時に左足を軸に彼女の体が回転した。
「え?」
「シュッ!」
そして勢いを全く殺さないままの後ろ蹴りが対戦相手の鳩尾にまっすぐ叩き込まれた。
「くっ!!」
地を離れ、宙を舞う彼女を龍雲寺が距離を詰めて受け止めた。着地すると同時に彼女の帯を外して道着の上を脱がす。
「久遠!」
「わかってる!」
素早く久遠が冷蔵庫から氷水を詰めた袋を出して持ってくる。そして彼女のシャツの裾をめくり、裸の腹に氷水を置いた。
「う、」
小さな呻き。顔には滝のような汗。動きのない口元。そこに久遠が自らのを重ねた。人工呼吸だ。彼女は呼吸を止めていた。想像以上の激痛が由来だ。
「……くっ!!」
迅速で的確な応急処置。そのお陰で少女は数秒で呼吸を取り戻し、胸を揺らす。が、それだけでは終わらない。
いつの間にか少女の傍らを離れていた龍雲寺が道場に置いてある電話を使っていた。指で押すボタンは3つ。
龍雲寺が口を開くと同時に久遠は少女を左臥位の安楽姿勢に変えて落ちた氷水袋を蛇口向けて投げ飛ばす。
「ヒエンさん。これは……?」
「……少し甘かったようだ」
「へ?」
「君は余りにも強すぎた。とても白帯の子を相手にしていい実力じゃない。それを見誤ったあの兄妹が全力の処置をして今、救急車を呼んだんだ」
「そう。だから、ここから先はこの久遠ちゃんが相手になるよ」
龍雲寺が少女を担架に乗せて下まで運ぶのと同時、久遠が唯夢の前に出た。
「その子の……唯夢ちゃんの実力をここで見図る必要があるからね」
「……ヒエンさん、」
「その子は強い。全力でやっていい。ただ飽くまでも腕試しだと思ってくれ。相手は君より3つは年下の女の子だ」
「……分かりました」
もはや他に誰もいない畳の上で久遠と唯夢が向き合った。
「合図はいらないよ。いつでも好きなタイミングで打ち込んできていいから」
「分かりました」
言うと同時に唯夢は畳を蹴って走り出した。そして久遠の目の前で軸足を止めて後ろ蹴りを放つ。しかし、放たれた一撃は当然のように久遠の手によって弾かれた。
「!」
「せっ!」
両足がついた唯夢に久遠は接近し、彼女の腰めがけて回し蹴りを放った。道着と同じかそれ以上に硬い帯の上からでも十二分に伝わるダメージが唯夢をひるませ、苦し紛れに反対方向に身をよじらせると今度は反対側の腰に回し蹴りが打ち込まれた。
左右両方に痛みを抱えて足を止めた唯夢の下腹部に今度は前蹴りが刺さる。
「りゅーくん程じゃないけどこれでも美咲ちゃんの一番弟子。足技には自信があるんだよね」
僅かに頬を緩ませた久遠。唯夢は口を噤んだまま連続で前蹴りを放つがどれも当たらない。
あらゆる攻撃が久遠の手が届く範囲にたどり着いた瞬間に全てひとえに叩き落とされる。それが空手の防御の奥義とも言える技・制空圏。本来ならば10年以上その道にいて、初段クラスになって初めて扱える技を、まだこの道について半年程度しか経っていない小学生の少女が完璧に使いこなす。その理由は全て彼女の、馬場久遠寺の才能故。
そして、制空圏は何も防御しか出来ないわけではない。その範囲に入ったあらゆる万物を問答無用で叩き落とす技は、自ら相手との距離を縮めその範囲内に相手を落とすことで攻撃にも転用出来る。そして久遠の接近術は未だ素人の唯夢を遥かに凌いでいた。
「せっ!」
「くっ……!」
唯夢が右に動こうと左に避けようと、後ろに下がろうとも久遠の蹴りはどこまでも追いかけて確実に唯夢の急所と言う急所を打ち抜いていく。普通の白帯だったら既に5人は倒されている程度だ。が、不思議なことに唯夢はダメージこそ受けていても倒れる素振りは見当たらない。
「……妙だな。どうしてあそこまで打たれ強いんだ?」
ヒエンは疑問する。唯夢の動きは間違いなく素人ではない。ただ自分と同じで空手が下手なだけだ。しかしその自分でもGEARに頼りきりだったとは言え格上を相手にして攻撃を連続で受ければ吐きたくなるほど体力を奪われた。だが、唯夢の表情には余裕はないにせよ、追い詰められていると言う色はなかった。
「……」
まるで詰将棋かパズルを前にしているかのような表情で唯夢は久遠の攻撃を見やる。
久遠の攻撃はかつての潮音との組手を活かしたのか肘で防がれないようにやや下段の攻撃が多い。膝で防ごうものなら高度を下げられ、最悪脛を打ち砕かれる。
今のままでも久遠の蹴りは彼女の最大威力に違いはないだろう。しかしそれで落としきれていない相手を前に焦燥は感じられない。つまり、まだ何か隠している。
そこまでは久遠本人はもちろんヒエンにも分かっている。だが、分からないのは唯夢だ。
「……よし、」
「!」
突然。唯夢は行動に移した。信じられない速度で久遠を軸に円運動をして彼女の背後を奪った。
背後への攻撃は反則のためこのままでは攻撃出来ない。しかし、振り返れば攻撃は可能である。だが、右と左。どちらから振り返るかによってはその逆方向が死角になる。そして、行動に移したという事はどちらを選択しても唯夢は対策を練っていると言う事だ。場合によってはそのまま決着をつけられる程度の策を構えている可能性もある。
「……いや、」
ヒエンは見た。久遠の背後で唯夢が左足を軸に右足を構えていたのを。
あれは久遠が左右どちらから振り向いたとしても関係ないと言える自信がある証左だ。速さで来るか強さで来るかは不明だがどちらにせよ、久遠の制空圏を破るつもりでいるらしい。
そして、その時が来た。
久遠が振り向く。左から。最初に左目が唯夢の姿を捉える。そして、そこから右目が捉えるまでの僅かな間に唯夢は動いた。
放たれたのは中段廻し蹴り。
「!」
久遠は咄嗟に手段を取った。前蹴りと違って廻し蹴りは防御はともかく回避が難しい。そしてあのスピードでは久遠は制空圏の力を使ってなるだけ威力の殺せる方法で防御をするしかない。しかし、二人の身長差。唯夢の放ったのは自分の脇腹あたりの高さ=最も威力の高い場所=久遠で言えば最も防ぎにくい胸あたりの位置。
「ぐっ!!」
激突が叶った。唯夢の廻し蹴りは久遠の左腕によって防がれる。が、威力を殺しきることは出来ずに久遠は右の方向に軽く吹っ飛んだ。
「……ふう、」
調息の久遠。防いだ左手の指をグーパーさせている事から麻痺している可能性がある。あれでは左方面の制空圏は効力が激減しているだろう。
本来、制空圏に力押しは通用しない。何故ならば制空圏を扱えている時点で大抵は成人していて肉体が出来上がっているからだ。相手がよほど重量級(パワーファイター)でもなければ不可能である。しかし、久遠の場合は違う。
100%の才能で感覚で制空圏を扱えているが彼女はまだ小学生。その道のは愚かその辺にいる一般成人と比べても圧倒的に筋力が不足している。故に年上からの力押しが通用してしまっているのだ。もちろん精度だけならば達人のそれと変わらない久遠の制空圏を破るには生半可な力では不可能だが。
「唯夢ちゃんはテコンドー……或いはムエタイでもやっていたのか……?」
しかしどちらにしても動きが少し違う。一体彼女はどんな武術をやっていたのだろうか。
「……」
唯夢が再び右足を奥に控えて構える。まるで刀の居合だった。
「……勝負しようって?」
それを見た久遠も自身の左方面に制空圏を集中して少しずつ距離を詰める。その最初の一歩を踏んだ瞬間だ。
「!」
唯夢がその体勢のまま一気に距離を詰めた。
「え!?」
不意をつく形で放たれた一撃に咄嗟の防御をする久遠。だが、一瞬遅かった防御の間をすり抜けて唯夢の足の指を立てた中段中足廻し蹴り突きが久遠の左の脇腹を穿った。
彼女の体が再び宙を舞った瞬間、唯夢は無意識に彼女の背後にまで回り込みその腰を抱き抱えるようにして掴み上げ、
「あ、あれはまずい!」
ヒエンが走った瞬間。その技……ジャーマンスープレックスが放たれた。
「くっ!!」
震脚で距離を詰め、久遠の頭が畳に叩きつけられる寸前にギリギリで彼女を抱き込む形で受け止めることが出来た。
「……もしかしてこれも反則でした?」
振り向いて唯夢が一言。
「……掴んだら駄目。分かったか?」
久遠を抱いたまま倒れた姿勢のヒエンが返した。

------------------------- 第28部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
26話「スクール妖怪」

【本文】
GEAR26:スクール妖怪


・10月の最初の週末。最上火咲は1週間ぶりに中学に姿を見せた。
いつもは傍若無人な登校風景だがしかし今日は違った。
「どうして私まで……」
「可愛い子とは一緒にいたいの」
リッツを抱き枕のように抱きしめながらの登校だった。背丈はリッツの方が上のため実際にはリッツが火咲をぶら下げているような格好だがその異質さから周囲は上手く反応できずにいる。
「あらら……。これはまずいかも」
それを後ろから見ているのは鈴音と小夜子。
「そうだね。赤羽先輩がいない状態で三船の残党が揃って姿を見せるなんてついてないよね」
「いや、それは最悪八千代さんが何とかしてくれると思うけど、あいつに変な癖が付いちゃわないかなぁって」
「?」
登校風景の二人は、しかし並んで歩いているわけではない。小夜子は相変わらず宙に浮いていて、まるで風船を持つ子供のように小夜子の手を鈴音が引いて歩いている。たまに強い風が吹くと飛ばされそうになるが、既に200回は経験しているから対処はバッチリ。
「よし、今日は小夜子ちゃん落とさないようにするぞ!」
そう意気込み、小夜子の手を離してガッツポーズをした瞬間。
「あ」
風が吹き、小夜子はあさっての方向に飛ばされていってしまった。
「小夜子ちゃぁぁぁん!?」
20匹のカラスを呼び出し、その上に乗って小夜子を追いかけた。
「……お前の知り合いはいずれも中々変わってるな」
「そう言うな」
それよりさらに後方。駅前のコンビニでたまたま落ち合った達真と大悟が少し離れて歩いている。
大悟はコンビニで買ったばかりのサイダー:たまごサンド味をがぶ飲みしながら頭上を飛び去る妹と幼馴染をスルー。
「しかし、お前の妹は下着を履かない主義なのか?」
「あ、お前人の妹の大事な場所見やがったな!」
「ミニスカートでぷかぷか浮いてて、しかもパンツを履いていない方が悪い」
「……言っとくが俺の妹を夜に使ったら容赦しないぞ」
「使ったとして、そう言われなかったとして流石に兄貴に報告する奴はいないと思うが」
「そうそうそうそうです! それに矢尻さんの願いの中に彼女は入っていませんですわよ?」
「出たな歩くスピーカー」
二人の間に割って入るように鞠音が姿を見せた。移動は宙に浮き、ジェットブースターで前に進むセグウェイだ。
「ん、今日妹はどうしたんだ?」
「まだ入院中ですのよ。先輩、今週一週間あの子はいなかったでしょ? どうしてそんなこともわからないのですか? そんなに能無しアピールして私のハートをどこまで弄べば気が済むのでしょうかこの天然垂らしは。一体ご家庭でどんな教育を受けているのですか? 毎朝毎晩上下シスコンやっちゃってるんですか? 昨晩のお姉さんとご一緒のお風呂はどうだったんですの?」
「お前うるさい」
「ふにゃにゃ!!」
セグウェイのハンドルを引きちぎる大悟。しかし即座にどこからか新しいセグウェイが飛来して、鞠音はそれに飛び移る。
「……長倉、他人の家庭の事情にとやかく言うつもりはないがせめて避妊はしておけ」
「いや、お前も乗らなくていいぞ?」
「……否定をしないお前は相変わらずだな」
「まあ、もう手遅れですからね!」
「……俺とは関係のない話だから空耳にしておこう」
「けど、お前代表になってただろ? だったら今度の会議で関わるんじゃないのか?」
「会議?」
「そうだよ。月末にある体育祭。お前、そのクラス代表になってたじゃねえか」
「……」
そう言えば、辺鄙な時期に転校してきて印象があまりよくないかもしれないと言う事で何か1つ面倒役を受け取ったような気がする。体育祭のクラス代表になってるとは思わなかった。
「で、関わるってのは何だ?」
「いや、うちの中学ってすぐ近くにある高校と学長が一緒で、そういうイベントの会議をする場合向こうの生徒会と合同になるんだ。で、うちの姉さんはあっちの高校の生徒会長なわけだ」
「……お前は遠回りに姉の自慢をしているのか?」
「は? ……いや、そんなわけじゃないが……」
「流石矢尻さん。既に先輩の癖を見抜きつつあるようですね。はい、その通りです。先輩は生徒会長である長倉八千代さんが大好きで仕方ないのです。だからこうして遠回りに彼女を話題に出すことで自慢しているんですのよ。ちょっと癖の強いお方ですが大変美人さんです。噂によれば彼女が中学1年生、つまり先輩が小学5年生の時から二人の夜は始まっているそうですのよ。まあ、そうなるのも仕方ないくらいの美人さんですから仕方ないですけどね」
「そろそろいい加減にしておけよ噂の片割れ」
ハンドルを外す。新しいセグウェイが飛来。飛び移る。
「全く自分から自慢はする癖にどうして私に対してはすぐ暴力に訴えるんですの? そんなに私の性癖を刺激して一体何を企んでいますの? 残念ながらこの世界に私のルートはありませんのよ?」
「誰がそんなものを望むか」
「そう言う言い方はないんじゃないかな?」
声。背後を見れば色々とボロボロな姿の鈴音がロープでグルグル巻きにされた小夜子を引きずって走ってきていた。
「鈴音……と言うか小夜子に何をしたんだお前!」
「いや、こうしていれば離れないかと」
「ったく、才色兼備を演じてるくせに相変わらずこういうところは杜撰なままだよなお前」
とりあえず懐から出した錆だらけのナイフでロープを切ってやる。
「兄さん……!」
「おーおー、怖かったな」
ハグ。頭を撫で、そしてディープキス。そして鈴音から脳天かかと落とし。
「何しゃぁがる!?」
「学校の目の前で何近親相姦してるのよあんたは!」
「そこまでここでする訳無いだろ!?」
「だから否定をしなさいよあんたは!!」
「……騒がしいなお前のところは」
校門を超えた一歩。その先の一歩を達真は歩まなかった。
正面。そこに見覚えのある顔が2つあったからだ。
「ほらほら見てみてりっちゃん。あそこの子だって今エッチなことしようとしてたんだよ? 中学生とかそういうの関係ないんだよ? だから今ここでレッツセックス!!」
「……いえ、ですから逆らえない事をいいことに好き放題言うのは勘弁してください」
昇降口前で火咲がリッツを押し倒してマウントしていた。距離はおよそ20メートル程。まだこの状態に気付いているのは達真と火咲しかいない。向こうが気にしていないのだからこちらも無視するべきか? いや、しかし相手は狂人。そしてその狂人に前方の唯一のエントランスを支配されている。近くの無関係な生徒達はなるだけ視線を伏せた状態で平然と彼女の傍らを通り抜けて昇降口に進んでいるが、自分でもそれが満たされるかどうか。
「……」
それに、あの妖怪が跨っている少女。見た顔だ。あのホテルで妖怪と戦っていた少女に似ている。しかし、それ以上に記憶を揺さぶる何かがある。……そうだ、あの時の女だ。日本に来ていたのか。しかし、そうなれば分が悪い。
「矢尻? どうしたんだ?」
「……ああ」
既に3歩を先に行っていた大悟が振り向く。不自然にならないように小走りで追いかける。
可能な限り集中し、いつでも迎撃出来るように準備を整えながら5人で昇降口を目指す。
一歩。また一歩。近づくごとに高なる緊張。自然と力が入り、拳が握られる。そして、足元にマウントの少女達が来て、しかし何も起きずに5人は昇降口を進んだ。
「……ふう、」
「お前、あの最上って超奇乳になにかしたのか?」
「お前じゃあるまいしそんな事はしていないぞ上下対応シスコン野郎」
「あ、てめ! おい鞠音! お前が仕込んだな!?」
「いえいえいえ。もういい加減慣れたら如何ですか? あなたと少しでも関わった人間全てに同じ感想を抱かれる、と」
「そんなジンクスあってたまるかぁ!」
また傍らでいつもどおりが始まった。しかし無視をして、神経を集中したまま靴を履き替えた。


・小さくなっていく達真の背後を見送ってから火咲はリッツの上で立ち上がった。
「なぁんだ。つまんない」
「今の男が矢尻達真……シフルの仇ですか?」
「そうだよ。空手をやっているらしいけど1対1なら相手じゃないかな」
「それなのにどうしてあなたが興味を持っているのですか?」
「だってあいつ、あの雨の日に私をレイプしたんだよ? いい嗜虐だと思わない?」
「……まだ私は製造されて1年経っていないので理解しきっていない思考回路(プログラム)がいくつか存在します。ですが、その中にすらあなたの感情を表す言葉はありません」
「プログラムのままじゃいつまで経っても0号や1号を超えることなんて出来やしないよ。もっと感覚で生きなきゃ」
「……あなたは少し感覚に生き過ぎると思うんですが。あとそろそろどいてください」
「もう、どいちゃったらあなたのこの胸を犯せないじゃない。せっかく腕が治ったんだからさ」
「……壊したりしないでくださいね」
「私、壊す時はそれで最後にしようと思ってるから。でもりっちゃんはまだまだ遊び足りない。もっと弄りまわしたい、もっと苛めたい、もっともっと犯したい。りっちゃんの感覚の全てを私がこの手で蹂躙しちゃいたい。そして、それと同じくらいあいつをあっけないほど簡単に壊しちゃいたい。だって愛してるんだもの。……りっちゃん、0号を超えるにはこれくらいの倒錯は必要だよ?」
「……私にそんな気はありませんよ。確かに私は未完成のままこの世に出され、そして1年間の命しかない。だとしても……」
「だからこそ命を燃やしてみてもいいんじゃないかな? まあ、たとえ他人から見たらつまらない人生でもそれがりっちゃんにとっての幸せだって言うなら私はそれでもいいんじゃないかって思うけどね」
「……」
リッツは火咲を抱き上げながら腹筋だけで起き上がり、昇降口に向き直る。
……シフルが何も言わない以上、自分に何か言う資格はない。しかし、この少女は一体何者なのだろうか。三船の機密である自分やシフルの事を知っていた事から関係者である事は間違いないだろうが、全く心当たりがない。自分達の存在を知っているのは所長か技術部スタッフか、オリジナルとなった赤羽美咲、その兄である赤羽剛人しか思い浮かばない。ひょっとしたら自分には教えられていないだけで他にいた可能性もある。シフルが逆らえないところを見るに彼女の姉か何かだろうか?
「……あ」
そこまで思考がたどり着いた時、不意にその先のとある説が頭に浮かんだ。
「最上火咲さん。あなたはもしかして……」
「りっちゃん。私は私だよ? それだけでいいじゃない。それに、今ここでナイショの話をするのは気が引けるよ」
火咲は地面に立ち、下駄箱の陰を睨んだ。地面を爆発させる勢いで地を蹴って、震脚よりも縮地に近い速度で一気に対象の背後に回り込んだ。
「え……!?」
そこにいたのは鈴音だった。背後の火咲を振り向こうとして、しかし左胸をがっちりと掴まれる。奇妙な感覚など何1つ感じない。その掌に在るのは明確な殺意による冷たさだけだった。
「あなた、赤羽美咲と同じ何ちゃら機関ってグループのメンバーだったみたいだね。あなたが私の監視役だってのは何となく分かってた。別に何かする必要もないし放っておこうかなって思ってたけど今の話を聞かれたらそうはいかない。悪いけどここでハンバーグになっちゃいなよ」
言葉と共に一方的に掌から破砕のエネルギーを放出し、鈴音を左胸を中心に粉砕する……はずだった。
「え……!?」
この世から姿を消したのは鈴音ではない。技を繰り出そうとした火咲の右手だった。まるで破砕のエネルギーが逆流したかのようにその右腕は肩口から後ろに吹き飛んでいった。
「な、何……!?」
膝を折り、消えた右腕の断面を赤の手で抑える火咲。それを見て驚いたのはリッツだけではない。鈴音も何が起きたのか分かっていない状態だった。
確か、この少女の役割(ギア)は人間以外の動植物と意思疎通を行うものだったはず。それがどうして自分の攻撃を跳ね返せる……!?
疑問。そこから最初に動いたのはリッツだった。
「失礼。この人は私が運びます」
「え、あ……ちょっとあなた……!!」
鈴音の制止は間に合わず、リッツは火咲を担いで走り去っていった。
「……美咲さんに顔がそっくり。やっぱり三船研究所で作られていたクローンみたい。でも、どうして私は……」
自分の胸を見る。しかし掴まれたために胸元が少し歪んでいただけだった。
「……とりあえずスタッフを呼ばないと……」
鈴音は携帯を手に、電話をかける。そのまま校門に行こうとして、転がっていた火咲の右手を思い出し、数秒考えてからそれを拾って、そして向かう事にした。

------------------------- 第29部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
27話「萌黎の其戎」

【本文】
GEAR27:萌黎(ほうれい)の其戎(きじゅう)


・大倉機関。機密検査室。
「本当によろしいのですか?」
白服と黒服スタッフが入り混じって彼女の表情を伺う。
「はい。お願いします」
答えるのは鈴音だ。
「臨時の指揮官とは言えジアフェイさんばかりに機密を集めるのはあまりよくないと思います。なので、この最上火咲さんの右腕のDNAデータの検査はジアフェイさんには知られないようにお願いします。何かあったら私に連絡してください」
「……分かりました」
冷凍された右腕のDNA調査に入るスタッフ達を背に鈴音は部屋を出る。少し歩いたところでたどり着いたエレベータの室内で大きく息を吐いた。
本当はここまでするつもりはなかった。ヒエン一人に機密を集めるのが良くないと言うのも、半分は出任せだ。ただでさえ三船研究所から得られた情報や、赤羽美咲及びそのクローンの機密事項、さらにはまた新しい重要機密を背負い込んでいるらしいのだからそろそろ休ませてあげないといけない。いくら零のGEARによって無敵とは言え彼も人間だ。
「それに……」
自分の胸を見下ろした。中学生にしては中々な大きさだろうが今は関係ない。と言うかさっき持ち込んだ右腕の持ち主はもっとすごかった。
……どうしてあの時彼女のGEARが発動しなかったのか。どうして逆に彼女の腕が千切れ飛んだのか。
自分が動植物と会話出来るようになった=GEARが覚醒してから7年間。今までそれ以外の姿を見せた事はなかった。
強いて言うならば2年前の海難事故。大悟の家族と一緒に故郷の島へ旅行しに行った時に起きたあの事故。助かるはずがなかった自分がどうしてか生き残った。……自分の家族は全員死んでしまったが。
後々になって何となくだが自分が生き残った理由も分かった。しかし、それと今回の件は関係ないはず。
「……でも一応聞いた方がいいかも知れない」
地上1階に到達したエレベータ。降りた鈴音は遅刻の連絡を入れておいた学校への道を走った。


・剣峰中学。教室。
「……」
「……」
後ろの方の席で授業を受けながらも何となくいつもと比べて様子がおかしい男子が二人いた。達真と大悟だ。
その理由はどちらも正逆の位置に値する2つの空席だろう。
(あの女がいない。先程までは居たはずだ。もしやこの学校でも誰かを殺害して警察に追われている? いや、あの女はそんなタマじゃない。以前も殺しを行なった教室でそのまま普通に授業を受けていたくらいだ。話に聞けば警察相手でも同じようなことをしていたらしい。ならば今更警察くらいであの女は怯まない。だとすればもっと大きな力の持ち主に淘汰されたか……? 隣の席の……天笠がそれなのだろうか? しかし空手はやっているそうだが身振りからしてそこまでの実力者ではないはずだ。ならば無関係……?)
(鈴音がいない。あいつ、どうしたんだ? 忘れ物したから帰るだなんてあいつらしくない。優等生ぶりながらもドジなのは相変わらずだけど。それでもちゃっかりはしてるから何か理由付けてこういう自体は回避するはずだ。とは言え心配してみせるのも癪だしなぁ……。今更だけど)
後頭部に手を組んで椅子でシーソーしている大悟と、落ち着かない素振りながらも機械的に黒板の文字をノートに書き写していく達真。当然教師から注意を受けたのは大悟だけだった。
それが終わった休み時間。
「よし、俺も早退しよう」
急に大悟が口走った。
「天笠を心配してか? だが、あいつは遅刻の予定だぞ? お前が早退したらすれ違うんじゃないのか?」
「そ、それはそうかもしれないが。けど何となく落ち着かないし」
荷物をまとめようとした大悟だったが先に尿意を催したためトイレへと向かう。タイミングが重なったからか達真も無言の同行だ。
「お前こそあの奇乳ちゃんが心配なんだろ?」
「心配? 確かに言葉の意味は間違えていないかもしれないが対象は全然違う」
「どんなだよ」
「お前は知らないかもしれない。だが、あいつは殺人鬼だ。毎日のように人を殺している。時にはわざと自分を犯させてから行為に及ぶこともある。そんな奴がいきなり姿を消してみろ。何をしでかすか分からない」
「……その話が本当だとしてもやっぱり心配してるじゃねえか」
「……少し違う。俺は、あいつが他の奴に倒されてしまうのを恐れているんだ。関わり合いたくはない。出来れば二度と会いたくはない。だが、それでも決着をつけるならこの手でと決めているんだ」
「それも空手の概念か何かなのか?」
「俺自身の意地だ。……奴は俺の戦友を殺している」
「……どうして警察に言わないんだ?」
「奴が殺しを行う際の武器はその手足だ。本来物理的には不可能なはずの破壊力があの手足にはある。何より奴の両腕が動かないのは科学的に証明されている。そしてその動かない腕で人を殺すと言うのは物理的に不可能に近い。だが、それを成し遂げているあいつが殺人鬼だと言って信じる奴がどこにいる?」
「……まあ、そうかもしれないが」
「胸と言い、手足と言い、奴は異常だ。だからこそ俺はその先に何があるのかを見てみたいのかもしれない。どこまであの異常のままで過ごせるのか。あの異常のままで奴はこの時代を生き残れるのか」
「……俺にはお前の気持ちは分からない。怖いもの見たさとか憧れとかそう言う言葉しか出てこない。精々後悔するなと言っておくよ」
「……それだけでいい」
用を足し、手を洗い、トイレを出た二人。
「……はわわわぁ……!」
その正面にはものすごい笑顔の鞠音が後ろ手に組んで佇んでいた。
「いいですわね! そういう男同士でお互いの願いや望みを分かち合い、満足する関係! 所業!! そうやって素直にお互いの願いを言い合って研磨なさればなさるほどに私の願いは潤います! 嗚呼、ただでさえ可愛らしい私がさらに可愛くなってしまいますわ~!!」
「矢尻、放っといて行くぞ」
「ああ、分かった」
絶頂でマシンガンな鞠音を抜けて二人は教室に戻った。それから、小夜子が床と天井とをバウンドしながらやってきて鞠音を掴んで自分達の教室に連れ去った。その後、多くの男子生徒がそのトイレに駆け込み、休み時間が終わっても帰ってこなかったらしいが、それはまた別のお話。


・放課後。夕暮れの通学路。
「……」
龍雲寺が一人で歩いていた。いつもなら黒服のスタッフに車で迎えに来てもらっているのだが今日は断った。否、一昨日ヒエンに敗れて以来断り続けている。
歩きで行くことで足腰を鍛えているという理由ではない。早い話が、いじけているのだ。
妹である久遠に負けるのは情けない話だがもう慣れた。しかし、まだ道着に袖を通して2週間程度のヒエンにまで負けてしまえばもはや自分が家柄以外であそこに居る意味があるのだろうか。10年以上やってて未だに5級。ヒエンが言ったように順調に行けば10年で段位を取る事だってそう珍しい事ではない。だがまだ自分がいる場所はその半分でしかない。もしも両親が生きていたならばどんなに嘆くことか。
「だからって俺のバイト先でうじうじされてもな」
コンビニ。買ったばかりの牛乳を自棄一気している龍雲寺を注意する店員=甲斐(かい)月仁(つきと)。龍雲寺とは偶然ながら中学からずっと同じクラスではや4年目。空手はやっていないが彼女はいない。
「だって、仕方ないじゃないか。もはや俺が倒せるのは後輩のみ。最初の頃何度か戦っていた同じ空手の名家の相手とももう戦わなくなって3年以上経ってる。そいつは3年前に初段になったんだ。もう俺なんかと戦っても調整にもなりゃしない。それどころか妹や素人にも負けるだなんて……きっと今の俺じゃお前にも勝てないよ」
「だぁぁぁっ!! 情けない奴だな!! 同じ道一本に絞ってりゃそりゃ挫ける事だってあるだろうよ! けどそこで尻込みしたくねぇからその道に立ち続けてるんだろうが!! 初志貫徹って言葉も知らねぇのかぁ!?」
「知ってるよそんなもの……。でも、俺はただ空手の名家に生まれたからってその理由だけでこの道にいる。それに俺の運命はただひたすらに意味もなく運がないのが次々と襲いかかってくるドM仕様だ。こんな状態で一体何をどうしろって言うんだ」
「どうって……あ、おい! それはテキーラだ! 酒だ!! まだ飲むな! 俺がクビになる!」
「どうせ俺なんて半端者、どうなろうと知ったこっちゃねぇんだよ……ぐびぐび……くぃぃぃ!!」
「飲むな吐けや半端者ボケがぁぁぁぁぁっ!! ……あ、いらっしゃっせー!」
軽快な音を立てて自動ドアが開き、月仁が営業スマイルに戻る。しかしそれはすぐに解除された。
「え!? 鈴城紫音!?」
「……へ?」
床に倒れていた龍雲寺が見上げると確かにそこにいたのは制服姿の紫音だった。……黄緑色のパンツだった。
「龍雲寺くん。稽古をサボってこんなところで何してるの?」
「い、いや、その……」
同い年だが格上である紫音に対してすぐに正座の龍雲寺。月仁は黙って紫音(アイドル)を眺めていた。
その紫音は可愛らしくも、しかし厳しい表情で龍雲寺に歩み寄る。
「いい? 龍雲寺くん。人にはその人にしか出来ないことがいっぱいあるの。雷龍寺さんや早龍寺くん、久遠ちゃんだってそう。もちろんあなたもそうだよ」
「けど、俺はもう誰にも勝てる気がしなくて……」
「そんな気持ちがあるからそうなるのよ。……それに空手は何も戦うことだけが仕事じゃないでしょ? 実際あなたは週5で小学生の稽古を見ている。小学生の子達はみんな龍雲寺くんの稽古を待っているのよ? これは今あなただけにしか出来ない事」
「……でも、それが終われば加藤先生や兄さん達が帰ってくるし、それにジアフェイさんだっているし……」
「だから何? あなたは新幹線や飛行機と自分を比べて飛行能力や走る速さで負けて落ち込むの? あの連中はそう言う化物の類よ。人間じゃない。少なくとも比較対象じゃない。そんなものと相対評価して自分が負けてると落ち込んで自信をなくすなんて傍から見たらバカ丸出しよ。それに誰にも勝てないって言うけどあなたこの前の試合で私の可愛い鈴音に勝ったじゃない。それなのに落ち込んでるなんて鈴音を馬鹿にしてるの? いくら龍雲寺くんでもそれは許せないよ?」
「それは……」
「とりあえず道場に来なさい。今は人手が足りないんだから」
龍雲寺の手を掴み、紫音はコンビニを出る……前にスポーツ飲料を購入してから去った。
「……龍雲寺の野郎、あの鈴城紫音と知り合いだったのかよ。彼女がいるってのに何がドM仕様の運命だバカ野郎」
紫音から受け取ったコインに頬ずりしながら月仁はいつまでもその背中を眺めていた。


・道場。
「お、来た来た」
ヒエンが男子生徒3人を同時に相手しながら開いた鉄扉を見やる。
「失礼します」
「し、失礼します」
紫音と龍雲寺が入ってきた。二人が道場の景色を見ると、ヒエン、唯夢、久遠、鞠音がいて稽古を見ていた。
「もう、りゅーくん。遅いよ」
「久遠……ごめん」
「あれ? 鈴音はどうしたの?」
「鈴音さんでしたら本日学校を遅刻して早退しましたわよ。どうやらやっとご自分達がしでかした事の重さを知ったようですし」
「鞠音? 何か知っているなら吐きなさい。鈴音は一体何をしたの?」
「本人から聞いては如何ですの? と言うか聞いていませんの?」
「……」
「そこまでだ二人共。紫音ちゃんと龍雲寺は着替えて来い。そこから稽古を仕切り直すぞ」
「……押忍!」
十字を切る。そして二人は更衣室へと向かい、
「鈴城さん、ありがとう」
「紫音でいいわ。道場の上では老若男女は関係ない。私とあなたは戦友なんだから」
「……分かった、紫音」
男女での更衣室で別れた後、
「……こりゃ後で早龍寺兄さんに殺されるな」
小さく呟いた。

------------------------- 第30部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
28話「月夜の対峙」

【本文】
GEAR28:月夜の対峙


・稽古が終わり、唯夢と共に家に帰ってから数時間後。午後9時を回った頃合。
ヒエンは彼女の洗濯物を洗濯機にぶち込みながらある事に気付いた。
「まさか、どういうことだ……? どうしてシャツが2枚あるんだ?」
彼女のカバンからアンダーシャツが2枚出てきた。そりゃその道何年もやっていれば複数枚のシャツを購入することもあるだろうし、大会などで一日に連戦を行う場合それらをカバンに用意する事もあるだろう。だが、彼女はこの前黒服に用意させた1枚しか持っていないはずだった。なにせ、お金も渡していないから購入も不可能だろう。と言うかサイズが少し大きい気がする。
「prpr」
シャツの中に顔を入れ、胸のあたりを舐めてみる。確かに唯夢の味ではなかった。
「……何してるんですか?」
「いや、何でもない。唯夢ちゃん、このシャツは?」
「……僕のじゃないみたいですね。少し大きい。だとしたら紫音さんのじゃないですか?」
そう答える今の彼女のスタイルはヒエンのワイシャツを着込んだだけの裸ワイシャツ状態だ。裾から見えるのが女のアソコだけじゃないのがまた普通じゃない感があって滾る。
「紫音ちゃん? ……なるほど。確かに鞠音ちゃんは君とそこまでサイズ変わらないし、となるとあの子しかないわけか。間違って唯夢ちゃんのカバンに入っちまったのか」
「洗濯して明日届けましょうか」
「……いや、今からだ」
「へ?」
疑問の唯夢を背に、ヒエンは携帯を取り出した。
「おい、数の黒。紫音ちゃんの家どこだ? 唯夢ちゃんが用あるみたいだからお邪魔させたいんだが」
「……ヒエンさんが僕を犯罪の動機にしている気がする」
「……ん、住所は言えないから案内する? 分かった。ただし唯夢ちゃん一人で歩かせるわけには行かないから僕も行くぞ。車を出せ。2分以内に来い。それと途中でクリーニング屋に寄る。金は出せ。いいな?」
「ヒエンさん、笑みが邪悪です」
「気のせいだ。それより紫音ちゃんの家に行くことになった。準備をしてくれ。……流石にその格好はいろんな意味で危険だな。では、このいつか必要になると思って赤羽用に買っておいたSEX戦争の制服を着てもらうとするか」
「赤羽さんって誰ですか? たまに話に出ますよね?」
「ああ。赤羽美咲。大倉機関の人間だよ。中学2年生。今は前の戦いでのダメージが大きくて入院してる。2週間前にいきなり空から落っこちてきた時に知り合ったんだ。それからストーカー……ごほん。色々あって僕は彼女を追って大倉機関に入ったんだ」
「……女の子?」
「ああ、そうだ」
「……ヒエンさんって女の子相手だと必死過ぎませんか?」
「まあ、可愛い女の子は大好きだしな。赤羽も火咲ちゃんも鞠音ちゃんも潮音ちゃんも鈴音ちゃんも紫音ちゃんも。もちろん君も。けど、何だかな。女の子を可愛いと思うたびに何だか、心の奥底で別の誰かが頭に思い浮かぶんだ」
「……その誰かって?」
「分からない。僕も半年より前の記憶がないんだ。だから記憶を失うよりも前に会っていた誰かだと思う。ただ、赤羽もそうだけど君もどこか、どこかがその誰かと似ているような気がするんだ。君を預かったのも生えているのが珍しくてペットにしたいと思っただけじゃないんだ」
「ヒエンさんヒエンさん。欲望が漏れています。……でも、僕も元の世界にいた人達の事を誰も覚えていないので何となく分かるような気がします」
「えっと、もう1つの名前……ライランド何ちゃらってのは何なんだ?」
「……多分、僕のいた世界の人間だと思います。不思議とどんな姿をしていたのかはよく分からないんですけど、ただまるで自分の名前のように馴染みが深いんです」
「……そうか」
その感覚をヒエンは知っていた。ラールシャッハから呼ばれた甲斐廉と言う名前に何となくだが覚えがあったのと同じような感覚だ。いや、それだけじゃない。ラールシャッハが使ったカードの効果で一瞬だけ見えたあの景色達。いずれもこの頭のどこかで覚えがあった。理屈じゃない何かが告げている。確信している。自分はあの景色達を実際にこの身で体験してきた。
「……ん、数の黒が来たか」
「え? 分かるんですか?」
「あいつら基本大勢だからな。最近はなんとなく気配で分かるようになった。さあ、行くぞ」
「はい」
玄関から外に出れば確かに下には黒服の車がいて、中から数人の黒服が出ようとしていた。その全員が驚いた表情をしたのはヒエンの出現だけが理由ではないだろう。
「あの、ヒエン様」
「何だ?」
「流石に唯夢様のその格好はどうかと思います」
「ん、やっぱり赤羽用に買ったからか」
「……いえ、そういうことではなく。あと、美咲様にそのようなことをした場合きっとひどいことになると思われます」
「まあいい、今日は見逃せ。行くぞ」
「は、はぁ……」
唯夢の手を引き、ヒエンは車へと向かった。
ヒエンの要望通り、先にクリーニング屋に行き、15分でシャツの洗濯と乾燥を終わらせた。
「ここです」
夜景に揺られること1時間。たどり着いたのは中々立派な家だった。
「一軒家か。アイドルって高級マンションとかに住んでるイメージがあるが」
「紫音様のご両親が現在単身赴任中でしてご親戚の家に預けられているためです。本来は家賃月80万円のマンションに住んでいらっしゃいます」
「……数の黒、お前達の中で同じような暮らしが出来るのはいるか?」
「いません」
「だろうな」
唯夢の手を引いて車から降りる。家の表札には夏目と書かれていた。インターホンを押そうと手を伸ばしたその瞬間だ。
「こんな夜分に何をしているのよ」
声がした。女の子の声だ。光の6倍の速さで振り向いたヒエンは一瞬その目を疑った。何故なら、その少女には手足がなかったからだ。車椅子で移動する彼女は、あの夕暮れに出会ったオカルト少女とは違う。もっとリアルで物理的に手足が存在していなかった。
「……」
その姿を唯夢が凝視していたのは別の理由がありそうだ。手足よりかもそのドリルと見紛うような立派に渦巻いた金髪に視線が注いでいるように見える。
「君は、ここの住人かい? 紫音ちゃんに用があってきたんだけど」
「あなたはストーカー? しおりゅんの前には一歩も行かせないわよ」
「え? やだなぁ。ストーカーじゃないよ。同じ空手道場で働く仲間さ。ちょっと彼女が忘れ物をしたから届けに来ただけだよ」
「……ホントにぃ?」
「ほら、これ」
手提げからシャツを出す。
「……服……」
「そうそう。アンダーシャツ。この子の荷物に紛れてたみたいでね」
「……」
少女は唯夢を眺めた。第一印象は売女じゃないのかと思った。なにせ、着ている服が服とは言い難い露出の多いものだったし。横から見たら胸丸見えじゃないだろうか。正面からでも鼠径部が丸見えだし。ってかこの子パンツ履いてないの?
「まあいいけど。私はサテライラス・X(カイ)・是無(ゼム)。しおりゅんのファンであり、彼女の兄のクラスメイトよ」
「X是無……!?」
「珍しい名前だと思うけどそんなに驚く事かしら?」
「……サテライラスちゃん、質問いいかな? この子に覚えはないかな?」
「は? その子?」
「……」
サテラは唯夢を眺める。やっぱりおかしな格好。大人しそうな表情しているが間違いなく隣の男に開発されているだろう。まだ中学生くらいの外見なのに。
「……いいえ、ないわ。それがどうかしたか?」
「いや、彼女の名前が唯夢・M・X是無ハルトって言うんだが記憶喪失なんだ。名前が似てるからもしかしたらって思って」
「……へえ、珍しい名前ね。でも、私のX是無はミドルネームとラストネームだから。たまたま似ていただけじゃない?」
「……そうか」
「とりあえず、しおりゅんを……」
サテラが車椅子を移動させようとした時だ。
キィィィィィィ…………ン!!
「!」
耳鳴りが聴覚を支配した。この感覚は以前にもあった。あの夕暮れの時と石井先生の時。
「……これは、あの時の……」
耳鳴りが終わると、やはり周囲は時間が止まったかのように静止していた。試しにサテラの腕の断面や胸を触ってみるが反応はない。
「やはり時間が……ん!?」
ヒエンは咄嗟に彼女を抱いて後ろに飛んだ。直後に先程まで彼女が乗っていた車椅子が粉々になる。
「何だ!?」
着地してから気配を頼りに右を向く。屋根の上だ。満月を背にそこに何かが立っていた。シルエットからして人間のようにも見えるが決定的に違うものがあった。……腕の数だ。自分が今抱いている少女とは逆にそのシルエットから伸びた腕と思われる太長い4つの伸びた影。
「その子を離せ!」
声を飛ばし、屋根瓦を砕いて、シルエットがこちらに跳躍する。ミサイルのようなその軌道は最上火咲を彷彿とさせるが少し種類が違う。あれが文字通りミサイルならばこちらはビームのようだった。
「くっ!」
サテラを背後に下ろすと、迫り来る4つの腕による突撃を全て受け流す。
「!」
攻撃を回避され、敵はそのシルエットを露わにする。人間だ。自分と同い年くらいの青年だった。肩まである髪、線の細い全身。それらの容姿から一瞬女性かとも思ったが声や仕草からすぐに男と分かった。
「お前がこの時間を止めたのか!? 停滞のGEAR……だけじゃないな! その腕は何だ!?」
「お前達を貪るための牙だ!」
声に応えるように内1本がその先端をくぱぁとまるで口のように部分を開けると、ワームのように大きく口を開けてヒエンを丸呑みにかかる。
「!」
後退しようにも他3本の腕が自分の両腕をがっちりと掴んで止めていた。
「まずいか……!?」
その声を最後にヒエンは上から落ちるように迫った牙と呼ばれた腕の中に飲み込まれた。しかし、
「……な、何だ……、こ、これは……!!」
飲み込んでから青年は苦しみ始めた。膝を折り、ヒエンを飲み込んだ腕を掴み、掻き毟り始めた。その時だ。
「黄緑!」
前方に足のない少女が姿を見せた。
「へ、ヘカテー……!?」
「急いで出して!! あなたが今飲み込んだのはダハーカじゃない! 人間でもないよ! 無理に飲み込もうとすればあなたの牙は破裂して大変な事になる!」
「っ!!」
反射的に黄緑と呼ばれた青年は腕の中からヒエンを吐き出した。
「ふう、何とかなったか」
コンクリートの地面を転がり、立ち上がると同時に右の拳を構える。その手にはザインの風が握られていた。
左手を胸と水平に肘を曲げた状態で構え、前に出した左足に全体重をかける。
「倒す!!」
全体重をかけた左足でコンクリートに足型を付け、砕き、そして前に倒れるように地を蹴った。
「!?」
5メートルを離れた黄緑に向かってミサイルのようにヒエンは空中を貫いていき、右足の着地と同時に全体重の乗った右拳とそれで握ったザインの風を黄緑に突き出した。
「ダメェェェェッ!!!」
「!!」
しかし、いきなり黄緑を庇うようにヘカテーが現れ、ヒエンはザインの風を咄嗟に投げ捨て、それがヘカテーの頭上を抜けて黄緑の顔面を直撃した。
「……ぐっ!!」
「ぬうう!!」
額から血を吹き出して倒れる黄緑の前でヒエンも急ブレーキの衝撃に耐え切れずにコンクリートの地面を深く踏み砕きながら転倒した。
「き、君はこの前のオカルトな……」
「ヘカテーだよ。また会ったね」
「ヘカテー、知り合いなのか……?」
4つの腕を臨戦態勢にしたまま黄緑が立ち上がる。同時にヒエンも立ち上がり、拳を解かずにいる。
「二人共、落ち着いて。お互いに戦うべき敵じゃないよ。黄緑、今この空間の時間を制御しているのは誰?」
「……僕みたいだね」
「でしょ? もう敵は帰ったよ。どうやらこの人の素性を知りたかったみたい」
「僕をか? そもそも一体どういうことなんだ?」
「……あんた、ここに何の用だ?」
「夏目紫音って子に忘れ物を届けに来た」
「……すまない。どうやら本当に早とちり……じゃなくて! どうして時間制御している状態で普通に行動出来てる!? そんなのダハーカ以外にありえない!」
「待って。落ち着いて黄緑。私だってダハーカじゃないのにこうして制御された時間内で自由に動けるよ? それと同じでこの人もそうなの。生きた人間だけど少し特別な存在なの。でもあなたの敵じゃない。敵は別にいるんだよ!」
「……ヘカテーがそこまで言うなら……」
黄緑は言葉の後、数秒してから背中から生えた4つの腕を消した。粒子に分解して背中に収納した。
「……で、今のは何だ? ダハーカって何だ? 色々と説明してくれ。もうこの止まった空間に遭遇するのは3度目だ」
「……分かった。その前に僕の名前は夏目(なつめ)黄緑(きみどり)。一応、紫音の兄だ」
「僕の名前はジアフェイ・ヒエン。変な名前だけど記憶喪失による仮の名前だから許してくれ」
「ジアフェイだな。まず、僕はダハーカって言う種族だ。正確に言えば元々人間だったけどとある事情からダハーカになった」
「……じゃあ石井先生もそうだったのか」
「石井先生?」
「ああ。昨日いきなりうちの高校の日本史の先生が時間を止めて38本の腕で襲いかかってきたんだ。意味不明な変態が倒したけどな」
「……ああ、昨日のアレか。アレは僕がとどめを刺しておいたよ。ダハーカはダハーカじゃないと倒せない。……いや、それも正確に言えば少し違う。ダハーカは時間さえ操る不死身の怪物。死なないだけじゃなくてその体はかなり頑丈で、一人で戦場に出してもきっと無傷で生還するくらいには頑丈だよ。多分対人兵器じゃいくら集中しても傷1つ負わないと思う」
「確かにえらく頑丈だったな。で、そのダハーカはどうやったら斃せるんだ?」
「食べるんだ」
「は?」
「ダハーカは牙って呼ばれるそれぞれが有した特殊器官があって、それを用いることで対象を捕食する。不死身のダハーカを倒す方法はただ一つ、他のダハーカがその牙を用いて捕食することだけだ」
「……それでさっき人のこと丸呑みにしようとしてたのか」
「時間制御が出来るのはダハーカだけ。……僕の知る限りね。だから相手が牙を出す前にさっさと捕食して始末するのは常套手段だ」
「生憎だがこっちゃ時間制御が出来るわけじゃない。ただ、自分でも驚きだが時間制御を含むあらゆる外的干渉を受けないだけだ。だからこうやって止まった時間の中でも動けるし、お前にも捕食されなかった」
「最近の人間は中々凄いみたいだね。同じダハーカさえ倒せるダハーカの牙が通用しないとは」
「安心しろ。同じ事が出来る奴は他に一人もいない」
この身を無敵にしている零のGEARはオンリーGEAR。世界に一人しか存在し得ない。意図していないにせよこんな言い方をするくらいだからもし、別の世界とやらがあればもしかしたらこのGEARの持ち主が他にいるかもしれないが。とは言え、唯夢の存在から間違いなく別の世界はあるわけで……。しかし、唯夢のいた世界はラールシャッハの言った事が正しければ遠い未来の話だ。かなり時間は経っているかもしれないがそれでもこの世界の延長線上に過ぎない。
だから、もしかしたら別の世界なんてものはないんじゃないか。だが、ラールシャッハが見せた景色の中にはトゥオゥンダやジキルに似た人物もいた。あの二人はどんなGEARを持っているかは知らないが少なくとも普段から暴力が通じる以上は零のGEARではないだろう。よく似た人物か或いは祖先か子孫か。
「どうかした?」
「あ、いや、何でもない。とりあえずこの時間制御ってのはいつまで出来るんだ?」
「体力が続く限りはいつまでも」
「そろそろ解除してもいいんじゃないのか? あのヘカテーって子もいつの間にかいなくなってるし」
「いや、そうなんだけど。サテラの車椅子壊しちゃったし。それをどうやって説明したらいいか……。ここまで粉々になったら車に轢かれそうになった、でも通じそうにないし」
「ああ、なるほど。しかし任せておけ」
それから、黄緑が時間制御を解除すると当然車椅子を失って砕かれた地べたに寝かせられていたサテラは驚いたが、
「いやぁ、ヤーさんの抗争が始まっちまってな」
と、ヒエンが言い、メールでの指示通りに黒服達が銃撃戦を開始したため納得し、手足がないというのに這いつくばりながら突き進んだサテラの一喝で黒服達はサテラの車椅子……と、ついでに義手義足を償わされる羽目になった。
「あの子、怖いな」
「昔から気が強かったからね」
「……」
ヒエン、黄緑、唯夢はその光景をただただ眺めていた。

------------------------- 第31部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
29話「混沌の砥柱」

【本文】
GEAR29:混沌の砥柱


・夏目家。何だかんだで邪魔する事になったヒエン達。
「あ、おかえり。どこ行ってたの?」
靴を脱いでリビングに来ると、制服姿の紫音がソファに寝っ転がりながら雑誌を読んでいた。ただしその制服姿は見慣れたものではない。ワイシャツだけしか該当するものはなく、下は履いていなかった。黄緑色の下着が当然のように蛍光灯の光を、そしてヒエン達の視線を浴びていた。
「し、し、しおりゅん!! 何て格好を!」
「うぐ、」
黄緑に抱き抱えられたサテラがヒエンの股間に足の断面を叩きつける。しかし、痛かったのはサテラの方だ。だが、
「え!? だ、誰!?」
紫音もやっと訪問者に気付いたのか慌てて立ち上がり、シャツの裾で下着を隠す。
「あ、あなた達……どうしてここに……」
「やあ紫音ちゃん。忘れ物を届けに来たよ」
何度も股間にサテラの蹴りを浴びながら、しかし微動だにしないヒエンが和やかな笑顔でカバンから紫音のシャツを出した。
「え、おい、下着だなんて聞いてないんだけど……!?」
サテラと一緒にヒエンを蹴りつける黄緑だったがやはり痛覚だけが帰ってきた。
「くっ、蹴っても無駄なのか……」
「そりゃ地上100メートルの高さから落とされてもマシンガンの斉射を食らっても傷一つ負わなかったって実績もあるしな」
「……ジアフェイさん、お兄ちゃんと知り合いなの?」
「ついさっき知り合ったばかりだよ。あ、このシャツはもう洗ってあるから」
「ど、どうも……。けど私よりもその子の方がシャツが必要な気がするんだけど」
視線の先には危ない格好の唯夢。角度的にサテラはちょうど全開の真横から唯夢の秘部の翳りまで見えていた。
「あれ……? その子、何か付いてるような……」
「いやいやいや、気のせい。気のせいだよサテラちゃん。で、唯夢ちゃんのどこに問題点があるのかな?」
「……ジアフェイさん? 深くは言えないけどその子を預かるんだったらあまり自分好みにしないでくれません? そんな格好女の子にさせるものじゃないと思うんだけど」
「じゃあ君のお兄さんに着てもらおうかな」
「交渉成立!」
「いや、何の!?」
サテラを椅子に座らせていた黄緑が反応の声。声の先でヒエンと紫音が握手をしていた。
「でもジアフェイさん。夜にこの格好は寒すぎて体悪くするわ。私の服をこの子に貸してもいい?」
「もちろん。アイドルの服を着た唯夢ちゃんかぁ。可愛いだろうな……」
ヒエンが妄想した時だ。何か妙な音がした。何か噴き出したような音。その行方を探ると、
「……え?」
唯夢が両方の穴から大量の鼻血を出していた。
「た、大変じゃない! お兄ちゃん! コットン! コットンを!」
「あ、ああ……!」
「唯夢ちゃん、上せたのか? とりあえずソファ借りて横になった方がいい」
「はい。分かりました」
言われた通りに唯夢はさっきまで紫音が寝っ転がっていたソファに横たわる。よく見れば鼻血が服に垂れていた。
「ぬ、12万したコスプレ衣装が……!!」
「あなた、そんな趣味があったの?」
「違う。元は赤羽に着せようとしていた服だ」
「……賭けてもいいけどあの子なら絶対着ないわよ?」
「……とりあえずお兄ちゃんとしては紫音にも服を着てもらいたいんだけど」
黄緑からコットンを受け取り、紫音は赤面しながらも唯夢にそれを渡す。
「大丈夫? 病院行く? ……機関の」
「いえ、大丈夫です。何故だか分からないですけどただの鼻血ですから。それより紫音さん。その角度だとヒエンさんに見えちゃいますよ?」
「え?」
覗き込むような形で腰を曲げて唯夢と顔を近づけていた紫音が慌ててシャツの裾を掴む。その時の指の感触で分かったが完全に下着が後ろに丸見えな状態だった。
「……えっと、お兄ちゃんや。あんた確か名前黄緑だよな?」
「……そうだけど?」
「……アイドル空手家の正体が大絶賛ブラコン女子高校生だったとはな」
「きゃあああああ!!!」
直立してから素早く振り向き、その勢いのまま突き飛ばすようにヒエンの腹に両手を打ち込む。
当然、ヒエンにダメージはなく紫音の両手首・両肘・両肩の関節にダメージが走るのだが、
「逆上(アベンジ)!!」
「ぬ……!?」
紫音が謎の言葉を発すると同時、ヒエンは両腕の異常を感じた。いや、それが痛覚だとすぐにわかった。
「な、何だ……!? 両手が痛い……手首も肘も肩も……何じゃこりゃああ!?」
「ふん!!」
さらに紫音はちょっと足が心配になるレベルで床を踏みつけた。バキって音がしたが床にダメージはない。ならば今の音は紫音の足から出た音だろう。そして、
「逆上(アベンジ)!!」
「がああああああああああっ!! 足がぁぁぁぁ!! 足が割れるぅぅぅうぅ!!!」
再びその言葉を発すると、ヒエンが悲鳴を上げ、その場に転がり身を丸くして転がりまわる。
「ヒエンさん?」
「あ、ダメよ。まだ起きちゃ……」
「いえ、少し落ち着きましたから……」
「そ、そう? じゃあ私の部屋に来てよ。服を渡すからさ」
「はい」
「あ、しおりゅんの部屋……私も私も私も行く行く行くい”ぐ”う”う”う”う”う”!!!」
「いや、だから怖いよサテラ」
突っ込みしながらも黄緑はサテラを抱えて紫音、唯夢と共に紫音の部屋に行った。紫音の様子はまるで平静としていて、まるで怪我などしていないようだった。
「……ま、まさか紫音ちゃんのGEARはダメージを他人に移すGEARか……!?」
未だ収まらぬ激痛に転げ回ったままのヒエンは思い出す。赤羽が言っていた、自分では勝てない相手の話。理屈は分からないが、確かに紫音のGEARは自分に容赦なく通用する。最初の一撃はともかくとして次のは直接触れずにこちらにダメージを移してきた。だから最初の一撃が接触(トリガー)で、それ以降は自分で勝手に受けたダメージも相手に飛ばせる自傷の技。
「洒落にならない、痛いの痛いの飛んでけだな。もしかしてアレ、死にそうな大怪我負っても相手に移せば自分は瞬時に回復するんじゃないだろうか? 零のGEAR使ってる間は新陳代謝止まってるから回復出来ないし、かと言ってGEARを止めたら体術でフルボッコか。……マジで洒落にならない程相性が悪いな」
とりあえずGEARをソファに一度移して、新陳代謝による回復を待っていると……
「……って待て!! 今の唯夢ちゃん脱がせたらマズイって!!」
しかし立ち上がろうにも激痛が邪魔をした。と言うかこれは骨が折れてるんじゃないだろうか?


・紫音の部屋。黄緑が椅子にサテラを乗せて部屋を去ってから紫音は唯夢の服を脱がせた。そこでサテラと共に驚愕の声を上げた。
「あ、すみません。遅いかもしれませんけどヒエンさんから裸は見せるなって言われてました」
「……いや、その、そりゃああの人も隠すわね」
汚れたワンピースコスプレ制服を脱いで裸になった唯夢はそのほとんど目立たない胸の膨らみだけでなく、股間の異常まで見せていた。見慣れた割れ目の上に小さく縮こまったそれはまさしく男性器(ペニス)。つまり、この少女はふたなりである。
「……ひょっとしてこれが機密事項……? やっちゃったぁ……!」
顔を手で覆う紫音。それを全く気にせず裸のまま唯夢は部屋の内装を眺めていた。
「ヒエンさんの部屋とだいぶ違いますね。……あれ、このJS陵辱シリーズまだ93巻までしか出てなかったはずなのにどうして94巻があるんですか?」
「あ、いや、それは、その……」
「唯夢さん、それはこのシリーズの作者がこのしおりゅんだからよ」
「……そ、そうだったんですか!?」
「いや、そうだけど……ってかあなた誰!? どうしてそんなことまで知ってるの!?」
「サテライラス・X・是無! あなたのお兄さんの同級生でしおりゅんのファンです! しおりゅんがネットで揚げたものはたとえ匿名だろうと全く違うペンネームで行なったものだろうと全部把握してます!! 今年の夏も夏コミで黄緑くんと一緒に変装してJS逆調教シリーズ全109巻を売り出してたよね!? 私3部ずつ買いました!!」
「あ、ありがと……ございます。け、けど出来ればこの事は内密に……サインあげるので……」
「足らないよ!! どうせなら今日一緒に風呂に入らない!? 面倒見てくれない!? それでチャラにするよ!?」
「ううう……ど、どうぞ……」
「やったぁぁぁ!! 今日はいい日だぁぁぁぁっ!!」
「もしもしサテラ? あまり大声出さないでね」
ドアの向こうから黄緑の声。その後に小さな唯夢のくしゃみの音。
「あ、そうだった。服を着せてあげないと……。と言うかこの子下着も付けてないわね。まあ、男子高校生と二人暮らしで記憶喪失だったら仕方ないか」
タンスの前に移動する紫音。その背後に音も気配もなく椅子ごと移動するサテラ。それに対して言いえぬ恐怖を感じながらも紫音は下着上下と中学時代に着ていたジーンズ、女子向けトレーナー&パーカーを出して唯夢に手渡す。
「着方は分かる?」
「あの、コレなんですか?」
「それはブラジャーよ。私の小学生時代のだから多分あなたでもサイズは足りると思うわ。今日は飽くまでも間に合わせ。明日一緒に服とか下着とか買いに行きましょ。お金は私が出すから」
「それってそれって私もOk!?」
「……脅迫しないのなら」
「よし! さっすがしおりゅん・ホォォォォゥゥゥゥ!!」
「サ~テ~ラ~!!」
ドアの向こうから黄緑の怒声。
「あ、お兄ちゃんは来ないでね。ジアフェイさんと一緒に遊んでたりでもしたら?」
「……僕と彼まだ出会って5分くらいしか経ってないんだけどなぁ……」
言いながら廊下を歩く黄緑。そのままリビングに行き、ソファで横になっていたヒエンの前に立つ。同時に傍らにヘカテーが出現した。
「さて、話をしようか」
「ああ、ダハーカだったか?」
「そうだよ。ところで足が曲がってるけどどうしたの?」
「……紫音ちゃんにやられた」
「……? 君は確か一切の外的干渉を受けないんじゃなかったのか?」
「……夏目黄緑。そちらがダハーカって言う機密を話すからこちらも倣って機密を話す。今から言うことは全て他言無用でそして真実だ」
「……?」
首をかしげる二人に、ヒエンはGEARのこと、大倉機関のこと、そして考察の末出した紫音のGEARの事を話す。
「……そんなことがあったのか。紫音はただ空手道場としか言ってなかったのに……」
「まあ、機密って言ってもそこまで隠してはいなかったような気もするしな。紫音ちゃんに話すかどうかはお前に任せる。その紫音ちゃんのGEARが僕にも通用したのがどういう理屈か分からないけどな」
「う~ん、いい?」
「はいどうぞヘカテーちゃん」
「あなたの言い方だと零のGEARが無力化するのは物理的なものだけじゃないかな? 例えば裸の女の子に誘われたら何もされなかったとしても色々なところが反応するでしょ?」
「まあね!」
「例えばいきなりワニ園に連れ出されてワニ達の中に放り出されたら鳥肌くらいは立つでしょ?」
「それ以上の無法地帯が毎日学校で待ち受けているからあまり気にしないレベルだと思うけどね!!」
「……何があるのかはあえて聞かないでおくけど、そういう精神的なものは通用するんじゃないかな? でも多分脳に直結している幻覚系のは通用しないと思うし、時間制御の中で動けるからそう言う大掛かりなものも通用しない」
「……なるほど。ちょうど紫音ちゃんはその僅かな穴をこれでもかというほど致命的に突いてくるのか。まさかこんなところで天敵がいるとは」
「……で、ダハーカの事だけど」
「ああ、どこまで聞いたんだったっけか? 不死身で、牙で食べて、時間制御が出来るって事くらいかな?」
「僕自身はまだダハーカになって2年くらいしか経っていないんだけどダハーカって種族自体は紀元前から存在していたそうなんだ」
「お兄さんは、ゾロアスター教って知ってる?」
「キリスト教よりかも前から存在していて、あの全身ウネウネ動く紋様纏った上半身裸野郎の出身宗教って事くらいしか分からないけど……そう言えばさっきの紫音ちゃんのもそいつに似てたな」
「ダハーカはそのゾロアスター教で知られている悪の権化と言える竜王、アジ・ダハーカの眷属なの。アンラ・マンユが魔王だとしたらアジ・ダハーカは魔人で、ダハーカは使徒ってところかな?」
「……なるほど。まあ、使徒でも魔法の国の四天王とその付き人が二人掛かりで挑んでも非戦闘タイプにすら勝てなかったくらい強いからあれくらいの強さがあっても納得は出来るか」
「もう主のアジ・ダハーカ自体は紀元前に死んじゃったんだけどその眷属であるダハーカはまだ現存している。でも、もはや絶滅寸前なんだよ。ダハーカってすごい縄張り意識が強い種族でね、よく共食いしてるの。もう残りの数が20を下回っている現代でだって何年かに1度は共食いによる減少が起きてるんだもん」
「……もしかしてもうダハーカって数増やせないとか?」
「そーだよ? まあ厳密に言えば食べた相手を自分の部下として扱えるダハーカもいて、その場合部下には限定的ながらダハーカと同じ特徴が与えられるから全く増やせないわけでもないんだけど。もうそのダハーカも歳だから長くないだろうし」
「寿命があるのか?」
「さっきダハーカは不死身だって言ったけど、厳密に言えば全く死なないわけじゃないよ。殺す方法が牙で食べる事しかないだけで。ダハーカは存在しているだけで大幅に体力を消耗する。人間の胃袋で収まりきれないほどのエネルギーが必要なんだ」
「それを維持するために僕達ダハーカは牙を用いて時折人間を捕食するんだ。牙は人体の消化器官とは別口でね」
「……断食をすればダハーカは死ぬと?」
「そう。そして牙はダハーカにとって最大の武器だけど同時に最大の弱点でもあるんだ。相手を捕食するには絶対に必要な部分であるし、相手の牙を防げるのは自分の牙だけだし。そして何より牙は破損しても一切修復が出来ない。ダハーカ同士で戦えば間違いなく牙は使うことになるし、それで牙を壊してしまったら相手を捕食出来たとしても自分の寿命はそんなに長くはなくなる」
「……だのにつまらない縄張り争いですぐに戦って、どちらか一方は捕食され、もう片方は牙を破損して自滅を迎える事になる、か。戦い方によっては牙を損傷せずに終えられるがそれも限界がある……か」
「そう。……縄張りに戻るけどこの街は僕と、ヘカテーがいるから他のダハーカが姿を見せることは少ないと思うよ」
「どういう原理で?」
「私はダハーカの間では特別な存在なんだ。私自身はダハーカじゃないけどね。黄緑もあまり戦いを好む方じゃないからなるべくこの地域を他のダハーカが訪れる事はないの。もし来た時には何か事情がある事だね」
「……石井先生や、その前にも会った時間制御。それにさっき時間制御をした奴はどうなんだ?」
「その石井先生って人は最近転勤してこなかったかな?」
「……そう言えば今年転勤してきたばかりって聞いたな。……ああ、なるほど。ダハーカにもお前のように表を人間として過ごす以上は人間の事情に左右されるってことか」
「そうだと思う。その前にあった時間制御もダハーカとの戦いだった。そいつは詳しい事情は分からないけど、さっきヘカテーが言っていた食べた相手を限定的にダハーカにするって牙によってダハーカになった相手だった。時間制御をして周りにいる人を片っ端から食べていただけだったから多分まだダハーカになってそんなに日数が経っていないんだと思う」
「まあ、いきなり時間制御が出来たり人間を丸のみに出来る能力を得られたら大抵の人間は興奮するだろうな」
「で、さっきのに関してはまだ分からない。ただやり口が素人じゃない。明らかに僕と君の分析をするために戦わせたんだと思う」
「……近い内に仕掛けてくる可能性が高いわけだな」
「そう。だからもしよければそいつが見つかり、倒すまでの間協力してくれないだろうか?」
「……お前、ダハーカが絡むとキャラが変わるな」
「あまり僕が言えた義理じゃないけど、時間を止められそして人を食べる怪物がこの街にいるって分かったらあまり穏やかでいられないと思うけど?」
「……だろうな。こっちだって同じだ。せっかくこの街には可愛い女の子がいっぱいいるんだ。それを訳分からない連中に物理的に、生物学的に食われてたまるかってんだ。いいぜ、協力しよう」
「ああ。ありがとう」
倒れたままのヒエンと黄緑が互いの手を握り合った。

------------------------- 第32部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
30話「久々の集結」

【本文】
GEAR30:久々の集結


・病院。白黒問わず多くのスタッフが忙しなく運搬作業を行なっている。それを廊下を歩きながらのヒエンはその理由を知っている。含みを持たせて遊ぶために隣の唯夢に声をかけた。
「一週間か。意外と早かったな」
「何がです?」
「君を見つけたあの戦いからだよ。あの戦いで大倉機関は頭を失い、その手足も大勢が入院する羽目になったからな。が、今日定例会議としてこの病院に集まるんだ。……まあ、君が体を紫音ちゃんに見せちゃったのもあるけどね」
「……ごめんなさい。止められていたの忘れてました」
「いや、止め損なった僕も僕もさ。……それよりも、鴨、雲母」
「はい」
「ここに」
声をかけた瞬間、二人の背後の空間がくぱぁと分かれて開いた穴から鴨と雲母が出現した。
「!?」
「二人共もしもの時に備えていつでも出れるようにしておけ」
「はい」
「分かりました」
「ところで損傷具合はどうなんだ?」
「私達は完璧です。ですがあの3人は最近やっとまともに動けるようになったところです」
「それでも今日は既にもうここに向かってきていると思います」
「そうか。よし、下がっていいぞ」
「「はい」」
再び空間を開けて二人は姿を消した。
「……ヒエンさん、今のは?」
「部下だよ。ないことを信じるけどもしかしたら君が今日世話になるかも知れない」
「?」
「……さて、着いたか」
足を止める二人。正面にあるのは会議室だ。大倉機関直轄の病院だからか当然そこで会議を行うこともある。当然防音などの設備は整っているし、その部屋の存在を知っているのも一般スタッフではない。
「失礼しまーっす」
「失礼します」
鉄扉を開ける。握ったドアノブからヒエンの指紋が解析され、瞬時に登録データと一致したことで開錠される。
薄暗い廊下を抜けたそこは学校の教室程の大きさがある広い病室だった。窓はないが照明と空調が効いているため不自然なほど室内であることを感じさせない。その会議室には3台のベッドがあり、
「よう、来たな」
「……」
そのうち2つを加藤と岩村が使って横になっていた。
「加藤さんはともかく岩村さんまでいるのか」
「私が言えた義理はないが、これでも一応幹部なのでね。もう滅んだとは言え三船機関の事もここで話すつもりでいる。組織を裏切ってはいるものの犯罪を行なったわけではないから拘束されるいわれはない。怪我が治り次第大倉機関の業務に戻るつもりだ」
「……安心していいよ、死神さん。久遠ちゃんがいれば岩村さんは隠れられないから」
その向かい。久遠と紫音が立っていた。
「どういうことだ?」
「岩村さんのGEARは不可視。と言っても本当に見えなくなるわけじゃなくて、」
「発動中の岩村さんの姿や気配を感じ取れにくくするGEARよ。でも久遠のGEARはその逆。デジャブのGEARよ」
「デジャブ?」
「そ。どんなものでも、何故か見た瞬間に理解しちゃうって言う久遠ちゃんの天才たる証だよ。これがあれば岩村さんのGEARを無力化出来るの。まあ、久遠ちゃんにしか効果がないけどね」
いや、もう二人いる。と、ヒエンは心の中だけで呟く。
「会議参加メンバーはこれだけか?」
「まっさか~。まだまだいるよ」
「……来たみたいね」
ドアノブが開く音がする。振り向いてみると、
「あらあら。私ったら遅刻をしてしまったみたいですわね」
「姉さん。病院では静かにしないとダメだよ」
「お、噂の双子」
右手に松葉杖、左手を鞠音が貸した肩に乗せて潮音がやってきた。まだ入院中だからか病衣姿だが割と元気そうな姿をしていた。
「お久しぶりです。ジアフェイ先輩」
「ああ、久しぶりだね潮音ちゃん。……さて、」
ヒエンはチラッと傍らの唯夢を見る。
「……」
「鞠音から聞いています。あなたが唯夢・M・X是無ハルトさんですね」
「はい。あなたは……」
「僕は乃木坂潮音。鞠音の双子の妹です。こんな姿で申し訳ありません」
「いえ、お構いなく」
「ほらほら潮音。まだ運動は避けちゃいけないのですからあの車椅子を使わせて頂きましょう。ね?」
「うん、姉さん」
唯夢の脇を通り抜けていく双子。ヒエンが身構えていたがしかし、何も怒らなかった。その代わりにまたドアが開かれた。
「す、すみません。遅くなりました……!」
龍雲寺の声だ。しかし入ってきたのは彼だけではなかった。
「鍛錬が足りないぞ」
「俺達が恥をかくことになっただろうが」
彼の背中の左右。肩車をするように雷龍寺と早龍寺が乗っかっていた。すぐさま早龍寺とヒエンの視線が交錯した。
「相変わらず弟いじめが趣味のようだな」
「お前にすら勝てなかったらしいからな」
「だったらお前も鍛錬をし直したらどうだ?」
「そのつもりだ」
今にも死にそうな表情の龍雲寺の上でヒエンと早龍寺は言葉を交わした。それと並行して雷龍寺が久遠を見やった。
「久遠、どうして迎えに来なかった?」
「だってライくん達満足に歩けないって知ってるから絶対いまりゅーくんにしているような事を久遠ちゃんにもすると思ってたんだもん。流石に久遠ちゃんも死んじゃうよ」
「お前もこの一週間で負けたらしいな。体が治り次第、俺が鍛え直してやる」
「いやいやいや、ライくんもそうくんも加減を知らないから私死んじゃうよ。割とマジで」
紫音の後ろに隠れる久遠。それを嘆息して見てから雷龍寺、そして早龍寺は岩村を見た。
「……岩村さん、」
「許せとは言わない。償えるとも言うつもりはない。だが、これまで通り尽力させてもらう所存だ」
「……岩村さん、また俺達に稽古をしてくださいませんか? 見ての通り負け犬姿ですので」
「その後は是非俺と組手をお願いします」
「……分かった。一緒にリハビリをしよう。そしてお前達がどこまで強くなったのか見定めてやる」
「「押忍!!」」
「あ、あの、出来ればそろそろ降りて欲しいんですけど……」
膝を折り、そろそろ腰から洒落にならない音が出そうになっている龍雲寺を無視して二人の兄は十字を切った。そして、
「どいてみろ、馬鹿兄弟。今すぐ相手になってやってもいいんだぞ」
後ろ。新しい声が来た。その声と気配を受け取った瞬間に雷龍寺と早龍寺は龍雲寺から飛び降りて身構えた。龍雲寺が倒れる事でやっとヒエン達にもその姿が見えた。
「赤羽剛人……!」
「ふん、まさか俺がこんな場に招集されることになるとはな」
松葉杖姿の剛人は忌々しそうに声を捨てながら壁伝いに部屋の隅に移動した。
「まさかお前まで来る事になるとはな」
「リハビリついでだ。それに、運ぶ奴もあったからな」
「運ぶ奴?」
聞いて、ヒエンは開かれたままのドアを見た。よく見ればドアの端から何かが姿を見せていた。小さな左手だった。
その時だ。ヒエンの目は即座にその左手の指紋、皮膚の色具合、そして僅かに流れる匂いから人物を特定して0,01秒の速さでその人物の背後に回り込み、後ろからその胸をがっちりと掴んだ。
「よう、赤羽。久しぶりだな」
「……会ったばかりで……いえ、まだ目も合わせていない姿も見せていない相手にセクハラですか? 相変わらずですねあなたも」
背負投げ。病室の床に倒れたヒエンが見上げるのは自分を投げた人物。赤羽美咲の姿だった。
「だが、掴みはバッチリだろう? 入ってこいよ」
「……まったく」
倒れたままのヒエンの顔面を踏み台にして赤羽が病室に姿を見せた。
「申し訳ありません。遅刻をしてしまいました、赤羽美咲です。入ります」
病衣姿の赤羽が中に入る。同時に、
「美咲ちゃぁぁぁん!!」
「久遠……」
床を蹴って久遠が赤羽に飛びついた。倒れる勢いだったのを赤羽がしっかりと抱き止める。
「もう、心配したんだよ美咲ちゃん!! どうしてあんなことしたの! どうして私を置いて一人で行っちゃったの!? 手を貸すって、力を貸すって私言ったよね!? なのにどうして……どうして……!!」
「……ごめんなさい、久遠。でも私にはどうしてもあなたを巻き込むことは出来なかった。既に改造された経験のある私や兄さんならまだしもまだ幼いあなたまで改造されてしまったらきっと二度とあなたは自分を表現できなくなる。……私はそんな久遠を見たくはなかった。ごめんなさい、私のわがままです」
「美咲ちゃん……!!!」
胸の中で泣きじゃくる久遠を抱きしめたまま赤羽はドアを閉めて用意された3番目のベッドに座る。
「これで全員か?」
「いや、……鈴音の姿が見えないが、」
加藤は紫音の方を見る。視線を受け取った彼女は目を伏せて首を横に振る。
「それが、ここ最近連絡が取れなくて……」
言いながら紫音は鞠音の方を睨む。
「私の口からはこれ以上言えませんわ。彼女が拒んでいる以上はね。卑怯だと思って続けますけど、決して大丈夫だとは言えない状況だとは言っておきますわ」
「……っ!」
「紫音。そこまでだ」
手を挙げようとした紫音を制止しつつ、加藤は
「ではこれから定例会議を始める。とは言え今回は通常とは大きく違うがな。ジアフェイ・ヒエン。この一週間で起きた事を報告しろ」
「了解。紫音ちゃんにはバレちまったから公開にするが、この子、唯夢・M・X是無ハルトちゃんは三船研究所で発見された別世界から来た少女だ」
「……」
唯夢が一歩前に出た。
「残念ながら記憶喪失らしくて元の世界の事も自分の事も覚えていないそうだ。……赤羽兄妹、この子については何か知らないか? 岩村さんも」
しかし、3人は首を横にした。
「いえ、所長が何か私に関すること以外での実験をしていた事は知っていますが、」
「興味がなかったし、知る権限もなかったから結局何も知らないな」
「昔、大倉会長から聞いた話では三船所長は別世界の人間だったらしい。そこが関係しているとしか私には……」
「そうか。とにかく今この子は僕が預かっている。それ以上の特別な秘密もあるんでな」
その秘密は既に書類にまとめて加藤には渡しているし、紫音には明かしている。しかしそれ以外には明かしていない。
とは言え、もしかしたら鞠音には気付かれているかも知れないが。
「この子が三船所長、もしくはあいつがいた世界と何らかの関係があるって事は分かったがそれ以外に分かった事はない。空手ではない武術をやっていたらしいって事は2度参加した稽古で分かっているがな」
「まるであなたみたいですね」
「え?」
久遠をあやしながら赤羽が口を開いた。
「記憶喪失で、空手ではない武術を扱う。もしかしてあなたも彼女と何らかの関わりがあるのでは?」
「……」
自分と彼女の共通点を見出さなかったわけではない。しかし、今生まれた発想は初めてのものだ。ラールシャッハの件で自分は世界……もしくは時代を越えている事は何となく分かっていた。この零のGEARが正しければ自分は年齢を取らず、寿命でも外的要因でも死ぬ事はないから遠い昔から存在している可能性はあった。だが、彼女もそれに近い存在だとしたら? いや、そうではなく、自分こそが彼女に近い存在だとしたならば……?
「赤羽の目には僕が女の子に見えるか?」
「は? 何を言っているのですか?」
「……いや、何でもない。考えすぎた」
「……はぁ?」
「それでヒエン。彼女に関することで他の報告は?」
「今のところは特に。ただ、それとは別件で話したい事がある。これは昨日起きたばかりの新情報でまだ誰にも報告していないんだが」
ヒエンの言葉に全員が視線と興味を集めた。
「この一週間で3度遭遇した存在が居る。そいつの名前はダハーカ。時間を操り、人を捕食する不死身の怪物だ」
「……そんなものがいるのか……?」
「いる。奴らが行動を起こすのは時間を操っている時がほとんどだ。だが、僕にはそれが通じなかった。そして遭遇したんだ。……まあ、正確に言えば遭遇したダハーカは二人だけだが」
一瞬だけ紫音の方を見る。しかし彼女からは無反応。視線に気付いてはいるだろうが特に意味があるとは判断していないようだ。そこで昨日、黄緑に言われた事を思い出す。
「ダハーカの事を話すのはいい。だけど、紫音には僕がダハーカである事を明かさないで欲しい。それはいつか、僕自身の役目だから」
その理由の詳細は分からないが察するものはある。少なくとも尊重し遵守すべき事柄だろう。だからここでは彼の名前は口にしない。
「ダハーカは牙と呼ばれる特殊器官で人間を捕食する。僕が遭遇した奴は触手みたいなもので相手を頭から丸呑みにする奴だ。……まあ、僕だったから無傷で済んだがな」
「……俄かには信じられないが、そのダハーカがいたとして不死身なのであればどうやって倒すんだ?」
「同じダハーカによって捕食される事だけだそうだ。ダハーカは普段は人間の姿をして人間社会に溶け込んでいる。そしてダハーカとしての食欲を満たし、その体力を保持する時だけ時間を止めて狩猟を行うらしい。だが、紀元前から生き続けている彼らは既に絶滅寸前らしくてほとんど数がいない。僕が遭遇した内1体ももう片方によって倒された。だが、昨日そいつとは違う3体目の存在が推定された。姿は見せなかったが止められた時間でそいつから攻撃を受けたからほぼ間違いない」
「3体目であるという根拠は? その2体目じゃないのか?」
「違う。その2体目は詳しい事は話せないが敵ではない。……まだ味方だと言えるわけではないがな」
「……その話はその2体目から聞いたのか?」
「それと、もうひとり。ヘカテーと呼ばれる謎の少女から聞いた。まるで漫画みたいに足がない女の子だが本人が言うにはダハーカではないらしい。ただ、ダハーカの間で特別な存在として扱われているらしいがそれ以上は分からない。その子から今までの話を聞いた。僕も俄かには信じられなかったがそれ以前に2度もダハーカによる時間制御を見てしまっている上、捕食されかけた経験もあるから信じざるを得なかったよ」
「……」
「ただ、ダハーカに関しては時間を止める上、あらゆる攻撃が通用しない。僕でも遭遇したら適当に体力を削るくらいしか出来ないから、敢えて注意する事もないと思う」
「だろうな。時間を止めて襲って来る上普段は人間の姿をしている奴にどう対処しろって話だ」
「……報告事項はこのくらいかな。他に変わったことはなかった」
「よし、ご苦労。では次に入院者の現状を説明してもらう。受けた傷やどの程度で回復してそれぞれの役割の戻れるのかを。まずは俺からだ。俺は腹筋断裂、両足肉離れ、両鎖骨と左腕の粉砕骨折。そして全身打撲で全治一ヶ月ってところだな」
「え?」
その報告に唯夢が声を上げた。
「どうかしたか?」
「あ、いえ、何か違和感があって……」
「違和感? まあ確かにそれだけ怪我しておいてたった一ヶ月で治る怪物具合はツッコミがいるかもしれないが」
「いや、そうじゃなくてむしろ一ヶ月もかかるんですか?」
「は?」
「……X是無ハルトさん、君の常識ではどれくらいなんだ?」
「一日か二日くらいだと思います」
「……」
閉口。数秒の沈黙から加藤が口を開いた。
「まあ、その話は後でゆっくり聞くとしよう。次は、利伸か」
「私か。私は隣の馬鹿にひたすら殴られてな。肋骨8本の粉砕骨折、腰骨の粉砕骨折、両足の疲労骨折、胃腸、膵臓の陥没そして全身打撲だ。回復まで半年はかかる」
「情けないな、利伸」
「お前のような怪物と一緒にするな」
「次は馬場兄弟」
「はい。まずは俺ですが脊椎の損傷と両足の骨折で全治は一ヶ月程度です」
「俺の場合は全身の神経と筋肉が損傷していてどれくらいで元通りになるかは分かりません。ただ三船の技術を使っているのでもしかしたらそう遠くない時期に回復するかもしれません」
「次は赤羽兄妹」
「……何で俺まで報告しなければならない」
「なので私が代わりに報告します。二人共首から下を全く別の機械の塊にされてしまったので今現在自分の肉体を失っています。三船の研究所でそれぞれのDNAから新しい肉体を製造中で、それが出来上がるまでは同じく三船で作られた義体を用いています」
「……とんでもない技術だな」
「ただ、新しい肉体が完成すれば今まで必要だった三船のメンテナンスも必要なくなります。超常服(サイスーツ)の着用も必要なくなります」
「GEARに関してはDNAを弄った訳だからそのまま俺達は自分のと外付けされたモノの2つを使えるがな」
「戦力としてはそこまで変わらないってわけか。……で、潮音ちゃんは?」
「へ? 僕もですか?」
「ああ。加害者である僕が聞くのもなんだけど、大丈夫かい?」
「はい。お陰様で。左腕もあと一週間もすれば完治するそうです」
「三船からの技術提供のおかげでな。そう言う部分的な再生が容易になったんだ」
「……容易って事は前からここでも出来たのか」
「とにかく、現状はこんなものか。どうやらまだヒエンには一時的な指揮官にいてもらうことになる」
「全然構わないさ。むしろずっと邪魔な男はいないままでいいっすよ?」
「そうなれば男子の部の稽古を限られた人数で見ることになるがな」
「それは困る」
「じゃあ、そろそろお開きに……」
「利伸、」
「……ああ、そうだったな。ヒエン。今まで紹介していなかったメンバーを紹介するために呼び寄せていたんだ。もうすぐ到着する頃だろう。紫音、迎えに行ってやれ」
「……分かりました」
「……まさか、」
わずかに反応した潮音の傍らを通り、暗い表情の紫音が病室を出て10分程度。再びドアが開かれ、紫音の後ろには二人の少女がいた。
片方は久遠と同じくらいの年頃で、風船のように宙に浮いていた。もう片方は紫音と同じかそれより少し年上の落ち着いた雰囲気の少女だった。
「大倉機関所属ではあるが空手道場の方には関係していない二人。長倉小夜子と長倉八千代だ」
「よろしくお願いします」
「……」
「ああ、よろしく。良かった。可愛い女の子の追加メンバーで。君達年いくつ?」
「私は12歳の中学1年生です。八千代お姉ちゃんは17歳で高校2年生」
「姉妹かぁ。地味にやっと同い年の子が来てくれて助かるよ」
「……一応俺もお前と同じ高2なんだがな」
早龍寺の発言。無視して八千代の手を握る。しかし彼女もまた無視。
「えっと……?」
「八千代お姉ちゃんは気難しい上、口下手なので通訳がいります。基本は私か兄さんがしています」
「何だ、兄が居るのか」
「はい。中学3年生のが」
「先輩先輩」
急に鞠音がシャツの裾を引っ張ってきた。
「どうした?」
「その子の兄であり、八千代さんの弟さんがこの世界の中心ですよ」
「は?」
「……」
「……」
鞠音の発言に二人は押し黙った。
「鞠音ちゃん、中々意味深な事を会議の終盤に言ってくれるな。僕はこの後赤羽にどんなコスプレ衣装を着せて部屋に招くか考えなくてはならないんだ」
「どんな衣装も押し付けられる気はありませんけどね」
「それに、ヒエン。鞠音の言う世界の中心に関しては既に報告済みだ。お前とは別件で動いている」
「……トップシークレットか。なるほど。こちらから聞いてはいけないようだ。……ところで、」
鞠音の後ろ。潮音が俯いていた。
「潮音ちゃん。何かあったのか?」
「いえいえ。あの子は素直なように見えて実は素直じゃないところがあるので」
「?」
「そうそう。報告を1つ忘れていましたわ。私達が通う中学で行方不明中だった最上火咲さんが復学しましたわ。と言っても一日しか来ませんでしたけど」
「鈴音から報告を受けている」
「じゃあ、三船からの逃走者を引き連れているということも?」
「ああ。赤羽兄妹、誰だか分かるか?」
「黒だな。後は日本にやってきていると言う0号機か」
「説明をしろ」
「黒は美咲のクローンの1体であり研究所が抑えられた以上実質のラストナンバーだ。本来は美咲に次ぐ戦闘用として開発されたんだが改造手術寸前で先週のあれが起きたからな。中途半端で今は一人で生きる事も出来ないはずだ。飲食の制限もあるだろう。敵として立ちはだかったとしてもまるで問題はない。0号機の方は美咲のクローンの最初の一人だ。クローニング実験のために作られた存在であり、戦闘用でもなければ三船で何らかの役割が与えられているわけでもない。クローニングの技術提供者であるクローチェ博士と共に実家のイギリスで普通の人間として生活していたはずだが先日所長が呼び出していた。……何の目的があるのかは分からないがな」
「……なら普通に女子中学生やってるだけか。そう言えば最上火咲ちゃんだが、お前と行動を共にしていたそうだが、どういう関係なんだ? あの子も三船の何かか?」
「いや、俺にも覚えがない。三船のセキュリティを超えてきた以上は何らかの関係者である事は間違いないが……」
「……私は明後日の月曜日から登校が可能になります。その時に聞いてきましょうか?」
「いいだろう。ただし一人では行動するな。同時に復学する潮音や小夜子、可能であれば鈴音も同行させていろ」
「分かりました」
「赤羽はその二人と面識があるのか?」
「いいえ。ただ話を聞いたことはあります。もはや三船が滅んだ以上何も行動を起こさないというのなら関わるべきではないのですが流石に同じ顔で生活している以上、何らかの打ち合わせは必要でしょう」
「同じ顔……僕も同行したいものだな」
「流石に犯罪者として扱われるのでやめてください。あなた一応今大倉機関の指揮官ですし。ただでさえ人数が不足しているというのにつまらない理由でそれをさらに割かないでください」
「……」
「どうしました?」
「いや、これでこそ赤羽だなと」
「そうですか」
「……よし、他に何か用向きはあるか? ないならこれで解散にするぞ」
加藤の発言に誰も挙手はしない。
「よし、解散」
そしてその言葉と共に加藤と岩村以外が病室を後にした。


・大倉機関。機密室。
会議をすっぽかした事に対して罪悪感を漲らせながらしかし押し殺しながら鈴音が渡された報告書に目を通していた。
「……まさか、そんな事が……」
握った書類は最上火咲の右腕の検査報告。
「……この事は他の誰にも言わないでください。機を見て私から報告します」
「分かりました」
書類を返し、鈴音は部屋を出ていく。フラフラとした足取りで廊下を歩き、近くのベンチに倒れるように座り込む。
徹夜をしてあの部屋に篭っていたからと言うのもあるがそれ以上の衝撃が先程自らの手に握られていた。
いや、それだけではない。一昨日、小夜子から聞いた話も総合するととても正気ではいられない真実が今、心中を走っていた。
「……本当に世界が上書きされているなんて……」

------------------------- 第33部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
31話「暗躍の牙」

【本文】
GEAR31:暗躍の牙


・定例会議終了後。
「……鈴音、どこにいるのよ……」
病院から本社に直接向かった紫音が色々な部屋を回りながらメールを送り続ける。しかし一切の成果はなかった。
黒服(スタッフ)に聞いても口止めされていることしか聞き出せなかった。一昨日から様子がおかしかった。体調が悪いとか急な都合が入ったとか、それでいて携帯が壊れたとかいくらでも理由は考えられる。だが、それでも今日の定例会議に無断で不参加はありえない。何かあったとしか思えなかった。
黒服が口止めを受けている以上、事故や事件のように偶発的なものではないだろう。そして、あの時加藤が自分に鈴音の行方を尋ねてきたと言う事は加藤の指示ではないのだろう。だとしたら一体何が起きているのか。
「……まさか、」
先ほどのヒエンの話を思い出す。確かダハーカと言う時間を止めて人を捕食する怪物。そんなものが本当にいたとして、もし鈴音がその被害に遭っていたとしたら……?
いや、それも難しい。どのタイミングで口止めを用意したのか。たまたま何か口止めを用意しなければならない事が起きて、その後にダハーカに捕食された? いや、だとしても行方が分からなくなって二日ある。その間に生死の確認くらいは分かりそうなものだ。第一、この前小夜子から聞いた話がそのままだったなら……。
「……悪い方ばかり考えても今はダメ。とにかく本社を虱潰しにあたってみよう」
気合を入れ、スピードを上げる。25階まである本社ビルに存在する全ての部屋を片っ端から当たってみる。女子トイレ、女子更衣室はもちろん男子トイレ、男子更衣室も広間から個室までくまなく当たってみる。
「つ、次は何階だったっけ……?」
エレベータ。汗をぬぐいながら紫音が乗り込み、次のボタンに指が彷徨う。
「あれ?」
27あるボタン達の下。何もないスペース。しかし、そこに僅かな違和感があった。上の方が僅かにズレていた。まるで隠しスペースのドアを不完全に閉めてしまった後のような……。
「……」
喉を鳴らし、指をかけてみる。すると、開閉ボタンの下の空間(スペース)が剥がれて新しいボタンが姿を見せた。
「……」
紫音はそのボタンを押した。すると、エレベータはドアを閉めて通常ではない速度で移動を始めた。
「……下……地下……?」
移動を始めて10秒。やっと停止し、ドアが開いたエレベータ。恐る恐る紫音が降りて開かれた空間に足を踏み入れる。
そこはまるで古い写真のようにセピア色の光景だった。しかし自分の姿はそのままの色。
まっすぐ続く一本道。その左右を壁が塞いでいる。
「……」
道は1つだけ。なら行ってみよう。
セピア色の細道を小走りに進み、数分。やっと正面にドアらしきものが見えた。そして、
「鈴音!」
その近くにあったベンチにひとりの少女が横たわっていた。それは見紛うことなく鈴音=天笠=リバイスだ。
全速力で駆け寄り、彼女を抱き上げる。
「鈴音、しっかりして! 鈴音!!」
「……う、し、紫音……?」
「どうしたの!? なんでこんなところに……いや、そもそもここはどこなの!?」
「……ここは、大倉機関本社ビル地下に存在する機密室に繋がる道。ここまで来ちゃったからもう全部見せるわね」
立ち上がった鈴音が背後に向き直り、ドアを開ける。ここも指紋による認証が有り開閉に数秒かかる。そして開かれた先にはドアが二つあった。どちらも窓がないためここからでは中の風景を見ることが出来ない。
鈴音はその内の左を選び、ドアを認証で開けた。その先にあったのは人の背ほどもある大きな機械だった。
「これは……?」
「DNA検査装置。ただDNAを検査するだけじゃなくてその人が何のGEARなのかも分かる装置なの。私はこれである人物のDNAを調べていたの。……それは最上火咲。破砕のGEARを持つ監視対象の少女」
「……小夜子から聞いたわ。あなたが彼女と接触してから行方が分からなくなったって」
「ええ。ついさっきやっと結果が出たの」
「……彼女のDNAが何だって言うのよ」
「……直感みたいなものがあったの。ちぎれた彼女の右腕、そうしたのは私の運命のせいだけどでもそれだけじゃないんじゃないかって。そしたら……」
「……」
答えを渋る鈴音に喉を鳴らす。彼女の表情は本当に話してしまっていいのかと言う躊躇と自分でも今から言う言葉が半信半疑でいるかのような躊躇が見えた。
「言ってよ、鈴音」
「……分かった。最上火咲の右腕から採取したDNAを調べた結果、そのDNAは赤羽美咲のDNAと全く同じだって事が分かったの」
「……赤羽さんと全く同じ……!? じゃあ、彼女は赤羽さんのクローンだって言うの……!?」
「ううん、そうでもないの。彼女と一緒にいたもう一人のクローンだと思う赤羽さんと同じ顔の女の子の髪の毛も採取して検査したんだけど、その子のDNAは赤羽さんのと酷似していたけれど僅かな違いがあった。でも、最上さんのは赤羽さんのと全く同じだったの! そんな事、本当に同じ人間だったとしか思えない……」
「……でも最上さんのGEARは破砕なんでしょ? じゃあ他にも何らかの偶然ないし要素があるんじゃないの?」
「……そうかもしれないけど、もし……」
「……前の世界の赤羽美咲が彼女だったら?」
「し、紫音……!?」
「ごめん。小夜子から全部聞いたの。この世界が2年前に一度死んでしまったあなたのために作り直された世界だって事を。そして、この世界の存在理由はあなたを生き返らせるためだけじゃなくて、あなたを必ず守るという意味も込められている。だからあなたに害する者は必ず……」
その時だ。
紫音の言葉が終わりを告げたのは。否、終わったのではなく止められたのだ。
「……なるほど。そのような理由があったとは。2200年もの長い間持ち続けた疑問がやっと解けたというものだ」
静止した空間に声。そして二人の背後に姿を見せたのはひとりの男だった。背広を纏った中年程度の男性。しかしその下半身は異常な程膨らんでいた。まるで蜘蛛のように。
「興味深いところで切られてしまったが、しかしダハーカには如何なる攻撃も通用しない。GEARとやらが何かは知らないが問題ではないだろう。……もろともに貪ってやる」
男が手を伸ばす。その時だ。伸びたその手が別の手に掴まれた。
「!?」
「なるほど。一言に怪物と言っても身のこなしなどを鍛えているわけではないようだ」
振り向く。そこにいたのは昨晩あの家で見た少年ジアフェイ・ヒエンだ。
「貴様……!!」
「よもや紫音ちゃんを付けてこの機密エリアにまで忍び込むとは思わなかったが状況は関係ないな」
男の手を強く握り、自らの腰を中心にして投石機の要領で男を後方の細道まで投げ飛ばす。
「なるほど。本当に時間制御の中でも活動できるようだな」
「ほう、じゃあ昨晩黄緑と戦わせたダハーカはお前という事だな。それで視察して分からなかったのか? 貴様の牙とやらはこの体には通用しない」
「それがどうした? まさかダハーカが他者を貪るだけの能無しだとでも思っているのか?」
「何……!?」
瞬間。一度だけ世界は時間を取り戻した。僅かに背後のふたりの呼吸音が聞こえる。しかしそれを覆す聴覚と視覚が前方から迫った。敵が砕いた壁の無数の残骸がこちらに迫ってきていた。
「!」
それをヒエンが認識すると同時、再び世界は時間を忘れて制御される。すると、どうなるか。
まるで宇宙空間を漂うデブリのように残骸達は両者の中間に停止され、足のない壁のように立ちはだかった。
「そんなやり方……!!」
ヒエンは走った。無抵抗に無技術に残骸の中に突っ込んでいく。もしこれがヒエン以外だったら浮遊する切れ味の中に体を突っ込ませる行為は自殺行為としか言いようがないだろう。しかしヒエンの体を覆う無敵はそれらを全くものともせずに走力と質量を以てデブリをなぎ払っていく。
それを完了させてからヒエンは次なる攻撃を知った。
男が更なるデブリを放っていた。しかもそれはヒエンに対してではない。その後方にいた二人に向けてだ。
「ちっ!!」
デブリの大きさは直径1メートルほど。高度は2メートル程度。空中で叩き落としたり破壊するのは身長的に不可能だ。ザインの風に零のGEARを付与して投擲すれば可能かもしれないが今それを行うのは未知で危険だ。
だからヒエンは咄嗟に敵に背を向けて走ってしまった。それが迂闊だと知ったのは後頭部に衝撃を受けてからだ。
「!?」
感触。新たに放たれたデブリ。衝撃。思わず前方に転倒。頭上を貫き空を滑るデブリを見上げる。
「くっ!!」
右手にザインの風を召喚。手首のスナップだけで投擲。僅かにデブリのベクトルをずらす。デブリは壁にバウンドして二人を横から弾いた。停止した世界の中で二人がマネキンのように倒れる光景。力漲る拳。
「てめぇ!! 覚悟できてるんだろうな!?」
「やはり、君本体には全く損傷を与えられないようだな。本来ならば首が飛び散っていてもおかしくないのだが」
「お前をそうしてやる!!」
立ち上がり、前方20メートルの敵に対して距離を奪う。本来ならばその瞬発で両足の筋肉が断裂していてもおかしくない速度。しかし無傷無反応で走る。
「ほう、」
男はどこからか生み出した4本の腕と本来のを合わせた6本で身を固めるガード。
「でやぁぁぁぁっ!!!」
勢いを殺さぬままに繰り出す上段……しかし身長のために中段寄りの……飛び蹴り。男の重なった4本の腕の中心に命中。体格差を覆す走力と脚力の一撃。
「ぬ、」
2歩下がる敵。着地して素早く接近。体格差を逆に活かし、低姿勢から膝の伸びだけで懐に潜り込み大きく膨らんだ下腹にワンツー。離れた後で拳に嫌な弾力を残される。構わず追撃。だが、敵は距離をとり蜘蛛のように天井に張り付いた。床から天井までの高さは2メートル弱。どうやら高さがあれば届かないと判断した様子。的確。
「……ちっ、」
「君とまともに戦っても意味はないようだ。むしろこちらがやや不利か。だからさっさと勝負を決めさせてもらう」
「何……!?」
言葉が終わる。見上げると敵は6つの腕の五指、30本の指から一斉に何かを発射した。それは全て小さな蜘蛛だった。
「蜘蛛……? まさか……!?」
気付くと同時に後ろに走り出した。今度は迂闊ではなく全速力で。だが、微妙に間に合いそうにない。
「ザイン!!」
叫ぶ。と、落ちていたザインの風が立ち上がり、扇部分が開かれると大きく巨大化。直径2メートルの幅となって蜘蛛の侵攻を防ぐ。だが、放たれた30匹は構わず進み、扇に衝突するとミリ単位で貪り始めた。
「!?」
数秒で扇部分が食い尽くされ、元の大きさと形に戻ったザインの風が床に落ちる……寸前でヒエンが拾い上げる。その無意識の後に強烈な感覚が脳裏を襲った。
背後からの攻撃ではない。物理的なものではない。これは脳の働きのものだ。
……今の光景、どこかで強く見覚えが有る……!? いや、今はそれよりも……!!
ザインの風をマントのようにして背負い、蜘蛛の飛来よりも先に二人に向かって飛び込んだ。両手で二人肩を覆うように床に倒れ、背中のマントが形を変えて二人を完全に覆う。しかし、それが完了するより先に数匹の蜘蛛が中に侵入を果たした。
「くっ……!!」
「残念だったな。いや、ここまででも君は十分に頑張った。……四足のダハーカを呼ぶといい。私の目的は彼女だ」
声はそこで終わった。気配もだ。代わりに世界が再開を果たした。それを胸の中の二人の動きで把握する。
「え……?」
「な、何が……」
「二人共大丈夫か!?」
起き上がり、マントをザインの風に戻して二人の様子を見る。
「ジアフェイくん……!? どうしてここに……」
「それより体は何ともないか……?」
「体?」
「……ええい!! まどろっこしい!! 緊急事態&命の危機の可能性だから許せよ!!」
ザインの風を振るう。と、緑色の風が吹き荒れ小さな竜巻を生み、次の瞬間には二人の着ていた服は跡形もなく粉々になっていた。
「え……!?」
「な、な、な、何!?」
動揺。条件反射的に局部を隠そうとするふたりだったが、
「動くな! 今は冗談じゃないんだ!」
怒声にて制止。その声色を受けた二人は隠そうとする手を止めた。少しずつ紅潮していく二人の肌。しかし、ヒエンは割と本気でその裸体達に異変がないかのチェックを急いでいた。……もちろん見るところは見ておきながら。
とりあえず一周、上から下まで、左右横一周を全て見終わってから開放の言葉を発しようとしたその時だ。
二人の淡い茂みの陰部。そこにそれぞれ僅かな動きがあった。
「ん!」
すぐにそれは見えなくなったが、しかしその直後。
「……あ」
二人が倒れた。
「まさか……今のは……!!」
すぐに二人の陰部に両手の指を突っ込んだ。この一週間、唯夢ので慣れたつもりだったが流石に照れと興奮はある。しかしそれ以上の悪寒が背筋を走っていた。
「ちっ!」
指を引き抜く。2本どちらにも小さな蜘蛛の足が捕まっていたが本体の姿はなかった。どうやら体内への侵入を許してしまったらしい。
「……全く、こんな手段を使うなんてあの野郎め……!!」
忌々しそうに、しかし携帯の写メで二人の裸体を連射しながらどうしたものかと考えていると、
「そうだね。色々やっちゃったよね。あのダハーカ」
「うわ! ヘカテー!?」
「また会ったね。お兄さん」
いつの間にか隣にヘカテーが浮遊していた。
「ヘカテーはさっきのダハーカ知っているのか?」
「うん。現存しているダハーカはほぼ全員会った事あるよ。その中でもあの人はゾロアスター教の強い信者で、自分がその一部であるダハーカに慣れた事に強い誇りを持っているそうなの。元は悪の権化って事で蛇蝎のごとく嫌ってたけどね」
「……それで、奴はこの二人に何をしたんだ?」
「……むしろ私の方がお兄さんにそれを聞きたいんだけど……。まあ、いいとして。多分あの人は黄緑を狙っているんだと思う。正確に言えば黄緑の中の力の源であるダハーカ、四足のダハーカを」
「そう言えば、あいつは正式なダハーカじゃないんだったか。まさか黄緑を襲って捕食すればその四足の力を奪えるとかっていうのか?」
「言わないよ。でも、あの人は四足のダハーカを嫌っている。裏切り者だって言ってね。だから中途半端な今の状態ではなく本当にトドメを刺すためにその取引材料としてこの二人を狙ったんだと思うよ」
「……この二人は大丈夫なのか?」
「まだ、ね。戦ったみたいだから分かると思うけどあの人の牙は指から出る蜘蛛。ダハーカの牙としては珍しい遠距離にも対応しているもの。その代わり捕食速度は非常に遅い。でも、何より厄介なのは数を用意できるってこと。時間が経てば経つほどに彼の牙はこの二人の体内で数を増やしていき、内側から一気にバラバラに分解して捕食出来る。これを解除出来るのはあの人だけだよ」
「……ふん、やってくれるじゃねえか」
ヒエンは強くザインの風を握る。そしてスタッフ達に服を持って招集をさせた。その時には既にヘカテーの姿はなかった。

------------------------- 第34部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
32話「決戦の地は雨に濡れて……(前編)」

【本文】
GEAR32:決戦の地は雨に濡れて……(前編)


・大倉機関。特別治療室に紫音と鈴音を預けてヒエンはヘカテーと共に黄緑の許へ向かった。
「……そうか。一昨日のダハーカが……」
「奴の狙いはお前だ。二人をいつでも捕食できる状態の人質にしてな」
「あの蜘蛛の人の牙が完全に起動してから対象を食べきるまでは1時間くらいだよ、黄緑」
「奴は意外とすばしっこい。本当の蜘蛛みたいにな。もし交渉がうまくいかず奴が逃げに専念したら1時間なんて余裕で過ぎる。それにお前が望み通り奴の餌になったところで二人が助かる保証はない。むしろ反芻する可能性なんてないに等しいだろう。……どうするんだ?」
「……君達大倉機関はどう出る気なんだ?」
「ダハーカについては説明済み。いま紫音ちゃんと鈴音ちゃんはうちの女性陣や医療スタッフが見ている。だが、彼女達を集めたとしても時間を制御されてしまったらそこまでだ。僕とお前以外にあの空間を動ける奴はいない」
「そこで君が僕と協力して何とか奴を倒そうと言う訳か」
「そうだ。こっちの攻撃は通用しそうにないがお前なら奴を捕食して倒せるんだろう? 何とかこっちが隙を作るからお前がやってくれ。ただそれでもうまくいくかどうかは微妙だがな」
「……話を聞く限りそれほどの奴はもしかしたら近くにいてこの作戦会議を聞いている可能性もある。まず前提として交渉に応じる姿勢を僕が見せなかったらそのまま二人を捕食する可能性もあるだろう。ヘカテー、もう一度奴の牙について教えてくれないか」
「うん。あの人の牙は体中から出す蜘蛛。ダハーカの牙にしては珍しく、遠くに居る対象を捕食することも出来る牙だよ。ただ、数は用意できるけど人間一人捕食するにも時間が掛かるだろうね。他のダハーカが対象を捕食するのは一瞬だからそれに比べたらかなりのハンデだと思うよ」
「数を用意出来るってことは奴の牙を破壊して栄養失調で殺す事も出来ないか。流石現代を生き残っているだけあって特殊な奴ばかりだ」
「……う~ん、人質交換でもするかな。数の黒に自爆装置でも持たせて奴がいざ捕食しようとなった時に起動させるとか」
「……」
「中々黒いよねお兄さん」
「けど、物体を分解するだけならともかく捕食、つまり吸収するならば一度放った蜘蛛を奴は自分の体に取り込む必要があるんだろう? 少なからずそこは隙になる。……けど、根本的な何かにはならないか」
「……もっと他に弱点が分かればいいんだけれども……」
「……う~ん……あ!」
「ヘカテー?」
二人の間にいたヘカテーが声を上げるとその姿は消えていた。代わりに部屋の中に新しい音が生まれた。インターホンだ。
「客? こんな時に……」
「見てくるよ」
2階の部屋から降りた黄緑がドアを開けるとその先には手足のない少女がいた。
「サテラ」
「黄緑くん。こんにちは。しおりゅんいる?」
「いないよ。それといま忙しいから何か用があるなら手短に」
「あ、そうなんだ。いや、しおりゅんとこの前蜘蛛の話してて」
「蜘蛛?」
「そうなの。私がどうして手足を失ったのかって話になった時にね、信じてもらえないかもしれないけどこの手足は蜘蛛に食べられたの」
「……サテラ。その話もっとよく聴かせてくれ」
「え? あ、うん。一ヶ月くらい前の話だよ。学校からの帰り道に街を歩いていたらいきなり手足に蜘蛛が這ってきて、払おうとしても急に手足が動かなくなって、少しずつ食べれられていって……。何故か全く痛くなかったんだけどね。で、肘、膝くらいまで食べられたら急に蜘蛛がいなくなったの」
「何かしたの?」
「雨が降ってきたのよ。出血がないとは言え手足がなくて動けないって時に雨まで降ってきて大変だったんだから。しおりゅんにその話したら念の為に対処法として手足を使わずにマンホールの蓋を開けて下水道に飛び込む方法を教えようとして来たんだけど……」
「……それもすごく気になるけど。でも、いい話になったよ。帰り道、気をつけて」
「うん。じゃあ、また」
サテラが頭を下げると、彼女の脳波を読み取りその体を乗せた車椅子が勝手に動き出して帰路を取った。
「……行こう、ヒエン」
「ああ。数の黒を呼ぶ」
玄関。携帯を手に取っていたヒエンが黄緑の背中を見やった。

・大倉機関。地上20階の集中治療室。白衣スタッフが懸命の作業を行う中。
「まさかここにダハーカが忍び込んでくるなんてね」
「はい。時間を止められてしまえばセキュリティも役に立たないということでしょうか」
治療室前のソファ。騎乗位の格好で久遠が座る赤羽に抱きつき、服の上から胸に顔をうずめている。
「流石にヒエン先輩でも不死身の怪物が相手では厳しかったようですわね。でも、相手も相手を間違えていたみたいですけど」
「姉さん、知りすぎているからって不安をばらまくのはよくないよ」
車椅子に座る潮音の髪を梳かしながら鞠音がエクスタシーに突入する。
「……」
唯一誰とも絡まずに手術中のサインを眺める唯夢。この5人がヒエンに言われてここの警備に回っていた。
「唯夢さん」
「はい?」
そんな時。唯夢が振り向く。いま彼女に声をかけたのは赤羽だ。
「確か赤羽美咲さんでしたっけ?」
「はい。この一週間色々とご苦労様でした。あの変態と一緒に生活だなんて大変だったでしょう?」
「変態……紫音さんの事ですか?」
「いえ、ヒエンさんです」
「ヒエンさん? あの人は僕に親切にしてくれましたよ? 服だって買ってくれましたし。あ、でも本当は赤羽さんのって言ってたっけ」
「……どんな服でした?」
「露出の高いドレス風浴衣だったよ?」
答えたのは胸の中の幼女。
「……今度行った時に破り捨てておかねば」
「え、あんなに可愛い服をですか?」
「唯夢さん。あの人は可愛い女の子を食物にしようとしているだけです」
「でも、僕と一緒にいるとなにか記憶が戻りそうとか言ってましたよ?」
「死神さんの新しいナンパ法かな? でも久遠ちゃん達にはいわれたことないし」
「……私には言われました。私が彼と一時期行動を共にしていたのもそれが理由でしたし」
「美咲ちゃんと唯夢ちゃんかぁ。何か共通点でもある?」
「……同じ年頃の女の子ってことくらいしかないかな」
「そりゃその方々個人での共通点なんてありませんわよ」
「鞠音さんはご存知なんですか?」
「先輩が誰を想っているかは分かりませんが、先輩があなた方に見ているのは片鱗だけ。あなた方はパズルの1ピースなんですの。まあ、気にする必要はありませんわ。本人もまだ気付かれていないようですし」
「……鞠音さん。あなたはどこまで知っているんですか? あなたと話をしてから鈴音さんは二日間姿をくらまして学校にも会議にも来なかった。そしてヒエンさんについても」
「私の願いは他人の願いを知ることですわ。先輩がボンヤリと無意識で望んでいることから読み取っただけですの。鈴音さんに関しては直接関わっていた小夜子さんや八千代さんから話を聞いたんですのよ。私はそこまで関係していませんわ」
「あの、それってGEARって奴ですか?」
「はい、そうです。ヒエンさんから聞いたんですか?」
「はい。この世の全ての存在にはGEARって役割であり力でもあるものが備わっているって。でも僕、ヒエンさんの無敵以外にまだ見たことがなくて」
「……こういう感じのものです」
言うと、赤羽の体が少しだけ宙に浮いた……と思いきやフラフラしながら風船のように天井に吸い込まれていく。
「飛んでる……」
「これは私に後付けされた飛翔のGEARです。まだ小夜子さん同様に使いこなせないのであまり使いたくありませんが」
「まあ、小夜子ちゃんのと違って美咲ちゃんの場合文字通り空を飛ぶGEARだからこう言う風に誰かと一緒に空を飛ぶことも出来るんだよん。まあ、小夜子ちゃんの場合は自由自在に空を飛べない代わりに何か別の効果もあるみたいだけど」
赤羽に抱きついたままの久遠が説明。終えると少しずつ高度を落とし、ソファに着地する。
「……じゃあ、僕にも何かGEARがあるんでしょうか?」
「……唯夢さんは別世界から来たんですよね。ならばGEARの対象外の可能性も……」
「そうかもしれませんわね。私でも唯夢さんの心の願いが見えませんから」
「願いが見えない……」
「記憶喪失が関係しているのかもしれませんね。けど、それでもあの人はGEARが適用されていた」
「先輩のGEARが常時発動型っていうのもあると思いますわ。きっと唯夢さんは持っていたとしても赤羽さんのように任意発動型なのでしょう。もしくは本来いた世界でないと効果を発揮しないとかでしょうか」
「……もしそうだとしたらヒエンさんも僕の世界に来たら普通の人間のように生活できるってことでしょうか? この一週間一緒に生活して見てきましたが、普通に食事したりトイレしたりお風呂に入ったりする僕を見て俯く時がありましたし」
「あの人の場合性癖が少し含まれていそうですけどね」
「せーへき……あの人そういう本いっぱい置いてありました。とりあえず一週間で読破したのがJS隔離病棟シリーズ全21巻だけですけど」
「……久遠、もうあの人のそばに行ってはいけませんよ」
「はーい。もう美咲ちゃんだけでいいもん」
「でも、すごく面白いんですよ? あと、お気に入りなのがJSシャム多頭飼育学園全14巻があって……」
「唯夢さん、ヒエンさんやその作者のように頭おかしい変態だと思われたくなければ興味を捨てたほうがいいと思います」
「久遠ちゃんもよく意味は分からないけどおぞましい何かを感じるよ?」
「そ、そんなぁ~」
「ぷ、くくく……」
「姉さん? どうかした?」
「い、いえ、もしもあの人の願いがここにいる方々に知れ渡ったならとても面白い事になると思いまして腹筋が……。おや、」
「姉さん?」
「……私と同じ知りたい願いが近付いて来ているようですわね。これほどまで異質なものは先輩以来です。とても通常の人間のそれとは思えません」
「……だとすればまさか……」
その時だ。会話が終わり、少女達の時間は止まった。
「……ふむ。これで問題ない」
大倉機関本社ビル・エントランス。蜘蛛のダハーカが入室を果たす。
「我が牙は同じ建物の中、もしくは直径100メートル以内に対象物が存在していれば活動が可能。既にあの二人がこちらに向かって来ている事は分かっている。そして、この前食い損なった娘から我が牙の弱点も知っただろう。今日のこの町の降水確率は14%。雨が降る確率は少ないとは言え0ではない。時間を止めている間は我が体から離れた我が牙も動けないが、これなら問題ない。時間さえ止めていれば室内のスプリンクラーも機能を果たさない。最後に食事をしてから72時間が経過しているからあまり長い間時間は止められないが、最悪二人も食せれば十分だ。さあ、いつでも来い。四足」
蜘蛛のダハーカがエントランスのソファに座る。その時だ。
「やっぱり可能だったか」
「!?」
声がした。しかもそれは背後のエレベータからだった。蜘蛛のダハーカが慌てて立ち上がり、振り向くと止まっていたはずの、動かないはずのエレベータが開き、中からヒエンと黄緑が姿を見せた。
「ば、馬鹿な!? 貴様はまだここから2キロは離れた場所にいたはずだ!! それにどうしてエレベータが動く!? たとえGEARとやらでもこの時間が止まった空間ではその役割を失うはずだ!」
「なに、そちらの常道よりもこちらのギャンブルが成功しただけだ」
「ギャンブルだと……!?」
驚く蜘蛛のダハーカ。一方、治療室。
鈴音と紫音が乗せられた手術台の前。そこの空間がくぱぁと裂かれると、一本の刀が伸びた。その切っ先が二人の股間まで届き、割れ目を僅かに広げる。と、刀身を滑って水が割れ目の中へと流れていく。
「ふう、やれるもんだね」
「隊長のギャンブル運もここまで強いと薄気味悪いよ」
時空の中。鴨と雲母がいた。どうやら鴨が扱う時空の狭間はダハーカの時間制御の埒外にあるそうだ。
「雲母、ここから一歩も外に出たらダメだからね?」
「分かってるわよ。一歩でも出た瞬間に時間が止められちゃう。……マジックハンドでも出せたらこの二人を中に引き込めるんだけど」
「無理だよ。この中は私達やダハーカである黄緑さん、それから無敵の隊長以外が入ったらどうなるか分からないんだから」
「分かってるわよ。さて、500ミリのペットボトル一本分の水を入れたから大丈夫でしょ、多分」
「じゃあ一度隊長のところに戻る?」
「うん。いざとなったらガトリングで後方支援しよっか」
そうして開かれた時空の壁は消えて二人は次元の狭間に消えていった。
「……」
それを見届けてからひとりの男が物陰から姿を見せた。

------------------------- 第35部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
33話「決戦の地は雨に濡れて……(後編)」

【本文】
GEAR33:決戦の地は雨に濡れて……(後編)


・大倉機関本社ビル1階エントランスゲート。普段は社内外から多くの人間が通過するこの広間。しかし今足を動かしているのは3人だけだった。
「オラオラオラオラオラオラオラァァァァッ!!!」
ザインの風。それをモーニングスターへと変形させて力の限り振り回すヒエン。
「くっ!」
蜘蛛のダハーカは一度受け止めるが同時に鉄球部分の重さが10トンにまで質量を増やし、受け止めた左腕をいとも容易くへし折る。
「ダハーカの体を……!? くっ、だが腕ならいくらでもある!!」
「許すかってんだぁぁぁっ!!!」
懐から新たに腕を伸ばす敵。しかしモーニングスターの鎖部分でその体ごと巻きつけて縛り付けて動きを封じると、
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……おおおおおおりゃあああああああああああああ!!!!」
敵の体ごとブンブンとハンマー投げのように振り回し、壁やら床やらに滅茶苦茶に叩きつけ回す。当然インパクトの瞬間には質量が100倍以上にまで跳ね上がる。
「ぬあああっ!!」
8度目の激突の直後に敵の体を縛る鎖が蜘蛛によって食い尽くされて解放された敵はすっかりボコボコになった床に着地する。
「ちっ、」
残った部分を一度光の粒子に分解してから元の扇形戻してヒエンが敵を睨む。敵本来の左腕は既にぐちゃぐちゃになってヘシ折れ潰れている。懐から取り出したという6本の腕も無傷ではなさそうだ。打撲くらいはしているだろう。なるだけあの大きく膨れ上がった下半身を潰す形で攻撃を続けてきたからか潰されたアリのように両足からは夥しい量の液体が流れている。その液体は足元に貯まると1つに集まり、子犬ほどの大きさの蜘蛛となった。
「なるほど、奴はああやって牙を作っていたのか……!」
「だが、結構な量が出たぜ。貯蔵庫みたいな尻の部分ももうぺちゃんこだ。だからアレは切り札なんかじゃない。最後っ屁って奴だ」
ザインの風を強く握りいつでも縮地出来るように脚を曲げるヒエンと、4本の触手を背中から出現させた黄緑。
対して15メートルほど離れた正面で膝を折る蜘蛛のダハーカ。
「ありえぬ……! どうしてただの人間がここまでダハーカを傷つけられる……!? どうしてあの二人に寄生させた牙が全く反応しない!? いくら水に弱いからと言っても体液では溶けないようにしておいたはずだ……!!」
青い血を吐きながら蜘蛛のダハーカが唸り声を上げると、正面にいた蜘蛛が6つの脚を動かして移動を始めた。
「!」
「速い……!!」
15メートルの距離を2秒とかからずに縮めた蜘蛛は即時に構えたヒエンと違い、やや出遅れた形となった黄緑に向かう。
「くっ……!」
4つの腕を振り下ろそうとする黄緑。しかし、蜘蛛は口から糸を吐く。明らかに本体以上の質量の糸が1秒で解き放たれ、黄緑の4つの腕は一瞬でぐるぐる巻きにされてしまう。だけに留まらず、頭から蜘蛛に引き寄せられていく。
「黄緑!!」
ザインの風を槍に変えて投げる。一筋の光となった一撃は縮み始めていた蜘蛛の糸を中央から貫き、威力で引きちぎる。そして解放された黄緑が立ち上がると同時に4つの腕を振り下ろして蜘蛛の頭を潰す。
「オラァァァッ!!」
続けて槍を拾ったヒエンが蜘蛛の背中から胸を床ごと突き刺し、柄を蹴りつけることで無理矢理蜘蛛の体をぶった斬る。と、その切断面から無数の小さな蜘蛛が生み出されて床を這って黄緑に向かっていく。
「このっ!!」
4つの腕や足で踏み潰していく。それだけで数百匹は粉砕されたがそれでもまだ5桁6桁を超える量の小さな蜘蛛が溢れ出ていき、ついには本体であった大きな蜘蛛が崩れ落ちてその残骸の全てまでもが小さな蜘蛛となってもはやその数は億をも超える凄まじい量となって二人に迫る。
「うげっ、気持ち悪い……!!」
ヒエンは体をよじ登って来る無数の蜘蛛を払う。その体には一切影響はなかったが、
「くっ……!」
黄緑は抵抗を見せたが自分の体を這う無数の蜘蛛が足に込めた毒針を受けて瞬く間に体力を奪われていき、細胞レベルで少しずつその体を捕食されていく。
「この勝負、私の勝ちだ……!」
その光景を眺め、膝を折ったまま、口元の血を拭わずに笑みを浮かべる蜘蛛のダハーカ。しかし、その表情も長くは続かなかった。
ピチャン……なんと弱々しいものではない。突如として凄まじい量の水が降ってきた。雨というよりはバケツをこぼしたような質量だ。
「何だ……!?」
「隊長、ご無事ですか!?」
声は天井から。見れば鴨が時空の穴を開け、雲母が本当にバケツに汲んだ水を蜘蛛の大海に向けていくつもこぼしていた。
「何だ……!? 一体何だというのだ!? どうして動ける!? どこから……奴らもダハーカか何かなのか!?」
目に見えて醜いほどに狼狽える蜘蛛のダハーカの前でその傀儡である子蜘蛛達は暴力的な量の水を浴びて無残に散っていく。
「いい仕事だぜ、お前達」
そしてその雨の中、ヒエンと黄緑が拳を握り、こちらを見やっていた。
「諦めろ。もうお前に勝目はない」
「よくも紫音に手を出してくれたな。いや、紫音だけじゃない。お前はサテラの手足も奪った」
床に出来た水たまり。それを静かに、しかし激しく踏み抜きながら黄緑がこちらに迫る。その表情、視線はいつもの夏目黄緑ではない。獲物を前にした肉食獣そのものだ。
「ぬ、き、貴様……!! お、同じダハーカを捕食するつもりか……!?」
「……」
「わ、分かった……! もうお前達は狙わない……!! あの二人に放った牙も今すぐ除外しよう。これからは一緒に見知らぬ人間達を……」
言葉は終わった。丸太のように太く、蛇のようにしなる黄緑の牙が横薙ぎに蜘蛛のダハーカをぶっ飛ばしたからだ。
「ぐべぎゃひゃあああっ!!」
20メートル離れた壁に激突し、衝撃で6本の腕が肩口が潰れたことでそこからちぎれ落ちる。さらに頭蓋骨が粉砕し、血管やら神経やらが皮膚を貫通して顔の外に飛び散る。もはやその顔は面の形をしていなかった。
その酷い有様が見えていながらも黄緑はゆっくりとしかし無慈悲に距離を縮めていき、今度は下半身向けてストレートに牙を叩き込む。
「ぬがあああああああ!!!」
腰から下が圧力によってバラバラになり、下半身を失ったことで上半身だけが床にこぼれ落ちる。自らの中から溢れ出た体液の中で蜘蛛のダハーカはまるで赤子のように激痛に悶え、叫び、涙する。
「……」
しかし黄緑は無言で更なる牙を振るう。槍のように鋭く尖った長い牙の爪で上半身の断面から内側を串刺しにして爪先が男の頭蓋骨を貫通して脳天をぶち抜いて姿を見せた。
「が、……あ、あああ……」
「もっとだ。もっと喚け。お前が喚く限り僕は攻撃を続ける。お前が苦痛の全てを吐き出すまで決して許しはしない」
そう言って黄緑はそのまま敵の体を地面に叩きつける。何度も何度も何度も。
しかし、これだけやってもダハーカは死なない。もしもこの状態で黄緑が見逃したとしてもきっとこのダハーカは数百年、数千年もの長い時間を経て元通り以上の五体に戻るだろう。だから黄緑は許すつもりが無かった。
「やれやれ」
それを見抜いたからかヒエンはザインの風を亜空に収納して服を脱いで水気を絞り始める。そうして服の全てからとりあえず水気が完全に搾り取られた頃。ついに裁きの時は訪れた。
「…………」
「……終わったか」
完全に反応を示さなくなった敵の残骸を見た黄緑は牙の口をくぱぁと広げ、敵の残骸を丸呑みにした。同時にこの制御された空間の支配権が黄緑だけに絞られ、黄緑は牙を背中に収納してから時間を戻した。
当然、突然のことにエントランスにいた無数の無関係者達は悲鳴を上げ、驚きはためくがヒエンが呼んだ黒服によって鎮められた。
「……随分と暴れすぎてしまったみたいだね」
「何、犠牲者が出てないだけマシだ」
20階。特別治療室に鴨の能力で移動した二人。鴨の能力が赤羽達に知られないように曲がり角に隠れるようにして時空の狭間から外に出る。
「ご苦労だったなお前達」
「いえいえ。いいものも見られましたし」
「バッチシ写メ撮りました!」
「……まあ、その程度で済むんだったらいいけど」
やや寒気を覚えつつもヒエンが曲がり角を曲がる。
「ヒエンさん?」
「よう、状況はどうだ?」
「今、鞠音さんがダハーカらしき気配の接近を感じたところです」
「だがもう終わった。今終わらせてきたよ。紫音ちゃんと鈴音ちゃんも何とかなったはずだが、どうだ?」
「早いね、死神さん。二人共中にいると思うよ?」
「そうか。なら、スタッフに言って……あれ?」
「どうかしましたか?」
「唯夢ちゃんはどこだ? トイレか?」
「え? 唯夢さんならここに……」
しかし、その場にいた誰もが治療室のドアの前にいたはずの唯夢の姿を見失っていた。


・大倉機関本社ビルから100キロを離れたとある建物。その一室。
「……僕をここへ運んでどうしようというんですか?」
唯夢はそこにいた。飛ばした声は大きな背中に。
「君はあそこに居るべきではない。大倉機関がパラレルゲートを牛耳っている限り君は奴らと一緒にいては元の世界に帰れないだろう」
「……パラレルゲート……」
「少し時間をもらおうか。そんなに時間は取らせない。そうすれば世界はまた1つ、バランスを崩すことになる。その隙に君を元の世界に返してあげよう」
「……あなたは一体……」
「……夏目群青。ダハーカの一体であり、そしてパラドクス31神官のひと柱だ」
男は振り向き、その言葉を彼女に告げた。

------------------------- 第36部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
忙しい人向けのX-GEARあらすじ2章

【本文】
1:三船研究所から回収した少女は記憶喪失だった。覚えてる名前から唯夢と仮称することに。
また、ヒエン以外の大倉機関の人間は大部分が今回の作戦により入院したため一時的にヒエンが指揮権を有することに。
2:保護観察の意味も含めて唯夢と暮らすことになったヒエン。どうやら唯夢は別世界と言うよりはるか未来から来た様子。それもラールシャッハと同じで1000年近く未来から来た可能性あり。さらには寝てる間に体を見た結果唯夢はふたなりだと言う事も判明する。
3:唯夢の検査のために大倉病院へと連れていくヒエン。その道中で突然自分以外の時間が止まる。そこで遭遇したヘカテーと言う謎の足なし幽霊少女からこれはダハーカと言う生物の時間制御の影響だと判明。時間を止めながら人間を食う生物の存在をここで知る。
4:空手の稽古。唯夢も連れて来て久遠と戦わせる。ここで唯夢は空手よりかはプロレスに近い武術をやっていた可能性が判明。手加減できずに久遠をボコボコにしてしまう。一方でヒエンも零のGEARなしでも戦えるようにするため馬場兄妹3番目の龍雲寺と対決。厳しい状況ながらも運よく勝利する。妹だけでなく素人にまで負けてしまったことで龍雲寺は結構落ち込むことに。
5:達真に投げ捨てられた火咲は三船のクローン少女リッツとシフルによって救出され治療カプセルで回復していた。今回の傷だけでなく生来使えなくなっていた両腕も回復。そこでシフルが今回の礼として殺してほしい相手を火咲に話す。その名前が矢尻達真だと判明。
6:火咲を中学校で監視する鈴音。しかし目障りになってきたとして火咲に殺されかけるも何故か反射が発生して火咲の右腕が破裂する。どういうことか不明のまま鈴音は火咲の右腕を回収して大倉機関へと向かった。
7:空手の稽古後。紫音の忘れ物を届けるためにヒエンと唯夢は紫音の家に。しかしその途中再び時間制御が発生。謎のダハーカの襲撃を受けるもそこで鉢合わせになったダハーカの少年夏目黄緑と遭遇。ヒエンとは少しだけ戦うもヘカテーによって仲裁。互いにはめられて同士討ちを狙われていたことが発覚する。
8:黄緑やヘカテーからダハーカについての知識を得るヒエン。対して紫音は偶然にも唯夢の秘密を知ってしまう。また、紫音のGEARが零のGEARを貫通することも判明。
9:三船での戦いから一週間。鈴音を除くメンバーが病室に集まって会議。そこで赤羽とも再会する。
10:会議が終わった後、紫音は大倉機関本社の地下施設の存在を偶然知りそこへ向かう。と、そこには鈴音がいて回収した火咲の右腕を分析していた。それにより火咲のDNAは100%赤羽の物と一致していることが判明する。
11:再び発生した時間制御。以前ヒエンを狙っていた蜘蛛のダハーカの仕業であり、どうしてか真実に近づきつつあるとして紫音と鈴音の二人を狙う。迎撃するヒエンと黄緑は劣勢になりながらも相手が水に弱いことを知り、鴨と雲母を酷使して相手の技を封殺。そのまま蜘蛛のダハーカを撃破する。しかし、時間が戻った時唯夢の姿はどこにもなかった。

------------------------- 第37部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
設定資料集2

【本文】
<用語>
ダハーカ:紀元前よりはるか前の時代に存在していた邪神アジ・ダハーカの眷属である種族。基本的に不死身であり、外的要因で死ぬ事はほとんどない。寿命もないし、心臓や脳を破壊されても悠久の時間を使って蘇るなどかなりタフ。
時代が移り変わりゆく毎に適した姿に変化するため外見だけでダハーカである事を見抜けるものは同じダハーカかヘカテーしかいない。しかしそれ故に時代や背景に縛られる事もある。
ダハーカは時間を制御し、世界の時間を止めてから他の生物を捕食する。そのための牙と呼ばれる器官を体に有している。この牙はダハーカにとって最重要とも言える場所でありながらも武器として活用することも多い。ダハーカが時間を制御するには膨大な体力を消耗し、牙により他の生物を捕食しなければやがて死に至る。また、その牙により他のダハーカを捕食する事で倒す事も可能。しかし牙は再生不可能であり、相手のダハーカが脱出するためないし相打ちに持っていくために捕食されながら攻撃することもあり、ダハーカにとって命そのものとも言える。それでいて縄張り意識が強いためよく共食いが起きる。現状ダハーカの数は20を下回っているがそれでもなお共食いの現状は変わらない。
また、主であるアジ・ダハーカが既に存在しないためこれ以上個体数が殖えることもないため事実上の絶滅危惧種とも言える。
当然ながらその存在は世間一般では知られていない。また、GEARの存在は知らない様子であり常時発動中のGEARはたとえ時間を止めていても適用されているためヒエン相手には時間制御どころか牙による捕食も無効となっている。ただし本人達にもGEARは存在する。
時間を止めて人間を捕食すると言う中々チートな存在でありながらも抜け目は多いためか人類にとっては天敵そのものだとしても全宇宙の調停者だの最果ての扉の先で待つ者だのと言った超常存在からすれば愛玩動物のようなものである。
なお、原作の設定とは概ね一緒だがところどころ違う点もある。

<新規登場人物>
夏目(なつめ)黄緑(きみどり)
年齢:17歳
身長:176センチ
体重:59キロ
所属:北条学園高等部
GEAR:希望
属性:中立・善・林
好きなもの:来音、紫音、サボり、だらしない日々
苦手:ダハーカ、勤労勤勉
出展作品:世界は奇跡(あのこ)を残さない
紫音の兄である高校2年生。四足のダハーカを宿している半分人間半分ダハーカ。まだ紫音とは実の兄妹になっていない。
家族設定は原作とほぼ同じ。しかしまだ紫音と一線は超えていない。その上留年もしていない。
自分の体に宿った四足のダハーカが女性的人格であるためかやや女性的な部分が表に出ているが普通の男子高校生。
さりげなく今作でヒエンと本格的に絡んだ初の男性主人公でもある。
原作では百色と言う武術を嗜んでいたが本作では完全に素人。原作では一騎打ちで圧倒していた蜘蛛のダハーカに苦戦していたのもその証左。
まだ登場していない来音との関係性もほぼ原作通りだが……。
当初は特に意味もなくしかしとにかく他の男性主人公から嫌われまくって顔を合わせるたびに達真と火咲みたいに殺し合う予定だった。ただしとある事情から大悟とは相性が悪い。まだ出会ってないけど。
とりあえず結末については達真同様原作とは変える予定。2章3章だけのキャラではないのでご安心ください。
GEARは希望。どんな状況であっても絶対に自分というものを失わないもの。絶望しないとも言い換えられる他、四足のダハーカに限らず他のあらゆるダハーカに捕食されようとも絶対にその存在を奪われずに逆に乗っ取るか、吐き出されるかする。更には4章5章でも活躍する重要なキーワードの予定。尚他にも希望のGEARを持つ男性主人公はいる。
牙は四足。背中から丸太のように太くて長い4本の腕のような物体を生やして操るもの。打撃武器や咄嗟の防御にも使えるが牙の役割や強度を考えるとあまり薦められない手段である。原作でもそこを突かれてあのエンドになったわけだし。元ネタが昔見たエロゲーの夢の主人公だからかずっとワイシャツ姿で目線は隠れてるイメージ。原作ではライラと被るからふたなりっ娘から男性にしたから本作ではふたなりっ娘にしようとしたが面倒くさくなりそうだったため原作と同じ設定にした。黄緑はいつになったら元ネタ通り生えてるだけの娘になれるのだろうか。


唯夢(ユイム)・M(エム)・X是無(かいぜむ)ハルト
年齢:15歳?
身長:148センチ
体重:45キロ
3サイズ:74・60・73(B)
所属:山TO氏学園高等部パラレル部、X是無ハルト家
GEAR:???
属性:秩序・中庸・林
好きなもの:??? 紫音の書くJSシリーズ、パイズリ
苦手:海鮮料理、ブラ……なんとか
出展作品:パラレルフィスト、パラレルフィストプロト
1章でラールシャッハがパラレルゲートを用いて異世界から呼んだ記憶喪失の少女。しかし生えている。ボクっ娘。
ヒエンの許に預けられた。空手というよりはプロレスに近い格闘技を使う少女。
ヒエンの見立てでは現代よりも遠い未来から来たとされていて、文明が何度も生まれ変わったからか現代の価値観や文明の多くを知らない。とりあえずヒエンと紫音のせいで本来愛でるべき年下の少女はぶっ飛ばせばいいと思ってる。
その正体に関しては原作を読んでいればこの文章を読んでいるだけでも大体察しがつくだろう。と言うか愛しのユイムさんのおっぱいがBカップもあるわけないし。秩序属性なわけないだろうに。と言うかブログで登場前に明かしてるし。
GEARは不明。と言うか32話を書くまでこの子のGEARを考えるの忘れていた。
出番はあまり多くはないが、ひょっとしたら赤羽以上、ヒエン並に重要なキャラクターかもしれない。
とりあえずかなり深くまで役割を持つキャラクターなので世界に何人いるか分からないが作者のファンは他の多くの作品を読み漁って考察を重ねてみてはどうだろうか。


ヘカテー
享年:9
身長:119センチ(足があった場合)
体重:13キロ
3サイズ:まだないかな。
所属:なし
GEAR:なし
属性:秩序・善・風
好きなもの:黄緑、四足のダハーカ
苦手:ダハーカ同士の戦い、人間
出展作品:世界は奇跡(あのこ)を残さない
黄緑と仲のいい幽霊の少女。原作とほぼ同じ設定。奇跡をその身に宿す少女。
奥や謎が深いように見えて実はディテールだけの存在だったりする。原作でほぼ全てを書いてる事もあるし。
ただ、原作で未登場だった「死神」は今回登場予定。


ファンタズマ
年齢:不明。外見年齢は12歳程度。
身長:140センチ
体重:32キロ
3サイズ:66・51・65(B)
所属:なし
GEAR:なし
属性:混沌・悪・風
好きなもの:大悟
苦手:鈴音、唯夢、ヒエン、八千代、噂の双子、従姉妹
出展作品:D.C.P.F~ダ・カーポ ファンタズマフォーチュン~
ヘカテーと共に姿を見せた少女。こちらは足がある。だが実はヘカテーとそこまで関係は深くない。
原作では別の名前だったがネタバレそのものであり、短編であり終盤に名前が出る原作ならともかく今作ではまだまだ序盤な上本格的な出番もまだなためまだ名前は出せない。
ぶっちゃけ外見は某黒マントな名無しの死神少女そのもの。その正体に関してはぶっちゃけ2章の内容でほぼ答えが出ている。1度しか出てないのに。
GEARはないが、ある意味存在そのものがGEARと言ってもいいかもしれない。あるいは……。


長倉(おさくら)八千代(やちよ)
年齢:17歳
身長:162センチ
体重:57キロ
3サイズ:83・61・82(D)
所属:円谷高校、大倉機関
GEAR:メッセージ
属性:秩序・悪・風
好きなもの:大悟、ワニ、小夜子
嫌いなもの:自分
出展作品:D.C.P.F~ダ・カーポ ファンタズマフォーチュン~
大悟の姉であり小夜子の義姉。生徒会長であり大倉機関の一員。ひどく口下手で無口。
名前自体は1章から登場していたが本人の登場は2章の終盤。それも少しだけ。
学年の関係からもしも口下手ではなかったら加藤はヒエンではなく彼女を臨時の指揮官にする予定だった。
生徒会や家事が忙しい為か空手は習っていない上、機関に顔を出すことも多くはない。一応会長の葬式には参加した。
小夜子とは年齢の関係で一線超えていない大悟だが実姉である彼女とは既に一線を超えている。
GEARはメッセージ。伝えたい想いを伝えたい対象に、距離や物理法則などを無視して誤解なく伝える能力。これがあるため八千代は自分の口で喋らずとも逆テレパシーの要領で意見を言えたがそれ故に周囲に気味悪がれ、あまりいい少女時代を過ごせなかった。数少ない漢字ではないGEARだが別に珍しいわけではなく作中未登場&未覚醒のGEARには多分に含まれる。
なお、原作では小夜子、八千代、鞠音、潮音、鈴音以外にもうひとりヒロインがいるのだがその子のみ今作では登場しない予定。深く版権原作に関わるから仕方ない。
5章のメインヒロイン予定。


甲斐(かい)月仁(つきと)
年齢:15歳
身長:173センチ
体重:63キロ
所属:月心大学付属高校、コンビニ
GEAR:???
属性:混沌・善・火
好きなもの:ゲーム、金、女
苦手:特になし。
出展作品:嘘つき勇者と一人ぼっちの魔王
龍雲寺の幼馴染。コンビニのアルバイト店員。高校1年生。とある作品の主人公。ヒエンとは別に関係なし。
空手もやっていないし機関ともまだ関わりのない一般人だが実は既に彼の中心では大きな動きがある。
1章における達真と同じようにまだ顔見せ程度の登場。
原作は紅蓮の閃光と同じ日に書いたものの打ち切りにした小説。弟をモデルにした。だから苗字が同じ。しかし作中での関わりは無し。と言うか多分弟をモデルにした本命の人物が登場すると思う。……そこまで連載が続けばだけど。
3章に出てくるかは不明だが4章5章のメインキャラになる予定。
GEARは不明。しかし原作同様の能力の予定。


シフル=クローチェ
年齢:13歳
身長:151センチ
体重:40キロ
3サイズ:3サイズ:71・60・70(A)
所属:三船研究所
GEAR:理解
属性:秩序・善・山
好きなもの:陽翼、ジェラート、バイオリン、女の子
苦手:赤羽美咲、最上火咲
出展作品:飛べない百舌の帳(スカート)
赤羽クローンの0号機。しかし肉体改造は受けていない。イギリスの実家で暮らしていたが急遽来日。
英語しか喋れないが本人はGEARのおかげで相手が何語を喋っていても意味を理解できる。
他のクローンと違いクローチェ博士夫妻による体内受精で誕生したため正確な生年月日が存在する。また正式な戸籍も存在する。
原作では薄々としか自分の正体を知らなかったが本作ではリメイク版設定のためか全てを知っている。ぶっちゃけ英語で分かりにくいだけで話している事はかなりネタバレを含んでいる。
2章までで明らかにされている世界観をよくよく紐解くと、とある矛盾を孕んでいる少女。
戦闘用ではないため空手もやっていないし飛翔のGEARを後付けされてもいない。顔は確かに赤羽美咲や他のクローンと同じなのだが彼女だけはクローチェ博士の遺伝子を受け継いでいるためかやや外国人寄りの外見となっていて、他人の空似と言えば納得出来る程度には違いが分かる。


鷹乃(たかの)慈(めぐみ)
年齢:18歳
身長:160センチ
体重:52キロ
3サイズ:79・58・77(C)
所属:円谷高校、演劇部(ただし引退済み)
GEAR:???
好きなもの:火衡恵舞吹葵(ジキル)、甘いもの、食べること
苦手:自分
出展作品:エスカニモーロ
高校3年生で、ジキルの先輩であり彼女。一般人ではあるがある秘密を持っている。
ネタバレにはなるがとりあえずジュネッスにはなっている。
まだまだ本編には関わらない。


<既存登場人物変遷点>
ジアフェイ・ヒエン:まさかの代理指揮官に。今回は割と主人公してる?変態ぶりは強化されているが。
赤羽美咲:ここまで登場が遅いとは思わなかった。
馬場久遠寺:どんどん踏み込んだ子になりつつある。
乃木坂鞠音:何だか某素晴らしき日々の「全てを知りつつ何もしない」見たくなってきてる気がする。
乃木坂潮音:特に変化なし。本番はこれから。
馬場龍雲寺:兄妹で一番出番が多い……?月仁関連で以降もそれなりに目立つと思う。
最上火咲:本当は2章のメインヒロインにする予定だったが意外と出番が無かった。でも結構重要キャラ。
矢尻達真:1章よりはマシってレベルか。代わりに何もしてないけど。
天笠=リバイス=鈴音:よくフルネームの順番が変わるが別に意味はない。今一番踏み込んでる人。
鈴城紫音:原作より執筆関連でぶっ飛んでる。逆に本人の性格などは原作よりおとなしめで幼女を襲ったりもしない。
石原狂:しない予定だったが変身してしまった。しかし出番はその1度のみ。
長倉大悟:世界の持ち主。しかし無様に平穏している。今回ヒロインとは絡んでいない。

<お遊び要素>
ヒエン
クラス:FT、MU、SC、MA、SPの複合。ただしクラスチェンジはしない。
ユニーク:零のGEAR。一切ダメージを受けず状態異常にもならない。しかしヒエンだけでは冒険に出られず、他メンバーが全滅したらゲームオーバー。

赤羽
クラス:SC
ユニーク:パーフェクトデフォルト。やる気と属性耐性が固定される。レベルアップで数値が上になっていく。

久遠
クラス:FT
ユニーク:天才少女。属性攻撃を受ける場合、確率で発動。攻撃を受ける前にその属性の耐性アップ。レベルアップで発動確率と耐性上昇率アップ。

鞠音
クラス:MA
ユニーク:私の願いは君の願い。味方が強化されると確率でその強化を自分も得る。

潮音
クラス:SP
ユニーク:超生存本能。HPが一定値以下になると全能力アップ。レベルアップで強化比率アップ。

紫音
クラス:SP
ユニーク:絶対倒錯少女。FTのアヴェンジャーと同じ。

鈴音
クラス:MA
ユニーク:世界が守る少女。HPが0になる攻撃を受けても確率で耐える。

小夜子
クラス:MU
ユニーク:浮世離れ(物理)。全体攻撃を受ける際、回避率が大幅にアップ。

八千代
クラス:SC
ユニーク:障壁であるがため。毎ターンHPが回復。

火咲
クラス:FT
ユニーク:破砕の本能。単体攻撃の威力アップ。

リッツ
クラス:SP
ユニーク:見様見真似戦術。ヒエン以外の味方からランダムで選ばれたキャラのユニークをコピー。

シフル
クラス:MU
ユニーク:ニホンゴシャベレマセン。詠唱を全体攻撃以外で妨害されない。

唯夢
クラス:MU
ユニーク:ジュネッス。やる気がMAXだと全能力アップ。

サテラ
クラス:MA
ユニーク:最新科学のメイド術。MAスキル強化。

桃丸
クラス:SC
ユニーク:逆ギレサド。HPが半分以下の相手から攻撃を受けるとATKアップ。