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X-GEAR3章「偽りに立つ魔王」

【第3章】
3章:偽りに立つ魔王

【サブタイトル】
34話「COUNT DOWN」

【本文】
GEAR34:COUNT DOWN

・夕暮れに染まり始めた落日の空がある。
クモの巣のようにその紅の空に張り巡らされた電線の上をカラス達が羽を休めるために停滞し始めた頃合。
「ふう、疲れた疲れた。そろそろ期末だってのによ……」
右手にレジ袋を下げた少年がコンクリートの道を歩いていた。歩道と車道に分かれていない一本道。白線より内側……しかし遊び半分で少しだけ白線より外側に足の一部を侵略させて歩くその少年はやがて1つの家に到着する。
アパートだ。最寄駅から3キロ離れ、一番近いコンビニまでも1キロ以上離れている辺鄙な場所。
その建物の名前は「アパートメントストア・甲斐の家」。なんでもかつては1階部分にデパート……と言うか小さなコンビニか八百屋みたいな空間を作って商いをしていたがあまりに客が来ない&コストがハンパなかったためか半年で普通の部屋に戻したのが名残らしくてこんな意味不明な名前を持っている。
その201号室に少年・甲斐月仁はやってきた。ポケットから出した鍵でドアを開けて中に入る。
苗字から分かる通り、このアパートは月仁が大家を勤めている。もちろん高校生である月仁がアパートの大家などどこぞの解離性同一性障害の女子高生ではないのだから何の理由もなしに勤めているわけではない。と言うかその少女も中々洒落にならない理由を持っていたし。月仁の場合は両親が健在だ。しかしここにはいない。このアパートが作られた20年以上前には夫婦で大家をしていたらしいのだが今はもういない。月仁が中学生になった日にこのアパートを月仁に託すと自分達はかつて取得したという使用人免許なるものをフル活用させてどこかいいところのお屋敷で住み込みで雇ってもらいに行き、そしてそのまま就職出来たのかずっとそちらにいるそうだ。時折写真が送られてくるが本当にすごいお屋
敷だった。名前は確か、黒主(クロス)。変な名前だ。まるでどこかのヴァンパイアな漫画の主人公みたいだ。
「ふう、ただいまーっと」
靴を乱雑に脱ぎ捨てて中に入る。2LDKの狭い空間だ。しかし男子高校生が一人で生活するには贅沢といってもいい空間でもある。最初は不安だったが3年も経てば中々素晴らしいと思うようになってきた。
とりあえずバイト先のコンビニで賄い代わりにもらってきた賞味期限ギリギリの弁当3つ。その内1つを電子レンジにいれ、もう2つを冷蔵庫の中に入れる。
そして電子レンジのスイッチを入れた時だった。
「どうして1つだけにしたぁぁぁぁっ!!」
怒声。同時にドアが蹴破られ、亜音速の何かが室内の空間を貫通して正面の窓ガラスを粉砕する。
「……やっぱりきたか」
月仁がゆっくりとドアの方を見る。そこには既にドアはなく、代わりにひとりの少女がいてドアを踏みにじっていた。
「どうしてあたしがくるってわかってるのにべんとーをあっためないんだぁ!?」
「どうしてお前がなんでわざわざ毎日俺の部屋で飯をアサリに来る必要があるんだよ桃丸ぅ!」
少女の名前は木下(きのした)桃丸(ももまる)。月仁と同じ15歳で高校1年生。小学校時代からの幼馴染なのだがその頃から全く精神が成長していないのが月仁の胃を常に圧迫している。そしてそれ以上に、
「それにいつもいつも言ってるがなぁ! 日本は銃刀法違反ってのがあるんだ! だから平然と毎日俺の部屋に来る度に銃ぶっぱなしてんじゃねえぞゴルァァァッ!!」
「そんな、ほーりつ? なんてあたししるか!! あたしはたぁたぁやりたいことをやるだけだぁ!」
そう言って再び懐から拳銃を取り出しては月仁向けて発砲した。
亜音速の弾丸はその肉体を胸から貫通して背後にあった木造りの壁に命中……しなかった。
回避したのか。いや、そうじゃない。桃丸が握る拳銃のマガジンは一発分も弾丸を消費していなかったし、月仁の部屋の内装も起きた乱痴気がまるで嘘のように元通りの平穏な姿に戻っていた。
そう、「嘘」である。
「いいじゃんかぁ! なんでもかんでも月仁がうそばっかりついてなんにもなかったみたいにしちゃうんだからぁ!!」
「それでも近所迷惑になるし他の住人の迷惑になるし、何よりそれでクレームが来たり住人がいなくなったりなんかしちゃってみろ。大家である俺だってこの家に住めなくなるんだぞ!?」
「じゃああたしの家にきなさいよ! 部屋なんていくらでもいつでも空いてるんだから!」
「俺は両親や兄貴みたいなブルジョワが嫌いなの! もちろんお前の家もな!」
「その爛兄ぃだけど、」
「あん?」
「この前あたしのダディに頼み事してなんか会社を1つ貰ってたよ?」
「……」
月仁は軽く目眩を覚えた。兄、甲斐(かい)爛(らん)は4つ年上で、大学には進学せずに月仁と同じどこかの民宿かホテルかの大家ないしマネージャーをやっていると聞いたことがあるが桃丸の家から会社をもらっていたとは驚きだった。
その桃丸の家も中々普通じゃない。なんでも、魔術の研究をしているとかって怪しい企業をブラックカードで買収し、今まで科学の延長線上にしかなかった魔術製品を、あらゆる物理法則を無視した意味不明な魔法技術にまで発展させて年収80兆円とかって凄まじき大企業にまで成長させてウハウハな生活をしているそうだ。
その物理法則を無視した魔法技術と言うのは桃丸の父親であり、企業の支配人である木下桃太郎丸58歳及びその遺伝子を継いだ桃丸にしか使えないらしく、彼の妻であり桃丸の母親が既に他界しているのも手伝って
「魔法を継いだ子供が欲しい15~25歳までの若い女性さん、抱いてあげるからお~い~でっ!!」
と言って自社ビルをラブホ替わりにして日々自分の半分にも満たない年齢の女性を抱き続けているらしい。しかも避妊魔法とやらで絶対に受精しないように仕掛けを作っておいてから。
その話を聞いた時、月仁は本物のクズだと思った。
「この前なんてあたしのクラスメイトが4つ年下の妹と一緒にダディに抱かれてた」
「そう言う話は胸にとどめておくか記憶の中からも消せ!」
「……おい、そろそろいいか?」
その時だった。ドアが開かれてひとりの少年……矢尻達真が入室した。
「106号室の……どうかしたか?」
「いや、毎月家賃を二日後まで待ってくれるあんたにあまり文句は言いたくないが、流石にうるさい」
「……すんません」
「至らない奴だからさ、許してやってよ矢尻くん」
「一番の元凶はお前だっての!!」
「……はぁ、何でもいいからもう少し静かにしてくれ。試験勉強が出来ない」
そう言って達真は部屋を出ていった。
「……で、兄貴はどんな会社を建てるって?」
「しんない。ただ、魔法は関係しないらしいよ?」
「そりゃ魔法なんてお前かお前の親父さんしか使えないだろうに」
「うふ、うふふふ、あははは……。あたしの魔法みたい? みたい?」
「好きにしろ。ただ、騒音は立てるなよ。そこまでは消せないんだから」
「ういーっす!!!」
後ろで何かやる桃丸を無視して月仁は温まった弁当をレンジから出して、割り箸片手にテーブルまで運ぶ。
魔法。ファンタジーの代名詞。神仏の類と一緒で本来ありえない概念達の総称とも言える。
だが、桃丸のそれは本物の魔法ではないかと月仁は疑っている。なぜなら既に何度も見ているからだ。
札束やバイクの召喚、踏み潰されたアリの蘇生やMSの生成、攻略ヒロインが全部桃丸のギャルゲーを作ったり。
小3で初めて出会って以来7年間、そういう不思議には慣れっこだ。
「……どうせ不可能な摩訶不思議を叶えるってんなら龍雲寺のネガティブ気質でも治してもらおうか。傍から見てりゃ面白いが近くでされると少し困る」
「できたー!!」
「ん?」
蓋を開けて白米を口に運ぼうとした時、突然に桃丸が叫びをあげた。同時に室内を凄まじい光が襲った。
ガタガタガタガタガタガタ…………!!!
まるで突然大勢の人間が部屋の中に現れて駆け回っているかのように室内の全ての家具が小刻みに震えだした。
「そろそろまずいか……!?」
月仁は念じた。……これは嘘だ、と。
頭の中で何かが煌くと、目に見える景色がまるでガラスを割ったかのように全てがなかったことになる。
「あ、月仁、ダメだ!!」
「え……?」
しかし、嘘は完了した。全ては桃丸が魔法を始めようとする前の状態に戻る。……そのはずだった。
「……あれ?」
部屋の中央。桃丸の正面。そこに見慣れないものがあった。と言うか女の子だった。大体小学校低学年くらいの。
「……しょ、召喚したのか……!? 人間を……!?」
「う~ん、ここまで召喚するつもりなかったんだけどなぁ……。せいぜい15キロトン爆弾くらいで……」
「いや、それはやめろ。……で、この子は?」
桃丸の隣に行き、少女を見下ろす。7,8歳くらいだろうか。しかし何故かプカプカと宙に浮いていた。
「ここ……どこ……? お兄さんは……?」
「俺は月仁。甲斐月仁だ」
「あたしは桃丸。木下桃丸だ」
「月仁……桃丸……? あたしは、まほろ。本郷まほろっていうの……」
「まほろ?」
「まほろちゃんはどこから来たんだ?」
「どこ? ……部室」
「部室?」
「うん。えーゆーぶってところにいたの。あかちゃんとかあきよちゃんとかゆらちゃんとかちえりちゃんとかきゃりちゃんとかがいたの。あと、お兄さん」
「えーゆーぶ……英雄部?」
「どこかの幼稚園か小学生のクラブ活動かな?」
「桃丸、検索(サーチ)とか出来ないのか? 流石に誘拐はいろいろまずい。この極貧大家生活すらできなくなる」
「だからあたしのところにむこにくればいいってのに。……サーチサーチ……あれ、出来ないな」
「あ?」
「普通、どこから来たのか、定住地まで分かるはずなのにこの子には出来ない。もしかして召喚じゃなくて生成しちゃったのかな?」
「どういうことだ?」
「英雄部にいて、お友達がいたって言う設定の幼女を生成しちゃったってこと。だから定住地とかを調べられない。これなら十分あり得るんだよね。と言うかあたしが魔法失敗するはずないし」
「たった今、核爆弾作ろうとしたらこの子になったじゃねえか。けど、過去が0にしちゃ妙に人間臭くないか?」
「ぜろ……?」
「どうかしたか?」
「……ぜろ、ぜろ、ぜろお兄さん……。そーだよ、ぜろお兄さん! ぜろお兄さんはどこ?」
「零?」
「それがまほろちゃんのお兄さんの名前かな?」
「まほろ、その零って奴の名前をもっと教えてくれ。零ってのは苗字なのか名前なのか?」
「う~、むずかしいのわかんない。でも、でもね。お兄さんはね、人間じゃなかった」
「人間じゃない?」
「うん。ブーブーをもちあげてなげとばしたり、ルーナちゃんと一緒だったりしてたの」
「ブーブーは車として、ルーナちゃんって誰だよ」
「名前からして外国の人っぽいね。まほろちゃん、知ってる名前を出来るだけ言ってみて」
「うん。ちえりちゃん。まほろをとってもよくしてくれるの。いーっぱいおかねもってて、でもときどきこわいの」
「……ちえりさん、大金持ち、ヤンデレロリコン野郎っと」
「おい、脚色入れるな。それに同い年かも知れないぞ」
「ねえ、まほろちゃん。そのちえりちゃんっておっぱいどうだった?」
「すっごくおっきかった!」
「高校生以上……大学生か、或いは先生かな?」
「ちゃん付するくらいだから若いんだろうな。高く見積もっても20代ってところか」
「あとねあとね、あかちゃん」
「赤ちゃん?」
「みんなからはあかばねってよばれていたの。おっぱいもおっきかったけどちえりちゃんほどじゃなかったよ? あと、せーふくってのきてるんだって」
「赤羽さん、中学生か高校生かな?」
「……赤羽、龍雲寺から聞いたことがあるな。一応あいつに聞いてみるか」
それからまほろの事情聴取は続き、一応全員分の名前とある程度の素性を書いてみた。
ちえり:10代後半から20代半ばくらい。巨乳で大金持ちのロリコン。
赤羽:中学生か高校生。おそらく苗字。
ゆら:タバコを吸う。大学生くらい?
あきよ:うちゅーじん。クマのぬいぐるみを持ってる。いつも危ない感じで笑ってる。
きゃり:名前は長いらしい。外国人? 人間ではない。四次元から来た?
ルーナ:零と言う男とよく一緒にいた。髪が銀色。外国人。空に家がある。
零:お兄さん。英雄部部長。人間じゃない。女の子大好きど畜生。
「こんな物かな」
「ますますわからないな。どんな集団だよ」
「外国人とか大学生っぽいの多いからやっぱり大学のサークルかなにかじゃないのかな? とりあえずこれだけ名前が出てるんだからネットで出せば何かしら出てくるっしょ」
携帯を使ってネットに投稿の桃丸を置いて月仁は箸を進める。と、まほろがじっと見てきた。
「……食べたいのか?」
「ううん。まほろ、ごはんたべられないの」
「体が悪いのか? と言うか浮いてるしもしかして本当に何か特別な生命体とかか?」
その時だった。
「……ここにいたのか」
声が生まれた。それはまほろの服からだった。よく見れば胸のあたりにノミみたいに小さい何かがいた。
「ミョウガ?」
「違う」
やがて、部屋のあらゆる全域から同じような大きさのものすごく小さな物体が出現して、吸い込まれるように1つに集まっていく。
「ふう、」
モノの数秒でそれは人間の形となった。絹糸のような白銀の髪、魔改造され洋風になった和服、それは中学生くらいの少女だった。
「ルーナちゃん!」
「ルーナ……こいつが……!?」
その少女、ルーナはまほろを抱きとめると桃丸が操作する携帯。それに伸びた腕を掴んで止めた。
「これは不要」
「あなたがまほろちゃんのお友達?」
「そう。私はルーナ・クルーダ。少し目を離した隙にまさかこんなところまで来てしまうとは」
「いやいや待て待て。あんた何者だ? 一体何がどうして……」
「悪いけど答えられない。そして、もう1つ悪いけどこの子をしばらく預かって欲しい」
「どういうことだ? あんたこの子を連れ帰りに来たんじゃないのか?」
「思ったより遠くまで来てしまったみたいでね。宿を見つけるまでは私なら野宿でも問題ないけどその子は違う。あなた達が面倒を見て欲しい。もしお金が掛かった場合この2つの名刺の、どちらか実在する方に請求してくれ」
そう言ってルーナが見せたのは甲斐機関と書かれた名刺と大倉機関と書かれた名刺の2枚だった。
「このどちらかにいる甲斐廉もしくは黒主零と名乗っている奴に請求を。ただし、私の名前は出さないでくれ。いいね?」
「……分かったよ」
「……少し時間がかかりそうだけど、なるべく定期でここには様子を見に来る。そのつもりで」
「ねえ、ルーナちゃん?」
「どうかしたか?」
「みんなはどこ? ぜろお兄さんいるんだよね?」
「……うん。みんなちゃんといる。きっと近い内にみんな揃う。だから大人しくているんだ」
「うん。分かった!」
「……じゃあ、この子をよろしく」
そう言って次の瞬間にはルーナは姿を消していた。
「……何だったんだよ一体」
嘆息。そして月仁は冷え切った弁当を口に運び始めた。

------------------------- 第39部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
35話「魔王の飛来」

【本文】
GEAR35:魔王の飛来


・走る。日曜日の夕暮れをいくつもの黒塗の車達が四方八方、地図を虱潰しにするかのように走る。
「……」
大倉機関本社ビル。専用に設立された司令室にてジアフェイ・ヒエンは黙ったまま座していた。
「焦っても仕方ありませんことよ?」
ドアが開く。姿を見せたのは鞠音。
「……やっぱり君相手に隠し事は無理か」
「まあ、私は他人の欲望に関しては誰よりも鋭いので」
「零のGEARも無敵じゃないってわけだな」
「それで、私を呼んで一体何の御用ですの?」
「ああ。……潮音ちゃんの様子はどうだ?」
「先程昼の定例会議で話されたとおりですわ。完治まではまだもう少しかかりそうですわ。でも最近は元気になり始めているみたいで」
「……鞠音ちゃんは、唯夢ちゃんの願いが分かるのか?」
「唯夢さんですの? いえ、あの子は私にもよく分かりませんの。願いがあり、それに向かうことを海を泳ぐことだとすればあの方はどこにも向かったりせずその場でぷかぷか浮いているような感じですから。……先輩、潮音と唯夢さんに何か関係でもあるというのですか?」
「……単刀直入に聞くけどさ。……潮音ちゃんって生えてたりするかな?」
「……え?」
「最初に言っておくと、唯夢ちゃんは生えてるんだ。女の子なのにね。そして僕が最初にそれを見た時に、潮音ちゃんの時みたいな出処の分からない怒りみたいなものが芽生えたんだ。あの時と違って2回目だからかなんとか抑えられたけどね。……どうかな?」
「……」
沈黙。壁にかけられた時計が示す時間は現在18時。そろそろ落日だ。夕焼けよりも夜の帳が近い。
やがて、
「ええ、生えていますわよ。男の子のように」
「……」
「事がことだけに今までにこの話をした相手はほとんどいません。大倉会長と一部の医療スタッフだけですわ」
「……やっぱりか。けど、生えてるだけ……って言っていいのかどうかわからないがそれだけの女の子相手にどうしてあそこまで怒りのようなものが生まれるんだろうな」
「生えてるだけとおっしゃいましたが、たったそれだけの事であの子は今までとても苦労してきました。外見だけでも小学1年生の時にとても親しかったお友達を侮蔑の水底に落とすだけの効果はありますわよ。そして、潮音の体はそれだけの問題ではありません」
「……久遠を倒した時のアレか」
「はい。潮音は、あの時に親友を失いました。……人間関係的にではなく、物理的に」
「……まさか、」
「はい。潮音は親友に侮蔑され、拒絶され、そのショックで初めてあの力を使ってしまったんですの。そして、感情と一緒に抑えきれなかったその力で……」
「……」
「幸いそのために潮音の秘密を知る他人はいなくなりましたわ。しかしあの子が負った心の傷はとても深い……」
「……どうして潮音ちゃんだけなんだ? 鞠音ちゃんにはその力はないのか?」
「……父から聞いた話ですが、父は元々は女性だったらしいのです。しかし、潮音と同じ力を持っていていつしか男性のようになっていて、自分の理解者だった母と結婚して私達を産んだ。……本当なら私も潮音と同じようにその力を引くはずだったのですが、何故か力を継いだのは潮音だけだったのです。しかも、本来私が継ぐはずだった分まで潮音には継がれているようで……。父が言うには本来なら12歳くらいで制御できるはずの力もまだ……」
「……そうだったのか」
「潮音は……潮音は、私にあの危険な力が受け継がれなくて良かったと願っています。そのために自分だけが苦しめば済むのだと考えています。そんなの、私は……」
「……鞠音ちゃん。もういいよ。そこから先は潮音ちゃんに話すといい」
「……分かりましたわ。けど、先輩の言うことが正しいならば、唯夢さんもあの力を持っているということになります。……もしかして、会議の時に潮音と唯夢さんを警戒していたのはそれが原因だったのですか?」
「やっぱり気付かれていたか。僕が潮音ちゃんにも唯夢ちゃんにも反応したように、あの二人も会ってしまったら何かあるんじゃないかって思っていたんだ。けど、実際は何事もなかった。……思えば潮音ちゃんがお父さんと顔を合わせているのならあの力を持つもの同士が出会っても問題はないって分かってたんだから取り越し苦労だったってわけだな」
とはいえ、何が起こるかわからなかった以上、鴨と雲母を待機させておいたのは間違いではなかったはずだ。まあ、そこで何事もなくしかしその後ダハーカの襲来があった際にそれに備えられたのだから運が良かったというべきか。
「……とにかく潮音は大丈夫ですわ。それと、信用していますけど一応釘は刺しておきますわよ?」
「ん? ああ、潮音ちゃんの事か。誰にも話さないよ。もし、唯夢ちゃんが見つかっても多分あの子にも話さない。僕達で何か起きないように注意していればいい話だからね。そういえば、君の力で唯夢ちゃんの居場所は分からないのか?」
「私の願いも万能ではないので。こうして直接話さなければ願いは分かりませんわ。そして、それもあの方には通用致しませんでした。なので今回の件では私は完全に無力ですわ。……潮音に唯夢さんの事をお話しても?」
「君に任せるよ。何の宛もないし、君には怒られるかもしれないけどもしかしたら同じ力を持ってる女の子同士、彼女ならすぐに見つけられるかも知れないしね。ただ……」
「……ダハーカの時間停止中に攫われたという事は唯夢さんはダハーカに捕食されている可能性もあるって事ですわよね?」
「……ああ。ただ、その可能性も高くはない。どうして唯夢ちゃんだけ捕食したのか。あの場には赤羽や君達姉妹に久遠までいた。餌なら他に4人もいたのにどうして唯夢ちゃんだけを捕食したのか。だから、唯夢ちゃんを攫ったダハーカは唯夢ちゃんに何か用向きがあって彼女を拉致した可能性が高い」
「……彼女の特別性を考えると、彼女が別の世界から来たと知っているダハーカの仕業でしょうか? もしあの力を持っているだけならば潮音も条件に含まれるはずですから」
「……あの子が別の世界から来たって知ってるのは今日あの場にいた大倉機関のメンバーと、三船所長だけか」
「あの会議の場にダハーカが潜んでいた可能性は?」
「ないとは言えないけど少ないだろう。確かに時間を止められるダハーカはただ相手を捕食するだけじゃなくて、情報が欲しい場合にはあの蜘蛛の奴がやったように諜報活動にも使える。けど、時間を止めた場合には僕はその止められた空間内で活動ができる。少なくとも時間が止まれば認知は出来る。そしてあの場所は厳重なセキュリティがあるからダハーカでも忍び込むことは出来ないはずだ。まあ、蜘蛛の奴みたいに牙を遠隔操作出来る奴ならばあの場にいた誰かにくっつけておいて盗聴とかも出来るかもしれないがな」
そこでヒエンは携帯を手にとった。メールが来ていた。相手は黄緑からだった。
一応彼にも唯夢の捜索を頼んでおいたのだが結果は芳しいものではなかった。それにダハーカとの戦いもあって彼も消耗をしている。だから今日は休むように返事を送る。
「ところで鞠音ちゃんはこうしていても例えば読心術みたいな事が出来るのか?」
「何となくどのような感情或いは思考をされているのかは分かりますわ。流石に事細かく知るのは無理ですけれど。基本的に私が知れるのは心から願っているもの、心から欲しているものだけですので」
「こういっちゃあなんだが便利なんだか不便なんだか分からないな」
「願い……GEARと言うのはそういうものですわ。自分でどんなものか選べるならともかく、勝手に世界から与えられるものですので」
「だとしたらオンリーGEARなんてものを与えられた奴は不幸なものだな。知らずの内に世界にとって重要な概念の存亡を担っているわけだし」
「……それは私には分かりかねますわ」
互いにそれだけ言うと沈黙に夕暮れの空を窓から眺めた。それから数分後に黒服達が報告に現れたが異口同音であった。


・最初に視界に入ってきたのはやはり見慣れない天井……しかし直ぐに最近見覚えが有ることに気づいた。
「……またここってわけね」
火咲はカプセルの中から体を外に出した。やはりその姿は全裸だった。そして失ったはずの腕は再生されていた。
「お加減はどうですか?」
「りっちゃん……」
近くのテーブル……というよりはちゃぶ台。そこにリッツはいた。ちゃぶ台の上には英語の参考書とノートが用意されていてリッツは文法や単語、熟語などを書き記していた。
「勉強? 熱心だね。でも中学1年じゃそこまで熱心じゃなくてもいいんじゃない?」
「それはそうですが、シフルの言っている事を他人に説明する場合必要なんじゃないかと思いまして」
「0号機か。今どうしてるの?」
「奥のキッチンで食事を作っています。私には食事は必要ありませんが生身のあなたやシフルには食事が必要ですので」
「そう言えばりっちゃんは食べなくてもいいんだっけ? 最新型はやっぱり高性能だよね。落とされるのが一週間でも遅かったならりっちゃんは100%の状態になれたかもしれないね」
「……もう過ぎたことですので興味ありません。それに3号機がいる以上私を完璧にしてもあまり意味はないと思います」
「まあ、3号機は仕方ないよ。私でも勝てるかどうかわからないもん」
それが強がりだと言うのは火咲だけでなくリッツも分かっていた。
三船研究所が開発していた3号機。それは最強の戦闘型人造人間。殿火と姫火を用いた赤羽兄妹を同時に相手しても分が悪いと言える程の調整をされていた。しかし、大倉機関でも現在3号機の所在は掴めていない。
「けど、まさかちぎれた腕が再生するなんてね」
「元々私のためのマシンなので。生身の人間や私以前のモデルが使用するにはオーバースペックですから。逆に言えばその方々が使用する程度の機材では私は一日持ちませんけれど」
「でもそしたら学生生活は厳しいかもね。修学旅行って言う面倒なものもあるし」
「……あなたの場合修学旅行はいい憂さ晴らしの場なのでは?」
「りっちゃんは勘違いしてるよ。私は憂さ晴らしのために殺しているわけじゃない。私に反逆してくれる面白い相手を探すために殺してるんだよ。だからもし出来るんだったらりっちゃんがその相手になってくれてもいいんだよ?」
「……調整が終わった状態ならまだしも今の私では一般人を相手に出来るかどうかってレベルですよ。それに上位機種に対しての反逆機能は持ち合わせていませんので」
「むむぅ。だったらりっちゃんはやっぱりえっちなお人形としか価値がないわけだね。……そうだ、いいこと思いついた! 180秒以内に私をイかせられなかったらりっちゃん破壊するってのはどう? どうせバラバラになってもこのマシンがあれば何度でも復活するんでしょ?」
「……えっと、拒否は出来ないのですが出来ればしたいといいますか……」
言うリッツに火咲が一歩した。身構えたリッツは、しかし火咲が自分に対して何かをしようとしていたわけではないのを知った。
「火咲さん?」
「面倒な相手かも知れないから下がってて」
服を着ないまま火咲はドアを蹴破って外に出る。
「おっと、」
「あんた、何?」
そこにはひとりの青年がいた。年の頃は十代後半から二十歳前後か。くたびれたスーツを着ているその姿はまるでホストかヤクザの若頭のようだ。しかし香水をバッチリ決めたライトカラーの三つ編みスタイルからして前者の方があり得るか……?
「……」
「答えなさいよ、」
「……っと、いやぁ。いきなり巨乳……いや、奇乳で可愛い女の子が裸で現れてびっくりしてね。ははは、俺も男なんでね」
「……」
火咲は黙って右足を放った。マシンによる治療のせいか、それとも体が戻ってきているのかは分からないが通常よりもキレがよく感じた。
「っと!!」
しかし、それを男は演技じみた大げさな動きで回避した。身のこなしや足運びから武術をやっていない素人だと分かる。その上で回避された事実を火咲は受け止める。
「悪い悪い。俺の名前は甲斐爛。歳は19歳。とある理由があってね、君に会いに来たんだ」
「……何の用?」
質問。同時に火咲は地を蹴って爛の顔面向けて素早い飛び後ろ回し蹴りを放った。破砕のGEARがなくとも一般人であれば首の骨を粉砕するくらいの威力はある。しかし、
「危ない危ない」
それを爛は片手で受け止めた。口調と同じで冗談のような調子だ。
「!」
「君の素性は知っている。けど、俺の目的にはもしかしたら邪魔になるかも知れないからね。仲間になって欲しい。いや、君が望めば彼女にしてもいいけどね」
「……」
着地して火咲は身構える。さっきの一撃はタダの攻撃ではない。命中すればダイヤモンドで出来た壁であっても粉々にするはずのものだ。それを回避するならまだしも受け止めた。だとすればこの男も何らかの役割を……それも自分の持つ破砕とは相性の悪いものを担っている可能性が高い。
「あんたの目的ってなによ」
「この世界の持続。だから君の他にもまだ何人か残っている亡霊をこれから相手にしないといけない。そのほとんどが女の子だから出来れば仲間になって俺のハーレムを作ってくれたらいいかなって思ってるよ」
「……あんた、世界の事をどこまで知っているのよ……!!」
「う~ん、あまり協力的じゃないか。だったら悪いけどちょっと荒っぽい手段を取らせてもらうよ」
言うと、爛は外に飛び降りた。2階だからそこまで衝撃はないが火咲は一瞬だけ時を止めた。
「浮いている……!?」
爛は落ちていなかった。どころかどんどん高度を増して青が始まった夜空に上っていく。
「君もこれくらい出来るだろう? 周囲を巻き込みたくないならおいでよ」
「……!」
言われるがままに火咲は地を蹴って爛が待つ夜空へと飛翔した。正直空中戦は苦手である。破砕のGEARは直接相手を攻撃できずとも周囲の障害物を壊し回ってその波状で間接的に相手を攻撃できるためどちらかといえば陸上戦の方が有利な特性だ。そしてさっきその陸戦でもこの男には通用しない事が証明されている。しかし、手段はそれだけではない。
「へえ、本当に来たんだ」
「はあああああっ!!」
飛翔の速度を上げる。時速は100キロ超。ミサイルのように爛に向かっていく。そして放つは正拳突き。空手の基本中の基本技。しかしそれ故に威力は折り紙つきだ。だが、
「空手かぁ」
爛は又してもそれを回避した。地上であれば転んでいてもおかしくないような大げさな挙動で。
「朱雀……!!」
しかしそれは織り込み済み。火咲はそこから四肢全てを用いた攻撃に出た。地上では出来ない攻撃。しかしそれは何も手数を増やすためだけのものではない。UFOのように不規則且つ物理法則を無視した動きで小刻みに位置や速度を変えながらの連続攻撃だ。
「変調による連続攻撃に飛翔を加えて……!?」
言葉は終わった。火咲の攻撃が次々と、面白いように爛に叩き込まれていく。一撃一撃がダイヤモンドでも粉砕する威力。それが不可避で断続。
「せっ!!」
36発目の後に超高速の後ろ回し蹴りを打ち込み、爛を地上に向けて吹っ飛ばす。それこそまるでミサイルのように爛の体が重力に従って空中を突き進んでいき、車道に激突を果たす。それだけで威力は収まらず、水切りの石のように何度もコンクリートの川をバウンドしては距離を稼いでいき、途中いくつもの車や歩行者を巻き込んで血と土と悲鳴の煙を巻き起こしてやっと止まった。
「……ふう、今のは痛かった」
その中で爛は立ち上がった。100メートル以上の高さから時速200キロ近い速さで地面に叩きつけられ、4台の車を巻き込みながらコンクリートの車道を破壊しつつ30メートルを転がりまわりながら、しかしその体にほとんど傷らしいものは見当たらなかった。
「……何て奴なの」
「それはこっちのセリフだよ。無敵だとばかり思ってたのにまさかここまで削られるとは思わなかった」
爛は再び空へと真っ直ぐ飛翔して首をコキコキ鳴らす。
「そのお礼に君に見せてあげるよ。<魔王>の力をね……!」
爛は右手を下方に伸ばす。と、その手のひらに当たる空間に黒い物体が出現した。大きさは野球ボールくらいだろうか。そしてそれは亜音速で火咲に向かって発射される。
「!」
火咲は咄嗟に右手を前に突き出してその球体を受け止め、握りつぶす。
「へえ、反応できたか。さすが。でも余計に終わったね」
「……!!」
直後、握りつぶされた球体は大爆発を遂げた。そこを中心に半径3キロメートルを6000度の熱と風速200メートルの突風が走り抜け、あらゆる物体を吹き飛ばす。
「……手加減はしたつもりだけど、死んでないよな……?」
爆発と爆風が収まってから爛は更地となった町に着地。残骸の山を見て回る。周囲を埋め尽くすのは家屋や人間だった物体の残骸。生き延びている存在は今のところ見当たらない。が、
「…………う、」
僅かな声と動きがあった。家屋の残骸の下からだ。爛が視線を飛ばすと、残骸は跡形もなく消し飛び、その下に倒れていた火咲が姿を見せる。しかし、酷い有様だった。手足は消し飛び、首と脊髄と胸の一部だけがそこにはあった。このままではもはや数秒の命だろう。
「よかったよかった。生きててくれて、そうじゃないと痛みを忘れてしまうからね」
爛が火咲の残骸を掴み上げ、空いたほうの手で指をパチンと鳴らす。
直後、火咲は信じられない光景を目の当たりにした。
まるで今の戦いが嘘だったかのように街は元通りの風景に戻り、自身も首から下が正常に戻っていた。では、嘘だったのかといえば全身を襲う激痛がそれは違う事を教えている。
「君はあと何回これを繰り返したら俺のハーレムに入ってくれるかな?」
そして、それから20を超える町の消滅と再生が繰り返された。

------------------------- 第40部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
36話「魔王VS魔王」

【本文】
GEAR36:魔王VS魔王


・暗がりの中で目を覚ますのにはもう慣れた。
「……ん、」
唯夢はベッドの上で目を覚ます。監禁生活を迎えてから既に三日……いや、今日で四日目か。元々記憶がないことも手伝って見慣れない部屋で朝を迎える事にはもう慣れた。
「……」
今一度状況を確認してみる。ここはどこかのビル。壁替わりとなっているガラスから見える景色から察するに最低でも20階以上の建物であることは確実か。しかし家具がほとんどない、備わっていたのは机だけって状況からするとここは住宅ではない。以前一度だけ見た事のある大倉機関本社同様の会社オフィスビルと言うのが近いだろうか。ともかく自分はここに幽閉されている。
8時、13時、18時に食事をメイドロボが運んでくる以外は外との交流は一切ない。ワンルームで急遽取り付けたのか風呂とトイレの一室が出入り口の近くに有るが、その出入り口に置かれたドアには最新式のセキュリティがされていて、唯夢は知る由もないが139万通りもあるパスワードの中から1つを選択して入力しなければたとえ内側からでも開かない仕組みになっている。1つ入力するために設けられた時間は20秒。パスワードは最低でも16文字。1度失敗した場合はパターン2、それを失敗すればパターン3……それがパターン139万まで続く。
実際に設定されたパスワードはAPPLEやORANGEなどの簡単な英語が多いのだがそもそもまだこの世界の文字文明に慣れていない唯夢からすればある種どんな暗号よりかも難しいものである。当然、脱出しようとした唯夢もそのパスワードに阻まれて今この時を迎えている。既に脱出は諦めかけている。
「……僕は一体どうすればいいんだろう。こんな時、あの人だったら……あの人? 僕は今いったい誰を……?」
ここ最近、仕方ない状況とは言え独り言が増えてきている。食事を運んでくるメイドロボは必要最低限なことしか会話できないようにプログラムされている上、量産型なのか、一度やってきたところを見計らってジャーマンスープレックスで真っ二つにしているが次の日には何でもないように新しい機体がやってきた。
「……思い出さないと……、何か、こういう状態で使えるものがあったはず……。呼べば来る……どんな障害物も突破できる、そんなカードが……」
急ごしらえのベッドの上で唯夢は一昨日運ばれてきたJS鎌倉剣客浪漫譚シリーズ全320巻の読破に勤しんだ。


・円谷高校。
「では、本日の授業はACERを行うので皆さんPSPを用意してください」
いつものように全裸のボディビルダーがどき魔女をタッチペン使わない縛りでプレイしながら無茶な授業を行う。
無良が張り合おうとしたがそもそも最初のバトルで挫折した。
「いや、PSPってVita全盛期だと持ってない人もそれなりに居るんじゃ……?」
「文句を言う人、間違えた人はこうなります」
ボディビルダーが教卓のボタンを押すと、提言した生徒が突如消滅し、代わりに出現したモニターにその生徒が映る。場所はポリゴンで作られた街だった。
「え? え!?」
状況が理解出来ない生徒。直ぐにゲットレディと言うアナウンスが入り、画面を埋め尽くす爆風が生徒を襲った。
「……もう物理法則を無視するなとは言わないからせめて無関係な正義を巻き込んでやるな」
文句を言うヒエン。突如その背後にボディビルダーが出現してその後頭部をガッチリ掴んでは顔面を机に叩きつけた。
零のGEARのおかげで机が粉々になっただけで済んだがフラストレーションは生まれる。その怒りのままに立ち上がり、連続で瞬間移動を繰り返し、セル戦のような模様を教室内で発生させた。
「相変わらず意味不明な事しかしないなあのふたりは」
発言者:鳥。腕立てとスクワットを同時に出来ないかと考えて実行した末、窓の外に飛んでいく。
「!?」
驚愕者:犬。思わずずっこけては後ろの席の女子のスカートを覗く形となり、金的にハンダゴテを施される。
傍観者:結、鎌、龍、蟹。結を除いて戦いの流れ弾を受けてこっそり食べていたポテチを紛失。逆ギレして戦いに乱入する。5秒で鎮圧される。
「どうしたのですか!? 騒がしいですよ!?」
と、そこで倫理学のグアネス先生が教室へやって来る。
「出たな、害悪!!」
戦いを止めたボディビルダーが血まみれのヒエンを窓の外へ投げ捨て、グアネスへと向かっていき、11歳まで若返らせてからチベットに送り飛ばした。
「……さて、本当の来客は貴様だな。出てきたらどうだ?」
そうして生存全巻を購入してから教室に帰り、掃除用具入れをひと睨み。
「……へえ、気付いていたんだ。まさかこんなところに隠れてるなんて普通は思わないと思うんだけど」
そうして掃除用具入れから姿を見せたのはこの高校の教室には若干ふさわしくない優男=甲斐爛だった。
「貴様、何者だ? この前の怪物ともまた格が違うようだな」
「そこまで変わったものじゃないさ。強いて言えばあなたと同じ……魔王。今日は俺以外にもうひとりいる魔王の力を見に来ただけさ」
爛が指を鳴らす。それだけで次の瞬間には教室から全ての生徒の姿が消え、爛とボディビルダーだけが残った。
「小賢しい!! やってみるがいい若造!!」
眼前に出現した姿見。それをタックルでぶち破ると、次の瞬間には変身していたボディビルダーがマッハ49で爛に突進する。
「ぬ……!!」
両腕で我が身を抱きしめる形でガード。しかしそれがまるで意味を成さないように爛の体は後方に吹っ飛ばされて、次々と壁を貫通して、校舎の外に放り出された。
「ツァ!!」
それと同時にボディビルダーが眼前に出現して、爛の無防備な下腹部にコークスクリューを叩き込む。
稲光のような速さで爛が地面に叩きつけられ、アスファルトの校庭の地に大きなクレーターが出現する。
「ぬ……?」
生まれた土煙を貫いて着地したボディビルダーは敵の姿が消えている事に気付いた。一瞬だけ目をつぶり、次の一瞬で周囲500メートルの地形情報や生命体反応を解析。その結果敵は300メートル上空に浮遊している事を把握する。
「へえ、もう気付いたのか」
ボディビルダーが見上げる青空の一点に爛は立っていた。火咲の白虎とは比べ物にならない威力の一撃を受け、しかしその体にダメージらしいダメージは見受けられなかった。
「流石に火咲ちゃんとは比べ物にならない強さだな。様子見のつもりが少しは本気を出さないと瞬殺されてしまいそうだ」
「……ならさっさと本気で来るがいい!!」
「言われなくても」
言葉が終わる。それと同時に爛はボディビルダーの眼前に移動。彼の正面、4000平方メートルに60万トンの衝撃を走らせる。それも一度ではなく、10秒間絶え間なく。範囲内にあった建物は校舎を始め全てが倒壊し、粉砕。街の地形は大きく変動する。本来ならば一生命体が耐えられるものではない。だが、
「ぬあああああああああああああああ!!!」
その衝撃の波を強引に打ち破り、ボディビルダーは一歩を踏み出し、爛の顔面に1秒で23発のブローを叩き込む。
ダイヤモンドで出来た頭蓋骨であっても跡形も残らぬ衝撃に、しかし爛は造作もなく耐えしのぎ、手のひらで作った6000万度の火炎弾をゼロ距離でボディビルダーに打ち込んだ。
激突は互いに一瞬。それが終わると、互いに2歩を下がった。
「フゥォォォォォォ……!!」
胸から煙をあげたボディビルダーが調息を行うと、瞬く間に胸に生じた火傷が回復していく。対して爛は殴られた頬を摩りながら口笛を吹く。
「お互い1000億は超えるHPを数千程度の攻撃力で削り合ってるって感じか。体力(タフ)なら俺だけど再生能力やら物理法則を無視した動きやらでそっちが若干有利ってところかな」
「ゲームのつもりか小僧? ……いや、なるほど。魔王と言う意味が分かったぞ。私が意味不明を司り実行する存在であるならば貴様は魔王を体現する存在だな……!?」
「まあ、そんな感じかな。人間一人のHPを1として俺はHP2158億。火咲ちゃんが有するような裏技で倒されないように即死を含むあらゆる状態異常は全て無効。俺を倒すには純粋な物理しかない。けど、2158億ものHPを正攻法で削りきれる奴なんてかなり限られている。なにせファットマンの直撃を受けても半分も削れない計算だからな。……けどその内の一人になりそうなあんたをこうやって先に倒しておこうと思ってね」
「私を核弾頭風情と一緒にされては困るなぁぁぁっ!!!」
地を蹴る。やはり速度は音速。爛の埒外の速度で打撃を叩き込んでいく。打撃の感覚としては普通の人間と変わらない。むしろどちらかといえば細身である爛の外見通り細々として簡単に壊せてしまいそうだ。しかし、結果として爛には一切のダメージはない。いや、正確に言えば確かにダメージはある。爛の言葉通りで言えば数百程度のダメージは重なっているだろう。しかし、圧倒的すぎるHP故総体的に見ればこの程度のダメージは0に等しい。
対して、
「ハデム!!」
唱えた。途端に周囲800メートルは重力を忘れ、爛が眼前に生んだマイクロブラックホールに全てが吸い込まれていく。
「ぬううう……!!」
「あんたに物理で勝つのはものっそい骨が折れそうだ。だから多少無理矢理にでも一次元になってもらう」
足腰に力を入れ、己の体重を支えるボディビルダー。その全裸の全身をものすごい速度で吸い込まれていく風圧が切り刻んでいく。もはやその威力はボディビルダーの岩塊のようなボディを削り取っていくほどだ。
「ぬううううううううううううううう……!!!」
少しずつボディビルダーがマイクロブラックホールに吸引されていく。その距離はあと20センチを切っている。
それを計算して嘲笑う爛。だが、直ぐにその表情は崩れた。
「!?」
突如岩塊と呼ぶにもおぞましいとてつもない大きさの岩の塊が飛来してマイクロブラックホールと激突した。吸引力がその巨体を削り取るためだけに奪われ、ボディビルダーはすぐに距離をとった。が、それとは逆に距離を縮めるものがいた。
「キキィィィィィィィィ……!!!」
Amazonだ。露出民族少年こと平良Amazonが変身した姿・タイライダーがマッハ60の速度で爛に接近して鋭い爪でその上半身を切り刻んだ。
「ぐっ……!!」
「キィィィキイィィィィィキイイイイイイイィィィィィィィ!!!」
ローキック、回し蹴り、アッパー、エルボー、カギ爪。まるで竜巻のようにぐるぐる回りながら次々と攻撃を打ち込んでいくタイライダー。が、マイクロブラックホールが質量600億トンの岩塊を相殺したのを見て一気に60メートルの距離を離れる。
「大丈夫か、狂」
「どうした、我慢できなくなったのか?」
タイライダーが着地した場所には片淵死狼が変身したカタブライダーとイシハライダーがいた。
「……ふう、魔王が3人。これが噂のデンジャラスライダーズって奴か。流石に分が悪いかな。俺も一応人間だし」
発言者:爛。赤く腫れ上がった左頬を摩る。摩った手の甲に僅かな血糊が付く。どうやら口の中が切れたらしい。
正面を見据える。イシハライダーは全身の筋肉を削り取られている。きっと回復は可能だが時間が掛かるだろう。少なくとも今は脅威ではない。だが、その左右にいる二人は違う。少なくともタイライダーはイシハライダーをも上回る格闘戦能力を持っている。イシハライダーの攻撃力が3000だとすればタイライダーは1万くらいか。イシハライダーみたいに物理法則を無視した意味不明(よけいなもの)がない代わりに純粋なパワーやスピードではタイライダーに分があるらしい。
このタイライダーだけでも厄介だが、カタブライダーはある意味もっと厄介だ。先程マイクロブラックホールを相殺させたのは軽く見積もっても都道府県1つ分もの凄まじい質量の岩塊だ。いくらパワーに優れたタイライダーと言えどそれを持ち上げて投げ飛ばすだけの程ではないだろう。ならば、それを出現させたのはカタブライダーと言う事になる。
タイライダーが余計な能力を省いてスペックに割いたのだとしたならばカタブライダーはその逆だろうか? だとしたらば場合によってはタイライダーよりかも厄介かも知れない。
恐らく中央値であるイシハライダーを一対一で何とか出来そうなのだからきっと他二人も一騎打ちならば恐らく対処可能だろう。しかし、手負いが混じってるとは言え3人を同時に相手しなければならないこの状況は圧倒的に不利だろう。
「さて、ここからがfever timeだ」
「削り取る……敵!!」
「おいおいお前達。先に唾つけたのは私なのだからあまり横取りしすぎてくれるなよ?」
「……これはこれはもしかしたら逃げおおせるのも厳しかったりするかな……?」


・2時間が過ぎた。
「……なんじゃこりゃ」
ヒエンが目を覚ますと、まるでパズルのピースをはめるように少しずつ粉々になった校舎や光景が修復されていく景色があった。そしてその中心たるグラウンド。
「……くっ、いるものだな……」
「……ああ」
「久々に……燃え尽きた……」
全裸のボディビルダー、透明ジャージのジョギングマン、露出民族少年の3人が本当にくたびれた様子で倒れていた。
「どうした? 3人で喧嘩でもしたのか?」
ボディビルダーの肩に手を置くと、まるで溶け堕ちた雪のように肩の筋肉が崩れ落ちて瓦解した。
「うわ!?」
「気をつけ給え、零くん。今度の相手は格が違うぞ。私達3人掛かりでも仕留め損なったのだからな……」
「……それは相手も同じだと思うが、どんな怪物がここで戦ってたんだよ……」


・学校から10キロ以上離れたマン喫の一室。
「くうううう~!! しんどかった……!」
部屋を借りて入室するや否や爛は倒れこみ、全身から疲労の空気を溢れ落とす。
「正直自分でもどうかと思うくらいバカみたいなHPだったってのに8割以上も削られるとはな……。っつか、よくあの怪物達から逃げ切れたよ俺。よくやったな、俺」
注文したジュースを喉いっぱいに飲み干す。お代わりを注文して、飲み干して、シャワーを浴びて、ネットを開く。
「体力が回復するまでネットサーフィンってのも悪くない。大体一週間くらいか? いい休みになるかな」
とりあえず18禁サイトとチャットを開く爛だった。

------------------------- 第41部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
37話「学生の本分エトセトラ?」

【本文】
GEAR37:学生の本分エトセトラ?


・10月後半。唯夢の失踪から1週間が過ぎた最初の週末。日々黒服による捜索が忙しなく行われ、既に関東地方東北地方は搜索が終わっている。しかし、目撃情報すら掴まれていない。
仕方がなく大倉機関では厳戒態勢が解除され、捜索班を除いたスタッフは通常通りの生活を送る事になった。
「しかし、まさかこんなことになるとはな」
大倉機関会議室。ヒエンが議長席に座った。頭上に置かれたエアコンからは既に温風が吹きすさび、室内の温度を容赦なく上げていく。その温風を受ける者がいた。
「……すみません。ちょうど休んでいる間に全教科で内容が加速したので」
その1、赤羽。既に首から下の義体の動作には慣れ、完全に自分のものとしている。机の上に9冊のノートを並べる。中にはずっしりと文字やら記号やら公式やらが書き詰められている。
「僕はもういい加減長期休暇には慣れましたので。それでも今回の加速度は普通じゃありませんが」
その2、潮音。完治したばかりの左腕を試すためかペン回しをしたりペンを持ってノートに走らせたりしている。左利きと言う訳ではないのだが昔から不定期に片手を封じる必要があったためなるだけ左右のどちらでも作業が出来るように練習していた。
「潮音は私と同じで大変頭が優秀ですので休みがちな生活を送っていてもその成績はクラス内でもトップ3に入りますし、学年内でもトップ10に入るんですのよ? もちろんどちらでもトップ1はこの私ですけど。なにせ休む必要もあまりありませんから。それでもここ最近は妙に何故だかラノベチックな命懸けの戦いが多かったりどこかの誰かさんが大切な妹の大事なものを奪ったりと忙しい日々が続いてしまってしまいましたからね。あ、でもこれ先輩に対する悪口とかじゃありませんのよ? その件はもうとっくの昔に解決してますものね。より正確に言えば7か月前くらいに」
その3、鞠音。驚くべきことにそのマシンガントークと同じスピードで潮音のノートに授業で習ったポイントを事細かく、しかしわかりやすいように執筆している。もはや、この少女のGEARは速筆かなのかなのではと疑う程には。
「全く。どうして私までもがこんな事に」
その4は紫音。数日前に目を覚まし、体内の精密検査が行なわれたが何も異常はなかった。しかし、襲撃の前後の記憶に何かあったらしく、スタッフに何を聞かれても覚えていない、忘れたと答えていた。当然ヒエンはそんなもので誤魔化されたりしないためその日の内に問い詰めたのだが、
「……ごめんなさい。まだ頭の中がこんがらがっているのよ。そう遠くない内に必ず話すから今は許して。あと、鈴音も同じだと思うから何も聞かないであげて」
と返されてしまった。あの蜘蛛のダハーカとの戦いの時に紫音と鈴音は本来一般スタッフどころか幹部でも存在自体が知らされていない地下機密室にいた。
ヒエンでさえもあの三船所長と大倉会長の戦いの後に三船所長が脱ぎ捨てた白衣のポケットに入っていたメモからあの場所の存在を知ったのだから。
……三船所長があの場所を知っていたのはきっと大倉会長と幼馴染だったからだな。もしかしたら大倉機関を設立した時にはまだあの二人は仲間同士だったのかもしれない。それにしてもあの場所にあった幽閉されていた形跡は何なのだろうか? いったい会長はあそこで何を幽閉していたのか……?
「まあいいじゃないか。黄緑から言われてるんだ。復帰後の小テストで1ミスしたから少し慰めてやれってな」
「いつの間に兄さんと仲良くなったわけ? と言うか慰めるって何よ」
「まあまあ紫音さん。そんな照れ隠しと八つ当たりを混ぜてキャラ作りをしなくてもいいんですのよ? いくら愛しのお兄さんからせっかくご慈悲を頂いたのに相手が先輩でどう反応したらいいのか分からない微妙な状態だったとしても」
「とりあえず裁きは任せたわ」
「はいよ」
ノートに向かう紫音。その隣でヒエンが鞠音の頭をわしゃわしゃする。一瞬潮音が反応しそうになったがまあ、妥当かなと思って姉を見捨てて渡されたメモに目を通した。
「しかし、鈴音ちゃんも呼んだんだが来なかったか。あの子優等生に見えて意外とそうでもないんだろ?」
「……非常に言いにくいのだけど確かにそうよ。最近は私と一緒だからそうでもないけど昔はよく幼馴染……小夜子の兄であり八千代さんの弟である人と羽目を外していたからあれでも要注意生徒なのよ」
紫音は額に手を寄せる。先日語られた真実もそうだが過去の彼女の姿を思い出して同時に色々誘発されて顔を青くする。流石に今はないし、この場で語るには余計な人材もいるから言えないが、とりあえず女子がスカートめくりをするなと何度注意したことか。そして何度被害に遭ってぶちのめした事か。
「その話も意外だが、その小夜子ちゃんの兄ってのは大倉機関にはいないのか?」
「ええ。彼は例外。GEARはあるんだけどそれをごく一部を除いた他人は感知できない上、それを黙っているからGEARの存在自体知らされていないはずよ。小夜子の浮遊のGEARの事も特異体質だと思っててここはそれを研究し、治療するための機関だと思っているわ。小夜子と八千代さんは空手もやっていないわけだしね」
「治療って、GEARって無力化出来るわけじゃないだろうに。と言うかどうして小夜子ちゃんはずっとGEARを使ってるんだ? 常時発動タイプなのか?」
「小夜子は昔から、物心着いた時にGEARが覚醒したのよ。それで幼い時からああ言う風にプカプカ浮いて過ごしていたら頭がその状態に慣れちゃったのか、GEARの制御が出来なくなったのよ。まあ、本当の常時発動タイプじゃないから寝る時とかは解除されるみたいだけどね」
「……何だかGEARってのも簡単じゃないみたいだな。常時発動型のオンリーGEARでも要領を掴めば一時的に他人に譲渡可能だし、かと思えば任意発動タイプでもずっと発動して常時発動状態に出来る。まるでゲームだな」
「GEARの研究は3つの機関が何十年何百年も続けているものだから分からない事が多いのは仕方ないわ。会長があなたのGEARをその場で断定出来たのも奇跡みたいな偶然よ。オンリーGEARだけでも1000は超えるくらい種類があるだろうし」
「って事は会長ないしここは零のGEARを研究していたって事か。僕は不老不死らしいし、案外歴史を遡ってみたら自分自身が関わっていたりしてな」
言ってから強ち的外れでもない事に気付いた。会長だけでなくラールシャッハも自分の事を知っていた。オンリーGEARの重要性が高い事は分かるが3つある機関の内2つの代表者が自分の名前まで特定していたと言うのは少し普通じゃない。特にラールシャッハは意味深な事をのたまっていた。狂人のそれと一蹴するには少し能天気が過ぎるくらいの。
「どうかしましたか? 唯夢さんの事を考えていたりしていたのですか?」
「ん、ああ。唯夢ちゃんか。確かに心配だな。実際可能性としてはダハーカに捕食されたか、或いは何らかの方法で元の世界に帰ったってのが可能性としては高いんだよな」
「確かにそれなら姿を消して、そして痕跡が残っていないというのも納得できますね」
「でも、先輩はその可能性は否定しているのでしょう? 三船の所長みたいに誰かが唯夢さんを意図的に拉致した、しかも彼女が別の世界から来た存在だと分かった上で……」
「……ああ、そうだ」
隣で髪を直しながら発言した鞠音。きっと彼女は今のが誤魔化しだというのも分かっているだろう。
「まあ、今はどうしようもないさ。今出来ることをやろう。赤羽も潮音ちゃんも出席が厳しいんだからせめていい成績を取らないとな」
「……心配されるほど成績は悪くないのですが」
「勉強する事に文句はないけどね。こう言う場が設けられているわけだし」
「ねえねえ死神さん? 死神さんは成績いいの?」
赤羽の足の上に座り、ゲーム機で遊ぶ久遠。赤羽はそれを邪魔だと思わないばかりか随分安らいだ顔をしている。それをいい眺めだと思いながらヒエンは答えた。
「いや、記憶喪失だって言っても何だかんだで知識はあるのかこの前の中間テストでは理数系以外は100点を取った。成績そのものはまだ一度も終業式を迎えていないから分からないな」
「……ちなみに理数系は?」
赤羽がパンドラの箱を開けた。
「……数学が22点、生物が48点、化学が15点。ついでに技術が33点の、美術が3点だ」
「……一体どんな回答をしたらそうなるのですか? それとも空手と同じように理数系だけ記憶の乱れがあるとか?」
「否定は出来ないが、とりあえず数学は証明問題や方程式の答えを全部、解なしって答えたら全部バツになった」
「でしょうね」
「美術はどうしたんですか?」
「ペーパーと実技があって、」
「はい」
「ペーパーは指示通りに絵を描けってものでそれを50点評価だった。立体感のある絵が課題だったんだがとりあえずサイコロを描いてみた。直線が上手くかけてますね、3点。とのことだった」
「……」
「……」
「……実技の方は?」
「紙粘土で命の想像を題材とした作品を作れってあったからとりあえず出来るだけ重量感のあるものを作った。……クラス2つ分の紙粘土を使って」
「……え」
「他の作品が大きくても20センチ程度だったがこっちの作品は1メートルを超えた。馬鹿かてめぇって怒鳴られた上に作品を殴り壊された。0点だった」
「……ご、ご愁傷様です」
実話です。
「まあ、そんなわけで感覚レベルで理数系と言うか理屈とか文字で表せられる有限のもの以外は徹底的に合わないと分かったから理数系は諦めた所存だ。けどその他は中々いい点数だったぞ。一応最年長だから分からないところがあったら目一杯聞くといい」
「……」
と、そこで今まで一切音声を生み出さなかった人物がノートにペンを走らせていた。八千代である。
「で、この人はどうしてここにいるんだ? 多忙だって聞いたけど成績悪いのか?」
「八千代さんは多分あんたより成績いいわよ。成績基準で選ばれる学校で生徒会長やってるわけだしね。小夜子がいたら通訳してくれるんだけど……」
と、嘆く紫音に八千代が1枚の紙を渡した。一同が目を注ぐ。
「八千代お姉ちゃんをよろしくお願いします。今日は私は鈴音ちゃんのお見舞いに行くためご同行できません。お姉ちゃんには今日一日筆談をさせるつもりなので意思疎通をお願いします」
と、書かれていた。
「これは……小夜子ちゃんだったか?」
「そうだよ。久遠ちゃんより1つ年上。ここに私がいるって事知ってるからいい子ちゃんアピールでこんな丁寧な文章書いて寄越したんだろうね。今年から中学校に上がったからって自慢しちゃって……」
「久遠と小夜子ちゃんは仲悪いのか?」
「そうじゃないけど、でもずっと一緒にいた1つ年上なだけの友達がこう言うアピールしてきたらイラってこない?」
「……あ~、分かるような気がする」
「……それで、八千代さんはどうしてここに?」
「……」
問いかける紫音に八千代は一通の紙を渡した。
「えっと、現場監督のため? この場の保護者ってこと?」
「……」
問いかける紫音。八千代は首肯した。対して、赤羽がヒエンに視線を注いでいた。
「どうかしたか?」
「いえ、八千代さんには話しかけないんですか? それとも今まで年下ばかり相手してきたから同い年は相手にしづらいとか?」
「……う~ん、まあ、その、その通りっちゃその通りかな。何て呼べばいいのかも分からないし」
頭を掻くヒエン。対して八千代は親指を立ててサムズアップ。
「どういうことだ?」
「気にしなくていいとかじゃないですか?」
「……」
改めて対面に座る八千代を眺める。
生徒会長と言うよりかは良家のお嬢様と言ったような風貌。背丈は自分と大差ない……いや、少しだけ向こうが上だろうか。黒い長い髪に囲われた小顔も決して悪くはなく90点以上。その下に存在する胸は厚着の上からでも分かるくらいの大きさ。少なくとも今この場にいる誰よりかも大きい。紫音が近いか。
他の少女達が初対面の頃からも緊張せず会話出来たのは彼女達が年下だったから、それにより少しだけ余裕があったからだろう。しかし、同い年しかもここまでの美少女が相手となると一気に対応が難しくなる。
「とりあえずセクハラから始めようかな」
「ヒエン先輩」
声が伸びた手を止める。それは赤羽でも鞠音でもなく、
「潮音ちゃん?」
「いきなりそれはどうかと思います。や、八千代先輩がいくら魅力に溢れていたとしてもその……」
「……潮音ちゃんまさか……」
「ええ、その通りですわよ」
答えたのはニコニコな鞠音。その隣で潮音は赤面。紫音はため息。久遠はニヤニヤ。赤羽と八千代だけがキョトンとしていた。
「……あ~、潮音ちゃん? コーヒーお願いできるかな? 僕と八千代ちゃんの分がもうないんだけど」
「分かりました。先輩方」
立ち上がり、席を離れた潮音。すると、同じように八千代も席を立った。
「先輩?」
「……」
無言で潮音の傍らに向かい、ドアを開ける八千代。
「一緒に行ってくれるんだろう。甘えたらどうだ?」
「……わ、わ、わわわ、あ、ありがとうございます……!」
「……」
赤面の潮音を背にしながら八千代は一度だけ振り向き、共に部屋を出ていった。それから10秒ほどしてから、
「いやぁ、まさか潮音ちゃんが百合っ子だったとは」
「あの子が一番可愛い時ですわよ。潮音は本当に八千代先輩の事が好きみたいですから」
「え、あ、そうだったんですか?」
「美咲ちゃんは結構鈍いからねぇ……。そこが可愛いんだけどっ!」
「もう久遠ってば」
「え、何この最高空間」
「じゃあもっと最高にしましょう」
「あ、こら!」
膝に乗った久遠を優しく抱きしめる赤羽。その対面で鞠音が紫音に後ろから抱きついた。
「ぶっ!!」
そうしてヒエンは、生まれて初めての鼻血を噴き上げ、そのまま後ろのめりに倒れた。

------------------------- 第42部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
38話「暁の遭遇」

【本文】
GEAR38:暁の遭遇


・夕暮れ。そして日曜日。ある意味月曜日や金曜日以上に多彩な顔色を伺う事が出来るこの時間帯。
「学生の数は増えるが、サラリーマンとか大人の数が大幅に減るのが問題なんだよな」
月仁はレジにいてスマホをイジっていた。その隣では、
「いらっしゃっせー!! らっしゃっせー!!」
桃丸が入店と同時に客に向かって水鉄砲を撃っている。
「あ~お客さん濡れちゃったね! 今ならこのレインコートとかスエットとかサンタクロースのよーふくとかいちまんえんでうってるよー!! さあ、かいだね! かい!!」
などと宣っている馬鹿のしでかした事を「嘘」に変えてから新しい3D技術のお試し中だと言って桃丸を休憩室へとブチ込む。
「なにをする!?」
「それはこっちのセリフだ馬鹿。ただでさえ売上が少しさみしいことになってるのにこのコンビニの息の根を止める気かお前は」
「こんなアルバイトなんかしなくたって家があるじゃないか!」
「生活費ギリギリまでしか月謝じゃ手に入らないんだ! 俺は月に1度はトリコロールのライブを見に行かなきゃ気が済まない」
「ある意味一番無難なところを攻めてきたなこいつ」
「とにかく邪魔するな。余り物を食わせてやるから」
そう言ってレジに戻る。当然さっきの客は帰っていった。物理的になかったことにすることは出来ても流石に記憶までは消せない。それが月仁の力だ。物理的被害ならいくらでも抑えられるがそれ以外には全く対処できない。が、証拠までなくなってしまうため今回のように客は警察に通報することは出来ずただただ黙って帰るしかない。それでも客が減れば物理的なデメリットは生まれる。
「完全になかったことに出来ればなぁ……」
「月仁、人生は何事もチャレンジが大事だぞ」
「お前のチャレンジがはた迷惑すぎて俺が対処に困ってるんだろうが!!」
「ふたりとも、けんか?」
声。休憩室の椅子にはまほろが座っていた。ルーナに預けられて一週間。月仁と桃丸がバイトでいない時はこうして休憩室に預けている。偶然今月はこの二人以外にスタッフはいないため何とか存在を隠し通せている。
最初は半信半疑だったがまほろはこの一週間全く飲食をしていない。だから生活費は一切掛かっていない。だから事情が事情ということもあって月仁はずっと預かっている。当然何度も警察に連絡しようとしたが桃丸に止められていた。
「あ、あたし、このビデオみたことあるよー!」
「あ?」
まほろが指さしたのは休憩室の棚にあった絆と言う名前の光の戦士のDVD全巻だった。どうしてここに置いてあるのかは分からないが店長の趣味だという説が濃厚だ。
「そう言えばまほろは英雄部にいたんだっけな。まさか英雄ってその英雄だったのか?」
「? どーゆーこと?」
「いや、版権に関わるから詳しくは言えないけど前期OP」
「けど、もしかしたらさ、英雄部ってまほろちゃんみたいに小さな子を集めてこう言う作品を見せるようなボランティア系の大学サークルだったんじゃないかな? だから年齢層がバラバラだとか」
「う~ん、そういう可能性か。なくもないだろうな。……けどこれ絶対子供向けじゃないだろ。序盤でヒロインが死んだり、そこから4話連続でホラーでサスペンスでグロいビーストとの戦いが始まったり」
「あ、あと、しんじゃうとあおくもえる555ってのもみたよ?」
「……どうしてその零って奴は子供に良くない作品ばかり集めてるんだ?」
「どっちもカテゴリ的には子供向けではあるってのがすごいところだけどね」
興味が集まるが、そろそろ店に出ないとバイトでもクビになりそうだ。月仁が休憩室に二人を幽閉してレジに出ると、同時に客が入ってきた。
「らっしゃっせー」
入ってきたのは高校生くらいの少年だった。小柄だが上半身、特に両腕の筋肉がやばい。プロレスラーかなにかだろうか? 彼に続いて数人の少女も入ってきた。
「鞠音ちゃん達って確か大倉機関の出資者だったっけ?」
「はい、そうですわよ。私達は結構本格的なお嬢様だったんですのよ?」
「じゃあこう言うコンビニも珍しいんじゃないのか?」
「いえいえ。そんな事ありませんわ。毎年夏に行われる合宿ではコンビニが命ですから」
「……一体どんな合宿だよ」
7人連れだった。しかも、その中のひとりは、
「あ、鈴城紫音!!」
「ん? ああ、えっと、この前のバイトさんだったっけ?」
あの鈴城紫音もいた。そう言えばあの龍雲寺の知り合いだった気がする。龍雲寺が空手をやっているのは知っているがもしかしたら紫音も空手を? だとすればこの連中は空手で一緒のグループなのだろうか?
「どうも。それとサインください!」
「今オフなんだけど」
「何でも一品だけ無料にしますんで!!」
「乗ったわ。じゃあこのバター1ダース1380円を頂戴」
「あざしたー!!! あ、このエプロンにお願いします!」
「はいはい」
エプロンを脱ぎ、紫音に手渡す。サインを待つ間にポケットマネーから1380円を出してレジに打つ。
「流石はアイドルだな、紫音ちゃんは」
少年が近づいてくる。購入かと思ったがしかし何も手にしていなかった。何も買うつもりがないのだろうか? いや、連れの中で一番背の高い少女の姿が見えない。どうやらトイレに行っているようだ。だとすればその付き添いだろうか?
「はあ……はあ……先輩……あん!!」
何かトイレの前で悶絶している少女もいるが見なかったことにしよう。嘘にするだけが取り柄ではない。このような機敏だって出来る年齢である。
「君、龍雲寺くんのお友達?」
「あ、はい。クラスメイトです。でも今はあいつはどうでもいいっす! ファンです!! もっとサインください!! 家宝にしますんで!!」
「熱狂的なファンだな、紫音ちゃん。きっとその内唾液下さいとか言ってくるぜ?」
「世界の男子はみんなあんたみたいな変態じゃないって信じてるから大丈夫よ。……美咲、どうかした?」
「あ、はい。どうやら財布を忘れてきてしまったみたいで……」
「私が……と言うか鞠音が貸してあげるわよ」
「どうして私が? きっと個人での所持金ならばあなたの方が上でしょうに」
「さっきいきなり抱きついてきた挙句あんなことまでした罰よ。何なら明日の稽古で遊んであげてもいいわよ? もちろん手加減なしでね」
「龍雲寺さん以外の馬場の方々とそれなりに張り合えるような怪物と戦ったら私なんてすぐに病院行きですわよ」
店内での会話。ほかに客がいないからいいが放っておいたら査定に響きそうだ。しかし鈴城紫音の声が聞けるなら構わないか?
「なあ、龍雲寺ってどれくらい強いんだ?」
「龍雲寺くんなら素人相手じゃ絶対勝てないレベルよ。それでも全体的に見れば中の下くらいだと思うけどね」
「いやいや、りゅーくんなんて下の下だよ」
と、今までほとんど喋っていなかった一番小さな少女がやって来た。手にはギリギリくんフォトンブラッド味を持っている。
「80円になります。……そう言えばこの子もどっかで見覚えあるな。……ああ、あの痴漢の時の、」
「久遠、一体どういうことですか? あなたまさか痴漢にあったんですか……?」
「違うよ美咲ちゃん。久遠ちゃんが美咲ちゃんとイチャイチャするために女の子同士でエッチなことをする本を読んでいたら声をかけてきたから冤罪かけてきたの」
「おいコラ小学生。色々と問題発言するな。と言うかこの前ジキルから聞いた話と一致してるんだがまさかお前がやったのか……!?」
「えへっ!」
「……」
とりあえずこれも聞かなかったことにしよう。いや、自分は悪くない。自分がやったことは決して悪いことじゃないはずだ。心の中であの男子学生に合掌しておこう。それでいいはずだ。
「ちなみにこの子は龍雲寺くんの妹だから」
「えっ!?」
「どーも。馬場久遠寺です。久遠ちゃんって呼ぶといいよ?」
「ど、どうも」
よく龍雲寺から話を聞いている。二人の兄はもちろん、4つ年下の妹にも空手で勝てないと。それがこの少女だとすれば一体どれだけ強いんだろうか。と言うか龍雲寺も変わった名前だがこの少女も変わった名前だ。もしかして馬場家の人間はみんな名前に寺が付くのだろうか?
「お、八千代ちゃん出てきたか。じゃあ帰るとすっか」
「あざしたー!」
サイン入りエプロンを着直した月仁が適当に放った挨拶を背に7人は店を去っていった。7人いて結局売上は80円だけだった。しかし、悔いはない。
「知り合いかー?」
休憩室から桃丸とまほろが出てきた。
「の、知り合いだ。前に一度あったことがある。と言うか出来ればまほろは顔出さないでくれ。客がいたら怪しまれる」
「はーい」
「月仁ー、あたし腹減ったんだけどー」
「ゴミ箱から適当にあさって何か食ってろ」
「うわ、ひどいなー。これでも花の女子高校生だってのにゴミ箱漁れしかもそこから飯拾って食えだなんてとんだげろーだなきさま!! そんなくそったれのよーなやつはこーしてやる!!」
「店内でライフル出すな!! マジで事件になるからやめろ!!」
その時だ。
「よう、相変わらずだな月仁」
来客。その姿はひどく見覚えが有る。と言うか、兄だった。
「あ、爛兄ぃだ」
「兄貴!? どうしてここにいやがるんだ!?」
「ひどい言い草だな。俺は客だぜ? 客だから今日の晩飯を買いたいってのと伝えたいことがあって来たぜ」
「伝えたいこと?」
「ああ、」
爛は目を閉じながら適当に棚からさまざまな種類のおにぎり3個をとってそれをそのままレジに運ぶ。レッドフラッシュチョコ風味とタスマニアデビル肉と鉛筆削り節の3つだった。
「……おい、最後の商品として成立していいのか?」
「仕方ないだろ。一部で大流行してるそうなんだ。うちでも試験的に取り入れている」
「……中々勇気ある店長だな。まあいいや、1個98円だから294円か。ほらちょうど」
「……で、もう1つは?」
「ああ」
財布を懐にしまい、おにぎりの入ったレジ袋を手にすると爛は言った。
「これから俺は1つ大きな仕事をする。けど、それに対して関わらないで欲しい。お前のGEARを使われるとかなり面倒なことになりかねないからな」
「……俺やその周りに関係しない事なら止めるつもりはないし、関わるつもりもねえよ。けどあまり面倒は起こすなよ? マスゴミからの取材を受けるつもりは全くねえからな!?」
「分かってる分かってる。犯罪じゃないから安心しろって。それと、お前のためにも言っておくがもしこの男が誰かに狙われていたら守ってやれ」
爛は1枚の写真をレジに置いた。そこには月仁よりもやや年の低い男子学生が写っていた。中学生くらいだろうか?
「こいつがどうしたって?」
「そいつの名前は長倉大悟。お前のGEARの力の源でもあるんだぜ? コイツがいなくなったらお前も力のほとんどを失う。それはもっと面倒な事になるよなぁ?」
「……機会があったらな」
「おう、それでいいぜ。物分りのいい弟は好きでいいぜ」
それだけ言って爛は店を去っていった。
「……」
置かれた写真を手に取る。当然ながら見覚えのない顔だ。達真に聞けばもしかしたら分かるかもしれないがそこまでの気力は沸かない。
「月仁、どーするんだ?」
「さあな。でももし目の前で襲われそうになったらそれを俺が嘘に変えてやる。ただ、それだけだ」
写真を握りつぶし、ゴミ箱に捨てた。

------------------------- 第43部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
39話「もう1つの黄昏」

【本文】
GEAR39:もう1つの黄昏

・夕暮れ。大体は下校時間。月曜日。
「……」
矢尻達真は退屈を覚えていた。その覚えた環境に溺れつつあった。
かつていた中学では空手部に所属していた。自分以外に部員がいなかったため一人でサンドバッグを叩いたり稽古に勤しむ活動が続いていた。その他で街の空手道場にも所属していた。後輩であり最初の弟子でありライバルだった男は既に二度と戦えない体になってしまっている。それが原因か、張り合いがなくなってもはや怠惰で通うことしかなかった。
だが、転校してきたこの中学には空手部が存在しない。毎日数時間叩いていたサンドバッグが存在しない生活は間違いなくストレスになっていた。そしてこの街に転校してきてからそろそろ一ヶ月になる。
「それでお前に空手道場の推薦をしに来たわけだ」
学校からの帰り道。いつもどおり大悟と一緒の黄昏道で偶然出会ったのはかつての友人・権現堂昇だった。とても同じ中学生とは思えない、怪物地味た巨体を持った彼は柔道部の所属であり、異種格闘戦だったり組手だったりで手合わせした事もある。当然に強い。既に全国大会で2年連続で優勝していてその筋の高校から推薦が寄せられていて将来は決まっているようなものだ。……尤も本人がやりたいのは実は柔道ではなくプロレスらしいのだが。
ともかくその権現堂が20キロも離れたこの街までやってきた事自体は偶然ではなかった。紅衣から事情を聞いたのか、近くの空手道場を探してくれたらしい。何せ最近は生活費を稼ぐためのバイトで放課後が埋まっていて道場探しもしていなかった。
「でけぇな、ほんとに同い年なのかよこいつ」
「お前は、達真のクラスメイトか?」
「ああ。長倉大悟って言うんだ。俺もあまり男友達は多い方じゃなかったからな。転校してきて席が近かったからそのついでで今じゃよくつるんでるよ」
「そうか。コイツは中々中学生離れして捻くれた奴だが勘弁してやってくれ」
「権現堂、お前はいつから俺の保護者になったんだ」
嘆息の達真。今3人は権現堂の案内の許、空手道場に向かっていた。そして、歩いたりバスを使ったりすること30分。たどり着いた場所は大倉道場。
最近何か事故でもあったのか道場の師範が大怪我を負って入院。幹部も半分以上が入院。さらにはこの道場を経営しているグループの代表者が死亡したため非常に人材不足らしい。
「つまり、場合によっては俺が指導員になって空手をやれないストレスを発散しつつ生活費を稼げるってわけか」
「そうだ。いい話だろう?」
「流石受験がなくて暇を持て余しているエリートは違うものだな」
「さっきの仕返しか達真」
軽く頭をどつく。首からばきって音がした。そして到着。
平成の道場にしては別段珍しくもない、ビルの一室を使った道場だった。ここはその2階にある。
「頼もう!」
素人では簡単に押せない重さの鉄扉を片手で押しのけて達真は中に声を飛ばす。
「ん?」
そこでは準備中なのか、道着姿ですらない青年が一人いて、モップがけをしていた。
「どうした? 道場破りか? 悪いが代表者はこぞって入院中だから相手したいならもう半年くらい待ってくれ」
「いや、そうじゃない。俺は最近この街に越してきたんだが、その前は空手をやっていた。人材不足と聞いたからもしよければ俺を雇わないか?」
「お前を雇う? お前いくつだ? 高校生……いや、中学生くらいじゃないのか?」
「アルバイトでも構わない。腕は……立つと思う」
「……じゃあまずはその腕から見せてもらおうか」
「待ってください」
モップを青年が担いだ時だ。更衣室と思われるドアからひとりの少女が姿を見せた。道着と呼ぶには異質な服装だ。真紅だし、ワンピースとスク水とレオタードを合わせたようなそんな服装だ。そして、その顔には覚えがある。
「あんた、この前の……」
「お久しぶりです。私の名前は赤羽美咲といいます。あなたは?」
「俺は矢尻達真。あんた、空手をやっていたのか」
「はい。……ヒエンさん、実力テストは私にやらせてもらっても構いませんか?」
「あ、赤羽が浮気だと!?」
「誰もあなたの彼女になった覚えはありません。純粋な実力ではあなたの方が上かもしれませんが相変わらずあなたのそれは空手じゃない。空手の腕を試すのならちゃんとした空手が出来る私がすべきだと思います。今日は悪夢の体現か、私とあなたしか指導員は来ないのですから」
「悪夢とはまた心にもないことを」
「……ここは漫才道場だったのか?」
「いえ、漫才次元にいるのはこの人……とあともうひとり騒がしい人がいますがその二人だけです。私も中学生ですが一応ここのスタッフです。なのでテストなどと構えずともそれなりの技術があればあなたのお望みは叶いますのでご安心ください」
「……ちぇっ、無敵でいびってやろうと思ったのに」
後ろでヒエンが唇を尖らせる。のに対して赤羽はすれ違いざまに、
「彼は最上火咲さんと何らかの関係がある人です。機関の管理下に置いておいて損はないでしょうから」
と、呟いた。内容は聞き取れなかったが達真も赤羽が何かを言っているのは分かった。
「後ろの連中はどうする? 流石にあの大男は赤羽じゃ厳しいだろう」
「いや、俺達はタダの見学。付き添いだ。それに俺は柔道をやっているのでな」
「俺もタダの付き添い。武術は一切やってないけどな。にしても大倉か。小夜子が通ってる病院と同じ名前だな。まさか繋がりでもあるんだろうか」
「……小夜子?」
ヒエンは小さく呟いた。確か小夜子には兄が居ると言っていた。そして小夜子の姉である八千代には弟が居ると。小夜子が中1で、八千代が高2。この男は中学生くらい……赤羽の知り合いの知り合いなら同い年と考えて中2だろうか?ならばこの男はそれにあたる人物かもしれない。しかし、確かあの二人は空手をやっていない。ただ、GEARを持っているから大倉機関に選ばれた。彼女達が患者と言う建前でここに関係しているのならスタッフである自分達と深い接触を持っている事を明かすのは不思議になる。どちらにせよ、無理に関係を持とうとする必要はないだろう。相手男だし。
「とりあえず2分の軽いスパーリングで行きましょうか」
「ああ」
道場の中央。達真は上を脱ぎ、しかしまだ制服姿のままだ。一応手足には体験用のサポーターを付けている。対する赤羽も滅多に使う事がなく、ずっと鞄の中で眠っていたサポーターを引きずり出して手足に装着していた。そして結果的に主審はヒエンがやることとなり、二人の前に立つ。
「120秒セット。正面に礼、お互いに礼、構えて・はじめっ!」
号令。同時に達真は後ろに控えていた右足で畳を蹴って己の体を飛ばす。前に進み前に出した左足で着地するとやや膝を曲げてから両足で跳躍。再び距離を稼ぎつつ高度も稼ぎ、赤羽の顔面向けて飛び後ろ回し蹴りの構えを取った。
「!」
対して赤羽は即座に下がった。
飛び蹴りへの対処は主に二つ。放たれた足を己の手足(ガード)で落とすか、それが出来なければ後ろか横に回避するかだ。赤羽が選んだのは後者。それはつまり今から始まる相手の一撃は赤羽にはガードが出来ない威力だと判断したからだろう。
「……」
攻撃を空振りさせず、膝を折って構えたままの右足は攻撃に転じず、なるだけ隙を殺した状態で着地する。
そのタイミングで赤羽は左の回し蹴りを放った。赤羽も右利きだ。よって前に出ている足は左足である。前に出した足でそのまま蹴りを放つ場合、逆と比べて速度で優る分威力に劣る。しかし速度で得られるものもある。例えば、着地して間もない状態でまだガードが出来上がっていない相手の部分(ノーガード)への一撃を可能にする、とか。
「!」
事実、その判断は間違っていなかった。ただ、達真の構え直しの方が一瞬だけ早かった。故に赤羽の蹴りは達真の右の手首に防がれる。
が、そこで終わる勝負でもない。赤羽は蹴り終えた左足を地に下ろすと同時に今度は右の廻し蹴りを放った。あげた膝は腰より低い。下段か中段狙いだ。廻し蹴りは下に行けば行くほど防がれやすくなる。が、同時に防がれた上からの威力は重くなっていく。試合においてのポイントにはなりにくいが下段ならば威力を殺しにくい一撃を足に受ける事で足技全般の質を落とせ、中段ならば脾臓や膵臓と言った地味な急所への浸透ダメージを狙える。
なら、全ての攻撃で下段か中段を放てば勝負を制するかと言えばそうでもない。蹴りを刀で置き換えてみればひと振りで相手の足や腰を落とせたとしよう。しかし、自分が攻撃出来る場合大抵は相手も攻撃出来ると言い変えられる。ならもしその間に相手がこちらの首を狙って上段の斬撃を放ったならどうなるか。
そして、その理論は今実現された。
「っ!」
「……ふう、」
赤羽の廻し蹴りが達真の左足……その付け根の方に叩き込まれると同時、達真の右足の中足(ちゅうそく)が赤羽の顎に打ち込まれていた。
「……ここまでだな」
ヒエンが呟いてから1秒の後。赤羽は放った足を元の位置に戻すことなくそのまま後ろに倒れた。
「っと、」
その頭が畳に落ちる前にヒエンが足を伸ばし、足首で後頭部を受け止めて衝撃を殺した。
「……済まない、ここまで実力差があるとは思わなかった」
「構わんさ。あの最後の一撃、やろうと思えば踵で蹴ることも出来たはずだ。そうすれば当然威力も増す。脳震盪だけで済まなかった可能性もある。お前はそれを避けた。だから……」
気絶した赤羽を抱き上げ、胸を揉みながらヒエンは達真を正面から見据えた。
「ここから先は自分が引き継ごう。お前も不完全燃焼で終わるのは癪だろう?」
「……分かった」
胸だけじゃ飽き足らず尻や股間までねっとりじっくりと撫で回しながら赤羽を隅に置き、ヒエンは集中を開始した。
……GEARなしじゃまず勝てないだろうな。いや、ダハーカとの戦いでやったあの踏み込みの一撃。あれを使えば勝てはするだろうが、5分後にはパトカーと救急車が来ちまうだろう。だから、GEARを使う。ただし場所はシャツとズボン。そして手足のサポーターだけに限定。そこを殴れば相手も拳を痛めるだろうがこちらも鉄壁に押されてダメージを食うだろう……。
「よし、やろうか」
「ああ」
合図はなかった。ヒエンが全体重を前足に注ぐ。そして前に転ぶように駆け出した。
「!」
本来ならこれを繰り返し、加速しつつ勢いを殺さぬまま正拳突きにして放ち、相手を砕く。が、今回はそれはしない。加速はするが、その勢いを力に加えない技……廻し蹴りにする。
「せっ!!」
「ぐっ!!」
右の中段(ミドル)。道着だったなら帯があり、そして制服姿の今ならばベルトがある場所。本来未熟者がそこを蹴れば逆にこちらがダメージを食う。前回の龍雲寺は例外だが。しかし今回はまた別の例外。ミドルを放った足。蹴った部分には零のGEARが備わったサポーターがある。今の一撃は鉄パイプで腰を殴ったのと同じ意味合いだ。その蹴りではない異質の威力に達真は半歩を下がった。
同時、半歩を下がった事でやや曲がった達真の前足をヒエンは踏み台にして跳躍。
「!?」
「せっ……のぉぉぉっ!!」
低空跳躍からの高速飛び後ろ回し蹴り。それが達真の顔面を引っぱたいた。
「くっ……!!」
倒れるのを堪えながら3歩を下がり、しかしそのまま膝を折ってしまった達真。
暴れる違和感。見知らぬ技に対する警戒心ではない。むしろその逆。今の技、そしてさっきの接近。何故か見覚えが有るように感じる。気のせいだとかそういうのではなく、脳を激しく揺さぶられるのは今の打撃の影響ではないだろう。
対してヒエンも着地と同時に違和感を得た。
最初の動きもそうだが、今の技も自然と出た。それもまるで申し合わせたかのようなタイミングだった。相手が与えられた威力を誤魔化す際に膝をやや曲げる癖があるのを以前から知っていて、それを利用した今の高速飛び後ろ回し蹴り。まるで前にも一度この技でこの男の相手をしたかのような感覚。
「……」
喉を鳴らし、拳を握る。
試してみたい。勝手に動いたこの体が次に放つ技がこの男とどんな関係があるのかを。
だが、それは遮られた。
ビビィィィ~っと生まれた音。さっき押した2分のタイムリミットを告げる音だった。
「……ふう、まあお前は合格でいいよ。ちょっと無口無愛想かも知れないが稽古をつけるのにそんなのはいらないからな」
「……それはどうも。で、いきなりで悪いが時給はどれくらいだ?」
「ん? えっと、確か……」
事務机の方に歩く。引き出しの2段目にスタッフに関する書類があった。
「時給でなく、1クラス1000円だそうだ。大抵は1クラス1時間だが中には2時間のもある。今は知ってのとおり人材不足だから一週間に6クラスは入ってもらうぞ」
「……了解した。……あんたは?」
「ん? ああ、ジアフェイ・ヒエン。変な名前だが記憶喪失だから仕方ない。本当は甲斐廉って名前らしいがもう気に入っちまったもんは仕方ないだろ?」
「……甲斐廉……。どこかで聞き覚えがあるような……」
訝しむ達真。しかし、答えは出ず、数分後に赤羽が目覚め、顛末を伝え、それから10分後にやってきた生徒達を相手に達真の初めての指導が始まった。

------------------------- 第44部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
40話「紫の残照」

【本文】
GEAR40:紫の残照

・アイドル。偶像と言う意味。世間では専ら若く顔の整った男女がチヤホヤされる、それ全般を総称したりしなかったり。
「ふう、」
紫音が自分の楽屋に到着し、ソファに腰掛けた。今日は珍しくソロ活動ではなくほかのアイドルもいた。残念ながら自分好みのロリ系アイドルはいなかったがいた事を仮定して今日の風景を小説のネタにしてみればなるほど、悪くない。
しかし、今日はまた予想外の出来事があった。まさか自分と同じ名前のアイドルがいるなんて。間違えてその人の楽屋に入ったら碁盤が置いてあったり内装が白と黒だったりどう見ても女の子にしか見えない少年アイドルがいたりプカプカ宙に浮くうさぎのぬいぐるみがマネージャーだったり色々ファンタジー過ぎた。
「……」
スマホを見てこれからのスケジュールを確認する。今日はこの後夜8時から道場に行って1時間指導してその後1時間半自分の稽古がある。そして明日も当然のように学校がある。学生だから当然だが。
黄緑からは睨まれるというほどではないにせよ、自分が病院に行かないことをどこか気にされているようなそんな感覚がある。そしてそれを払うように無意識に、しかし自覚しながら最近はスケジュールを多忙に組んでいる。きっと前よりも家にいる時間は減っていて、睡眠や入浴、食事の時間を減らせば1時間もいないだろう。下手すれば2,3日でやっと1時間に達するかどうかか。小説は移動時間中に書いてるから週1冊730ページをキープしているから全く問題ないが。
そして、この小説も代理人(マネージャー)の個人的な関係者(おともだち)を通して販売しているため作者が紫音だとバレる可能性は著しく低いだろう。しかしこの前の来訪者にはそれがバレてしまった。しかも二人にもだ。
作者だし、実際にあの手のものが好きだと言うのは事実なのだがしかし世間で騒がれているアイドルが別の意味で騒がれているあのシリーズの作者であることがバレてしまえば確実にもっと騒ぎになる。プラスはなく×になるだろう。
元々贖罪のためにアイドルという名の恥さらしをしている紫音だったがしかしその生活も既に2年。慣れてしまえば妙に名残惜しくなってしまうし、それを失うことへの恐怖も生意気に芽生えてしまう。
……結局私はずるい女でしかないみたいね。いっその事本当に破滅してみるのも手かも。でもそれすらも逃げだと思われたらどうしよう。と言うかお兄ちゃんにまで迷惑が掛かったら……? 大倉機関はどうする? と言うかなんで私のGEARは報復とかやり返しみたいなGEARなのよ。私はそこまで心が腐っているっていうの? 世界に認められるほど意地が悪いとでも言うの? ううん、私の意地が汚くなったのは世界のせい! そう開き直ろう!! あ~でもでも、お兄ちゃんにそんな悪い子だって思われたくないし。来音を見るに絶対優しい子の方が好きなんだろうし。う~ん、どうしようかな。
「紫音? どうかした?」
マネージャー。共演した他アイドルのマネージャーへの挨拶を終えたのかいつの間にか彼女が戻ってきていた。
「どうって?」
「だってあなたが小説を書くのに思考するだなんて。いつも本能と反射神経だけで分速2ページくらい簡単に行くのに。どこか調子でも悪い? あの青い髪の子にされた嫌がらせがそんなに嫌だった?」
「いや、そんなことないし。存在自体忘れていたわ。……さあ、行きましょ。この後稽古があるんだから」
「私としてはあまり夜遅くに出歩いて欲しくないんだけれどね。一応黄緑くんにも連絡はしてあるけど」
「大丈夫だよ。兄さんより私の方が強いんだから。むしろ私が守ってあげてもいいかなってレベルなんだから」
「まあ、それは認めるけれど。でもあなたもこの前入院したばかりなんだし」
「だからこそその分の遅れを取り戻さないと。じゃないとまたあの変態が私から休日の貴重な時間を奪いにやって来る」
「?」
黄緑が認めてるし、1つ学年が上だしで何だかんだで認めざるを得ないけど何だかんだであまり気に入らない存在。と言うか同じ組織に所属していて同じ秘密を共有してそれで付き合いが生まれているからといってあまり紫音は見知らぬ他人と関係を持ちたいとは思わない。人付き合いは苦手だ。このマネージャーとだって今でもそこまで好きってわけでもない。かと言って多分黄緑の次くらいには信用している。
「はあ……」
私服に着替え、廊下を歩きながら持ったノーパソで小説を書き続ける。秒速20文字のペースで。
時折考える。自分がもし報復ではなく小説ないし物書きのGEARだったら、と。今のGEARに目覚めるより前に小説を書き始めたし、逆にこのGEARに目覚めてからも出来ればそれでいたかった。
報復のGEAR。自分が受けた痛みや損傷を一番近い対象にそっくりそのまま移植するGEAR。任意の発動で不便なところはあるけどきっと常時発動タイプだったらもっと面倒なことになっていただろう。何せ空手の試合に出れば自分は一切攻撃も防御もすることなく勝手に相手が次々と自沈していくのだからかなり目立つ。と言うか文字通り勝負にならない。
今の状態でもたまにカチンと来た時に空手の試合で使ったりしているが対戦相手はもちろん主審からも怪しがられるし。発覚したら加藤にものすごい怒られるし。
それに、悪いイメージや利便性以外にもこのGEARをよく思わない理由はある。それを思い出すのは自嘲する時だけだ。
……来音の奴、被害者の分際でこの私にここまで苦い思いをさせるだなんて本当に気に入らない……!!
心中の文句とは別に高速でタイピングをしながら紫音は到着した駐車場で車に乗り込んだ。


・道場。午後8時から始まるのは高校生のクラス。当然既に男女に分かれていて、紫音が担当するのも女子のクラスだ。本来なら紫音と鈴音の二人が担当するのだがここ最近は鈴音の不調もあって紫音が一人で担当していた。しかし今日は、
「鈴音……!!」
自分より先に来ていたのは鈴音だった。
「紫音、ごめん。今日から私もちゃんと来るから」
「そ、そう。でも、大丈夫?」
「うん……。少し落ち着いた。明日から学校も行く。だからそのリハビリに今日は来たの」
「……そう。でも無理はしないでね。無理してまた休まれたら流石の私も過労死しちゃうかも」
「紫音なら大丈夫だよ。あの雷龍寺さんと組手して生きていられてるんだもん」
「……GEAR使って何とか気絶せずに1分持ちこたえられるレベルだけどね。あの人のGEARの前だと私がGEARを使うよりも先に速くて重い人外攻撃ガンガンぶつけてこれるんだし」
と言うか自分は試合中にGEARの使用を禁じられているというのに雷龍寺や早龍寺が禁止されていない理由が分からない。不公平の極みだ。自分だけがGEARを使って何とか互角と言うレベルなのに。
「失礼します」
そうこうしている内に生徒が道場に入ってきた。彼女に続いて紫音も更衣室へと入る。
通常、基本的に、空手の人口割合の約4割くらいは小学生だ。とりあえず女子だけで言うならば半分以上は小学生に集中しているだろう。流石にこの年齢から本格的に空手道に人生を置くような少女はほとんど存在せず単なるスポーツとして親から習わされている場合が多く、男女問わず中学に上がる頃には半分以上が辞める。こんなどうしたって汗臭くなるような種目など男子はともかく女子は大抵がお断りだろう。そしてそれは加齢に伴ってどんどん増えていく。中1で100人いたとすれば中学卒業の頃合には10人は切っているだろう。さらにこの高校生さらには大学生、社会人まで行けば100人に一人どころか1000人に一人も残っているかどうかと言うレベルだ。しかしそれ故に残り続けたメンバー
は本当に強い。馬場家みたいに空手に人生をかけた男子ならば中学生で有段者になるものも多いだろうが女子は基本的にはそこまで熱心なのはそう多くない。どちらかといえば情熱がある方の紫音であってももう高1でありながらまだ段位は取っていない。
何が言いたいのかといえば、この高校生女子のクラスにいる女子高生はほぼ全員が鈴音どころか紫音と互角以上に戦える実力者ばかりだと言う事だ。そしてその中で稽古をすると言う事は楽など出来ない難易度であり。
「……ふう、」
1時間の稽古を終えて紫音と鈴音はスタッフルーム……と言う名目の小さな仕切りの奥にある椅子に座る。本来は見学者用なのだが鈴音はもちろん紫音でもこの稽古は疲れるため特別と言う名の我儘で使わせてもらっている。
更衣室から出てきた生徒達もそれを知っているし、中には紫音よりかも強い有段者の生徒もいて、この二人の無礼よりかもむしろ自分達についてこれている事に感激してこの無礼を苦笑で許している。
「鈴音、大丈夫?」
「……う……ん……」
背もたれに全体重をかけてイナバウアーのように天井を仰ぐその姿はとても大丈夫なようには見えない。きっとゲームならHPが赤ゲージになっているだろう。
本来稽古の指導員はその名のとおり指導をしていればいい。相手が教えの必要な素人でもない限り最悪は椅子に座ったまま生徒に命令をして時間を過ごせば稽古そのものは成り立つ。だが、この二人はやたらと向上心やらやる気やらがあるのか自らも積極的に参加して、指導員でありながら生徒として格上のクラスに馴染んでいる。その甲斐あってか紫音も鈴音も本来の階級より1つ2つ上の実力を手にしている。
「それで鈴音?」
「ん、何?」
飲料水(ペットボトル)を手渡しながら紫音は問うた。
「この前の話だけど、そろそろ加藤さんやジアフェイさんには話しておいた方がいいと思うの」
「……うん、そうだよね」
道場内に他人は存在しない。鈴音は少々下品なほどペットボトルにがっついては吸引と言うレベルで水分を口に放り続けつつ答える。
「ヒエンさんは何て?」
「私がいつか話せる時が来たら必ず話すからって答えたらそれに乗ってくれたわ。でも約束したからにはそれに答えないと」
「……ごめんね」
「え?」
「これは本来私が背負わないといけない罪。一人で勝手に静かに決着をつけて世界を元に戻せばいいのに紫音を巻き込んでしまって……」
「……いいのよ。もう過去形なんだから」
「……でもせめて機関への報告は私がさせて。明日私から加藤さんとヒエンさんに話して、そして今度の日曜の定例会議で他のみんなにも話すから」
「……鈴音がそう言うなら私は止めないわよ」
「うん。ありがとう紫音」
「……」
静かな気配が鉄扉の先にあった。
「う~ん、ちょっとまずいかもな」
少し離れてから言葉を零すのは甲斐爛。アロハシャツないしカメレオンに近い悪趣味なカラーリング&デザインの背広を着て階段を下りていく。
「機関の長ないし代表者に真実が知られれば絶対何かしらの行動はあるだろうし、かと言って口止めのためにあの子達を襲っても何が起こるか分からないし。……大倉機関の現代表は加藤研磨とジアフェイ・ヒエンの二人。どっちもデータは解析済み。前者はともかく後者はいくら俺でも相手をするのは厳しい。まあ、足止めならいくらでも手はあるか」
1階までの階段を下りてエントランスを出る。風景は月下の街並み。視界を通り過ぎるのは無数の車達。そして、留まるのは一人の少女。
「……」
年の頃は中学生程度。亡霊(ファンタズマ)を名乗る黒衣の少女だった。
「やあ、君まだこの世界にいたんだ。と言うかいつから自由に動けるようになったんだい? 2年前には大倉和也に発見されて幽閉されていたと思うんだけど」
「……あなただけに向ける感情はない。それでもあなたに向ける感情に終わりは無い」
「だろうね。俺は君の誕生には全く関わっていない。でも君の状況解決には非常に邪魔な存在だ。けど悪いね。今の状況、俺にとってはこれ以上ないってくらい良好なんだ。そしてそれはきっとこの世界にとってもね」
爛は両手を広げて三日月を見上げた。
「君も、最上火咲も、鈴音リバイスも。この世界の平穏のためには仕方がない、必要な犠牲なんだ。俺はね、魔王ではあるけれどでもこの世界そのものからしたらどうしようもないほどの善人だと思うんだよね。そしてそんな俺を倒そうとするのは勇者かもしれないけどでもこの世界を終わらせる存在だ。皮肉だろう?」
「……僕は口出しするつもりはない。きっと今ここにいるのも八つ当たりか何かだと思う。でも、これだけは言わせて」
「何だい?」
「もしもあなたが作り出した未来が兄さんを傷つけるものだとしたならば例え他の何を犠牲にしてでもあなたを絶対に許さないし、この世界を終わらせてみせる」
「……まあ、一応肝に銘じておくよ」
「……」
爛が正面を見直すと、既に少女の姿はなかった。
「……俺もこの手段だけが世界にとっていい手段だとは思ってないけどね。でも俺に出来る中では最良の手段なのさ。矛盾で支えられたこの世界にとってはね」
言葉を終えた爛はタクシーを拾って駅前の根城(ネカフェ)へと向かった。

------------------------- 第45部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
41話「舞合う翼」

【本文】
GEAR41:舞合う翼


・カタカタカタ……。
暗い静かな部屋に小さな音が響き出て行く。それはリッツがキーボードを叩く音だった。
「ナニか、見ツかッたノ?」
それ以上に不協和音地味た言葉を発するのは後ろにいるシフルだ。
「ええ。やっぱり最上さんはこの建物……建設予定の医療機関本社ビル:甲斐機関にいると思われる」
不正アクセスしたネットで探すのは魔王に倒された少女の行方。戦う力は宿っていないリッツだが何かの役に立つだろうとクローン達の教育係からハッキング技術を教わっていた。それによりかつて三船機関が保有していた人工衛星をハッキングして最上火咲の行方を捜していた。ハッキングするところから始めて一週間と少し。ようやく最上火咲の居場所を見つけたのだ。
「そ、れデ、ドーするノ?」
「シフル、聞きづらいから無理に日本語使わなくていい」
「You complain in its own right.」そうしたってあんたは文句ばかり言うじゃない。
「私と話す時は英語でいいかもしれないけど他のほとんどの日本人はあなたの言葉を聞き取れない。外に出てほかの人と話す時には辿たどしくても日本語を使うべき。特に歳の近い中学生くらいの日本人はあなたの英語もその雑な日本語も聞き取れないと思う」
「Though I say earlier, as for me, only one is older than you.」先に言っておくけれどあんたより私の方が1つ年上なんだけど。
「年齢は関係ない。それに1つだけじゃ意味もない。どうせシフルは学校に行っていない」
そう言うリッツも結局あの日以来学校には行っていない。と言うか実質一度も教室には行ってないし教師とも会話をしていない。
「話を戻すけど、まず私達じゃ最上さんを救出するのは無理。せめて一緒に幽閉されて人質になるくらしいか出来ないと思う。でも、私がそれをするわけには行かない」
「It will be so. Because you die if you do not receive the adjustment with the machine once in 24 hours.」
そりゃそうよね。あんたは24時間に1度マシンによる調整を受けなければ死んでしまうのだから。
「そう。だから、私は大倉機関に手を借りようと思う」
「It's joke?」
「まさか。シフルも分かってるでしょ? この逃亡生活もそろそろ限界だって。まだ機関のコネがあるから学校に潜入したりマシンの運営をしたりと言った裏的な事は出来るけどそれもいつまで持つか分からない。そして聞いた話では赤羽美咲は大倉機関が奪った三船の技術を使って元の人間に戻ろうとしている。私が大倉機関のマウスになれば少なくともあなたと、助けられた後の最上さんは無事平穏な生活が出来ると思う。……夜伽に関しては同じ趣味の女の子が向こうにいることを祈るしかないし場合によっては最上さんとやってくれればいいだろうし」
「……」
「とにかく私は大倉機関を当たってみる。取引材料は私の情報と私そのもので」
「じゃあむしろそれを俺が取るための取引をしようじゃないか」
「!?」
突然の声。鍵を閉めたはずのドアが当然のように開けられ、部屋の中に姿を見せたのは一度だけ見た魔王の姿。
「甲斐爛……!」
「お、覚えててくれたんだ。光栄だね」
「最上さんを拉致してどういうつもり? そして私と取引したいってどういうこと?」
「火咲ちゃんはもしかしたら俺の目的の邪魔になるかも知れないからね。おとなしくしてもらっているよ。大丈夫。ちゃんと3食昼寝付きでぐうたらさせているからさ。そして君に対しての取引材料は、君達の身柄を安全に確保して資金面でも補助をしてそれでいて以前どおり火咲ちゃんと一緒に生活出来るようにする事。大倉機関とやらと違って俺は君達のそう言う部分に興味はないから実験動物にするつもりもないよ。何なら学校にも通えるようにしたっていい。まあ、残念ながら赤羽美咲ちゃんのように改造された肉体を元に戻すと言った事は出来ないけれどね」
「……そんな事は望んでないからいい。……で、私にやって欲しいことは何?」
「ある意味君達にとっても都合がいいかも知れないことさ。……矢尻達真の暗殺」
「……!!」
「俺の護衛対象と俺が厄介だと思ってる奴。この二人を繋ぐ人物なんでね。まだ接点がない内にあの少年を暗殺して欲しい」
「……あなたが動かないのは何故?」
「俺はGEARの制約で迎撃以外で誰かを殺す事は出来ないのさ。魔王(ラスボス)が自分から攻め込んできたら物語が成り立たないだろ?」
「……まるで御伽噺(おとぎばなし)みたいね」
言ってからリッツは背後のシフルに視線を送る。前方の彼から視線を外して無防備を晒したのは、彼に自分達を殺す必要がないと判断したからだ。さっきの話を信じるなら無抵抗の自分達を彼は殺害できない。とはいえ火咲に対してそうしたように殺さない程度に痛めつける事ならいくらでも出来るだろうが。
「……」
「シフル、私は受けてもいいと思う」
「However, it is his wish. It is a wish only for me of me to kill that man. Therefore there is not the thing to murder that man for his wish. Dead one is better if I do such a thing.」
「……」
「悪いけど俺英語はあまり得意じゃないんだ。彼女、何て言ったんだい?」
「……あなたのためにあの男を殺したくはない。飽くまでもあの男を殺すのは私怨の為だから。あなたのために殺すのなら自分が死んだ方がましだって」
「……う~ん、こんな返しが来るとは思わなかったな。洋ロリの割に随分と侍じゃないか。……ん、」
その時だ。目の前の二人の動きが止まった。しかしそれは彼女達が意図したものではないだろうし、自然な状態でもなかった。さっきまで外を走っていた車の音も消えている。まるで、世界そのものが時間を止められたかのように。
「……まだ話の途中なんだけどな」
「どうしてわざわざこんな真似をする?」
爛の背後。出現したのは奇妙な姿をした怪物だった。形容するならば狼の体を持った象と言ったところか。とにかく狼のようにふさふさした毛皮を持ち、俊敏そうなしかし屈強そうな4つ足を有してその口、顔には象のように長い鼻のような触手が生えている。全体的な大きさも重さも象に近いだろう。
「俺はレディには優しくするタイプなんでね。それに、矢尻達真が邪魔なのは事実」
「ならな私が食してこよう」
「いやいや。今ここでわざわざ取引までしてるってのにお株を奪うのはないんじゃないかな? 象狼のダハーカさん」
「……同じ第10階級だからこそこうして組んで会話をしているのだ。本来なら我々ダハーカが人間と連れるなどありえない」
「けど同じ第10階級だからこそアンタは俺を倒す事は出来ない。そりゃ俺だってあんたを殺しきる事は出来ないだろうけどさ」
「……蜘蛛のから話を聞いた時は俄かには信じられなかった。この世界の真実もお前と組む話もな」
「結局旦那が唯夢ちゃんを攫う隙を作るための囮にされちゃったそうだけどね。まあ、旦那もあんたまで囮に使うつもりはないだろうからさ。せめて俺の邪魔をしないでよ。その間は問題ないと思うから」
「……いいだろう。だがあまり時間を使うようならば私が矢尻達真もそこの二人も捕食する。これは人間だけの問題ではないのだからな」
「はいはい」
適当な返事。すると次の瞬間には象狼のダハーカは姿を消していて、そして停止した世界は時間を取り戻した。
「?」
いつの間にか後ろを向いていた爛に小さく驚くリッツ。それに気付かずに爛は振り向き、
「じゃあいいよ。俺のためじゃなくていい。条件を変えよう。矢尻達真をここに連れて来ればいい。俺の願いはそれだけ。それ以上は君達の好きにすればいい。ここで殺してもいいし、敢えて見逃してもいい。どっちにしろ俺は君達を匿う事を約束するよ」
「……見逃した場合、何もしなかった場合はどうするの?」
「それを破壊させてもらう」
爛は指差す。その先には見るまでもなくリッツのためのマシンが置いてある。
「……」
「少々不名誉になるかもしれないけど君の葬式を俺の店で執り行わせてもらうよ。で、矢尻達真は別の奴に頼む。どうかな?」
「……シフル」
「You should do as you would like. But only the way of dying of that man let me look. Only it is a condition.
「何だって?」
「矢尻達真の死に様さえ見せてくれれば後は自由にしていいって。……だから私は今から矢尻達真のところに行って来る」
「頼んでおいてあれだけど、君がどうやって彼を殺すんだい?」
「私は頑張れば少しだけ空を飛べるから連れて落とす」
「……それだけじゃ心許ないな。どれ、ここは魔王らしく手下に力を与えようじゃないか」
「!」
直後、リッツは体に異変を感じた。何かが爆発してしまうような感覚。滲み出る自信。火咲と同じように触れただけで人間を粉々にしてしまえるんじゃないかと疑ってしまい、且つそれが世界の常識であるかのような錯覚。
「今、何を……」
「言ったろ? 力を与えるって。今の君の身体能力は常人の10倍。コンクリートを容易く打ち破り、車より速く走れて、戦闘機よりも速く高く空を飛べる。……この世界の君にあの男を殺すだけの力はなかったようだからね」
「?」
「Ritz,go」
「あ、うん。行ってくる。ここに連れてくればいい? それとも首だけとってくる?」
「You should do as you would like.」
「そう」
「今度は何だって?」
「さっきと同じ。だから半殺しにしてここに連れてくる。そこから先はあなた達に任せるから」
そう言ってリッツは部屋の外に出る。まだ朝と言える空の下。リッツはまるでミサイルのように地を離れてその空に吸い込まれていった。
「……あ~、まだ矢尻達真がどこにいるか教えてないんだけどなぁ。ま、いっか。どうせ学校だろうし」
言いながらどこからか取り出した麦茶を口に含む爛だった。

------------------------- 第46部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
42話「矛盾の安寧」

【本文】
GEAR42:矛盾の安寧

・剣峯中学。赤羽、小夜子、鈴音、噂の双子、達真、大悟、火咲が通う中学。火咲が来なくなってから3週間近くが経っている。そんな雨の中の水曜日。
「みんな、おはよう」
鈴音が久しぶりの登校を果たした。この事は既に大悟や小夜子、赤羽や双子には知らされていたが他の一般生徒は違う。曲がりなりにも優等生を演じる上、友好の幅が広い鈴音を多くの女子生徒達が囲い、迎えた。
「……天笠リバイス鈴音か」
笑みをこぼす大悟の隣で達真は呟く。一昨日に赤羽やヒエンから聞いた話だ。まさか入院中のクラスメイトが自分と同じ道場で空手をやっている指導員だったとは思わなかった。
「鈴音は空手やってるんだぜ?」
「ああ、知ってる。一昨日から同じ道場になった。まだ畳の上では会ったことはないがな」
「お前とどっちが強いんだ?」
「後輩が言うには同じくらいだそうだがやってみなけりゃ実際には分からない。この年齢で男女だからそうそう手合わせをする機会はないと思うがな」
「へえ、体育みたいにやっぱり男女で分かれるんだな、空手も」
「……で、お前の方はどうした」
「は?」
「朝からずっとにやけ顔。隣を歩く俺の身にもなってもらいたいものだな。あまりお前と天笠が一緒に会話している所を見た事がないがどうなんだ?」
「……まあ、幼馴染だしな。小学校の頃はよく一緒に馬鹿をやったものさ。流石に中学に入ってからはおとなしくなったみたいだが一時期にはメンバーズとやらの再来とかまで言われてたしな」
「メンバーズ?」
「ああ。俺達より2つ上の学年でそう言うハチャメチャなヤンチャ集団がいたらしい。小学生でありながら高速道路をキックボードに乗りながら紐で遊ぶ貨物列車ごっこで爆走したり、動物園で亜空ラグルとかって名付けたゴリラを脱走させてライオンと世紀の対決を行わせたり、摩訶不思議なアドベンチャーの歌を歌いながら堂々と女湯に突入したりとやりたい放題やっていたらしい」
「……何だそれは」
「全くそんな連中と俺達を一緒にして欲しくないぜ。……俺達はただ職員室の全てのパソコンのLANケーブルを断線させたり、保健室のベッドでセックスごっこして保健の先生や隣で寝ていた生徒をびっくりさせたり、体育の授業でみんな着替えに行ってる間に他全員の弁当を食べ尽くして兵糧したりくらいだな」
「よくその学校生き延びたな。と言うか規模はともかくやってる事はあまり大差ないレベルだろ、それ」
つくづく大悟と同じ小学校でなくてよかったと安堵の嘆息。
「と言うか、セックスごっこで思い出したがお前上下の姉妹とは一線超えていながら天笠とは何もしていないのか?」
「……別に恋人じゃねえし妹とはまだやってないし」
「……姉を否定しない時点で他の何を否定しても意味がないと思うが。と言うか付き合っていないのか?」
「ああ。向こうは空手で忙しいし、俺は姉妹の相手やらワニの世話やらで忙しいしであまり遊ぶ機会もないしな」
「……あそこ頭おかしいレベルで人手不足だからな」
とりあえず夏休みや冬休みはほぼ存在しないと見ていい。そんなスケジュールを昨日FAXで送られてきた時は流石の達真も壁に当たりそうになった。昨日の内にバイトを辞めてきたのは正解だったらしい。
「あの権現堂って奴に手伝ってもらうのは無理なのか?」
「あいつは柔道家だ。空手は素人だ。……まあ、それでもあの体格だから試合させれば大抵の奴には勝てるだろうがな」
今日授業で使う教科書をカバンから出して机の中に仕舞う。そうして鈴音に挨拶でもと思って達真が立ち上がった時だ。
「……」
「ん、」
教室の外から視線を感じた。振り向いてみるとそこには以前に見かけたあの少女が立っていた。前に昇降口で出会ったからここの生徒であるのは間違いないだろう。今も制服を着ているからここの風景に馴染んではいる。しかしこちらを見据える視線は自然ではないし、一般生徒のものではなかった。
……俺を呼んでいるのか……?
「ん、どうかしたか?」
「いや、何でもない。授業遅れるかもしれないが何かしら理由を用意しておいてくれ」
「後で焼きそばパンな」
「容易い御用だ」
大悟の肩を叩いてから達真は教室を出た。
「ありゃ、間に合わなかったか」
達真が教室を出てから鈴音が大悟の方にやってきた。
「何だ、矢尻に何か用だったのか?」
「まあね。紫音から聞いたけど同じ道場の所属になったらしいから挨拶でもしようと思ったんだけど。ま、後でいっか」
「……鈴音」
「何?」
「もし、もしもだ。もしも、お前が今の状況を望んでいないって言うなら俺は……」
「……大丈夫だよ大悟。でも、もしかしたらだけど今の生活もそろそろ終わるかも知れない」
「どういう事だ?」
「……詳しいことは後で話すね。とりあえず今は……ただいま」
「……ああ、おかえり。鈴音」
見つめ合い、笑顔をこぼす。その数秒後に教室から無数の黄色い声が上がったのは言うまでもない。


・雨が降るグラウンド。そこを突っ切った先にある体育倉庫。当然倉庫自体は閉まっているが元々が小屋かなにかだったのか倉庫には似つかわしくない程大きな屋根があり、その屋根に守られた空間に達真とリッツは立っていた。
「……」
「……」
言葉はない。それでも互いに相手を正面に見据えている。
拳を握る。自身やシフル、火咲を救うためにはこの男を叩き潰す必要がある。そして今の自分ならば可能だろう。恨みはないがこの手にかける必要がある……!
身構える。相手に日本語は通じない。ならば言葉は意味がない。今更になって復讐に来たのだろうか。ならば腕を磨いてきた可能性は高い。反論する所以はないがしかし手を抜く道理も況してや大人しく果たされる道理もないだろう。
先に動いたのはリッツだった。
「!」
5メートルの距離を水しぶきや土砂を噴き上げながら走った彼女はその勢いのまま右の貫手を敵の水月向けて放つ。
貫手は素人がやれる技でもないし、達人でも専用の訓練を積まねば指を怪我する危険な技だ。その訓練をリッツは受けていない。しかし、戦闘用ではないがそれでも通常の人間とは素材の違うリッツの手指の硬さならば恐らく壁にやっても突き指すらしないだろう。況してや人肉程度ならば……!
「っ!!」
「!?」
しかし衝撃が生まれるよりも前にリッツの貫手は止められた。達真の手刀の小突きが彼女の手首を打ち、軌道をずらしていたのだ。そしてそのままでは終わらずに達真はリッツの右の手首を掴む。
「……俺の言葉が通じるかどうかは分からない。だが、やめろ。お前がそんなことをしても陽翼は喜ばない!!」
「……?」
疑問。この男は何を言っているのだろうか。言葉が通じるかどうかと言っている事から自分をシフルと勘違いしているのだろうか? だとすれば面識がある? しかし溢れ生まれた疑問を全て殺し、リッツは手を振りほどき廻し蹴りを放った。火咲仕込みの技で、狙うのは相手の膝側面だ。防ぎにくい場所だし命中すれば著しく動きを鈍く出来る。
「ちっ!!」
しかし達真はこの距離、この速度で放たれたこの攻撃をバックステップで回避した。そして攻撃が終わると同時にフロントステップで先ほどと同じ位置に戻り、リッツの肩を両手で掴む。
「裁きを受けるべきだと言うのなら喜んで受けよう。だが!」
「Now or never!」
「!?」
直後だ。声が響いた。しかしそれを認識するより先に衝撃が腹を貫いた。
「がはっ!!」
肩に置いた手を離し、膝を折り、腹部を抑える。同時に抑えた手にはべっとりと血糊が付いた。
「……シフル……!」
リッツは叫んだ。崩れた達真の背後に拳銃を握ったシフルが立っていた。その銃口から発射された弾丸は達真の背を貫き腹を撃ち抜き、リッツの腹をも貫いていた。戦いに赴く際に痛覚は遮断してあるため痛みはなく、ただシフルを真っ直ぐ見やる。
「これはどういうこと? どうしてあなたがここにいるの!?」
「I should have said before. When it is oneself to kill the man. When there is this man whom I want to murder by hand by all means!」
確かにシフルはどう言う事情か達真をその手で殺したがっていた。妙にあっさりその役目を自分に回すから疑問と違和感はあったがまさかこんな形で実行するとは思わなかった。
「ぐっ、……ううううっ!!」
リッツの足元で達真が激痛に悶える。いくら武道で鍛えたその肉体も現代兵器の前には全くの無意味だった。
「ヤジリタツマ、ヨハネを殺シたお前だケは絶対に許さナい。ワタシがこノ手で殺しテやる」
辿たどしい、怪しい日本語を吐きながらシフルは一歩を近付き、銃口を達真の頭に向けて引き金に指を掛ける。
その時だった。
「もうやめて!!」
声が飛び、そして無数の見えない何かが飛来してはシフルが握っていた拳銃を一瞬でバラバラにした。
「!?」
その結果を作って数秒。シフル達の前に一人の少女が姿を見せた。
「Who!?」
「ルーナ・クルーダ! シフル・クローチェ!! あなたがしている事はせっかく生み出せた道を閉ざす行為よ!!」
「……What mean?」
「だって陽翼さんは……!!」
「おっと、そこまでにしてもらおうか」
「!?」
また新しい声が生まれた。それは雨に塗られた体育倉庫の屋根の上からだ。まるでずっとそこにいたかのように楽な姿勢で爛がそこに座っていた。しかもこの雨の中だと言うのに全く濡れていない。
「甲斐爛……!!」
「ルーナちゃんさぁ、せっかくこの矛盾で守られた世界とは関係ない世界で一生を過ごせそうだったのにどうして余計なことばかりするのさ。ザ・プラネットが人間の世界にここまで干渉していいものなのかい?」
「あなたはこれが正しい世界だと言うのか!?」
「じゃあ、この世界をなかったことにしてもいいのかい? 言っておくけれどこの世界から矛盾の安寧を外せば元の世界に戻るってわけじゃないんだよ? 君は時空そのものをワープしてきたみたいだから分からないと思うけれどね」
「……どういう事……!?」
「詳しく告げて興味を抱かれても困るから敢えてはぐらかすけど……元老院はもう存在しない」
「え……!?」
「アルデバラン星人が翼を出しながら理性を保てるのは天界と本星だけ。転生を夢見て地上に降りた彼女達はしかし、その多くがアルデバランの血に勝てないまま翼を黒く染め、そして天を殺す爪と真紅の眼を得た。……止めようとした祟(あたら)も叶わずに唯一堕ちなかった彼女の血筋を逃がすだけで精一杯だった。……教えてあげるよ、地球の種を司る少女。君が担うべきこの星の大地は、矛盾の安寧に守られたこの偽りのベールを剥いでしまえばもはや残っているのは地獄だけだとね」
「……地獄……!?」
「とりあえず退いてもらうよ。俺の話の真偽を質したいならば時間をかけて調べてみることだね。まあ、祟ももういないし天界への道は絶たれているからこの星の記憶を辿るといいよ」
「……待ちなさい。あなたの言う事が真実だとして一体どこからこの話を……!? あなたはパラドクスでも天使でもない、ただの人間のはず……!!」
「そのパラドクスから聞いたのさ。世界の真実と歴史をね」
「……」
押し黙るルーナ。そこでふと気付き慌てて達真の方を見下ろす。先程までうめき声をあげていた彼はもはや身動き1つしていない。今の長話……時間稼ぎの意味もあったようだ。
「……分かったわ。でも、もし私や、あの人の信じる道とあなたの信じる者が違う場合は……」
「いいよ。11階級の君が10階級の俺に勝てるんだったらね。強いといってもデンジャラスライダー程度じゃ暇つぶしにしかならないよ?」
「……くっ!」
ルーナは達真を脇に担ぎ、諸共に姿を消した。
「……」
「It is not already long life for that wound. Please play for time.」
「何だって?」
「……矢尻達真はもう長くない。あなたのおかげでこのまま死ぬ可能性が高いって」
「だろうね。でも調子に乗って少し喋りすぎたかもしれないな。こっちの世界に来てるってのは知ってたけど少し自由にさせすぎたかな」
「あの人は?」
「ルーナちゃんだよ。まだ俺の敵ではないと思うけど絶対に敵に回るだろうしなぁ」
しかしそれでも余裕の表情を崩さずに背を伸ばす爛。
会話などほとんど聞かずに既に遠くまで足を運んでいるシフル。
「……」
リッツは何も言わずこの曇天を見上げた。

------------------------- 第47部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
43話「Color of destroyers」

【本文】
GEAR43:Color of destroyers

・雨の日。その正午を過ぎたばかりの水曜日。
「ふう、終わったか」
ヒエンが背伸びをする。今週一週間この円谷高校では2学期末テストが行われている。今日は美術技術保健体育の3科目だ。どれもまるで意味が分からなかったためとりあえず適当に空白を埋めた後はGEARの応用をひたすら試していた。一応問題用紙にどう答えたかをメモしておき、それをトゥオゥンダとジキルに見せたら鼻で笑わられた。
「で、これからどうするんだ?」
教室を出る3人。テスト週間は午前で授業が終わり、12時半には生徒達は自由の身になる。多くはテスト勉強を兼ねてどこか近くのファミレスに足を運ぶのだろうがこの3人にそんな真面目な心は存在しない。得意科目と絶望科目の2つしかないヒエンは今更何をしても点数の上昇には繋がらないし、ヒエン程極端ではない成績のトゥオゥンダも予習復習はバッチリだから今更特別なことは必要ない。ジキルに関してはもはや成績を諦めているため最初から勉強する気持ちは皆無だ。
「とりあえずお前は後ろから迫り来る変態どもの相手をしておけよ」
トゥオゥンダがちらっと後ろを見る。
「何だと!? 貴様スタンダードプードルよりも大きいナリをしていてポメラニアンだと言うのか!?」
「あ~だる~」
「今日は酔狂だからたまにはこいつらでも観察してるか」
アルパカと殴り合いをしながら歩く犬、そのアルパカの上に乗り込みしかし、宙に浮いたまま移動する鳥、そして某エレキ伯爵のように全身電飾だらけの服で忍者ごっこをしている蟹がいた。
「……確かにあの連中を束ねる頭(かしら)だが、面倒まで見るつもりはない」
「けど最近一人いないよな。針生(はりゅう)だっけ?」
「十毛(とげ)か。まあ、前にサンドバッグにしてやったからな。へこたれているわけではないだろうから支配の練習でもしてるんじゃないのか? それよりもどっか近くのラーメン屋にでも行くぞ。いい加減お前達には奢ってもらう約束を果たしてもらいたいしな」
「ちっ、食事が出来るようになった途端に乞食になりやがって」
「ラーメンが美味いのが悪い。かと言ってまずいところに連れて行くなよ?」
靴に履き替えて傘を開いてから昇降口を出る。今週はテスト週間であり、早く帰れる。しかしそれだけでなく中々いい出来事もある。あの戦いからデンジャラスライダーズの3人が姿を見せていないのだ。あの屈強な変人どもでもキツい程怪我が深いのか、それとも再強化のためにくじら怪人のいる生命の湖でも探しているのか。
唯夢が見つからないままなのが玉に瑕だがしかしそれ以外は最高だ。このまま何もおきらず、しかし女の子との素晴らしい桃色イベントがどんどん巻起これば幸せなことこの上ない。そんな時だった。
「……ん、」
校門を出た辺りでちょうど見慣れた顔が2つ通りかかった。
「赤羽……?」
「……え、」
目の前の歩道を歩くふたりの少女。どちらも赤羽美咲と酷似した顔を持っていた。
「……いえ、人違いです」
傘を持ち、制服を着た方が答える。やや遅れて私服の方がこちらを向いた。やはりその顔はどう見ても赤羽美咲のものに近かった。
「……まさか君達は三船の……!?」
「……As for saying that I know the information, you are like the human being of some organization.」
「え?」
何かを言われた。小さな声だったが日本語ではなかった。英語……?
「Go,Ritz」
「待ってシフル。あなたも情報が欲しいはず。この人からなら何か聞き出せるかも知れない」
「……You should do as you would like?」
そう言ってシフルは傘から抜けて雨の中を歩く。が、
「数の黒!!」
「はっ!!」
ヒエンが声を出せば即座にシフルの行く手を突然現れた無数の黒服が塞いだ。その光景にその場にいたヒエン以外の全員が驚く。
「お、おい、ヒエン」
「お前達には関係ない。どうやらラーメン屋に行く約束は次の機会になりそうだ」
ヒエンの言葉が終わると同時、今度は黒塗りの車がやってきて、そこからまた数人の黒服が降りてきてはリッツとシフルに歩み寄る。
「さて、話を聞かせてもらうために少しデートをさせてもらおうか?」
「……」
「……Ritz,I revolt against me, and on earth what do you think about?」
会話はない。ただ二人の少女はヒエンと同時に車に乗り込み、黒服達と共に瞬く間にその姿を消してしまった。
「……何だったんだ……?」
「さあな。とりあえず後ろの連中の相手は俺達がしないといけないみたいだぜ」
トゥオゥンダとジキルは後ろを見ないまま嘆息した。


・大倉機関。会議室。そこにリッツとシフルは連れてこられた。一応黒服達も中で護衛をしようとしていたがヒエンが却下したため、今この二人と室内に居るのはヒエンだけだ。
「それで、君達は三船の所属で、赤羽美咲のクローン達で合ってるかな?」
「……I am different from her clone in some circumstances if I say exactly.」
「ん?」
「彼女、シフル・クローチェは特別製みたいですが私は赤羽美咲のクローンです。名前は黒羽律」
「それで、君達はこの前壊滅した三船の研究所から逃げて逃亡生活を送っていたのか?」
「はい、そうです。でも私達はあまり三船の情報を知りません」
「だろうな。剛人もそう言っていたし」
「剛人? ……2号機の赤羽剛人ですか?」
「2号機……。三船ではそういう呼び方をされていたのか。ともかく多分その赤羽剛人で合っている。所属はしていないが一応協力関係にある。だから三船の情報を聞いても意味がないって事は知っている。第一三船の研究所はもう抑えられているからな。別に今更君達に三船について聞きたい情報なんてないさ。別に悪さなんてしていないし、その制服を見るにただ学生生活していただけだろう? なら別に何かしようって話じゃない。ただの事情聴取だ」
「……そうですか」
「で、情報がどうとか言っていたが何かあったのか?」
「……最上火咲さんを知っていますか?」
「ああ、知ってる」
「あの人が攫われてしまったんです。私達は彼女を探しています。正確に言えば場所そのものは分かっていますし行く事は可能なのですが、」
「……彼女まで拉致されたか。唯夢ちゃんと同類なのか……?」
「え?」
「いや、何でもない。で、彼女を助けてほしいって言うのか? まあ、あの子も大倉機関の監視対象だから不可能じゃないだろうな。それにこっちでも一人行方不明がいるんだ。もしかしたら何かの情報が掴めるかも知れない。だが、すぐに行くというわけにも行かないんだ。こちらも今日は大事な会議がある。その会議の時に君の話をさせてもらうし、場合によっては参加もしてもらいたい。その上でもし可能であるならば火咲ちゃんの搜索も行おう」
「……ありがとうございます」
「……」
「そっちの子は日本語は分からないのか?」
「何となく意味は伝わっているらしいのですが話すのは下手そうです」
「リッツ、余計ナ事まデ言わナくていい」
「お、喋った。確かに聞き取りにくいな。で、硝煙の匂いがするし少しスカートに返り血があるんだが君はどこで何をしてきたんだ?」
「……」
「律ちゃん」
「はい。申し訳ありませんが取引がありました。最上さんのところで一緒に保護してくれる代わりとして殺して欲しい相手が居る、と。それをシフルが……」
「……」
「……保護って言ったな。その相手は誰なんだ? まさか三船……或いは伏見とやらなのか?」
「そのどちらでもないと思います。ですが強力なGEARを使います。最上さんもまるで相手になりませんでした。1号機と2号機がPAMTを用いても勝てるかどうか……」
「……まさかこの前デンジャラスライダーズと戦った奴か……? で、君達はその取引を成立させたのにどうしてここに来た? どうしてこの話をしたんだ?」
「……それは、」
「……シフルちゃんはともかく君はその取引相手が信用出来ないってところか?」
「……かもしれません」
「……Your thought circuit seems to have deficiency.」
小さくシフルは呟いた。
「……何だって?」
「私に対してどうかしていると言っています。私でも実際にどうしてこんなことをしているか分かりません。シフルはもうここに捕まってしまった以上は諦めているようですが私は……」
「……数の黒、」
「はい」
ヒエンが呼べば、ドアが開いて数人の黒服がやってきた。
「可能な限りスタッフを集めろ。遅くとも午後4時には作戦行動に移る」
「しかし……」
「命令だ。……律ちゃん、シフルちゃん。大倉機関は火咲ちゃんの救出作戦に向かう。ただし作戦成功後は君達3人を大倉機関の管理下ないし所属になってもらう」
「……シフルや最上さんは分かりませんが私はそれで構いません」
「……」
シフルは嘆息で何も言わない。
「で、火咲ちゃんがいる場所は? 相手がいる場所はどこなんだ?」
「はい。上溝市にある甲斐機関です」
「……甲斐……機関……だと……!?」
突然に頭に走る衝撃。鉄槌で引っぱたかれたのかと錯覚するような重い衝撃が走った。ふらつき、椅子から転げ落ちてしまう。
「どうしました?」
「……いや、何でもない」
立ち上がるが自分でも顔面蒼白なのが分かる。
甲斐機関。知らないはずの単語だが、しかしどうしようもなく脳裏を揺さぶり焼き尽くす言葉だ。そして一瞬だが赤羽と久遠、そして名前も顔も出てこないある少女の姿が見えたような気がした。
「ジアフェイさん、大丈夫ですか!?」
見かねた黒服がヒエンを立たせる。
「……ああ、問題ない。それより、甲斐機関とやらを調べておけ。1時間以内に可能な限りな」
「分かりました」
再び退室する黒服達。それを背で受けながらヒエンは椅子に座り直す。
「で、相手はどんなGEARを使う?」
「分かりません。ただ空を飛びまわったり街を破壊したり、それを全部なかったことにしたり」
「……なんじゃそりゃ滅茶苦茶だな。けど確かあの時も壊れた学校が直ってたっけな。まるでゲームみたいだ」
それを聞いたヒエンは僅かに躊躇した。自分に対してもある程度のダメージを与えられるあの変態トリオと互角以上に戦ってしかもまだ生き延びている上、変態トリオよりかも早く活動再開している敵。しかも甲斐機関とやらは組織を名乗るからには結構な数の部下がいると見て間違いないだろう。流石にその部下達まで圧倒的な力を有しているわけではないだろうが場合によってはダハーカよりかも相手が悪いかも知れない。もしかしたら零のGEARを破ってくる可能性も……。
「あの、」
「ん?」
「もしも無理そうでしたら構いません。シフルも言っているように私がどうかしているだけかもしれません。私達は彼の保護対象になっているのですから何もしなくても身の保証はされていると思うんです。最上さんと一緒の生活も保証されているはずです。あの人は恐ろしい程強いですが、決して悪辣な人格と言う訳ではないみたいですから」
「……その敵の頭の名前は?」
「……確か、甲斐爛と言っていました」
「……」
僅かに身構えていたが、しかしその名を聞いても手応えはなかった。どうやらその名前は自分が知らない名前らしい。
「数の黒、」
「はい。甲斐爛で調査致します」
床下から顔を見せた黒服が返事だけして再び姿を消す。
「……ここは忍者屋敷かなにかでしょうか?」
「君達のところにも数のGEARを持ったスタッフはいたはずだがな」
「……なるほど」
しかし、どうやら最上火咲救出作戦は一筋縄では行かなくなりそうだ。下手をすれば三船との決戦の時かそれ以上の激しい戦いになる。しかもあの時とは違って全く遭遇したことのない強敵のいる組織だ。
……少し反則臭いが黄緑に応援要請でもするかな。基本フランスパンしか食えないあそこの家の事だから報酬にどっかのバイキングで食べ放題でもしてやれば協力してくれるだろうか。流石に相手もダハーカの時間制御までは無力化出来ないだろうし……。
そう思い、ヒエンは携帯を取り出して黄緑宛にメールを送った。

------------------------- 第48部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
44話「出撃準備」

【本文】
GEAR44:出撃準備

・甲斐機関。爛が社長室に帰ってきては自分の席ではなく客用のソファに体重を預ける。
「ふう、」
手に提げたビニール袋からセピア色塩おむすび、カエルさんりんご520グラム、鈴城紫音おすすめ商品バターに貫かれたフランスパンを出す。
「あのままじゃ多分リッツちゃんは裏切っちゃうかな。何だかんだで火咲ちゃんの諦めの悪さ引き継いでるわけだしなぁ」
「失礼します」
「あいよ、」
声に返事。するとドアを開き社員(スタッフ)が入室した。
「火咲ちゃんと唯夢ちゃんはどうしてる?」
「はい。言われた通りに別々の部屋にしました。お互いまだ存在を知らないはずです。唯夢様からお申し付けが」
「何? また新しい小説シリーズ? あの小説クソ長い上あんまり流通してないからまとめ買いするのに手間かかるしそれなりに金も使うんだよなぁ」
「……それは社長がわざわざオークションに参加して本来なら3万円程度で購入できるものに対していきなり1億を投入されるからかと」
「だって面倒なの嫌いだしなぁ。まあいいや、俺に構わず買っておいてあげて。あと、今日は満月の夜だから決して外には出さないように。それで火咲ちゃんの方は?」
「手足を失い、生命維持装置を取り付けただけの達磨の状態でいます。私どもにも口を聞いてくれません」
「だろうね。……そうだ、あれって完成してる?」
「姫火と呼ばれるあのPAMTでしょうか?」
「そう。三船は別世界との交流技術がなかったからあんな無骨な機械の塊にしちゃったけどこの俺が本来のPAMTの形にした姫火。その姫火はどうなってる?」
「はい。大体56%と言ったところでしょうか」
「う~ん、流石にまだこの世界の技術じゃ時間が掛かるか。今回の作戦には出せないみたいだ。……ところで、リッツちゃん達を監視しているグループからは……」
言いかけた時だ。
「報告いたします!」
別のスタッフが部屋に来た。
「噂をすれば監視班。どうかした?」
「はい。あの二人が大倉機関に接触しました! また、大倉機関は今日中に戦力を集めてこちらに向かってくるそうです!」
「……早いな。脅迫とか要求とかの挨拶くらいはしてくると思ってた。直接会ったことはないが、記憶がなくてもあの男は変わらないか。……旦那っていつ帰ってくるんだっけ?」
「は、48時間後の予定です」
「……それまでここ持てばいいけど。せめて唯夢ちゃんだけは地下53階の特別室に移動してもらうか。戦闘用スタッフは彼女の護衛のために全員地下に」
「……? 大倉機関はどうするのですか?」
「俺が出る」
「い、行けません!! 社長が自らなど……!!」
「俺が負けるとでも?」
「い、いえ、そんな事は……しかし、万一のことが……!!」
「俺以外がやったら時間稼ぎすら万に一つの可能性もなく達成できないさ。……まさかこんな形であの男と戦う事になるとはな」
爛は笑う。いつもの無邪気で朗らかな色は欠片もなく、真剣そのものの表情で。


・午後2時。ヒエンに呼び出された赤羽、潮音、鞠音、鈴音、紫音、龍雲寺が集う。その他戦闘用スタッフが300人と、別の部屋から会議の様子を聞く黄緑と、別次元から様子を見る鴨と雲母。
「……今回の作戦に参加出来るのはこのメンバーか。前回よりはマシだな。加藤さんは?」
「まだ退院は出来ないものと思われます」
「そうか。……みんな、話は聞いての通りだ。この二人、シフル・クローチェちゃんと黒羽律ちゃんの情報通りに今から火咲ちゃんを救出しに甲斐機関とやらに攻め行く」
「……」
「……」
「……」
ヒエンの隣に佇むシフルとリッツ。この二人と赤羽が静かに視線を交わす。
「赤羽、説明はお前に任せる。必要だと思えば構わない」
「……私から特別話す事はありま……」
「アカバネミサキ、」
声は続いた。否、途中からは辿たどしい日本語だった。シフルが繋いだ。
「0号機……」
「The reason that I follow you if you say according to right number should recognize the thing that there is not again. And it is not yet necessary to reveal my and your relations. Because this information only causes unnecessary confusion.」
「……!」
反応したのは赤羽だけではなく、鈴音も僅かな反応を示した。それをヒエンと紫音は見逃さなかった。が、まだ言及はしなかった。
「とにかく相手は常軌をはるかに逸したとんでもなく強いGEARの持ち主だってのは分かってる。鞠音ちゃんと鈴音ちゃんと龍雲寺が無理に来なくてもいい。紫音ちゃんもな。やり返すことが出来たならそれなりに痛手は浴びせられるかもしれないが、下手をすれば一撃で終わりだ」
「なら私達はどうすればいいの?」
「突入後の火咲ちゃんの救出。鈴音ちゃんなら確か動植物と会話が出来るんだろう? 敵基地内の虫にでも話を聞いて彼女の場所を探してくれ。龍雲寺は囮」
「ええっっ!?」
「早龍寺からの伝言でな、お前に対して少しは役割を果たさせて欲しいとのことだ。補佐スタッフ100人も道連れ……ごほん。伴わせるから安心しろ」
「今道連れって!! 道連れって言った!! あなた最低ですね!!」
「恨むんならあいつを恨め。あいつに頼まれなかったらお前には高校生ながらの飲酒運転でトチ狂ったまま敵の本社のオフィスに突撃(あいさつ)してもらう予定だったからな」
「……帰りたい」
「40分後までには駐車場までに集合してもらいたい。それまで各自、準備をしておくこと。以上!」
会議が終わり、多くのメンバーは駐車場にそのまま向かう。しかし、
「さて、聞かせてもらおうか」
そのまま会議室に残ったメンバーもいた。ヒエン、紫音、鈴音だ。
「君達はあの地下機密室で一体何をしていたんだ?」
「……最上火咲さんの右腕を調べていました」
「右腕?」
「はい。2週間前に私が大倉機関の人間であり彼女の監視担当だということが知られて襲われたんです。でも、彼女の破砕のGEARは発動しなかった。それどころか逆に最上さんの右腕が砕けたんです」
「……」
「試しにその右腕を回収して地下のDNA検査機で調べたところ、最上火咲さんのDNAは赤羽美咲さんのものと一致しました」
「……何!? だが、ふたりは同一人物ではないはずだ。二人一緒にいるのを見ているぞ?」
「ええ。そして、その上で2年前に私の身に起きたある出来事が起きまして、そこから察するに最上火咲さんは”前”の赤羽美咲さんの可能性があるんです」
「……”前”……!?」
「はい。2年前に私はとある水難事故で……死んでいるんです。でもそれを認められなかったある人のGEARによってこの世界は私が死ななかった仮定の世界に上書きされた可能性が高い。多くの人間はその記憶を知らずにそれまでと同じ生活をしています。ですが、極稀に分たれてしまった人もいるみたいなんです。私とどう関係があるのかはわかりませんが、最上火咲さんは元々赤羽美咲さんだった。元々同じ人間だったのに何故かこの世界になってから二人になってしまった」
「……そして、律ちゃんやシフルちゃん達みたいに火咲ちゃんじゃなく赤羽をモデルにしたクローンが生まれた、か」
「いいえ」
「ん?」
「私、GEARのおかげで色々な動植物と会話が出来るんですがそのおかげで海外から来た渡り鳥とかと話をするに色々な国の言葉を話せるようになったんです。それでさっきのシフルさんの言った早口の英語も理解できたんですが、赤羽さんはシフルさんを0号機と呼びました。でも三船の機関では赤羽さんは1号機なんです」
「……シフルちゃんの方が番号が古い……? まさか……!!」
「はい。シフルさんは、シフルさんだけは赤羽さんではなく最上さんのクローンなんです。そして赤羽さんはともかくシフルさんはその事実を知っていた」
「……つまりシフルちゃんもこの世界が上書きされたものだと知っている……? いや、シフルちゃんだけじゃない。ナンバリングを施した三船研究所も、少なくとも所長であるラールシャッハも世界の真実を知っている……。いや、場合によっては大倉会長も、そして、今度の相手も……」
逆に言えば赤羽兄妹はこの事実を知らない可能性がある。もし、知っていればあの定例会議の時に話しているはずだ。それにその時にも剛人は言っていた。最上火咲の事は知らない、と。
「……確かにとても気軽に話せるような内容じゃないな。けど鈴音ちゃん。少なくとも自分が死んでしまい、そこから蘇ったと言う事実は以前から知っていたんじゃないのか?」
「……はい。でも、ただ私を蘇らせるだけの……正確に言えばあの水難事故をなかったことにするだけのGEARだと思ってました。まさか世界の上書きまで起こっているとは思いませんでした……」
「……詳しく話を聞きたいところだが今はもう時間がない。今日の作戦終了後、いや、明日の放課後に加藤さんの所に行ってより詳しく話を聞きたい。……ところでそのGEARの持ち主はもしかして小夜子ちゃんの兄か?」
「……え? 大悟を知っているんですか?」
「一度だけ会ったことがある。君と仲がいいとも噂の双子から聞いたことがある。……場合によってはあいつを呼び出す必要もありそうだ」
「……はい」
「紫音ちゃんはどこまで知ってるんだ?」
「鈴音が一度死んで、それで蘇ったって事は昔聞いたわ。でも、それ以上の話はこの前初めて聞いたものよ。大悟くんとも何回か会ったことはあるわよ。もちろんGEARの事は話した事はないけど」
「そいつはGEARの事を知らないのか?」
「……私の地元では純粋な願いならば一度だけ叶うって言う迷信があるんです。大悟はそのおかげだと思っています。私も最初はGEARの事を知らずにその願いだと思ってましたから……」
「……」
黄緑に加えて長倉大悟。今目の前にいる少女にそれぞれ関係する本来無関係な人物を、しかも男を巻き込むことになるとは思わなかった。
「とりあえず、一度その話はやめよう。作戦に集中する。二人には後方支援を頼む」
「はい」
「分かったわ」
そうして10分遅れで3人も会議室を後にした。
「……知ってしまったみたいですわね」
3人が通った後の廊下。鞠音が静かに顔を出した。
「これからはきっと世界そのものとの戦いになる。そうなれば先輩の願いも達成に近付くでしょう。それまでに何が待っているのかは私にも分かりませんけどね。でも、あなたなら分かっているのでしょう? ルーナさん」
「……」
鞠音の隣。そこにルーナが静かに立っていた。


・アパートメントストア。
「今日は家賃支払日だってのに達真の奴どこ行ったんだ?」
帰宅後、月仁が達真の部屋に行くが留守のままだった。
「まだ学校から帰ってきてないんじゃないの?」
「いや、その学校からさっき俺の携帯に電話が掛かってきたんだが学校にも来ていないらしいんだ」
「じゃあとりあえず逆タンしてみる? あたしの家のダディが新しくつくりあげたこのはいぱーめかならば!!!」
「聞き取りにくいからテンション上げんじゃねえ!! あと、さりげなく犯罪をするな」
「ふっふっふっふ、これがあれば矢尻くんが最後に誰と話したかが分かるんだ。えっと、矢尻くんの携帯番号を入力して……あった。あれ?」
「どうした? 失敗したかおめでとう」
「ちげぇよ。それが、矢尻くんが爛兄ぃと会話してる」
「あ? 何だって!?」
「他にも何人か知らない番号の人がいるんだけどその中に爛兄ぃの番号があるんだ」
「……おい、誰か会社から人を呼べ」
「へ?」
「まほろを留守番させるからその間のお守りをやらせろって言ったんだ。……兄貴の処に行くぞ。あの野郎が絶対何かしでかしたんだろうからな……!!」
月仁はGPSを使って兄の所在を確認すると、同時にやってきた桃丸の車に乗り込んだ。

------------------------- 第49部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
45話「前門の魔王、後門の牙」

【本文】
GEAR45:前門の魔王、後門の牙


・大倉機関駐車場から囮車輌(トイレきゅうけい)含めた車輌がいくつか出発を果たした。その中の一つ、一般車両に見せたキャンピングカー。そこにヒエン達戦闘部隊は乗っていた。
「ふう、出来るもんだな。車全体に零のGEARを使って外からの一切の攻撃を防ぐ手段。これがあれば龍雲寺の特攻抜きで派手な挨拶が交わせそうだ」
「……最初からあんなヤバい案を練らないで欲しいんですけどね」
1時間ほどで到着する道のり。車内でヒエン、赤羽、鞠音、潮音、龍雲寺、鈴音、紫音がハトクラして暇を潰している。
鴨と雲母も異次元を通って甲斐機関へ向かう予定だし、黄緑にもバスでこちらに向かうように伝えてある。本当なら黄緑には一緒に来て欲しかったのだがダハーカの事は紫音には知られたくないとの事なため後で運賃を支払う形でこうなった。
「赤羽、久遠はどうした?」
「流石に小学生は抜け出せませんよ。それにあの年齢ですからこのような作戦には参加しません」
「……後で目一杯怒られるぞ?」
「その時は夜寝る前に甘えさせるだけです」
「……えっと、赤羽? ホントに久遠とそういう事してるのか?」
「はい」
「……どこまで?」
「女の子同士で出来る事は全部」
「……!?」
何か紫音がものすごく面白い反応をしてメモを取っているが目が血走ってて怖いので無関係にしておこう。鞠音がものすごく面白そうにオホホ笑いをしているのも理由になるだろうし。
「というか赤羽、もしかして久遠とヤってる時には笑顔でいたりするのか?」
「さあ、どうでしょうか。久遠に聞いてみてください。……そう言えばそれが元々のあなたの目的でしたね。まさかそのために夜一緒に寝ようとか言ってくる気ですか?」
「……それも惜しいがしかし無理矢理にする必要はないさ。初めて会った時の君は余りにも警戒と無感情が強すぎたからな。だからそう言う明るい話が何もないのかと思った。けど、何であれ。笑顔でいられる時間があると言うのなら僕から言うことはもうないさ。後は記憶さえ戻ってくれればいいんだがな」
「……きっとその内戻りますわよ。あなたの心がやっと前に出始めたのですから」
オホホ笑いをやめて鞠音は告げる。
「そうかい。何だかよく分からないが前向きに考えてみるさ」
「ただ、先輩? 1つ、いえ2つ言いたいことが」
「あん? 何だ?」
「……先程のお話、まだ赤羽さんには言わない方がいいですわよ」
「……」
ヒエンは黙って鈴音と紫音を見る。しかし、二人は首を横に振る。
「どこから聞いたのか分からないが盗み聞きは良くないな」
「いえいえ。盗み聞きなんてしていませんわ。たまたま知り得た情報ですから。そしてもう1つ」
「ん?」
「5コインなのを6コインと偽ってさっきから大都市を、しかも1枚に見せて2枚獲得するのはやめてもらえせんか?」
その言葉の直後、紫音がヒエンに襲いかかった。


・公道を走る事55分。そろそろ目的地である甲斐機関が見えてきた。
「……何故でしょうか。私、あそこに見覚えが有るような気がします」
「……まあ、行ってみれば分かるだろう」
既視感と違和感を持ち合わせているのはヒエンも同じだ。そしてカードをしまい、臨戦態勢を整えているのもヒエンだけではない。
アポを取ったわけではないため車は一度社前に停めてヒエン達を下ろしてからその辺をウロウロする予定だ。しかし、予想以上に早く停止した。最初は誤差だと思ったが転倒寸前の状態で停止した赤羽の姿を見てすぐに事態が分かった。
「ダハーカ……!? 黄緑か……!?」
とりあえず赤羽のスカートをめくり、白い飾りっ気のない下着の中に手を入れて直接2,3秒撫で回して膜の有無を確認してから外に出る。
そこでいつの間にか零のGEARが自分の体内に戻ってきている事に気付く。
そして、正面。
「この時間制御中に動けるとは貴様、何者か?」
マンモスのような怪物がそこにいた。
「ダハーカか!?」
「如何にも」
「ちっ、」
ダハーカが敵の中にいたのは完全に想定外だった。そしてその想定外が恐ろしい速度でこちらに向かってきた。突進だ。
「ぐっ!!」
回避は……無理。だから防御に集中した。まるでトラックに撥ねられたようにヒエンの体が空高く舞い上がる。痛みやダメージは全くないから零のGEARは問題ないようだ。
「いてて、」
演技をしながら完璧な着地をして背後となったダハーカに向き直る。
「ぬ、生物ならば例えダハーカが相手でも体型を大きく変える威力だが、」
「どうやらダハーカの間にネットワークはないようだな。それともあの蜘蛛の奴がコミュ障だっただけか?」
ザインの風を握り、立ち上がり、分析。
この前の蜘蛛のダハーカは大きさが人間と変わりなく、どちらかといえばパワー系よりかは数で攻めるタイプだった。だからザインの風による連続攻撃である程度のダメージを与えることは出来たが今目の前にいる敵はトラックくらいの大きさを持つし、攻撃方法も突進だ。どっからどう見てもパワータイプ。恐らくザインの風の攻撃は通用しないだろう。無防備な仲間を庇いながらでは時間稼ぎも厳しいか。
(黄緑……早く来てくれ……!!)
祈りを入れてから走り出した。
「お前が甲斐爛って奴か……!?」
「違う。ダハーカに名前など必要ない。それに、奴ならばあの建物の中で待っている。だが、それは愚かで甘い話だ。この世界の危機を前にしたならば手段など選ばずにここで貴様ら障害を打ち砕く!!」
「世界の危機……!?」
敵の突進を回避。勢いを止められなかったのかダハーカは乗用車の群れに突っ込んでいき、全てを粉砕する。
それを確認してから思考する。
世界の危機とは先程、鈴音から聞いた話に関係するのだろうか? だとするならダハーカや甲斐爛と言う奴はこの世界が上書きされたものだということを知っている可能性が高い。いや、待て。確か以前にヘカテーと初めて会った時にもうひとりいた少女が意味深な事を言っていたような気がする。投げ出された世界がどうとか……。だとしたらヘカテーも他のダハーカもこの世界の真実を知っていたのだろうか?
「教えてくれダハーカ。世界の危機とは何だ!?」
「読んで文字のとおりだ! この矛盾の安寧を打ち砕けばこの世界は再び破滅への一途を辿る事になる! 我々ダハーカの数多くがその地獄には耐えられずに駆逐されていった!」
「ダハーカが破滅……!? 2年前の話だろう!? どうしてそんな……」
「2年前? 違うな。正確に言えば2年前まではそれまでと同じ時間が流れていたがそこから先が地獄に変わったのだ。この矛盾の安寧を実験台と見た調停者によって!!」
突進。今度は受け止めてみる。しかし、2秒も耐え切れずに弾き飛ばされてしまう。
「甲斐爛と言う男はその事実を知り、この世界を守っているのだ。その邪魔をすれば世界は再び地獄になる! ダハーカですら多くが死滅した世界に未来などない……!!」
「だが、過去に打ち捨てられた夢ならば残っている」
「!」
新たに生まれた声があった。
「黄緑!」
「ヒエン! 下がっているんだ!」
誰かから盗んできたのか、サイズの合わない自転車に乗って黄緑はやってきた。
「来たか、四足の!!」
「象狼の……!!」
チャリを乗り捨てて黄緑は構える。既に背中から4本の牙が伸びていた。
「……黄緑、」
ヒエンが着地して両者を見る。人間と同じ大きさだった蜘蛛のならともかくトラック程の大きさもある今回の相手とは明らかに不利。そもそも黄緑の牙で捕食出来る大きさではないだろう。
「黄緑、あのキャンピングカーには紫音ちゃんも乗っている」
「分かった……!」
二人が身構え、象狼のダハーカはそれを見下ろす。
「四足の、貴様まさかこの安寧を砕くつもりではないだろうな?」
「……」
「そこの男の仲間に貴様の関係者がいるのならば今は見逃しても構わない。だから直ぐに去るがいい」
「……出来ないな」
「ぬ、」
「夢を忘れたまま偽りの世界で生きるなど僕には出来ないと言ったんだ!!」
黄緑は走った。
「VICZER!!」
唱える。すると、背中から生えた4本の牙はひとまとまりしてひと束の巨大な腕となった。しかしそれでも象狼(てき)の姿に比べるとやや物足りない大きさだった。だが、
「はあああああああああああああああああああ!!!」
その巨大な腕の束を強引に振り回し、横薙ぎにして象狼を殴りつけた。
「ぬううううううううう!!!」
「ぐうううっ!!」
バランスを崩した象狼は横に倒れ、黄緑もまた激痛に身を委ねて血を叫ぶ。
そこでヒエンは思い出す。ダハーカにとって牙は武器であると同時に命そのものでもあると。それを使って強引に攻撃すればそのダハーカにとって命を縮める事にほかならない。
だからこそ……!
「続く!!」
ザインの風を刃に変えてヒエンは走った。倒れて、まだ立ち上がれていない敵にのしかかり、刃を突き刺す。サイズに差がありすぎるからか象狼は刺されたことにすら気付いていないし、そもそも刺しても皮一枚裂けたかどうかだ。だが、ヒエンは続ける。続けて、続けて、ようやく肉に突き刺さるのを確認してから零のGEARの効果範囲に含めた刃を巨大にしてその伸縮で傷口を拡大した。
「ちっ!!」
立ち上がり、その衝撃でヒエンをなぎ払うが、象狼は脇腹から出血している事実を確認した。
「まさか人間風情がダハーカに、この私に傷を……!?」
「黄緑!!」
「ああ!!」
そして黄緑が走り、ひと束の腕をその傷口にぶち込んだ。
「拡っがぁぁぁれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
そこから牙を元の4つに戻し、強引に敵の体を引き裂く。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
そして飛び散り、残骸となっていった部分を4つの牙で捕食していく。捕食と言うよりもはや吸引と言うレベルだったが。しかしそれも1分と待たずに終わる。
「……っくっ!」
行動をやめて黄緑は背後に下がった。まだ敵の体は半分以上残っている。
「どうした黄緑?」
「……こいつの体がでかすぎて、これ以上は食べられない。動かせないように手足から捕食したからしばらくこのままでもいいだろう」
「……とは言えこんな怪物を車道のど真ん中に放置なんてしていけないんじゃないのか?」
「大丈夫だよ、ヘカテー」
「はいはい。呼ばれると思ってたよ」
どこからかヘカテーがやってきた。
「どうする気だ?」
「ヘカテーにはダハーカの存在が表沙汰にならないように、そうなりそうになった時にそのダハーカを牙を封じた上で人気のない遠くの場所まで移動させる力があるんだ」
「ってなわけだから象狼さんを北極大陸まで運んできまーす」
「待て」
「ん? 何?」
「……ダハーカがこの世界の真実を知っていたというのは事実か?」
「そうだよ。あなたもやっとその情報を知ったんだね」
「……スケールが大きすぎてとても今度の定例会議の議題には出来そうにないな」
「まあダハーカはほとんどが今の状態に賛成しているけど、黄緑みたいに反対しているダハーカもいる。それでまたダハーカ同士で数を減らしているんだよね。多分もう10年は持たないんじゃないかなぁ」
「じゃあコイツが言った事は全部真実なのか?」
「うん、そうだよ。まあ詳しくはこの先会うだろう人に聞くといいと思うよ。多分そっちの方が詳しいから」
そう言ってヘカテーは象狼と共に姿を消した。
「黄緑、まだ戦えるか?」
「すまない、しばらく動けない。というか動きたくない。この事故に巻き込まれたふりして救急車に運ばれるからそのつもりで……」
「……分かった」
そうして黄緑がバラバラになった事故現場の近くまで歩いて倒れると、制御された時間が元に戻り、世界は時間とパニックを思い出した。
「……さて、行くか」
ヒエンは合流より前に正面にあるどこか見慣れた建物、甲斐機関へと向かっていった。

------------------------- 第50部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
46話「立ちはだかる魔王」

【本文】
GEAR46:立ちはだかる魔王

・甲斐機関。そこは最近設立されたばかりの医療機関である。現代日本には存在しない高度な医療技術を有する組織であり、まだ民間の顧客は少ないが政府関連の要人からは例え海外からであろうとも既に篤い信頼を得て度々自家用ジェットで足を運ぶ医療機関である。
しかし、その医療機関も本日は午後から急遽休みを取っていた。表向きの理由は水道と発電室の不備。それを理由に顧客どころか一般社員すら帰らせている。事情を知るスタッフですら今は地下の特別監視室に篭城していて、現在本社ビルに姿を見せているのはたった二人だけだ。
「……来たか」
その一人にして甲斐機関本社社長の甲斐爛が社長室から窓の風景を見下ろす。黒塗の車が数台、会社の前に止まっている。それ自体は決して珍しい光景ではない。だが、今日ばかりは定例とは違うだろう。
「……さて、と。象狼のが相手方にいるダハーカと無事引き分けてくれたようだし時間制御をされる心配はないか。まあ、されても別にいいんだけどな。魔王の俺にあんな反則は通じないし」
爛は指をパチンと鳴らす。同時にエレベータが勝手に起動して1階まで移動する。そして誰かが乗った場合最上階にあるこの社長室まで自動で移動する仕組みになっている。
「……さて、やってやろうじゃん。黒主零」
爛は席を立ち、机の上に立てられていた写真立てを倒した。
茶色のトレンチコートを脱いでシャツ姿になったところでエレベータがやってきて中から一人の男と数人の少女が姿を見せた。
「やあ、ようこそ甲斐機関へ。社長の甲斐爛だ」
「なるほど。お前が誘拐犯か」
「誘拐とは人聞きが悪いな」
「火咲ちゃんだけじゃない。唯夢ちゃんだってここにいるんだろ?」
「さあ、どうして?」
「ここへ来る前にダハーカと戦った。明らかにお前と関わりがありそうだった。そして唯夢ちゃんは前にダハーカと戦っている間に、時間が止まっている間にさらわれたんだ」
「別のダハーカかもしれないぜ?」
「その可能性は無きにしも非ずだが、唯夢ちゃんをさらった事にお前が関わってることに変わりはない。むしろ今の会話で確信した」
「へえ?」
「いきなり無関係な女の子の名前を出されたら普通は誰かと問うだろうからな」
「記憶は失っても馬鹿になったわけじゃないみたいだな」
「……お前は何者だ? 世界の真実とやらを知っているそうだがどこまで知っている? どこで聞いて、一体どうしたいんだ?」
「まず間違って欲しくないのが俺は普通の人間。魔王のGEARを有するだけのな。この話はダハーカから聞いたんだ」
「どうして信じた? 普通あんな話、聞いて速攻で信じる奴なんてまずいない。いたとしてもわざわざこんな会社を立ち上げて女の子拉致り続けたりうちの学校の変人どもを3人まとめて倒そうとしたりなんて行動には出ないはずだ」
「それは、俺のGEARが進化したからさ」
「何?」
「2年前まではこの魔王のGEARも大したものじゃなかった。ダハーカの空間制御でも多分止められる。だが、2年前に突然に意味分からないくらい強くなってな。その力の大きさにダハーカの方からやってきた。そして、世界の真実を話してくれたんだよ」
「……」
ヒエンは沈黙。背後の赤羽と潮音は動揺しつつもやはり沈黙。
「はっきり言うが、俺は今のこの矛盾の安寧を破るつもりはない。その中心である長倉大悟を一生保護してずっとこの世界を矛盾で守るつもりだ。そこに私利私欲はないし、自分に酔ってしまいたくなるほどにはクソ真面目な考えだぜ。そのためにダハーカの協力者だっているわけだしな。……この話が真実だってのは鈴音=リバイス=天笠って子から聴いてるんだろ? ある意味当事者の言葉だ。火咲ちゃんの腕の事も十分物証になってるはずだ」
「……なるほど。さっきのダハーカはともかくお前はあの蜘蛛のダハーカと繋がっていたわけか」
「正確に言えばそれだけじゃないがな。で、だ。俺は今回無理にお前達と戦うつもりはない。むしろ逆に仲間に引き入れたいんだ。もしくは協力して欲しい」
「……」
「君達のところには長倉大悟の関係者が多くいるそうだ。彼女達ごと長倉大悟を正式にこの甲斐機関所属にして永遠に保護したい。そうすればこの安寧は永遠に続く。魔王のGEARを有する俺は1000年間の寿命があるからその1000年間は無事が保証されている。俺の強さは知っているはずだろうしな」
「……」
「代わりに俺が知っている情報は何でも教えてやる。望むならお前の失った記憶も詳しく説明してやっていい。尤も俺自身もお前とは無関係に近い。苗字が一緒なのもただの偶然だ。お前の話はダハーカとは違う別の知り合いから聞いただけだからどこまで正しいかは分からないが何かの助けになるだろう。……お前達は火咲ちゃんと唯夢ちゃんを助けに来たと言ったな? 俺の邪魔をしないのなら喜んでお返しする。慰謝料が必要なら10億までなら出す。だが、唯夢ちゃんだけは俺が知り合いに頼んで元の世界に返すからお前達には返せない。今、そのための準備をその知り合いがしているからそれが終わるまでの間、別れの挨拶がしたいって言うならそれで構わない。……悪い話じゃないだろ?」
「……確かにな。こちらの目的の殆ど全てを既に用意済みでいい意味で交渉の余地がない」
「けど、俺が気に入らないって話か? 少しの間だけ同居人だった唯夢ちゃんを突然攫った事か? さっきダハーカを差し向けたことか? どっちも俺の差金じゃないんだけど気に障ったなら謝るぜ?」
言葉が終わると同時にヒエンは走った。
「そうやって何もかも都合よく準備を用意されている事が何よりムカつくって言ってんだ!!!」
倒れる勢いで前方に加速。脇を締めて構えた右拳にはザインの風を握る。そして5メートルの距離を1秒かからず詰め込み、半身を切った勢いとスピードを加えた右の一撃を繰り出す。人間は元より人型ならばダハーカ相手にも通用した一撃だ。だが、
「青龍一撃だったか?」
「!?」
その一撃は確かに爛の心臓に叩き込まれた。本来ならば心臓はつぶれ、体は後方の壁まで吹っ飛んでグチャグチャになっていてもおかしくない。だが、爛は全くの無傷で笑っていた。半歩すら退いてもいない。
「ビデオで実物を見たことがあるが、記憶は失っても体に染み込んだ技は失っていないようだな。尤も強化前の俺だったら厳しかったかも知れないが今の俺には全く通じない」
「……っ!!」
拳を引き、距離を取る。
「今ので分かっただろう? お前の攻撃は俺には通用しない。そして多分俺の攻撃もお前には通用しない。だから戦う意味はない。だが、不本意ながら俺が攻撃する意味はある」
「……」
ヒエンは顔色も視線も変えないまま背後の気配を確認する。背後には赤羽と潮音がいる。
「部下に二人の居場所を探させているようだがそれに意味はないな。火咲ちゃんは右手にあるドアの先にいる。だが、俺が指紋認証しないと開かない仕組みになっている。そして唯夢ちゃんは俺以外の全戦力を待ち構えさせた地下室にいる。そしてその二人以外にもお前の後ろには人質がいる。で、お前の望みは全部叶う。それ以上何を望むって言うんだ?」
「お前をしこたま殴り倒す!」
ザインの風を亜空間に戻し、握った両手で何度も何度も爛のボディを叩きつける。
「それで気が済むなら別にいいけど、流石に男に何度も殴られていい気はしないな。火咲ちゃんだったらもっと強くても許せていたんだけど」
爛は嘆息し、指一本を出してデコピンの要領でヒエンの額を打つ。次の瞬間パチンコ玉のようにヒエンは後方に吹っ飛び、エレベーターを破壊して壁を突き破り、20階の高さから外に落ちていった。
「ヒエンさん!!」
「君達、一度撤退しなよ。そして今度は加藤って人の指示で来るんだ。今度の日曜日の定例会議とやらに俺を混ぜてもらう。その時に火咲ちゃんを返すし、俺の口から全部事情を話すよ。残念ながら唯夢ちゃんは明後日には元の世界に帰るから間に合わないと思うけど。……今、会っていくかい? 君達は無害そうだから構わないけど」
爛はまるで何事もなかったかのように振る舞い、二人を手招く。彼が一歩するだけでその手で破壊したエレベータや建物は瞬時に修復してまさしく何事もなかったかのようになった。
そして、やや遅れてやってきた赤羽と潮音の二人と共にエレベーターに乗る。その時だ。
「ん?」
少し強めの揺れが空間に響いた。
「地震ですか?」
「耐震設計にされているから震度6とか7でもなけりゃ振動は伝わってこないはずなんだがな」
しかし、振動どころかエレベーターが停止した。そして次の瞬間。
「zzzzzzzzzzzzzzaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!」
「!?」
目の前の全ての壁を粉砕して、空間すべてを揺るがすような凄まじい叫び声を上げて、黒い狼のような怪物が姿を見せた。
「な、何だ……!?」
驚く爛を、その黒い怪物は猫パンチの要領で殴りつけ、ぶっ飛ばす。
「ぐっ……!!」
いくつもの外装や部屋をぶち抜き、爛もまた高層から外に投げ出され、落下より前に浮遊して空の上に着地する。
そして改めて正面の怪物を見やった。
その大きさは象狼のダハーカの戦闘形態とも比べ物にならないほど巨大だった。あれがトラック程度なら目の前のコイツは特撮怪獣と言っていいレベルだ。足から頭までの高さで20階建てである甲斐機関本社ビルよりも大きい。腕の長さだけでも50メートル以上はあるんじゃないだろうか?
その周囲を飾るのはビルの残骸や周囲からの悲鳴。
「……時間が止まってないならダハーカでもない……だったらあの怪物は何だ……!? まさか時空の壁を破って奴らが……!? いや、旦那に聞いた話じゃ奴らはそこまでの大きさじゃないはずだ。じゃああいつは……」
言葉は終わった。次なる攻撃である尻尾が振るわれた。手足と比較すれば細く見えるがそれでも電柱や大木よりも太い物体が亜音速で空気を切り裂いて空中で停止したままの爛を横薙ぎにぶっ飛ばす。
「……がっ……」
反応すら出来ずに爛はマッハ3で吹っ飛び、600メートル離れた地面に激突するとあまりの衝撃に水切りのように何度もバウンドしてさらに飛距離を稼いでいく。そこから最終的に停止したのは戦場から2キロを離れたスクランブル交差点の中央だった。
「……ぐっ、」
立ち上がろうとして、全身に激痛が走り倒れてしまう。デンジャラスライダーズと戦った時以上のダメージが全身を襲っていた。
「……軽く見積もっても第8階級。いや、もしかしたら7は行くだろうな……!」
数秒の休息から爛は立ち上がる。節々から激痛と流血が躍り出ている。命に別状はなさそうだがこれ以上の戦闘は厳しそうだった。況してや突然現れたあの怪物は明らかに格上。この状態で格上と戦うのは自殺をするようなものだった。

・たどり着いたそこは見知らぬ部屋だった。まるで金庫が収められてあるような、映画くらいにしか出てこないような場所。そこに手足のない少女が置かれていた。
「……」
「……何だ、あんたか」
それは最上火咲であり、彼女の視線の先には矢尻達真がいた。
「今の私をどうしたい?」
「どうにもする価値は無いだろう」
「……聞いていい? どうしてあんたは私を追いかけるの?」
「……初めてお前を見た時にコイツは俺とは何もかもが違うと思った。でも、いつかどこかで見た憧れた景色だとも思った。それが何なのかを捜していた。だが、お前の中身はもっとどす黒いものだった」
「でもあんたは失望していない。これから何をしようにも私に救いを与えてくれる。不愉快な存在だわ」
「もっと不愉快を与えてやる。それでも惹かれ合うと言うのならきっとその先に答えがあるんだろうな」
「……なにそれ」
言葉を終えて達真は火咲を担ぎ上げるとその部屋を出た。
「エレベーターは壊れているか。だったら少しきついが階段で降りるしかなさそうだ」
「……あんた、怪我してる。血の匂いがするわ。それも大量の。撃たれでもした?」
「ああ。過去からの悪夢にな。それで終わってもいいと思っていた。だが、終わらなかった。だから俺はまだ続ける。あの悪夢に対してどう対処するべきなのか、お前の中に一体何を感じたのか。……その答えを探し続ける」
「……変なの」
そこから先は互いに何も言わず、沈黙の非常階段を下りていった。

・地上。
「……ぐっ、」
20階から叩き落とされたヒエンがいた。痛みはないはずだがよほどダメージが強かったのか、それとも敵の挑発に精神を揺さぶられてGEARが緩んだからかその両方か。とにかく大文字に倒れたまま体を動かせなかった。
「……くそっ!」
全身を焦燥が走る。どうしたらいいのか分からない。言葉を奪われ、考える頭を止められた状態で見えない壁に襲われているような感覚。そして、いつまでも目に焼き付いて離れない敵の……どこまでも自分を貶めている視線を伴った姿。
「……許さない……どこまでも……どこまでも……絶対に……!!」
「……やはりあなたはそうなんだな」
声が聞こえたような気がした。それもどこかで聞いたことのあるような、懐かしい声。
「……本来あなたが担うべきだった力、少しだけあなたに返す。それで、私に答えを見せてくれ。廉……」
「……!!」
それからはやはり無理解のままで、しかし尋常ではない力が首から下に海を作り渦を生んだ。

------------------------- 第51部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
47話「嘘つき勇者とひとりぼっちの魔王」

【本文】
GEAR47:嘘つき勇者とひとりぼっちの魔王

・夕闇に落ちた雑踏がある。その雑踏の中を掻き分けるようにして爛は逃げていた。
あそこまで格好つけておいて何だが、しかし相手があまりにも悪い。爛は第10階級。1から始まり13で終わる世界階級。数字にしてみれば13だけのものだがしかしそれが1つでもあれば圧倒的な力の差を証明する。13にも満たない非戦力の一般人と、かつて如何なる武器をも通用せず物理法則を無視して支配する13階級の十毛との間に絶対的な差がある。一般人なら完全に無力化出来る十毛でも3つも階級が上の爛相手では逆に何も出来ずに虐殺されるであろう。それと同じくらいの差が爛とあの怪物の間にはある。つまり、絶対に勝てない。
「一体どこからあんな怪物がやってきたんだよ……!!」
余裕はない。魔王も所詮生物。それ以上の存在に対しては全く太刀打ち出来ない。
「情けないが、何とかして本社に戻るか……! 旦那さえいればあの程度……!」
時速120キロの速度で走る爛。その中であの怪物を切り抜けながらどうやって通信室にたどり着くかを思考している。だが、すぐに違和感はあった。
「……奴はどこだ……!?」
もうそろそろ姿が見えてもいい程の巨体だったはずだがしかし前方にそれらしき影はない。試しに上を向いてみるが何かが浮いている様子はない。
「……まさか本当に姿を消した……? 何かの召喚型のGEAR……召喚型……? まさかプラネットか……? けど確かルーナちゃんはまだその力を使いこなせていないはずだ。他のプラネットがこの星で力を使えるはずもないだろうし、……だぁぁぁっ!! っかんねぇぇぇ!!」
叫び、加速。半分ほどの力も出せない今の状態でも時速200キロくらいまでなら出せるだろう。無理をすればそこからさらに倍は行くだろうが、完了後は消耗がひどくてヒエン達ならともかくルーナが相手では厳しいだろう。
「はあ……はあ……はあ……!!」
10分か20分か。やっと本社ビルの下までやってきた。
「いたぞ! 甲斐爛だ!!」
「邪魔!!」
待ち構えていた100人の黒服。それを拳のひとふりから発せられた衝撃波で蹴散らし、その爆風に乗せて跳躍。ズタズタになった20階社長室まで飛来して中に入る。既に赤羽達の姿はない。そして、火咲を幽閉していた鉄扉は完全に朽ち錆びていてもはや暖簾のようだった。
「やってくれたな、ルーナちゃん……! 美咲ちゃんと接触したのか……!?」
一応中を見るが既に火咲の姿はない。彼女を繋いでいた鎖も完全に腐食していた。
「エレベーターは使えないはずだ。まだあれから10分か20分。下に大倉のスタッフがいたって事はまだ状況終了には至っていない。非常階段か……? ここからでも5分もありゃ降りれる。それなのにまだ完了していないってことはさっきの戦闘でどこか破損して立ち往生しているってところか?」
廊下に出て非常階段へと出る。耳を澄ますと、5.6階くらいの位置に複数の足音がある。しかし降りているわけではない。どうやらそこで階段は壊れて中断しているようだ。力の気配はどれも13未満。ヒエンはいないようだ。
「黒主零を先に無力化するか……? それとも旦那に緊急連絡が先か……」
とりあえず爛は下に下りていく。10階まで降りるとそこから渡り廊下を渡って爛の私室に入る。そのテーブルの上に緊急連絡用パラレルフォンが存在する。が、
「……!? ないだと!? 馬鹿な、一体どこに……!?」
テーブルの上だけでなく引き出しの中やカバン、本棚、ベッドの下。どこを探してもパラレルフォンはなかった。その代わりにドアの下に一通の手紙が落ちていることに気付いた。
「これは……!!」
「爛、君の役割は立ちはだかる事だ。そしてその役割は十分に果たしているみたいだから君に貸したパラレルフォンは返してもらった。生き残った魔王が世界の存亡をかけた神々の戦いに、人間側として立ちはだかったら面白くないかな? 追伸。ライランド・円cryンは暫く預けておく。……祟」
短いだけの文章。しかしそこに記されていたのは酷く深く重たいものだった。
「祟め……!! 生きていただけでなくここまでやってくれるか……普通よぉ!!」
手紙を握りつぶし、手のひらの温度で燃やし尽くす。その残骸は地に落ちる前に灰になって消えた。
「……それにライランドなんちゃらって誰の事だよ! ええい、まあいい! 要は俺一人で何とかしろって話だな!? だったら好きなようにやらせてもらうぜ!!」
テーブルに戻り、引き出しの中から小刀のようなものを取り出してベルトに挿す。そして全速力で非常階段へともどる。


・非常階段。
「あんたとはよく階段で会うな」
「何の因果でしょうか」
5階と6階の間の段差で達真&火咲と赤羽&潮音が合流を果たした。
「乃木坂潮音です」
「矢尻達真だ。道場より先に会ったな」
「……最上さん」
「……1号機か。どうする? 証明のために私を殺す? 今なら簡単よ?」
「……何を言っているのか分かりませんが私にその気はありません。今はレスキュー隊の到着を待ちましょう」
「いや、その必要はないな」
「!」
声。それは手すりの向こう……空中からだ。見ればそこに傷だらけの爛がいて宙に浮いていた。
「甲斐爛さん……」
「出たわね、魔王……!」
「そんなに構えなくたっていいさ。元から俺に戦う意志はない。ただ少し事情が変わっただけさ」
「事情?」
「そう。まあ俺としての要求はさっきと同じ。この甲斐機関と君達大倉機関の同盟。協力関係を持ちたいってところさ」
「……機関?」
「……詳しい話は後でお話します」
「とにかくだ。君達のおかげで我社はこんな感じになっちゃったわけだし暫く法人としての協力は出来ないが俺個人やその部下達で大倉機関に協力することは出来る。一緒に世界の危機に立ち向かおうじゃないか」
爛が言ったその直後だった。
「だが、それは全部嘘だ」
「!?」
声が聞こえた。同時に4人の背後にあった階段は修復し、逆に宙に浮いていた爛は突然重力に従って落下を始めた。
「月仁……!!」
途中で制御を取り戻し、爛が見上げる。蘇った階段を駆け上がってくるのは月仁と桃丸。顔なじみ二人だった。
「月仁、どうして邪魔をする!?」
「兄貴が人のアパートの住人を勝手に拉致するからだろぉがぁ!! おい、達真。大丈夫か!?」
「甲斐さん……!」
「だぁぁぁぁっ!!! ここまで運命に見放されるのか俺は今日はよォォ!!」
「バカ兄貴、事情は全く分からないがあんたは一度痛い目を見たほうがいいぜ? 昔から何でもかんでも出来る優等生なあんたにはいっぺぇいっぺぇ恨みがあるんでなぁ!!」
「ああもうどうにでもなれ!! 兄弟喧嘩!? 商売敵との民間人巻き込んだ戦争!? 世界の危機!? 何でも来やがれ!!」
吠える爛。その口から出た音量が衝撃波となって一気に非常階段を粉々に破壊する。
「だが、嘘だ!!」
月仁が命じた途端にバラバラになったはずの非常階段は元の形になる。
「これは……嘘のGEAR……!?」
「嘘に出来るのは事象1つだけだ! 同時に複数は出来ない! だから攻撃はお前達に任せる!! えっと、まずはあんた!!」
月仁が火咲を見て、嘘だと呟けばその損傷が何事もなかったかのように回復して手足が生えてきた。
「……」
「どうした!? どこか戻しそこねた部分があったか!?」
「……いや、ただこの数週間で何度手足が失ったり再生したりしてるのかと思ってね。けど、これであのムカつく男にやり返せる!」
飛翔を始める火咲。それを見て驚愕の赤羽。
「最上さん、あなたは……」
「来なさい。あんただって飛べるはずよ赤羽美咲!」
「……」
躊躇を作り、迷いを生み、そして赤羽は空へと飛翔を果たす。
「……一体これは何だ……!?」
「GEARです。世界が与えた役割、それを実行するための力。僕達が所属する大倉機関は本来GEAR保有者を管理するための組織なんです」
「俺にもあんな力があるってのか?」
「GEARはこの世の全てに与えられている力です。まだ目覚めていないだけであなたにもあるはずです。……行きましょう。ここに僕達がいても邪魔になるだけです」
「……分かった」
達真と潮音が階段を下りていく。
「桃丸!」
「あいよ!!」
桃丸は懐から機関銃を取り出し、爛向けて発砲。
「ちっ、昔は拳銃だけだったのに。桃丸ちゃんめ、火力のGEARを使いこなしているか……!」
爛は正面から迫り来る弾丸の雨を受け止める。と、左右から赤羽と火咲が迫った。赤羽の助走をつけた飛び蹴りと、火咲の膝蹴り。そのどちらもがそのまま爛の脇腹に打ち込まれる。しかし、桃丸の火力も含めて爛にダメージを与えられた技は1つとしてなかった。
「はははっ!! どうした火咲ちゃん!! 相変わらずこっちの方は弱いままじゃないか!! まだ夜の方が楽しめたぜ!!」
「あんたにはいくらされたって不愉快しか感じないわよ!!」
掌底、廻し蹴り、膝蹴り。あらゆる攻撃が破砕込で爛に叩き込まれるがやはり全く効果がない。それどころか爛は自分に迫り来る3人に対して全く警戒をしていなかった。戦いの中でまるで何かを探しているように周囲の空を見渡している。
「……近くにはいないな。だったら!!」
爛は力を解放する。まるで漫画のように全身からオーラを吹き出すと、その衝撃だけで左右にいた二人が吹き飛ばされる。
「くっ!」
「うううっ!!」
「そんなに君達がされて嬉しい事をするのが許されないって言うならされて嫌な事ばかりさせてもらうよ!!」
爛は手を空にかざす。と、そこに直径6メートル程の火炎弾が出現した。そしてそれをサイドスローで投げる。
「ちっ!!」
月仁が嘘を飛ばし、赤羽に命中する寸前で火炎弾は消える。それと同時。
「まずはお前から!!」
爛が月仁の眼前に現れ、腹に拳を打ち込む。
「ぐうううううっ!!!」
「嘘に出来る範囲は増えたようだがまだまだ複数同時に対象取れない時点で俺の足元にも及ばんよ!!」
月仁の足が地を離れ、未だこちらの接近に気づかずに銃口を空に向けていた桃丸に激突して諸共に階段を転がり落ちていく。
「!」
それに気付き、こちらを向く空の二人。その二人に爛が手を伸ばすと、触れてもいないのにまるでその手に掴まれているように二人は身動きがとれなくなり、圧迫を覚える。
「女の子相手にこういう暴力は振るいたくないんだけどな!!」
そしてそのまま手首のスナップで握り拳を下におろすと、空の二人はダンクシュートされたボールのように地面に落とされていった。
「くうううううう…………!!」
制御がきかず、落とされていく赤羽。このまま行けば墜落だ。だが、その衝撃は想像以上に軽かった。
「え?」
「よう、大丈夫か?」
声。見れば自分は墜落寸前にヒエンに受け止められていた。少し離れたところではギリギリで制御を取り戻した火咲が着地をする。
「あんたまでいたんだ」
「よう、火咲ちゃん。久しぶりだな」
「その長い間にあんた以上に気に食わない奴を見つけたわ」
「知ってるよ、お空のあいつだろ?」
ヒエンは指差す代わりに空を睨む。その先に爛がいた。
「随分遅い登場だな。どうやら零のGEARも無敵ではないらしい」
「ああ。だが、お前を倒すには十分だ」
「俺を倒す? 不完全な無敵以外取り柄のないお前がか? 笑わせる……」
しかし言葉は終わった。何故ならその顔面にヒエンの拳がねじ込まれていたからだ。
「!?」
「言ったはずだ。お前をしこたま殴り倒すってな!!」
肘から手首、そして拳につながったエネルギーが作動して、爛の体を横薙ぎにぶっ飛ばし、隣のビルを貫通、瓦解する。
「……馬鹿な、10メートル以上はあったぞ……!?」
残骸の中で爛は吐血しながら立ち上がる。
「奴は零のGEARと元老院の作ったザインの風しか持ち合わせていないはずだ。だのにどこにあんな跳躍力とこんなパワーがある……!?」
「それはもう過去の話だ」
正面。そこに敵の姿があった。しかも立っているのではなく先程までの自分同様に宙に浮いていた。
「生憎、まだ記憶は戻っていない。だが、少しは力を取り戻したんだ。よくもまあたかだか10階級風情が遊んでくれたぜ。お礼に骨の髄まで叩き込んでやるよ、紫電の騎士……その力をなァァァっ!!」
叫び、ヒエンは全身から言葉通りの紫電を迸らせた。

------------------------- 第52部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
48話「始まる神話」

【本文】
GEAR48:始まる神話

・地下室。そこに唯夢はいた。地下幽閉室と言っても爛が格好付けでそう呼んでるだけで実際はただの客室だ。どうして地下に作られていたのか分からないが本当に何の変哲もない部屋である。
その部屋で先程届いたばかりのJS失明調教シリーズ全283巻をものすごい勢いで読破していく。本当に読んでいるのか気になったスタッフの一人が戯れる。
「唯夢様。2巻1201ページの状況を説明してください」
「はい? 確か13歳男の娘なシンゲキ=まつらい=完璧シグナルちゃんが目が見えないのに自分が女の子だと言い張るために生理が来て苦しいって言う演技をして、それを嘲笑うために主人公の21代目松平将軍のディンディンショナルさんが下腹部を撫で繰り回して悦に浸ってるシーンですよね?」
「……」
どうやら記憶力もばっちりのようだった。
「どうしてこのような本をお好きになられたのですか?」
「え? だってこれは記憶をなくした僕が最初に読んだ本だから……」
そう言いながらも秒速1ページの速度でガンガン読み続けていく。
「それに、何となくですけど僕小学生の妹がいたような気がするんです。もし記憶が戻って妹に再会出来た時の参考になったらいいなって思いまして」
「……」
とりあえず100人のスタッフは心の中で手を合わせた。
「もしそんなことをしたらリイラちゃんが悲しみますよ?」
声。聞き覚えのないその声にスタッフ達は拳銃を抜いた。が、次の瞬間にはそのスタッフが全員泡を吹いて倒れた。
「……リイラ……?」
唯夢が呟くと、その正面に白銀の衣装を纏った男が姿を見せた。
「あなたは?」
「覚えていない……か。だったらここは祟と名乗っておきましょうか」
「……もしかして僕達どこかで会ったことがありますか?」
「ええ。遠い未来の話ですがね」
「……教えてください。僕は一体……」
「ライランド・円cryン」
「へ?」
「それがあなたの本来の名前ですよ。そして先程口にしたリイラちゃん……リイラ・K・円cryンはあなたの妹です」
「……ライランド……リイラ……」
「ふむ。まだ思い出せないみたいですね。このカードもあなたに反応していないようだ」
祟を名乗った男は懐から3枚のカードを出す。唯夢にはどこか見覚えが有るような気がしなくもなかった。
「ふむ、あなたの方は微かに反応がある。だったらこれはどういうことなのか。まあ、試して見れば分かることか」
祟はその3枚を手渡し、もう片方の唯夢の手を引いて歩き出した。
「あ、あの、どこに……?」
「今日はいい満月です。私と一緒に月見でもしませんか?」
「月……」
そしてそのまま地下室を出ていく。長い階段を渡り、ビル1階のスタッフルームに到着した。どうやら先程の部屋はスタッフの休憩室でもあるようだ。それにしても悪趣味だが。
「ん、」
窓の外。ちょうど非常階段から潮音と達真が降りてきて鞠音や龍雲寺、紫音、鈴音と合流を果たしていた。
「潮音さん達……」
「あれがこの世界の君の仲間かな?」
「仲間と言う程お話はしていませんけれど」
「……保険(セーブ)・サブマリン」
「へ?」
祟は宣言する。と、カメラで撮影したようなパシャっと言う音が聞こえて実際に写真のようなものがその手に出現した。覗いて見ると潮音達がいる外の風景が写っていた。
「今のは……?」
「読んで字の通り保険さ。さあ、再会を楽しみ給え。ライランドくん」
「……?」
言われたとおり唯夢は自動ドアの方へと駆け出した。
「皆さん!!」
「唯夢さん……!?」
すぐ近くにいた潮音が反応して駆けてきた唯夢を出迎える。
「ご無事だったんですか?」
「はい!」
「何もされなかったの? ……実験とか」
紫音も歩み寄る。
「はい? はい。ずっと部屋で紫音さんの本を読んでいました」
「そ、そう……。あまり大声で言わないでね」
「はい! 今JS失明調教シリーズの28巻を読んでいます!」
「……紫音先輩、あなたは……」
「潮音、何も聞かないで。そして何も聞かなかったことにして。……唯夢、とにかく今はこっちに来て」
「?」
近づいた唯夢をちょっと強めにつねる。可愛い悲鳴を嘆息で受け止めながら潮音は何気なく甲斐機関のスタッフルームを見た。そこでたまたま見守っていたままの祟と目が合った。
「人……?」
「……あの目、まさか……!! まずい……!!」
祟が駆け出す。しかし、次の瞬間だ。
「月……満月……」
唯夢が呟いた。
「どうしたの唯夢? 大猿にでもなるつもり? 私そんなものを書いた覚えはないわよ。まあ、満月を見たらPTSDで発狂する6歳の女の子なら26人ほど書いたけど……って、唯夢!?」
「……唯夢さ……ん……!?」
紫音と潮音。二人の視線に挟まれた唯夢は突如、変貌を遂げた。


・甲斐機関本社ビルから2キロを離れたビル街。
「オラオラオラオラオラオラァァァァァァッ!!!」
ドスッ! ドスッ!! と言う轟音を響かせながらヒエンが次々とパンチを打ち込んでいく。
「ぐっ……!!」
爛はガードをして確実に威力を軽減させるのだがそれでも尋常じゃない威力が全身を貫通する。既に肋骨が数本砕けているだろう。
「このっ……!!」
伸ばす左手。その先に直径6メートルの火炎弾を出現させて発射せずに眼前のヒエンに叩きつける。
「!?」
夜空で大爆発が起き、地上の通行人は花火と錯覚する。しかし、
「効くかそんなものがよぉぉぉぉ!!!」
平然と爆発を抜けてヒエンは突進。その勢いのままのパンチを爛の胸にねじり込む。
「ぐうううううううっばぁっ!!!」
直撃していない左右の鎖骨が砕け、直撃した両方の肺が圧殺され、血を叫びながら爛は亜音速で夜空を貫き、吹き飛ばされる。
3つビルを貫通して3番目の駐車場に墜落。10台以上の車を巻き込み、大爆発させながらコンクリートを削り割き、ようやく止まった時には爛は血だらけだった。
「……はあ、はあ、もう、限界……だな……」
「そう、ここまでだな」
一息付いたと同時にヒエンが飛来した。肋骨が砕け、内臓が潰れた胸を踏みつけるように。
「ぐうううっ!!!」
「人を舐め腐ってくれたお礼だ。殺しゃしねえよ。その代わりさっきてめぇが言った条件はちゃんと守れよ」
「……心配しなくてももうキミのお仲間が全部解決に導いているよ。火咲ちゃんも唯夢ちゃんもとっくに救助されて、後は俺達が戻れば終わる話だ」
「……ふん、やっぱり気に食わねぇ奴だな。ところでお前結構情報知ってるんだよな?」
「そのつもりだけど?」
「……この力は何だ?」
「は? 俺の力なら魔王のGEARだぜ?」
「違う。お前のじゃない」
「……お前、自分の力が何なのかも分からずに使って俺をここまでボコボコにしてたのかよ。……言っておくけど俺も知識はあるけど経験はほとんどない。人知を超えた存在はダハーカしか知らないし情報のほとんどはそのダハーカから聞かされたんだ。お前の事は零のGEARを持っていて元老院で作られたザインの風を持ってて、大倉機関の指揮官代理って事しか知らねえよ」
「……そうか。じゃあ結局記憶を戻すのはまだまだ先か」
爛から下りて嘆息。
「癪だがもどるぞ」
「……俺、今すぐ救急車で運ばれて一ヶ月は入院しないといけないくらいの大怪我なんだけどな」
「うっせ。こっちゃ男に優しくする必要性はないと断じているんだ。魔王だったらHP回復とか使えるんじゃないのか?」
「1ターン経てばな」
「1ターンって3分か?」
「一日。俺のHPを100億だとすれば毎晩眠れば一日ごとに10億回復する感じかな。死なない限りは10日眠れば完全回復する。そして魔王は1000年間は絶対に死なない」
「今はどれくらいなんだ?」
「200くらいだな。この状態でもまだ一般人相手ならどうにでも出来る。……そんな気力はないがな」
爛が力を振り絞って立ち上がる。もしこれが一般人だったらとっくに衰弱死しているレベルだろう。実際爛でも顔面蒼白で明らかに血液と体力が足りていない様子だった。
それに対して微塵の欠片程度に罪悪感を感じた時だ。
「ん、何だあれは」
見るのは甲斐機関の方角。ちょうど満月が見える。その月光で幾度もぶつかり合う影があった。そして幾度目かの激突を経て片方が墜落した。
「赤羽と火咲ちゃんが喧嘩でもしてるのか?」
「……いや、待て。あれは……!!」
「お、おい、どうした?」
「早く止めないとまずい!! 唯夢ちゃんが……!!」
「唯夢ちゃんがどうかしたのか!?」
「あの子に封じられていた天死の力が満月に引き寄せられて復活している!!」
「天死!?」
「ダハーカ並みかそれ以上にヤバい怪物の事だ!! 唯夢ちゃんは天死の力を半分宿しているって話だ!!」
「先言えこのアホがァァァっ!!」
「今の唯夢ちゃんは理性なくただ目に映るあらゆる生物をその手で殺すことしか考えられない人型猛禽類に過ぎない! 俺はGEARの制約で命を奪えないからお前が何とかしろ!」
「こっちだって殺す気はねえよ!!」
もはや走ることすら出来ない爛を見捨ててヒエンは飛翔した。ミサイルのように夜空を貫いていき、空を飛ぶ一点に接近する。
「……唯夢ちゃん……!!」
「……」
満月を背に、2枚の白い翼を生やし、真紅の緋瞳(ひとみ)でこちらを見やる少女。それは正しく唯夢だった。その醜く膨れ上がり、爪の一本一本が日本刀のように鋭く長く伸びた異形の両腕を僅かに構えて彼女はヒエンに向かう。
「ちっ!」
ミサイルのような速度で迫る唯夢。人間の反射速度の限界を遥かに超えた一撃。しかし、ヒエンはそれを受け止めた。
「!」
「今なら分かる……!! これは地球の力じゃない。だから初めて潮音ちゃんを見た時にその存在が許せなかったんだ。けど……どうしろって言うんだこれをよぉぉおっ!!」
暴れる唯夢を抱きつくような形で押さえ込み、無理矢理地上に下りていく。そうして地上に近づけば近づくほど地上の惨状が明らかになっていく。
「……くっ、」
黒服スタッフは全滅。赤羽、紫音、達真、火咲は血だらけで倒れている。
「せ、先輩……!!」
車の陰。そこに鞠音と鈴音が隠れていた。
「潮音ちゃんは!?」
「こ、ここです……」
声は後ろから。振り向けばそこに潮音はいた。しかしその姿はやはり普通ではなかった。傷だらけというのもそうだが唯夢同様に背中からは翼が生え、その両腕は異形のものと化していた。
「潮音ちゃん……大丈夫か?」
「はい……どうやら僕はもう意識を失わずにこの力を使えるそうです。でも、その代わりに体への負担が強くて……」
「戦いどころじゃなかったってわけか。……とりあえず帰投だな。鞠音ちゃん鈴音ちゃん手配を頼む」
指示を出してからヒエンはコブラツイストで唯夢を気絶させた。

------------------------- 第53部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
49話「動き出す世界」

【本文】
GEAR49:動き出す世界

・大倉機関専属病院特殊会議室。本来はとっくに閉院時間なのだが急を要するためにいつぞやの定例会議と同じようにスタッフ陣が呼び出されて集結した。
「ぐうううう……!! グアァァァァァァッ!!!」
「はいはい、落ち着いてくれよ唯夢ちゃん」
未だ翼を出して暴れたままの唯夢を羽交い締めにしながらヒエンが部屋の中央に出る。
それを囲むように赤羽兄妹、馬場4兄妹、噂の双子、鈴音、紫音、火咲、達真、シフル、リッツ、爛、月仁、桃丸、加藤、岩村、小夜子、八千代。
「天死……そして、上書きされた世界か……」
加藤が報告書を読み上げて重くつぶやいた。その間に達真、火咲、リッツ、シフル、月仁、桃丸に機関やGEARについての説明がされた。
「……」
加藤は赤羽を見る。赤羽当人はもちろん剛人も表情を変えていた。
「先程君達が説明したのは事実か?」
「ええ、そうですよ。理解していないようだからもう一度最初から説明しましょう」
包帯グルグル巻きの爛が一息をつく。
「まずこの世界は2年前に一度リセットが掛けられている。長倉大悟のGEARによって本来水難事故で死亡したはずの鈴音=天笠=リバイスを生き返らせた場合のifの世界に上書きされている。多くの事象はそのままだが矢尻達真や紫音ちゃんは失われた存在に心当たりがあるはずだ」
「……」
「……」
「結論から言えば月見(つきみ)来音(らいね)も矢尻(やじり)陽翼(よはね)も本来の世界では生きている」
「え……!?」
「何だと……!?」
「しかしこの上書きされた世界……俺達は矛盾の安寧と呼んでいるがこの世界を産んでしまったのと引き換えに元の世界は地獄といってもいいほどに悪い意味でバランスを崩しているそうだ。唯夢ちゃんや潮音ちゃん同様、天死で溢れている。ダハーカでさえ死滅寸前に追い込まれているんだ」
「けどよ、ダハーカとこの唯夢ちゃんだったら多分ダハーカの方が厄介だぜ。何せ時間を止められるんだ。純粋な殺傷能力の塊である天死だろうと不老不死な上時間も操れるダハーカが相手だと厳しいんじゃないのか?」
「1対1の勝負だとそうなるな。だが、お前はダハーカの燃費が悪い事を知っているはずだ」
「……」
ダハーカはただ存在しているだけでも大量の体力を消耗する。時間を止めるともなれば1秒ごとに凄まじいエネルギーを食うらしく、それを補うためにダハーカは人間をその牙で捕食してエネルギーを蓄えている。
「まさか、ダハーカがエネルギーを供給出来る程もう人間が残っていないのか……!?」
「そこまでじゃないが、天死を死滅させるにはかなりの時間が掛かる。それを計算すると継戦力の差で先に人類とダハーカが死滅するだろうとされている。何せ、ダハーカは20人程度しかいないのに対して天死は1億を超えるんだからな」
「1億……!?」
その場にいた潮音を除く全員の視線が唯夢に注がれる。その唯夢は話を理解していない様子でまだ暴れている。
「残った人口は100万人を下回っている。それも毎日数百人ずつ天死かダハーカによって殺されている。このままでは1年を待たずに人類とダハーカは死滅する計算らしい。だから、はっきり言えばそんな地獄のような世界に戻すつもりはない。だから俺達は長倉大悟がGEARを解除しないように見張る意味を込めて管理下に置きたい」
「……」
加藤は小夜子と八千代を見た。
「お前達、この話を知っていたのか?」
「……天死とかダハーカとかは知りませんでした。でも、兄さんが鈴音お姉ちゃんを蘇らせるために願ってあらゆる何かを犠牲にして世界を作り変えたことは知っていました。……だって、私もその場にいたから」
「……」
「八千代は?」
「千代姉ぇはその場にはいませんでした。でも、その日の内に私が話しました」
小夜子の発言の後に鈴音が一歩した。
「私も大悟によって命を蘇らせられたことは知っていましたがまさかここまでなっているとは思いませんでした。でも、この前最上さんに襲われた時に妙な反応をしたり、さっきも唯夢さんに襲われた時にいきなりバリアーみたいなのが出てきて攻撃を勝手に防いだんです」
「……長倉大悟のGEARで鈴音は死なないようにされている……か」
「おい、魔王野郎。そもそも天死って何なんだ?」
「ああ。遠い遠い昔。ブランチとかって奴がアルデバランって星から連れてきた有翼異星人らしい」
「……ブランチ……」
その言葉を聞いた唯夢が初めて意味のある言葉を発し、少しおとなしくなった。
「唯夢ちゃんはブランチを知っているのか?」
「……ブランチ……そうだ、ユイムさんが……!!」
「お、おい……!?」
唯夢がいきなり力を振り絞ってヒエンの締めを解除した時だ。
「大丈夫。あの子なら心配ないですよ」
新しい声が聞こえた。窓のないはずの部屋。壁しかないはずのその部屋にどこからか突如として銀色の服を着込んだ男が姿を見せた。
「祟!!」
「やあ爛。しばらくだね」
「……爛くん。彼は?」
「俺の情報源の1つですよ。こいつから世界に関する情報を聞いた。……おい祟、まだこの世界にいるんだったらお前が代わりに説明しろよ」
「いいでしょう」
「……あの、あなたは……」
「やあライランドくん。記憶が戻ったようですね」
「……あなたは……パラディンさんですよね?」
「はい。そうですよ」
「おい、ちょっと待て。いろいろ説明しろよ。唯夢ちゃん、君は一体……」
「……僕の本当の名前はライランド・円cry(マルクライ)ン。年齢は16歳。界立山TO氏女子学園高等部所属です。記憶が戻ったといってもまだ少し混乱しています。僕は確かにライランドの筈なのですがユイムさんの記憶も混じっているんです。これは一体……」
「ライランドくん。これを」
祟は預かっていた3枚のカードをライラに手渡した。
「野獣(ビースト)、破滅(スライト)、水難(シプレック)……!?」
「全てあなたのカードです。ですが今のあなたには反応がない。そこで私はあなたにユイム・M・X是無ハルトが僅かに融合しているのではないかと考えています」
「融合……?」
「はい。救済(キュア)と生贄(サクリファイス)のカードを覚えていますか?」
「はい。ヒカリさんとシュトラさんが使っていたカードですよね?」
「そう。ブランチはあのカードを使って天死であるあなたを手駒にするためにユイム・M・X是無ハルトかシュトライクス@・イグレットワールドの精神だけをあなたの肉体に宿し、強制的に多重人格にして天死の力を制御させようとしていた。それと似たような手段を取り、その上で剣人から渡されたこの3枚のカードを使えなくさせた。……その可能性があります」
「……そんな……」
「おい、説明しろって言ったんだぞ。よく分からない単語を増やすな」
「すみません。ユイムさんとシュトラさんって言うのは僕の仲間です」
「……それだけじゃないだろう? もう子供までいるのだから」
「あう」
「こ、子供……!? ゆい……じゃなかったライラちゃんにか!?」
「は、はい。まだ婚姻届は出していない……と言うか僕の世界でも同性婚が認められている地域はほとんどなくて結婚関係にはないんですが……まあ、そういう関係です。そ、それよりも! ブランチって言うのは僕達が元の世界で戦っていた相手です。正確にはどんな存在なのかは分かりませんがごく一部の人間にこのナイトメアカードと言う強力な力を持った魔法のカードを手渡すことで世界の混乱を目論んでいるんです。どうやらそれよりももっと前に色んな手段を試していて、天死にも深く関わっている事が分かっています。まさか別の世界にまで存在しているとは思いませんでした」
「それは少し違うよライランドくん。確かにこの世界は長倉大悟によって不自然に捻じ曲げられた世界だけどブランチによる文明のリセットが何回も行われていて別の世界に見えるだけで私達のいた世界とは同じ世界なんだ。私達のいた世界の3000年前がこの世界だよ」
「さ、3000年……」
タイピングで話題を記していた紫音が思わず手を止めてしまう。
「……おい、白銀キザ野郎」
「私の事かな?」
「ライラちゃんを元の世界に戻せるのか?」
「ヒエンさん……」
「結論から言えばいつでも」
「……ライラちゃんはどうしたい? まだ一緒にいたいか?」
「僕は……まだ分かりません。でも、元の世界には紫音さんの本がないのでもうちょっといたいかも」
「ぶっ!!」
紫音が飲んでいた苺コーラをキーボードに吐き散らす。
「紫音ちゃんの本? 何だそれは?」
「い、いや、何でもないわよ!? こら唯夢……じゃなかったライランド!」
紫音がライラの翼を鷲掴みにしてギリギリと抓(つ)ね、ライラが悲鳴を上げると爛と祟が笑う。
「まあ、話を戻しますがそういう訳で我々はこの矛盾の安寧を守り続けたいと思うのですよ」
「……確かに君達の話が真実ならば乗らないわけには行かないな。だが、話がおおごとだ。大倉機関だけで決めていい問題でもない。だから近い内に伏見機関とも会議を行おう」
「助かります」
「……」
「……随分納得がいかないって顔をしてるわね」
火咲が発する。相手は達真だ。
「矢尻陽翼ってあんたの関係者でしょ? 私の記憶にもないんだけどその人と引き換えに得た世界は不満足?」
「正直に言えばな」
「だから俺は君を殺そうとしたんだよ。リッツちゃんとシフルちゃんを使ってな」
「だからそれを知った俺がぶちきれてお前殴りに来たんだろうがクソ兄貴!」
「けどちょっと待ってよ。その陽翼って子は生きてるんでしょ? でも0号機はこいつにその子を殺されたって言ったわ。それはどういうこと?」
「きっとこの世界ではそうなんだろうさ。2年前に長倉大悟が鈴音ちゃんを蘇らせる選択をした。それと引き換えに本来生き延びるはずだった陽翼ちゃんと来音ちゃんは死ぬ運命になったんだ。だからこの矛盾の安寧の外の世界ではそれとは逆に鈴音ちゃんが死に、二人は生きている。と言ってもあの地獄世界じゃいつ死んでもおかしくないがな」
「……ちょっと違うわ」
紫音がタイプの手を止めて発言する。
「来音はまだ生きている。この2年間目を覚まさないけどでも、まだ生きている。それはどういうこと?」
「そこまでは分からない。目覚めなければ死んでいるのも一緒って世界が判断したのか。それとも実はただ偶然にこの世界ではそういう状態になっただけで鈴音ちゃんと陽翼ちゃんだけが天秤の関係なのかもしれない」
「……」
「……」
鈴音は一度だけ達真を見た。達真は鈴音の視線に気付いていながらもしかし反応はしなかった。
「……では今後の方針については伏見と会議を行うことで閉廷にするが、質問はまだ終わらない」
「どうぞ」
「君のもう一人の情報源とは誰だ?」
「夏目(なつめ)群青(ぐんじょう)」
「……ん、夏目……?」
「……その名前は……!!」
「そう。黒主(くろす)零(ぜろ)の友人にして紫音ちゃんの義兄である夏目黄緑の実の父親さ。そして第2階級パラドクス31神官のひと柱にしてダハーカの一人……!」
「パラドクス……!!」
「パラドクス31神官とは何だ?」
「祟、」
「はいはい。詳しく知らないのに格好つけて次々と情報を勝手に喋らないように。……パラドクス31神官とは世界の矛盾を司る存在の事。聖書で言う悪魔に近いですね。彼らには彼らの正義があるようですが全員揃ってかなりの偏屈ものなので結局まとまりが薄いですし、行動した結果世界はいくらでも混沌を増す。この矛盾の安寧にまで足を運べるのはパラドクスでもそう数は多くない。あの人は今回の件にはあまり関わっていませんが一応ダハーカ側のため私達と協力体制を取っていました。ライランドくんを元の世界に戻す手続きをしていたところまでは一緒だったんですけどね」
「……通常のダハーカとは違うのか?」
「はい。ダハーカとしては少し特殊と言うだけですが彼はパラドクス。そう言う存在になってしまったため迂闊に行動はできません。ただし、その分ダハーカ100万体分の強さを持っていますからもし彼がその気になれば矛盾の安寧の外の地獄を終わらせることだって出来るでしょうが、それをしないからには何らかの理由があるのでしょう」
「ね、ねえ、ちょっと待ってよ。兄さんのお父さんがダハーカって言ったら、じゃあ兄さんは……?」
「……」
祟は一度ヒエンと視線を合わせた。そして、
「大丈夫。黄緑くんはまだあの人が人間だった頃に作った子供ですよ」
「そ、そう……。それならいいけど」
嘘は言っていない。しかしヒエンも祟もそれ以上何も言えなかった。代わりに、
「おい魔王野郎。さっきこっちの事を黒主零って呼んだな。一応こっちの名前は甲斐(ジアフェイ)廉(ヒエン)って事になってるはずなんだが?」
「祟、」
「爛。しばらく君は何も話すな。……あなたの名前が甲斐(ジアフェイ)廉(ヒエン)と言うのは事実ですよ。ですが、零のGEARはオンリーGEARですのでそれを継承した存在は自然と零と言う名前で呼ばれる習性があるんです。そして黒主と言う苗字は天使界発祥の名前。あなたは以前のリセットの時に住居を失い、天使界にいる黒主火楯に拾われたから前の世界では黒主零と言う名前で呼ばれていたのですよ」
「……天使界って何だ」
「……う~ん、脈なしですか。80年くらいそこで暮らしていたから分かると思いましたが。天使界と言うのは一度世界がブランチによってリセットされた時に何らかの要因で生き延びた人間がたどり着く世界の事です。ちなみに私はそこの出身です。天使界で生まれました」
「さっき言ったライラちゃんと潮音ちゃんの天死とは関係ないのか?」
「はい。字が違いますからね。聖書とかで登場する天使がいるのが天使界。人型猛禽類アルデバラン星人を天が死んだと書いて天死。名前が似ているだけで全くの別物です。まあ、天使界で人工的に誕生した天使と呼ばれる存在がそのアルデバラン星人をモデルに作られたわけですからある意味無関係ではありませんがね」
「さらっと80年とか言いやがったがやっぱり外見通りの年齢じゃないわけだな」
「ええ。以前のリセットが行われたのが2年前のifを除けば100年前。その前が1000年前。あなたが天使界にいたのはその1000年前の時の80年間です。最低でも1180歳ってところでしょうかねあなたは」
「……どうしてこっちゃ記憶を失った? 零のGEARだから外的要因は受けないんじゃないのか?」
「ええ、その通りですよ。ですが零のGEARは精神の均衡を保つために100年ごとに一度記憶のリセットが行われるんです。そして100年間の眠りにつく。あなたは以前の世界が終わった時にそれまでの100年間の記憶を一度リセットしてそれから半年前に活動を再開するまでの間ずっとどこかで眠りについていた。……それでも本来なら天使界やらパラドクスやらの重要な記憶に関しては引き継がれるはずなんですがね。それに、力も12階級まで落ちるはずもない。すみません、私もすべてを知っているわけではないので」
「……」
頭がふらっと来た。流石に情報量が多すぎる。今日だけで世界のリセットやら赤羽美咲と最上火咲の関係、天使界やら世界の上書きやら矛盾の安寧やら天死やら。さらに最後の最後に自分の正体まで告げられた。
「こりゃ今日は寝られそうにないな」
「質問は以上でよろしいですか? 零くんだけでなく他の方々もご自由に質問してください」
「あの、」
挙手はライラ。
「僕はやっぱり帰ったほうがよろしいんでしょうか? あなた方は僕を元の世界に返そうとしていましたし」
「それを決めるのはあなたですよ。自分が誰なのかもわからないほど記憶を失った状態なら私はそうして山TO氏の技術で治療をした方がいいと思いましたが記憶を取り戻した今、検査は必要ですが急を要するのものはないでしょう」
「……じゃあ家族は無事でしょうか? ユイムさんや、キリエさん。リイラに升子に来斗にシキルさんは?」
「……ユイムさん以外ならご無事でしたよ。昨日一度様子を見に戻りましたが。ですがユイムさんはずっと眠ったままの状態でした」
「え……!?」
「それであなたと何か関係があると思ってこちらの世界に戻ってきたのです」
「……そうだったんですか」
「今のあなたもユイムさんもカードの力でも山TO氏の医療でも解決は難しいと思います。それに元の世界ではブランチの気配が弱まっています。もしかしたらブランチはこの世界に移ってきているのかもしれません」
「……だったら僕はこの世界に残ります。天死までいるんだったら尚更放っておけませんし」
「じゃあライラちゃん、また同じ部屋で……」
「あ、その、すみません」
「え?」
「僕、いろいろ思い出して……。同性同士とは言え既に心に決めた人が二人いるんです。なのでその、ヒエンさんには記憶喪失で何も分からなかった僕を、人間ではないかもしれないと分かっていたのにお世話をしてくれて非常に感謝をしているのですが、あの時みたいに一緒に暮らすのはちょっと……」
「なん……だと……? せっかく百合人妻と共同生活出来ると思ったのに……。なんてな、ライラちゃんが、女の子が嫌って言うような事はしないさ。赤羽と同じようにホテル住まいにするか?」
「はい。ありがとうございます」
「……話はまとまったな。ヒエン、」
「ん? 何か?」
「来週には俺は一応機関に復帰する。そうなればお前に与えられた指揮官代理は解除。俺が指揮官になる」
「あちゃ、天下もここまでか」
「だが、俺が今まで担って来た前線での指揮官はお前に譲る。好きなだけ面倒事に関われるぜ?」
「可愛い女の子が絡んでいるならそれも歓迎するんだがな」
「おいおい、零くん。そんな事を言っては奥さんにひどい目に合わされますよ」
「……は?」
祟の言葉に誰もが表情を殺して意識を集中させた。
「お、奥さん……!? 結婚してたのか……!?」
「ライランドくん、そして三船所長の祖先であるアドバンス・M(マルクライン)・黒二狂(クロニクル)は君の孫に当たる。そして私は1000年前に君の娘を預かって旅に出たんだ」
「……な、何だってぇぇぇぇ!? って言うか待て待て。ライラちゃんだけならともかく三船所長の、ラールシャッハの野郎が子孫だって言うのかぁぁぁっ!?」
「はい」
「……と言うか、娘を預けたって事は1000年前にお前と面識あったってことなのか?」
「ありましたよ。と言っても実際に会ったのは最後の1度だけですがね」
「……1000年前と言ったけどよ、お前は何者なんだ? 人間じゃないだろうよ」
「私は聖騎士(パラディン)。その役割を担った男であり、天使でもある。普段はこのマントに変化させていますがちゃんと翼もありますよ」
「天使は不老不死なのか?」
「いえ。私は少し特別なだけです。さっきの話ですが、あなたに奥さんがいた事は事実です。私はお会いしたことはありませんし、もう1000年も前の話です。ですから……」
「……ああ、分かってるよ。もうとっくの昔に死んでるんだろ? 全く覚えていないが妻となっちゃ気になるもんだな。せめて名前だけでも知りたい」
「……申し訳ありませんが私は存じていません。ですが、確実に知っている人物なら知り合いにいますよ」
「本当か!?」
「はい。……なのでそろそろ出てきては如何ですか? ルーナさん」
祟が声を空間に飛ばす。その声に一瞬月仁と桃丸、そして火咲が反応する。
しばしの沈黙の後。異変は起きた。
「やれやれ。このまま盗み聞きだけして帰ろうと思ってたのに」
少女の声が生まれた。そして、どこからか無数の虫のような小さな何かが出現して、ヒエンの前に集合する。
「これは……!!」
「久しいな。尤もあなたは私を覚えていないと思うけれど」
そして、集合した物体はやがて1つの形を生み出した。
「あなたのお知り合いなのでしょう? ルーナ・クルーダさん」
「ルーナ……! ルーナ・クルーダ……!!! お前、ルーナか……!?」
「……覚えているの?」
「まだ、全部じゃない。けど、けどお前、お前……!!」
ヒエンは咄嗟に眼前の少女を抱きしめた。その感触、匂い。いずれもとても懐かしく強く感覚を刺激する。
「ルーナ……久しぶりだな」
「……そうだね、廉」
抱き合う二人。数秒の後に離れる。
「ヒエン、説明しろ」
「ああ。コイツはルーナ・クルーダ。まだ全部は思い出していないが祟と一緒で天使。そして、種を司る者」
「種?」
「そう。1000年前のリセットの際に本来こっちが任命されるはずだった地球の代行者ザ・プラネットを代わりに継いでくれた子だ」
「どうも。ルーナ・クルーダです」
お辞儀。それから一度月仁達に視線を合わせる。
「まほろは?」
「桃丸(コイツ)のスタッフに預けてあるよ。けどあんたが言った奴がまさかそいつだったとはな」
「私もこんな事になるとは思っていなかったよ」
視線を移す。今度は火咲に注がれる。
「かつての赤羽美咲はあなたでいいか?」
「……ええ、そうよルーナ。お久しぶり。どうしてか、あなたの姿を見た途端にありえないはずの記憶が戻ったわ。昔と全く変わっていない」
「あなたは随分と変わったものだ。あの時はまだあなたの仕組みに気付いていなかった。だから最初はそちらの今の赤羽美咲を気にかけていたけれど、別人だったみたいだ」
「……」
赤羽は何も言わない。
「ルーナ、もしかしてさっき力をくれたのはお前か?」
「一時的にプラネットの力を返しただけ。後はあなた自身の力がそれに反応して少しだけ本来の力を取り戻したのよ」
「うへ、あれで少しだけかよ」
今まで黙っていた爛が辟易の声を漏らす。
「ルーナ。教えてくれ。こっちゃまだ自分の正体をほとんど思い出せないんだ。一体あの力は何なんだ?」
「……さっきパラドクス31神官の話題があったけど」
「ああ。聖書で言う悪魔みたいなものだろう?」
「そう。なら聖書で言う神に当たる存在がいてもおかしくはない。……その神を守護する13人の使者。通称:十三騎士団。あなたはその内の一人。紫電の騎士ナイトスパークスだ」
「……は!?」
「そしてさっきの質問。あなたの奥さんの名前。これはあなた自身が本名を口にする事を禁じたから私も本名は言えない。だからかつてあなたがその口で呼んでいた名前を教えるよ」
そして、ルーナは口にした。
「キーちゃんこと甲斐三咲。それがあなたの妻の名前であり、全ての天使の祖となった少女・怜里(れいり)の母親の名前だ」

------------------------- 第54部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
忙しい人向けのX-GEARあらすじ3章

【本文】
1:かつてヒエンの仲間であった少女ルーナ・クルーダがこの世界にやってきた。前世界の残滓が集まって発生した少女(ピクシー)のまほろを偶然出会った甲斐月仁に預けて行動を開始する。
2:ヒエンは鞠音から潮音が唯夢同様ふたなりであると明かされる。その上その肉体には強い殺戮本能とそれに見合う強力無比な力も宿っていた。そしてヒエンは何故かその人外の力に対して強い殺意を孕んでいることも自覚する。
3:唯夢は甲斐爛を名乗る青年の私有する甲斐機関なる施設にいた。月仁の兄である爛は唯夢だけでなく大悟の保護も目論んでいる。そしてどうやらそれには達真が邪魔らしく、火咲やリッツ、シフルの元へと赴き彼の始末を依頼する。ついでに邪魔した火咲を撃破して拉致監禁して凌辱する。
4:唯夢の捜索も大事だが基本は学生であるヒエン達は期末試験に向けて勉強会を開く。
「最上火咲はもしかしたら前の世界の赤羽美咲かもしれない」との言葉を残したまま鈴音は変わらず不参加。
回復した潮音が八千代を好きだと判明する。ついでに赤羽と久遠が一線超えてる事実も発覚する。
「おかしいな、女の子の群れの中男は一人だけなのにどうして自分を介さないカップルが複数存在するのか」ヒエンは嘆いた。
5:完全にいじけて稽古にも参加しなくなった龍雲寺。クラスメイトの月仁や兄の思い人でもある紫音からのエールを受けて復帰する。
一瞬だけだがヒエンとまほろがニアミスする。
6:邪魔者排除のため爛が高校へやってくる。そこで変身したデンジャラスライダーズと対決。3対1ながらもギリギリで爛は勝利を収める。その帰り道、爛は世界が忘れた少女ファンタズマと遭遇する。
7:中学。ついに達真殺害を決意したリッツが達真を呼び寄せて襲撃。しかしそこへルーナ、シフル、爛がやってきて戦況は混沌に。結局シフルの発砲した銃弾が達真を穿つ。爛からの攻撃を受けながらもルーナは達真を連れて逃げることに成功した。
8:投降したリッツとシフルから爛の存在を知ったヒエン達は黄緑とも合流して唯夢や火咲の救出のため緊急任務を開始する。
9:任務の道中、立ちふさがった象狼のダハーカを黄緑が引き受けて辛勝。
10:甲斐機関に到着したヒエン達。しかし零のGEARが通じないほど格上の爛相手に完敗。残った赤羽達に爛は自分の目論見を騙る。
「この世界は長倉大悟のGEARによって分岐させられちまった世界だ。つまり奴がその気になればこの世界は終わってしまう。この世界が終わったらどうなるか分かったもんじゃない。だから保護するんだ。唯夢ちゃんに関してはその前に元の世界に帰ってもらう」
11:気絶したヒエン。しかしルーナから一時的にザ・プラネットの力を返却されたことでアースレイビーストと化したヒエンは月仁に時間稼ぎをさせられていた爛をぶっ飛ばす。アースレイビーストから元の姿にヒエンはその力の半分近くが蘇っていてそのまま爛をフルボッコにする。
12:パラディンの暗躍もあり救出された唯夢と火咲。しかし唯夢は満月を見たことでその血に宿るアルデバラン星人”天死”の力が暴走してしまう。同じ力を持つ潮音と激突するも時間稼ぎがやっと。だが爛を倒して帰ってきたヒエンによって止められる。また、唯夢の本名がライランド・円cryンだと判明する。記憶もここで回復する。
13:作戦終了後、大倉機関にて爛やパラディンは今回の件の真相を話す。それは2年前、とある事故で死んでしまった鈴音を生き返らせるために大悟が歴史を分岐させてしまった。しかしその大悟が生み出した分岐後の世界に寿命が来始めている。第一大悟がその気になればいつでもこの世界を終わらせることが出来る状態にあるため大悟を保護しようとしていた。
また、世界の分岐によって小夜子は二人になり、かつての赤羽美咲は最上火咲になっていた。
さらにパラディンはヒエンの正体を知っていた。それは全宇宙の秩序を守る十三騎士団の一人ナイトスパークスであり、零のGEARを継ぐもの黒主零だった。そして話の後にヒエンはルーナと再会し、より詳しく自分について語り始めた。

------------------------- 第55部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
設定資料集3

【本文】
<用語>
世界階級:一般的には知られていない1~13までの、強さを表した階級。1より上はいないが13より下はいる。
数字1つだけでも実力にはかなりの差が有り、13が12に勝つには2~5人程度集まらないとほぼ不可能。数字が2つ離れていれば100人集まってもほぼ勝ち目はなく、3つ以上離れていれば何人集まろうと絶対に勝てない程度の差がある。オンリーGEARや強力なGEARがあれば普通の人間でも10までなら行けるがそれ以上はほぼ不可能。この階級は12以上の階級になれれば大体見ただけで分かるらしく、相手との実力差も判明する。
設定者は第1階級のオーディン。

<新規登場人物>
甲斐(かい)爛(らん)
年齢:19歳
身長:183センチ
体重:72キロ
所属:甲斐機関
GEAR:魔王
属性:中立・中庸・山
好きなもの:嫌がらせ、女の子、贅沢、ネカフェ、くじ引き
苦手:月仁、卵(アレルギー持ち)、歳の近い男
出展作品:嘘つき勇者と一人ぼっちの魔王
世界階級:10。ただし魔王のGEARのブーストが掛かった状態であり本来は11。
甲斐月仁の兄であり、甲斐機関の表向きの代表。飄々とした性格。最近妙に多い何でも知ってそうで実はあまり知らないまま行動した結果より上の存在に乗せられて掌で踊るキャラの新入り。
原作プロットでは名前は兄弟で逆だった。また、ナイトメアカード創始者である黒主火楯(リードクロイツ)と同一人物という設定だったが「世界は天使(あのこ)を満たさない~Gear's of Monochrome X ZERO~」により没になった。
爛が知っている情報は全て夏目群青と祟=パラディンから聞いた話でしかない。それでも若年ながら世界のために行動した人物。ちなみに初体験の相手は火咲。
GEARは「魔王」。ゲームのラスボスみたく、圧倒的な能力を有する上攻撃力や防御力を無視して相手を殺す力などは一切通用しない。ただしいくつか制限があり、「迎撃の場合でなければ50%以上の力を使えない」「たとえ迎撃の場合でも相手を殺す事は出来ない」「実際には矛盾の安寧による能力ブーストが掛かっている」など弱点もある。しかしそれでも普通の人間にしてはかなり強い。そして何よりこのGEARは少数ではあるがオンリーGEARではないため他にも所有者がいる。登場するかどうかは不明だが。世界のブーストが掛けられて10級になっていれば零のGEAR相手でもある程度ダメージを通すことが出来るが、力を少しだけ取り戻し完全体となった零のGEAR相手には通用しない。ちなみに世界に守られている鈴音やダメージを反射する紫音は天敵。特に前者が相手だと何も出来ない。
原作では高校3年生であり、3年生になった初日に魔王のGEARに目覚めて「卒業までに世界征服する」と言うのを目的にして「嘘つき勇者」である弟との一年間の戦争をおっぱじめる。原作でも今作でも兄弟関係は悪くはないが良くもない。原作の時系列は本作と同じであり、本作における「過去の世界」の中には含まれておらず今作が一週目。故に過去の記憶などは持っていない。
本来は4章5章で彼の台頭を描く予定だったがこの3章になった。

木下(きのした)桃丸(ももまる)
年齢:15歳
身長:138センチ
体重:33キロ
3サイズ:64・52・60(A)
所属:月心大学付属高校、木下財閥
GEAR:火力
属性:混沌・善・風
好きなもの:金、月仁、爛、ダディ
苦手:七面倒な事、回りくどい説明
世界階級:13未満
出展作品:嘘つき勇者と一人ぼっちの魔王
月仁が主人公の物語「嘘つき勇者とひとりぼっちの魔王」におけるメインヒロイン。興奮すると舌足らずになって聞き取りにくくなる。魔法を用いた特殊技術で日本だけでなく世界のトップクラス財閥になった木下財閥社長の娘。生まれた時から贅沢が当たり前だった。また同じようにGEARも当たり前に使えていたためGEARの活用は手馴れている。
態度を見ればツンデレかもしれないがしかし月仁への好意は全く隠していない。結構素直な性格。
月仁の幼馴染であり、必然的に爛とも長い付き合いである。
GEARは「火力」であり、雲母のGEARと同じ。上書きされたものではないため100%を引き出せているわけではないが数をこなすことで成長する。小夜子同様物心付いた時から発現していてかなり自由に扱える。月仁が全部なかったことに出来るおかげでほぼ毎日のように乱射しているため銃撃戦も得意。しかしそれでも階級は13に満たない。

ルーナ・クルーダ
年齢:外見は14,5歳程度。実年齢は100歳くらい。
身長:146センチ
体重:38キロ
3サイズ:77・60・74(B)
所属:ザ・プラネット(代理)、天使界、英雄部
GEAR:自然
属性:秩序・善・林
好きなもの:静寂、特撮、甲斐廉
苦手:甲斐三咲、甲斐和佐、梨沙、祟
世界階級:11
出展作品:爆走!英雄部!~Sircle of Hero~
「爆走!英雄部!~Sircle of Hero~」のヒロインの一人にして「世界は天使(あのこ)を満たさない~Gear's of Monochrome X ZERO~」のメインヒロインの一人。地球のプラネットの代理を務めている。ジアフェイ・ヒエンと深い関わりのある少女の一人。
他の人物の多くが一度リセットを跨いでこの世界に登場しているのに対して彼女は直接英雄部の世界からこの世界にやってきている。逆に言えばリセットを体験していない。
ほぼ打ち切り状態の英雄部だけの出典ならば彼女の正体に関するネタバレも出来たのだが世界は天使(あのこ)を満たさない~Gear's of Monochrome X ZERO~のメインヒロインの一人になったためネタバレは禁止で。多分そっちの方の設定資料集で全部書く。
GEARは「自然」。遠い子孫である兜同様にあらゆる自然動物を使役する能力。彼女の場合は「種を司る者」でもあるためその能力が極限にまで強化されていて、地球上の微生物を完全に支配していてあらゆる物体を数秒で食い尽くすことで消滅させたり出来る。ちなみにX-GEARの世界そのものは英雄部の世界からリセットを跨いで誕生した世界のため彼女の子孫も存在するが彼女そのものはリセットを跨いでいないためまだ子孫は存在していない。……一応経験済みだけど。所属を見れば分かる通り種族としてはアルデバラン星人ではない天使である。ただしかなり特殊なため羽は生えていない。

本郷まほろ
年齢:不明。外見年齢は5,6歳程度
身長:80センチ
体重:6キロ
3サイズ:ペドじゃないんで。
所属:英雄部
GEAR:本郷まほろ
属性:秩序・中庸・無
好きなもの:英雄部のみんな
苦手:争いごと
世界階級:13未満
出展作品:爆走!英雄部!~Sircle of Hero~
ルーナ同様「爆走!英雄部!~Sircle of Hero~」から直接の登場。ただし嘘つき勇者の原作にも登場しているため今作ではその両方の設定を使っている。初登場シーンはほぼ原作そのまま。
ぶっちゃけ物語にはあまり関係しないキャラクター。嘘つき勇者の原作がすぐに打ち切りになってしまい、キャラクターがメイン3人しかいない状態だったため数合わせに。
GEARの欄を見れば分かる通りその存在は人間ではない。本当に原作が打ち切りになったら明かされるだろう。
ちなみに嘘つき勇者版はアンドロイドの設定でもう少し外見年齢は上だったがこの名前でアンドロイドは少々まずいため外見は英雄部版にした。
ちなみに英雄部プロット、嘘つき勇者、英雄部本編、本作と言う順番で書いてどんどんロリ化していってる。

祟(あたら)/パラディン
年齢:不明。外見年齢20代
身長:180センチ
体重:71キロ
所属:天使界、司界者
GEAR:パラディン
属性:中立・中庸・山
好きなもの:技術の進歩、暇、やりたい放題やること
苦手:ブランチ
世界階級:5級
出展作品:ナイトメアカード、パラレルフィスト
実は1章時点で登場済みな聖騎士。そして世界は天使(あのこ)を満たさない執筆によりついに本名と正体が明らかになった。聖騎士戦争の始まりとなった人物。歩乃歌や最果ての扉の先で待つもの同様にあらゆる世界線に存在し、世界は天使(あのこ)を満たさない以外の世界では既にパラディンとして活動している。既にナイトメアカードの司界者になっているためカードなしでのカード発動が可能……と言う設定は最初からあったがさりげなく使ったのは本作が初。
パラディンとして活動しているため既に剣人やブランチとの因縁もある。ただし今作における唯夢の出展であるパラレルフィスト・プロトには存在しない設定のためライラと混ざり合ってしまった唯夢の事は彼にも分からない。
GEARは「パラディン」。爛同様酷く曖昧なGEAR。こちらはオンリーGEARである。ある意味ものすごいメタな能力であり、版権の都合上そのまま登場させられない祟をパラディンとして活躍させるためのGEAR。例えばこれがあれば他のどんな作品のキャラがパラディンの名を継いで行動しようとも原作設定持ち出さない限り問題なく活動出来る。
1枚あれば国を滅ぼせるようなナイトメアカードを実物なしで全種類扱えるため世界階級は5とかなり高い。
ちなみに今作に登場する彼はパラレルフィスト4章~5章での最終決戦までの時間軸。そのためライラが天死である事を既に知っている。


<既存人物変遷点>
ヒエン:ルーナから一時的にプラネットの力を返却された事で本来の力を少し取り戻した。世界階級はそれまで12だったのが一気に6まで上昇。ちなみにプラネットの力そのものは返したのだが取り戻した力はそのまま。
赤羽美咲:この3章で明かされた彼女の正体に関しては原作でも適応されている。階級は13未満。
鞠音:世界の真実をひと足お先に知ってしまった。尚この時点でルーナの正体も知っている。
潮音:天死です。八千代さんにゾッコンラブリーです。天死化しても理性を失わない代わりに体への負担が異常なまで大きい。天死化した状態での階級は12。ちなみに魔力を持っていないためジュネッスになってもカードは使えない。
久遠:最近この子の百合化が止まらない。と言うか主人公より先にメインヒロイン攻略してるロリ。
達真:ようやく話の本筋に関わりだした。出番もそれなりに多め。
火咲:ついに正体発覚。もっと言えば英雄部の赤羽は彼女である。そのため体を機械的に改造されていない。ついでに2章3章で右腕が壊され再生された回数は4回。その他手足は3回ずつ。その度に本来のDNA通りに再生されているためどんどん本来の赤羽美咲の姿に戻りつつある。もっと言えば零式Adapt Filesの彼女は胸以外ほぼ赤羽そのままである。世界階級は13。
リッツ:達真に対する執着が存在しないため原作と違って対立しなかった。
シフル:彼女のみ赤羽美咲ではなく最上火咲から誕生したクローン。これは原作でも適応されている。
月仁:3章の準主人公? 保有GEARは「嘘」であり、発生した事象をなかった事にするGEAR。相手の放った攻撃を無効にするだけでなく相手の常時発動タイプのGEARを一時的に無力化させることも出来る。そのためヒエンを突破出来る数少ないGEARの1つ。面倒を避けていて戦いの技術を学んでいないため階級はギリギリ13。本来は12。
唯夢:隠す気なかったが正体はパラレルフィスト・プロトの唯夢と精神が混ざったライラ。ただプロトそのままの設定ではなく、天死だったりナイトメアカードを使えたりするし、原作本編4章までの記憶はある。まだジュネッスには至っていない。階級は通常で13未満。ネイティブで11。スライトもしくはシプレック使用で10。ツインエミッションで9。
大悟:位置的にはラスボス。本格的な出番は4章以降から。


<世界階級一覧表>
1~4:まだ該当者なし。ディオガルギンディオなどが当たる。
5:パラディン
6:強化後ヒエン
7~9:該当者なし。
10:ブーストした爛、象狼のダハーカ
11:通常爛、ルーナ、ライラ・ネイティブ、デンジャラスライダーズ
12:潮音ネイティブ、強化前ヒエン、黄緑含む多くのダハーカ
13:火咲、月仁

<時系列参照>
A遠い昔:最果ての扉の先で待つ者によって人知を超えた存在となった人物がディオガルギンディオを作り出し、宇宙や世界を生み出す。
B1回目の地球、1945年:ヒディエンスマタライヤンが地球に降り立ち、地球人を模倣してその姿を似せるが運悪く核ミサイルに命中してしまい、記憶喪失&ディオガルギンディオとしての機能を損傷する。同時に世界が1度リセットされる。その後ブランチを名乗るようになる。
C2回目の地球、2011年:紅蓮の閃光(スピードスター)及び飛べない百舌の帳(スカート)及びそれらのリメイク作品である紅蓮の煌星(フレイムスター)本編。
D2回目の地球、2014年:ブランチによる2度目のリセット。
E3回目の地球、2008年:世界は天使(あのこ)を満たさない本編。甲斐廉、黒主零になる。年末に3度目のリセット。
F4回目の地球、2002~2006年:メンバーズの活動日記。
G4回目の地球、2009~2012年:イシハライダー本編。英雄部の赤羽救出。
H4回目の地球、2014年:爆走!英雄部!~Sircle of Hero~本編。
I4回目の地球、2015年:ブランチによる4度目のリセット。ただし100年間巻き戻したのみ。
J5回目の地球、2010年:X-GEAR本編。しかしその2年前に矛盾の安寧が始まり枝分かれしてしまう。
K5回目の地球、2015年:切欠はコンビニで10円本編。J、K揃って本来の世界線とは別の時空にある。
L5回目の地球、23世紀:ナイトメアカード本編。Kとの間に第三次世界大戦勃発。
M5回目の地球、30世紀:パラレルフィスト本編。Lとの間に聖騎士戦争勃発。
N枝分かれてして誕生した別世界の22世紀:霹靂のPAMT本編。
O5回目の地球、33世紀:パラレルメフィスト本編。ブランチことヒディエンスマタライヤン撃破。
Mまでにブランチは6000年分のリセットを行っている。EからGまでの間は約1000年。

赤羽美咲と最上火咲の変遷。
1:グレスピとトベスカの二人は腹違いの姉妹。火咲の最初の母の再婚相手との娘が赤羽美咲。この世界でもシフルだけは火咲からクローニングされている。つまりこの時点では剛人と火咲の間に血縁関係はない。リメイク前ではこの事実を知るのは三船所長のみ。リメイク後ではシフル及びそこから主要人物全員に知れ渡る。
2:英雄部の二人は完全に別人。赤羽のみギャグでグレスピでの記憶を持っている。トベスカ組は原作とほぼ同じ流れを経ていながらも達真は死なず、火咲も胸を失っていない状態で原作終了している。
3:X-GEARの火咲は英雄部の赤羽美咲。赤羽はまたその火咲から作られたオリジナル。つまり英雄部のクローニング関係は大元が前作の赤羽=今作の火咲でありその火咲から今作の赤羽とシフルが作られ、それ以降のクローンは今作の赤羽から作られた。もっと言えばこの世界では火咲=前作の赤羽と今作の剛人の間に血縁関係はない。と言うか最初以外どの世界でも赤羽兄妹に血の繋がりはない。当然火咲との血縁関係も存在しない。