紅蓮の閃光(スピードスター)・後半

SCARLET22:嵐の火種
 
・4月18日。月曜日。
新しい学年での生活もだいぶ慣れてきた日頃。
一昨日は久遠が清武会に参加した。
交流試合から自分なりに努力を重ねたのか
初参加にして優勝を収めた。
さすがに制空圏は何度も破られたがそれでも十分にすごい。
これでもうすでに清武会の次のランクの大会である
カルビ大会への参加が認められた。
カルビ大会は6の倍数月にあるから再来月にはもうカルビだ。
けど久遠はその大会には出ずにもう一度8月の清武会に参加してから
12月のカルビ大会に出るらしい。
一方、赤羽はやはり病み上がりということもあり
今回は清武会には参加しなかった。
そして6月の交流試合に参加した後8月の清武会に参加する。
「ねえ、思うんだけどさ。」道場。
あれから通うことになった久遠が口を開く。
「死神さんのその足って治らないの?」
「久遠、失礼です。」
「だって少なくとも私が知ってる中じゃ一度も手術してないじゃん。」
「しかし、」
「気にするな、赤羽。
久遠、この足は一度の手術で治せないほど複雑に壊れているんだ。
だから月2のペースで少しずつ治療を受けている。
・・・まあそれでもいつ治るかはわからないんだがな。」
「美咲ちゃんのは2週間で治ったのに?」
「まあ、壊され方が違ったしな。」
久遠にはまだ三船のことは知らせていない。
言うと本人は怒るだろうが久遠を巻き込みたくはない。
「さて、赤羽、久遠。今日の稽古を始めるぞ。」
「了解です。」
「はーい。」
二人が返事した時だった。
いきなりドアが開いて外から一人の少女が突撃したのは。
「れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!!!!!!」
「え?おわっ!!!」
いきなりタックルをかませられてそのまま後ろに倒れる。
「か、甲斐さん!?」
「うわっ!い、いきなりなんなの!?」
驚く二人。けどそれ以上に俺の方が驚いていた。
「・・・・いてて。・・・・・って!!!」
「はろはろー!会いたかったよ、廉君。」
やっとそこで奇襲を仕掛けてきた犯人の顔を見れた。
「き、キーちゃん!?」
目の前にいたのはまぎれもないあの子だった。
「どうしてここに・・・・!?」
「あれ?連絡してなかったっけ?僕今日帰国したんだよ。」
「あの・・・・・甲斐さん。そちらの方は?」
「・・・・・もしかして、」
「あ、ああ。この子は、」
えっと、通称はなんだったっけ?
「僕の名前は甲斐三咲って呼んでくれていいよ。
この通り廉君からはキーちゃんって呼ばれてるけど。」
「・・・・甲斐・・・・三咲・・・・」
赤羽がまじまじとキーちゃんの方を見る。
「あの、死神さん。同じ苗字ってことはもしかして・・・・。」
「ん、ああ。その、なんだ・・・・。」
「僕と廉君は恋人だよ。ところで君たち誰?」
あっけらかんと告げてしまったキーちゃん。
いや、まあ間違ってはいないけれど・・・・。
とりあえずキーちゃんに二人のことを紹介する。
「へえ、赤羽ちゃんと久遠ちゃんか。廉君のお弟子さんってわけだね。」
「私は違うけどね。ところでさっきの君の発言からして
甲斐三咲ってのは本名じゃないみたいだけど?」
「うん。本名じゃないよ。けどこの名前でいいじゃない。」
「・・・・。」
赤羽が複雑そうな目でキーちゃんを見ている。
そういえば、下の名前が同じか。
そして俺のことを名字で呼んでいるから
キーちゃんを何と呼べばいいのかわからないって感じか。
「まあ、久遠ちゃん。
僕の名前なんて気にしなくていいからキーちゃんって呼んでよ。」
「・・・・今わかったけど君、私と似たようなキャラだよね。」
・・・確かに久遠とキーちゃんは性格的に似ているところがあるな。
でもまあとりあえず。
「キーちゃん、」
「なに?」
「これから稽古始めたいんだけど・・・・。」
現状を注意するところから始めよう。
 
・いつも通りの稽古を終えた。
ただいつもと違うのは一人多いことだ。
とりあえず稽古が終わり、赤羽と久遠がシャワーを浴びている間に
1月から起きたことをキーちゃんに話した。
「そう・・・・右足が。」
「ああ。まあもう慣れたから大丈夫だよ。
それよりキーちゃんはアメリカ留学の方はどうだったの?」
「うん。なかなか楽しかったよ。
本当は廉君を連れてまた行こうと思ってたんだけど
その足じゃ難しそうだね。」
「・・・・・ごめん。」
「ううん。いいよ。僕は一緒にいれればそれでいいから。」
「そういうムードは二人きりの時にやってくれないかな?」
そこへ久遠と赤羽が更衣室から出てきた。
「二人とも、今日はすまなかったな。稽古時間が削れてしまって。」
「いえ、私は構いません。」
「相変わらず稽古内容は厳しかったしね。」
久遠がくたびれた様子を見せる。
それから一息ついて4人で道場を出る。
「ところでキーちゃんはどこに住むことにするんだい?」
「そりゃ廉君の家だよ。ほかに誰もいないんでしょ?」
「あれ?死神さんって一人暮らしだったの?」
「・・・・まあな。」
「ねえ、赤羽ちゃん。」
「私ですか?」
「君以外に赤羽ちゃんはいないでしょ?
廉君から聞いたけど赤羽ちゃんもひとりだったよね。
もしよかったら3人で暮らさない?」
「き、キーちゃん!?」
「・・・・いえ。お邪魔でしょうから遠慮しておきます。」
「そりゃそうだよ、
ラブラブカップルと同居しろなんて中々な罰ゲームだよ?」
久遠があきれた表情でキーちゃんを見る。
・・・・このあたりは久遠の方が上か。
「ねえ、キーちゃんって歳いくつ?
今までどこに住んでたの?死神さんとはどこまで行ったの?」
おい久遠。せっかくほめたのにすぐそれか。
「えへへ。全部ひ・み・つ。」
「む~。じゃ、死神さん。」
「ん?」
「今の質問全部答えて。」
「え!?俺が!?」
いやまあ、全部知ってるけどさ。
「・・・・・・・廉君?」
この笑顔の威圧感が怖すぎる。
「じゃあさ、今何か月?」
「おい小学生。その辺にしとけよ。」
ここでちゃんと釘を刺しておこう。
どっちの意味で聞いたのかわからんが。
「では、私たちはここで。」
「じゃーねー、死鍵さんカップル。」
誰が死鍵(しにかぎ)さんカップルだ。上手いネーミングだけど。
「あの子たち、いい子だよね。」
「まあね。」
「・・・・不倫とかしてた?」
「まさか。」
・・・・赤羽に関しては何度かヌードを拝ませてもらっているけど不倫ではない。はず。
「ん?」
家の前。高級そうな車が止まっていた。
連盟のスタッフか?けど俺に用事だったら道場に来た方が速い気もするが。
「これってあの会社の車じゃない?」
「あの会社?」
「そう。医療メーカーの甲斐機関。」
「・・・・・。」
嫌な予感がしてきた。
よく見れば家の中の電気もついている。
少し足早に家の中に入る。
「・・・・遅かったな。」
「何勝手に上がりこんで文句言ってやがる。」
そこで俺は再会した。
「ほう、いつの間にそんな言葉を覚えた?」
どこまで冷たい目で抑揚のない声色で俺を貫くこいつは。
「・・・・もう一度だけ言ってやる。何しに来たんだ?親父。」
SCARLET23:甲斐家
 
・家。対峙する二人。
「急に10年も前から海外に行って一度も顔も見せずに今更!!」
「ちゃんと毎月仕送りはしていたはずだ。何の文句がある?」
「何を!!」
「まあ落ち着け。今日はお前に話があってきた。」
よく見ればテーブルには男女が一組いた。
二人とも俺と同い年くらいの見た目だ。
「・・・・その二人は?」
「紹介しよう。」
親父が女性の方を見る。
「甲斐アンナ。16歳。10年前に俺が拾った子だ。」
「は、初めまして。」
「ちょっと待て。10年だと?俺より長いぞ。」
「それがどうした?アンナは身寄りがないから俺が拾い、
この10年で教育をした結果
日本の大企業医療メーカー・甲斐機関のオーナーとなった。
そこでお前にはアンナと結婚して甲斐機関のオーナーとなってもらう。
そうすれば俺がわざわざ海外に出てまで働かなくて済むというものだ。」
「勝手なことを言うな!!貴様の勝手に家族を巻き込んだ挙句
貴様の姦計に息子を出汁として使うだと!?
言語道断!一昨日きやがれ!!」
「おい貴様、」
そこでアンナの傍に座っていた男が立ち上がった。
「このお二人は甲斐機関に不可欠な立場のお方々だ。
暴言は許さんぞ!!」
「お前はなんだ!?」
「俺もオーナー同様この方に拾われたライル・ヴァルニッセだ!」
ライル・ヴァルニッセの眼光には間違いなく殺気が宿っている。
「そいつもお前同様空手をやっている。お前と同じ10年間だ。
だがお前と違って足を壊してはいない。
車いす生活になりたくなければ大人しくしておけ。」
「くっ!!」
「それよりそちらは?」
親父がやっとキーちゃんの存在に目を向けた。
「俺の彼女のキーちゃんだ。甲斐三咲と名乗っている。」
「は、初めまして・・・・。」
さすがのキーちゃんもいつもの元気がない。
「そうか。なら別れろ。
お前はアンナと結婚して甲斐機関のオーナーにならなければならない。」
「いつまでもトチ狂ったことを抜かしているんじゃない!
自分の息子の過去と現在をつぶしておいて
今度は未来をも奪うというのか!?」
「なら聞くが、お前はその足でどこまでやる気だ?
お前の通っている大倉道場の指導員の給料は
コンビニエンスストアのアルバイト代とほぼ同額だ。
確かに大倉道場はそう安く沈んだりはしないだろう。
だがそんな安月給で未来を生き抜くことができるのか?
その彼女とやらを幸せに出来るのか?
何だかんだ言っても夫に求められるのは金だ。
その足ではまともな職業に就くことなど困難を極める。
だが、甲斐機関のオーナーになればその問題はすべて解決する。
給料は大倉道場のものの20倍以上だ。」
「金などに!!」
「それだけではない。
お前のその足は空手連盟の技術では完治は難しいと聞いた。
だが、甲斐機関の医療技術なら100%完治できる。
お前にとってプラスしかない話のはずだ。」
「確かにそうかもしれないがな、
俺が貴様の姦計に仕組まれた鳥籠で甘んじたら
悲しむ人がいるんだよ!!独りになる子がいるんだよ!!!
貴様は自分の保身のためにその子を見捨てろというのか!?
未来のために息子の幸せのすべてを叩き潰そうというのか!?」
「・・・廉君・・・」
「・・・・その娘の背景は知らないがなら
お前が引き取ってやればいいだろう。
甲斐機関の財力ならば娘の一人や二人引き取ることなど訳ない。」
「そんな汚い力でのごり押しで誰が笑えるものかよ!
誰が笑えるんだよ!?誰が幸せをつかめるんだよ!?」
「貴様!!」
その時。ついに痺れを切らして
ライル・ヴァルニッセが俺に襲いかかってきた。
思った以上に素早く俺の顔面に拳がぶち込まれる。
「ぐっ!」
「貴様はどこまで自分のために俺たちを困らせれば気が済むのだ!?」
「誰が!!」
すかさず奴の腹に拳を叩き込む。
しかし奴は一歩もひるまずに再び拳で殴ってくる。
「貴様の背景に何があるのかはわからん!
だがな、俺はこの人たちに命を救われた!
俺にとってこの人たちは理想郷だ!その理想郷を汚し罵ろうなどと!」
「下がれ!貴様に用はない!」
「下がれるものか!」
乱打の応酬。確かに実力は互角だ。
だが、奴には俺にない健全な右足がある分
明らかに俺が不利だった。
「俺は貴様への抑止力のために育てられた!
今まで育ててくれた恩のすべてをここで返す!」
「特定の目的のためだけの人生(いのち)などに!!」
「貴様っ!!」
奴の拳、それを制空圏で返し後ろ手に構えた拳を奴の顔面に叩き込む。
「玄武鉄槌!!」
「・・・ぐっ!」
「白虎一蹴!!」
そこから高速飛び後ろ回し蹴りで奴の顔面をひっぱたいて吹き飛ばす。
「くっ!」
無理をしすぎたか、右足から出血する。
「そこまでにしておけ二人とも。」
「・・・・はい。」
「廉、今の話よく覚えておくのだな。土曜日にまた来る。
行くぞ、アンナ、ライル。」
「・・・はい、お父様。」
「Yes,sir。」
こうして3人は帰って行った。
「・・・・廉君、」
「キーちゃん、大丈夫だよ。
絶対に君を見捨てたりはしないし諦めたりもしない。」
「・・・ありがとう。今ご飯にするね。」
「ありがとう。」
キーちゃんが台所へ向かい、俺は部屋に戻る。
「・・・・ぐっ、」
着替えながら傷をぬぐう。
思った以上に奴の攻撃は重い・・・・。
制空圏の形成も万全だ。
今日は四神闘技の2つを使うことで何とか退けたが・・・・。
「だが、」
奴は親父に尽くすことでその身を燃やそうとしている。
その覚悟がある限り倒れることはないだろう。
「それにしても、」
何を考えてやがるあのくそ親父は。
言ってることはわかる。それが筋が通った正義だということもわかる。
だが、どんなに崇高な正義であろうとも絶対じゃないんだ。
強いられて選ぶ苦渋の正義などに意味なんてないんだ。
「・・・くっ、」
予想以上のダメージか、意識がもうろうとしてきた。
「・・・・ごめん、キーちゃん・・・・起こして・・・・」
着替え途中にベッドに倒れ、そのまま意識が遠退いてしまった。
「・・・・ん、」
気付いたら天井が見えた。
時計を見ればあれから2時間が過ぎていた。
「あ、起きた?」
隣にはキーちゃんが座っていた。
「キーちゃん・・・・・・ああ、ごめん。待たせちゃったか。」
「ううん。さ、ご飯にしよう?」
「ああ。」
よく見れば着替え途中だったのに着替えがちゃんとされている。
・・・・キーちゃんがやってくれたのか。
本当に助かる女房だよ。
SCARLET24:矢面の対
 
・4月20日。水曜日。
「じゃ、稽古を始める。」
いつものように夕方の道場で
赤羽、久遠に稽古をつける。
「ところで久遠、お前大倉道場での稽古はいいのか?」
「ちゃんと行ってるよ?
私まだオレンジ帯だから正式な稽古は週に3回までしか受けられないもん。
それに死神さんの稽古の方が伸びる気がするし。
で、死神さん、私からも質問いい?」
「なんだ?」
「どうして今日もキーちゃんいるの?」
そう。今日もここにキーちゃんがいる。
まあ、家に一人で残していたら
いつあのくそ親父に何されるかわからないしな。
「ごめんね久遠ちゃん。稽古の邪魔はしないからさ。」
「いや、私はいいんだけど。」
「甲斐さん、稽古を始めましょう。」
赤羽からの催促。
「そうだな。」
赤羽もあの交流試合でだいぶ自信がついてきていた。
肉体改造に囚われない自分自身の強さに気付いたようだな。
それならそろそろ朱雀を教えてもいいかもしれないな。
あれは俺よりも赤羽向けだ。
「赤羽、いいか?」
「なんでしょう?」
稽古も中盤。一休みを入れているときに赤羽に声をかける。
「白虎、玄武に次ぐ四神闘技の
3番目の朱雀を教えようと思うんだがいいか?」
「ぜひ。」
「わかった。朱雀幻翔というのは変調を入れて
相手をかく乱しながら的確に攻撃を入れていく型だ。」
「変調・・・・」
「そうだ。どんな動きにもリズムというものがある。
そのリズムを少しずつ変えていくんだ。たとえばスピードをわざと1テンポ遅くしたりな。
戦闘中にいきなり変調を加えるだけで
相手の調子を大きく崩すこともできる。
無論自分自身のリズムをわざと外すから慣れるのに苦労するだろうが
この技は赤羽向けだ。
使いこなせれば確実に君の戦力アップにつながるだろう。」
「名前的にも美咲ちゃんに似ているしね。」
水を飲みながら久遠が言う。
「試してみてくれ。」
「了解です。」
休みを終えた後半戦。赤羽は朱雀の稽古を始めた。
やはり最初はぎこちなく転んでしまうことも多かったが向いている。
1時間で基本の型は覚えてしまった。
「よし、今日はこの辺で・・・・」
その時、ドアがノックされた。
「ん?誰だ?」
「僕が開けるね。」
キーちゃんがドアを開ける。
「え・・・・」
「失礼します。」
聞き覚えのある声。ドアから中に入ってきたのは甲斐アンナだった。
当然のようにその傍にはライル・ヴァルニッセも控えている。
「スタッフの方・・・・には見えませんが・・・」
赤羽が声を上げる。
「二日ぶりですね。」
「次に来るのは土曜日じゃなかったのか?」
「今日は私的なことでお話に来たのです。お兄様。」
「え!?死神さん妹までいたの!?」
「違う。・・・・で、話とはなんだ?」
確かに道場に来たのはこの二人だけであの男の姿はない。
「その前に椅子くらい出したらどうだ?」
「お前には聞いていない。」
ライル・ヴァルニッセの殺意の眼光に同じく殺意の眼光で返す。
「いいのです、ライル。
・・・お兄様、昨日中に現在のお兄様の背景を調べさせてもらいました。
そちらのお二方についても。赤羽美咲さん、14歳。中学3年生。
馬場久遠寺さん、11歳、小学6年生。
ですが、そちらの方について一切のデータがありませんでした。」
「・・・・・。」
キーちゃんが身をすくめる。
「人の周りをかぎまわって何がしたい?」
「お兄様のことをもっと知りたいのです。
一昨日出会うまで私はお父様から
実子がいるということしか聞いていませんでした。」
「実子の座がほしいのならそのまま戸籍ごとくれてやってもいい。」
「いえ。今の私はこの立場で幸せです。でもお父様は幸せではありません。
だから私は・・・・」
「そのためにほかの何を犠牲にしてもいいというのなら
俺はお前たちを金輪際認めない。」
殺意の眼光。それを受けてか甲斐アンナは後ずさる。
「まずは今日、話し合いをしましょう。お兄様。」
それでも何とか絞り出した言葉がそれだった。
「・・・・・」
仕方なく俺は畳の外にテーブルを置き、
そこに二人を座らせた。
「赤羽、久遠。もう遅いから帰っていいぞ?」
「いえ、構いません。」
「ここまで聞いたら気になるよ。」
とか言って後ろに控える。
俺はため息一つつき、甲斐アンナに向き直る。
「まずそちらの求めるものはなんだ?」
「お父様のお望み通りお兄様が私と結婚し、甲斐機関を継ぐことです。」
「!?」
後ろの二人が驚くのがわかる。
「ちょっと待って!死神さん、この人たちはなんなの!?」
「10年前に家を出て海外に行った親父が拾った連中だ。
医療メーカーの甲斐機関の総帥とそのボディガードだ。」
「で、答えは?」
「決まっている。お前も甲斐機関もいらない。
あの男もろとも甲斐機関に帰れ。」
「・・・私のことは構いません。お父様のお望みをかなえるためであれば、
たとえあなたが甲斐機関を相続した後に殺してくれても構いません。
だから形式上でもお望みをかなえてあげてはいただけませんか?」
「そんな自棄捨身な身勝手、ますます気に入らないな。
他者のために自分のすべてを犠牲にすることなど愚の骨頂!
そんなものは逃げにすぎない。
その身を尽くすということはその身を果てさせることではない。」
「何と言われようと私の決意は変わりません。
隣の女性が気になるというのでしたら
私と結婚した後離婚して結婚したらどうなのですか?」
「貴様は何もわかっちゃいない!」
テーブルをたたく。
「俺たちはチェスの駒ではない!
与えられた役目だけ果たせばいいなどと無責任にもほどがある!
その役目を終えた後なら捨てられてもいいなど下種にもほどがある!!
貴様はあの男のために命を尽くし果てるのが
自分の幸せだと思っているようだが
そんなものは幸せでもなんでもない!ただ自分に酔っているだけだ!!」
「私のすべてはあの方のためにあるのです!!
それが私があの方に還せるただ一つの恩返しなんです!」
「ならば貴様はどこにいる!?」
「え・・・・?」
「貴様のすべてがあの男のためにあるなら貴様の存在はどこにいる!?
今そこにいるのが貴様ではないのか!?
人間は人間である以上ほかの何物でもないただ一つの存在なんだ!
それを無視して他人に尽くそうなどおこがましい以上に愚かなことだ!
そんなことでしかできない貴様もそんなことを
望まれて平気な顔をしているあの男も
生きとし生ける命すべてに対する侮辱だ!恥を知れ!!」
その頬をひっぱたく。
「貴様!!」
すぐさまライル・ヴァルニッセが飛蹴りを打ち込んできた。
「ちっ、」
「貴様という奴は許せぬ!
貴様の偽善に他者を巻き込むな!他者の幸せを踏みつぶすな!!」
「どっちがいうことだ!!」
すぐに奴の腹に拳を打ち込む。
「ならば!」
「何!?」
奴の動きが変調した!?まさかこれは・・・・
「朱雀と言ったか?」
変調からの乱打がすべて俺の体に叩き込まれた。
「貴様・・・・見ていたのか・・・・?」
「勝手に技を披露してくれるとはな。
おかげでこの通り。」
くっ、奴の攻撃が避けられない・・・・!
「手段を選ぶつもりはない。
だからここで貴様をねじ伏せて婚姻届にサインをさせてやる。」
「・・・!そんなこと、させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
無理矢理相手の変調に合わせてタイミングを合わせる。
「青龍一撃!!」
踏込から全力を込めた拳を奴の胸に叩き込む。
「くっ・・・・!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
拳から離れた奴の体が壁にたたきつけられる。
「ぐうううううううううううううう!!!」
右足から血が吹き上がる。
「甲斐さん!」
「死神さん!!」
よろめいたところを二人に支えられる。
「くっ、恐ろしい破壊力だが
貴様の四神闘技とやらはすべて見せてもらった。
今とどめを刺してやる。」
「やめなさい、ライル!」
「!」
甲斐アンナがとめた。
「・・・・今日は帰りましょう。」
「・・・・わかった。」
「・・・お兄様、私は諦めるつもりはありません。」
「・・・上等だ。」
俺の意識は二人が道場を去ったところで消えた。
SCARLET25:天才少女フェイズ3
 
・ふう、びっくりしたなぁ。
けど死神さんがここまで怒るなんて。
「ううっ・・・・」
とりあえず美咲ちゃんと二人で死神さんを寝かせて
傷の手当てをしないと・・・・。
「うわっ・・・・」
あっちこっち骨が折られてるよ。
それになんといっても右足がひどい・・・・。
「すぐに医療スタッフの方を呼びます。」
「お願い、美咲ちゃん。」
美咲ちゃんがケータイで呼ぶ。
「・・・・で、こっちのみさきちゃんは何考えてるのかな?」
「え?僕?」
「そうだよ。さっきから何もしゃべってないし。
心配そうに彼氏を見つめるのはいいけどさ、
余計なこととか考えていないよね?」
「余計なこと?」
「そう。キーちゃんがこの人のもとを離れれば
すべて解決するとか思ってないでしょうね。」
「・・・・君は頭がいい小学生だね。
大丈夫だよ。そんなことしたら廉君が怒るから。」
「・・・やっぱり君たちいいカップルだよ。」
「けど、どうすれば解決するのかなって。
あの子たちの言い分も間違ってはいないし・・・。」
「でも、あの人たちのやり方は気に入らないね。
気持ちはわからないでもないけどさ。」
「うん・・・。だからどうにかしてあげたいなって。」
全くかなわないよこの人は。
あの死神さんが命がけで守ろうとするだけの女だよ。
「きました!」
美咲ちゃんが誘導し、スタッフの車が来た。
すぐに3人のスタッフが来て死神さんを運んでいく。
「あなた方も来ますか?」
「僕は行くよ。」
「そうだね。私も行こう。美咲ちゃんは?」
「行きます。」
お父様に怒られそうだけど放っては置けないし。
「鍵はキーちゃんに預けるね。」
「うん。任せて。」
道場の鍵を閉めてキーちゃんに渡す。
そのあとスタッフの車で特別病院に行って死神さんは手術室に。
その間にキーちゃんから詳しい事情を聴く。
「・・・なるほどね。」
どっちもどっちで自分の正義を貫いているってところかな。
大きなポイントとしてはキーちゃんの存在と死神さんの右足。
この二つは二者択一って感じかな。
キーちゃんを取れば右足は治らないし
右足を治すためにはキーちゃんを見捨てないといけない。
「・・・・・。」
「ん、どうしたの美咲ちゃん。」
「いえ、以前も甲斐さんは私のためにあの青龍一撃を放ちました。
その時でさえ怪我がひどくて入院したのに今回は・・・・。」
「あの人結構無茶するからね。」
ある意味羨ましいかも。私だけまだ一度もないし。
まあでも死神さんには救われたからいいかな。
「ねえ美咲ちゃん、今度は私たちであの人を助けてあげようよ。」
「そうしたいのはやまやまですがどうする気ですか?」
「死神さんを困らせているのはあの右足でしょ?
ならなんとか右足を治そうよ。」
「ですが空手連盟の医療技術では難しいのですよ?
日本でここ以上に医療がすぐれているのは甲斐機関だけです。」
「ならアメリカに行くのはどうかな?」
「無理だと思うよ、ここの空手連盟なら医療費は出るけど
それ以外だと医療費は出ない。難しい手術をするにはかなりお金がいる。
けどそれをあの人が出すとは思えない。」
「むう・・・・・。」
八方ふさがりだよねやっぱり。
 
・「・・・・・う、」
気付いたら知らない天井だった。
いや、見覚えはあるな。
「あ、気付いた?」
「キーちゃん・・・・?ああ、そうか。」
ライル・ヴァルニッセとの戦いの後気を失っちまったのか。
で、ここは空手連盟の特別病院か。
「よう、」
「牧島さん・・・・」
「相変わらずお前は無茶ばかりするわなぁ。
ついこないだ運ばれたばかりだっつうのに。」
「・・・・で、俺のけがはどうですか?」
「ああ。ろっ骨3本、左右の鎖骨が折れているな。
まあこれならまだいいんだが、問題は右足だ。」
「・・・・・どうなってます?」
「はっきり言う。これ以上は無理だ。」
「は?」
「まず1月にお前が運ばれたとき。
あの時の時点で治る確率は50%だった。
週2のペースで治療をすればまあ1年くらいで治っただろう。
だが2回目。2月にお前が運ばれたとき。
あれで率は20%にまで低下。治ったとしても2年はかかる。
んで、今回。ついに20%から0%になっちまった。
いくら時間をかけて手術しようが悪化を防ぐのが精一杯だ。
これ以上よくなることはない。」
「・・・・・。」
「そこの子から事情は聞いた。
そこでだ、甲斐機関の技術なら治るかもしれない。
あそこの医療技術はアメリカの5年先を行っている。」
「あんたいつから回し者になったんだ。」
「ただの情報だよ。ほら、杖。」
「・・・・。」
差し出されたのは以前の樽のようなタイプの杖ではなく
もはやバイオリンとかコントラバスみたいな大型楽器だった。
「もう足切って義足にしたほうがいいんじゃないのか?」
「生足並みにいい義足があったらな。」
「・・・廉君、ごめんね。僕のせいで・・・。」
「キーちゃん、そんなこと言わないでよ。
キーちゃんにはさ、謝ってもらうより
ずっと笑ってくれていた方がいいんだからさ。」
「・・・・うん。」
「あぁー・・・・・お二人さん。ここは病院なんでな。」
牧島さんが咳払いをする。
「赤羽ちゃんと久遠ちゃんは帰ったよ。もう遅いし。」
「ん、」
時計を見れば夜中の3時だった。
「まあ、こんな時間に帰すわけにもいかないから
今日は病院に泊まって行け。じゃ、俺は帰るから。」
「すみません、牧島さん。」
なんだかんだでこの人はいい人なんだがな。
「・・・ねえ、廉君。僕はどうすればいいのかな?」
「どうって?」
「さっき久遠ちゃんが言ってたけれど
廉君が甲斐機関を受け入れられない理由は
僕の存在とその右足だって言ってたんだ。
その右足がもうダメってことは僕は・・・。」
「キーちゃん、いなくなろうとなんてしないでくれよ。」
「わかってるよ。ただ、何かしてあげたいって。」
「大丈夫。キーちゃんが笑ってさえいてくれれば何でもできるさ。」
「・・・うん。あのね、
今度の土曜日にあの人たちが来たときに僕も会話に参加していいかな?」
「え?まあいいけど、どうする気だい?」
「ふふ。内緒。でもたまには奥さんを頼ってよ。」
「・・・・たまにどころか君にはいつも感謝して信頼しているけどね。」
少し、元気が出てきたな。けど問題なのはライル・ヴァルニッセだな。
奴には四神闘技をすべて見られてしまった。
もし奴が力ずくで来ようものなら・・・・・。
いや、それでも負けるわけにはいかない。
SCARLET26:甲斐の明日
 
・そして迎えた土曜日。
「ここが死神さんの家か。」
昨日話したら赤羽と久遠も来た。
「来なくてもよかったんだぞ?」
「だってまたあの人が来たら死神さんヤバいんじゃないの?」
「微力ながら私も加勢いたします。」
まあ、確かに3対1ならば
ライル・ヴァルニッセにも勝てるだろうが、恰好がつかないな。
「まあいいじゃない。かわいいお弟子さんが来てくれたんだから、」
キーちゃんはそう言って笑う。
そして、甲斐機関の3人がやってきた。
「ずいぶん無様になったな。」
「どこかの外人がタコ殴りしてくれたおかげでな。」
親子の会話。だがそこに温情のへったくれもなかった。
「それに外野も二人いるようだ。まじめに話すつもりがあるのか?」
「ある。そして返す言葉は同じだ。俺はあんたの言いなりにはならない。
そこの女と結婚する気も甲斐機関を継ぐ気もない。」
「どうしてもか?」
「ああ、どうしてもだ。」
「なら、会話はもういらない。ライル。」
「Yes,sir.」
そして再び奴が動き出す。が、
「待ってください。」
そこへキーちゃんが声を上げた。
「なんだ?」
「二人の望みが同時にかなう方法、聞きたくありませんか?」
「・・・ほう、」
「キーちゃん・・・・?」
そんな方法があるのか・・・・?
「言ってみろ。」
「はい。まず廉君の望みは僕と結婚することとその右足を治すこと。」
「いやまあ、足はこの際仕方ないと思うけれど・・・。」
「で、そちら側のお望みは甲斐機関を廉君に与えること。」
「そうだ。」
「ならいい方法がありますよ。これを見てください。」
キーちゃんが何かを出した。
それは一枚のカードだった。
「・・・・む、それは・・・・。」
「そう。日銀が発行した専用ブラックカード。
これが何なのかわかりますよね?」
「・・・・・。」
「キーちゃん、それは?」
「うん。これはどんな財閥、
どんな会社でも一つだけならこれと引き換えに買収できるカード。
世界に3枚しかないんだけどね。これで甲斐機関を買収します。」
「!そんな・・・・!」
一気に部屋の雰囲気が変わった。
甲斐機関を買収だって・・・・!?
なんて切札を持ってるんだよ君は・・・。
「まさか、そんなものがあるとは・・・・。」
「これで甲斐機関を買収。
僕が甲斐機関のオーナーになってそのあと廉君と結婚すれば
廉君が甲斐機関を継ぎ、あなたの目的は達成します。
ブラックカードはご自由にお使いください。さあ、どうします?」
「ま、待ってください!
そんなことをしたら私はお兄様と結婚できないじゃないですか!」
「けどあなたの目的であるお父様のお望みはかなうよ?」
「けど、そんなことしたら10年間の私の苦労は
なんだったというのですか!」
「あなたはお父様に尽くし果てるのが目的だったんじゃないの?」
「・・・・そうですが・・・・!」
「あんたはどうなんだ?」
俺は仏頂面のままの親父に声をかける。
「確かに目的は達成する。
だが、お前は何者だ?お前に息子をくれてやれるのか?」
「僕はキーちゃん。甲斐三咲です。
僕以上に廉君を幸せにできる女の子はいませんよ。」
「・・・・・。」
中々恥ずかしいことを言ってくれるなぁ・・・・嬉しいけど。
「・・・ライル!」
「了解!」
その時だった。
甲斐アンナの号令でライル・ヴァルニッセがキーちゃんへと向かったのは。
「させるか!!」
それを止める。
「どけ!」
「誰が!!ここで決着をつけてやる!」
ライルの拳を受け止めて立ち上がる。
「ライル!ブラックカードを!それさえなければ!」
「わかった!」
「させるかってんだよ!!」
奴の攻撃を受け止めて膝蹴りを打ち込む。
「邪魔だ!今貴様に用はない!」
「いい加減にしろよ!!」
「どかぬというのなら予定通り寝てもらう!」
奴が変調し始める。朱雀か・・・・!
「赤羽!久遠!キーちゃんの護衛を!」
「そしたら甲斐さんは・・・・!」
「大丈夫だ!俺を信じろ!」
朱雀は俺の技だ。見よう見まねでどうにかなると思うな!
「朱雀幻翔!」
「はあっ!!」
奴の変調乱打を制空圏で防いでいく。
が、防ぎきれずに頑強な攻撃を何発かもらってしまう。
「白虎一蹴!」
そして制空圏が崩れたところに白虎を繰り出されて
俺の体が宙を舞う。
「がはっ!!だが、せっかくキーちゃんがくれた幸せの鍵だ。
貴様らなどに渡してたまるかっ!!」
立ち上がる。
同時に奴の拳が顔面に突き刺さる。
「青龍一撃。」
「つっ・・・・!!」
ぎりぎりで制空圏で逸らせたが完全に
威力を殺せずまた骨が何本か折られてしまう。
こいつ、完全にものにしてやがるのか・・・・!
「ぬん!!」
奴の素早い拳は俺の制空圏を抜いて腹にぶち込まれる。
俺はその腕をつかみ、関節を極める。
「む・・・・!」
「実戦空手だ。反則とかいうなよ!」
奴の右腕を決めながら立ち上がる。「離せ!」
左拳が来る。
「玄武!」
それを片手の制空圏で防ぎ、
ほぼ同時に左の膝蹴りで奴の腹を穿つ。
「ぬ!」
「オリジナル舐めるな!」
決める手に力を込めて奴の体を床にねじ伏せる。
「くっ・・・・俺は負けられない!」
奴の後ろ蹴りが俺の右ひざに命中する。
「ううっ!!」
急所を撃ち抜かれて決めた腕を離してしまう。
「ジャン=ガル=ロナ!!」
奴が裏拳を高速で振るい、挟み込むように俺の顔面を穿つ。
「ぐうううううううううう!!!」
顔の形が変わりそうだ・・・・!
おまけに頭もガンガンする・・・・!だがここは負けちゃいけない・・・・・!
「寝ろ!朱雀!」
奴の変調乱打が俺の体の骨を砕いていく。
そのうちの一撃を受け止める。
「反し椿!」
そのまま奴の方へ跳ね返す。
「ヴァル=ガン=ダル!!」
奴が飛び、両足で挟み込むように俺を攻撃する。
「くっ!!」
奴の爪先とかかとが同時に命中し、一瞬視界が深紅に染まる。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
何とか立ち上がり、奴の顔面に拳をぶちこむ。
「・・・くっ!」
奴がバランスを崩し、ひざまずく。
俺の方もダメージが大きすぎる・・・・!
「ぐううううううううううううううううううううううう!!まだだ!!!」
奴が立ち上がる。
おいおい、もう立てる体じゃないだろうに・・・・!
「せめて・・・あのカードだけでも・・・・!」
奴がキーちゃんの方へ向かう。
と、
「美咲ちゃん!合わせて!」
「了解!」
赤羽と久遠が奴に向かっていく。
「何!?」
「白虎一蹴!」
「虎徹絶刀征!!」
赤羽の白虎が奴の顔面に放たれる。奴はぎりぎりで防ぐ。
しかし、久遠の強烈な一撃が奴の左足を砕く。
「があああああああっ!!!」
「・・・・勝負あったな。」
ライルは足を砕かれてそのまま倒れた。
「・・・・まだやる気か?」
甲斐アンナの方をにらむ。
「ま、まだです!ライル!立って!ライル!」
「・・・・・・うう、」
彼女の呼びかけに反応するライル。
「もうやめておけ。下手に動くと二度と立てなくなるぞ。」
「情けなど・・・・!」
奴は立ち上がる。そして素早く朱雀の乱打で赤羽と久遠を殴り倒す。
「ううっ!!」
「そんな・・・!」
「つ、捕まえたぞ・・・!」
奴の手がキーちゃんの手をつかむ。
「ううっ!」
「キーちゃんに手を出すなっ!!」
その手を払い、奴を殴り倒す。
それでもキーちゃんを襲おうとする
ライル・ヴァルニッセを俺は殴り倒した。
「くっ!」
「ライル!貴様は親父の下じゃないのか!?どうして戦う!?」
「俺は・・・・!」
「・・・・!お前・・・・そういうことだったのか・・・・!」
ライル・ヴァルニッセが本当に戦う理由は親父じゃなくて・・・・・。
「俺は、負けられない!甲斐廉!貴様にだけは!!」
ライル・ヴァルニッセが拳を構える。だから俺も拳を構えた。
「なら俺はお前を倒す!そうしなければ前に進めないというのなら!」
「来いっ!!甲斐廉!!」
二人同時に一歩踏み出す。
「青龍一撃!!」
踏込からの全力の拳を奴の胸にぶち込む。
手ごたえは・・・・深い!のに、どうして倒れないんだ!?
「ぐうううううううううう・・・・!!リ=イン=ハウ=ゼル!!」
奴は俺の拳を受けたままその力を利用してアッパーを俺の顎にぶち込む。
「があああああっ!!」
あ、顎が・・・・・・!!
「勝った・・・・・!」
「いや、まだだ!!」
奴にぶち込まれたままの拳に再び力を入れる。
「これは・・・・!!」
「青龍二段!!」
零距離から2発目の青龍をぶちこむ。
今度こそ奴の覚悟を打ち砕き、奴の体を後方までブッ飛ばした。
「・・・・・。」
奴は完全に意識を失ったようだ。
しかし心なしかその顔に悔いはなさそうだった。
「ライル!」
「アンナちゃん、これでもういいかな?」
彼女の前にキーちゃんが来る。
「あなたなんてどうして!」
「君は最後までお父様のためと言ったね。
廉君はどうなの?君は一度も廉君を幸せにしたいとは言っていない。
そんな今の君に幸せなんてないんだよ。その結果は誰も望んでいない。」
「・・・・そんな・・・・」
「ってわけだ。親父。これで決着だ。二人を連れて帰りな。」
「いいが、本当に甲斐機関を継ぐのだな?」
「ああ。不愉快だが定年後の面倒は見てやるよ。
甲斐機関のその後についてはわかり次第連絡する。」
「・・・・帰るぞ、アンナ。」
「・・・はい、お父様。」
そういって親父は気絶したライルを背負って彼女とともに去って行った。
「・・・・ふう、」
椅子に座る。
「甲斐さん、お体は大丈夫ですか?」
「何とかな。お前たちも大丈夫か?」
「私は平気です。」
「私は驚いたよ。初見で制空圏を当たり前のように破られるなんてね。」
「それにしてもキーちゃん、ブラックカードなんてよく持ってたね。」
「うん。本当は廉君が望む者のために使いたかったんだけどね。
最後の最後の切札だよ。とりあえずさっそく使っちゃう?」
「任せるよ。・・・しかし、」
あまりのダメージの大きさに俺は椅子から転んでしまう。
「くたびれたな・・・・・」
奴とは3戦したが完全勝利は初めてか。
「部屋までお連れしましょうか?」
「頼む。」
赤羽に肩を借りて部屋まで行く。
「・・・これでその足も治りますね。」
「ああ。だけど手術するのは夏休みに入ってからにする。」
「どうしてですか?」
「6月に君の試合があるはずだ。
今手術をしたら甲斐機関の技術と言えど一か月はかかる。
そうなると君に稽古をつけてあげられない。」
「・・・こんな時くらいご自愛ください。」
「・・・性分なだけだ。」
部屋に来る。同時に俺はベッドに倒れこむ。
「・・・赤羽、」
「なんでしょうか?」
「その体、甲斐機関でなら治せると思うか?」
薬物によって改造された肉体だ。どうにかして治してあげたいが・・・・。
「わかりません。ですが私は特に困ってはいませんよ。
この体だからあなたに出会えた。むしろ感謝しているくらいです。」
「・・・・そうか・・・・。」
俺の意識はそこで途絶えた。
最後に見れたのは赤羽の笑顔だった。
SCARLET27:甲斐機関
 
・4月24日。日曜日。
さっそくキーちゃんがブラックカードを使って甲斐機関を買収した。
ブラックカードは甲斐アンナの所有となる。
「これで自由に生きればいいよ。」
「・・・・・はい。」
「本当に行くんだな?」
「ああ。俺が定年するまではまだ。」
「そうか。・・・・ライル・ヴァルニッセ、今度は試合で勝負だ。」
「・・・・望むところだ。」
「式を挙げるときは連絡しろ。」
そういって3人は再び海外へ去って行った。
無事甲斐機関は買収できたけど実質まだ結婚してないから
キーちゃんがオーナーということになる。
「じゃ、まずは廉君の怪我から治そう。」
「頼むよ。」
最新技術の医療カプセルの中に入る。
中に入るだけで生物の自然治癒能力が活性化されて
傷の治りが速くなる。
昨日あれだけ殴られたのにもうほとんど痛みがなくなっている。
「ものすごいエネルギー消費だから一日に2時間しか起動できないんだ。
それでも一週間くらいで昨日の傷は治ると思うよ。」
「ありがとう。」
ふと値段を見るとこのカプセルは一台30億もするらしい。
・・・・とんでもないな。
「けどここってお金の管理がすごいね。
今までで一度も赤字になってないよ。」
「・・・・あの子を管理人として残した方がよかったか?」
「あ、でもあの子からメッセージで管理方法のアドバイスがある。
・・・・・あはっ。」
「ん、どうしたの?」
「あの子がね、僕のことお姉さまって。」
「へえ、」
紆余屈折あってキーちゃんのことを認めてくれたようだな。
「けどここってほとんど人間がいないんだよね。
業務とかみんなロボットがやってるみたいだし。」
「なら、一人くらい人間がいてもいいかな。」
「?」
あとで牧島さん辺りを雇ってやろう。きっと喜ぶだろう。
ここは家からも近いし、確かに便利だな。
「廉君廉君、」
「ん?」
「今データを見てみたけどその右足、
とりあえず日常生活に問題ないレベルにまで回復するのに
一か月かかるって。で、完全に治すのにさらに一か月かかるって。」
「そうか。やっぱりまだ本格的には治せないかな。」
6月の赤羽の試合。それを見るまでは安心できないな。
別に赤羽のことを信頼していないわけではないが。
一応学校に連絡したところ7月はほとんど授業がないから
7月の頭から入院できるそうだ。
それなら8月中旬の清武会を見ることもできる。
今の赤羽の実力なら清武会にも十分通用するだろう。
そういえば久遠も8月の清武会に出るって言ってたな。
ならもう一度二人の戦いを見ることができるかもしれないな。
「そういえばさ、廉君は足が治ったらどうするの?」
「どうするのって?」
「空手だよ。指導員辞めて現役選手に戻るの?」
「そうだね。そこは大倉会長次第だけどどうだろう。
赤羽もそろそろ普通の道場に通わせた方がいいのかもしれないし。」
いつまでもあんな小さな道場に
居座り続けていられるほど小さな器でもない。
赤羽には才能がある。久遠ほどではないにせよ俺の手には余りそうだ。
どのみち7月8月は俺は入院して稽古はさせてあげられないから
大倉道場で稽古を受けることになる。そのあとだな。決めるのは。
SCARLET28:朱雀が幻を残して羽ばたくように
 
・6月。赤羽の2回目の交流試合の日が来た。
「・・・行ってきます。」
赤羽が1回戦の戦場へ行く。
「死神さん、今の美咲ちゃんならどこまでいけると思う?」
「そうだな、お前のような怪物が出ていないし赤羽自身も
3か月で成長した。優勝してもおかしくはない。」
だが、今の赤羽は・・・・。
「では、第一回戦を始める!始めっ!!」
号令がかかり、赤羽は対戦相手へ走る。
「朱雀幻翔!」
いきなり変調を始め、
敵のリズムを崩しながら鋭い攻撃をガードの薄い場所へ叩き込んでいく。
「終わりです。」
そして赤羽の回し蹴りが相手の顔面をひっぱたき、KOにした。
「すごいじゃん美咲ちゃん!
まだ10秒くらいしかたってないのにKOしたよ!」
「・・・・ああ。」
「・・・?死神さん、どうかしたの?」
「なんでもないさ。」
何でもなくはない。
それは一か月前のこと。
久遠がいないある稽古の時に赤羽が急に倒れた。
すぐに甲斐機関へ運び検査したところ、
内臓器官に異常が出始めていた。
「どういうことだ?」
「・・・・私が三船を離れたからでしょう。」
「三船を?」
「はい。三船から定期的にワクチンを体に与えられなければ
この体は急激に寿命が縮み、限界を迎えてしまいます。
私が三船を離れてからもうそろそろ半年。
矢岸先生の治療があっても限界が来てもおかしくはありません。」
「なら今すぐここで治療を・・・・!」
「そうすれば試合に間に合いません。」
「試合どころではないだろう!?」
「ですが!あなたが安心して入院できるように
私は私をあなたに見せたいんです。4か月間あなたから教わったすべてを。
・・・・私自身ここで退くわけにはいかないんです。
焼き払したいものが、燃え尽きたいものがあるんです。」
彼女はそう言った。
彼女の場合は負傷でも病気でもない。薬物による人体改造だ。
普通の治療では治せない。
場合によっては三船の助力が必要になるかもしれないし、
最悪の場合治らない可能性もなくはない。
いつ手遅れになってもおかしくないその体で彼女は今戦っている。
試合は100%と言える戦いだ。
だが、俺には無理をしているようにも見える。
古い漫画にはあった。すでに手遅れになった体でまるで自分のすべてを
戦いに燃やして何も残らず真っ白に燃え尽きた男。
それと同じように彼女は壊れた体をこの試合にささげて
燃やし尽くして焼き払おうとしているのではないだろうか。
彼女は、赤羽美咲は生き急いでいるように見える。
必死になってその身を燃やして試合という形で
自分の面影を残そうとしているように見える。
まるで朱雀が幻を残して羽ばたくように。
「・・・・では、行ってきます。」
赤羽が第二回戦の戦場へ向かう。
「赤羽、」
「なんでしょうか?」
「朱雀は未来にはばたくものだ。忘れるなよ。」
「・・・・・はい。全力を尽くします。」
そういって彼女は戦場へと向かっていった。
 
・彼女が2回戦の戦場へたどり着く。
そこには一人の少女がいた。
とても赤羽にそっくりな少女。
名前は・・・・白羽睦月。所属は、三船道場・・・・・。
「・・・・・・・。」
「・・・・・三船の、新たな戦術人形・・・・!」
赤羽が構える。
「第二回戦、始めっ!」
号令がかかる。
同時に赤羽と白羽がぶつかり合う。
白羽は赤羽より小柄で2つくらい年下に見える。
だから余計に赤羽よりもすばしっこい。
おまけに初めて彼女と会った時と同じようにどこまでも無表情。
「ねえ、死神さん。あの子美咲ちゃんに似てない?」
「・・・・・ああ。」
おそらく赤羽をベースに作られている。
白羽からは生きた気配を感じない。前回いた白帯の男のように
パーフェクトサイボーグなのかもしれない。
「くっ!」
やや赤羽が押されていた。
白羽は四神闘技こそないもののパワーもスピードも赤羽を超えていた。
赤羽は朱雀を使うことで何とか互角の攻防をしているといったところだ。
だが朱雀は体力を消耗する。
パーフェクトサイボーグに体力の限界がないというのなら、
「うっ!」
長引くほどに赤羽の不利だ。
今も軌道を見切られ、鋭い前蹴りを腹に受けた。
赤羽はまだ制空圏と朱雀を同時に使うことはできない。
「はあ、はあ、」
息を切らしてきた赤羽。
制空圏を練り上げる。
が、白羽は赤羽の制空圏の隙である
下段に集中砲火を行なう。
「つっ・・・・!」
赤羽がバランスを崩す。そして白羽が飛蹴りを打ち込む。
「くっ!」
赤羽はぎりぎりで制空圏で回避し、そこでタイムアップとなった。
判定は引き分けだった。
「あの胴衣、美咲ちゃんの胴衣と同じワンピースタイプだし。
どう見ても美咲ちゃんと何か関係あるんじゃないの!?
死神さんは何も知らないの!?」
詰め寄る久遠。
「久遠、この試合が終わったら話がある。
それまで何も聞かずにいてほしい。」
「・・・うん、わかった。」
黙る久遠。
いつもなら愛の告白だとからかうところだろうが
さすがに今日はシリアスなようだ。
しかし、もともと持久戦が得意でない赤羽だが
今日はいつも以上にスタミナの減少が激しいように見える。
そこまで攻撃は食らっていないはずなのに
赤羽は今にも倒れそうなくらいにグロッキーだ。
「延長戦・開始!」
号令がかかり、両者がスピードを発揮する。
「玄武・・・!」
赤羽が白羽の攻撃を制空圏で防ぎ後ろ手に構えた拳を振るう。
が、白羽はそれを防ぎ回し蹴りを赤羽の腰に叩き込む。
「ううっ!」
「・・・・その腰、返して・・・・」
「え・・・!?」
「・・・・あたしの骨、返して・・・・」
「・・・まさか・・・・」
動揺する赤羽の額を飛蹴りが襲った。
「・・・ううっ!」
額を抑えてうずくまる赤羽。
「・・・返して・・・あたしの骨・・・・」
間も与えずに
白羽が赤羽を蹴り倒す。
あの白羽睦月というのは赤羽美咲のクローンか・・・・!
そういえば久遠に骨を砕かれた赤羽には
三船道場にいる赤羽のクローンの骨を移植したんだったな。
「・・・返して・・・あたしの血・・・・」
「がああああ・・・・・!!」
倒れた赤羽の腹を踏みつける白羽。
「ジャッジ!反則じゃないのか!?」
声を上げる。
「は、反則!離れなさい!」
ジャッジが白羽を離す。
「ううっ・・・・」
何とか立ち上がる赤羽。
その顔面を白羽の回し蹴りがひっぱたく。
「せっ!」
すぐに一本を取られ、今の反則を帳消しにされてしまった。
「返して・・・・あたしを・・・・」
再び赤羽の腹を踏みつける白羽。
「あなたはあなたじゃない・・・・。
あなたなんてどこにもいない・・・・。
あなたは誰でもない・・・・。あなたはあたしじゃない・・・・。
あなたに意味なんてない・・・・失敗作。」
白羽は容赦なく赤羽の腹を踏みつけていく。
「そんなことはない!!」
「・・・・・」
白羽がこちらを向く。
「たとえクローンだろうと人は人だ。そいつ以外の何物でもない。
赤羽も君も、君たちしかいないんだ。」
「それでもあたしはほかに10人はいる・・・・。」
「そんなの関係ない!
それぞれすべてに意味はある。失敗作などあり得ないんだ!」
「・・・・そう・・・です!」
赤羽が白羽の足をつかんでどかす。
「私は私です!赤羽美咲です!白羽睦月ではありません!
あなたはあなたです!白羽睦月です!赤羽美咲ではありません!
そして、これが私が生きた証・・・私の命の炎の証です!」
赤羽は再び朱雀を使用する。
そして変調を利用して白羽に拳を打ち込んでいく。
「・・・・体が熱い・・・・どうして・・・・・」
「まさか、一発一発に分割して送熱を!?」
拳がふれた瞬間にだけ送熱をする・・・・。
けどそれは体への負担が大きすぎる・・・・!
「朱雀・・・・炎翔!!」
最後に赤羽のスピードをかけた拳が白羽の胸に叩き込まれた。
「・・・ありえない・・・・パーフェクトサイボーグなのに・・・」
「同じ人間です。いくらでも可能性はあります。」
「・・・・けれどあなたのその炎はもうじき絶える。
あなたの可能性はもう燃え尽きる・・・・。」
「・・・それでも私は全力を尽くすだけです。」
「・・・・・・そう、」
白羽が倒れ、KOと判定された。
「赤羽!」
グロッキーな赤羽を支える。
「・・・甲斐さん、ありがとうございます・・・。」
「気にするな。だが、無理はするな。」
「・・・・はい・・・・」
しかし既に彼女に意識はなかった。
彼女の体は爆発しそうなくらいに熱かった。
「久遠、水を持ってきてくれ!」
「わかった!」
赤羽を控室まで運び、久遠には水を持ってきてもらう。
「・・・美咲ちゃん、大丈夫なの?」
「・・・・・わからない。」
体温は40度を超えている。
昏睡状態と言ってもいいかもしれない。
次の試合までに目が覚めなかったら甲斐機関へ搬送しよう。
だが、
「・・・・大丈夫、です。」
無情にも彼女は目を覚ましてしまった。
SCARLET29:赤に咲く
 
・第三回戦目。
無理だと思っていたが赤羽は
特に問題なく相手を打破してブロック決勝戦に進んだ。
「じゃあ、赤羽ちゃんはブロック決勝戦まで進んだんだ。」
「ああ。
けど、そろそろきつくなってきたみたいだから準備しといてくれるかな?」
「うん。赤羽ちゃんをよろしくね。」
「ああ。」
キーちゃんと連絡を取る。
いつでも治療ができるようにスタンバイしてもらっている。
「これよりブロック決勝戦を開始する!」
号令がかかる。
「行って来い。」
「はい。」
赤羽が戦場へ向かう。
相手はあのリインハルトだった。
あの時はスピードでは負けていたが今回は・・・・。
「ではブロック決勝戦・始めっ!」
号令と同時に赤羽は朱雀を展開する。
それで調子を崩されたのかリインハルトは竦む。
赤羽の灼熱の攻撃がリインハルトを襲う。
リインハルトも得意のスピードで赤羽を襲うが、
朱雀のフェイントにまんまと引っ掛かり空振りで無防備になったところに
スピードを込めた拳を打ち込まれて開始30秒でKO負けとなった。
「朱雀炎翔・・・・」
赤羽が編み出した技は絶好調だった。
送熱を含んだ拳を朱雀と混ぜて使い、躱すことも防ぐこともできずに
体力を削られその状況を打破するために放った一撃を回避して
スピードを込めた一撃で沈めるという技。
元々朱雀は彼女と最高に相性のいい技と思っていたが
交流試合に参加する程度の相手になら
大抵完封勝ちできるほどとは思わなかった。
だが今の彼女は危険だ。
昼休みを挟み、決勝戦が始まる。
相手は伏見道場の中学2年生の少女・衣笠愛美だった。
伏見で女性とは珍しいな。
けどそれは逆に強敵の証。
「決勝戦・開始っ!」
号令がかかる。
「はああっ!!」
突如、衣笠の轟雷のような攻撃が赤羽を襲った。
「!?」
制空圏を練る暇さえ与えられずに彼女の体が宙を舞う。
「あれは、綺龍最破!?」
「知ってるの?」
「黒帯の上、2段を取るときに必要な型の一つで制空圏相手だろうと
構わずに打ち破る超攻撃用の型だ。
まさか、交流試合で見られるとはな。」
綺龍最破なんて俺がいた実戦クラスの大会でだって
中々みられるものじゃないレアな技だ。
これを教えているとは、伏見道場の指導には相変わらず驚かされる。
だが、彼女だってそうやすやすと負けたりはしないはずだ。
攻撃をガードする。ごく普通な攻撃への対処法だ。
しかしガードした場合にもわずかながらダメージはある。
綺龍最破は相手がガードしていようがむしろそれを利用して
大ダメージを与える攻撃に特化した技だ。
教科書にも載ってるくらい知られた技ではあるが
これをマスターできるものはそのうちの1%未満だ。
それを中学2年生ができるとは驚きだ。
が、赤羽美咲も負けてはいない。
「くっ!」
「な、」
突撃を制空圏でずらして玄武のカウンターを打ち込む。
綺龍最破相手にガードは禁物。
だから最も有効な手段は回避。
衣笠の突撃はパワーはあるが、スピードはそこまで速くはない。
それに気付いたのか彼女は朱雀を発動する。
綺龍最破を回避し、的確に攻撃を加えて行く。
「ならば!」
衣笠は戦術を変え、綺龍最破なしでの攻撃に移る。
だがそれでも朱雀のスピードには勝てずに
一方的に攻撃を受けていく。
「美咲ちゃんすごくいい調子じゃん。」
「ああ。」
このままいけば勝てるだろう。だが、
「!?」
急に彼女の様子がおかしくなった。
周りをきょろきょろ見回したり自分の手元を見ている。
「ねえ、あれってまさか・・・・」
「・・・・まさか、」
あの仕草、まさか目が・・・・!?
「今だ!綺龍最破!!」
衣笠の驚異的な攻撃が
彼女の体を宙にぶっ飛ばす。
「くっ・・・・!」
そのまま彼女は畳にたたきつけられてしまう。
「・・・・・・・。」
彼女は立ち上がるが、やはり挙動不審だ。
間違いない・・・・目が見えていないのか!
「なんだかわからないがチャンスだ!」
衣笠が再び綺龍最破を放ち、無防備な彼女をブッ飛ばす。
「ねえ、ヤバくない?いくら美咲ちゃんでも目が見えなかったら・・・・」
「ああ・・・・。まずいな。」
目が見えなかったらいくらスピードがあっても意味がない。
それに敵の攻撃もかわせない。
「・・・・くっ、」
彼女が両手を虚空に泳がせる。
その手が偶然衣笠の肩に触れる。
「そこっ!!」
それで距離をつかめたのか衣笠に回し蹴りを打ち込む。
「ぬっ!」
不意打ちだったのか衣笠は腹を押さえて後ずさる。
いいダメージだが、
偶然は二度も起きないし向こうも赤羽の目が見えないことに気付いている。
だから衣笠は距離を取ってから再び綺龍最破を放つ。
超攻撃が彼女の体を宙にぶっ飛ばす。
「くっ・・・・!」
彼女はなんとか着地をする。
「とどめっ!」
衣笠が綺龍最破を放つ。
「・・・・・!」
直後彼女は制空圏を取り戻し、その攻撃を回避する。
「何!?」
「はあっ!」
そしてすれ違いざまに腹に膝蹴りを入れる。
同時にタイムリミットが来る。判定は引き分けだ。
「赤羽!」
急いで彼女の下による。
「甲斐さん・・・・」
「目は大丈夫か?」
「はい。さっきは見えなかったですが今は見えています。
・・・・・甲斐さん、」
「なんだ?」
「150秒後にお話があります。いいですか?」
「・・・ああ。」
「なら、赤羽美咲行ってきます。」
そして彼女は延長戦に向かっていった。
 
・延長戦。彼女は朱雀を使い、
そのスピードを最大限に生かして衣笠に乱打を打ち込んでいく。
「もう、見切ってる!」
衣笠は足払いをして彼女の足を止め回し蹴りでぶっ飛ばす。
か細く軽い彼女の体はたったこれだけで致命的なダメージを負ってしまう。
が、彼女はいつものように立ち上がる。
痛みに負けぬように歯を食いしばっているのがわかる。
「・・・美咲ちゃんって本当に強いよね。」
「・・・ああ。」
「けれど、前から変わらない。あの子は激しく燃える蝋燭のよう。
いつ燃え尽きてもおかしくないくらいに本気だよ。
死神さん、美咲ちゃんが三船道場出身ってことはわかったけど
他にも何か知ってるんじゃないの?」
「・・・・あの子の体はもう限界なんだ。
だが、彼女は焼き払いたいものがあると言った。
燃え尽きたいものがあるとも言っていた。
だから戦わせている。」
「・・・信頼しているんだね。
けど、たぶんその信頼は最悪の形で終わると思う。」
「何?」
「美咲ちゃんの気持ちは・・・・もう、」
うつむく久遠もまた何かを知っているようだった。
「くっ!!」
綺龍最破を受けて壁にたたきつけられる赤羽。
が、その壁をけって衣笠へ向かっていく。
「何!?」
「白虎一蹴!!」
空中で体勢を立て直して高速の回し蹴りが
衣笠の脇腹に命中する。
「はあああっ!!」
さらに彼女の拳が衣笠の胸に打ち込まれる。
そして拳を通じて衣笠に熱が送られる。
「ぐう・・・・・!熱い・・・!!」
衣笠は離れようとするが彼女は離さない。
「はあ、はあ、あと少し・・・!!」
彼女は回し蹴りで衣笠の左足をくじく。
そしてひるんだ衣笠に熱気をこめた拳の朱雀を叩き込んでいく。
「朱雀炎翔!!」
灼熱の拳が宙を切る。
全力のスピードが込められた拳が衣笠に叩き込まれる。
「ま、まだぁ・・・・・!!!」
衣笠は耐えて綺龍最破を繰り出し、
赤羽を天井近くまでブッ飛ばす。
もう彼女の体は・・・・!!
「まだ・・・・!!」
彼女は天井を蹴る。
そのまま猛スピードで衣笠向けて急降下する。
「そんな技が!?」
「これが私の炎の証です!」
そしてそのまま衣笠に正面から激突する。
「・・・・・・・っ!!!」
「朱雀堕天・・・・・・!!」
名前の通りまるで朱雀が残り少ない力を使って
天から堕ちてきたかのような技だった。
拳でも足技でもない技とは珍しい技だが、
だからこそ衣笠は畳に倒れたまま失神していた。
そして彼女が、赤羽美咲が立ち上がる。
「せっ!」
一本を取ると同時にタイムアップとなる。
「勝者は赤羽美咲!よって優勝者は赤羽美咲!」
号令が下る。
「・・・・美咲ちゃんが優勝した・・・・・」
「・・・・・。」
呆気にとられる俺たちの前に彼女が歩み寄ってきた。
足取りからおそらくまた目が・・・・。
「甲斐さん・・・・」
「・・・なんだ?」
俺の位置を確認した彼女は、
「・・・・大好きでした。今までありがとうございました。」
今まで見たことのないほどの笑顔でそう告げてそのまま彼女は倒れた。
SCARLET30:RELOAD OF CRIMSON SPEED STAR
 
・甲斐機関。
あの戦いの後赤羽は甲斐機関の集中治療カプセルに搬送された。
生命力が著しく低下していた。
「美咲ちゃんはね、死神さんのことが好きだったんだよ。
美咲ちゃんは不器用だからその好きが師匠としてなのか、
それとも男性としてなのかはわからないけれど。」
「・・・・。」
カプセルの前で久遠が語る。
「だが、俺は・・・・。」
隣にいるキーちゃんの方を見る。
「そんなこと美咲ちゃんだって知ってるよ。
だから美咲ちゃんは今日あそこでその思いを燃やし尽くしたかった。
焼き払いたかったんじゃないの?
私はまだ恋愛とかってよくわからないけれど・・・・。」
「・・・・・。」
確かにそれが正しければ辻褄は合う。
けど、それだけでは説明がつかないこともある。
俺としてはやはりそれ以上に
彼女は壊れた自分を焼き払いたかったようにも見えた。
自分の限界を知っていたうえで。
「・・・・・。」
赤羽の容体は変わらない。
昏睡状態だ。生死不明とまで言ってもいいかもしれない。
「・・・ん、」
インターホンが鳴る。
「私が出てくるよ。」
久遠が向かう。
やがて、
「死神さん、通してもいい?」
「相手は?」
「睦月ちゃん。」
「むつき?・・・・・白羽睦月か!」
気付くや否や久遠に連れられて白羽睦月が来た。
「・・・・・・・。」
「何か用か?」
「・・・これ。」
手に提げた布から何か薬のようなものを出した。
「これは?」
「制御薬。何らかの状態であたしたちが投薬できなくなったときに
一時的に使用する薬。これを使えばその子を一時的に治せる。
・・・本当は別の子に使いたかったんだけど。」
「完全には治らないのか?」
「無理。・・・・それじゃ、」
そういって彼女は踵を返す。
「待て、お前は三船だろう?どうして手助けをする?」
「・・・・あたしをあたしと言ってくれたから。」
それだけ言って帰って行った。
「・・・・パーフェクトサイボーグも人間だな。」
「だね。」
薬を調べる。
確かにこれを使えば一時的に彼女の意識を取り戻させることができる。
だが完全に治すことはできない。
けれど、この甲斐機関の技術で彼女をスキャンして
何とか改造を可能な限りなおしてやりたい。
「キーちゃん、できる?」
「任せて。・・・・廉君はどうするの?」
「どうって?」
「赤羽ちゃんの告白にどうこたえるの?」
「・・・・赤羽の気持ちを受け入れることはできない。
俺にはキーちゃんしかいないよ。
わかってもらえるかどうかはわからないけど
ただ全力を尽くすだけだよ。」
「・・・ん。そうしてあげて。」
それから俺たちは夜を徹して赤羽美咲の体を調べ尽くした。
その一方で俺自身の治療の準備も着々と進んでいた。
大いなる静寂が訪れようとしていた。
再び真っ赤な炎を燃え上がらせるために。
 
・7月15日。
俺は赤羽美咲を復活させた。
「・・・・・うう、」
「目が覚めたか?」
「・・・・甲斐、さん・・・?」
彼女がカプセルの中で目を覚ます。
「私は・・・・生きているんですか?」
「ああ。生きている。」
俺は赤羽に白羽から制御薬をもらったことを告げた。
「・・・そうですか、あの子が・・・・。」
「それと、何とか君の体を治す方法も見つかった。」
「!本当ですか!?」
「ああ。実はもう準備もできている。
ただ実行する前に一応君に伝えておきたかったからな、」
「・・・・私は、お願いします。」
「・・・わかった。」
キーちゃんにメールをする。カプセルにコマンドを入力する。
「このカプセルにその準備をしておいた。
再び一週間ほど眠ってもらうことになるがいいか?」
「・・・はい。」
「そして俺はかねてから予定した通り右足の集中治療に移る。
少し予定が狂って完治するのに2か月かかるがな。」
「・・・私のせいですか?」
「俺がしたくしてやったんだ。気にするな。」
「・・・・すみません。」
「・・・・・・・それから、赤羽。」
「はい?」
「お前が倒れる前に言ったあのことだが・・・。」
「・・・・・はい。」
「あれはその、」
「久遠から聞いていませんか?私はあなたのことが好きだったんです。
あの人が、甲斐三咲さんが来るまでは。
でも私は感情を殺されていた。だからこの気持ちが
どういう好きなのかは私にもわかりません。
あなたにはあの人がいるということも知っています。
ただ、それでも言っておきたかったんです。
私の生きた証がほしかったんです。」
「・・・今はどうなんだ?」
「今だって好きです。大好きです。
ですけれど、久遠のことも甲斐三咲さんのことも同じくらい大好きです。
私にはその区別がわかりません・・・・。」
「・・・・いや、いいさ。」
「私は8月の清武会には出られるのでしょうか?」
「ああ、問題はない。・・・そうだな。
言い忘れるところだったが俺がいない2か月間の間
君は大倉道場に通うことになった。
指導員は佐久間さんだ。
俺が中学時代世話になった人だから安心していい。
少なくとも俺より指導はうまい。だから、心配せずに戦ってくれ。」
「・・・・了解です。全力で期待に応えます。」
同じ言葉。だが今日のは屈託のない笑顔だった。
「・・・だから、必ず帰ってきてくださいね。
私はあなたとまたあの道場で稽古をしたいのですから。」
「・・・・ああ。君の成長を楽しみにしている。
そしていつか、試合をしてみたいものだな。」
「・・・・追いついて見せます。だって私はあなたの弟子ですから。」
互いに笑い、そして握手をした。
それから一週間彼女はカプセルの中で
専門の治療を受けて完全ではないものの改造された肉体は治った。
そして入れ替わりに俺は俺自身の出発のために
2か月間の永い眠りにつくこととなった。
今は二人は会えない。
だがこれは終わりではない。
新たなる戦いのためのリロード期間だ。
待っていろよ、赤羽美咲。
外伝:真夏の閃光少女(スピードスターガール)
・7月15日。金曜日。
死神さんが足の治療のために治療用カプセルの中に入って寝ちゃった。
死神さんがいない間この私、
馬場久遠寺こと久遠ちゃんが親友である赤羽美咲ちゃんを
連れて美咲ちゃんに大倉道場での稽古デビューを果たさせるのが
目下の使命なのだ。
 
・7月19日。火曜日。
「久遠、これで終わりなのですか?」
「う、うん・・・そうだけど。」
初めての稽古を終えて一言。
美咲ちゃん呼吸1つ乱れてないよ・・・。
流石最初からずっと死神さんの鬼のような稽古を受け続けただけあるよね。
私もまだ3ヶ月くらいしかやってないけど
ここでの稽古が少し物足りなくなってきちゃったよ。
・・・小中学生コースとは言え
一応この道場それなり以上に厳しい道場なんだけどなぁ・・・。
「美咲ちゃん、これからどうする?」
「そうですね、私は帰ろうと思いますが。」
「じゃあさ、美咲ちゃんの家に連れてってよ。
まだこんな明るいんだからいいでしょ?」
ちなみに二人共明日から夏休みで今日は午前で学校が終わってるから
現在時刻はまだ3時すぎだったり。
「いいですよ。」
「たまには女の子同士で遊ぶのも悪くないもんね。
あ、それともそういう感じの遊びもする?」
「・・・久遠、馬場家ではそういう教育を受けているのですか?
それともあなたの小学校での教育ですか?」
「い、嫌だなぁ・・・。
100%久遠ちゃんの趣味に決まってるじゃない。」
「・・・ちょうどいい機会です。私がこの夏休みの間に
あなたを再教育した方がいいかもしれませんね。」
「う・・・!」
もう美咲ちゃんも死神さんも真面目だなぁ。
・・・まあ、
真に受けられて本当にあんなことやそんなことをされても困るんだけど。
「あれ?」
美咲ちゃんと一緒に歩いていた時だった。
「美咲ちゃんが二人いる!?」
「失礼ですよ、久遠。」
いやいやいやいやいやいやいや美咲ちゃんは慣れてるかも知れないから
そんな冷静でいられるけど一般人はいきなり隣で歩いている子と
同じ顔の子が二人も横断歩道の向こう側にいたら
声を上げるのも無理ないと思う。
「あの子だよ、こないだ見かけたのは。」
「・・・お手柄過ぎますよ、先輩。」
「・・・Misaki Akabane・・・」
わ、声まで美咲ちゃんそっくりだよ。
そう言えば前の睦月ちゃんも顔も声も美咲ちゃんそっくりだったような・・・。
ということはまさか三船の・・・。
「初めまして・・というのは論外でしょうか?」
「・・・なら、やはりあなたが・・・」
「ええ、私があなた方のオリジナルであり完成品となるべき存在だった
赤羽美咲と言います。」
「・・・私は黒羽律。
こちらは私のクローン元でもあるシフル・クローチェ。」
「・・・シフル・・・なるほど。」
「・・・その足、まさか・・・」
「はい。白羽睦月の足です。」
「・・・あなたは睦月を・・・」
「いえ、彼女は生きています。」
「っていうか死んじゃってたら
それって私が死なせちゃったことになるからね。」
私が虎徹絶刀征で美咲ちゃんの足と腰を砕いた後に
美咲ちゃんのクローンである睦月ちゃんの足と腰を三船で移植されたことは
後から死神さんに聞いた。
それからたった今この美咲ちゃんと同じ顔と声をしてて
おっぱいのすごい大きな子に
おんぶされた子から何かすごい事を聞いている。
生きるのに必要な機械が壊れちゃってもう死にかけているから
新しい機械がないかってそんな気軽に言われても・・・。
あと、もう一人の方は英語ばっかりで何言ってるか分からないし。
「そういうわけなのでメンテナンスマシンを保持していないでしょうか?」
「・・・残念ながら私は飲食ができるタイプでしたので。
ですが、あなたの体を直す方法があるかもしれません。」
「本当ですか・・・?」
「ええ。」
「あ、そうか!死神さんのアレを使うんだね!?」
「死神?」
それから3人を甲斐機関に連れて行った。
「え?あれれ、赤羽ちゃんが3人!?」
「違います。」
やっぱりキーちゃんも驚くよね。
特にキーちゃんはあまり三船の事とか分かってないんだし。
それからあの子、黒羽律ちゃんはカプセルの中に入っていった。
隣に死神さんのカプセルがあって
さっきまで律ちゃんをおぶっていたおっぱいのでかい子が
中を覗こうとしてるけどキーちゃんに防がれてる。
律ちゃんは大体2か月程度で治るらしい。
ちょうど死神さんと同じくらいかな。
「でも珍しいね、美咲ちゃんが知らない人を助けるなんて。」
「人をコミュ障みたいに言わないでください。
それに全く知らないというわけでもないんです。本当は。」
何だか難しい顔の美咲ちゃん。
・・・あれ?そう言えばあのシフルって子は・・・
「ねえ美咲ちゃん。美咲ちゃんがあの子達何ちゃら羽シリーズの
オリジナルなんだよね?」
「何ちゃら羽シリーズって・・・」
「じゃあさ、あのシフルって子はどうなるの?
オリジナルが二人もいるってありえるの?」
「・・・・・いえ、あの子は恐らく最初のクローン。
そもそもクローンが出来るかの実験で生まれた
私のクローン1号機といったところです。
クローン出来るかどうか確かめるためだけのクローンだと思いますから
私や他のクローンのように薬物投与などはされていないはずです。
そしてそのまま三船の技師でもあったクローチェ博士の
娘さんとして育てられた・・・。そんな話を聞いたことがあります。」
「・・・そうなんだ。」
はっきり言って難しいことはよくわからない。
でも、あのシフルって子は美咲ちゃんの事とか
自分のこととかどう思ってるんだろう。
「・・・で、久遠。どうします?
すっかり夕暮れになってしまいましたが。」
「え?・・・う~ん、流石にそろそろ帰らないとまずいかな。」
馬場家はあれでもそれなりのいい家だから門限が厳しい。
前に死神さんやキーちゃんの一件で帰りが遅くなった時は
ものすごい怒られた。
「なら今度の稽古の時でいい?」
「ええ、いいですよ。」
約束を取り付けてから家までダッシュで帰る!
「・・・遅い。」
馬場家。門前にはライ君がいた。
私の一番上のお兄ちゃん・馬場雷龍寺。
「大学生なのに小学生の妹の帰りをここでずっと待ってたとか?」
「馬鹿言ってないでさっさと風呂にでも入って汗を流して来い。」
「ちぇー・・」
ライ君のこういうところは死神さんそっくり。
・・・死神さんとライ君はどっちが強いんだろう?
「久遠、死神のところに顔出しているようだな?」
「そうだけどー?」
脱衣所。なんか私が服を脱いでいるのに平然とライ君が一緒にここにいる。
いや、確かに兄妹だけどこの人そういう遠慮ってないの?
・・・ないんだろうなぁー・・・。
「死神は足が使えないと聞いた。まだ空手をやれるのか?」
「今治してるところだよ。夏休みいっぱいは掛かるみたいだけど。」
「・・・つまりその後はあいつは完全に復帰できるというわけだな。」
「だと思うよ。」
「早龍寺が世話になったようだからな。今度は俺があいつと戦ってやる。」
「・・・いいけどさ、私もうパンツ脱ぎたいんだけど。」
「?さっさと脱いで風呂に入ればいいだろう。」
「私一応女の子なんだけど。もう11歳なんだけど。」
「それがどうした。まだまだ聞きたいことは山ほどある。」
「・・・後で話すから出てってよ。」
「貴様、それが兄に対する言い草か・・・」
「ライ兄さん、そろそろデリカシーって言葉覚えよう?」
「あ、おい龍雲寺!」
3男に連れて行かれる長男。
・・・りゅー君がいて助かったよ。
まだ私のここを男の子に見せたくはないからね。
女の子ならいいけど。ってそういう意味じゃないよ!?
 
・7月23日。土曜日。
午前中の稽古を終えて約束通り美咲ちゃんハウスへ!
「で、どうして君もいるの?」
「え?ダメだったかな?」
いつの間にかキーちゃんが合流してた。
「いや、別にいいけど死神さんとか律ちゃんとかいいの?」
「う~んよほどのことがない限りはあの機械が止まるってことないし。
無人防衛システムとかあるから強盗とかも入らないと思うよ?
それに全く外出しちゃいけないとかだったら僕餓死しちゃうよ。」
「ま、まあ大丈夫ならいいんだけど。」
「では、行きますよ。」
それから美咲ちゃんに案内されて家まで向かう。
楽しみだな。どんな家に住んでるんだろう?
そんなワクワクを持ちながら十数分歩くと駅前のホテルに到着した。
「・・・美咲ちゃん?」
「ここが今年になってから私が住んでいる家です。」
「いや、家ってホテルだよ?」
「はい。大倉会長が宿泊代や生活費は支払ってくださっています。」
「・・・・」
ここまでブルジョワだとは思わなかった。
死神さんが確か美咲ちゃんのお兄さんとかがいるって
言ってたけどその人は2月くらいに死神さんにボコられて
ずっと病院にいるって言ってたような気がする。
「美咲ちゃん今一人暮らし?」
「はい。そうなります。」
「・・・寂しくないの?」
「学校には行っていますし週に3回は道場にも顔出していたので。」
それってつまりどっちもないこの夏休みはさびしいってことじゃ・・・。
「よし!それじゃ今日から久遠ちゃんが毎日顔出してあげるね!」
「え?で、ですが・・・」
「だって友達でしょ?」
「・・・久遠・・・」
「僕もたまに近く寄ったら顔出すようにするよ。」
「あなたまで・・・」
「もう、キーちゃんって呼んでよ。」
「・・・それは恥ずかしいです。」
「ならキーさんってどう?」
「キーさん・・・それならまあ・・・」
「じゃ、呼んでみて。」
「・・・キーさん。これでいいですか?」
「うん!ありがとう!赤羽ちゃん!」
やっとダブルみさきちゃんもひと段落したってところかな?
・・・何だか私他人同士の仲を取り持ちまくってるような気がする。
と言うより不器用な人達とばかり縁があるのかな?
SCARLET31:死神、再び
 
・9月19日。
月曜日。俺は2か月ぶりの覚醒を果たした。
「・・・お、おお!!!」
右足がかつてと同じように自由自在に動くぞ!
予想通りとはいえ半年以上も不自由していたからな。
「久しぶり、廉君。」
キーちゃんが出迎えてくれる。
「一人にさせてごめん、キーちゃん。でも、もう大丈夫。」
俺は元気になった右足を見せる。
「・・・お前もありがとうな。」
傍らに置いてあった杖に感謝を述べる。
「赤羽ちゃんと久遠ちゃんには今日廉君が起きるって伝えてあるから
夕方にいつもの道場で待ってるって。」
「わかった。」
現在時刻は昼の2時。稽古の時間までは3時間ある。
なので久々にキーちゃんの手料理を食べ、体を慣らす。
ずっと右足に負担がかからないよう左に
体を傾けていたからまずはそこから治そう。
そして夕方。4時になったので甲斐機関を出て
道場へ向かった。杖なしで外を歩くのなんて本当に久しぶりだな。
「・・・・ここか。」
もはや懐かしくもなるこの道場。
いつもは左手で開けるこの扉を右手で開ける。と、
「え?」
「あ・・・・」
飛び込んできた景色は畳の上で
胴衣を着るために全裸になっていた赤羽の姿だった。
「あ、赤羽・・・・・」
「か、甲斐さん・・・・!!」
一瞬笑顔になる赤羽。だが、
「・・・とりあえず出てください。」
すぐ冷たい顔でそう言われてしまった。
ひ、久しぶりに赤羽の裸見たな。
「・・・・・もう、平気ですよ。入っても。」
扉越しに言われ、中に入る。
そこには真紅の胴衣をまとった赤羽が立っていた。
「久しぶりだな、赤羽。」
「はい、甲斐さん。」
「・・・背、伸びたか?」
「はい。成長も再開したようですから。」
「なるほど、通りでまだほとんどないとはいえ下の毛も・・・・」
「言わないでください!!」
赤面して返す赤羽。そんな彼女の頭を右手で撫でてやる。
「・・・・足、治ったようですね。」
「ああ。これで君に100%の稽古をしてあげられる。」
そういって畳部屋のサンドバックに近づく。そして、
「白虎一蹴!!」
高速の飛び後ろ回し蹴りをサンドバックに叩き込む。
まるで爆弾でも当たったかのような轟音を発し、
鎖が切れてサンドバックが吹っ飛ぶ。
「・・・・すごい破壊力・・・・」
「ま、ざっとこんなもんだ。ところで久遠は?」
「はい。もうそろそろ来ると思いますよ。」
「あーっ!!死神さんだぁっ!」
そして久遠が来た。
「よ、久遠。」
「本当に死神さんが杖を使わないで立ってる!完全に治ったんだね!」
「ああ。これで、お前ともまともな組手ができるってもんだ。」
「わくわくするね、死神さんと組み手ができるなんて。」
思えばこいつとあの日であってまともに組み手をしたのは一度もなかった。
「よし、今日の稽古はスパーリングだ。
お前たちが2か月でどこまで強くなったのか。
俺にぶつけてこい。俺もどこまで力が戻ったのか確かめたいからな。」
「はい。全力で応えます。」
「ま、久遠ちゃんは死神さん相手でも負けないけどね。」
2か月ぶりに見る二人。二人とも背が伸びている気がする。
そういえば二人は8月に清武会に出たんだよな。
後で結果を聞いてみるか。
ともあれ
「・・・楽しみだ。」
胴衣に着替え、再び3人で畳部屋に集合する。
赤羽の胸くらいの身長しかなかった久遠が今ではほとんど赤羽と変わっていない。
赤羽も俺の肩くらいまでだったが今では俺の顎くらいまでは伸びている。
「ところで二人は清武会に参加したんだよな。結果を知りたい。」
「まず久遠ちゃんは優勝したよ。まあ、久遠ちゃん負けないし。」
「私は準優勝でした。決勝では久遠に負けました。」
「決勝で二人が当たったのか。」
「でも美咲ちゃんかなり強くなってたよ。死神さんも驚くと思うよ?」
「楽しみだ。よし、さっそくスパーリングと行くか。」
まずは赤羽とからだ。
久遠とやるにはたとえスパーリングでもそれなりに余力がないといけない。
「1ラウンド2分を3ラウンドだ。久遠、時間を頼むぞ。」
「りょーかい。」
「行くぞ!赤羽!」
「はい!甲斐さん!」
「かいし~っ!!」
久遠の合図で赤羽が猛スピードで接近する。
一瞬で間合いを詰められてしまう。
が、赤羽の攻撃を制空圏で回避し
その腹に膝蹴りを打ち込む。拳は・・・まだつかわない。
「くっ!」赤羽の足技を制空圏で回避していく。
こうして対戦してみると彼女のスピードがよくわかる。
スピードだけなら普通に実戦クラスだろう。
だから攻撃が回避し辛い。おかげで何発か防げずにくらってしまう。
けど被弾以上の数の攻撃を赤羽に当てているのも事実だ。
右足の調子もいい。
だから、
「重ね刃!」
「!」
彼女の蹴りに重ねるように俺も蹴りを行ない、足と足を激突させる。
こうなったら勝つのはパワーのある方。
つまり、破壊力は俺の方が上。
「ううっ!」
ひるむ彼女。そんな彼女を持ち上げて空高く投げ飛ばす。
「・・・・この技は確か・・・・なら!」
彼女も天井を蹴って構える。
「直上正拳突きぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」
「朱雀堕天!!」
空中で激突する互いの技。
以前は無防備に食らうことしかできなかった赤羽も
この技の威力を相殺するまで成長したか・・・!が、
「・・・・うっ!」彼女は着地に失敗して倒れた。
いや、技が相殺された瞬間に拳を彼女の腹に打ち込んでいた。
「さあ、赤羽。お前の炎を見せてみろ。」
「・・・了解です。朱雀!!」
赤羽が変調を始める。
やはりスピードが速いだけあって朱雀の変調もきわどい。
技を教えた俺でさえその変調に引っかかって隙を見せてしまう。
「はあっ!」
そこへ彼女が飛蹴りを打ち込む。
「くっ!」
さすがにひるみはしなかったが大したダメージだ。だがやはり。
「はあ、はあ、う、」
彼女が攻撃した瞬間に連打を打ち込んでいた。
動きのスピードなら勝てないが、パンチのスピードなら負けない。
まだ俺のパンチは彼女には見えていないようだ。
「はい、時間終了。次は久遠とやろうよ、死神さん。」
「ああ。楽しみだ。」
赤羽とのスパーリングを終えて久遠が前に出る。
「死神さん、すごくうれしそうだね。
そんなに小学生とやるのがうれしい?」
「馬鹿言え。」
いつもの冗談に対して返す。だが現に俺はわくわくしていた。
そして久遠とのスパーリングを始める。
相変わらず恐ろしいほどに硬い制空圏だ。
「しゅっ!」
「っと!!!」
可能な限りスピードを上げたパンチを繰り出すも
あと一歩のところで防がれてしまう。
「ひゃ~、見えなかったよ今の。・・・やっぱり楽しいね!」
久遠が前に出る。
俺が練り上げた制空圏のわずかな隙間を的確についてくる。
こいつの恐ろしいところは鉄壁の防御力ではなく
このどんな防御もすり抜けて狙い穿つ
狙撃力だろう。朱雀を繰り出すも攻撃はすべて防がれた挙句
隙も作れずにカウンターを受けてしまった。
「どう?死神さん。」
「まいったな。攻撃が全然当てられないし、防げもしない。
・・・だけど、この一撃はどうしようもないだろう、久遠。」
俺は拳を握り、久遠に繰り出す。
久遠はそれを当然のように制空圏で防ぐ。
が、
「!?」
直後久遠はバランスを崩して俺の胸に倒れこんできた。
「あ、れ?どうなってるの・・・?」
「秘密だな。」
この技までは見切られないようだ。しかし二人とも確かに強い。
これなら12月は期待できそうだな。
SCARLET32:立ちはだかる強敵
 
・稽古の後、俺達3人は大倉道場へとやってきた。
「おお、甲斐君。治ったのかね?」
「はい。これでもう現役として戦えます。」
「そうか。それで、決めたかね?赤羽君のことは。」
「はい。しばらくは私が面倒を見るつもりです。
そこで、会長。一つ提案があるのですがいいでしょうか?」
「なにかね?」
「12月にあるカルビ大会。私も参加してよろしいでしょうか?」
「君がカルビ大会に!?」
「ええ。病み上がりなのでちょうどいいと思ったのと
この二人と一度公式試合で戦ってみたいと思うのです。」
「・・・なるほど。
確かに君は全国大会レベルだが全国大会で
優勝はしていないから参加資格はある。
分かった。承認しよう。」
「ありがとうございます。」
「甲斐さんと公式試合で戦える・・・・」
「その時は負けないからね、死神さん。」
「上等だ。」
「そうそう、久遠寺君。」
「え、私?」
「今度のカルビ大会には君のお兄さんである
馬場雷龍寺君も参加するそうだ。」
「え!ライ君が!?」
馬場雷龍寺・・・・。確か俺より二つ年上だったな。
奴も全国大会レベルだと聞くが・・・・・。
「久遠、聞いていないのか?」
「うん。馬場家は兄弟同士でも滅多に会話とかしないし。
う~ん、私ライ君あまり好きじゃないんだけどなぁ。
あの人すごくこわいし。」
馬場家。空手の名家。
11歳の久遠がここまで強いのだから普通ではないのだろう。
事実俺の右足を砕いた二男の馬場早龍寺の実力もかなり高かった。
長男の馬場雷龍寺はその上を行くのか・・・・。楽しみだ。
「それと、こんな手紙も届いている。」
「手紙って、直接言えばいいのに。」
久遠が渋々渡された手紙を読む。
「・・・・・・・・はぁ。」
「どうした?ため息なんかついて。」
「読んでいいよ。」
「?」
久遠から渡された手紙を読む。中身はこうだ。
{久遠、お前のうわさは聞いている。
馬場家は結果がすべてだからとやかく言うつもりはないが
一言言わせてくれ。兄はお前が女に走ったと聞いて不幸だ。考え直せ。}
と。
「・・・・・女に走ったって何事だ?」
「私と美咲ちゃんの仲のこと言ってるんでしょ。」
「?お前たち二人は友人同士じゃないのか?」
「・・・・。」
何故かそこで恥ずかしそうにうつむく赤羽。
「いや、その・・・・ね?」
久遠もなぜかこんな態度だ。
・・・・二人に何かあったのだろうか?
まあ、久遠に女好きの気があるのはわかっていたがまさかな・・・・。
ともあれ俺たち三人は12月のカルビ大会への参加を済ませ、
道場を後にした。
「赤羽はカルビ大会参加でいいのか?」「はい。」
「というか美咲ちゃんの実力ならカルビでもおかしくないでしょ。
私も出たことないけどさ。」
「ところでどうしてカルビ大会という名前なのですか?」
「カルビってのは下腹って意味で、
本腹である全国大会の一歩手前の大会だから
カルビ大会って呼ばれてるんだ。」
まあ、それも俗説で正確な由来は俺もよくわかっていないんだがな。
カルビ大会は全国で優勝できない奴が出ることが多いから
下の奴らって意味でカルビかもしれないし。
そして翌日。見事に俺のカルビ大会出場の情報は
道場内のニュースとなって道場内の新聞の一面トップを飾ることとなり、
雷鳴をほとばしるきっかけを作ってしまった。
それにより本来は出る予定がなかった猛者たちも
俺を倒して名を得るためにカルビ大会への参加を決めてしまった。
・・・・今年の12月は無傷で終われそうになさそうだな。
・カルビ大会まであと3ヶ月。
俺自身もだが赤羽達も稽古を積まなければいけない。
「だから今日は大倉道場から何人かを連れてきた。」
ちょうど稽古をやる時間に担当者と掛け合って
ここで稽古をすることにした。
「えぇ~?せっかく3人に戻れたのに~?」
「久遠、あまり贅沢はいけませんよ。甲斐さんの言うことを聞かなければ・・・」
「美咲ちゃんは真面目だなぁ。
でもさ、正直久遠ちゃんと張り合えるのっているの?」
久遠が面倒そうに連れてきた8人を見る。
「甘く見るなよ、こいつらも全員清武会で優勝経験がある奴らばかりだ。
経歴だけならお前らと同じ、実力も互角以上と見える。」
「・・・構いません。私の相手に格下なといませんから。」
「ふぅん。ま、久遠ちゃんは相手が誰でも負ける気はないんだけどね。」
それから稽古を始めた。
本来は大倉道場式の稽古をしなければいけないのだが
会長より好きにやってくれて構わないとのことだ。
だから俺流の指導をしてやる。
「・・・・ほう、」
稽古を初めて30分。流石に大会の猛者というだけあって
俺の指導で息を切らさないとはさすがだ。
体力でも赤羽以上か。
「今からスパーリングを始める。1分半で1周するように。」
メンバーは俺を除いて10人。5つのスパを9回行うことになる。
しかし、赤羽も俺のいない間に大倉道場で稽古を受けていたからか
元々高水準だった基礎がさらに磨きがかかってるな。
やはり師としての腕前は佐久間さんと比べて俺は底辺もいいところだな。
「はあ・・・はあ・・・・」
「どうした、もうやれないか?」
「ま、まだです・・・!」
弟子の完成度が違いすぎる。
今赤羽とやってるのは大倉道場全体から見てもそこまで強いほうじゃない。
清武会優勝したって話だが2度目を飾れるのは数年後になりそうだ。
はっきり言ってカルビに出れるレベルじゃない。
しかしそれでも今の赤羽じゃ難しい相手だな。
応用力が違いすぎる。今まで赤羽が戦ってきた相手のほとんどが
特定の技を特化した相手ばかりだった。
が、そんなのは全体から見れば希。
本当に強い奴というのは何をしても強い奴だ。
総合的な完成度が空手における実力だと言っていい。
そういう面では遠山は確かに伏見で最強クラスと言ってもよかっただろう。
恐らく今の赤羽がもう一度戦っても遠山にはまだ勝てないだろう。
そしてそういう強敵が大半を占めるのがこの世界だ。
清武会ならともかくカルビに参加できるのは大体早くとも5,6年は
この世界で戦い続けた猛者ばかり。
どんな世界においても基礎を長年積み上げた奴が一番強い。
「よし、一周したな!ではこれより練習試合を開始する。
本番の試合と同じ形式で行う。ただし対戦相手は自分で選ぶこと。
全員1回は必ず行うこと。では、最初にやりたい者は手を上げろ。」
「はい!」
「久遠か。誰を選ぶ?」
「毒島さん!」
毒島、大倉道場から連れてきた中では一番強い奴だ。
俺もコンディション次第では危ないかも知れない。
今度のカルビにも参加をするらしいし、いい機会かも知れない。
「毒島、どうだ?」
「構いません。お願いします。」
「よし、3分だ。ただし延長戦はない。」
久遠と毒島が道場の中央に来て構える。
「始めっ!」
合図を出す。同時に毒島が繰り出した。
ただ距離を詰める。それだけのことだがそれを長年続けたものが
やればどうなるか。
「っ!」
「せっ!」
一瞬で距離を詰めて久遠に蹴りを放つ。
その蹴りは久遠には届かなかったが次々と鋭く速い攻撃が放たれていく。
この男もやはり長年基礎を磨き続けた本物だ。
久遠の制空圏を破れるかどうかは分からないがいい勝負にはなるだろう。
「っ~!たっ!」
久遠も攻撃を捌きながら自らも攻め入れる。
制空圏の隙を突いた強烈な一撃。
が、それと同時に毒島もまた強烈な一撃を放った。
「!?」
「せっ!」
中空を二人の足が交差した。
先に出したのは久遠の方だったが足が長い毒島の方が先に、
攻撃を放つために防御が薄れていた久遠の胸に命中した。
この目で久遠の制空圏が練習とは言え
試合で破られたのを見たのは2度目だ。
そして、制空圏に守られすぎていて印象は薄いが
久遠自体はまだ空手を初めて1年経っていない、
体が成長しきっていない小学生だ。
その久遠にがっちりと体を鍛えた男子高校生である毒島の攻撃が
急所にカウンター気味に叩き込まれれば・・・。
「・・・う、うううっ・・・・!」
「久遠・・・・」
久遠は蹴られた胸を押さえながらその場に沈んだ。
「久遠、やれるか?」
「と、当然だよ、死神さん・・・?」
壁に手を当てて立ち上がる久遠。
が、どう見ても今の一撃で体力のほとんどを奪われたのは明白だ。
立ち上がれるのが不思議なくらいだ。
「フーッ・・・」
久遠が構えて制空圏を練り直す。
「・・・・・。」
毒島が一度こちらに視線を送る。俺は黙って頷く。
と、毒島が再び距離を詰める。
久遠は防御に集中しているのか一歩も動かずに
毒島の攻撃を凌ぎ続けている。
そうして体力の回復を待つという手段か。
しかし毒島もそれを察したのか下段への攻撃を集中させた。
制空圏と言う型はあらゆる攻撃を手で防ぐのだが
手の届かない下段は足で防ぐしかない。
しかし足で蹴りを捌くのは難しい。少なくとも今の久遠にその技術はない。
だから毒島のキック力がそのまま久遠の足を刻んでいく。
「はあ・・・はあ・・・・」
20秒もすれば久遠の両足は痙攣していた。
脛を守るサポーターも道着の裾ごと引き裂かれて露出している。
あれではもはや普通に歩くことも難しいだろう。
相手の戦術に合わせて臨機応変に柔軟に自らの戦術を変えていく。
毒島のあの汎用性の高さを見ていると
一昨年の大会で戦ったあの少年を思い出す。
・・・俺も強くならなきゃな。
「きゅ~・・・」
それから時間目いっぱいまで足を蹴られ続けた久遠は
力なく畳にひれ伏した。
「久遠、制空圏だけに頼りすぎたな。」
「し、死神さん・・・・うう、」
「赤羽、久遠に手当を。」
「はい、甲斐さん。」
「甲斐・・・先輩、」
「ん?」
毒島が俺の方へとやってきた。
同い年だから先輩と呼ぶのに抵抗がありそうだが。
「俺はあなたとやってみたいのですが。」
「・・・いいだろう。」
「甲斐さんが・・・?」
「死神さんの試合か・・・。」
ギャラリーがざわつく。その中俺はサポーターを付ける。
「全力でお願いします。」
「当然だ。」
練習とは言え8ヶ月ぶりの試合か。
どうなるものか・・・。
毒島隼斗。俺と同じ高校3年生。
空手歴は12年。11歳で初めて清武会を制覇してから
7年間他のあらゆる大会でも優勝してきた本物の男。
「敷島、タイマーを頼む。」
「押忍!」
毒島の次に歴が長いと思われる敷島にタイマーを頼み、
俺は毒島の前に向かう。
「・・・・いよいよですね。」
「・・・そうだね。」
赤羽と久遠の声がする。が、今は目の前の男に集中だ。
「始めっ!!」
敷島の合図。同時に俺は拳を繰り出す。
「え、まだあんなに離れているのに!?」
「いや、見てください。あれを。」
俺の拳は確かに奴が動く前に放たれた。
だが、ほぼ同時に毒島は距離を詰めた。
結果距離を詰めた瞬間に俺の拳が奴の胸に叩き込まれた。
「ん、」「はああっ!!」
右拳で奴の両膝を1秒で撃ち抜き、バランスを崩した毒島を足払い。
「っ!」
毒島は何とか回避してすぐに体勢を立て直す。
が、奴が腕を構える寸前に、その腕で隠す前に脇腹を撃ち抜く。
「・・・攻撃どころか行動よりも速いなんて・・・・」
「くっ!」
毒島が仕掛けてきた。奴が一歩する毎に下腹・脇腹・膝を撃ち抜いていく。
距離を詰めた奴はすぐにローキックを狙ってきた。
しかも右足に。的確だな。だが無意味だ。
ローキックをパンチで相殺し、反し椿で鳩尾を撃つ。
そして同じ場所に、
「白虎一蹴!!」
飛び後ろ蹴りを叩き込む。
ガードの上から威力があいつを襲い、
1,2メートルほどその体を吹っ飛ばす。
「・・・・・・・・く、」
倒れはしなかったがどうやらガードした右腕が
激しく痙攣している所を見るに罅くらいは入ったようだな。
「続けるか?」「当然。」
まだ時間は20秒しか経っていない。
あと160秒でいくらでも逆転されるかもしれない。
ならば利き腕一本程度の犠牲目を瞑ると言ったところか。
面白い、ならば今度はこちらから攻めさせてもらう。
左足を前にして体を大きく屈めて一気に前に跳ぶ。
「あれは、綺龍最破・・・!」
0,01秒で距離を縮めて奴の右肩口に突進するように右拳を叩き込む。
この一撃は弾丸より速い。そのはずだ。
が、奴はこれを回避して俺の右脇腹に膝蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ・・・」
着地して構え直す。まさか一発で対処されるとは。
俺の最破を初見で破った奴は初めてだ。
こりゃ赤羽も久遠も歯が立たないに決まってるな。
「・・・行くぞ!」怯む暇はない。
素早く距離を詰めつつパンチ連打。
2秒で10発。その内3つは防がれた。
10発目を終えると同時に奴の前蹴りが迫った。
それを左手で払うと同時に右手でその足の脛を殴る。
「くっ・・・・」
「はあっ!!」
足を戻すと同時に痛み出した毒島の胸に足を止めてパンチ連打。
さっきと違って足を止めている分速度は速く、
5秒で30発を打ち込みその全てが命中。
後ずさり始めた毒島だが距離を詰め続け、離れさせない。
そしてその間も連打は続ける。
それどころかどんどん加速させていく。
「ぐうううううううううう・・・・・」
「コォォォォォォォォォォォォッ!!!」
15秒で100発以上のパンチを打ち込み腕全体から煙が出る。
摩擦熱で袖が破けていた。
毒島の方は全身に拳の跡が焼きついていて同じように煙が出ていた。
「・・・かはっ!!」
その口から黒い煙を大きく吐いた。
「まさか今の攻撃全てに送熱を!?」
「・・・まだやれるか?」
「・・・・とうぜ・・・・・ん・・・・ぐふっ!」
しかし膝から崩れ落ちた。すぐに道着の上を剥がすと、
全身が鉄板で熱せられたステーキのように焼けていた。
「こ、拳の死神・・・・」
誰かがつぶやく。
「仕方ないだろ、送熱込でラッシュをすれば人体なんて
トースターみたいに焦げるに決まってる。
どうやらそこまで腕はなまっていないようだな。」
黒く発熱した両腕のサポーターを剥いで蛇口に放り投げる。
「さあ、次に誰が指名する。まだ練習試合は続けるぞ。」
それから恙無く稽古が続いていき
すべての練習試合が終わって稽古も終わる。
「甲斐さんはすごいですね、さすがは拳の死神です。」
「そのあだ名、あまり好きじゃないんだがな。」
「え、そうだったの?ずっと私にそう呼ばれてたじゃん。」
稽古が終わり大倉道場の生徒を帰した後3人で甲斐機関に向かっていた。
「ただいまー。」
「おかえりー。」
そこではキーちゃんがいて夕食を作ってくれていた。
「・・・相変わらずですね。あなたは。」
「だって僕はここの社長で廉君のお嫁さんだもの。」
「だってさ、死神さん。いやぁ、聴いてる私達も照れちゃうよね。」
「・・・うるさい。」
「ほら、みんな手を洗ってきてね。」
それから4人で夕食を取った。
きっとこれからこういう日々が続いていくのだろう。
少なくともあと3ヶ月は。
「でも死神さんってホントに強いよね。
この久遠ちゃんがちょっと苦戦した相手を
全く簡単に倒せちゃうんだもん。」
「苦戦どころか圧倒されてただろう。」
「こ、虎徹使ってれば勝ったもん!」
「久遠、あれは練習試合で使っていいものでは・・・」
「死神さんのトースターラッシュに比べれば可愛いものだと思うよ?」
「・・・否定はできないが・・・」
「甲斐さん、実際今の私達はどうですか?」
「そうだな。お前達こそ今日の練習試合を通じてどうだったんだ?
大倉道場のエース達と交えた感想は。」
「流石にどの方も強かったです。正直私なんかでは・・・」
「確かに。私の制空圏があんなあっさりと破られるとは思わなかったよ。」
「あの連中でも大倉道場では30位内に入るほどの猛者だろうが
全国で見れば数百位が妥当だ。カルビ大会でもあの中で
ベスト8にまで勝ち残れるのは一人か二人だけだろう。
赤羽、お前はもっともっと強くなる。
もう数年すればカルビ大会でも優勝できるくらいにはなるだろう。
久遠だってそうだ。もっと成長すればいずれ俺を超える大物になるはずだ。
二人共、今度の大会が全てじゃない。
まだまだ未来があるんだ。そのつもりで大事にしろよ。」
「はい。」「任せといて。」
「よし、キーちゃん。おかわりだ。」
「はーい。」
やはり、こういう日々はいいものだな。
SCARLET33:秋の夜の亡霊
 
・ところで、ただ一般の空手選手であれば
ただ道場に通って稽古をしていればそれでいいかも知れない。
しかし、一定以上の階級で且つ本格的に連盟に所属しているのであれば
それ以外にも職務というものがある。
「しかし、いいのか?お前達まで連れ出してしまって。」
「いい経験だと思いますから。」
「そんなに遅くまでじゃないならいいって言われたし。」
足を壊して以来やっていなかったがもう十分だろうということで
俺は夜の見回りを警察官と一緒に行っている。
成人した大人のスタッフならば深夜にやるのだがまだ未成年だからか
夜の7~9時程度までが限界だ。
今日は早めに稽古を終えて二人の警察官と一緒に巡回をする。
飽くまでも巡回だ。今まで相手してきたのは専ら酔いどれか
不良少年程度。それも遭遇しない方が多い。
まだこの時間だし前者も後者もほとんどいないだろうから
実質警察官と一緒に夜を散歩するだけのようなものだ。
「でも・・・わざわざ走るかな?」
「久遠、普段あまり走るようなことはしないのですから
いい運動になると思います。」
そう。自転車に乗る警察官に並んで移動できるように
俺達は練習も兼ねてジョギングで巡回をしている。
この時間だとまだ早いがもう少しすると他にもジョギングのために
夜、外を出回る人が多くなる。
もしそういう人が事故にあった時に素早く対応出来るようにするのも
夜間巡回の仕事らしいが流石に本職ではない俺達に
そこまでは求められていない。
当然実際にそのようなことが起きてしまえば対応せざるを得ないのだが
そんな例はここ数年本職警官以外は経験していないそうだ。
だからか併走している警察官もどこかのんきにしている。
「いやあ、たまに高校生が一緒に巡回してくれることはあるけど
まさか中学生や小学生まで一緒になるなんてね。」
「おじさん達ももう長いけど初めてだよ。」
「まあ、今回が異例すぎるだけだと思いますけどね。」
「ね、ねぇ・・・、もうちょっとペース落としてくれない・・・?
中学生や高校生男子と同じスピードで走られたら
女子小学生としては流石にきついと思うんだけど・・・」
「甲斐さん、久遠がバテてます。」
「・・・それもそうだな。」
「っと悪かったねおじさん達だけ自転車で。」
警察官の二人が自転車から降りてくれたおかげで
俺達もジョギングをやめて徒歩での巡回になった。
「はあ・・・はあ・・・死神さんもちょっと前まで
まともに歩くのがやっとだったっていうのにもう回復してるんだね。」
「まあ、普通に学校では体育も受けてるしな。」
「甲斐さんは大倉道場での稽古は受けないのですか?」
「会長から指示の変更がない限りは今のままだ。
ちょっと足りないからお前達の稽古がない日は
家でトレーニングしてるよ。」
「へえ、キーちゃんと夜な夜なトレーニングを。」
「おいそこまでにしておけよ小学生。」
「あ、あははは・・・。おじさん達警察官なんだけどなぁ。」
「高校生同士でのそういうことはちょっと・・・。
せめて卒業してから・・・」
「あ、いや、その、」
「片方は高校生じゃなくて社長さんだから大丈夫だよね?
あ、それとも小学生な久遠ちゃんを・・・」
「久遠は黙ってろ。」
「あははは、青春だなぁ・・・」
「君も羨ましいよ。」
何故か肩を叩かれてしまう。
・・・まあ、間違いなく俺の境遇は恵まれている方だと思う。
弟子二人に嫁に元婚約者に。周りは美少女ばかりだからな。
周りから見れば矢岸さんが勘違いしたように
付き合っている関係か兄妹か何かに間違われるかもしれないな。
キーちゃん的には兄妹というのならばアリだそうだが。
そう言えば赤羽も久遠も妹だったな。
赤羽剛人に馬場雷龍寺、早龍寺。
いずれも空手の実力では俺に匹敵するかそれ以上の実力者。
そりゃそれだけの才能を持った人物の妹ならば
ほぼ今年だけの活動であれだけの成果を挙げられるというものだな。
「う、」
「ん?どうかしたか久遠?」
「い、いやここってお墓だよね?」
「そうだな。ひょっとして怖いのか?」
「あのねえ死神さん?久遠ちゃんはこれでも小学生の女の子!
夜のお墓の近くを通りかかって怖いと思うのは当たり前だと思うんだよ?」
「ならここで待つか?」
「もっと嫌だよ!?」
「甲斐さん、ちょっと意地悪です。
けど久遠、頑張りましょう。」
「美咲ちゃん・・・」
「そんじゃそこらの鬼や悪魔よりも強い死神が
すぐ近くにいるのですから。」
「おい赤羽お前もか。」
どうやらよっぽどこの前の練習試合の光景が残っているようだな。
本気ではないとは言え手加減をする余裕は
なかったから仕方ないと思いたいが。
「ひっ!!」
墓地の中を巡回する。
何かある度に久遠が面白いような声を出す。
しかし流石に俺も少し不気味ではある。
幽霊だとかを信じているわけでも全てを否定するわけでもないが
普通墓地にここまで殺気が蔓延しているものなのか?
それも生きた人間の新鮮な気配じゃなくまるで
長い間ここに居座りついていて腐りかけたような鈍い殺気だ。
前に墓地に来たのはまだ幼かった頃だからあまり気付かなかっただけで
本来墓地というのはこういうものなのだろうか。
だが・・・。
「・・・おまわりさん、この墓地。何時までの開園ですか?」
「は?いや、常時公開だから開園閉園とかはないな。」
「何かあったのかい?」
「・・・人の気配がします。こんな時間に一人だけの気配が・・・」
「・・・もしかしたら浮浪者かもしれないな。」
「一応探してみよう。」
二人の警察官が懐中電灯を持って二手に分かれて墓地内を巡回し始めた。
俺は赤羽と久遠に注意を呼びかけようとした。
その時だった。
「ぎゃああああああああああああ!!!」
「な、何だ・・・・があああああああああっ!!!」
二人の悲鳴・・・それも今のは断末魔(ふつうじゃない)・・・!
「甲斐さん・・・!」
「行くぞ!!」
本当ならここで待たせておくべきだったかもしれない。
だが、何となく俺の中で不安がそれを遮ってしまった。
だから不注意が頭を小突いても仕方なしに3人で走る。
・・・血の匂いがする。それに生きた殺気だ・・・!
「あれは・・・!」
前方。暗くてよく見えないが小さな人影がそこに立っていた。
そしてそれと視線が交錯した。
直後、墓地の柔らかい土が爆発した。
いや、それほどの強い力で人影が地面を蹴って距離を奪った。
「くっ!」
咄嗟の対処だった。
制空圏で練り上げた両手で鎗か銃弾のように鋭い何かを払う。
払った後で見えたがそれは膝だった。
とんでもなく速く鋭い膝蹴りだった。
また、その時に見えた。
この人影はまだ少女だった。赤羽と同じか少し年下程度の。
そして胸が片方だけなかった。
単純に育っていないというわけではない。
もう片方はたいそう立派なものがぶら下がっている。
何だこいつは・・・!?
「・・・っ!!」
「・・・ん、お前どこかで・・・!」
放たれたムチみたいな回し蹴りを殴打で相殺して
同時にそのない方の胸に拳を打ち込む。
「くっ・・・・あああああああああああああああああ!!!」
悲鳴だ。悲鳴を上げて少女はまた地面を爆発させて距離を取る。
拳を見る。血糊がついていた。
つまりあの胸は外傷でありまだ回復していない。
間違いなく何か事情がありそうだ。
それに痛覚があるということは生きた人間であるだろう。
・・・幽霊に痛覚がないとは断言できないが。
「はあ・・・・はあ・・・・はあ・・・・くっ!!」
「おい!別にお前になにかしようってわけじゃない!
落ち着いて構えを下ろせ!」
「うるさい死神!人の髪の毛糞尿まみれにしてくれちゃって!!」
「は、はぁ!?」
「甲斐さん・・・?」
「死神さんそんなひどいことしたの・・・?」
「い、いや、待て。そんな覚えは・・・」
「・・・もういい。」
少女は地面を爆発させてあっという間に墓地から去っていった。
最後まで顔は見えなかったが・・・。
「俺のことを知っているのだろうか?」
「死神って言ってたしね。」
「・・・けど私もどこかで見覚えが有るような・・・」
「・・・とりあえず連絡しよう。」
二人に見せないようにして散らばった警察官二人の死体に近づき
無線機を手に取り警察を呼ぶ。
「・・・ん?」
先ほどの少女が立っていたとされる場所、墓石の前だった。
「・・・矢尻達真・・・?」
どこかで聞いたような名前だな。
SCARLET34:魂~Reincarnation~
 
・ある日曜日のことだった。
甲斐機関に1つの依頼が入った。
「珍しいね、外注の依頼なんて。」
「うん。まあでも甲斐機関も一応1つの企業だから
完全に僕達だけでやっていくことなんて出来ないよ。
営業的にもさ。・・・ダメだったかな?」
「いや、まだキーちゃんが社長なんだから僕は口を挟まないよ。
それに反対じゃないし。けどこれって・・・。」
机の上にあった依頼書を読む。
2か月前に精神崩壊してしまった患者の治癒作業。
「・・・甲斐機関の進歩しすぎた医術でも魔法じゃない。
こんなこと出来るものなの?」
「・・・多分無理だと思う。
でもお願いされた以上は会社としてはやらないといけないから。
それにどんなに低い可能性でも諦めちゃダメだよ。
その先でうまくいったらすごく嬉しいじゃない。」
「・・・そうだね。」
それから一時間ほどで肝心の患者が運ばれてきた。
名前は三箇牧巻太郎。13歳。まだ中学1年生か。
事故で胃袋を貫通、そして脊椎を損傷したために
電気信号が途絶えてしまい体が動かせない全身不随患者。
空手をやっているようだが試合中の事故というわけでもないようだな。
そう言えばこの前墓場で会ったあの少女も
明らかに何らかの武術をやっているようだった。
詳しくは分からないがムエタイかテコンドーだろうか。
足しか動かしていなかったからまだそんなに
長くはやっていないのだろうがそれにしては異常な程技のキレが鋭かった。
きっと無防備な場所を穿たれたら骨も肉も内臓もまとめて潰れていたな。
・・・あるいは何らかの怪我で両腕が使えないだけで
実はそれなりの経験者という可能性もあるな。
乳房が片方切断されるというほどの大怪我だ。
不自然で異常な少女という他ないが・・・。
「・・・骨も肉も内臓もまとめて、か。」
患者の患部データを見直す。
・・・まさかな。
 
「あぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!」
「どうしました久遠?」
ホテル。美咲ちゃんの部屋で遊んでいた私は
あの夏休みに入る少し前の事を思い出した。
「あのお墓にいた子、どっかで見覚えあると思ったら
美咲ちゃんと同じ顔の子を連れてきた子じゃない!?」
「・・・ああ、そう言えば確かに似ていますね。」
「どうしてあの子があんなところで
あんな傷でうろついていたのかな・・・?」
「・・・分かりません。」
「美咲ちゃん、あの同じ顔をした子と連絡取れる?」
「黒羽さんですね?一応連絡先を頂いていますから。」
「ならさ、行ってみようよ。」
それから美咲ちゃんの案内でホテルを出て隣町まで歩くことにした。
そう言えばあの時もこうやって二人で歩いていた時に
あの3人にあったんだっけ。
あの時は死神さんが入院中してすぐだったから
言いそびれちゃってたんだっけ。ってか結局まだ報告してないし。
「でも会ってどうするのですか?」
「え?う~ん、そう言われると・・・。
でもとりあえずお見舞いも兼ねて会ってみようよ。」
それからバスで移動して美咲ちゃんが持っていた住所に向かう。
バスから降りて数分歩いたところにその一軒家があった。
「あれ?表札が英語だよ?」
「Croce・・・クローチェ。あのシフルと言う子のラストネームですね。」
「じゃあ、合ってるのかな?」
「恐らく・・・。」
美咲ちゃんがインターホンを鳴らす。
少しして美咲ちゃんそっくりな声と顔が出てきた。
「・・・赤羽美咲・・・」
「お久しぶりです。黒羽律さん。」
それから律ちゃんに案内されて家の中に。
「・・・シフルさんは?」
「気付いたらいなくなっていた。
・・・どこにいるのかは分からない。」
「そうですか。」
「・・・何の用?同じ顔で不具合でもあった?」
「いえ。それよりお聞きしたいことがあるんです。
以前あなたやシフルさんと一緒にいたあの方はどこにいますか?」
「・・・あの妖怪か。」
「え?」
「いや、なんでも。
彼女も2学期になってから行方をくらませています。
・・・彼女がどうかしたの?」
「あの方と思われる人物とこの前会いました。
墓地で会ったのですが警察官を襲って殺害していました。」
「・・・あの妖怪のやりそうなことですね。
と言うかまだこの街にいたんだ。」
「いえ、私の街でした。あの甲斐機関があった町です。」
「・・・墓地って言ったけど何であの人が・・・。
まあいいわ、私も行ってみる。・・・何だか嫌な予感しかしないけど。」
 
夜になった。
患者の治療は無事終えた。
脊椎の損傷も治して電気信号も復活した。
記憶障害は残るかもしれないが少なくとも
今よりはずっと自由になれるだろう。
「廉君、お買い物行ってくれる?」
「ああ、いいよ。」
患者を見送った後キーちゃんに頼まれて夕食の買出しに向かう。
「・・・ん?」
街を歩いていたら赤羽と久遠・・・と赤羽によく似た顔の少女を見かけた。
あれは白羽睦月・・・?いや、ちょっと違う。
まさか三船のパーフェクトサイボーグか・・・!?
気配を殺して3人の後を追ってみる。
と、この前の墓地にたどり着いた。
どうしてもあの時の少女の姿が脳裏に蘇る。
「・・・そこにいましたか。」
声。赤羽・・・?いや、何処か違う。
「・・・りっちゃん。久しぶり。」
また別の声。これは確かあの少女の・・・。
「どうして私の前から姿を消したのですか?
・・・矢尻達真を殺したからですか?」
「殺したといえば殺したよ。言い訳をするつもりはない。
・・・でもね、何かまだ足りないんだよね。
心残りというか何というか。
・・・うん、私ね。多分あいつのことが好きだったんだと思う。
最初はただ殺したくて殺したくて仕方なかった。
でもりっちゃんがいない間に色々あってね。
好きになっちゃったんだ。」
「それならどうして殺したんですか?」
「・・・だってあいつはもう死んでいたから。
自分がもう誰なのかも分からないほど頭の中が壊れて、
自分が誰を愛していたのかさえも忘れてしまって・・・。
・・・そんなあいつを見ていられなかった。
前にあいつの友達から聞いたの。
あいつはかつて最愛の人をその手に掛けてしまったって。
でも、その子ももう壊れてて・・・見ていられなかった。
だから自分の手でそんな彼女に止めをさせてよかったって言ってた。
・・・私がこんなこと言うのもおかしいと思うけど
私もあいつをこの手に掛けられて嬉しいかもしれない。
そう思ってたんだ。でも、実際はやっぱり嬉しさなんてなくて・・・。
その答えが知りたくてこうやってずっとあいつの前に立ってるんだけど。
・・・やっぱりダメだね。私も壊れちゃってるからかな?」
「・・・あの男の経緯は知りませんし
あなたの過去についてもさほど詳しくはありません。
けど、そうやって悲しい顔をしている以上
あなたは壊れてなどいませんよ。
・・・とりあえず病院へ行きましょう。
その体じゃあなたまで死んでしまいますよ。」
「・・・私が死ぬ?・・・あはっ、
そう言えばそういうこともあるんだ・・・。」
「・・・・・・・」
会話を聞いていても詳しいことは分からない。
ただ、やはり深い事情はあるようだな。
「・・・あの子、死んでたのか。」
思い出した。2年前の全国大会で戦った少年・矢尻達真。
あの少年の最愛の人と言うのは
あの時キーちゃんと一緒にいたあの子だろう。
あの子が死に、そして自分の手で殺めてしまった。
そんなことがあれからの2年間であったとはな。
・・・さて、と。
「ならウチに来いよ。」
「甲斐さん!?」
「死神・・・!」
4人の前に出る。赤い髪の二人に身構えられる。
「うちは一応病院なんだ。少なくとも君は手当が必要だろう?」
「・・・・・」
「先輩、あの人の言っていることは事実ですよ。
それにあの人は矢尻達真の先輩でもあります。」
「おいおい、どうしてそこまで知ってるんだ。」
「矢尻達真のデータは事前に調べています。
2年前にあなたに敗れていることも。
それに後ろの二人の師匠であることも。
夏休みの間に私を直してくれた甲斐機関のオーナーであるながy・・・」
「キーちゃんだ。それ以上は言うな。」
「・・・失礼。キーちゃんさんの夫でもあります。
その胸だけでなくもしかしたら両手も・・・」
「大丈夫だよ、りっちゃん。」
「あ、おい!」
あの少女はまた地面を爆発させてどこかに去っていってしまった。
「・・・相変わらずの妖怪っぷりですね。」
「・・・いいんでしょうか?」
「あの様子ではまだもう少しかかるかもしれませんが
その内立ち直りますよ。・・・更生はしないかもしれませんが。
あの人は絶望の淵にいた時間があまりに長すぎるので・・・。」
「・・・・・・」
何だかよく分からないが俺達は帰ることにした。
・・・買い物を忘れたから俺はもう一度出ることになったが。
SCARLET35:赤と炎の文化祭
 
・10月も下旬。
カルビ大会まで実質1ヶ月程度。
だが、それよりも前に大きな祭があったのを忘れていた。
「・・・・・・・・・・・。」
「よう、甲斐。随分と悲惨な顔をしているな。」
「斎藤か。クラスが同じならわかるだろう?」
「何だ?文化祭の出し物がお化け屋敷で
あまり乗り気じゃなかったから適当にあるいは消去法で
役割を挙手してしまったら一番最初に驚かす役っていう
ある意味一番プレッシャーのある仕事を任せれてしまったってことか?」
「そこまで分かっていてなぜ・・・!?」
「ご自慢の拳圧で脅かしたらどうだ?」
「・・・先にお前から死神の鎌を味わわせてやろうか?」
「おいおい、現役を引退した俺にお前のパンチは
あまりに凶悪すぎる。死んじまうよ。」
「・・・全く。」
赤羽や久遠も呼んだというのにこれでは真っ先に恥を掻くだけじゃないか。
夏休みには参加できなかったから設営などを重点的に任されるし。
重労働はそこまで嫌というわけじゃないが喜ばしいわけではないし。
「・・・やはり俺は畳の上でしか生きられない男だな。」
「齢17で何を悟ってるんだお前は。」
ともかくあまりに消極的な態度で文化祭の準備をしていく内に
あっという間に当日。
俺は逆立ちしたイカ型エイリアンとかいう訳のわからない造形の
着ぐるみを着せられた。
・・・これはおばけ屋敷じゃなかったのだろうか?
まあ、暗がりにいきなり現れたら驚く物体ということに変わりはないが。
「プハッ!!ヒャハハハハハハハハハハハハッ!!!
そりゃ拳の死神じゃなくて刺身の死神だな!?
驚くでゲソってか!?驚かなイカって?ヒャハハハハハ!!!」
とりあえず無遠慮に爆笑している斎藤には無遠慮に青龍一撃。
「死ぬ!死ぬっての!!」
「むしろ死ねぇぇぇぇっ!!」
とりあえず斎藤をしばいてから練習を一回してから本番が始まった。
どうか俺のシフトの間に知人が来ませんように!
どうか俺のシフトの間に知人が来ませんように!!
どうか俺のシフトの間に知人が来ませんように!!!
「ここみたいですね。」
「へえ、お化け屋敷か。最近ホラーに縁があるよね。」
「廉君どこにいるのかなぁ?」
ノォォォォォォォォォォォォッ!!!
いきなり身内3人の声が廊下からする!?
あの3人を驚かせというのか!?
いくら着ぐるみかぶってるとは言え・・・。
と言うか久遠とか驚いたら制空圏発動させるんじゃないのか・・・!?
「お、可愛い子がいるじゃねえか。」
「む!」
どこかで聞き覚えのある声がした。
これは確か・・・囲碁部のあいつか!
「どちらですか?」
「なに、ちょっと一緒に1局打たない?」
「トーッ!!」
と、俺の方から教室のドアを開けて3人の前に踊り立つ。
「な、なんだこいつ・・・!?」
「い、イカのおばけ!?」
「いえ、今の距離の詰め方は恐らく・・・」
とりあえず正体がバレないようにしながら
触手らしきこれで囲碁部のあいつを殴る!
「いて!!いきなり何しやがる!?」
「ゲソッ!ゲソッ!!ゲソの極み・アァァァァァァァァァッ!!!」
この姿じゃ拳を握れないがこの触手らしき何かを武器に朱雀を放つ。
「えっと、あれって朱雀幻翔だよね?」
「・・・はい。」
「あ、あははは・・・。」
明らかに正体がバレてそうだが気にしない!
「こ、この動き見覚えあるぞ!あのギプス野郎か!
ギプス外れておめでとうと伝えてやろう!
だが!それとこれとでは話が別だ!!」
どこから出したのかこいつはあの時と同じ棒を取り出して構えた。
が、その際に起きた風で近くを歩いていた女子のスカートがめくれた。
「あ」
「あ」
思わずそちらの方をチラ見。
数秒後に何事もなかったかのように構え直す。
「部長野郎ォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」
「ギプス野郎がァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
触手らしき何かで部長の放つ棒を絡め取る!
直後に奴の廻し蹴りが触手らしき何かを2本引き裂く!
足は自由だ!だからその場で白虎一蹴を放つ!
と、奴もどこで覚えたのか似たような飛び廻し蹴りを放った!
「青龍ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ一撃ィィィィィィィィィァァァァァァッ!!!!」
「発勁ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃパアアアァァァァァァァァァンチ!!!!」
お化け屋敷の出入り口前で男二人の激しい殴り合いが勃発した。
互いの拳が同時に相手の顔面に突き刺さる。
「ぐっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
血を吐き倒れ一緒に受付の女子のスカートを下から覗く。
「・・・やるな!お前!」
「ふん、お前こそ!!」
「「そして素晴らしきは純白のぱ・・・」」
「そこまでにしてくださいね。」
そして二人揃って赤羽と久遠の攻撃を受けて無残に散った。
数分後。
「廉君は結構度胸があると思うんだよね。
お嫁さんとお弟子さん二人の前で変な格好で躍り出て
いきなり関係ない人を巻き込んで殴り合いを始めたかと思ったら
さも当然のように他の女の子のパンツを覗くなんてさ。」
「・・・すみませんでした。」
平謝りしつつ3人に出店で買った焼きそばとたこ焼きとレバニラ炒めを
それぞれに手渡し俺は一人とろろを貪る。
それから4人でそれぞれ他のクラスの出し物を回った。
「ここは何やってるのかな?」
「社会科準備室?こんなとこで出し物が・・・」
一応出店ポスターが貼ってある。
戸に手をかけて中に入る。
と、
「イイイィィィィィィィィリイイイヤァァァッホゥゥゥゥゥゥゥイ!!!」
全裸のボディビルダーが男子生徒の脛に
ソバットを叩き込んでいるシーンだった。
今すぐ戸を閉めて久遠を右手で抱え、赤羽を左手で抱え、
キーちゃんを背負ってその場から可能な限り速度を上げて走り去った。
・・・あれは、あれは、あれは色んな意味でまずい・・・!
「・・・あれだね、死神さんは空手が関係していないところだと
すっごい愉快な人になるんだね。」
「・・・とりあえず下ろしてください。
と言うか下乳触らないでください。」
「・・・廉君?」
「いや、これはほらさ、非常時だから・・・」
とりあえず500メートル離れた場所まで向かい3人を下ろした。
・・・赤羽の胸はまた大きくなっていた。
これはもうキーちゃんより大きいのでは・・・?
「キーさん、この人のこういう顔は
失礼なことを考えている時の顔ですよね?」
「うん、そうだよ。
それも女の子の胸とかあそことか考えている時の顔だ。」
新事実:みさきという名前の少女は俺の考えていることが分かるらしい。
「死神さんも大変だね。」
「そう思うなら少しはフォローしてくれ。」
「じゃあ小学生な久遠ちゃんと突っ走っちゃうとか?」
「お前みたいに性欲旺盛すぎる小学生女子はそうそういない。」
ふう、日常で女子の相手をするのは正直きついな。
絶対に勝てる気がしない。
これが明日も続くとなれば、地獄の鬼合宿よりもきついかもな。
SCARLET36:戦いの玉座へ
 
・12月7日。金曜日
ついにカルビ大会を明日に控えた。
道場に集まる俺達。
「なんだ、お前いたのか。」
「ひどいですよ先輩。」
久しぶりに里桜が顔を見せた。
あの日久遠にボコられてそれ以来入院しながら受験した結果
ムカつくことに無事高校に入学出来て暇になったから
カルビ大会に参加することになったらしく
大倉会長からここで修行して来いと言われたらしい。
「誰だっけこの人?」
「えっと、確か前に一緒に稽古をした・・・」
「うをい!お前ら俺のこと忘れてるの!?」
「1年近く前だから仕方ないだろう。
特に久遠とは一度しか会ってないんだから。」
「いや、それ以前にも普通に道場での稽古で何回か会ってましたけどね。
・・・けど良かった。もう出番ないかと。」
何か意味深なことを言いながらほっと一息つく里桜。
「けどカルビなら俺も出るんだぞ?」
「はい、分かっています。もし当たったら速攻で棄権します。」
「一発でも当ててみろ。100をやろう。」
「・・・どうせ100円かパンチ100連発でしょ?」
「いや、100万発だ。」
「・・・俺はまだトースターになりたくないんでパスします。」
「ひき肉でもいいぞ?」
「そんな意味不明で暴力的な妥協案を聞いて
Yesを頷けるほど人間はマゾな思考回路に出来てはしませんよ!?」
「ちょうどいい。他に誰が出るかわかるか?」
「・・・そうですね。大倉(うち)からは馬場雷龍寺と龍雲寺に久遠寺。」
「久遠ちゃんだよ!」
「その3人は知っている。」
「なら斎藤さんが出るってことも?」
「何?斎藤が?」
「ええ。確かに現役は引退しましたが今度に限って
先輩の弟子と戦いたいからって参加するそうです。
道場の方では割と有名になってましたよ。
あと毒島さんとかですかね。」
「斎藤以外に有益な情報はなかったな。」
「待って!拳を握らないでください!
・・・え、えっと伏見からは遠山が出るそうです。」
「ほう、遠山が。」
「・・・いいリターンマッチの機会かもしれませんね。」
赤羽の表情が変わった。
あれからどれだけ実力の差が縮まったか確かに見物だな。
「そして、三船からはマスターホワイトが参戦するそうです。」
「・・・三船の完全人造人間(パーフェクトサイボーグ)で
最強の白帯(マスターホワイト)か。」
「・・・あの男まで・・・」
「・・・何だかものすごいメンバーだね、今度のカルビ。」
「・・・ああ。明らかに全国クラスのメンバーが多すぎる。」
嫌なタイミングで参加を表明してしまったかもな。
あるいは俺が参加を表明したからこんな波乱に?
とにかく無事に戦いを終えられそうな相手がほとんどいない。
24時間後に一体何人が勝ち進んでいられているか・・・。
「今回のカルビ大会に参加する人数は250人。
例年よりも50人多いですから試合回数も多くなってると思います。
明日一日フルに使ってベスト16か8まで決めるそうですが
倍率は30倍か15倍か・・・。」
「・・・・・・」
流石に緊張が場を覆ってきた。
だからそれを破るためにも一発里桜を殴っておく。
「ぎゃ!!」
「すごい舞台装置だ。
大会の説明からそれで起きてしまった場の緊張を慰めつつ
俺のストレス解消までしてくれるとはさすが俺の弟子だ。」
「そんな褒められ方嫌すぎる!」
「・・・あれだね、死神さんは女の子には優しいけど
男の人には滅茶苦茶になるんだね。」
「私は前回のを見てなんとなくそんな気がしていましたけどね。」
「とにかくだ。ここまで来た以上敢えて特別なことはしない。
自分の力を信じろ。相手に臆するな。それだけで未来は応えてくれる。」
「お、俺を殴りながら言われても・・・がはっ!!」
「よって今からはいつもどおりの稽古を始めるぞ。
赤羽と久遠は腕立て・腹筋・スクワットを30回5セット!
里桜は外に出て上着を脱いで木の枝にぶら下がって1時間懸垂!」
「死ぬ!腕が!俺の社会的尊厳が!!死んでしまう!!」
「心頭滅却すれば尊厳の1つや2つ剥がされても無心でいられる!」
「そんな修行の成果は嫌すぎるぅぅぅぅぅぅ!!!」
「Go!Go ahead!to the hell!!!!」
「もはや普通に死ねって言ってるじゃないですか!!」
「今から死んだ気になっていれば実際に死んでも全く平気だ!
モーマンタイだ!だから死んでこぉぉぉぉぉぉい!!!」
「俺は生きる!生きてこの光を繋ぐ!」
「名前的にそれは俺のセリフだ!!パワーを絞り出してこいぃぃぃぃ!!」
「ぎゃあああああああああああああ!!!」
ふう、やっと馬鹿弟子の上着を剥ぎ取って外に追い出せたぞ。
かわいそうに外でくしゃみの音が多発している。
余りにもかわいそうだからバケツに汲んだ氷水を
背中からぶっかけておこう。
「・・・私達女の子で本当に良かったよね。」
「・・・そうですね。」
仲良く二人で筋トレをする二人に視線を戻す。
「一応念のため聞いておきたいのですが。
甲斐さん、もし私が男だったとしたらあのようなことを?」
「そもそも引受けなかった。」
「・・・・・そ、そうですか・・・・。」
「よかったね美咲ちゃん。女の子で。」
「赤羽も久遠も明日は無事に勝てるほうがおかしいと
思って試合に臨むこと。
相手は全員自分よりもはるかに格上だと思って全力で当たれ。」
「・・・はい、分かっています。」
「久遠ちゃんだって負けるつもりはないよ?
大会に出場したら必ず優勝するってジンクスを成立させるんだ。」
・・・久遠はちょっと心配だな。
その才能や実力は間違いなく甘く見れないとは言え。
「・・・・・・。」
俺もあれだけ偉そうな事を言っても
馬場雷龍寺やマスターホワイト相手には勝てるかどうか分からない。
試合でこの二人と戦えるかどうか・・・。
SCARLET37:カルビ開戦
 
・12月8日。
ついにカルビ大会の当日を迎えた。
一度道場前に集まってから3人で行く。
「いいのか久遠?二人の兄と一緒じゃなくて。」
「久遠ちゃんは確かに馬場の子だけどここの子でもあるの。
そして今日は馬場家としてじゃなくて死神さんの教え子として行くの。
だからいいんだよ死神さん。」
「・・・まあ、お前がそう言うならいいけど。」
「ところでキーちゃんは?」
「ああ。昼頃にお弁当を持って来てくれるそうだ。
だからそれまでは俺達だけでやるぞ。」
「・・・あの、里桜さんは?」
「知らん。勝手にやってるんじゃないのか?」
それから電車やらバスやらを使ってカルビ大会の会場に到達した。
流石というか尋常じゃない人だかりで
しかも身のこなしや体格が普通じゃない連中ばかりがそこにはいた。
そして俺の登場で一気に視線がこちらに襲ってきた。
「おい、あれ拳の死神じゃないのか・・・!?」
「足を壊したって聞いたがまさか復活してくるとは・・・!」
「しかも隣にいる二人を見ろよ。」
「紅蓮の閃光(スピードスター)と呼ばれた赤羽美咲に
絶対制空圏幼女の馬場久遠寺か・・・!」
「死神の弟子だって聞いたがあの様子じゃ本物のようだな・・・!」
早速節操のない噂が流れていく。
「流石だね死神さん。」
「俺はもう慣れてるがお前達いつの間に
そんなあだ名をつけられていたんだ?」
「この前の清武会の時ですね。私はあの道着で目立ちますから・・・。」
「久遠ちゃんは絶対無敗だからねっ!」
「お前は馬場家であるということを忘れているだろう。」
と、そこへ二人の男がやってきた。
「げ、ライ君りゅー君・・・」
「・・・という事は、」
「お初にお目にかかる。馬場家4兄妹長男の雷龍寺だ。」
「3男の龍雲寺です。」
「・・・甲斐廉だ。」
「1年前は弟が、そして今年は妹が世話になったようだな。」
「・・・久遠に関してはまあ、そうかもしれないが。
早龍寺に関しては・・・」
「ああ、いい。気にするな。あれも実戦空手の名家である馬場の男。
如何なる怪我も試合での結果なら満足しているだろう。
ましてやあの拳の死神と実質相討ち同然なら尚更な。」
「・・・・・・。」
「まあ、そんな話はいいだろう。
俺は弟のようにはいかない。試合を楽しみにしているぞ。」
それだけ言って雷龍寺と龍雲寺は去っていった。
「ね?嫌な奴でしょ?」
「・・・それ以上に隙がなかった。
馬場早龍寺も中々の腕前で俺は勝つことが出来なかった。
・・・あの男はそれよりも格上。厳しい戦いになるだろうな。」
これ以上の弱音は必要ないだろう。
「さて、俺達も控え室に行くぞ。」
「はい。」
「おー!」
それから男女に分かれて更衣室で道着に着替えてから
控え室に集合。開会式の挨拶が終わりトーナメント表が発表される。
一回戦は全部で125戦。
ベスト16までは10のコートでそれぞれ行われ、
1試合は長くとも10分で終わるから大体2時間程度で終わる。
その後2回戦はシードを一人用意して62回戦。
これもそのまま行けば1時間程度。
次の3回戦ではシードは残ったまま31回戦で30分ほど。
4回戦はシードを混ぜて16回戦。ここからは2つのコートで行われる。
たった3時間半で人数は8分の1程度にまで絞られる。
・・・この中に混じれるかどうか。
「・・・俺は102番目か。」
だいぶ後半だな。早く見積もっても1時間以上は後だ。
対戦相手は東北出身の二階堂という男らしい。
聞いたことがないからきっと実戦レベルではないのだろうが
それでもカルビ出場者だ。
最低でも毒島レベルくらいは覚悟しておいたほうがいい。
あるいは久遠のような今回初出場でも怪物クラスの天才かもしれない。
・・・最初からするつもりはないがそれでも一切の油断は禁物だな。
「では、甲斐さん。行ってきます。」
「ん?」
「あれ?死神さん知らないの?美咲ちゃん1戦目なんだよ。
トーナメント表を見る。
確かに赤羽美咲の文字があった。
対戦相手は沖縄出身の比良海人。沖縄だから恐らく琉球空手。
赤羽がきっと今まで見たことがないスタイルで攻めて来るだろう。
「赤羽、相手は・・・」
「待ってください。甲斐さん、ここでは私達はライバル同士です。
・・・心配してくれるのは嬉しいですがアドバイスは・・・」
「・・・そうだったな。なら一言だけ、頑張れよ。」
「・・・はい。」
そうして赤羽がコートに向かった。
「久遠は?」
「私は33番目。まああと20分もすれば呼ばれるかな。」
「お前も油断するなよ。」
「もちろん。」
それから赤羽の試合を観戦する。
この会場で自分以外の誰かを応援する選手は希だ。
だから試合を囲んで観戦する連中は全員敵情視察だと思って間違いない。
そしてここまで上り詰めた連中だ。
観察にそこまで時間はかからず
ある程度視察したら他の選手のところへ行く。
つまり特定の一人の選手にだけ留まる事は滅多にない。
しかしそれでもなお視察が終わらないという選手は期待株だということだ。
現に赤羽は100人以上が視察に囲んでいた。
そして第一ラウンドが終わってもなお離れることはない。
それだけ彼女が期待できる脅威であるという証だろう。
その結果か2ラウンド目の開始53秒でTKOで彼女が勝利した。
「・・・さすがは美咲ちゃんだね。」
「ああ。」
もう三船のサイボーグではないただの中学生空手選手だというのに
ほとんど消耗もなくそれなり以上の相手を撃破したか。
思った以上に強くなっているようだな。
「じゃ、そろそろ行ってみるかな。」
最初の10戦が思ったより早く終わったからか久遠に招集がかかった。
そしてその中にはこの場においては異様とも言える白帯が見えた。
「・・・マスターホワイト・・・」
この距離で見るのは初めてだ。
年齢は俺よりやや下のように見える。
しかしその佇まいには一縷の隙も見当たらない。
あれは俺どころか馬場雷龍寺や赤羽剛人より上かも知れない。
間違いなくこの大会の優勝候補。
赤羽や久遠と番号が近いが、どうなることか。
 
それから久遠も無事勝利してそれからしばらくして俺が召集された。
嬉しいのか迷惑なのかやはり視察する奴は多い。
当然馬場雷龍寺の視線も感じる。
そしてマスターホワイトの視線も。
あれだけの強者から視察されるのは
中々光栄だがそれを喜ぶだけの余裕はない。
「・・・・・」
対戦相手の二階堂を見る。
それなりに出来上がった肉体と構えからして中堅程度はあるだろうな。
・・・赤羽も久遠も無事1回戦を突破したんだ。
その勝利に応えられなければいけないな。
「せっ!!」
試合開始と同時に拳の応酬。
まずは瞬殺を兼ねた様子見のラッシュ。
これに対してどう出るかで相手の強さと戦術を判断する。
「・・・・くっ!!」
二階堂は防ぐのに手一杯で徐々に加速していく俺のラッシュに
どんどん遅れていき最終的には防げる事のほうが少なくなっていく。
そして無理に防ごうとして出来た隙に特別
力とスピードを込めたワンツーを打ち込む。
「・・・がはっ!!」
「・・・ふう、」
彼が倒れると同時に時間を見た。
第一ラウンド開始17秒。まあ、まあまあかな。
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
丁度馬場雷龍寺と目が合った。
やがて向こうから踵を返して去っていった。
・・・今の程度じゃ牽制にもならないか。
「・・・で、お前だけ負けたか。」
コートの外に出てズタボロの里桜を見下ろした。
「あ、相手はあの馬場雷龍寺だったんですよ・・・!?」
「理由になると思うか?で、奴のスタイルは?」
「とんでもなく堅実的で恐ろしい程常識的でしたよ。
さすがは空手の総本山ってトコロですね。」
「・・・なるほど。」
何か特殊なスタイルであればそこから弱点を
見出すことも出来たかもしれないが飽くまでも正統派か。
それで大倉道場でもトップエースなのだからまいったな。
・・・だが、久々の実戦だ。面白くなってきたものだ。
SCARLET38:炎の切っ先
 
・全ての1回戦が終わって2回戦が始まる。
2回戦はシードを一人設けて62回戦行われる。
本来シード枠は一回戦での125番目の勝利者がなるわけだが
何故かマスターホワイトが選ばれた。
・・・そりゃあれだけの強さだ。
相手が弱ければ手加減して終わらせられるかもしれないが
相手がある程度強ければそれも出来ずに怪我人が出るかもしれない。
平和的な裏工作か。ありがたいといえばありがたいが。
三船の連中・・・気付かれるぞ・・・!
「いよいよ2回戦ですね。」
それから2回戦のトーナメントが発表された。
「・・・あれは・・・」
赤羽が声を上げた。
続けて赤羽の名前を探る。
7番目。そこに赤羽の名前があった。
しかしその対戦相手は、
「・・・遠山・・・」
「・・・リターンマッチしてきます。」
早速赤羽が7番ステージに向かう。
「死神さん、録画しておいてよ。」
「ん?」
「もう本当に選手になると冷静じゃなくなるんだから。」
久遠が指差す。その隣8番目のコートに久遠の名前があった。
赤羽と遠山がやる試合の隣で久遠も試合を行うのか。
「久遠ちゃんの方は応援も録画もいらないからさ。」
「・・・分かった。」
ハンドバッグからカメラを取り出す。
「死神、」
「ん?」
声。振り向くとそこに遠山がいた。
「遠山か。久しぶりだな。」
「ああ。今度はあんな情けない形じゃなくて確かな勝利をつかんでみせる。
そして、そのまま勝ち進んでお前にも勝ってみせる。」
「・・・楽しみにしておく。」
「・・・何だか嫌に肯定的だな。
あんた俺のこと嫌いじゃなかったのか?」
「・・・最初はそうだったさ。
だけど赤羽との試合そのものは正々堂々だった。
その後の態度も立派だった。今度も期待をしている。
そして強くなった彼女と全力で相手をしてやって欲しい。」
「・・・提督を疑うつもりじゃないが俺もあんたの弟子だったらな。」
「悪いが俺の弟子になった男は一日で3回は死ねるぞ。」
そうして治療間のベッドで眠る里桜を指差す。
「・・・死ぬほどスパルタってことか。
なるほど、だから伏見を蹴ったのか。自分の方がスパルタだからって。」
「いや、そういうわけじゃない。まあ、見ていけよ。」
「・・・そうさせてもらう。」
そうして遠山もコートに向かった。
思えば赤羽と遠山の試合は全ての始まりだった。
この1年間の始まりと終わりの組合(カード)。
この目でその成長を見させてもらう。
「では、これより第二回戦を始める!両者・前へ!」
審判が号令を出せば20人の選手がコートの中央に立つ。
「正面に礼!お互いに礼!構えて・はじめっ!!」
号令が掛かり20人全てが一斉に動き出す。
赤羽が走り遠山に迫る。
その速さは確かに俺でさえ目を見張るものだ。
だが、神速には程遠い。
彼女なりに速度を優先した結果だからか動きも単純。
それ故に遠山は軌道を見切り前蹴りで迎撃。
「っ!」
防御をするがギリギリで間に合わずに直撃を受けてしまい
彼女が後ずさってしまう。倒れる=失点することは避けられたが
ダメージは避けられておらず2秒ほど怯んだ。
そしてその2秒という長時間を逃すほど遠山は甘くはない。
両足のモモカンをカカトで穿ち左脇に廻し蹴りを叩き込む。
「くっ!」
スピードを駆使した足技が武器の彼女にとって
両足は最大の武器であると同時に命だと言ってもいい。
前回の試合でそれを完全に見抜いていた遠山だから出来る最善策。
「・・・のっ!!」
痛みに耐えながら彼女が跳躍して遠山の顔面に廻し蹴りを放つ。
が、そんな大げさで単純な攻撃が彼女よりも実力者である遠山に
通用するわけがない。
「ふん、」
回避や防御どころかカウンターでの後ろ回し蹴りを放たれて
彼女が叩き落とされてしまう。何とか着地できたが足を挫いてそうだった。
・・・そう言えば元々遠山はカウンタータイプだった。
つまり彼女との相性は最悪。そのうえ実力でも上では厳しい。
だが、彼女だってこの1年間で強くなっている。
「朱雀・・・」
「!?」
フェイントと変調を加えた高速連撃。
前の時にはなかった彼女の切札の1つ。
遠山も初見では破れないどころか対応すら難しいようで
面白いように次々と攻撃をもらっていく。
しかしそのままサンドバッグになってくれるほど
お人好しはここにはいない。
どんなに素早く動けても人体の大きさや太さの関係から
手足や頭部と違ってどんなに気を付けていても
ボディへの対応は限られてしまう。
そこへ集中攻撃を放てば多くは外されてしまうかもしれないが
それでも少しずつ攻撃は当たっていく。
そして攻撃を受けていけば体力も削られていく。
そうする事に確実に動きは鈍くなっていく。
理詰めだが確実だ。戦いの中においても冷静な奴ほど強い。
「・・・くっ!」
彼女ではまだそこまでの領域に至っていない。
「そこまでっ!」
そして2分半が経過して第一ラウンドが終わった。
判定が行われこの時点で勝敗が決した場合はコートから去り、
次の試合が始まる。とは言えこの時点で勝敗が決するのはそう多くない。
「ん?」
1つ終わったようだ。
「久遠ちゃん大勝利ー!」
・・・久遠か。さすがだな。
というか年齢無制限のこの大会で小学生が
参加して余裕で2連勝ってのも流石というか・・・。
「延長戦を始める!構え・はじめっ!」
審判から号令が放たれ第二ラウンドが始まった。
今度は赤羽もスピードに頼った戦いをやめて冷静に状況を見計らっている。
しかしそうなれば逆に遠山の得意な領域になってしまう。
「せっ!」
遠山が正確に彼女のガードの隙を突きボディや足に攻撃を重ねていく。
と、
「玄武!」
「!?」
真正面に放たれた35発目の遠山の攻撃が防がれると同時に
「白虎!」
高速の飛び後ろ回し蹴りがその顔面に命中した。
「一本!!」
判定がくだされると同時に遠山が尻餅を搗く。
ヘッドギアの下にあるから分からないが
きっと意外な顔をしているに違いない。
朱雀や玄武はまだ遠山が知らない技だった。
だから初見で遠山に通用しても不思議ではない。
しかし白虎は前回の試合の時に既に見ていた。
いや、破ってもいた気がする。
その白虎が玄武との組み合わせがあったとは言え遠山に直撃して
一本まで奪えた。
遠山自身も決して侮っていたわけではないだろう。
ただ、彼女の成長が予想をはるかに上回っていた。
見たところ遠山は制空圏を使えない様子だから
玄武は有効のようだ。そしてそれはこの勝負において絶対の有利性を表す。
「・・・美咲ちゃん勝てそうだね。」
「・・・断言は出来ないがな。」
判定でも戦術においても有利に立つことは出来たが
この状況に持って行くまでに体力を消耗しすぎている。
僅かな判断ミスでいつひっくり返ってもおかしくはない。
それにどんな勝負だって有利に立ったと、
勝ったと思った瞬間が一番危ない。
「続行!」
続行が言い渡され残り時間56秒で試合が再開される。
この56秒で遠山が彼女から一本を奪えなかった場合
判定で彼女の勝利が決定する。
だからか遠山は若干焦っていた。無理のない範囲で攻勢に出ていた。
彼女の制空圏が狭い範囲でしか効果がないことを見切り
その両足に確かにダメージが残っていることも見破り
彼女がこの1年間足を集中的に鍛えていてパンチはカルビ大会に
出場出来るほどのレベルに達していないことを見計り
ステップで彼女の足を牽制していながら
パンチの打ち合いに持っていこうとしている。
彼女はそれを不利と見てか何とかこの状況を崩そうとしているのだが
足運びで完全に先回りされていて蹴れる状況ではない。
下手に足を出そうと思えばその間隙を打たれて逆転されてしまうと
分かっているだろうから強硬手段も取れない。
遠山の奴、自分が圧倒的に不利な状況で
よくここまで周到な戦略を組み立てられる。
「・・・・」
残り時間は20秒を切った。この30秒程度で遠山のパンチは
100発以上は彼女に命中している。
対して彼女のパンチは一発も当たっていない。
元々体力でもダメージでも負けている彼女はいつ倒れてもおかしくない。
だが、そこで彼女は構えを変えた。
一見すれば一般的な正拳突きの構え。しかし左手を胸の前に置いている。
「・・・あの構えって・・・」
そして、遠山がパンチを繰り出すのと同時に彼女も右拳を放つ。
その一撃は当然のように遠山によって
防がれ遠山のパンチが彼女の胸に突き刺さる。
が、同時に彼女の右足が遠山の下腹にぶち込まれた。
「!?」
「青龍倒天・・・!」
彼女が足を下ろすと同時に遠山は膝から崩れ落ちた。
「一本!合わせて二本!よって勝者は赤羽美咲!!」
「・・・ふう、」
彼女がヘッドギアを取る。
青龍一撃と同じように全体重を込めた正拳突き、
しかしそれとほぼ重なるようにして超至近距離で前蹴りを叩き込む・・・。
・・・何て奴だ。青龍までアレンジして自分のものにしやがった。
そして完全に格上の遠山を相手にTKO。
「・・・強くなりやがって・・・」
「あなたには感謝しています。あなたとの試合がなければ
私は今ここにいませんでした。ありがとうございます。」
コートの上で二人が握手をする。
「・・・どう?死神さん。美咲ちゃん強くなったでしょ?」
「・・・ああ。素直に驚いているよ。」
俺も負けていられないな。
SCARLET39:頂上に至る者達
 
・そういえば忘れていた男がいた。
「まさか2回戦の相手はお前とはな。」
「相変わらず相手のことを見ない奴だな。」
斎藤新。俺のクラスメイトにて中学時代3年間のライバルであり
そしてこの2回戦の相手。
周囲のギャラリーもまた一段といやがる。
マスターホワイトや馬場雷龍寺までいる。ご丁寧なことだ。
「では!選手は前へ!正面に礼!お互いに礼!構えて・はじめっ!!」
号令がかかる。そして同時に俺の拳とあいつの膝蹴りが命中する。
この前のあの少女程攻撃的ではないがしかし間違いなく脅威的ではある。
・・・あの少女の膝に対処できたのもこいつのおかげかも知れない。
けど今はそれより・・・!
斎藤はその長い脚を存分に生かした足技を無遠慮に放ってくる。
足技の技量や速度は赤羽を遥かに凌駕しているのはさすがというべきか。
俺の足運びや動作も見慣れているからか戦いづらいことこの上ない。
しかし、それが苦戦していい理由にはならない。
この1年間・・・実質半年位だが足が使えなかった分
腕の鍛錬は絶やしていなかった。
俺自身が赤羽や久遠と言った後輩に出会えたおかげで
新しい技や戦術の発想が出来た。
人生我以外皆師とはよく言ったものだ。
「・・・ん、」
斎藤の動きが止まる。
何故なら俺が集中して制空圏を形成したからだ。
完全に攻撃を止めて集中すれば久遠の精度に匹敵する。
・・・それでも防御だけしか肩を並べられないがな。
俺の陣地と斎藤の陣地を囲碁の対局のように頭の中で立体化して
敵味方全ての攻防の隙を見切り次に行われるであろう動作を予測、
そして見つけたどうしようもない隙間に拳を放つ。
「っ!」
矢のように鋭く速く放たれた拳が斎藤の右下腹に命中する。
同時に熱を超速度で送り込む。
「送熱か・・・!」
斎藤が熱から逃げるために俺の手を払うと
同時に全く同じ場所に拳を叩き込む。
当然それもまた払われるがそれでもまた同じ場所を殴る。
まるで囲碁で言うコウのように無限に連続してダメージを稼いでいく。
これから逃げるためには横に飛ぶしかない。
そして思ったように斎藤が右に飛ぶと同時に拳を放つ。
サイドステップ時に無防備な胸を晒すと計算した空の位置に、
まだ斎藤の体が移動仕切っていない状態の空に拳を放つ。
「せっ!!」
「ぐふっ!!」
予想通り体重が両足に戻っていない宙に浮かんでいる状態の斎藤の
無防備となっていた鳩尾に丁度俺の拳が突き刺さり、
60キロ以上はあるであろう斎藤の体を隣のコートまで吹っ飛ばす。
「おわっ!?」
丁度対戦していた二人の足元に斎藤が転び倒れる。
「・・・少しやりすぎたか。」
見たところ斎藤も気絶しているようだ。
「・・・本当に男の人に容赦ないよねあの人。」
「・・・確かあの人学校のクラスメイトだったはずでは?」
何だか教え子二人の渇いた言葉が聞こえる。
「そ、そこまでっ!勝者・甲斐廉!」
やや遅れて審判の声が響き無事勝利をもらった。
それから空きのペットボトルに水を汲み斎藤の顔にぶっかける。
「ぶぱっ!!」
「よう、起きたか?」
「お、お前、もう少しクラスメイトに対して遠慮ってものを・・・」
「これくらい慣れっこだろう?」
「・・・全く相変わらず男相手に容赦しない奴だな。」
「間違えるなよ、女の子相手でも向かってくるから容赦はしない。」
「・・・そう言えば私も最初の稽古でありながら
何回か気絶させられましたね。」
「うわ、ひどっ!」
「・・・・・。」
この場に俺の味方はいないのか?
「・・・!」
その時だった。条件反射で俺は身構えた。
そのすぐ後に斎藤も立ち上がって身構える。
何故ならマスターホワイトが殺気を帯びたまま
こちらに向かってきていたからだ。
まさか、ここでやろうっていうのか・・・!?
「やめてください。」
と、赤羽が奴の前に向かった。
「あ、赤羽!!」
「マスターホワイト。試合に出るために調整されたあなたが
試合外で誰かを襲えるように出来ているとは思えません。
襲ってしまえばあなたのAIは自己矛盾により損傷しますよ。」
「・・・・・・・・・」
やがて奴の進行が止まり踵を返して去っていった。
な、何だったんだ今のは・・・。
「・・・すみません。」
「・・・構わないがもしかして君はまだ・・・」
「・・・・・少し席を外します。3回戦までには戻ってくるので。」
目を合わせないまま彼女は俺の横を通り過ぎていった。
「・・・甲斐、こいつは・・・」
「・・・今は放っておこう。」
「ね、ねえ死神さん。一体どういうこと・・・!?」
「・・・赤羽はまだ三船と接触しているかもしれない。」
彼女のことだから大丈夫だとは思うが・・・。
「・・・私、見てこようか?」
「・・・いや、いい。大丈夫だろう。」
後方で今の会話を見ていたスタッフが2名いなくなっていた。
きっと後をつけて行ったのだろう。
ならば問題にはならないはずだ。
「・・・ん、」
コートを見る。俺と斎藤がさっき戦っていたコートでは
馬場雷龍寺と毒島が並んでいた。
どうやらあのふたりの試合らしい。
どっちも正統派で実力者だ。
俺達を囲んでいたギャラリーもほとんど
数を減らすことなくそのまま見物を続けている。
「では、はじめっ!!」
号令がかかり両者制空圏を形成しながら接近する。
久遠ほどの精度はないがしかしそれはフットワークを軽くするために
わざとしているように見える。
そして互いの陣形がぶつかり合うと間隙を探りあいながら
手数よりもスピードを意識した攻撃を重ねていく。
毒島の方が足が長いからかやや雷龍寺の届かない距離から蹴りを襲わせる。
しかし当然奴もそれに気付いているからかむしろ打たせて隙を窺っている。
毒島の廻し蹴りが雷龍寺の腰に命中するとすぐさま距離を詰めて
間隙に次々と攻撃を放っていく。
毒島も後手ではあるものの防御に勤しむが
攻撃の質は雷龍寺の方が圧倒的に上だった。
朱雀ほどではないがフェイントや変調がごく自然に加わっていて
それでいて朱雀のように足を止める必要がないためか
毒島の防御を完全に上回っている。
無理に応対しようとすれば生じた隙に重い一撃が叩き込まれる。
互いにパワー、スピード、手数どれも一線級でありながら
しかし偏ることなく正面から或いは側面から攻撃を放っていく。
「・・・くっ、」
派手さはないがそれ故に厄介な動きだ。
そしてそれだけでトップエースまで上り詰めた馬場雷龍寺の強さは本物だ。
最初の方はまだ互角そうに見えたこの試合も
1分を越えたあたりから徐々に傾いてきていた。
そして2分を過ぎ残り30秒を切ったあたりでは
もう完全に雷龍寺のペースになっている。
基礎能力では毒島は赤羽や久遠よりも上で
恐らく遠山よりも一枚上手だろう。
だが、その毒島でさえこのザマだ。
里桜が勝てないのも無理はないだろうな。
「そこまで!」
第一ラウンドが終わり結果は引き分けとなったが
それは決着の判定を急ぎすぎないための便宜的な措置に過ぎない。
実際は毒島はもうボロボロだった。
第一ラウンドの2分30秒を持ちこたえるだけで限界のようだった。
これではもう第二ラウンドは消耗戦のようなもの。
実際それから30秒ほどで毒島は体力が限界に達してしまい
試合中に倒れて気絶してしまった。
「・・・・・。」
「死神さん、どう?ライ君に勝てそう?」
「・・・厳しいだろうな。俺を10とすれば毒島は7か8程度。
だが馬場雷龍寺は12か13はあるだろうな。」
「・・・ちなみに私は?」
「制空圏を除けば3か4くらいだろう。
制空圏あるなら5か6か。」
「・・・きびしー。」
「小学生で俺の相手になれるっていう時点で十分すぎるんだがな。」
「美咲ちゃんは?」
「・・・4か5だな。」
飽くまでも相性は無視しているから
一概にはこれだけで勝敗が分かるわけではないが。
・・・馬場雷龍寺とは番号が近い。
このまま勝ち進めれば直ぐに当たるか或いは
最後らへんに当たることになるだろうな。
・・・出来れば一番消耗しているその日のラストである
4回戦と8回戦には当たりたくないな。
SCARLET40:天才少女フェイズ4
 
・カルビ大会も2回戦が終わってあと2戦。
「お待たせー。」
死神さんから言われてたのかちょうどお腹が空いた辺りで
キーちゃんが来た。
「みんな、調子はどう?」
「今のところみんな勝っているよ。」
死神さんってばやっぱキーちゃんの前だと
言葉遣いとか雰囲気とか違うよね。
もう、ラブラブな夫婦なんだから。
「ほら、赤羽ちゃんも食べて。」
「あ、はい。キーさん。」
美咲ちゃんはあれからすぐ帰ってきたけど何だか浮かない様子。
何があったのかな?
「3回戦は30分後に行われる。
シードであるマスターホワイトはそのままで31回戦行われる。
ここからはもっと勝つのが難しくなるだろうから
それぞれ油断しないように。」
「はい。」
「久遠ちゃんに任せなさい!」
トーナメント表を見る。
ライ君とは別ブロックになったから当たるとすれば2回戦後くらいかな。
でも、死神さんとは同じブロックだ。
そして何の変更もなくトーナメント通り行くなら
4回戦で当たる組み合わせだと思う。
美咲ちゃんより先に当たるしもちろん負けるつもりはないんだけど
かませになっちゃうかそれとも横取りになっちゃうか。
勝敗よりももっと違うようなところでちょっと不安かも。
「久遠ちゃん、どうかな?僕の作ったおにぎり。」
「うん、最高だよキーちゃん。グーだね。
いやあいつもこんな愛妻弁当を学校で食べられる死神さんが羨ましいよ。」
「・・・まあ美味さに関しては文句の付け所はないんだけど
ちょっとデザインが可愛すぎるというか・・・。
他の男子達や女子達に変な目で見られることがたまにあるからな。」
「恋人が居るって言ってないの?」
「普通そんな言いふらすようなものじゃない。
もちろん斎藤は長い付き合いだからキーちゃんの事知ってるから
そこから噂になることはあるがキーちゃんが学校に通ってないから、
一部じゃ彼女がいるふりをして俺が毎日可愛らしい弁当を自分で作って
振舞って食べているとかって大層ムカつく噂まであるらしい。」
「何でキーちゃんの事話さないの?死神さん学校じゃぼっち?」
「・・・そういう事を言うんじゃない。」
「あははは。廉君はね。僕の名前を出したらひょっとしたら
僕のことを知ってる人が居るんじゃないかって心配してるんだよ。」
「???へ?」
え?それ、どういうこと?
キーちゃんを知ってる人が居るんじゃないかって。
まるで他の誰にもキーちゃんのことを知られたくないような言い方・・・。
「・・・えっとひょっとしてどっかから
キーちゃん拉致ってきちゃったとか・・・?」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マジ?」
え、何この衝撃的展開。
今までの二人の話とか会話とかからかなり長い付き合いだってのは
分かるんだけど死神さんまだ子供の時に攫ってきちゃったとかなの・・・?
「そんな後暗い話じゃないから安心しろ。」
「いやいやいやいや今の間とか展開とかから安心とか無理だから!
え!?おしどり夫婦じゃなくてストックホルム的なアレなの!?」
「久遠、そこまでにしなさい。お二人が困っています。」
「で、でも美咲ちゃんは気にならないの!?」
「久遠こそ私達が今までどれだけこの二人と一緒で
お世話になってきたと思ってるんですか?
このお二人が信用できないとでも言うのですか?」
「そ、そうじゃないけど・・・。」
「・・・いいよ。二人共ちょっと来てくれるかな?」
「キーちゃん・・・」
「大丈夫だよ。すぐ戻ってくるから。」
死神さんを置いて女の子3人で休憩室を離れて
女子更衣室にやってきた。この時間は流石に他に誰もいない。
「で、キーちゃんどうなの?」
「結論から言うとね、攫われたよ。僕は。」
「や、やっぱり・・・」
「でもあの時は仕方なかったんだよ。
今から10年以上前にね、まだ小学校にも入ったばかりの頃の廉君は
たったひとりで生きてきたの。お父さんと別れてずっと一人で。
きっとすごい寂しかったりひどい生活を送ってたんだと思う。
僕の家の前で倒れていたのを僕が発見して
最初はうちで引き取ったんだけど直ぐに僕を連れて家を離れたの。
まあ、まだあの年齢の頃だからそんな遠くまでは行けなくて
近くにあった無人発電所に行ってずっとそこで二人で引きこもってたの。」
「キーちゃんは逃げなかったの?」
「・・・うん、何だかこの子から離れちゃいけない、
離れたらきっともう誰とも触れ合うことなく
そのまま死んじゃいそうだったから・・・。
だからこの子の気が済むまで一緒にいようって思ったんだ。
でも、そんな生活は長く続かなくてすぐに親に見つかって・・・。
僕にはお姉ちゃんがいてお姉ちゃんが庇ってくれていたんだけど
お姉ちゃんが学校に行っている間に僕達は親に引き離されて・・・。
でも、その時その発電所で事故が起きたの。
電気の暴発事故で発電所どころか街全体で火事が起きて・・・。
気付いたら僕と廉君は発電所も街も全部炎の中だった。
多分お母さんとお父さんもその時に死んじゃったんだと思う。
お姉ちゃんが何とか無事でしばらくの間お世話をしてくれていたんだけど
相当無理していたみたいで小学校を卒業する頃に
倒れちゃってそのまま・・・。
廉君はその事で僕に深い負い目があるみたいで、今みたいに・・・。
もちろん僕も廉君の事好きだから全然嫌じゃないんだけどね。」
「・・・・・」
なんか急に重い話をされた気がする。
というかだから死神さんはお父さんが来た時にすごい怒っていたんだ。
そんな状態になっても助けてくれなかった上に
キーちゃんと別れさせて自分勝手に
甲斐機関を継がせようとしたから・・・。
「だからそんな誘拐とかじゃないよ。
それでも僕のいた街じゃ結構騒ぎになってたから
僕の顔とか名前とか知ってる人がいるかもしれない。
だから廉君はなるべく僕を他の人に紹介したがらないんだよ。」
「・・・・・・そんなことがあったんですね。」
「・・・あ!ひょっとして死神って呼ばれるのが嫌なのって・・・」
「・・・もしかしたらそれと関係してるのかもしれないね。」
「・・・・・・」
どうしよう、私そんなことも知らないでずっと死神さんのことを・・・。
「大丈夫だよ。廉君は久遠ちゃんのこと信頼してるから。
あの子が女の子を下の名前で呼ぶのは久遠ちゃんくらいだよ?
あ、でも赤羽ちゃんを信頼していないわけじゃないんだよ?
ただ、その・・・別に同じ名前の子がいるからってだけで・・・」
「・・・キーさん。やはりあなたの下の名前はみさきなんですね?」
「・・・うん、そうだよ。
ある意味甲斐三咲って言うのは偽名じゃないの。
僕はあの子の家族なんだから。」
 
3人が部屋を出てから20分。
俺一人で可愛らしい弁当が4つもあるような状況で
空手の大会の休憩室で取り残されている。
恐らくキーちゃんはあの話をしているのだろうが・・・。
「死神、」
声。振り向けば馬場雷龍寺と龍雲寺がいた。
「そんなところで何をしている?もうそろそろ第三回戦が始まるぞ。」
「分かっている。だが連れが戻ってこないのでな。
お前達こそ準備はいいのか?」
「恥ずかしながらその質問には1つ誤りが有る。
準備をする必要が有りそして出来ているのは俺だけだ。」
「どういうことだ?」
「・・・弟は一回戦で負けた。」
「ど、ども・・・。」
「・・・・・それは残念だったな。」
何だか龍雲寺がひどく申し訳なさそうな表情をしている。
そこまで深い仲でもないから他に何を言ったら良いのか分からない。
けど何か言わなくてはと言いあぐねていた時だった。
「うきゅ~~~~~~~!!!」
「わっ!?」
急に久遠が突っ走ってきて俺の胸に飛び込んできた。
「く、久遠!?な、何してるんだお前!?」
お前の兄貴が二人目の前にいるんだぞ!?
「ごめんね・・・私全然あなたの事情知らなくてずっと死神さんなんて
迷惑な名前で呼んじゃってて・・・。」
「・・・・久遠。」
「えっと・・・えっと・・・か、か、甲斐さん・・・」
俺に抱きつきながら涙目で超至近距離で久遠が俺を見つめる。
腰と腰とかこれ以上ないほど密着してる。
・・・白状します。ちょっとドキッとしました。
「・・・久遠。別にいつものままで構わない。」
「・・・でも、」
「俺が一度でもお前にそう呼ばれて嫌な顔をしたことがあるか?」
「・・・2,3回くらいあったよ?」
「・・・・・・知らなかった。が、まあいい。
俺も完璧超人ではない。
そりゃ嫌な顔を無意識でしてしまうことはあるだろう。
だがそれ以上にお前の存在には救われている。
お前のいつもの小学生らしからぬ態度と小学生らしい明るい態度は
まるで妹みたいで不安になった自分が馬鹿みたいに思えてくるんだ。
しおらしいお前も可愛いとは思うが俺はいつものお前の方が好きだ。
だからいつもみたいに笑え、久遠。」
「・・・死神さん・・・
やっぱり小学生の久遠ちゃんにメロメロなんだね・・・。」
久遠はいつものような減らず口を放って
涙を拭ってから一度全力で抱きついてきた。
「・・・で、兄の目の前で人の妹を攻略して何か一言はないか?」
「お嫁さんの前で小学生の子を攻略して何か一言ないかな?」
「・・・・・・」
気付いていなかったわけではないし
決してそのつもりがあったわけでもない。
ただ正面には馬場雷龍寺と龍雲寺、
背後にはキーちゃんと赤羽。
そして今俺は久遠とちょうど対面座位のような形で抱き合っている。
「・・・そろそろ3回戦が始まる。急いでメシを食おう。」
言うやいなや前後から拳が飛んできた。
 
・それから大急ぎで食事を済ませて3回戦に臨む。
妙に体力を使ってしまった。と言うか馬場の野郎本気で殴りやがって。
仕方ないとは言え大人げないんじゃないのかあいつは。
その鬱憤を貯めておきながら3回戦では、
「せっ!!」
フェイントで出来た間隙に全力のブローをぶち込み
再び隣のコートまで吹っ飛ばして開始6秒で一撃KOを果たした。
・・・我ながら記録更新だな。
そしてヘッドギアを外して息を整えると
同時にすぐ隣でやっていた試合も終わったようだ。
「勝者・馬場久遠寺!」
やはり勝ったか、久遠。
そして、俺の次の対戦相手・馬場久遠寺。
本日最後の対戦相手として不足なし。
SCARLET41:死神VS天才
 
・そして時は来た。
「第四回戦を始める!選手は前へ!」
審判の声で俺はコート中央へ出る。
隣では久遠が同じように構えていた。
馬場久遠寺。11歳。赤羽美咲が初めて出会えたライバルであり親友。
俺からすれば教え子の一人であり
かつて俺の足を砕きそして俺が壊した男の妹。
空手の道に入ってから一年経っていない身でありながら
俺でさえ容易く破ることの出来ない鉄壁にして鋭利な制空圏を持ち、
女子とは言え年上の相手の足腰を完全に粉砕するだけの一撃を宿し、
小学生の身でありながらこのカルビ大会に出場して
今こうして俺の前に立っている。
普段は可愛い後輩だが今だけは違う。
今からの数分間は全てこの少女を倒すためだけに使わなくては
俺でさえ勝ち目はないだろう。
「・・・・・・・・」
久遠の表情を見る。
ヘッドギア越しだからよく見えないが
いつものおちゃらけた雰囲気とは違う。
余裕を殺し真剣に俺を純粋に倒すべき相手の一人として
見つめてくれている。
お互いに間違いなく今まで戦ってきた中でも最高位に強い相手だろう。
「正面に礼!」
空(くう)に十字を切る。
「お互いに礼!」
久遠に向けて十字を切る。
「構えて!」
両の拳を鎖骨の高さまで上げて腰を落とす。
「はじめっ!!」
そして引き金を引く。
「せっ!!」
「せっ!!」
火花が散った。俺にはそう幻視(み)えた。
斎藤や先の対戦相手を一撃で葬った速さと重さの拳を容赦なく放ち
それをこの少女は容易く制空圏を適用させた片手だけで払った。
互いの手首が一瞬にも満たない時間に稲妻のように激突した。
次にもっと距離を縮めて強引に久遠の制空圏を崩すために動く。
しかし久遠もそれを読んでいたのか俺に合わせて動き
全く制空圏の穴を見せてくれないどころか
逆に俺の制空圏を押し返している。
この少女の制空圏は理詰めじゃない。完全なる力押しの絶対防御。
そして、防御だけじゃない。
「シュッ!」
俺の制空圏の僅かな間隙を突いて彼女の小さくて鋭い拳が
俺の右の鎖骨にぶち込まれた。
バキッ!と音がした。きっと今ので鎖骨が折れてしまったのだろう。
鎖骨が折れてしまうとその腕を強く前に出せなくなってしまう。
つまり俺の右拳は今本来の半分程度の威力も速度も出せない。
しかしそれが怯んでいい理由にはならない。
俺は構わず右拳で久遠の首を狙う。
身長の関係でどうしても真っ直ぐだとそこになってしまう。
当然どこを狙おうとも久遠の制空圏の精度は恐ろしいほど高いため
さも当然のように防がれ払われてしまう。
が、
「!?」
この時に右手から熱を発した。
赤羽に教えた送熱は練習すれば触れずして発することが出来る。
それに純粋な突きにより生じた空気の塊を乗せて久遠の胸にブチ込む。
スパーリングの時に試した久遠対策の技だ。
いくら制空圏でも触れずに熱と空気だけで放たれたパンチまで
防ぐことは出来ない。
熱気当てとでも呼ぼうか。
「せっ!!」
それを今度は連続で放つ。
久遠の制空圏で突き出した手そのものは簡単に払われても
その手の先から放たれた熱気の塊は容赦なく久遠の上体を襲っている。
大体この3秒間に20発以上。
あのスパーリングの時はそこまで備えていなかったからか
久遠を一発で倒すことが出来たが流石にこの場では
これだけ打ち込まれてもそこまでのダメージはなかった。
ばかりか既に仕組みを理解したのか久遠が攻勢に出てきた。
なるべく制空圏を狭く濃く変形させてダメージを削る。
そして久遠の攻撃が終わるのを見計らって夫婦手にパンチを放った。
どっちか片方を払っても即座にもう片方が迫るように
計算されて放つ空手の技。
「っ!」
惜しい・・・!2発目はあともう少しというところまで
近付けたがギリギリで久遠に払われてしまった。
そして久遠のほとんど目線の高さを変えずに放たれた飛び蹴りが
俺の左の鎖骨に突き刺さった。
「・・・・くっ!!」
またバキッと言う音が響き左手の動作が鈍くなってしまった。
しかしその左手で久遠が飛び蹴りに使った足の裾を掴む。
そして右拳でその足のくるぶしを穿つ。
「ううううっ!!」
くるぶしと足首の骨を一気に殴り砕いてさらにその激痛で怯んだ久遠の
もう片方の足の膝に廻し蹴りを打ち込んで関節を外す。
「うああああああああっ!!」
これでこちらは両手、向こうは両足がまともに使えなくなった。
少なくとも虎徹絶刀征は打てまい。
とは言え両足を機能停止にされたというのに
この少女は崩れることなく立ったままだった。
それまでその鉄壁の制空圏でほとんど手傷など負ったことがないだろうに。
「・・・し、死神さんの弟子だからねっ・・・!!」
「・・・申し分ない答えだ・・・!」
久遠が足を止めたまま俺の制空圏の間隙を突いてパンチを放ってくる。
それに関してはもう対処するのをやめた。
久遠の3発のパンチが全て無抵抗に俺の胸に突き刺さり
圧迫された皮膚と血管が擦過して出血が起きた。
が、それと引き換えに俺の拳がクロスカウンター気味に
久遠の胸に叩き込まれる。
「・・・・っっっっ!!!」
久遠の小柄が宙に浮いた。
が、久遠は重力がなくなったのを機に足首から先が使えなくなっただけの
右足の膝で俺の顔面を狙った。
これは防がないとまずい・・・!
「ぐっ!!」
両手を使ってその膝蹴りを十字受けに防いだ。
あの少女や斎藤ほどではないが全体重が乗った一撃は重く、
まるでハンマーで殴られたように
俺の両腕から僅かな間だけ感覚が姿を消した。
が、今このまま地面に落ちるまでの間久遠は全くの無防備。
そこで久遠の膝をつかみそのまま逆上がりする要領で
後ろに回転しつつ両足で久遠の顎を穿った。
「!?」
「白虎穿天!!」
サマーソルトキックにドロップキックを加えたような荒技が
確実に破壊的に久遠の顎にぶち込まれる。
「ぐっ!」
「がっ!!」
そして時間が活動を再開したかのように
二人揃って背中からマットに倒れる。
「両者・減点1!」
・・・珍しい判定が出るものだ。
両腕がほとんど動かない。が、それでも足は動くから立ち上がる。
ここで下段払いをすれば一本を奪え今の減点を相殺出来、
久遠だけがマイナスとなって判定で有利になる。
だがまだ腕の麻痺が残っていて下段払いは出来なかった。
しかし、
「・・・久遠?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
久遠が起き上がることはなかった。
どうやら今の一撃で気を失ったらしい。
・・・と言うか顎に白虎を受けてそのまま
受身も取らないまま後ろに倒れたとあれば
脳に深いダメージがあってもおかしくない。
まさか俺は早龍寺に続けて彼の妹を・・・
赤羽の親友を、俺にやっと心を開いてくれた
この少女を壊してしまったとでも言うのか・・・!?
「久遠!!」
「・・・大丈夫だよ、死神さん。」
「!」
それから久遠はバック転の要領で後ろに回転して立ち上がった。
「馬場家のヘッドギアは特別製だからね。でもちょっと危なかったよ。」
「・・・なら、続けるぞ。」
「・・・もちろん。」
とは言ったもののこちらは両手が、向こうは両足が使えない。
時間も残り30秒を切った。
・・・次の一撃で倒すしかない。
それは相手も同じ魂胆からかあの両足で構えを取った。
前に2度程見覚えが有るあの構えは間違いなく虎徹絶刀征。
いや、それに俺の右足を破壊した
馬場家秘伝のあの技・腰回しも混じっている。
間違いなく久遠が今放とうとしているのは最強の技。
直撃はもちろん防いでも受けた場所は砕けるだろう。
なら威力でそれを打ち破るまで!
「・・・青龍の構え・・・」
「行くぞ!久遠!」
青龍一撃。
しかし手の感覚がないこの状態で放っても
まともな威力にはならないだろう。
だから俺はこれを膝で使わせてもらう。
「・・・なら行くよ!甲斐さん!!秘伝・虎徹絶刀征天回!!」
「久遠!!!青龍聖鎗一撃!!」
久遠が飛び、きりもみ状に回転しながら全体重を乗せた左足で
俺の右上半身を狙い、俺がそれを青龍の流れから放つ膝蹴りで迎え撃つ。
久遠の左足のくるぶしのやや上の部分を膝蹴りで穿ち、
相手の威力を殺しながら俺は足を伸ばして前蹴上げで久遠の上半身を穿つ。
「!?」
「青龍二段聖鎗!!」
再び久遠の小柄が宙を舞った。
そして数秒後に畳の上に落下した。
今度は受身を取っていたが・・・。
「・・・一撃って言っておきながら二段なんてずるいよ・・・」
「甘えるな、これは実戦空手だ。」
「・・・勝てないな、死神さんには。」
久遠が言葉を発すると同時にタイムアップ。
判定の結果俺に勝利が言い渡された。
「・・・恥ずかしいよ死神さん。」
「今は甘えてろ。」
倒れた久遠をわずかに感覚の戻った両手で抱き上げて
キーちゃんと赤羽の待つコートの外へ向かう。
「もう二人共無茶して。すぐに会社に戻って治すよ?」
「ごめん。頼むよ。・・・赤羽、」
「はい。私は後で向かいます。・・・当然勝利してから。」
「・・・ああ。」
赤羽を一人会場に残して俺達3人は会場を後にした。
その際廊下ですれ違った車椅子の男が
赤羽剛人であった事はこの時まだ気付かなかった。
SCARLET42:決勝前夜
 
・夜になった。
「・・・ふう、」
「いやあ、痛かった。」
何とか数時間で回復した俺と久遠。
ちょうど部屋には赤羽が会場から戻ってきた。
「赤羽、どうだった?」
「はい。何とか勝利しました。
そしてこれが明日のベスト8の決勝トーナメントです。」
赤羽が撮影した映像をスクリーンに拡大して表示する。
第一試合:甲斐廉VS馬場雷龍寺、
第二試合:佐久間清隆VS伊藤野治
第三試合:赤羽美咲VS白夜カズマ
第四試合:栗見ライラVS伊王野十海
となっていた。
「・・・いきなり馬場雷龍寺とか。
・・・いやそれよりも赤羽の相手は・・・」
「・・・はい。マスターホワイトです。」
「・・・気をつけろよ。あいつは普通じゃない。
危なくなったら棄権するんだ。レベルが違い過ぎる。」
「・・・でもやれるだけのことはやってみるつもりです。」
「・・・そう言えば遠山との最初の試合の時や
久遠との試合の時も俺は君に棄権を勧めていたな。
結局どっちの勝負にも負けていたがそれでもいい勝負にはなっていた。
・・・分かった。ならば俺もその時と同じようにこれ以上何も言わない。
自分が納得できる試合をしてくるんだ。
・・・そして、もしも二人揃って勝ち進むことが出来たなら
その時は決勝で会おう。」
「・・・はい。」
「いい試合並びになってるよね。」
「久遠、どっちを応援してくれるんだ?」
「そんなの死神さんに決まってるじゃん。
うちのバカ兄貴に痛い目を味わわせてやってよ。
あの自信過剰でデリカシーのないバカ兄貴にさ。」
「・・・出来たらな。」
実際俺と奴の実力差は明白。
何も縛りのない通常の試合で勝てる見込みは薄い。
・・・どこまでやれるかだな。
「でも廉君も赤羽ちゃんももし戦う事になっても
あまり仲間内で怪我させ合いさせないでね。
さっきの久遠ちゃんとの試合でも僕なんか心臓止まりそうになったもん。」
「・・・あれはああしないと久遠には勝てなかったから。」
「触れずに殴るなんてよく分からない
フィクション攻撃しておいてよく言うよ。
私の方が真っ先に死神さんの両手封じないと勝負にならなかったよ。
って言うか足でも青龍打ててせっかく久遠ちゃんが白虎を破るために
考えてものにした新技をいきなり破るなんて。
もしかしたら死神さんに逆転勝利出来るかもって思ったのに。」
「・・・弱点を全力でつけたとしてもこの道に入って
1年も経っていない小学生が俺を
あそこまで追い詰められる方がおかしい。」
「でもライ君はもっと強いよ。」
「・・・分かってるさ。」
・・・そう言えばあいつから無用な怒りを買っていたような気がする。
・・・情けないがそこを突けばもしかしたら・・・。
「さあ、今日の晩御飯はすき焼きだよ。
あ、久遠ちゃんの分まで用意しちゃったけど大丈夫かな?」
「全然大丈夫だよ。久遠ちゃんはもうここの子なんだから。」
十二分に食っていく気マンマンのようだな。
まあ、今更どうこう言うつもりはないが。
「死神さんは去年のカルビ大会には参加したの?」
「いや、俺は年末から始まる実戦の世界大会に参加するつもりだったから
去年のカルビには参加しなかった。」
「世界大会?」
「ああ。テレビで年末とかにやってるだろ?」
「え!?あれに死神さん出てたの!?」
「まあな。」
「・・・今年は出ないのですか?」
「ああ。まだ完全に調子が戻ったわけじゃないし
参加受付が9月までだったからな、俺はその時まだ治ってすぐだったし。」
「僕もテレビで見たよ。それまでは実際に見に行ってたんだけどね。」
「・・・死神さんいつから空手やり始めたの?」
「ちょうど10年くらい前だな。
キーちゃんや希亜ちゃん・・・
キーちゃんのお姉さんとこの街で暮らし始めてからだ。」
「・・・お姉さんは本名出してもいいんだね。」
「まあ、もういないからね。」
キーちゃんが代わりに答えてくれた。
あまりこのことは俺の口からは言わない方がいいと思うが・・・。
「ねえ!もっとふたりのこと教えてよ。」
「久遠、少し失礼ですよ。」
「えっと、僕は気にしないよ?」
「・・・キーちゃんが言うなら・・・」
「じゃあさ!キーちゃんって結局何歳なの?」
「それはNG。」
「いきなりNG!?」
「・・・お前がそんなこと聞くからだろう。」
「えぇ~!?だってあまり死神さんとは変わらないよね?」
「まあ、それは本当だね。とりあえず君達よりは年上かな。」
「学校は行かなかったの?」
「小学校と中学校は行ってたよ。高校には行かなかったけど。」
「・・・ふぅん。じゃあさ!出産予定日は!?」
すぐさま疾風の拳で久遠の頭を小突いた。
「な、何するの!?」
「小学生がそんな事を言うんじゃない。」
「だってしてるでしょ!?絶対死神さんと!夜な夜な!!ここで!!!」
「青龍ゲンコツ・朱雀ゲンコツ・白虎ゲンコツ・玄武ゲンコツ」
「いだっ!いだっ!!ちょっ!あ、がふっ!!」
「・・・甲斐さん、少しやりすぎでは?」
「それ以外の方法でこの耳年増を黙らせるには俺はまだ未熟すぎる。」
「廉君も久遠ちゃんもそろそろご飯なんだからおとなしくしてね。
あ、それと久遠ちゃん。来月だから。」
「・・・・へ?来月?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ええええ!?
本当にしちゃってたの!?」
「ま、まあ恋人同士で年頃で親公認なわけだから・・・」
「ちょ、ちょっと待って妊娠でしょ!?
キーちゃんそんなことしてて大丈夫なの!?」
「ここのマシンで体調整えてるから大丈夫だよ。
僕ご自慢のスタイルも崩れる心配はないし。
あ、でもちょっとおっぱい大きくなったかも。」
「・・・・・・・・・・・」
こういう話をされると非常に困るのだが・・・。
「・・・時期を計算するとちょうどキーさんが帰ってきたあたりですね。」
「赤羽も冷静に計算しないでくれ。」
「ねえねえ!産まれたら赤ちゃん抱かせてよ!
私末っ子だからさ!身近な人の赤ちゃん見たことないんだ!」
「うん、いいよ。」
「よ~し、久遠ちゃん頑張っちゃうもんね!」
「久遠はもう負けたじゃないですか。明日は試合ありませんよ?」
「そ、それはそうだけど・・・。
って言うか久遠ちゃん無敗伝説が・・・」
「・・・落ち込んだりはしゃいだり忙しい奴だな。」
「でも廉君はそんな久遠ちゃんが好きなんでしょ?」
「えっと、キーちゃんまだ怒ってますですか・・・?」
「えへへへ、死神さん。久遠ちゃんとも子作りする?」
「出来るかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「だから二人共、そろそろ御飯だってば・・・」
それから明日に響かない程度に遅くまで騒いだ結果
久遠も赤羽もここに泊まっていくことになった。
・・・もちろん子作りなんてしていないが。
SCARLET43:頂上決戦!死神VS雷王!
 
・そしてカルビ大会の二日目・決勝トーナメントの日がやってきた。
応援にはキーちゃんと私服の久遠が来ている。
ここからは1つのコートで全ての試合が行われる。
そしてそのコートに決勝トーナメント出場者である8人が並ぶ。
第二次開会式が行われた後俺と雷龍寺を除いた6人はコートの外に出る。
「・・・ん?」
その対戦相手である雷龍寺だがどこか様子がおかしい。
余裕がない表情なのは昨日と同じなのだがそれとは別の形で余裕がない。
どこか調子でも悪いのだろうか。
「では!これより決勝トーナメント第一回戦を始める!」
しかし審判による号令がかかったため余計な詮索はなしだ。
今は集中しなければたとえ体調が悪くても相手は格上。
気を抜けば一瞬で倒されていてもおかしくはない。
「正面に礼!お互いに礼!構えて・はじめっ!!」
号令が掛かり拳を握り雷龍寺に向かう。
と、
「トゥリャアアアアアアアアアア!!!!」
「!?」
いきなり奴の飛び蹴りが迫ってきた。
それをギリギリ制空圏で防ぎ着地する寸前の奴の右足に拳を打ち込む。
「くっ・・・!」
「・・・・・」
妙だな、いきなりこんな威力重視で隙だらけの技を使ってくるような
焦った勝負をする奴ではないと思うのだが。
「えぇぇぇぇぇぇぇ!?それ本当なの!?」
ん、久遠の声だ。あいつ、試合中だってのになんて大声を。
「・・・はい。先日私の兄と共に暴走したマスターホワイトを止めるために
馬場雷龍寺さんはひどい怪我を負っているんです。」
「・・・な!?」
赤羽の声。それは本当なのか・・・!?
「死神!余計なことは考えるな!!」
「・・・!」
「今は試合中だ!全力を尽くす!ただそれだけのことだろうが!!」
「・・・分かった。」
当の本人からそう言われては仕方がない。
やや乱れた制空圏を形成し直し神経を集中する。
と、その神経を乱すために奴が朱雀以上の変調と
フェイントを混ぜた連続攻撃を放ってきた。
まっすぐ飛ぶと見せてやや曲がった前蹴り、
廻し蹴りに見せた膝蹴り、槍のように鋭い前蹴りをするように見せて
わざと寸止めしてから逆の足で後ろ回し蹴り。
全て対処しづらい攻撃。
しかしそのどれもがまともに喰らえばただでは済まない威力を持っている。
久遠や早龍寺の兄というだけあって恐ろしい強さだ。
しかし俺はまだ攻め入れちゃいない・・・!
「せっ!!」
奴が一発の前蹴りを放つより先に6発のパンチを放って
その足を徹底的に痛めつけることで威力の下がった蹴りを払い、
奴がその足を後ろに下がらせるよりその0,1秒よりも速く
その足の内股と外股を同時に殴る。
スピードを優先させたため威力は低いがそれを数で補う。
もう既に奴の右足はズタボロのはずだ。
が、直後の事だった。
「!?」
「疾風津々浦々」
何が起きたか分からなかった。
ただ気付いた時には俺は畳の上に倒れていた。
「一本!!」
「・・・・くっ!」
号令の後立ち上がろうとするが妙に頭がくらくらする。
何だ・・・!?まさか今蹴られたのか・・・!?
全く見えなかったぞ・・・!?
「甲斐!出来るか!?」
「も、もちろんです・・・!」
審判からの声を聞き入れながら立ち上がる。
右の頭が激痛の中心だな。ってことは左足で蹴られたということか。
奴の右足を壊すのに夢中になりすぎていたか・・・?
「続行!」
ともあれせめて一本取らないとここで終わってしまう。
今度は奴の左足に注目を・・・
「疾風津々浦々」
「!?」
奴の左足が一瞬で俺の眼前に迫った。
「くっ!!」
ギリギリでガードしたが恐ろしいスピードだった。
久遠が破壊力を重視した虎徹絶刀征を編み出したとなれば
馬場雷龍寺が編み出したのはスピードを重視した今の技か・・・!?
奴の利き足は恐らく右。
もし先に右足を潰しておかず今放たれたのが右だったなら・・・。
いや、考えるのはやめておこう。
今の技には弱点がある。正確には作り出せたということだが
技を放つ前中後には移動が出来ないってところだな。
あと分かったが奴は今両腕が使えない。
恐らく昨日の俺と同じように両方の鎖骨が折れている状態だ。
だから足技だけに頼っている。
そして俺に利き足を潰された今まともに技を放てるのが左足だけ。
だから切札ありきの今の戦術を取っている。
鎖骨は確証のない推測だが人体で最も折れやすいのが鎖骨だ。
そして格闘技をやっているなら尚更鎖骨が折れる確率は高い。
ならば・・・!
「せっ!!」
制空圏を右に集中しながら距離を詰める。
「疾風津々浦々」
「っっっ!!!」
それを見越していたのか前蹴り版が俺の腹を穿った。
腹筋やら胃袋やらが今ので潰れたかもしれない。
が、それは俺も覚悟していた。
だから構わずに突き進み畳の上に戻ったばかりの
奴の左の膝に前蹴りを打ち込む。
「!?」
まるで大木のように鍛え上げられた足だが伸びきった膝に
70キロ以上の体重を込めた一撃をうけたらどうなるか。
「くううううう・・・・!!」
重い音が響き奴がバランスを崩した。
そのまま倒れてくれればそのまま一本か或いは技ありは取れるだろう。
だが、そんな甘い結果に妥協していられる余裕はない。
奴のすぐ前に騎馬立ちで構えて連続でパンチを放つ。
「青龍嵐征!!」
一発一発の威力よりも手数と速度を優先させた青龍の拳。
「はああああああああああああああああああああああああ!!!」
「ぬうううううううううううううううううううううううう!!!」
前のめりにバランスを崩した奴を支えるどころか後ろに倒す勢いで
10秒間に100発以上のラッシュを放つ。
そしてラッシュをやめると騎馬立ちから前屈立ちに構え直し
左手を奴の眼前に向け右拳を自分の胸の横に構える。
「しまっ・・・・」
「青龍一撃!!」
後ろに控えた右足で前に一歩しながら右拳をそのまままっすぐ発射する。
この威力の危険さを察知したのか奴が十字受けでガードするが
そのガードの上から俺の全体重と腕力が宿った拳がブチ込まれる。
「せっっ!!」
踏み込んだ足が畳を突き破ると同時に
相手の体がコートの外まで吹っ飛んでいく。
「ぬううううううううううううう!!!!」
5メートルはあるだろう向かいのコートにまで吹っ飛び
そこからずっと転げ回り10メートル先の壁に激突した。
踏み込んだ右足と放った右手から血が滴る。
「い、一本・・・!」
審判がジャッジを下すと同時にタイムアップを告げる鐘の音が響いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
うつ伏せに倒れているため表情は見えないが
奴の両腕からは激しく出血して骨らしきものが見えていた。
すぐに審判が様子を窺いに走る。
「・・・馬場!馬場雷龍寺!しっかりしろ!生きてるか!?」
「・・・・・・・・うう、」
反応がある。生きてはいるようだが
しかし起き上がるだけの体力は残っていないようだった。
「勝者・甲斐廉!!」
判定が下ると同時に歓声が湧き上がる。
「・・・ふう、」
ひび割れたヘッドギアを外して先方の様子を見に行く。
「・・・さすがだな拳の死神。」
「あんたが怪我していなければ立場は逆転していたかもしれない。」
「・・・末妹が余計なことを口走らなければ・・・」
「それで、詳しい状況を聞かせてくれ。」
「・・・昨日お前と久遠が運ばれた後だ。
控え室に続く廊下でそこの白の男が選手を複数血祭りにあげていた。
それを俺と車椅子の男・赤羽剛人の二人で止めたんだ。
その戦いで俺は鎖骨を両方とも破壊された。
・・・どうしてあの男が失格にならないのかは分からないが・・・。
くっ・・・!」
「分かった。もう休め。」
「・・・妹を頼んだ。」
それだけ言って雷龍寺は意識を失い担架に乗せられ運ばれていった。
SCARLET44:赤と白
 
・決勝トーナメント第一回戦・第三試合。
赤羽とマスターホワイトがコート中央に立つ。
何か起きてもいつでも止められるように俺や、
里桜、龍雲寺、久遠、斎藤がコートのすぐ傍で構えている。
当然今まで沈黙を続けていた大倉会長、伏見提督もSPスタッフを
連れた状態で近くまで観戦に来ている。
見たところ三船の代表者はいないようだ。
「ではこれより決勝トーナメント第一回戦・第三試合を始める!
正面に礼!お互いに礼!構えて・はじめっ!!」
号令が下された。同時に赤羽が攻める。
恐らく彼女が今一番得意であろう朱雀をいきなり放った。
俺や久遠でも防ぎ切ることは難しい赤羽の朱雀。
しかしマスターホワイトはさも当然のように
それをすべて回避或いは防御して赤羽の鳩尾に拳を打ち込んだ。
「!?」
赤羽の体が宙に浮かび数秒後に畳の上に落下した。
「い、一本!」
早い・・・。
審判が試合を早めに終わらせるために
マスターホワイトに有利なように働いているのか・・・!?
「・・・・・。」
彼女が平然と立ち上がる。表情からしてそこまで威力はないようだ。
それに対してマスターホワイトが動揺しているような感じはない。
まさか全部見透かしているのかもしれない。
自分が審判や空手協会から警戒すべき存在とみなされていて
なるべく試合を早く終わらせるために審判が働いているのを
前提にして威力が弱い代わりに格下から確実に一本を取れるよう
調節した佇まいをしている可能性・・・。
赤羽の朱雀を正確に対処したりパーフェクトサイボーグの
頭にはスーパーコンピュータでも入っているのか・・・?
「続行!」
通常よりやや遅れて続行の合図が放たれた。
どうやら今ので彼女もこの試合に隠されたものに気付いたようだ。
自分の勝利など論外、如何に自分を安全に負けさせるかに
全力で努力していると言う場の雰囲気。
だが、その雰囲気に素直に従ってやるような彼女ではない。
「せっ!!」
再び朱雀を繰り出した。
マスターホワイトは当然のように回避と防御をして
やり過ごしながら彼女の懐に入り拳を放つ。
「玄武・・・!」
それを彼女は制空圏で防ぐ。が、カウンターの一撃は当たらなかった。
逆に奴の2発目が彼女の脇腹を穿った。
「・・・っ!!」
きっと彼女の感覚からすればトラックに轢かれたような
衝撃があっただろう。
しかし彼女は倒れなかった。
それどころか何故か蹴った方の奴の方がバランスを崩していた。
一体何が起きた・・・?
「白虎!」
彼女が白虎を放つ。奴はそれを防ぐ・・・寸前に
防御ではまずいと判断したのか回避行動をとった。
と、それを読んでいたとでも言うように彼女が着地と同時に
奴の脇腹に膝蹴りを打ち込んだ。
「・・・直撃した・・・?」
これには俺だけでなくその場にいた彼女以外の全員が驚いていた。
赤羽美咲の攻撃は確かに速い。
だが朱雀以外の技はいずれも単調で
上級者相手には簡単に対処されるだろう。
ましてやマスターホワイトには朱雀や玄武すら防がれた。
それなのに今更ただの膝蹴りが直撃した。
「・・・・・・・・・」
そこで奴をよく見ると汗をかいていた。
汗・・・という事は彼女は先ほど送熱を使った・・・?
しかしただ送熱した程度であのマスターホワイトがバランスを崩すほど
油断を見せるだろうか。いや、昔の彼女を思い出す。
確か彼女は三船のサイボーグは自分で体調の管理ができて
100%の性能をいつでも発揮できるよう調整されていると言っていた。
ならばそんなサイボーグの奴に直接熱を送り込んだとしたら・・・?
彼女も最初の交流試合の際に連続で試合を行なったその疲労と熱で
休んでいる時でさえかなり体力を消耗し続けていたようだった。
つまり奴は今体内で急激に上がった温度を
下げるために機能の多くを割いている?
と言うか彼女や白羽睦月と違って奴は0から作り出された存在。
言ってみれば全身が精密機械のようなもの。
たとえ外気からの温度には対応できたとしても
内部の高温には弱いんじゃないのか?
それで彼女はわざと人体でも体温の高い部分である脇腹を触らせて
受身の送熱を放って奴をビジーにさせた・・・。
そして彼女が今放っている朱雀は
ただの朱雀ではなく送熱を含ませた朱雀炎翔・・・。
「せっ!!」
彼女の飛び蹴りが命中してマスターホワイトが倒れた。
「い、一本!」
この結果に会場は騒然とした。
「・・・ふん、馬鹿だな。」
「!?」
すぐ隣。いつの間にか車椅子の男がそこにいた。
「赤羽剛人・・・!?」
「久しいな死神。」
「どうしてお前がここに・・・」
「あの白い坊ちゃんのお守りさ。
昨日のように熱暴走した時のために三船から遣わされた。
俺は奴の機能を強制的に止める装置を渡されている。」
「・・・あんた・・・」
「この試合に関しては俺は一切手出ししていない。
だが、昨日馬場の奴と一緒に奴を止めた際に美咲には
あいつの弱点が熱だってことを伝えておいた。
・・・死神、お前は美咲が三船とまだつながっているとか
考えているかもしれないがそれは少し違う。
奴と美咲が同じ大会に参加している場合に限り
俺達赤羽兄妹は奴の見張りをするよう指示を受けているんだ。
三船のためじゃない。被害を出さないようにするためにだ。」
「・・・・。」
「ほれ、見とけ。お前の弟子の姿を。」
赤羽剛人に言われて視線を試合の方に戻す。
あれから排熱のために著しく弱体化したマスターホワイトを
赤羽が完全に押していた。
もう朱雀ではないが攻撃の全てに送熱を組み込んでいるのだろう。
マスターホワイトの全身から壊れたロボットのように煙が出ている。
そして赤羽が奴の肩を踏み台にして跳躍した。
5メートルはあるだろう天井まで至ると
その天井を蹴って猛スピードでマスターホワイト向けて落下してくる。
「朱雀堕天!」
彼女を迎え撃つために構えた奴の腕、
それに彼女が激突して落下スピードやそれを最大限活かした脚力を
使って奴の右腕は無数の金属片を散蒔かせながら引きちぎれた。
彼女が着地すると同時に奴は倒れた。
「一本!合わせて二本!よって勝者・赤羽美咲!!」
判決が下ると同時に会場を震わせるほどの声が上がる。
「すごいね、美咲ちゃん。一人で倒しちゃったよ・・・。」
「・・・ああ。・・・ん!」
しかしその時だ。
ヘッドギアを外してコートから出ようとした彼女に
背後から奴が襲いかかった。
 
 
油断した。
兄さんから言われたとおり熱が弱点だって聞いていたから
あの人から最初に教わった送熱を使ってマスターホワイトを倒した。
でも、終わったのは試合だけで私は背後からその白い片腕に襲われた。
右腕を引きちぎってその断面から排熱がされてしまったからか
最初みたいな勢いで襲われて私は抵抗も反応も出来なかった。
けど、衝撃は襲ってこなかった。
「大丈夫か!?」
「・・・甲斐さん・・・!」
その白い片腕をいつの間にか私の傍らにいたあの人が止めていた。
・・・嗚呼、この人はいつだって私を・・・。
「青龍一撃!!」
そうして先ほど馬場雷龍寺を倒した一撃でマスターホワイトを
数メートルは弾き飛ばした。同時に煙や火花が散ったところを見ると
どうやら完全に機能停止したみたい。
「美咲ちゃん!大丈夫!?」
久遠が胸に飛び込んできた。
「・・・ええ。甲斐さんが止めてくれましたから。」
「・・・いや、それよりよく奴に勝てた。」
「・・・兄さんが弱点を教えてくれましたから。
それに偶然あなたからその弱点を突ける技を教わっていたので・・・。」
「運が良かったな。」
そう、運が良かった。
でも運だけじゃこの人と同じ舞台には立てない。
あと一回私は自分の力で相手に勝利しないといけない。
そうして決勝の舞台であの人と真剣勝負をする。
それがあの人の望みであって私のこの一年間の恩返しだから・・・。
SCARLET45:朱雀が巣立つ時
 
・気付いたら私はある研究所で育てられていた。
赤羽家と言う表向きの家宅はあったけど
そこに帰ることはあまりなくて・・・。
母親の顔は知らない。父親もあまり・・・。
やはり便宜上のため用意された両親はいた。
実の兄はいたけれどあまり会ったことはない。
ただ分かることはこの三船の研究所で
私のクローンが作られているということ。
小学校に通い始めた頃に外国からクローチェ博士がやってきた。
どうやら私の遺伝子は珍しいものらしい。
そこから一ヶ月に一人のペースでクローンが作られていった。
私がベースになってはいたけれど私自身はその場にいることはなかった。
どうやら私の最初のクローンが直接関わって
彼女からクローンが作られてきているらしい。
三船が最強の人間を作るために私はその1号となるためだけに
生まれて育てられてきたそうだ。
小学校を卒業するまでは教育と身体改造を徹底された。
毎週のように身体検査が行われて私に合ったパーツを持った
クローンが生成されていく。
そしてその次の週には私の体はさらに改造されていく。
・・・この様子だと私も誰かのクローンか
0から作り出された存在かもしれない。
小学校を卒業してからは本格的に三船での洗練が始まった。
薬物で精神を制御しながら空手の基礎や
実戦のパターンを叩き込まれていった。
どんどん自分というものが分からなくなってきた。
多分このまま中学を卒業する頃にはもうこの世界に本当の意味で
赤羽美咲という人間なんていないんだろうなって思っていた。
でも中学2年の12月に突如三船の研究所は閉鎖された。
多分法外な活動をしていたのが表沙汰になったのだろう。
クローチェ博士はどこかに連れて行かれて
二度と戻ってくることはなかった。
多くいた私のクローンは一人を除いて回収された。
私は大倉道場に引き取られた。
大倉会長が引き取ってくれてホテルに宿泊してもらえながら
薬物や改造手術の後遺症の治療をしてくれた。
それでも三船の調査のために多くの人員が割かれていて
私の更生をしてくれる人は中々見つからなかった。
きっとこのままここでも私は誰でもないまま
何もできないまま壊されていくのだろう。
そう思っていた。そして迎えた14歳の誕生日。
会長から私をある人物の弟子にして更生してくれる考えを聞かされた。
どうせ無駄なのだろうと私の腐りかけていた心が訴えていた。
けど、あの人は違った。
私のことを知らされていないからか
私をただひとりの普通の人間として扱ってくれた。
でもまだ心を許しちゃいけないと思ってしばらくはそっけなく接していた。
・・・やけに裸を見てくる人だし。
2月になった。三船の預かりであの研究所とは無縁を装っていた
私の兄が私を追ってきた。奪還ではなく始末のために。
私は雪の降る中兄に襲われて重傷を負った。
このまま死ぬのかと思っていた。
でもそこにあの人は来た。
右足が動かせないというのに格上が相手だというのに
私を守るために真っ向から戦ってくれた。
あの日から決めた。この人なら信じられるかもしれない。
それから遠山さんとの試合。
最初はただの障害だとしか思っていなかった。
でもあの人のために勝ちたいと思い始めていた。
・・・結局は負けてしまったけれどあの人は優しく慰めてくれた。
負けたのに悔しいのにでもどこか清々しい気持ちだった。
次には久遠との出会い。最初は気に入らない子供だと思った。
あの人のためにもこの子は倒さないといけない。
そう思ったら私は試合中なのに感情のままに叫んでしまっていた。
また負けてしまった。でもあの人とはもっと仲良くなれて
久遠とも初めての親友になれた。
嗚呼、負けても生まれるものはあるんだね・・・。
それからは3人で楽しく稽古をしていた。
多分この頃には私はあの人が好きになっていたんだと思う。
でもそう自覚し始めたあの日にあの人が来た。
甲斐さんの彼女を名乗る女性・甲斐三咲さん。
最初は気に入らないと思った。
でも冷たい態度をとってしまう前に事件が起きた。
甲斐さんの父親が来て無理矢理別の女性と結婚させようという計画だった。
あの人は当然怒った。そしてその怒りが本当にキーさんの事を
想っているからなんだと、絶対に勝てない相手だと理解してしまった。
そして、勝ってもいけない相手なんだと。
でも同じくらいの時に私の体には限界が近づいていた。
やはり大倉道場の技術では現状維持が限界だった。
このままでは私の体は夏まで持たない。
どうせ長い命ではないと覚悟していた。
でも散ってしまう前にせめてあの人のために勝ちたかった。
交流試合っていう小さな大会でそこでの優勝は決して大きな意味はない。
そんな小さな場所だったけれどそれでも私は・・・。
私は限界を尽くしてそこで優勝を収めた。
目も見えないしほとんど体も動かせなくなっていたけれど
確かにこの口はあの人に想いを伝えられたと思う。
もう何も心残りはない。朱雀は不死鳥じゃないから燃えて死ぬ。
それだけのことと割り切って私は目を閉じた。
でも、私は終わらなかった。
しばらく闇の中を彷徨った後にあの人が私を助けてくれた。
完全に三船の闇から救ってくれた。
それからしばらくの間あの人は眠りにつくけれど
どうしようもない喪失感があったけれどそれでも前を向いて歩き続けた。
あの人がいなくても清武会で勝ち続けて、
最終的には久遠に負けてしまったけれど。
そしてあの人が帰ってきてからは・・・また裸を見られたけど
あの人が公式の試合で私達と戦いたいって望んでて・・・。
まだ私には早いレベルかもしれない。
それでもあの人の笑顔が見たいから、あの人に褒めてもらいたいから、
あの人に私の成長や想いを認めてもらいたいから
今日まで頑張ってきたんだ。
 
「勝者・赤羽美咲!」
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・・」
カルビ大会決勝トーナメント第二回戦。
今まで楽だった試合は一度もなかった。
それでもこの戦いは厳しくて何度も負けそうになった。
けど諦めきれない想いがあったから私は何とか勝てた。
先ほどあの人も第二回戦の勝利を果たした。
つまり、これで・・・。
「・・・よく来たな、赤羽。」
正面。
この1年間ずっと私を守ってくれて支え続けてきてくれた人・甲斐廉。
やっと・・・やっと、やっとこの人と同じ舞台で戦えるんだ。
「美咲ちゃん、頑張ってね。」
「ファイトだよ。」
後ろには久遠とキーさんがいる。
今まで私と対立していながらも私を支えてきてくれた人。
私は背中で感謝をしながら前に立つあの人に目を配る。
「お願いします、甲斐さん。・・・全力で来てください。
私のこの1年間の全てをあなたにぶつけて打ち砕いてみせますから。」
「・・・いいぜ、かかってこい赤羽美咲!紅蓮の閃光(スピードスター)!!」
そして、最後のステージの幕が開かれた。
SCARLET46:紅蓮の閃光(スピードスター)・前編
 
・カルビ大会決勝戦。
俺自身も赤羽もまさかここまで来れるとは思わなかった。
それだけ今回のカルビは強豪ばかりが参加していた。
そしてその強豪達との戦いに勝利して決勝戦で
彼女と戦えるというのは一種の奇跡と言えるかもしれない。
お互いにそれまでの戦いで少なからず消耗しているが
しかし、この際そんなものはほとんど関係ない。
試合に向けてのボルテージでどうにでもなる。
むしろどんどん力が沸いてくる。
「ではこれより決勝戦を始める。両者前へ!」
審判からの指示を受けて俺達はコートの中央に立つ。
もう互いに言葉はいらない。
ただ、全力を以て目の前の相手を打ち砕くだけ、
「正面に礼!お互いに礼!構えて・はじめっ!!」
号令と同時に俺は拳を振るい、彼女は走り出した。
恐らく見えていないであろう俺のパンチの軌道を予測して
彼女は回避しつつ得意の朱雀を放ってくる。
確かに俺でも彼女の朱雀は対処しきれない。
だが、手がないわけではない。
「朱雀激闘!」
「!?」
彼女の朱雀に合わせるように俺もまた朱雀を放つ。
互いに変調とフェイントを織り交ぜながら
しかしその上で相手の技の軌道を読み合いながら
互いの制空圏を形成していく。
俺は敢えて彼女の制空圏の只中に拳を放つ。
「玄武鉄槌!!」
思った通りに彼女はそれを防ぐと同時にカウンターの膝蹴りを放ってきた。
が、
「玄武激闘!」
そのカウンターを防ぐと同時に俺もまたカウンターの裏拳を繰り出す。
それも再び彼女の制空圏の只中にだ。
「っ!」
彼女も気付いたのか裏拳を防ぐと同時に膝蹴りを俺の制空圏の只中に放つ。
玄武の応酬では先にリズムを乱した方が負ける。
玄武鉄槌は防御と同時にカウンターの攻撃を放つ関係上
カウンターは最短距離に放つ必要がある。
お互いに玄武鉄槌を繰り出す場合
どちらもカウンターは最短距離=最速で行われる。
つまり防がれたのと同じ場所に敢えて攻撃をする必要があるのだ。
もしそれ以外の場所に放てば最速ではないということになる。
最速同士で互角に渡り合っている状況でスピードを妥協してしまえば
拮抗が崩れて一瞬で自分が劣勢になる。
玄武同士の打ち合いの決着はこのループを前提としているため
それ以外の内的要因或いは外的要因でのみ発生するものだ。
この場合時間切れになるか体力の都合で
最速からわずかでも落としてしまうか或いは・・・。
残り時間はまだ1分以上ある。
その間ずっとこれが続いているとは思えない。
だから、俺の方から敢えて玄武をやめる。
当然彼女の膝蹴りが俺の鳩尾に叩き込まれる。
が、それと同時に彼女のもう片方の足に廻し蹴りを放つ。
「っ!」
彼女が距離をとった。そして正面に深く制空圏を形成した。
「せっ!!」
そしてそのまま俺に向かって突進してくる。
あれだけ深い制空圏は2,3発程度では崩せない。
そして壊せるだけの数を用意してしまえばその間に彼女の攻撃が来る。
制空圏(バリア)を突撃に使うとは中々スーパーじゃないか。
しかしその戦術には穴がある。正面にしか制空圏がないことだ。
だから俺は回転しながら跳躍した。
「白虎一蹴!!」
「っ!!」
それはカウンター気味に彼女の顔面に吸い込まれるはずだった。
しかし俺の視界に再び彼女の姿が確認された時は
彼女もまた回転して跳躍していた。
「!?」
「白虎激闘!!」
俺が回転を終えて空中で停止をすると同時に
彼女の後ろ回しが俺の顔面に叩き込まれた。
「一本!!」
「・・・・・・・・」
まさか、俺が裏をかかれるとは。
先に一本取られてしまうとは・・・。
が、彼女が着地すると同時に俺もまた神速のワンツーを放ち
彼女の小柄を後方に吹っ飛ばす。
「くっ!!」
着地に失敗した彼女はそのまま畳に倒れてしまった。
「一本!!」
審判から下され、同時に第一ラウンド終了の鐘が鳴った。
「判定は引き分け!よって延長戦を始める!」
ジャッジが下される。
しかしこれからの延長戦は今までとは少し違う。
既に互いに一本を奪い合っている。
次にどちらかが一本をとった場合その時点でその者の勝利となる。
スピードが武器の彼女の方が有利に立っている。
逆に彼女からすればただのワンツーですら一本奪われることが
判明したからかもっと慎重に来るだろう。
だが場合によっては防御をかなぐり捨てて
一気に勝負を仕掛けてくるということもあり得る。
・・・彼女の性格からしてそれは中々考えられないことだが
その可能性は0ではない。備えておいて損はないだろう。
「正面に礼、お互いに礼、構えて・はじめっ!!」
再び放たれた号令。同時に彼女が走り出す。
再び正面に深い制空圏を形成した状態で突進してくる。
だから今度は俺も正面に制空圏を形成した状態で突進する。
「!?」
「玄武猪突!」
彼女の制空圏を守る手を全て払ってそのまま彼女の体を突き飛ばす。
今時純粋なタックルなど使う奴はそうそういないだろうが
制空圏の防御に頼る相手には有効な場合もある。
「ん、」
「くっ!」
次に倒れたらどうなるか分かっているからか
彼女はギリギリで受身に成功して直ぐに立ち上がった。
同時にその腹に拳を打ち込む。
「・・・ぐふっ!!」
彼女の体が浮き上がり次いで放った廻し蹴りで横薙ぎに吹っ飛ばす。
しかし、彼女はそれを側転のような形で着地した。
「・・・今のを・・・」
「・・・簡単に倒れちゃあなたへの恩返しになりませんから・・・。
この試合をくれたあなたに報いるためにも
私の方から弱音を上げるわけにはいかないんです!」
そして彼女は再び朱雀を放ってきた。
俺も同じように朱雀で応戦する。
やはり朱雀同士ではスピードタイプの彼女の方が相性がいいからか
俺のをやや上回っている。
が、朱雀を攻撃にしか使っていない彼女では当然防御が薄い。
「反し椿!!」
「!?」
彼女の攻撃を防ぐと同時にその手で裏拳を放った。
「っ・・・!!」
胸に直撃した彼女は痛みに耐えるように後ずさった。
・・・昔はこの一撃で間違いなく倒れていた。
耐えられたのは成長のおかげだな。・・・いろんな意味での。
「どうした!サンドバッグでは昔と何も変わらないぞ!」
「・・・私は・・・飛ぶ!!」
「!?」
彼女が跳躍した。
脚力を徹底的に鍛えていたからかあっという間に
俺の頭上よりも高くまで飛んだ。
流石に踏み台がないからか天井までには達していないが凄まじい跳躍力だ。
「白虎落雷!!」
そしてかかと落としにアレンジした白虎を放ってきた。
咄嗟に回避しようとしたが理性が追いついてそれを止め、
深く構えた制空圏で防ぐ。
「くっ!」
しかし防ぎきれずに後ずさってしまった。
さらに着地と同時に彼女の前蹴りが俺の下腹に突き刺さる。
痛手ではあるがさっきのをもし回避を選んでいたら
きっと空中で通常の白虎に切り替えて
俺の頭に廻し蹴りを当てていただろう。
そうなれば再び一本となって勝負が終わってしまっていた。
・・・俺がこの手で育てたとは言え随分と強くなってくれたものだ。
だから俺はまるで握手をするように右拳を彼女に向けた。
「?」
「青龍虚影・・・」
そして次の瞬間には彼女の鳩尾に右拳をねじ込んでいた。
「!?」
彼女の体が高く舞うと同時にタイムアウトを知らせる鐘の音が響いた。
「そこまでっ!!」
「ぐっ!!」
背中から畳に叩きつけられる彼女。
ギリギリで試合外だからか一本としては扱われない。
「・・・速いなんてもんじゃない・・・」
「まあ、青龍をスピードに特化した技だからな。」
普通に殴った方が手数も威力もあるから存在を忘れかけていたが。
「判定・引き分け!よって最終戦・再延長戦を始める!」
「・・・赤羽、次の150秒で全て終わりだ。
きっとこのままでは有効判定が互角でも試合内容で俺の勝ちとなるだろう。
だが、そんなつまらない決着を望む気はない。
今度は俺の方から攻めさせてもらう。お前も全力で来い。」
「・・・はい!」
「両者・中央へ!正面に礼!お互いに礼!構えて・はじめっ!!」
そして最後のゴングが鳴った。
SCARLET47:紅蓮の閃光(スピードスター)・後編
 
・そして最後の戦いの幕は切って落とされた。
何度も吹っ飛ばされている彼女はもちろん俺の方も
まだ馬場雷龍寺との試合のダメージが残っているからか疲労は強い。
しかしそれがこの試合を左右する理由にはならない。
「せっ!!」
「せっ!!」
コート中央で俺の拳と彼女の飛び蹴りが激突する。
彼女が着地すると同時に放たれた廻し蹴りをやはり拳で相殺して
彼女が残したもう片方の足を下段前蹴りで狙う。
と、流石に読んでいたのか彼女は蹴りを戻さぬまま跳躍して
俺の下段を回避するばかりかそのまま同じ足で上段廻し蹴りを放った。
「重ね刃!!」
それに対して俺は同じ上段廻し蹴りを激突させた。
同じ技同士がぶつかり合えば当然勝つのは破壊力が上の方。
すなわち、
「くっ・・・!」
彼女の方が吹っ飛ばされた。
空中で放ち体重が蹴りに乗っていなかったというのもある。
けど高度があったからこそ彼女は上手く着地できたというのもあった。
そして今度は構え直すのを待っているつもりはない。
熱気当てを繰り出しながら距離を詰める。
「・・・っ!!」
彼女の送熱の数倍の温度だ。一般人なら火傷するほどの。
当然彼女相手でも怯ませるくらいの威力はある。
が、ここで怯んでしまえばもっと大変なことになると予想したのか
彼女は側面に回り込んだ。
彼女の方が小柄だからか俺が体を傾けるより
先に彼女が俺の側面を奪っていた。
そして俺の脇腹に前蹴りを放った。
俺は腕を下げることで防ぐが思った以上に威力がある。
それで僅かばかり怯んでしまった。
その僅かに彼女は跳躍した。
「白虎落雷!」
再びあの技を放ってきた。
・・・あれを無傷で凌ぐ術は今の俺にはない。
しかし俺の技は四神闘技だけじゃない。
彼女の踵に合わせて上段正拳突きの構えを取る。
「!?」
「直上正拳突きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
雷のように落とされた彼女の踵に正拳突きを放つ。
が、どちらの意思かあるいは偶然か激突はわずかにずれていた。
彼女の踵は外側にズレ、俺の拳は彼女の左足の裾を引き裂きながら
彼女の上半身を通り抜けヘッドギアの顔面部分を破壊した。
この一瞬の激突の後に彼女が着地して素早く俺の側面に回り込む。
と、俺は真横に、彼女にとっての正面に拳を向けた。
僅かだが俺が向き直る時間を稼ぐだけの制空圏をその拳に宿らせていた。
彼女が制空圏を形成し直すのと俺が向き直るのは同時。
残り時間はあと1分。このまま行けば前言通り勝つのは俺だが、
しかしそれは同時に俺の敗北でもある。
時間に勝たせては意味がない。俺が直接この手で打ち倒さねば。
だから、俺は左手を胸の前に構え前屈立ちに足を開き右拳を引く。
「・・・・青龍一撃・・・・」
彼女がより一層身構えた。
この技は彼女の前で何度も使っている。
だが、彼女に対して使うのは初めてだ。
この意味が彼女にも分かっただろう。
それなのに、いやそれ故か彼女も同じ構えを取った。
青龍同士で彼女に勝ち目はない。それは彼女もわかっているはず。
だからきっと彼女が行うのは遠山を破った技である青龍倒天。
あの技となると逆に青龍一撃では破れなくなる。
そして如何に本家である俺であってもあれを受けて倒れない自信はない。
「・・・行きます!」
そしてそんな俺の逡巡を無視して彼女は奥に控えた右足を前進させた。
決して焦燥故ではなく俺も前進させた。右足ではなく左足を。
「!?」
前屈立ちは半身を切って行うものそれ故に今俺は右半身を
外側に向けている。そのため真正面から穿つ青龍の技は効果がない。
そして一歩進んでしまった以上既に青龍は失敗している。
だが彼女は構えを解けない。解けば即座に俺の一撃が来るからだ。
「うああああああああああっ!!」
「何!?」
そう予測したが彼女は俺の深く曲げた左足を踏み台にして軽く飛んだ。
いや、この技は・・・!
「朱雀堕天!!」
彼女の最大威力の技。回避も防御も不可能。
なら俺がすることは!
「青龍一撃!!」
最大威力のこの一撃で迎え撃つだけだった。
「っ!!」
「ぐっ!!」
俺の青龍が彼女の胸を穿ち、同時に彼女の膝が俺の顎を穿った。
同時に最後の戦いの終わりを告げる鐘の音が響き渡った。
 
 
・試合が終わった。
表彰式と閉会式を終えて数時間。
甲斐機関で赤羽は治療を受けていた。
「いい勝負だったよ、二人共。」
「今日は二人の好きなモノいっぱい作ってあるからね。」
久遠が俺に抱きついて頬ずりして、キーちゃんが台所に向かう。
「久遠、ちょっと好感度高すぎじゃないのか・・・?」
「え~?別にいいじゃん。」
「・・・ったく。」
腕に久遠を乗せたまま机の上に置いたままな
二人のトロフィーを移動させる。
「・・・う、」
「あ、美咲ちゃん目を覚ましたみたいだよ!」
「そのようだな。」
簡易カプセルの中から彼女が起き上がった。
「・・・まだ1時間くらいしか経っていないんですね。」
「ああ、普通だったらこのカプセルに頼るほどの傷じゃないからな。」
「よく言うよ死神さんの青龍を胸に受けて立てる方がおかしいんだよ。
ライ君なんか結局入院したよ?全治半年だって。」
「お、よかった。死んでなかったか。」
「・・・妹の前で中々言うよね死神さん。」
「まあ、昨日殴られた借りは果たせたからな。」
「・・・甲斐さん何か変わりました?雰囲気が少し違うような・・・」
「・・・そうだな、お前の成長を見れて何だか気が軽くなったようだ。
・・・それと大倉会長から別命があった。」
「・・・もしかして、」
「ああ。今年いっぱいであの道場で
お前に稽古をする今の役目が解除されることになった。
俺は現役選手に戻るしお前も多分そうなるだろう。
あの道場もまた閉鎖されることになるだろうし。」
「・・・そうですか。」
「何だか寂しいね。死神さんまた足怪我しない?
虎徹ならいつでもしてあげるよ?」
「・・・勘弁してくれ。」
 
・それから数週間。
あの道場で最後の稽古が行われることになった。
「・・・斎藤の奴め。邪魔することないだろうに。」
進路報告書に空手選手か甲斐機関社長かどっちを書こうか迷っていたら
斎藤の奴に後者にサインをされてそのまま提出されてしまった。
おかげですっかり待ち合わせの時間に遅くなってしまいそうだ。
「・・・・・・」
こうしてこの道場に入るのも今日で最後になる。
感慨深くなってしまう前に扉を開けた。
「・・・・あ」
「・・・・は?」
と、更衣室から全裸の彼女が吹っ飛んできた。
「ごめんごめん。ちょっと相撲してたんだけど。」
更衣室から久遠が顔を出す。
肩紐が見えるからきっと久遠も着替え中だろう。
いや、それよりも・・・。
「・・・えっと、赤羽?お、俺はその・・・」
「・・・もういいですよ。」
「え?」
「ここでのこういうハプニングも今日で最後でしょうし
それにさんざん見られたんですからもう見慣れたでしょうし。」
「・・・そう言う割には目が怖いぞ。」
「・・・そりゃ見られて嬉しいわけないですからね。」
と言って彼女は更衣室に消えた。
・・・しばらくぶりに見たけど相変わらず薄かったな。
それから二人が着替え終わってから俺も着替えて最後の稽古を始めた。
「死神さんはもう指導員やらないの?」
「まあ、正式な指導員じゃないからな。
今回のも臨時だったわけだし。
第一もうお前達は俺とそこまで差があるわけじゃないから必要ないだろ?」
「けど私は甲斐さんの稽古が一番しっくりきます。
・・・大倉道場のじゃもう物足りませんし。」
「それ分かるー。腹八分目どころか四分目くらいなんだよね。」
「・・・そんなこと言われてもな。」
そして最後の稽古が終わりシャワーを浴びてから玄関で
道場に向かって3人で礼をしてからドアを閉め鍵を閉めた。
近くにスタッフがいたためそのまま鍵を渡した。
それから3人で夜道を歩く。
星座は詳しくないがきれいな星空だった。
が、隣の二人は顔をあげようとはしなかった。
だから俺は不意打ち気味に二人の頭を同時になでた。
「え・・・?」
「死神さん?」
「別にもう二度と会えなくなるわけじゃない。
連絡先も知っているし俺の住居は知ってのとおり甲斐機関。
この街で一番大きな会社だ。会おうと思えばいつでも会えるだろう。
だから、そんな顔をするな。」
まあ、俺もあまり人のことは言えないがな。
「とりあえず帰るぞ。キーちゃんが夕食を用意している。」
「・・・はい。」
「うん!」
やや明るくなった表情の二人を傍らに俺は師走の夜を歩いた。