X-GEAR9章「ANGELIC BLAZE~天使達の炎~」

【第9章】
9章「ANGELIC BLAZE~天使達の炎~」

【サブタイトル】
141話「Monochrome to X」

【本文】
GEAR141:Monochrome to X

・西暦2008年。柊咲町。突然和佐が姿を消し、秀人からの案もあったため果名達は一度黒主家に戻ることにした。ただし全員が戻るわけではなく正輝、刀斗、結羽、雷歌、好美、舞、秀人、歌音は引き続き無沙紀の捜索に当たっている。つまり果名と剣人だけで黒竜牙を回収に戻っているわけだが。
「……ここ、どこだ?」
二人は道に迷っていた。否、信じられないことに柊咲の街並みがわずかだが変化していた。決して優雅とは言えないがしかし特におかしいところもない民家がまるで数十年以上も放置されたかのように老朽化していて少しずつ人の気配も少なくなっている。
「あの巫女さんって言う管理者がいなくなったことでこの世界に少しだけ綻びが生じているのかもな。実際本来の歴史とは少し変えてるんだろ?この世界は。だったらこう言う風に若干バグが生じてもおかしくはない」
説明する剣人。しかし直後にその表情が一気に崩れた。
「ギャリバリガリグリギャアアアアアアアアア!!!」
老朽化した廃墟と言ってもいい民家の壁をぶち破り、クジラ型の怪人鯨クジライガーが姿を見せたのだ。
「スライト・デス!?」
「おいおい、どうしてスライト・デスがこの世界にいるんだ!?」
二人が驚愕する中クジライガーは次々と廃墟となっている民家を突進しては突き破って崩落させていく。そしてその先には、
「……あ」
一人の少女がいた。車椅子を使っているがしかし前方の道路は地割れが起きていて進めそうにない。そこへクジライガーが真っすぐ迫る。
「剣人!」
「分かってる!!剣閃(スラッシュ)・サブマリン!!」
剣人の発動したカードが三日月状の光の刃を数発生み出しては亜音速で発射され、クジライガーの背中と右足を切り裂く。
「がああああああああああ!!!」
膝をついて立ち止まるクジライガー。その間に果名が少女を抱え上げて離れる。
「き、貴様達何者だ!?」
「それより答えろ!どうしてスライト・デスがこの世界にいる!?」
「どうしてもこうしてもない!任務だ!!この世界を破壊してしまえとな!!」
立ち上がり、クジライガーは真っすぐに剣人に突進を開始する。
「破壊?破壊ってのはこういうことか?破壊(デストロイ)・サブマリン!!」
続いてカードから発射されたのは紫色の光の玉だ。それが真っすぐクジライガーに向かっていくと、その体がまるでパズルを崩したかのようにバラバラになった。
「~~~~!!!」
「けっ、悪党に断末魔なんていらないっての!」
少女を助けた剣人と果名は先程以上に急いで黒主家へと戻ることにした。
「……ちっ、携帯が通じない!いくら2008年の物だからって原理は一緒なんだからパラレルフォンにだって通じるはずだぞ!」
「……スライト・デスと言い、明らかこの世界に異常が起きているって証拠だろうな。果名、黒主家に戻って黒竜牙を回収したら一度ひきこもるぞ!」
「はぁ!?昔の俺達を見捨てるって言うのかよ!」
「あいつらは飽くまでも過去のものだ。データに過ぎない。だが俺達は本物だ。本物になったんだ!グールどもならともかくスライト・デス相手じゃあんただって厳しいだろ!」
「厳しくなきゃいいんだな!?」
言いながら果名は、やや前方の剣人を追い抜き、さらに前方でコンクリート片を食べているステゴジータに向かっていく。
「あ、おい!!」
「おらああああああ!!」
飛び掛かり、背後から剣を振りかざしては相手の首裏あたりに突きさす。
「ぎぎひゃあああああああああああ!!!」
「お前の体の鉄分頂くぜ!!」
そこから剣を通してステゴジータの体中の骨を吸収。再錬成してバカでかい斧へと変えてそれを引き抜きながらステゴジータを両断した。
「……中々派手だな。けどそんなもの引きずって持ち歩くつもりか?」
「そんな必要はない」
果名が斧を片手で持ち上げる。否、斧は持ち手の部分以外がドロドロの金属となって浮いていた。
「こうすりゃ重さはほとんどないしいくらでも形を変えられる。錬成に少し時間はかかるがな」
「……大人ってこういう時ずるいよな。全くさ」
嘆息しながらも二人は再び走り出した。

・黒主家。読書する美咲を尻目に歩乃歌とアリスがリンリンガァラファランドを歌っている。
「……あ」
歌い終わってから歩乃歌が違和感に気付く。同じように美咲もそれに気付いては椅子から立ち上がって二歩下がった。何故なら窓の外、黒主家の門を破って2体の怪人、デーモモンガーとクワガタイラントが敷地内に入ってきていた。
「……スライト・デスって言ったっけ?どうしてこの世界に?まさかこの世界にスライト・デスがいるのが本来の歴史ってわけないよね?」
言いながら歩乃歌は黒竜牙を片手に窓から飛び降りる。
「小娘が降ってきたぞ!!」
「……いや、あの胸のなさは男だろ」
「ぬ、男の娘って奴か!?」
「人を星矢扱いするなぁぁぁッ!!」
着地と同時、抜いた黒竜牙が2体の首を胴体から切り離した。
「……まったくスライト・デスは失礼な怪人ばかりいるみたいだね。って言うか宇宙に男の娘って文化あったんだ。最近ボクッ娘よりかも人気ありそうだし……いやいや、いくら僕でも男の娘にはなれないよね」
割と本気目で悩んでいる歩乃歌。すると、1つの足音が近づいてきた。
「……正輝君のに似てる。でも本人じゃあないよね。金属音がする」
やがて、そこに仮面の少年……無沙紀が姿を見せた。その手には槍が握られていた。
「やあ、君が月無沙紀くんかな?」
「お前には用がない。黒主正輝はどこだ?」
「あらら。入れ違いだよ。ここでお茶でも飲んで待ってれば?それとも肩慣らし位する?生き残れる保証ないけど」
「言ったはずだ。お前には用がない。……だが、どうしてお前が黒竜牙を持っている?」
「ちょっとだけ借りてるんだよ。力ずくで奪ってみる?」
挑発する歩乃歌。ぶっちゃけそろそろこの世界での暮らしが面倒臭くなってきた。それに先程から感じているこの世界の違和感。どうやら和佐に何かあったらしい。正輝の探している相手である無沙紀を適当に叩きのめして正輝たちに引き渡したら元の世界に戻った方がいいかもしれない。
「と言う訳で……!!」
歩乃歌は黒竜牙を抜く。同時に無沙紀も槍を構える。リーチは明らかに向こうの方が上。しかしこちらにはGEARが2つもある。相乗効果に頼らずともどちらか片方だけで十分相手を撃破可能だ。むしろ殺してしまわないように手加減がいるかもしれない。そう弁えてから一歩を前に進んだ瞬間だ。
「無沙紀……」
「!」
声がした。その場にいる誰でもない。女性の声。歩乃歌は周囲を見て声の主を探る。しかし姿はどこにもない。ばかりか気配もない。ならばテレパシーの類か。それだけで相手のGEARが分かる。文字通りの敵ではない。
「誰かな?僕達の勝負を邪魔しようと言うのは」
声を返す。既に戦意を控えている無沙紀の方に。すると、返事は音声ではなく鈍色の光で返ってきた。
「!」
咄嗟に黒竜牙を振るい、自身のGEARも重ねた衝撃波を放つ。装甲車くらいなら一撃で砕けるだけの威力はある。放ってから手加減を忘れていたことを思い出すがしかしそれは感傷だった。自身の放った紫色の衝撃波は迫りくる鈍色の光と激突を果たすと光の渦を形成して衝撃の余韻を残しながら少しずつ透明になって消えていく。自身の攻撃が相殺されたのだ。それがこちらと同じ程度の威力を放たれたからか、あるいは最初から相殺の効果を持った技なのかは分からないがどちらにせよ加減は必要ないようだ。
なので今度はこちらから攻撃を仕掛ける。声の主は誰であれ、無沙紀の関係者だ。とりあえず無沙紀を半殺しにする。人質にして様子を見よう。その心がけで縮地を行い、無沙紀の腕に向かって黒竜牙を繰り出す。しかしその攻撃は満たされなかった。
「……くっ」
黒竜牙を振ろうとしたところで歩乃歌の腕は止まった。まるで見えない手で掴まれているかのように。その状況に至ると同時に無沙紀はこの状況に気付き、反射的に槍を突き出した。真っ白い穂先が真っすぐに歩乃歌の胸を目指す。それがどこまでも接近し、しかし突き刺さりはしなかった。
「……やれば出来るものだね」
冷や汗。額から消耗の証を流す歩乃歌は被弾箇所に寸前でバリアを張っていた。そのバリアがギリギリで刺突を防いでいた。しかしそのバリアも徐々に押し通されている。無沙紀だけの力ではない。恐らくこちらの動きを止めている者の助力がある。思考の内の数秒でわずかに鋭いものがこちらの胸にあてられている。今はまだブラの金具で止められる程度の刺さり具合だが恐らく10秒もしないうちに胸を貫くだろう。どうにかしようにも何故かパラレルフォンの反応が鈍い。PAMTまで止められているのかもしくは蛍にまで何かあったか。
「んのぉぉぉぉぉっ!!!」
力を振り絞る。かろうじて動かせる左足で無沙紀を蹴り飛ばす。通常であれば胴体真っ二つなその威力も今では彼を数メートル後退させるのがやっとだった。その後にこちらも左足だけを使ったバックステップで距離を取る。まだ動かせるのは左足だけで、両腕は黒竜牙を構えて振り下ろそうとしているその状態で固定されている。右足は動かすことは出来ないが体重を支えられる。
「……で、僕をこんな状態にしているのはどこの誰なのかな?」
「……母上」
無沙紀は歩乃歌を睨み、槍を構えたままどこかに声を飛ばす。
「どうして俺に力を?」
「無沙紀、その者はお前では勝てない。だがどうしてもその黒竜牙は必要だ。奪う必要がある」
「……母上の目的は黒主正輝の首では?」
「それもある。しかし黒竜牙も必須だ。奪いなさい」
「……はい」
会話を終えた無沙紀は後ろに構えた右足に力を込めて大地を蹴り飛ばす。歩乃歌のそれよりかも精度は低いが練度の込められた縮地。狙いをそのままにした槍の穂先が再び歩乃歌の胸を狙う。あの速度からの刺突は先程のバリアでは止められない。どうにかして回避を図ろうとしたその時だ。
「転移(テレポート)・サブマリン!!」
剣人の声。終わると同時に歩乃歌の前に空間の歪みが発生してはそこから果名が出現する。
「おらあああああああああ!!」
抜刀して無沙紀の刺突を払いのけ、そのまま飛び膝蹴りを顔面にぶち込む。
「果名さん!?」
「こいつは……黒主正輝……!?」
「いいや!今はもう黒主果名だ!!」
後退、着地した無沙紀の前に出ている右足にローキックを叩き込み、僅かに体幹を崩してからショルダータックルで無沙紀を吹っ飛ばす。
「黒竜牙を!!」
「くっ!!」
歩乃歌は全力の抵抗により黒竜牙を手放し、左足で果名に向けて蹴り飛ばす。やや不意を突かれて動作が遅れながらも果名は黒竜牙を受け取り、放った衝撃波で立ち上がった無沙紀に追撃。楯に使った槍を粉砕し、さらに全身に無数の打撲と切り傷を刻む。
「くっ、」
膝をつきながらも無沙紀は破片から槍を再錬成しようと手を伸ばすがその手を果名が掴めば次の瞬間には一本背負い。手を掴んで止めたまま無沙紀の腹にニードロップ。抵抗しようと動かした両腕を両足で踏みつけ、動きを固定しながら刀剣(ソード)の刃先をその首へと押し付ける。
多少の不意打ちはあったとはいえ記憶の中では辛勝がやっとの相手にここまで圧倒できるほど成長した自分に少しだけ感動しながら果名は周囲を見渡す。
「無沙紀を操ってる奴、出てこい!!恐らくあんたが焔さんも操ってる堕天使だろう!!」
声を飛ばす。少しの間反応はない。しかし、5秒が経った後果名が言葉を続けようとしたらそこへ4発の火炎弾が飛来する。
「!」
黒竜牙の衝撃波でそれを炸裂前に相殺。果名は火炎弾が飛んできた方を見る。黒主家門柱の上。そこに仮面の男・焔がいた。しかも4人も。
「……手の内を見せてまで雲隠れか。だが、時間稼ぎにもならないな」
視線。4人の焔を眼中に含めた果名の両眼が光ると同時、名を果たすGEARが発動される。
「!?」
僅かな反応を見せ、直後に4人の焔は内側から沸き上がった炎の渦に飲み込まれて数秒で灰となって消えた。
「……ふう、」
そこで歩乃歌が息を漏らす。体の自由が復活したのだ。しかし、
「……残念だけど果名さん。もう相手はこの辺りにはいないよ。逃げたみたい」
「……逃げ足が速いな。それとも俺が来た時にはもう準備をしていたのか?」
歩み寄ってきた歩乃歌から鞘を受け取り、その中に黒竜牙を収め、代わりにカードで出した剣を歩乃歌に渡す。
「さて、じゃあお前から話を聞かせてもらおうか」
果名はまだ踏みつけたままの無沙紀を見下ろした。無沙紀はその態勢のまま先程砕けた槍の破片を操ろうとしたがそれより先に果名が操っては手錠となって無沙紀の両足を縛る。もはや抵抗は叶わないと知った無沙紀は目を伏せ、体から力を抜いた。

------------------------- 第155部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
142話「紫電の渡航」

【本文】
GEAR142:紫電の渡航

・それは世界と世界の狭間。時空の最中。呼び方は特に定まっていないが十三騎士団や調停者達が時空や世界を超える時に使う光のトンネル。
ヒエンは半年ぶりにそれを用いて可能性が潰えた時空から仲間達が先に向かった時空へと向かおうとしていた。途中ルーナと合流してはこの空間での作法や注意点などを聞く。特に自分達ザ・プラネットは本来自分の担当する惑星の外には移動できない。同じ惑星の別時空へ行くのが限界だそうだ。幸運にも矛盾の安寧の先の世界は200年空いているものの同じ地球と言う形のため移動自体は可能だった。しかし、ルーナでも想定外の事が起きた。
「……どうやら200年後には別のプラネットが地球を治めているようだ」
「……って言うと?」
「私達はこのままでは200年後の地球に行けない。プラネットの力を放棄する必要がある」
「……それは厳しいんじゃないのか?」
「もちろんだ。実際に力の放棄だけなら簡単だ。向こうも喜んでこちらの渡航を許可するだろう。しかし二度と力を取り戻すことは出来ない。あなたはまだナイトスパークスとしての力を完全には取り戻せていない。パラドクス程度が相手ならば今のままでも十分だろうがもしもこの先に調停者達がいたならばもしかしたら厳しいかもしれない」
「……ならどうする?このままずっとこの空間に閉じこもるのか?それともどこか別の時空に行って作戦を立て直すか?」
「後者はともかく前者は得策ではない。あなたならともかくプラネット代行でしかない私は恐らく長い時間ここにはいられない。……先に私一人が向こうの世界に行く。もちろん私が預かっているプラネットの力をあなたに還し、ただ一人の天使としてだ。そうすればすぐにでも道は開かれる。そして向こうに到着したら向こうのジ・アースに頼んでみよう。侵略が目的ではない。仲間との合流を目的とした一定期間のみの滞在だから道を開いてくれと」
「……頼めるか?」
「ああ。私に任せてくれ」
光のトンネルの中。口づけをかわす。それによりヒエンにプラネットの力を返却したルーナは流れるように光のトンネルの中を進んでいき、そのまま見えなくなった。
それからどれだけ時間がかかったのか、或いは一瞬に過ぎなかったのか。空間内で異常が起きた。最初は制限が解かれてやっと自分も行けるのかと思った。だが違った。ルーナが消えた方向とは別の場所から一つの陰が迫った。
「!」
それは敢えて形容するならば全身紫色でまるで花嫁のドレスやヴェールのような甲冑を全身に纏った人物だった。紫電花嫁(パープルブライド)とでも仮称すべきか。年齢や性別は分からない。だが、その鉄仮面からはこちらに対する殺意と敵意がにじみ出ていた。
「くっ!」
万雷を抜刀。しかしこの空間では力が制御されているのかいつもの夥しい質量の電撃は発生しない。だがそれでもまるでミサイルのように突撃してきたパープルブライドを弾くことは出来た。
「誰だ!?パラドクスか!?」
「……」
相手は無言のまま足場なき空間に着地。そこからは予想も出来ないような不思議なステップの元こちらに迫ってきた。その動きはどこかかつてどこかで見た朱雀の立ち回りに似ていた。それを把握した時には神速の飛び廻し蹴りで顔面を叩かれていた。
「……くっ、白虎……!?」
飛ばされるように空間を漂う。どうやらまだここでの体の動かし方に慣れていないようだ。或いはこの空間内で騎士同士やそれに比類する実力者が戦闘することを回避するためにここはそういう制限のある空間となっているのか。数秒かけて態勢を立て直すと既に相手は技を発動させていた。右腕が肥大化していた。否、右腕の装甲が数倍以上にまで肥大化して鉤爪まで装備していた。その状態で真っすぐミサイルのようにこちらに突進してくる。本能は告げる。アレは喰らうとまずいと。
「紫電一閃!!」
電撃は流れない。それでも渾身の一撃を万雷で解き放ち、正面から受けて立つ。最初に受け止めた感覚はただ一つ。
「……持たない……!!」
激突を果たして1秒。万雷は根元から折れた。同時にこちらの左わき腹と左肩を大きく裂く。
「ぐっ……!!」
気を集中させる。一瞬とまではいかないがすぐに傷と万雷は再生する。しかし、その時には既に敵の姿はどこにもなかった。
「……いったい何だったんだ……?パラドクスとも違う。ルーナの言う調停者?」
様子を見るがしかしやはり既に敵の姿は気配と共にない。索敵の間ヒエンは半信半疑なその感覚を言葉に捨てた。
「……零のGEARがなくなってる……」


・X是無ハルト亭。
「と言うことがあったんだがな」
「いや、中々とんでもないことになってるじゃないですか」
中庭に続く廊下。ヒエンは光のトンネルの中で起きた出来事を赤羽達に話す。試しに久遠がヒエンの足を蹴れば普通に仰け反って足を抑えた。
「ほんとに零のGEARがなくなってるんだね」
「あ、ああ。まあな。だが代わりにプラネットの力は残ったままこっちに来れた。と言っても半分くらいだがな」
「その半分でこんなことが出来るんだから十分頭おかしいよね」
中庭。ヒエン達が到着すると既にそこにはアコロがいた。アコロだけではない。ベンチの上にはエンジュがいた。八千代を通した意思疎通によりエンジュの手足と精神を回復する事にしたのだ。何故かアコロはすごい反対したが蛍が3Dプリンタを用いて達磨状態のエンジュをいつでも再現できると説得したことで何とか大人しくなった。
「さて、はじめようか」
ヒエンがエンジュの頭を撫でる。そうすることでエンジュの体細胞と大地をリンク。アカシックレコード内から地球に関するアカウントを一時的に入手。自由に扱えるようになった数億ページの中の僅か数文字。それにアクセスした瞬間。エンジュの体が光に包まれ、次の瞬間には彼女の胴体から万全な状態の手足が出現し、今まで虚ろだった瞳に光が宿る。
「……本当に戻るなんて」
聞きなれない、そして喋り慣れていないたどたどしい声。それはエンジュの声だ。
「エンジュ……?」
「アコロ、これが私だよ。三千院世界改めエンジュ。炎の主と書いてエンジュ」
「さて、エンジュちゃん。ここまでして語りたいことがあるんだろ?」
「……うん。ヒエンさん。さっきあなたも言っていたけれどこの世界、いろいろ妙なところがあるよね?」
「確かにな。矛盾の安寧……僕達がつい最近まで故郷と思っていた世界。そこからこの世界までは200年間ずれがある。それは長倉によって分岐にさせられ、鈴音ちゃんが死んだ本来の世界から200年が過ぎたことだと思っていた。だが、微妙に違う。第一にダハーカの問題。200年前の平和の時代の時ですら共食いにより絶滅しかかっていたって言うのにこんな荒廃した時代になって200年も生き永らえているのはおかしい。現状黄緑以外にも何体かダハーカは残っているがそれがおかしいんだ。第二に学園都市と呼ばれるあの地域。現在生き残っている人間の多くはそこにいるとされているがその生活は悲惨極まりない。その状態になって50年以上経っているらしいが普通に考えておかしい。あんな状況で50年も人類が持つはずがない。何より医者も道徳も教育すらない状態で新しい命が細々ながらも生まれ出てくる事なんて中々あり得ない。一人や二人ならともかく人類が存続できるほど生まれてくるのはおかしい。仮に生まれたとして、それが再び子供を埋める程度にまで成長できるのも変だ。よしんば何十人程度か偶然でそう育ったとしても人間の姿をしたサル未満の知性しかないはずだ。少なくとも衛生的な服装なんて概念はない。だがこの時代の人間はほぼすべてがそんなおかしい状況しかない学園都市で生まれ育っている。
あとはさっきアカシックレコードで地球本来の歴史を見たが、この世界は一度もう既にナイトメアカードが散布されている。だから風行剣人含め聖騎士が何人かいるし、テンペスターズもいてみんなカードを使っている。だが、本来の歴史ではナイトメアカードが散布されるのはもう少し未来のはずだ。いや、23世紀の今からすれば過去の話かもしれないが」
「……どういうことですか?」
「21世紀後半と22世紀は色々おかしいって話だ。1つ1つは正しいように見えても繋げてみたら矛盾だらけ。それに長倉が主人公のGEARを用いて歴史を分岐させたって話だがそもそもそれが本来ならおかしいんだ。いくらオンリーGEARの持ち主だからってそんな大層なこと出来るはずがない」
「……でも実際に出来てるじゃない。だから私達パラドクスはその矛盾に連れられてあの時あなた達を襲ったのよ?」
反論のアルケミー。……恐らくエンジュと一緒にこの達磨状態から解放されるかもと言う淡い期待からこの場にいる模様。
「ああ。だからおかしいんだ。出来ないはずの物が出来ていると言う事に」
「……」
途中から話を聞いていた大悟達が身を乗り出す。
「結論から言うと、長倉に力を貸して本当に歴史の分岐を生み出した……歴史にありえない矛盾だらけの世界を作り出した裏の協力者がいる可能性が高い」
「……俺に力を貸した奴がいるだって?」
「小夜子ちゃんなら分かるんじゃないのか?」
「……枯れない桜の木」
小夜子はボソッと答える。故郷にあったどんな願いでもかなえられる桜の木。しかしそこには人々の邪念が集まっていてそれと繋がっているとされた大悟はかつて処刑されかけた。そして実際に死んだのは鈴音であり、それを否定したいが為に大悟は異常なまでに強化された主人公のGEARを用いて歴史を分岐させた。
「……そう言えば思い出したぞ。あの日、俺はナイトメアカードを見ている!変な白いタキシードの奴に渡されたんだ!」
「……パラディンだな」
脳裏に白衣が浮かぶ。
「何のカードを渡されたんだ?」
「……そこまでは覚えてねえよ。ただあのカードを手にした途端、ばあちゃんから封印されていたはずの記憶が一気に蘇ったんだ。あの枯れない桜の木の枝を折っちまったせいで邪念が俺の中に入っちまった事とか主人公のGEARなんてものがある事だとか。あと変なボクッ娘の声とか」
大悟の発言と同時にユイム、ライラ、陽翼は勢いよく首を横に振った。
「もちろん僕でもないよ。あの時僕は僕達になってしまった。もちろんそんな予測なんて出来てなかったしね」
一人称が変わってしまっている小夜子も告げる。
「でも、枯れない桜の木の邪念が世界を作り出せたってこと?そもそもあの枯れない桜の木が何だか分かるの?」
その問いにヒエンは真っすぐユイムを、その両腕を指さした。
「えぇぇぇ!?僕またなんかやらかしちゃったのかな!?この前茜ちゃんに黙って舞雪ちゃんとまたセックスしちゃったのがいけないのかなぁ?」
「レイラ君?今そんな話してないよ?あとお願いだから妹に不倫の密告をしないで生々しい」
両腕のコント。そう言えばここにもボクッ娘がいたなぁと思いつつ、
「ユイムちゃんは会ってる」
「僕が会ってる?……えっと、もしかして」
「……ユイムちゃんをその姿にした張本人。この世界のジ・アース。いや、世界最古の邪神アジ・ダハーカだ」
「……現在のジ・アースがアジ・ダハーカ……!?」
「そう。かつて人類がまだ文明を持たない黎明期だった頃、世界最古に悪と言う概念を用意されその実態として生み出された存在。それがアジ・ダハーカだ。この世全ての悪はその邪神のせいで起きているとされた。そして対抗する善の神であるマズダーは邪神を祓いながら自身の善の証明が為に奇跡をバラまく。その伝説が形を変え、時代を超えてあの枯れない桜の木になったんだ」
「だが待てよ黒主零」
爛が割り込む。
「旦那から聞いたけどよ、アジ・ダハーカってのは死んだはずだぜ。当時からいるダハーカの旦那が言うんだから間違いないんじゃないのか?」
「そう。神は伝説と言う形になり、死んだんだ。いや、死んだことで伝説と言う形で世に残ったと言うべきか。アジ・ダハーカはマズダーと共に伝説として世界に残って死んだ。それが枯れない桜の木。アジ・ダハーカの一部だった枝を長倉が折ったことでわずかながらその力が宿ってしまったようだな。そして主人公のGEARを一度だけとは言え時空を歪め、新しい歴史を作ってしまうほどに強化した。ダハーカの連中がお前を殺したがらず守ろうとしていたのも無意識の本能で自分達の主を守っていたのかもしれないな。でだ。話を戻して、長倉の力で新しい歴史は造られた。だが、それをもう一度できる存在が今この地球にはいるんだぜ?」
「……まさかこの世界は邪神アジ・ダハーカが作り出した世界だとでもいうのか?」
「作り替えたと言うのが正しいのかもな。宇宙の悪の化身であるスライト・デスを地球に呼び寄せた50年前に」
「……えっと死神さん?久遠ちゃんわけわかんなくて頭おかしくなりそうなんだけど」
「久遠。これはゲームとかアニメみたいなもんなんだ。世界5秒前説って言うどっかの学者が考えた話でな。久遠は11歳だったか?だったら久遠は11年前に生まれた。そうだろう?」
「そうだけど……」
「でもアニメだったらどうだ?11歳のキャラクターがいて、そのキャラクターは11歳なんだから11年前に作られたキャラクターだって思うか?いやまあ中には11年くらい温めてやっと世に送り出したってこともなくはないだろうが」
「……?」
「つまりこの世界は23世紀って触れ込みだが実際には違う。21世紀から200年も経っちゃいない。50年しか経っていないんだ。50年前にこんな世界に作り替えられたんだ。復活した邪神アジ・ダハーカによってな」
ヒエンの言葉。それは矛盾の安寧を説明された時かそれ以上に動揺と混乱を生み出した。中にはそれだけで理解までたどり着いていない者もいる。
「……で、エンジュちゃん」
「……うん。ちょっと待ってね。正直私も今の話知らなかったし混乱してる。………………うん。よし、分からなかったことにしよう。あとちょっと落ち着きたいからアコロとえっちしたいんだけど3時間くらい余裕くれないかな?」
とりあえずすぐさま服を脱ごうとしたアコロを止める智恵理。そんなアコロとエンジュを凄い顔で睨む切名と借名。
「……さすがにそんな時間はないと思うんだよな。今果名達がいる世界では何が起きてるかまるで予想できない。安定化はしたが正常化はしていないから無事かどうかも分からない。理解は後回しにして君が何を伝えたかったのか教えてくれないかな?もしくはそれを後回しにして僕と見繕ったメンバーは果名の救出に向かいたいんだが」
「あ。うん。分かった。簡単に言うと赤羽美咲さんだっけ?その子が持ってる遺伝子がみんな欲しくてスライト・デスとかあのチートオブマスターとかがこの星に集まってきてるんだって」

------------------------- 第156部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
143話「MonochromeX1~混沌な街角」

【本文】
GEAR143:MonochromeX1~混沌な街角~

・黒主家。鹵獲した無沙紀から事情聴取を行う果名と歩乃歌。とりあえず第三の同じ顔を見て気分を害した美咲はアリス付き添いの元自室に戻った。
「で、答えてもらおうか」
手錠2セットで手足を固定された無沙紀を二人が見下ろす。
「……まずその前にお前は誰だ?」
「言ったろ。黒主果名だ」
「黒主正輝に似ている。それに同じ錬金のGEARを使う。黒竜牙も使える。何者なんだ」
「簡単に言えば未来の正輝だ。ちと絡み合った事情でこの世界に来た」
「……理解できないな。だが納得は出来る。……その納得はこの世界で一番危険なものかもしれないがな」
「答えろ。さっきお前を助けていたあの声の主は誰だ?お前が黒主正輝のクローンだってことは知ってる。その造り主か?」
「そうだ。母上と呼んでいる」
「天使なのか?」
「そうだ。その名は雛水(ひなみな)。元は天使界で最も元老院に近い存在……大天使だった人だ」
秀人の予想が当たってやがる。
「……堕天使だよな?」
「そうだ。俺も詳しくは聞かされていない。雛水と言う名前の大堕天使によって黒主正輝の遺伝子から作られたクローン。俺に与えられた命令は黒主正輝の殺害と黒竜牙だけだ」
「その理由は分かるか?まあ、自分と同じ顔の奴を殺そうとするのは分かるがそれを目的として作られたと言うのは些か意味不明だ」
「果名さん、僕も詳しくは知らないけど」
歩乃歌が口をはさむ。どこから仕入れたのかコーラを飲みながら。
「果名さんの遺伝子を持ったクローンが天使界で作られてるんだよ?しかもおよそGEARでもない強力な剣の黒竜牙も狙ってる。だとしたら果名さん……黒主正輝君と黒竜牙はどっちも天使界と関係があるんじゃないかな?」
「……」
そのあたりはうすうす気づいていた。秀人も口には出していないが明らかに気付いているだろう。そして恐らくそれが和佐が隠したがっていた事実と関係があるのだろう。
「で、お前はどうしたい?殺されたいか?それとも死にたくないから俺達に協力するか?」
「どちらも無理だな。俺は天使界で作られた。定期的に天使界に還らないと体質不全で死んでしまう。この世界に降りてきている天使達も同じだ。一人前になるための試験、その期間中しか滞在を赦されていないのは人間との不干渉を作るためだけじゃない。天使の体質は地上の穢れ切った環境には合わないんだ。だから自由に天使界に帰ることのできない状況では俺は命が保証されない。当然死にたくはないから前者は選べない。だが後者に至っても結果は同じだ。自由に地上と天使界を行き来できるのは大天使かそれ以上の存在だけ」
「……俺の元には数人天使がいる。もしも俺達に協力してくれたらそいつらに頼んで一緒に天使界に帰ればいい。少なからずあいつらは天使界に帰ることは出来るはずだ」
「……」
「反逆者としての処刑を恐れるか?それも働きによってはあいつらが何とかしてくれるんじゃないのか?」
「正直言って信用できないな。直接見たわけじゃないが所詮この場にいる天使の多くは見習いに過ぎない。その権力などたかが知れている。人間界に置き換えて言えばまだ人権が保障されている分学生の方が立場があるが天使にとって上からの命令や処置は絶対だ」
「……だが実際には堕天使がいる。お前を作った雛水と言うのもそうだ」
「可能かどうかの判断じゃない。実行したら高確率で諸共に処刑されるか堕天使にされるぞ。それに第一、そんな見習い天使に頼らなければいけない状態であのお方に対抗できるのか?あのお方は大堕天使だ。堕天使としての強さも大天使としての強さも持っている。俺と同じ程度のクローンであればその身1つでいくらでも作り出せるんだ」
「……」
やはりクローン。しかも大量に生産できる。それは焔だけにとどまらずこの無沙紀も可能。……であればもしかしたら。と言うか身一つで大量生産できるのは厄介だ。ただでさえ歩乃歌を相手にほぼほぼ完封、しかも本人は別のところにいる状態でだ。確かに無沙紀の言う通りかもしれない。今の戦力ではそれほど強力な大堕天使を相手にするのは厳しいところだ。
「果名さん。諦めるには少し早いんじゃないかな?」
「どうしてだ?」
「だって本来の歴史の正輝君はこの問題何とかしたんでしょ?僕も干渉していない本来の歴史で。だったら何かやりようはあるはずだよ」
「……」
確かに言われてみればそうだ。黒主果名でなく黒主正輝でこの事件を解決しているのが本来の歴史だ。正直名を果たすGEARでどうにかなるんじゃないかと思ってもいるがしかしだとすれば他に手段があるのかもしれない。それこそ相手が欲しているこの黒竜牙に。
「僕が思うに雛水は天使界にいると思うんだよね」
「天使界に?」
「うん。この地上に気配を感じない。それに無沙紀君を天使界で作ってしかも今まで行動を起こすまでずっと天使界にいた可能性が高いんだから今もまだ天使界にいるんじゃないのかな?」
「……けどそうしたらこちらからは打つ手がないぞ?結羽と雷歌なら天使界に帰る手段は分かるかもしれないが、最初から天使界で作られた無沙紀ならともかく人間である俺達が行けるとは限らない。対抗するには少なくとも天使界に行く必要がある。勝てるかどうかより先にそこが問題になるだろ」
「うん、そうだよね。無沙紀君はどうにか出来ないの?」
「出来るならとっくにやってる」
「だよね」
「……厳しい状況だな。向こうは焔さんのクローンを使って街を焼き、止めようとしても歩乃歌ですら遠くにいた状態で封殺できるほどの強敵でしかもこちらからは行く手段がない天使界に敵がいる。しかもその雛水とは無関係なところで今度は世界のバグでスライト・デスが街に発生している。どうしたものか」
その時だ。
「今のどういうことだ……!?」
扉を蹴破らんばかりの勢いで大輝がやってきた。
「ん?」
「街を焼いているってどういうことだ!?まさか咲を殺したのも……!!」
大輝はそのまま果名の襟首をつかみ上げる。正直大輝の事を忘れていた。不用意な言葉を発しすぎたようだ。
「どうなんだ!?」
「……ああ、そうだ。お前の妹を殺したのは俺の養父である火村焔さんだ。本人ではなくクローンだがな」
「……くっ!!」
「何処に行く!?」
「クローンってのは本人じゃない他に数を用意できるって事だろ?お前が言っていたように。それが町を焼いてるって言うならまだいるはずだ。全員ぶっ飛ばしてやる」
「やめろ。今街にいるのは焔さんだけじゃない。スライト・デスって言う怪物までいるんだ。今無力が町に飛び出るのは自殺行為だぞ」
「だからってここでじっと何てしていられるかよ!」
そう言って大輝は飛び出して行ってしまった。
「……どうするの?」
「放って置けって言いたいところだがもしかしたらってこともある」
「もしかしたら?」
「そうだ。確かに俺は黒主正輝として今回の事件を解決したかもしれない。だが俺だけの力ではないはずだ。必ず他の誰かと力を合わせてそれこそ奇跡みたいな偶然を勝ち取ったんだろう。その中にあいつがいた可能性もある。和佐さんはどうしても俺とあいつを合わせたがっていた。なら必ずそこに意味があるはずだ」
「……そうかもね」
そう言って果名と歩乃歌は大輝を追いかけた。
「……」
無沙紀は身動き取れない状態で置いていかれた。


・町。
「一体何だってんだよ!!」
走る大輝。それを挟むように屋根から屋根へと飛び移りながら激突を果たすのは剣人、焔、怪人タヌキメラ。タヌキメラが4本の腕で焔を殴り飛ばし、大輝の前に落ちてきた焔を大輝が殴り倒す。と、大輝の後ろにタヌキメラが着地して襲い掛かればその攻撃を剣人が防ぎ、大輝はその辺に落ちていたガードレールの一部を持ち上げてタヌキメラに投げつける。大したダメージにはならなかったがわずかに怯めばその一瞬に剣人がタヌキメラに斬撃。3歩を下がったタヌキメラが腹の口から冷凍光線を発射しようとすれば、
「オラアアアアアアアア!!」
背後から果名が走ってきてその勢いのまま黒竜牙を背中にぶっ刺し、ドロップキックで蹴り飛ばす。蹴り飛ばされたタヌキメラを大輝は巴投げで勢いを殺さぬまま投げ飛ばし、起き上がったばかりの焔に激突。
「激流(ストリーム)!!」
「でやああ!!」
そして剣人と果名が同時に攻撃を飛ばしては二人まとめて粉砕する。
「や、やったのかよ……?」
尻もちをついて汗をぬぐう大輝。その前で剣人と果名は裏拳を合わせる。
「町は?」
「見ての通りだ。焔クローン軍団とスライト・デスの怪人どもが全面戦争状態のひどくカオスな状態だ」
「……雛水はスライト・デスとは仲間じゃないってことか」
「雛水?誰だそれは」
「説明は移動しながらだ。一度他の奴らとも合流して屋敷に戻るぞ。色々状況が分かった」
とは言え歩乃歌のパラレルフォンは正輝とも好美達にも通じない。
「電波が遮断されてるみたいだね。或いは蛍に何かあったのかもしれない。PAMTも呼べないし」
「剣人、何かカードで一気に合流するか連絡を取る手段はないのか?」
「ない事はないが、正直魔力が厳しい。さっきからスライト・デスとの応戦でカードを使いっぱなしだ。休みなしで使えるのはせいぜいあと2枚かそこらだ」
「それでも頼む。今は頭数を揃えるのが最優先だ」
「……分かった。吸引(バキューム)・サブマリン!!」
剣人はカードを発動した。対象を広範囲から見つけては半ば強制的に呼び寄せるカードだ。発動して10秒ほどで突然目の前に正輝たちが現れた。
「な、何だ……!?」
「……これで全員だな」
滝のような汗を流す剣人の肩を叩きながら果名は口角を上げた。

------------------------- 第157部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
144話「分隊、セントラルにて」

【本文】
GEAR144:分隊、セントラルにて

・ヒエン達果名救出組を除いた一部のメンバーはゼスト達の案内でセントラルにやってきていた。
メンバーは大悟、小夜子、達真、火咲、トゥオゥンダ、ジキル、慈、キャリオストロ、円華、智恵理、ユイム、ライラ、シュトラ、火乃吉。
「トゥオくんが行くなら私も行く~!!」
「だぁぁぁっ!!誰なんだこのおかまはぁぁぁ!?」
「男の娘って奴だな。けど見てくれは可愛いじゃんか」
「う、うぐっ!!」
「え?トゥオ君私可愛い?可愛いと思ってくれてるんだ~?じゃあ今度自慢の豆腐をごちそうするね!」
「な、なんで豆腐……」
「え?だってトゥオ君豆腐好きでしょ?私実家が豆腐職人さんなんだ」
「………………」
凍結したトゥオゥンダの代わりにジキルが智恵理やキャリオストロに視線を送る。
「う~ん、私達も知らない子なんですよね。英雄部にはいませんでしたし」
「私もご主人様にこのようなお知り合いがいるとは聞いたことありません」
「ってことはまた別の世界の知人ってことになるのか。面倒な奴だな」
「……」
今度は逆に円華が慈を見てきた。
「何かな?」
「めぐっちさんだよね?」
「えっと、何人かにはそう呼ばれてるけども」
「……あんたひょっとして慈さんを知ってるのか?」
「うん。ジキルさんの彼女さん。私の世界にもいたよ」
同時、大悟と達真と火乃吉がすごい顔でこちらを見てきた。殴ろうとしたら牙、空手、カードで迎撃された。
「……お前達、もう少し緊張感はないのか?」
先を歩くゼストが呆れた声を流す。
既にセントラルを牛耳っていた3号機が倒されたことでテンペスターズも無理に敵対する必要はなくなった。まだ若干の違和感や気まずさはあるがしかし少なくとも向こうから襲ってくることはないだろう。それまでならともかく相手方にはあの3号機を軽く倒せる怪物がいる。その存在があればスライト・デスなど相手ではないと判断するのは早計かもしれないがしかし誤ったものでもないだろう。ならば残った人類同士でやり合う必要性はない。ただ、今は屋敷で手当てを受けているブルーバーンだけは兄の遺恨があるためか李狼との一騎打ちを望んでいるそうだ。
「よう、来たね」
セントラル。エントランス。そこにはミネルヴァがいた。
「ミネルヴァさん!?」
驚くライラ、ユイム、シュトラ。
「知り合いか?」
「あたしの妹の仲間達さ」
「どうしてミネルヴァさんがここに?」
「ちょっと野暮用でね、テンペスターズのバイトやってたのさ。親父の名前が通用してる妙な世界だし修行にはちょうどいいかもってね」
「……」
隣のゼストがフリーズ。ヴァルピュイアも開口のまま。それを気にせずミネルヴァは手招きして先導。
「でもどうしてステメラさんの名前がこちらに?」
「さあね。あのセントラルを仕切ってた坊ちゃんは色んなことを知ってるみたいだから舞台装置としてそんな情報をセントラルに用意でもしといたんじゃないか?まあ、あの坊ちゃんがまさか倒されるとは思ってなかったけどな」
「ヒエンさんのおかげです。彼が来てくれなかったら間違いなくあのままみんな殺されていました」
「女の子に酷いことばっかする奴だったしね。僕もライラ君もレイプされそうになっちゃったし」
「ジアフェイ・ヒエン。十三騎士団ナイトスパークスか」
「ご存じなんですか?」
「さっきラットンと民子の二人に調べさせたんだ。このセントラル中のデータをね。そしたら色々信じられないような情報が目いっぱい書き込まれていたさ。あのブランチの正体とかな」
「……ブランチの」
「ん、ブランチってなんだ?」
迫りくる円華のハグを回避しながら、ジキルとデッキの見せあいっこをしていたトゥオゥンダが疑問を挟む。
「僕達が元の世界で戦っていた謎の敵です。パラディンさんと同じく人類の少数にのみ力を与えると言う手段で、でもパラディンさんが人類の発展を望んでいたのに対してブランチは人類の同士討ちによる破滅をもくろんでいたんです」
「で、そのブランチの正体だがあたし達だけじゃない。この星に生きるもの全員に深く関係していたんだ」
「地球関係?」
「そう。奴は地球に根付いた全宇宙の調停者<ディオガルギンディオ>のひと柱・ヒディエンスマタライヤン。奴は何度も地球上の文明をリセットしては自分の思い通りの実験場にして弄んできたのさ」
「……さっきヒエンの奴が言っていた話と深い関係がありそうだな」
「地球を司るプラネットがゾロアスター教の邪神アジ・ダハーカだって話か?」
「そうだ。それにヒエンの正体が宇宙の平和を守る十三騎士団だって言うなら色々面白い話になりそうな気がしてな」
トゥオゥンダは一度前方を見る。ミネルヴァが先導する階段はまだまだ先が見えなさそうだ。それを確認してから話を続行。
「プラネットになったのが先か騎士として地球に来たのが先かは分からないがその目的は恐らくそのブランチって言う地球に根付いた奴を倒すことが目的なんじゃないのかって。パラドクスはもちろん調停者も倒すべき相手だってどっかで聞いた。で、さらに言えば古い邪神であるアジ・ダハーカが伝説と言う形になって生き残るならぬ死に残ったのにもこいつらが何か関係してるんじゃないのか?」
「……そこまではデータの中には書いてなかった。だがナイトスパークスがヒディエンスマタライヤンと関係があるのは事実だ。データの中にはこんな証跡もあった。ナイトスパークスにはプラネット、十三騎士団以外にもう1つ所属がある。それはヒディエンスマタライヤンと同じ調停者だってな」
「……どこまで属性盛ってるんだよあいつは」
「と言うか騎士とプラネットからしたら調停者は宿敵なんじゃないのか?」
「ああ、そうさ。ここらへんあたしもよく分からないんだが……」
「分化したんですよ」
言葉を挟んだのは円華とタックルをぶつけ合っていたキャリオストロ。
「私は宇宙平和連合から地球に派遣される際に少しだけ地球に関しての情報も知りました。……全宇宙の中でも2柱の調停者、4人の騎士、1体のパラドクスが関与しているだけあって凄まじい濃度の情報でした。200ページの分厚いノート8冊分ですからね。それでもまだ詳しいことは書かれていませんでしたが調停者のあの人とスパークスとしてのあの人は完全に別人なんです。ヒディエンスマタライヤンが何度も文明を滅ぼしてはリセットを掛けていたせいで経緯までは分からなかったのですが何らかの条件を満たしたことであの人はナイトスパークス、ジ・アースでありながら調停者ブフラエンハンスフィアとしても覚醒してしまったんです。さらにはあの人由来のパラドクスまで存在しているためあの人の存在は宇宙に大きな矛盾を刻んでしまっている。それは、十三騎士団が守護している対象である邪神オーディンが夥しい年月をかけてようやく封印したパラドクスの王を復活させてしまいかねないほどの物でした。他12人の騎士や調停者達、プラネット達全員が一触即発の状態で彼は自分の中から調停者の自分を切り分けたんです。そうして誕生したのがブフラエンハンスフィア。もとになった彼と記憶も人格も引き継いでいた彼は宇宙戦争を避けるために人知れずどこか宇宙の彼方にでも去っていったそうです」
「……なあキャリオストロ。1つ矛盾があるんだ」
「何ですか?ご主人様」
後半の言葉をわざと強調しつつ、円華をしり目にしながらキャリオストロは言葉を放つ。
「今の話とはあまり関係ないかもしれないがアジ・ダハーカはどうして伝説と言う形で死に残ったのに今この世界では再びプラネットの地位に立っているんだ?」
「私も詳しいことは分かりませんが、ヒディエンスマタライヤンが関係している可能性があります。ヒディエンスマタライヤンはヒエンさんとは既に何の関係もありません。ですがどういう訳か敵対していると言う訳でもないようなんです。ヒエンさんが零のGEARのために100年置きに眠りにつき、恐らくその際にリセットを掛けていると思われますがその際ヒディエンスマタライヤンはヒエンさんを匿っているんです。だから彼が眠っている間他の何者でもヒエンさんに接触することは出来ない。そして今回。ヒエンさんが言ったように今この世界は50年前に作られた世界です。決して200年は経過していない。ですが少なくとも50年はヒエンさんはこの世界にいなかった。光のトンネルと呼ばれる時空間にいたんです。地球を司るプラネットが不在の50年間ヒディエンスマタライヤンが何もしないわけがない。だとすればある程度は地球に干渉できるヒディエンスマタライヤンがかつて伝説と言う形で死に残った邪神アジ・ダハーカを復活させて暫定的なジ・アースに任命していたと言うのは十分考えられると思うんです」
「……もっとよく分からなくなったな。元々ヒエンはナイトスパークスで、ブランチを倒しに地球に来た。でも調停者として覚醒してしまった。その際には同じ調停者同士、助け合ったとしてもおかしくはない。だけどあいつはすぐに調停者ではなくなった。調停者としてのあいつは分離して宇宙の彼方に行ってしまった。ならまた同じ敵対者同士に戻るんじゃないのか?」
「トゥオくん。1つ忘れてるよ?」
キャリオストロにパロスペシャル掛けながら円華は言う。
「プラネット。詳しくは知らないけどもナイトスパークスとしては敵対者同士、調停者なら仲間同士。だとしたらプラネットだったらどうなるの?」
「……敵対者同士のはずだ。プラネットが守るべき惑星をどのような形でも侵略している調停者は……いや待てよ。そういう意味で言えばブランチって奴はあいつの、プラネットからしてみれば肉体である地球に寄生に近い形で侵略している。そう考えればヒエンからしたら鬱陶しい上倒しにくい相手なのかもしれない。それにブランチからしても寄生した相手が敵対しているからって向こうからどうしようもないと分かっているのなせっかく寄生した肉体を滅ぼすようなことをするのか?」
「……悪い。トゥオゥンダ、意味が分からない」
「ヒエンはブランチに体の一部を乗っ取られてる。が、好き放題されるような事態には至っていない。追放することも難しいみたいだが。
で、ブランチの方もヒエンの地球と言う名の肉体に寄生は出来ててもナイトスパークスであるヒエンを好き放題にすることは出来ないしせっかく寄生できた強敵の肉体から容易く離れたりもしないだろう。だからあの二人は敵対関係ではあるが同時に共生している関係でもあるんだ。だのにヒエンの奴が50年も世界から消えてしまった。地球を肉体に例えるならあいつの存在は精神みたいなもんだ。あいつがいない間地球は人間でいる植物人間状態になってる。そうなると寄生しているブランチとしてはあまり面白くない。かと言って出ていくわけにもいかないだろうから代役を立てたんだ。それが邪神アジ・ダハーカ」
「……だとして?スライト・デスとかとはどうなるんだ?」
ジキルの質問。トゥオゥンダはミネルヴァやキャリオストロを見た。判断材料がないからだ。先に口を開いたのはミネルヴァだった。
「その答え……になるか分からないが材料になりそうなものならある。この先にな」
そして一行は長い階段を上り終えて真っ白い広い空間へと到達した。ゼストは2度目の景色である。
「ここは?」
「3号機の奴が住んでいた部屋だ。正確に言えばその一部ってところで実際の部屋は別にあるんだろうけど」
「……!あいつらは!!」
達真が声を上げた。それは階段の後ろ。そこには2つの部屋。いや、奥に見える真っ白な部屋は繋がっているように見えるから壁で仕切られてるだけで実際は1つの部屋なのだろう。そこにリッツとシフルがいた。
「りっちゃんと0号機!?」
気付いた火咲が壁を粉砕して中に入る。シフルは反応を示したがリッツには反応がない。
「……0号機、どういうこと?」
「……Ritz was freezed」
「え?」
「……」
シフルは部屋を見た。続けて火咲と達真も部屋を見る。リッツの方には何もないが、シフルの方にはバカでかいマシンがあった。
「……メンテナンスマシン。まさか、りっちゃんは1年以上メンテナンスをしていない……!?」
「どういうことだ?」
「りっちゃんはまだ未完成品だから……三船のメンテナンスマシンによる調整を一定期間受けないといけない。それが受けられていない状態になると……」
「……死ぬのか」
達真はリッツの方に向かう。自分が歩み寄ってもリッツは一切反応を見せない。その肩を掴むとあっけなく彼女は倒れた。表情1つ変えない。とっくの昔に死後硬直が起きている状態だろう。恐らくこの部屋が全くの無菌室でなければ既にその遺体は完全に腐り落ちていたほどには。達真はさらに二つの部屋をふさいでいた壁を見る。両方向に凹みが作られていた。恐らく二人が抵抗して壁を壊してでもリッツをマシンに入れてやろうとそう思って行動した形跡だろう。よく見ればリッツもシフルも両手がボロボロだった。二人のそれを見比べればシフルのは既にほとんど回復していることからそれだけの時間が経過している事が伺える。
「……」
達真はリッツの遺体を抱え上げるとシフルの部屋のマシンに入れる。
「無理よ。そのマシンは飽くまでもメンテナンス用。機密保持のための寿命を迎えたりっちゃんを復活させられる何かは……」
「任せて!」
と、そこで智恵理がやってきて何やらマシンを弄りまわす。30秒も経たないうちにマシンが動き出した。
「……何したんですか?」
「このマシンに機能を追加したんです。このクロノスメダルを使って」
智恵理はマシンに埋め込んだメダルを指さした。
「本当はこれでドリル・クロノス・ちえり!ド~ロ~チェリ~!!ドロチェリコンボってやりたかったんですけどね」
「……Hisaki,Is she cragy too?」
「……間違ってないわよたぶん。それより、」
リッツの入ったマシン。それは火咲とシフルが見る限り正常に動いている様子だった。少しずつだが電気信号も戻りつつある。それは恐らく対象時間の逆再生。死ぬ前の時間に経過を戻しているのだろう。
「……これなら問題なさそうね。それよりも、」
火咲は奥の部屋を見た。透明なガラスで仕切られているその向こうには脳髄のようなものが2つ壁に釘付けられていた。
「あの悪趣味な壁飾りは何かしら」
「……Angelic twins」
「え?」
「ツインズ?」
その単語を聞いた大悟が走ってくる。
「おい最上。今、その子なんて言ったんだ?」
「…………落ち着いて聞くのよ、長倉。そこの脳髄2つ、噂の双子の残骸よ」
「…………え」
「……噂の双子って……鞠音さんと潮音さん……?」
小夜子が歩み寄る。兄妹の視線は壁に張り付いたままのグロテスクに注がれている。
「な、なにがどうなってるんだよ……どうしてあれが……あいつらなんだよ……?」
大悟が火咲の肩を掴む。と、より大きな手が大悟の肩を掴んだ。ミネルヴァだった。
「だから言ったろ?ここには鍵があるって」
「鍵……」
「セントラルは、3号機は何かを探していた。いや、匿っていた。そうじゃないかな?ゼスト」
「……ああ。奴は200年前から続く少女達を匿っていた。その少女の持つ遺伝子こそがスライト・デスを引き寄せていたのだと俺は聞いたんだ」
ゼストが前に出る。その視線は火咲、シフル、リッツに注がれる。
「……羽シリーズの持つ遺伝子がスライト・デスを引き寄せていた?」
「……けどそれでどうしてこいつらがこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!!せっかく俺が助けた潮音がどうしてまた死ななきゃいけないんだよ!!」
大悟が透明のガラスを殴る。以前よりはるかに強くなっていた腕力でもガラスは揺るがない。と、そこで耳をつんざく音が響いた。銃声だ。
「……トゥオゥンダ」
ジキルが否定の銃で撃った音だった。その一撃がガラスを打ち消し、開いた空間にトゥオゥンダが入っていく。漏れてくる前例のない異臭
嗅覚と胃をひどく刺激されながらも脳内にはかつて2度だけ会った事のある少女達の姿を思い浮かべる。
「……あの時渡せなかったお土産だ。盛大に受け取れ」
懐から出したカードが肯定する。トゥオゥンダ脳内を焼く双子の姿を。直後、トゥオゥンダの手で握られていたカードが光り輝き、粒子となって消えていくと同時に壁に打ち付けられていた脳髄たちに異変が起きる。まるで白紙に絵を描いたように景色が上書きされていき、ものの数秒で脳髄は本来の姿へと上書きされていた。それはまさしく皆の記憶の中にある噂の双子……乃木坂鞠音と乃木坂潮音の姿だった。
「……ん~~っ!!!何だかよくわかりませんがひどく久しぶりにこの体での覚醒を果たしたように感じるんですこと。一体何が起きていたって言うんですの?まるで1年くらい白紙の中にいて出番がなかったかのようなこのメタ的感覚は一体?あら潮音?制服のまま眠っていますわよ?もう少しお行儀が悪いんじゃなくてですの?そんなんでは愛しの先輩といざ同衾なさった際に恥をかくことになってしまいますわよ?まあ、性的な面では彼女もあなたも既に初めてではないのですから色々と不具合はないと思いますが、あ、でも何か不具合とかトラブルとかがあった場合にはあそこの無表情のまま立ちふさがってこちらを見たままの先輩を頼ってみるといいのではないでしょうか?あ。潮音。起きましたのね?おはようございますですわ」
「……姉さんちょっとうるさい……」
無菌室の床に上で直立したまま覚醒を果たす二人。それを認識すると同時、大悟が駆け寄ってきた。
「お前達、本当に噂の双子なんだよな!?鞠音と潮音なんだよな!?」
「はい。そうですわよ。こんな麗しい中学2年生の美少女は他にいないのではなくて?あ、でもでも潮音には負けてしまうかもしれませんわね。ともあれおはようございますわ。あと何だかものすごく久々に感じますわ、長倉先輩」
「……おはようございます、長倉先輩」
二人は抱きしめられながらもいつものように挨拶を済ませた。次いで小夜子が挨拶を行い、これまでの経緯を話す。双子はどうやら記憶が曖昧になっているらしく、矛盾の安寧が崩壊したこともこの無菌室にいた事も知らないようだった。ただ、
「ここ、隠し通路ですわね」
鞠音はさっきまで自分達の残骸が釘付けられていた壁を見る。よく見れば微かに材質が違う点が存在していた。
「この先に誰かいますわ。私の方にビンビンと願いが伝わってきていますもの。あまりよろしくない空気ですけれども」
「最上」
「私はあんたのパシリじゃないっての」
言いながらも火咲は壁を粉砕する。白い空間が壊れて姿を見せたのは何とも言い難い日常感あふれる小部屋だった。
「…………は?」
4畳半。そこを布団とデスクトップパソコンが置かれた机と本棚が支配していた。壁際に設置されたエアコンの傍にはワイシャツとスカートと下着が干されている。パソコンの画面にはCivが映っていてプレイ時間を示す場所には1000時間を軽く超えている数値が刻まれていた。
本棚には200冊を軽く超える本の数々。しかもどれもアッー!!なものばかりだった。
「………………」
そして布団。カメのように体を布団の中に隠してじっとマウスだけを動かしながらパソコンを見つめる謎の人物がそこにいた。老若男女の特定は不可能。何故なら僅かに出した顔を昭和8号ライダー(旧)のお面で隠していたからだ。
「…………俺は何か夢でも見てるのか?地球を支配しているラスボスの味とまで来て謎の隠し扉を見つけてその先に進んだらものっそいレベルの引きこもりオタクが日常を謳歌してる光景が待ってたんだが」
大悟、達真、トゥオゥンダ、ジキルが擦り切れんばかりの勢いで目をこする。と、円華が無表情のままトゥオゥンダの傍から離れてはその謎の人物がこの状況であっても一心不乱に見続けているパソコンに近付き、電源ボタンを押して強制シャットダウンした。
「あ!!なんてことするんですか!?」
布団から起き上がった謎の人物。そのまま円華と手四つで組み合い始めた。その人物は全裸だったにも拘らず一瞬性別が分からなかった。円華どころかライラよりかも背の低い小柄。ユイムよりも小さな胸の組み合わせは極端なほど色白な肌色を除けば小学生程度の少年に見間違えそうだ。しかし露になった下半身。どっかのボディビルダーと違ってモザイクなど掛かっていないそこはモザイクを掛けるべき女の陰裂とそれを微かに囲む緑色の陰毛が見えた。つまりはこの仮面の謎人物は女性である。
それを認識すると同時大悟、達真、トゥオゥンダ、ジキルが猛烈な勢いで写メを取り始めた。直後に小夜子、火咲、キャリオストロ、慈がそのスマホを破壊する。そんな光景をしり目にしながら円華が言葉を発した。
「どうしてこんなところにまで来てるのかな?この陰気腐女子!!」
「それは私のセリフです。と言うかまずは服を着させてください。花の女子高校生があられもない姿を晒しているのですよ?」
「あられもない?確かに惨めな姿だよね!男子と大差ないんじゃないのかな?」
「なるほど。本物の男子であるあなたが言うと中々説得力がありますね。と言うかいきなりPCの電源落とすとか何してくれてるんですかあなたは」
「そんなの私が知ったことじゃないし!あんたがこんなところで日常を謳歌してるのが悪いんでしょ!もったいぶって置いて出てきたのがあんたとか最悪にも程があるんだけど!?」
「急に部屋に押しかけておいて何を言っているのですかこの女装豆腐同色変人は」
「誰が変人よ!!」
ますますヒートアップする二人。とりあえず話をするため円華はライラが、お面の謎少女はユイムが取り押さえる。
「とりあえず男子はあっち!」
と、女子一同に言われて大悟、達真、トゥオゥンダ、ジキル、火乃吉は階段の前まで戻って壊れたスマホの修復を行う。それから数分すると女子一同がやってきた。さっきの謎少女は干されていた制服姿だ。その制服は円華の物と同じだった。
「……どうも。改めまして陛下って言います」
「陛下!?」
「何をあなたまで驚いているんですか?」
陛下がその無機質な視線をトゥオゥンダにぶつける。
「残念でした!そのトゥオ君はあんたの知ってるトゥオ君じゃないの。でも私の事は知ってる正しいトゥオ君なんだから!」
「いや、俺もお前のことよく知らないけどな?」
「ふんっ!!」
何故か円華と陛下の二人からボディブローを喰らった。そしてトゥオゥンダがうずくまってる間にライラが陛下に事情を説明する。
「なるほど。並行世界と言うものですか」
「陛下さんはどうしてここに?何だかすごくここでの生活に慣れてる感じでしたけど」
「はい。どのくらい前かはわかりませんが突然この真っ白い世界にやってきたんです。どうせまた誰かがよく分からない謎攻撃を世界に仕掛けているんだろうと思って部屋を作ってゆっくりしてました」
「……一応ここ地球側ラスボスの部屋だぞ?」
「ラスボス?ひょっとして胴衣姿の?あの人なら前に一度やって来ましたが私がずっとCivやってたら何もしないまま去っていきましたよ?」
「……引きこもりゲーマーに無視されて帰っていくラスボス……」
「と言うか部屋を作ったってどういうことですか?」
「ああ、私は自由に空間を操ることが出来るんです。そこで私の部屋を再現してずっといたんです」
「……円華さん、どういうことですか?」
「言ったとおりだよ。その女は局地的なら空間を自由に操れる。荒野のど真ん中にだって自分の部屋を作れるし自分の部屋から一歩も出ないまま遠く離れた場所の風景を見ることだってできるの。ついでに似たような妹もいるみたいだけど能力はほとんど同じね」
「……妹までいるのか。ひょっとして同じ仮面姿?」
「妹は新式です。私は旧式です。燃えろって連呼する方です。……ところであちらの方は?」
陛下が指さす。それは先程までシフルやリッツがいた部屋。そこでマシンからリッツが出ていた。
「Ritz!!」
「りっちゃん!」
「……最上先輩、シフル……ここは……」
火咲とシフルが説明する。
「……なるほど。色々あったようですね。でもまさか2か月前に完全に機能停止した私が蘇るとは思いませんでした」
リッツは他のメンバーの前に出る。
「どうも。三船機関出身のリッツ=黒羽=クローチェです。……まさか初登場から100話以上も経過してやっと自己紹介できるとは思ってませんでした」
一瞬遠い目をするリッツ。
「……これでここにいる奴は全員か?」
「……いや、もう一人。兄がどこかにいるはずだ」
「それにパラディンさんもどこかにいるはずです」
「……そう言えばあの男はどうして操られていたの?」
火咲がゼスト達を見る。
「分からない。あいつは元々テンペスターズの一員だった。暫く任務だかで離れていてそこから帰って来た時には既に正気を失っていた。兄なら何か事情を知っているかもしれないが……」
ゼストは次にミネルヴァを見た。
「あたしも知らないね。キングもついさっきまではここのどこかにいたはずだけども。確かに今この敷地にはあたし達しかいないようだ。…………あ、民子とラットンがあたしの部屋にいるか」
「……なら一度戻りましょうか」
それから民子とラットンの二人と合流してからセントラルを去った。
「……兄さん、どこへ行ったんだ?」
去る前に一度ゼストはセントラルを振り返り数秒。やがて先を行く他のメンバーを追いかけた。

------------------------- 第158部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
145話「MonochromeX2~崩壊への道」

【本文】
GEAR145:MonochromeX2~崩壊への道~

・柊咲町。黒主家。療養に入った剣人を除いたメンツが食堂に集まる。もちろん食事は行うがしかしそれがメインではない。
「街の様子はどうだったんだ?」
果名は過去の自分に尋ねた。
「ああ。無沙紀の奴は見つからなかった。……まあ、入れ違いでここにきてたみたいだから当たり前だけども。だけど、いつの間にか町の様子がおかしくなったんだ」
「スライト・デスか?」
「それが何なのかよく分からないが化け物があちこちに姿を見せて次々と人殺しを行なっている。火吐いたりとんでもないパワーで車も持ち上げて投げ飛ばしたりだし。俺達は逃げるしかなかった」
「そりゃそうだな。黒竜牙あってやっと倒せるくらいの連中だし。しかし、どういうことか」
果名は肉をうまそうに食べながら少し考える。その間、秀人は刀斗を侍らせながら無沙紀の傍まで来ていた。
「何だ?動けない俺にお返しでもする気か?」
「いや、借りがあると思ってるなら力になってほしいと思ってね。君は敵側にいたわけだから少しは情報を知っているだろうし」
「持ってる情報などほとんどない。それに俺は裏切り者になった覚えはない。天使界に帰ればまたお前達とは敵同士だ」
「そのためにも必要だろ?少なくとも君は自力で天使界に行く手段がない。天使界に行くにはどうしても僕達と組む必要がある。まあ、僕達でも天使界に行けるかどうかは分からないんだけどね」
秀人は結羽達を見た。
「……私と雷歌が天使界に帰るだけなら可能だと思います。ですが皆様を連れて行くと言うのは厳しいかと」
「それにさっきお前が言った説が正しいなら俺達非量産型の天使はもしかしたらこの世界で置き去りにされ、そのまま地上の穢れを受けて1年もしないうちに野垂れ死ぬだけかもしれないがな」
「確かにその可能性は否定しきれないけど、でもわずかに希望はあるさ。だろ、果名」
「え?」
「君は正体不明ながら天使界からの資格である量産型のクローン人間と戦っている。それが材料になりうるんじゃないかな?まだ量産段階に早い。だからしばらく感情を持った天使がいてもいいんじゃないかって判断させる事も出来るんじゃないかな?」
秀人の案はいつも鋭い。悩む時間がほとんどなくて話が進む。頭がいい奴はこれがデフォルトなんだろう。ずるいったらありゃしない。その頭脳を是非生かして今も殺気を振りまきながらしかし無言の大輝をどうにかして説得してほしいところだ。外がスライト・デスの化け物揃いだと分かったからかもう飛び出す気配はないがしかし復讐を理由に何をしでかすか分からないことには変わりがない。
「なあ秀人。この不安の謎を誤魔化すためにも推測をくれないか?」
「それを僕にも当てはめてくれると言うのならね」
秀人はその場の雁首を見並べる。捕縛されたままの無沙紀、黙ったまま少し離れた席で座り込む大輝、配膳や皿洗いなどをしているアリス。この3人を除けば皆テーブルについて食事をしている。
「まずは情報を整理しようか。現在この柊咲町は雛水と言う大堕天使の暗躍の被害を受けている。その上スライト・デスと言う果名の未来からやってきた謎の怪物たちもいて町で暴れまわっている。この両勢力は味方同士ではない。ただ、それでも脅威には変わらないからか町の人々は皆殺されるか避難するかの2択を強いられている。実際気配も姿もないからもうこの街にいるのは僕達だけだろうね」
秀人はコーヒーを飲む。一息ついてから焼き鳥を頬張る。説明を再開する。
「で、スライト・デスはともかく雛水の目的は詳細は不明ながら天使界への復讐の可能性が高い。そのために天使界で実施されている人格のない量産型天使の生産とその運用試験も兼ねた今回の天使試験を利用してクローン人間を利用して地上に降りた天使達やその対象者を殺害している。そのうちの一人である無沙紀はどういうことか知らないけども正輝……果名から黒竜牙を奪うことが目的の特殊なクローンだ。金属を操る力を持っているし剣とか槍とかの実力も中々の物だが現に今は無力化されてる。果名や歩乃歌ちゃんなら無力化できるって事でいいのかな?」
「雛水の援護がなければね」
3人前のラーメンをものすごい勢いで貪りながら歩乃歌は答える。無沙紀は舌打ち。
「……みたいだから無沙紀はこれ以上敵対する必要はないだろう。むしろ相手の顔や情報を知っている重要な味方だと言っていい。で、この際だから言っとくと、恐らく町で暴れているスライト・デスやクローン人間達も放って置いていい。町からここまで距離があるからね。わざわざ襲ってくるとは思えないし、もし襲ってきたら逆にチャンスかもしれないよ」
「どういうことだ?」
「完全に人頼みで申し訳ないけどもあのクローンが相手でも果名や歩乃歌ちゃんに剣人がいればどうにかなるんじゃないのかな?そしてクローン軍団でも勝てないと分かったら僕達に干渉してこなくなるか、或いは自ら始末をするために天使界に呼ぶか自らやってくるかを選ぶ」
「……」
果名は考える。確かに無沙紀が相手でも焔が相手でも名を果たすGEARがあれば全く問題がない。先程同様に数が相手でも防御も回避もなく一瞬で全滅に出来る。それにもし相手の大堕天使雛水がGEARを用いているならば同じ運命にたどり着かせる事だって出来る。確かに秀人が言うように向こうから向かってきてくれた方が話が早い。だが、少なくとも雛水は先程焔を葬った際に名を果たすGEARについて完全ではないものの情報を得てしまっている。だのに対策もなしにもう一度同じ過ちを繰り返すものだろうか。
「じゃあ、もう安心していいってわけ?」
口をふきながら好美は投げた。
「いや、そうとも言い切れない。僕達はこれまで敵の攻撃を偶然か実力か分からないけども乗り越えてきてしまっている。だからもし相手が僕達を排除しようとしたならば確実にこれまでのようにはいかない。何らかの対策や手段を講じて来るに違いはない。予想をいくつか抜粋しようか」
再びホワイトボード。秀人は一瞬焼き鳥の串をペンと間違えそうになるが気付かれる前にペンに持ち替えた。
「まずは手っ取り早いのが数で攻めてくる事。流石に歩乃歌ちゃん達でも今街を襲っている連中全てでかかってこられたら厳しいんじゃないかな?況してや足手まといである僕達がいるわけだから守りながら戦ってもらわないと困る」
「それ、重要事項?」
「……歩乃歌ちゃんは何か僕に恨みでもあるのかな?」
「冗談だよ。あ、アリスちゃん。お代わりね」
「で、2つ目の手段は兵糧攻めさ。確かに僕達は町に出なければ敵に襲われることはない。しかしいくらここが大きな屋敷だからって無限に食料があるわけじゃない。少なからず外に出て調達する必要がある」
「町があんな状態なのに?」
「そう。残っている食料を回収しないといけないんだ。それだけでもシビアなのに町に行けば当然敵の海と遭遇することになるから一気に危険度が上がる。しかも戦力となる歩乃歌ちゃん達全員で行かせてしまう訳にもいかないし足手まといである僕達がついていくわけにもいかない。必然的に僕達はここで待つことになるしそうなると戦力を二分にしないといけなくなる」
「……敵に見つからないように私たちが町に行くって言うのは?」
「無理だね。正輝や刀斗クラスでも防戦がやっとの相手なんだ。相手が無策ならともかく冷静に、狡猾に事を進めている相手がそれを見て何もしないとは思えない。普通に考えて戦力を集中されて殺されるしそうじゃなければ人質として使われる。そうなると僕達が助かる見込みはない。一人や二人が町に出かけると言う手段もなくはないだろうけどやっぱり危険なことに変わりはないし少人数でこれだけの人数を賄える食料を運ぶとなれば人数よりも回数が必要になる。それならまだ一か八か人数を増やした方がマシだよ」
「つまり、食事問題で俺達は自分から行動を起こさないといけなくなるってわけか」
言いながら果名はまだたらふく食べている歩乃歌を睨んだ。
「……まあ、そこは僕が何とかするよ。PAMTなしでもスライト・デスとかあのクローン達なんて相手じゃないしね。ここの守りは果名さんで十分だよね?ついでに敵の数も減らして来るよ。籠城戦やりながらごく潰し役とか流石に気が引けるしね」
丼いっぱいのカツカレーを食べ終えると歩乃歌は立ち上がる。
「行くのか?」
「うん。でもその前にトイレね」
呑気に歩乃歌は食堂を後にした。文句を言いたくなるのは当然だがしかし和佐が不在の今、味方側で最大の戦力は歩乃歌だ。現在目下最大の気がかりである食糧問題も一人で解決しようとしてくれている以上は頭が上がりようがない。

・会議が終わり、歩乃歌がひとりで町へと向かうのを見送る果名達。その姿が小さく遠くなっていくごとに幾度か爆発音が響く。歩乃歌が近くにいたスライト・デスの怪人を倒した形跡だろう。生身の女子中学生がよくやると思いながら果名は外の様子がよく見える2階のテラスへと移動する。ここでなら町から屋敷に至るまでの細道が一望出来る。ただ見ているだけなのもあれなので少しだけ刀斗と練習試合を行なったりもした。昔よりかは善戦出来てはいるもののやはりまだ腕は及ばないようだ。
「ん?」
一休みしていると、屋敷から誰かが外に出たのが見えた。大輝だった。また町へと向かうのかと思えばそうではない。屋敷の外周を走り始めた。ストレス解消なのかそれとも特訓のつもりなのか。雷歌がすぐに後を追いかけて一緒に走り出したところを見るに勝手に見張り役を引き受けているようだ。確かに大輝は何の力も持っていない一般人だ。しかしあの和佐がどうしても自分と会わせたがっていた人物なのだから正しい歴史に世界を戻すためには必要な存在なのだろう。
事の発端は彼の妹である東雲咲の焼死。それを行った焔や暗躍している雛水への復讐が今彼を動かしている。だからきっと同じ運命にあった本来の歴史でもそこに変わりはなく、恐らく雛水との戦いでは重要なファクターなのだろう。そうでなければもう少しぞんざいに扱うことも出来たのだが。
「ん、」
今度は廊下から人の気配。アリスだった。
「どうしたんだアリス?」
「あ、はい。果名様。剣人さんにご飯を用意しようかと思いまして」
見ればアリスはお盆におかゆを乗せて運んでいた。その様子からしてまだ剣人は目を覚ましていないようだ。色々チートな歩乃歌や対人でなら無敵に近い自分とは違っても剣人はかなり汎用性が高い。恐らく剣人がいなければ自分はここにたどり着けなかったかもしれない。少なくとも最初に焔の襲撃を受けた時は剣人がいなければ自分は消し炭になっていた。それに、忘れかけていたが歩乃歌も自分も剣人もこの世界の住人ではない。あの23世紀の世界に居場所があるのだ。その世界を本来の、スライト・デスのいない世界に戻すために自分は今行動している。
「では、失礼しますね」
アリスが踵を返して客室に向かう。
「あ、ちょっと」
「はい?」
声をかける。言うべきは当然敵の正体だ。
「アリス、気付いていると思うが相手は焔さんと、そして雛水と呼ばれる大堕天使は恐らく……」
「…………はい。お母さんですよね?」
「……そうだ」
確証はない。だが、あの日火事による事故で亡くなった焔さんとその奥さんでありアリスの、小雪の母親である理科さん。どうして焔さんが今更になってクローンとして使われているのか。そもそもどうしてあの事故は起きたのか。それを紐解いていくと、1つの仮説にたどり着く。
以前に結羽は言っていた。天使と人間は決して結ばれてはいけない。1年前にもその禁忌に触れたために堕天使になってしまった天使見習いが二人もいると。結羽の上司でもある天使長はその二人を知っていて再三にわたって結羽や他の天使見習いに注意をしていたそうだ。そしてその禁忌に触れたものの中には大天使も存在していたらしい。
ならば、今俺達が戦っている大堕天使の雛水はもしかしたらアリスの母親である火村理科さんであり、自分を堕天使にするため派遣されてきた天使界からの使者に焔さんを殺されながら天使界にさらわれていったのではないだろうか?もしもそうだとしたら自分の復讐のために殺された焔さんをクローン兵器として使う理由も分からなくはない。少なくとも所以は生じているんじゃないかと思う。
もちろんこの説が荒唐無稽な妄想に過ぎない可能性は十分にある。焔さんがクローンとして使われているのもただ単に炎のGEARの使い手として選ばれたと言う可能性だってある。そもそも似ているだけで全くの別人と言う可能性だってある。
「だから果名様」
アリスは言った。
「もしも天使界に行く際には私を同行させてください」
そして客室への道に消えた。
恐らく本来の歴史でもアリスは天使界に行き、あの二人と決着をつけたのだろう。心配以外に止める理由が見当たらない。
「……戻るか」
テラスに戻る。今は刀斗が代わりに見張りをしてくれている。
「交代だ」
「ああ」
刀斗が部屋に戻り、代わりに俺が見張りを引き受ける。正面門前ではいつの間に戻ってきたのか大輝と雷歌がいた。ぶっきらぼう同士だがどこか気の合った素振りを見せているようにも見える。復讐者つながりだからだろうか?やけに機嫌がよさそうな雷歌が大輝に対して空手を教えているようにも見える。と、思いきや。
「じゃあ、天使界に行くぞ。俺達二人だけならいけるはずだ」
「ああ。いつでも構わない」
「いやちょっと待てやぁぁぁぁッ!!!」
思わずテラスから飛び降りて二人の前に着地した。
「何だ?」
「いや、何ってお前たちな。何勝手にとんでもない行動起こそうとしてんだよ。と言うか天使界に行けるのか?」
「…………大人数じゃ無理だ。恐らく同行できるのは天使の数まで」
「結羽と合わせたらいける人間は二人までって事か」
そうだとしたら厳しいんじゃないのか?戦力としては俺と剣人と歩乃歌の3人は必要だ。その内一人、今で言えば休んでいる剣人を除いた二人で行くとしても大輝やアリスが黙ってるわけがない。第一雷歌が目を伏せて説明している。これは何かアドリブで誤魔化そうとしている癖だ。本当は大人数でも行けるのか、それとも少人数ですら博打に近いのか。
どちらにせよはっきりさせる必要がある。そう思って雷歌の肩に手を置こうとした瞬間。
「おらあああああああああああああああ!!!」
急に怒号が響くや否や正面にあった門が勢い良く開かれた。門が開かれると同時、駆け込んできたのは俺や大輝と同い年くらいの男だった。
「は、はぁ!?」
「俺の名前は朝霧烈火!!町を支配する化け物どもを従えているのはお前達だな!?この俺が成敗してやるぜ!!」
いきなり自己紹介をした烈火を名乗るこいつは走る助走のまま一番近くにいた大輝を殴り倒した。
「がはっ!!」
「オラオラオラ!!」
倒れた大輝の腹を何度も蹴り続ける烈火。
「おい、」
殺気を取り戻した雷歌が烈火の背後から空いたわき腹に廻し蹴りを打ち込む。しかし、咄嗟に下ろした腕が防御となって雷歌の足を防ぐ。
「!」
「行くぜ!!変な羽小僧!!」
そのまま烈火の長い脚から放たれた廻し蹴りが雷歌の顔面をひっぱたく。と言うかこいつ今何と言った?
「次はお前だ!銃刀法違反!!」
雷歌をも一撃で倒した烈火がそのままこちらに殴りかかってくる。当然そのまま喰らって地べたにキスをするわけにはいかない。放たれた右ストレートを態勢を低くして回避するとその勢いのまま鋼鉄製の左肘を相手の右足の付け根当たりに叩きつける。
「ぎっ!!」
「いきなりなんだお前は!!」
怯んだ烈火の襟首をつかんで一本背負い。……やはりスライト・デスの怪人たちや学園都市での不意打ちを喰らったあの戦いがおかしいだけで自分の実力は人間相手ならまず負けない程なようだ。ただただ過去人が頭おかしいだけ。
「さて、」
手についたほこりを払い、大文字になって倒れたままの烈火を見下ろす。と、信じられない光景がそこにはあった。
「……こいつ寝てやがる」
思わず二度見するほどの凄まじい寝つきのよさだった。

------------------------- 第159部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
146話「Monotonecricis1~剣の道は夜空に~」

【本文】
GEAR146:Monotonecricis1~剣の道は夜空に~

・それは剣人も休む客室。
「だああっ!何だこいつは!!」
呆れた表情の果名の前で剣人と烈火が殴り合いを行っていた。
「ここにもいたな銃刀法違反!!」
「何だってんだよそれはこいつはおい果名!!」
「銃刀法違反は平和な時代に作られた法律で人を傷つける道具を持ち歩いちゃいけないって法律だ。で、そいつは朝霧烈火って言っていきなり道場破りのノリでやってきた変な奴だ」
「それがどうして俺に襲い掛かるんだよ!?」
「見ての通りよく分からない奴だからだ」
とりあえず助け舟として後ろから烈火のわき腹を蹴りつけて黙らせる。
「捕縛(バインド)・サブマリン」
そして剣人がカードを使って烈火の手足を光のロープで縛りつけた。
「な、魔法使いでもあるのかよ!!」
「ナイトメアカードだ。で、お前は何者だ?どうしてここに来た?」
「と言うかどこから来たんだ?町は大変な状態のはずだぞ?」
「だからお前達を倒しに来たんだろうが!」
「は?」
「しらばっくれるなよ!町の怪物とか全部お前達が送り出したんだろ!あんな街を見下ろせるようなところにある屋敷に住んでるんだからそうに違いない!」
果名と剣人は同時に同じ感想を持った。
ああ、こいつは馬鹿なんだな。
「面倒だが説明してやる。ここはむしろ逆だ。町から避難してきた奴らが集まってる」
「信用できっかっての!じゃあどうしてここにはあの化け物どもが来ないんだ?」
「来ないんじゃない。来る前に倒してるんだ。町で見なかったか?」
「ああ、見たぞ。白髪の女の子が次々と化け物どもをちぎっては投げてるのを。あれはお前たちの仲間なのか?」
「そうだ。今のところは町にいるよりかはここにいる方が安心だぞ。お前はどうする?」
「……こうなった原因を探す」
「それももうわかってる」
「じゃあどうして行動しないんだ?」
「こっちからは手が出せないんだ。今どうするか考えてる。とりあえず歩乃歌が、あの女の子が町で食料を調達しているんだ。このままだと食料がなくなってどうにかする前に全滅してしまうからな」
「……分かった。なら俺も町に行く」
「いやなんでだよ。死にたいのか?」
「俺はいつでも弱者の味方なんだ。腹すかせてる奴が強いわけないだろ?ってことで行くぜ!」
と、意気込みながらも烈火は動けない。手足を縛られたままのため当然だ。
「放せ!!」
「出来るか馬鹿。少しは落ち着け。……剣人、魔力は大丈夫なのか?」
「ああ。すっかり回復できたぜ。持ってきてくれたおかゆも全部食べたしな。今お代わりを頼んでるところだ」
「……あまり食べてくれるなよ?一番の大喰らいが調達に向かってるとは言え、目下最大の問題は食糧問題なんだからな」
「……俺達なら別にそこまで問題じゃないだろ?食料が碌にない世界だぜ?」
「まあな。だが平気なのは俺達だけだ」
トリプルクロスをやっていた頃を思い出す。……よく思い返せばアリスの、借名のGEARのおかげで何でも食料に変えられてたから自分はあまり食料に困ってなかったな。と言うか剣人もX是無ハルトの家の厄介になっていたはずだから状況は変わらないのでは?シン達ならともかく……。
「……スライト・デスはどうしてこの世界に来たのだろうか?」
シン達から連想する。現状連中について分かっているのは宇宙からの侵略者と言う事くらいだ。
「さあな。和佐さんが関係しているのはほぼ間違いないが」
「そうなのか?」
「ああ。元々俺達はゲートのカードであの世界からこの世界に来た。だが和佐さんによってそれは歪められた。おまけにどうやったのかあの白髪の二人がここに来てもいる。そして和佐さんの目的はこの世界を使って世界の歴史を正しいものに変えることだ。だったら何らかの影響、関連性が二つの世界に発生している。それを通ってスライト・デスの奴らがここに来ている可能性が……」
と、そこで剣人が止まった。
「どうした?」
「……いや、1つ恐ろしい可能性を思いついた」
「何だ?」
「……あのスライト・デスは俺達の世界から来たスライト・デスじゃなくてこの世界のスライト・デスじゃないのか?俺達人間だから寿命の問題で二つの世界に同一人物はいない。……あんた達を除けばだが。しかし、スライト・デスの連中はどうなんだ?あいつらに寿命なんてあるのか?たかが200年の時差があいつらにも有効なのか?」
「……おいおい、なんてことを思い付いてくれてるんだよ」
それはもしかしたら中々最悪な事なのではないだろうか。ただの雑魚怪人たちならともかく、ここがちゃんとした過去だとすればほぼほぼ間違いなく奴がこの世界にいると言う事になってしまう。
「……スライト・デス最高幹部ゴースト将軍。シン達やPAMT組がかろうじて倒せたあの怪物がもしこの状況でやってきたらとんでもないぞ。俺達どころか大堕天使雛水だって手に負えない筈だ」
スライト・デスが本格的に侵略をしていたあの世界ならともかくこの世界でゴーストほどの存在が早々出張ることはないと思うがしかし末端の怪人部隊とは言えスライト・デスの戦力がほとんど意味を成していないくらいここ短期間で倒されている現状だ。フォルテやテンペスターズと言った地球を任されている連中がいないであろうこの時代だったらもしかしたらの場合は十分可能性としてはある。或いはゴーストほどではないだろうが当時存在していた他の幹部クラスがやってくる事だってあり得る。もしそうなれば自分達だけで太刀打ちできるのだろうか。
「……なあ剣人。今はまだ戻らなくてもいいかもしれないが他の連中をここに連れてくることは出来ないのか?お前は知らないかもしれないがスライト・デスの幹部クラスはどいつもこいつもめちゃくちゃ強い。雛水より厄介かもしれない」
「……無理だな。火乃吉や剣一がたまたま同じゲートの力で同じ時空であるこの世界を選んだとしても恐らくこことは別のパラレルワールドに行くことになるだろう。向こうからこっちに来るためには歩乃歌みたいな特殊な存在じゃないと無理だ」
「……特殊な存在か」
そんな人材が残っていただろうか。自分達がこっちに来てそろそろ2か月くらい。向こうでは2時間程度が経過している。そろそろこちらの不在に気付いて何か対策を取ってくれているかもしれない。いや、もしかしたら剣人が言うようにゲートの存在を知っていたら敢えて無事だと判断してしまうかもしれない。いや、もっとそれよりもだ。確か和佐が姿を消した理由は元の世界で何か起きたからじゃないだろうか。だとしたらこちらの救助どころではない状況になってる可能性も……。
よりもっと深くへと絶望の想像をたくましく育てているその時だ。
「大変です!!」
そこへアリスが駆け込んできた。
「どうした?」
「美咲様がどこにもいらっしゃいません!!あと、無沙紀さんも!!」
「ちっ!!してやられたか!!」
「おい、無沙紀は何してたんだ!?まさか不自由なく野放しにでもしていたのか!?」
「雛水だ!あいつが無沙紀を再利用したんだ!見捨てられたと思っていた無沙紀を甘く見ていた……!!」
部屋を飛び出す果名と剣人。無沙紀を縛っていた食堂に来るが当然そこに無沙紀の姿はない。


・黒主家の屋敷から離れて3キロ。町と逆方向には海岸線がある。その海岸線へ1台のサイドカーが向かっていた。ライダーは無沙紀で、再度部分には美咲が乗っている。当然ただのサイクリングではない。美咲は手足を鋼鉄で固定されていて碌に動けない状況だ。美咲は数十分前、無沙紀と同じ空間にいて本を読んでいた。捕虜となった敵の存在を無視していたわけでも楽観していたわけでもない。むしろ激しく緊張していた。だから落ち着くために本を読んでいたのだ。近くには無沙紀だけでなく、好美と舞もいた。同性且つ同い年とは言えほとんど話したこともない他人の存在がこうも近くに複数あっては居心地が悪いのも仕方がないだろう。しかしいくら引きこもりの美咲にも今世界が大変なことになっている事くらいは分かる。だからせめて無沙紀の見張りも兼ねて食堂にいたのだが、ある時何の前触れもなく無沙紀の手足を縛っていた枷が解かれた。
「え?」
当然のように立ち上がった無沙紀はその枷を槍へと変えて好美と舞に向け、しかし美咲に向かって放った。
「この二人を殺されたくなかったら俺と共に来い、黒主美咲」
「…………」
幸運と不運とが同時に来た。自分に人質と言う価値がある幸運と、しかしこうなってしまった不運。
美咲は黙って本を食卓に置くと、無沙紀の傍にやってきた。
「好きにすればいいでしょ」
「……来い」
そのまま無沙紀に手を引かれて美咲は連れ出されてしまったのだ。徒歩だったなら逃げる機会が少しはあったかもしれないが近くの自動車を再構築して作られたサイドカーに手足を縛られた状態で運ばれてしまってはどうしようもない。どうしようもないからこそ先の事を考える。能力ごと完全に封じられて無力化されていた無沙紀が突然解放されたのはどう考えても第三者の、それも強力な存在の仕業だろう。即ち会議でも出ていた大堕天使の雛水である可能性が高い。その雛水がどうして自分を求めるのか。
単純に考えれば人質だろう。雛水は正輝の首と黒竜牙を欲していた。前者はともかく後者は自分を人質に使えばすぐに手に入ると考えられる。だが、それなら自分である必要性が低い。脅迫に使った好美や舞でも十分なはずだ。だとすれば自分である必要性を考える。そうして一番最初に思い浮かべられるのはやはりあの研究所での関係。雛水もまたクローンを用いる。なら、あの研究所にいてクローン計画の中枢にいた自分が何らかの理由で必要だとしても何ら不思議ではない。そういう意味では今自分をさらっているこの少年もまた自分と同じ穴の狢なのだ。その諦観が故に瞳を伏せた時。突然サイドカーは動きを止めた。急ブレーキに思わずバランスを崩して倒れてしまう美咲。しかし、そのためにその原因が一目でわかった。
「……正輝……!!」
サイドカーの進行方向の先、そこに正輝が立っていた。
「……黒主正輝……」
無沙紀がサイドカーから降りて槍を構える。
「……正直世界の事情とかよく分からないから因縁のある未来の俺に任せて俺はあまり出しゃばらないようにするつもりだった。だが、美咲に手を出すって言うなら容赦はしない!!」
正輝もまた腰から剣を抜く。そしてにらみ合うこともなく正輝は全速力で距離を詰める。剣に比べて槍が勝っている点の1つはその射程の長さ。剣の届かない位置からの攻撃は一方的な嬲り殺しの材料となる。まずはそれを潰す。当然無沙紀もその目論見は考えるまでもなく頭に浮かんでいた。だから剣が届く距離に至る前に刺突を放つ。一般人が相手ならまず間違いなく殺せるだろう。少し剣をやっている程度でも高確率で必殺となるだろう。その程度には練度を積んでいる。しかしそれでも向けた相手が無抵抗に死ぬとは思えない。
横に避けるか、剣で防ぐか、どちらにせよ動きは一瞬止まる。勢いを止めてしまえばもうその時点でワンサイドゲームは始まる。しかし目の前の同じ顔はそのどちらでもない手段を選んだ。
「うおおおおおおおおおお!!」
槍の刺突を左腕を盾にして受けたのだ。当然その場にいる3人全員はその左腕が生身でないことを知っていた。正輝の左腕を構成する鋼鉄は簡単には槍の一撃で砕けない。その上で自分の思い通りに動くのだ。槍の攻撃を受け止めた一瞬の後、正輝は槍の軌道を外側へと逸らす。袖が破れ、肘と手首の間からは大きな亀裂が走り、金属の砂がボロボロと零れる。それに視線を奪われたわずかな瞬間に正輝は無沙紀の懐に入り込んだ。
「!?」
「守る覚悟は奪う覚悟より強いんだ!!!」
無沙紀が行動を起こす前に右手だけの袈裟斬りが放たれて無沙紀の胴体を大きく切り刻む。鮮血と衝撃に一歩を退く無沙紀の槍を持つ手を左手で掴み、血に濡れた剣で無沙紀の下腹部を前のめりに倒れながらに突き刺す。
「な……めるなあああ!!」
しかし、無沙紀は倒れなかった。自分の腹に刺さった剣を素手で掴むと、その刀身をドロドロに溶かして傷口をふさぐ。
「!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
槍から離した左手で正輝の首を全力で握りしめ、その握力に槍を掴む正輝の義手が弱まると力任せに義手を払いのけ、
「は、ぜろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
その超至近距離のまま槍で正輝の側頭部をぶん殴る。
「………………っ!」
打撃の重さが正輝の意識を数秒奪う。側頭部からの出血から体重を支え切れずに倒れそうになる正輝を支えたのはさらなる衝撃。その胸を貫く無沙紀の槍だった。
「正輝!!」
美咲の悲鳴が聞こえた時には既に槍の穂先が深々と胸を貫いていた。どうしようもないくらいの激痛が世界を襲う。しかし無抵抗ではなかった。
「う、うあああああああああああ!!」
正輝は胸を槍で貫かれたまま無防備だった無沙紀の顔面をぶん殴る。一発、二発三発と。右手は手首が折れるくらいに、左手は義手の指が2,3本崩れ落ちるほどに、そして無沙紀は前歯が全部へし折れるくらいに。
「ぐっ」
無沙紀は槍を正輝の胸に置いたまま手を離して正輝の両手首をつかみ上げる。そのまま蹴りを入れてやろうと右足を上げた瞬間に正輝のヘッドバットが鼻っ面を打ち砕く。バランスを崩した無沙紀に、逆に正輝が蹴りこむ。数発。ダメージに無沙紀の両手から解放された正輝は自分を貫く槍を抜き放つと、先程無沙紀がやったように無沙紀の側頭部を思い切り槍でぶん殴る。威力が乗るように左の義手で放った。しかし誤算が起きた。無沙紀の側頭部をぶん殴った衝撃で義手の肘関節が壊れてしまい、神経がそこで止まってしまったのだ。それどころか肘から砕けた正輝の義手は肘を起点に折れ曲がり、ついには槍を握ったまま肘から落ちてしまった。
拾おうと右の素手を伸ばす正輝。が、無沙紀がその右手を掴み上げると空いた右のわき腹に廻し蹴りを叩き込む。やはり数発。肋骨どころか内臓を破壊するように。しかしここでも予測できないことが起きた。蹴られた正輝の胸から血の噴水が起きて無沙紀の顔面を直撃した。怯む無沙紀の顔面に正輝の飛び膝蹴りが突き刺さる。
「がはっ!!!」
ついに仰向けに倒れた無沙紀。砕かれた頬骨や前歯、鼻、袈裟斬りにされた上半身からの激痛が無限に体力を奪う。
「……終わりだ……」
それを見下ろした正輝は左腕の断面をナイフに再錬成して右手に持って無沙紀の額に向かって倒れこむように振り下ろす。
「くっ……」
刃先の閃光が視界に入った無沙紀はわずかに首を横にそらす。ナイフの一撃は側頭部を大きく切り裂いたがほぼ空振りだ。そして倒れこんだ衝撃で正輝はうつ伏せに沈む。開いた胸からは誰が見ても致命傷と見える大量の血液が水たまりを作っていた。
「……た、戦い方を知れってんだ……」
歯や骨のかけらが混ざった血反吐を吐く無沙紀。しかしもはや指一本動かせない。況してや自分の右半身には正輝が倒れこんでいるのだ。立ち上がることも正輝にとどめを刺すことも出来やしない。どうしたものかと空を見上げた。
「……お役目ご苦労だったな」
声。それは聞き覚えのある嫌な声。火村焔。自分を作った母親が最も愛する存在。それがゆっくりと歩み寄っては自分を見下ろす。
「その死を以てあの方の望みを果たすがいい。人形よ」
貴様も人形だろう?しかも量産型の。
言葉は出ない。代わりに流れたのは涙だ。最後のチャンスを果たせずにこのような形で命も魂もないような量産型の1体にとどめを刺される。偽物にしてももう少しいい終わり方はなかったのだろうか?濡れた視界の中で嘲笑の焔が自身に向かって掌を向けていた。そこからはすぐに高温の火炎弾が生成され、
「!」
しかしそれは自分ではない方向へと放たれた。
焔の放った火炎弾はしかし、逆方向から迫ったそれと全く同じ質量の火炎弾によって相殺された。
「………………何やってるんですかお父さん」
消えた炎の先。そこにはアリスがいた。後ろからは果名、剣人、結羽、雷歌が走ってきた。
「正輝さん!!」
結羽は絶叫した。後ろ姿だし倒れていたけれども、血の海に沈んでいるのは紛れもなく自身の対象者の姿。その先で仮面は嘲笑う。
「お父さん?何を言っているんだメイド服」
「………………別に私を覚えてなくてもいいです。お母さんもですけど。でも、でもですよ?」
アリスは一歩を前に出た。怒りに震えるメイド服の肩を見た剣人は咄嗟にカードを出す。
「転移(テレポート)!!」
その力で正輝、美咲、無沙紀を回収すると同時。
「よくも正輝お兄ちゃんをこんな目にぃぃぃぃぃぃっ!!!」
涙目。怒り狂い、うねり狂う怒号で放たれた火炎弾はもはや小さな太陽そのもの。
「何!?」
慌てて焔が抵抗の火炎を幾度放つがまるで意味がない。激突前に一瞬でその量産型ボディは灰となって消滅し、小さな太陽は海岸線を大きく燃え上がらせた。
「ふーっ!!!ふーっ!!!ふーっ!!!」
荒い呼吸で怒りを落ち着かせるアリス。しかし、
「……よすんだ、アリス……」
背後で蚊の鳴くような正輝の声を聴くと慌てて振り返った。
「正輝お兄ちゃん!!」
「……はは、懐かしいな……その呼び方……」
美咲の膝の上で正輝は倒れていた。治療のカードを使い続ける剣人だがしかしそれを止めて立ち上がると首を横に振った。
アリスが駆け寄り、その手を握るがもはや握力は感じられない。
「……アリス、もうお前はアリスなんだ……もう、その力を使わなくてもいい……」
「……でも……」
「美咲の世話を……してやってくれ……」
「……正輝」
美咲は悲しみの表情で正輝を見下ろした。その膝の上に体重はほとんど感じられない。
「……悪いな、美咲……俺はもう、お前を守れない……。……一度だけでもいいから、美咲の制服姿が見たかった…………」
「……正輝……!」
「…………なあ、未来の」
「…………何だ?」
まさか自分に声がかかるとは思っていなかった果名が一歩前に出た。
「……未来のあんたには関係ないかもしれない。もしかしたらそっちには美咲はもういないかもしれない……」
「……いるよ。まだ俺の隣にあいつは」
「……そうか……未来の俺は……ちゃんと守れてるんだな……」
「ああ。だからお前も諦めるんじゃない!お前が諦めたら誰が美咲を守るんだ!?」
「……お前がいるだろう……」
「他人でいいのか!?」
「……思い出せよ……この頃の俺にそんな他人がいたかよ……」
「……」
「なあ……頼むよ……あんたは……あんたの美咲を守り続けてくれよ……それだけでいいんだ……ちゃんと……ちゃんと美咲を守れてる俺もいるって……この俺はただ、ただ守れなかった場合の……俺だって、思わせてくれよ……俺が失敗でも、ちゃんと……成功の俺もいるんだなって……未来を、あんたを、俺は目標にしてたんだ……だから……!!」
過去の自分は起き上がった。もうそんな力はどこにも残っていない筈なのに。ボロボロの体で、ズタズタにされた右手で自分の右手を握る。
「だから……あんたは……ちゃんと、輝けよぉ……!」
「……ああ、約束する」
「……ぜったい、ぜったいだからなぁ……」
そして、涙と血にまみれた過去の自分はやがて倒れて動かなくなった。アリスと美咲の悲しみの絶叫が響き渡る中、確かな決意を胸に固めた。
「……約束さ。俺は名を果たすもの。絶対に誰より正しく輝いてやるさ」
誓いの拳を握りしめた。

------------------------- 第160部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
147話「Monotonecricis2~天使界へ~」

【本文】
GEAR147:Monotonecricis2~天使界へ~

・黒主家。正輝の土葬を終えながら帰宅した歩乃歌と共に無沙紀をタコ殴りにする美咲とアリス。ただでさえ重傷だった無沙紀だが無抵抗と言う事もあってもはや骨格が変わるレベルの重傷となっていた。
「火葬します」
アリスが無沙紀を庭まで投げ飛ばすや否や火炎弾を作り出す。対して無沙紀は立ち上がることもせずに血だらけのまま終焉を待ち望んでいる。
「……そこまでにしてくれアリス」
しかしそれを果名が制する。
「どうしてですか!?」
「これ以上世界を救うための因子を失いたくはない」
「でも、この人は正輝様を!!」
「俺がいる」
「……それはそうかもしれませんが……あなたはもう正輝様には戻らない。あなたにとってのアリスは別のアリスなんですよね?」
「……かもな。だが、同じアリスだ。美咲もそうだが俺が絶対に守る。だから、そいつを殺さないでやってほしい。俺の時もそいつは死ななかった」
「……それを俺にも言うのか?」
大輝が前に出て果名の襟首をつかむ。
「直接的ではないかもしれない。だが、こいつは咲を殺した奴の仲間なんだろ?捨て駒だか何だか知らないが言ってることは変わらないんだろ?」
「そうだろうな。だが、それでもだ。流石に助けてやる義理はないだろうがわざわざ殺してやる必要もない。こいつに関しては世界を救った後に考えよう。それまでは今度こそ完全に捕縛しておく」
そうして果名は無沙紀を担ぎ上げると廊下に出る。そのまま普段は物置として使っているその部屋に、しかし金属の類はすべて排除した状態でそこに投げ捨てる。鍵は、掛けたふりをしているだけ。内側からでは分からないだろう。それに無沙紀のあの怪我ではもうまともに立って歩くことも難しかろう。世界(キャスト)の事を考えればやはり仲間にしてやるべきなのだろうが流石にあんなことがあった中では難しい。仲間にするどころかその仲間から恨みを買う結果しか生まないだろう。
「しかし、結局どうしたものか」
再び食堂。歩乃歌の調達した食料は早くもその何%かが調理されて歩乃歌の胃袋の中へと注がれていく。
「アリスちゃんこれいる?」
「タイ焼きですか?」
「うん。僕甘いの好きじゃないんだよね」
「……じゃあなんで持ってきたんだよ」
「誰かいるかなって」
たこ焼きを頬張る歩乃歌。タイ焼きを食べるアリス。それをしり目にしながら果名はホワイトボードの前で秀人に視線を向ける。
「とりあえず敵はここもその力の範囲に収めていることは確実だね。手足を封じられた状態だった無沙紀が自由に動いて美咲さんをさらったんだ。歩乃歌ちゃんの動きさえ止められるような怪物なんだからこれくらいは出来るだろうしね」
「つまりやろうと思えば向こうは向こうにいたまま俺達を襲えるってわけか」
相手が見える範囲にいないと果名のGEARは使えない。ただでさえスライト・デスの幹部クラスが来るかもしれないと言うのに大人しく迎撃の準備もさせてくれないようだ。尤もただここで生活するだけでも食料の問題で難しい状況なのだからあえて手抜かりをする理由もないが。
「少なくともここでじっとしているって言うのはあまりよろしくない状況になってることは確実だね。向こうとしてはどういう訳か美咲さんや果名を標的としている」
「……かと言ってこちらから向こうに攻めに行く手段がないんじゃどうしようもないだろう。いや、雷歌。烈火の奴が来たせいで有耶無耶になったが少人数なら向こうに行けるんだよな?」
「……行けなくはないが行ける保証はない。あの時は少し感情が加速していた」
「それでも行かなきゃいけない。俺と歩乃歌と剣人だけでいい」
視線を向けてきたアリスを、しかし申し訳なさそうにしながらも果名は無視する。その様子を見ながら雷歌は結羽と顔を見合わせる。
「……分かった。なら、」
「待って!!」
二人が何かをしようとした時だ。それを制す声があった。歌音だった。
「……歌音?」
その場にいた全員がその声に驚き、歌音を見た。視線の集中砲火に耐えながら歌音は意を決したような表情で口を開いた。
「……見習い天使が任意で作り出せるゲートは自身だけが通るならともかく他の誰かが通るにはあまりに不安定すぎるよ」
「……歌音さん?」
「歌音、何を言ってるんだ?……何を知っているんだ?」
疑問。当然迫りくる筈の物。それを十分にその身に受け止めながら歌音は続ける。
「正輝を、果名さんを天使界に送るための知識と技術が私にはあるの」
歌音は一度目を閉じる。次の瞬間その背後にまるで後光のような何かが出現し、果名達は一瞬目を閉じる。
「…………まさか!?」
最初に驚きの声を上げたのは雷歌だった。次に気付いたのは結羽。そして果名達が目を開けると同時、結羽と雷歌は跪いた。その二人の前。歌音の背中には大きな2枚の翼が生えていた。その薄紫色の翼は結羽や雷歌のそれとは比べ物にならないほど大きく、それこそ天死のようだった。
「……歌音、まさか君は……」
「うん……。そう、私は天使。大天使の歌音。地上視察のためやってきた大天使です」
視界の中、自分に声をかけているはずの歌音は今までの歌音とは別人として脳が認識していた。間違いなく同一人物、菅原歌音であるはずなのに絶対に違うと頭が認識してしまっている。どうやらただ翼や力を隠していただけでなく、本当に大天使から人間へと存在を変更していたのだろう。見た目は同じでも全く違う生き物なのだから記憶と理屈以外の全てで今までの歌音とは別の存在だと認識してしまっても当然の事だと言える。だから逆に言えば驚きの色が違う。歌音が大天使だったことに驚いているのではなく突然大天使が姿を見せたことに驚いている、そんな感覚だ。だからどうしてと言うような疑問も生まれてこない。
「本当はずっと正体を明かさずに過ごすつもりだったの。一応任務として、天使見習いが二人も同時に堕天使化した事件の調査って言う目的があったんだけどそれとは別にとりあえず高校の3年間くらいは地上界にいようと思ってた。でもまさかこんなことになるとは思わなかった。雛水と言う大天使の事は知らないけども同じ大天使として彼女の蛮行を赦すわけにはいきません。本来なら私一人天使界に戻って決着をつけようと思っていたんだけどもう地上界も危ないと思うから果名さん達も一緒に連れていこうと思うの」
歌音はこちらに答えを求めている。同じ声、顔、喋り方、姿をしていてもやはり同一人物だと認識できない。しかし、仲間であることに変わりはない。
「……助かる。それに、俺としては過去の、望まない形で別れることになった仲間の知らなかった一面が見れたことにどこか嬉しさを感じてるんだ。達成感と言うか、俺はここに来てもまだ黒主正輝としての自分を取り戻していなかった。黒主果名として黒主正輝の世界を体験しているだけだって心のどこかで思ってた。けど、もう違う。俺は黒主正輝であることを取り戻す。もう他人事じゃない。もう一度みんなの仲間として一緒に戦う。……歌音、俺達を天使界に連れて行ってくれ」
「……うん。分かったよ、正輝」
一度だけ昔のままの笑顔。そして歌音は目を閉じ、祈るようにして神経を集中させる。それだけでその場にいた正輝達は全員が意識を吸い込まれそうになるような錯覚を得た。
「これが大天使の力か……!」
己の言葉で認識した瞬間。歌音の翼が空間を打ち、その頭上にエンジェルハイロゥが出現。エンジェルハイロゥは空白の直径を大きくしてまるで巨大なフラフープのようにその場にいた全員を囲みながら上から下へと下がっていく。そして足元の地面についた瞬間、その場にいた全員は地上界から姿を消した。
「……遅かったか」
その直後。食堂の窓ガラスを全て粉砕してスライト・デスの怪人が次々と押し寄せてきた。
「人間の気配がたくさん残っていたんだがな」
10体を超える怪人たちが乱暴に食堂の風景を破壊していく。大人数用の食卓も数秒で粉々になり、床に飛散する。
「ん、いやまだ人間の匂いがするぜ」
トカゲンガーが嗅覚を鋭くして食堂の外へと向かう。ドアを蹴破り、無沙紀の閉じ込められている倉庫へと闊歩するトカゲンガー。その鋭い爪がカギのかかっていないドアに触れそうになった瞬間だ。
「穿孔(ドリル)・サブマリン!!」
「ん、」
突如高速回転する鋼の塊が飛来してトカゲンガーは横側から一瞬でミンチになった。
「な、何だ!?」
他の怪人たちが慌てて廊下に出る。
「……ふん、」
怪人たちの視線が集中する廊下の先。そこにキングがいた。
「まさかこうして大手を振るってスライト・デスを殺せる日が来るとは思わなかった。……地球人類の逆襲を始めさせてもらおうか!」
迫る怪人の海に、キングは無数のドリルを発射。一瞬で廊下を夥しい汚物の道へと変貌させた。
「……ふん、やってみたら実に脆弱だったな」
微かに息の根があった怪人を踏み殺しながらキングは言う。と、
「お疲れ様です、キングさん」
背後にキザな声。それは白銀の姿をしていた。即ちパラディンである。
「パラディン、お前の力で本当に天使界に行けるんだろうな?」
「はい、もちろんですとも。私も天使界に行かなければならないのでね」
「……連れて行ってくれるなら別にお前の目的など構いやしない」
「……オメガですか。確かにあれは天使界に封印していた終極の鎧武。人間が手にすればおぞましいだけの力を手に入れられる。そんなものを手に入れてどうしようと言うのですか?」
「決まっている。地上にのさばるスライト・デスどもを一匹残らず殲滅し、本星も破壊してくれるのだ」
「……あれにそこまでの力はないと思いますがね。まあ、いいでしょう。それでは多少計画と異なりますが天使界に行きましょう」
「ああ、そうしてくれ」
パラディンがマントをはためかせ、白銀の光が廊下を満たす。そして二人が姿を消す寸前に倉庫のドアが開かれた。


・X是無ハルト亭。
「……どうしてここにいるのですか?」
ケーラがやってきたミネルヴァ、ラットン、民子を見て一言。
「武者修行みたいなもんさ。空より高くにある黒い海から化け物どもが攻めて来てるって聞いてね。どんなものかと思って来てみたのさ」
「…………方法を聞いているのですが。まあいいでしょう。ミネルヴァお姉さま、ラットンお姉さま、民子さん。お久しぶりです」
「おう。んで、なんか数が少ないな。ライラとかユイムとかも来てるんだろ?どこにいるんだ?」
「……えっと、今はちょっと……」
「あん?」


・ユイムの部屋。
「もう相変わらずライラ君はえっちなんだから」
ユイムは全裸でライラに跨っていた。当然ただ跨っているだけじゃない。することをしている。
「ゆ、ユイムさん……ううっ!!」
「2発目だね。まあ、こんな状況だし仕方ないか」
蠱惑的な口調のユイムもまた通常以上に快感に悶えていた。何故なら背後からシュトラに胸とか陰核とかを弄られているからだ。さらにライラも同じように胸と女の部分をティラに全力で弄られていた。
「もう、いつの間にかティラとまでやってたなんて。本当えっちだよね、ライラ君は」
「えへへ。ごめんねユイムちゃん」
言いながらライラの上でユイムとティラは唇を重ねる。
「うわあ、本当に母さんと父さんがセックスしてるよアルデバラン……」
「うん。僕達もやっちゃう?とか?」
「う~ん、でも今僕達腕だしなぁ……あ、ティラさんのロリおっぱい気持ちいい」
「お父さんのクリトリスもいい感じしてるよ!」
どうやら両腕同士も何だかんだで気持ちがいいらしい。


・シンに割り当てられた部屋。
「……まさか、前向きな気持ちで出来る日が来るとはな」
ベッドの上。全裸の愛名の上にシンが乗っかって腰を前後していた。シーツには真新しい赤いシミが作られていた。
「うん……。もうどうしようもない時が来たら最後にって思ってたんだけどね……」
先程口でしたばかりだからか愛名は若干活舌が悪くなってる。ちなみに本番はともかく口でのやり方は小夜子から教えてもらった。自分よりだいぶ年下から性的なことを教えてもらうのは恥ずかしかったが役に立ったようで何よりだ。
しかし、栄養が足りなさ過ぎて一人でやるのもカロリー不足だった頃からするととても信じられない。これが平和だと言うのならその平和な世界を守るためにもスライト・デスと戦う覚悟も出来ると言うものだ。


・大悟に割り当てられた部屋。
「兄さんはもう誰ともエッチなことしないの?」
小夜子が質問する。窓際で座っている八千代も大悟の方に視線を向けた。
「……別にそう決めてるわけじゃないけど」
そういう大悟は視線を下におろす。それを見た八千代は視線を窓の外に戻す。
「……けど?どうするの?元の世界じゃ近親婚は出来ないからここに残ったりする?お姉ちゃんか僕のどちらかと結婚する?それとも元の世界に戻って結婚しないで僕達と子供を作る?」
「……まだわかんねえよ、そんなこと。それに、ジアフェイさんが言ってたこともよく分からないけど俺はもう元の世界なんてないと思ってる。他の誰でもない、俺がこの手で壊したんだからな」
「……アジ・ダハーカが力を貸してたんだよ?」
「それでもだ。だから俺は仮に世界を救ったとしても多分この世界に残る」
「……そうなんだ。じゃあ僕も残る。多分お姉ちゃんだってそう。兄さんがどんな道を選んでも僕達はずっとついていくよ」
「……小夜子……」
一人称が変わってしまった。性格もどこか変わっている。しかし大本は変わってないんだなと今更ながら大悟は感じたのだった。


・ヒエンに割り当てられた部屋。
「だめだ」
ヒエンは即答した。
「何故ですか?どうして私達を連れて行ってくれないんですか?」
赤羽と久遠が説得している。どうやら一緒に救出作戦に行きたいらしい。
「切名ちゃんは連れていく責任があるだろう。だが君にはない。ここから行くところはある意味地獄ですらない場所だ。十三騎士団である僕クラスじゃなきゃ存在が安定できない場所だ。危険じゃなくて不安定なんだ。僕とてもしかしたら時空の迷子となって永遠に帰ってくることが出来なくなるかもしれない」
それは嘘だ。ルーナから聞いた話からして十三騎士団の一人がそんなことになったら宇宙の大事だ。何かしらの動きがあるだろう。その時はその時でまだ見ぬ他の騎士と遭遇するかもしれないから少し楽しみではあるが、それを果たすのは今じゃなくてもいいだろう。
「でも、ここはここで危険です。あなたの傍にいる方が安全だって私はさっきので分かりましたから……」
「もう久遠ちゃん達心ボロボロなんだよね……。さっきのでなんか手足に力が入らないって言うかさ。だから死神さんの傍じゃないともう怖くて仕方ないんだよ……」
久遠は今諦観に支配されているようだった。一時の不調ではない。絶望が常の精神状態になりつつある。無理もない。まだ11歳だと言うのに目の前で友人を殺されるわ、自分を世界と二者択一にされるわその状態で手足をバキバキに折られるわ。それに赤羽もどこか妙に冷静だ。三船から救助して以降、やや明るくなったと思ったがそれ以前の、初めて会った頃に戻ったみたいだ。久遠ほどではないがやはり絶望や恐怖から心を守るために何らかの精神的不調が起きているのだろう。
……まるで出張からしばらくぶりに帰ったのにまた出張することになってしまってそれを幼い子供に咎められているかのような心境だ。もしかして遠い過去の果てにはこんなこともあったのだろうか。どうにか安心させてやりたいところだが今はそれを頼めるルーナもルネもいない。第一自分の隣が一番安全と言うのは間違いではない。自分ならたとえ先程倒した3号機が幾億掛かってこようと二人を守れながらでも余裕で殲滅できるだろう。しかし自分が不在の間にあの3号機の100分の1程度の強さの奴が攻めてきたら、彼女達は生き残れないかもしれない。それでもなおこの二人を傍に連れて行きたくない理由は何か。
……ああ、そうか。巻き込みたくないのか。
以前赤羽は自分を大倉機関に招いてしまったことを悔いたことがあった。今は立場が逆だった。あの時自分は決して被害者ぶりたいわけじゃない。勇者ぶるつもりでもない。ただいきなり蚊帳の外にされたくはなかった。たとえそれまでがアクシデントのようなものだったからって一緒にいたのにいきなり外されるだなんて孤独や悲しみ以前に納得が出来ない。自分を求めてほしいと言う想いでいっぱいだった。それを今度はこの二人にさせている。
「……今はほとんどプラネットの力も使えない。他人に関する能力は瞬間的ならともかく長時間は厳しいだろう。それでも不安定且つ敵陣と言ってもいいような場所に行くならせめてバリアくらいは必要だ。でも今は零のGEARがない。それでも守りたいって言うならもう僕の一部を取り込むくらいの事はしないとな」
「……それって……」
「いよいよセックスしちゃうとか!?」
少しだけ久遠が戻ってきた。いつもならチョップだがまだしない。
「いや、赤羽ならともかく久遠相手にそれはまずい。時間もそんなにないしな。……口で頼もうか」
少しだけ決めてみたがしかし実に最低なセリフだった。


・2時間後。
X是無ハルト亭中庭。いよいよ出発メンバーが準備を始めた。
「……じゃあ、いくか」
ヒエン、赤羽、久遠、切名、ユイム、ライラ。作戦メンバーはこの6人だ。本当ならもう少し人数を抑えたかったが切名はともかくユイムとライラならそれなりの実力はあるからまだ安心できるか。赤羽と久遠も今はかつての零のGEARと同じくらいの防御力はある。それに万一はぐれてもすぐに手繰り寄せられるようなパスも植え付けている。ここの防衛も十毛、アルケミー、あと何かお面の子が地味に強そうだからこの3人がいれば問題ないだろう。
「……出発だ」
ヒエンがカードに力を込めてゲートを開く。開いた光のゲートに6人は足を運んだ。

------------------------- 第161部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
148話「Monotonecricis3~黒く脈打つ黒竜牙~」

【本文】
GEAR148:Monotonecricis3~黒く脈打つ黒竜牙~


・正輝は目を開けた。それは朝起きた時のような感覚に近い。短いような長いような気もする間隔の先にある感覚。
「……ここが天使界」
視界の景色を見て最初に浮かんだ言葉は天国だった。まるで雲の上にいるかのようで、空は晴天で雲1つ見当たらない。しかし真夏のような蒸し暑さは感じないし日差しの強さもない。インフルエンザにでもかかって、しかしそれが完治した時のような爽快さが身も心も走っている。なるほど、地上界が穢れでいっぱいだと言うのも分かるような心地よさだ。そのはずだが、
「……穢れが天使界にまでこんなに……」
歌音、結羽、雷歌の表情は芳しくない。どうやらこれだけ心地いい世界でありながらしかし驚愕と不安を覚えるほど天使にはまだ足りないらしい。
「どういうことだ?」
「分からない。確かに地上から人間を連れてきたら穢れも一緒になってやってくるって聞いたことはあるけどもそれは海にコップ一杯分のインクを流すようなもの。ほとんど影響はない筈だよ。でも今天使界はそれどころじゃない穢れに溢れている」
「……雛水の仕業か?」
「……正輝、あれじゃないかな?」
秀人が指をさす。それは空の一点。それは少しずつだが確実にこちらに近付いてきていた。それは、
「まだいたぞー!!」
スライト・デスの怪人であるイーグルーズだった。
「馬鹿な!?天使界にまでスライト・デスが!?」
「……あいつら本当どこにでも出てくるな」
言いながら正輝は黒竜牙を抜刀。いつものようにとりあえず衝撃波で牽制を、と思って振った瞬間に違和感に気付いた。
「ぎゃあああああああああああ!!」
振った瞬間には200メートル以上も先にいたイーグルーズに攻撃が届いていてしかも一撃で粉々にしていた。
「……黒竜牙の威力が今までと比べ物にならない。どうなってんだ?」
「……黒竜牙は元々天使界にあったものだから」
歌音が答える。
「天使界に?」
「うん。私が生まれるよりもずっと前、元老院が作られてすぐの頃に黒竜牙は世界の終わりの使いから天使界を守るために使われていたって伝承があるの」
「……世界の終りの使い?まさかスライト・デスか?」
「それは違うと思う。あんな化け物今まで天使界に現れたなんて聞いたことない。でも、この天使界の穢れはスライト・デスが現れたからだと思うの」
「……それに天使の姿が見当たらないよ……」
「さっきの奴のセリフからスライト・デスは今来たばかりってわけじゃなさそうだな。もしかしたら既に天使界を襲撃しているのかもしれない」
「……急ごう」
歌音達の案内で正輝達は天使界を移動し始めた。途中何度かスライト・デスの怪人と出くわしては黒竜牙の一撃で粉砕する。
「……天使界発祥の武器だからって威力強くなりすぎじゃないのか?前まで素手よりかはマシって程度だった気がするんだが」
「黒竜牙は天使界を守るための武器だから天使界に穢れが発生して神聖度が落ちている今だと本来の役割を果たすために強くなるのかもしれないね」
「……本来の役割か」
正輝は黒竜牙を納める。歩き始めて30分程度が経過している。天使界の作用か、戦いも交えているのに全く息が切れていない。鍛えている自分だけではない。全く素人の好美達も全く表情に疲れが出ていない。体がすごい楽だ。けど、それは逆を言えば……
「お前達、地上だとかなり体調悪かったりしたんじゃないのか?」
「天使界に比べたら確かに体は重いですし、低い体力がさらに低くなってました」
「だが、見習い天使は地上に滞在する半年の間はその穢れで死んでしまわないように天使長からの加護を受けるんだ。だから衰弱するまではいかない。逆に言えばたまにいるんだが試験が終わっても地上に残ろうとする天使はその加護が消えて忽ち衰弱する」
「天使長?」
「見習い天使が一人前の天使になるための試験を担当している天使だよ。一度でもこの天使長になって試験を完遂させると次の年から大天使になれるの。今回の天使長は私の後輩がやってるんだけどその子去年はまだ試験を受けていた天使見習いだったんだよね。だから去年までは二つくらい格下だったのにいきなり来年からは同格の大天使になるんだ。びっくりしちゃうよ」
「……天使のエリートか。そう言えば歌音の翼は結羽や雷歌のよりも大きいよな」
「うん。大天使の証だから。大天使の羽なら対象者じゃない普通の人間にも見えるんだよ」
そう言えば昔結羽から天使の羽は対象者となる人間にしか見えないと聞いたことがあるな。だから刀斗達は結羽や雷歌の羽が見えない。
「……今もまだ見えないのか?」
「ああ、見えない」
試しに刀斗に聞いてみた。好美や舞、秀人にアリスも同調している。しかし、
「……見えてるが?」
「ああ、見えるよな」
大輝と烈火は見えるようだった。と言うか雰囲気が雰囲気だったからあれだがこの二人まで連れてきてよかったのだろうか?大輝はともかく烈火に関係があるかはまだ分からない。だが天使の羽が見えると言う事は烈火もまた対象者なのだろうか?いや、それを言うなら大輝もそうか。あの桜葉と言う天使の対象者は飽くまでも大輝の妹である咲だ。だから咲は天使の羽が見えるだろうが大輝は兄だからって見えるとは限らない。ならどうしてこの二人には天使の羽が見えるんだろうか。歌音に聞いてみた。
「うん。天使の羽と対象者の関係だけど、何も自分とペアになってる天使の羽しか見えないわけじゃないんだよ。正輝だって雷歌くんの羽が見えるでしょ?」
「……まあ、確かに」
「対象者はペアに関わらず天使の羽が見えるようになるの。これは対象者としての期間が終わってからもそう。だから正輝は果名さんを名乗った今でも羽が見えるんだよ。本当ならもうとっくの昔に対象者としての期間は終わってるんだから」
「それもそうだな」
「だからもしかしたら身近なところに対象者がいた場合その加護が事故的に伝播して対象者と同じように羽が見えるようになる一般人もたまにだけど出て来るみたい。この二人はそうじゃないかな?」
確かに大輝は妹が対象者だ。兄妹二人暮らしだったみたいだし一番身近な存在だと言ってもいいだろう。少なくとも俺が知る中では対象者ではないのに天使の羽が見える唯一の存在だ。だが、そうだとしたら烈火はどうなのだろうか?
「お前、きょうだいはいるか?」
「いや、一人だ」
「……じゃあ親のどちらかが元対象者とかか?」
「それもどうかと思うけどね。親子よりかは同じ時間を一緒に過ごしているきょうだいの方が見えやすくなるみたいだよ」
「つまり遺伝子ではないって事か」
よく考えればアリスがそうだ。雛水がもしも理科さんだった場合、アリスは天使と人間のハーフと言う事になる。半分は天使になるがそれでも天使の羽は見えないそうだから確かに血縁よりかは距離が関係しているのかもしれない。
「そう言えば聞きたかったんだけど」
「ん、どうした?」
「正輝のいた未来で私はどうなってたの?まだ人間の振りしてたとか?」
「……分からない。俺は2008年のクリスマス後から急に数百年後の未来に飛ばされた。おまけに黒主正輝としての記憶もなくしていた。だから歌音だけじゃない、他のみんなもどうなったのかは分からないんだ」
正確に言えば美咲とアリスは今も一緒だがそれぞれ自分の記憶はないだろう。
「……あれ、元老院に念話が通じない。まさかと思うけど既に元老院までもが襲撃を受けているかもしれない」
「……雛水はスライト・デスとは敵対しているはずだ。だから雛水がここへスライト・デスを呼び寄せた可能性は低い。だとすれば奴らは自力で天使界に来れる力があるってことになるな」
「……いや、必ずしもそうとは限らないよ」
秀人は告げる。
「確かに雛水の送り出したクローン部隊はスライト・デスの怪人たちと戦ってた。でもスライト・デス側はまだそれが雛水の仕業だと特定しているわけではない。それでも天使界から送られてきてることは分かるだろうから雛水が天使界を滅ぼしたいためにわざとスライト・デスをここにおびき寄せた可能性はありえなくはないんじゃないかな?」
「そんな……」
秀人の言うことが正しければ雛水は天使界ごと心中をしようとしていることになる。元老院だけでなく天使界を滅ぼそうとしていることになる。和佐の言っていたことによれば本来通りの歴史を歩んだとしても天使界だけは絶対に滅ぶらしい。ならば雛水のこの行動自体は正しい歴史なのかもしれない。尤もスライト・デスの襲来は絶対に歴史の埒外だと思うが。と言うか天使界の滅亡が前提だとしたらここに自分達が来ているのはあまりよくないことなのではないだろうか?それに、正しい歴史に行くとなると恐らく歌音は、いや歌音だけじゃない。天使全てが死んでしまう可能性が高い。それが正しい歴史だとしても果たしてそれを自分が導くことが出来るのだろうか。
「……ん、あれは何だ?」
刀斗が声を上げた。視線と指は大空を指している。また飛行系の怪人かと思ったら違った。
「……スライト・デスの空母……!?」
戦艦と言ってもいい。とにかく天使界の空をSF映画でよく出て来るような物体が飛んでいた。しかもそこからは何体もの怪人が下ろされている。いくら天使には不思議な力があるとしてもあの数は一目でヤバいと分かる数だ。
「……二手に分かれよう」
秀人は告げる。
「1つはあのスライト・デスの空母に攻め込んで中の怪人達を全滅させる事を目的とする。戦力が必須だね。で、もう1つは元老院へと向かって雛水を探す事を目的とする。こちらには元老院の居場所を知る歌音が必須となる」
確かにこのままあの空母を放置していたら確実に天使界は滅びる。既に剣人と歩乃歌が目を合わせているから二人はそっちに行くのだろう。自分もそちら側に行くべきだろうか?いや、そうではない。天使界の命運は自分にかかっているのだから元老院を訪ねた方が正解だろう。
「だとすれば、」
答えを出すより前に剣人と歩乃歌は空母に向かって走り出した。
「キマイラ!!出し惜しみはなしで行くぞ!!」
「分かった!!」
剣人は懐から出したカードからキマイラを召喚。剣人と歩乃歌を乗せたキマイラは亜音速で空母へと向かっていった。
「……正しい判断だね。じゃあ僕達は元老院を目指そう。歌音、頼めるかな?」
「……うん。分かった」
一度だけ振り返って戦いの空を見た。既に空母からは対空射撃が展開されていて空中では何度も爆発が発生している。それが続いていることは絶望と不安をあおるが、しかし続いている限りあの二人は生きている証拠だ。
不安を押しとどめながら歌音を追随する。数分歩いてからだ。
「あのさ、」
好美が足を止めて口を開いた。
「やっぱり私足手まといだよ。だから次に村があったらそこでみんなと別れようと思う」
そこにいつもの元気な明るさはない。そして舞もまた好美の傍らに立って何らかの訴えを帯びた視線を放っている。つまり同じ気持ちだと言う事だ。実際に好美の言うことは正しい。歌音のような天使でもないし秀人のような知恵もない刀斗程度の戦力もない一般人ではこの先何が起こるか分からない。だとしたら既にゴーストタウンのように無人になった村にいてくれた方がいいのかもしれない。しかしやはり天使界は滅びる運命にあると言う言葉が忘れられない。そしてこの二人は間違いなく今回の件とは無関係なのだ。だとしたらこのまま天使界にいたらいたずらに命を落とすだけなのではないだろうか?とは言え還す手段もない。どうすべきかと思っていた時だ。
「いや、一緒に来てほしい」
秀人は言う。
「確かに何の力もないかもしれない。でもそれなら僕だってそうさ。少し人より賢いだけでこの場にいる。それだってこの先一人でスライト・デスとかに遭遇したらきっと何もできないまま殺されるだろう。それは君達や僕も一緒なんだ。それでも数と言うのは侮れないものだよ。君達二人を村に置けば君達は二人でしかない。だけどこのままついてきてくれれば8人のままでいられるんだ。その差は4倍だよ?生き延びる確率だって大幅に上がる。足手まといだと思ってるのが場合によっては可能性になるかもしれない。……僕だって怖いし足手まといじゃないかって思ってる。それでも生き延びる可能性の高い方にかけてるんだ」
秀人が手を伸ばす。その瞬間だ。
「しかし、それもここで0になる」
「!」
声と殺気が飛べば3人の頭上を何かが飛んだ。
「……っ!」
それは刀斗だった。しかも無傷ではない。腹に大きな穴があけられている。大量出血で重傷だ。
「何だ!?」
正輝が見れば正面。そこに1つの異形。紛れもなくスライト・デスの怪人だろう。しかしただ立っているだけなのに尋常ではない威圧感を感じている。これほどまでの殺気と言うのは今までに一度しか感じたことがない。
「……ゴーストクラスの殺気、お前、幹部だな?」
「ほう、少しは分かる人間もいるものだな。如何にも、我が名はマグマスター。偉大なるスライト・デス幹部の一人」
名前通りマグマが人型に凝固したような姿をしている。しかしどこかその姿からは想像もつかないスピードも感じる。実際に今相手はこちらの目に見えない速度で刀斗を攻撃した。
「下がってろ!!」
無謀かもしれないという心持で正輝は黒竜牙を抜いて叫んだ。今この場で戦力になるのは自分しかいない。スライト・デスの怪人には名を果たすGEARは通用しない。だから頼れる武器は黒竜牙しかない。それでもやるしかない。全く不運が過ぎるものだ。敵の少ない道を選んだはずが幹部と遭遇してしまうなど。
だがしかし、不運ではあれど無理ではない。何故かは分からないが握った黒竜牙から脈が打たれている。その脈を感じるほどにどこからかとんでもない力が湧いてくるような感覚に襲われている。
「ふん、そんな棒切れごときで」
マグマスターは動いた。やはりその動きはこの目にも止まらない。だが、
「む、」
見えないはずの敵の攻撃を自分は回避していた。しかもそれだけではない。紙一重で敵の攻撃を回避しながら黒竜牙で敵の片腕を切断していた。
「馬鹿な、何だと言うのだこれは……」
「俺にもわからん!!」
言いながら正輝は既に次の行動を開始していた。刺突だ。今まで黒竜牙ではほとんどしてこなかった攻撃。人間相手なら振るった衝撃波だけで十分であり、それで通じない相手には刺突も意味がなかった。だが、今この時ばかりは違う。放った刺突の一撃はマグマスターの隻腕だけの防御の僅かな間隙を当然のようにすり抜けて溶岩のような胸板に突き刺さった。
「……がっ!」
「ツァアアアアアアア!!」
突き刺したまま黒竜牙を横薙ぎに振り回し、敵の胸を、残ったもう隻腕をもバッサリと切断した。さらに跪いたマグマスターの肩を踏み台にして跳躍。
「ブラックアルマゲドン!!」
マグマスターの頭上高くから黒竜牙で真空を切る。いままではそれで衝撃波が発生していた。だが今放たれたのは黒い塊だった。
「な、何なんだぁぁぁぁぁあ!?」
黒い塊に頭から飲み込まれたマグマスターは断末魔を上げながら身動きもとれぬまま数秒で塵となって消滅した。
「……こっちが聞きたいぜ」
着地して正輝は消えた敵の姿と自身が握る黒竜牙を何度も交互に見る。今倒した敵はゴーストと互角とまではいかなくてもあのフォルテよりかは強いはずだ。それを今自分はどうした?無傷で、10秒足らずで、容易く倒さなかったか?
答えを知りたいために歌音や秀人に視線を投げるが、どちらも唖然としていた。これが黒竜牙の、天使界を守るための力なのだろうか?だとすればなるほど。自分はこの運命に必要だ。
「……先を急ごう。歌音、天使の力で刀斗を治せないか?」
「あ、うん。やってみる」
やや遅れて歌音は返事を返した。黒竜牙を納めながら正輝は刀斗の傷が治る様を見続ける。その間に少し不審な点を見つけた。
「美咲?」
視界の隅の方にいた美咲だが何やら様子がおかしい。怯えるように祈るようにその胸を押さえていた。
「どうかしたのか?」
「……ううん、何でもない」
「だってお前、顔青いぞ?」
「……正輝が黒竜牙の力を使ってから何だか体が寒くて……」
言われて美咲の体を抱きしめてみる。思えばこの頃の美咲に触れるのは久しぶりだ。少なくともこっちに来てからは初めてだ。だから切名とつい比べてしまう。切名と比べれば背も胸も小さいが、顔や雰囲気は変わっていない。だからこそ分かる。確かに美咲の体は震えていてしかも体温が低い。そう言えばまだこの頃の美咲はあまり外出していない。だのに今日だけでどうだ?無沙紀に連れられて海まで行き、そこで過去の自分が死ぬ様を見させられ、そしてそのショックが抜けないまま天使界に来てずっと歩き続けている。疲れない筈がないしひょっとしたら風邪か何かを引いてしまっているかもしれない。
「……いや、」
スライト・デスとの戦いで忘れかけていたがここは天使界。歌音達曰く穢れが発生している状態だがそれでも俺達地上の人間からしたら常に快調の状態、いやそれ以上の状態が続いているはずだ。たった今瞬殺したとはいえスライト・デスの幹部と戦った俺でさえ息を切らしていないどころか寝起きみたいに体がすっきりしている。それだと言うのに美咲にどうして不調が?まるで天使界の環境が毒みたいな感じだ。いや、実際にそうなのかもしれない。美咲は2年前にあの怪しい研究所から助け出したんだ。天使界が神聖な領域だと言うのなら、あまりいい言い方ではないかもしれないが美咲は何らかの手術或いは処置を受けている可能性がある。それを天使界が不純だと判断してしまっていたら?そして黒竜牙が天使界を守るための力で、スライト・デスのような天使界にとって不純な存在を倒すために強くなる剣だとしたら……、この力を近くで振るうだけで美咲の命を削っているのではないか?
もしそうだとしたら黒竜牙を使っていいものなのだろうか?

------------------------- 第162部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
149話「Monotonecricis4~遭遇(パレードタイム)~」

【本文】
GEAR149:Monotonecricis4~遭遇(パレードタイム)~


・天使界。上空。ここが人間の暮らす場所ではない、ある種の天国のような浄土であることを忘れるような戦いがあった。
「撃ち落とせえええ!!!」
怪人達の怒号が響き渡る戦火の空。空を埋め尽くさんばかりの攻撃の雨。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
それを剣人はキマイラに乗りながら全て回避、ないしは防御を行い続ける。
「激流(ストリーム)!!!」
それが終わると反撃を開始し、一撃で数体の怪人を空母より外に落とす。カードの一撃だけではスライト・デスの怪人を倒し切ることは出来ない。しかしこの上空の船上から落とすことは出来る。それに今の自分は陽動のようなものだ。本命は現在空母内部に潜入している歩乃歌だ。歩乃歌は二人の戦力では真っ向から空母を落とすことは難しいと考えて内部から無力化するために先程突入した。だから剣人の方も空母を攻撃することは出来ない。ただ空母の銃座にあたる場所から遠距離攻撃を放ってくる怪人達を対処するだけ。しかし言葉で言うのは簡単だが実際に行うのは至難の業だ。数体の怪人だけが空にいるだけじゃない。既に100体近くの怪人が姿を見せて向かってきている。総員でこちらに来ているとは考えられないため恐らく1つの空母にはそれ以上の戦力が備わっていると言う事になる。それに何よりここに来るまで幹部クラスの姿を見ていない。舌なめずりしているのだろうか?実際それだけならまだいい。最悪なのがここにはいない=別動隊と鉢会う事だ。果名……正輝では荷が重いだろう。向こうにいない=こちらにいることを祈ろうにもこちらでも戦力的になかなか厳しいところがある。既にこの攻防が始まって5分が経過している。1分1秒が死と隣り合わせで全力の攻防を強いられる状況で5分は想像以上に厳しいものがある。実際に剣人の魔力は既に半分以上削れていた。節約していてこの状態であるのだ。それに確認はしていないものの落下死以外では1体も敵を倒せていない。逆に慎重を要するであろう潜入作戦を行っている歩乃歌には5分と言う時間はあまりにも短いだろう。
「……貧乏くじひいちまったかもな……」
「かもな。だが元々修行のためにこの世界に来たんだろ?願ったりじゃねえか」
「……ポジティブだな!」
キマイラが敵の攻撃を回避しながら口から火炎弾を吐き散らす。それはやっと敵の攻撃1つと相殺できる程度の役割しか持たない。だが、確実に間隙は生まれる。そこへとキマイラは突撃した。
「行くぞ剣人!!」
「ああ!!煌牙(キマイラ)・サブマリン!!」
突入と同時にそれまで召喚していたキマイラの形態を変化させた。自身に黄金の鎧と剣を装備し、先程のキマイラよりやや小さいサイズの翼を生やした姿になり、近くにいた怪人を黄金の剣で両断する。
「……さて、」
着地した場所、銃座。周囲にはざっと見ても20体以上の怪人。どれもがほぼ無傷。
「……命がけの修行、はじめっか!!」
銃座内を黄金の輝きが満たした。


・空母内部。歩乃歌はたまに遭遇した怪人を一瞬で灰に変えながら先に進んでいた。
「う~ん、まだPAMTは使えないか。一応千代煌なら出せそうだけどあれは出来るだけ取っておきたいからなぁ。まあ、あと5分してこの船落とせなかったら使うか。そろそろ剣人君死んじゃいそうだし」
既に5分ほど歩いていて倒した怪人の数は20体以上。まだまだ外では喧騒が聞こえるから恐らく戦力はほとんど向こうに行っている。つまりそれだけ剣人はヤバいと言う事になる。少しだけ逆にすればよかったかと思ったが剣人に潜入捜査なんて出来るとは思えないしナイトメアカードがそもそも潜入捜査向けじゃないだろう。
「ん、」
自動ドア。一応防御に集中しながら中に入る。そこはブリッジのような場所だった。しかし無人。怪人の姿はどこにもなく、無数のモニターが存在するだけだ。
「……宇宙の科学って奴かな?でも視線は感じる。どこかで見ている。……いや、遠隔操作かな、空母を」
スケールがすごいことだがそもそも幾多の星々を攻め滅ぼしている連中なのだからこんなSFみたいな事も平然と出来て当然なのかもしれない。しかし思ったより早く剣人の助けが出来そうだ。
「じゃ、壊すかな」
「させない」
声と気配が突然生まれた。突然部屋の内部に光が走ったかと思えばそこに異形が佇んでいた。
「……雑魚怪人じゃないよね。ひょっとして幹部って奴かな?」
「如何にも。我が名はトリケランチャー。スライト・デスが幹部の一人。小癪な小娘、どうやらここの住民ではないようだな」
「確かに僕は天使みたいに可愛い女の子なんだけど残念ながら生物学的には天使じゃなくて地球人なんだよね」
「どちらでもいい。暇つぶし程度にはなってもらうぞ」
トリケランチャーがハリセンボンのように全身から棘を生やすと、体を丸めて肉弾戦車のように転がってきた。
「へえ、」
歩乃歌は真っ向からは受けなかった。跳躍して回避すると、着地より前にエネルギーを練り上げて球体に固めて敵むけてサッカーボールのように蹴り飛ばす。エネルギーのボールは確かに敵球体に命中し、数百本もの棘と肉体の一部と床を大きくそぎ落とす。しかし、本体は無傷なのか、方向転換してしかもバウンドしながらこちらに向かってくる。
「まずは攻撃!!」
前に出した両手から電撃を発射。出力の問題で先程よりかも火力は低い。棘を数十本破壊しただけだ。しかしそうして生まれた間隙に歩乃歌は身を固めながら飛び蹴りを叩き込む。
「ほう、この私を蹴るか……!」
「これでもサッカー部の助っ人やってたんだよね」
さらに棘の一部を掴んでメインコンピュータらしき部分に向かって投げ飛ばす。
「ふん、」
トリケランチャーは鼻で笑いながらしかしそのままメインコンピュータに直撃。直後艦内全体にアラートが響き渡る。それは地球の言語ではない、恐らくスライト・デスの母星語なのだろう。しかし大体の意味は分かる。
「いいの?この船沈んじゃうんじゃないのかな?」
「それがどうした?こんな辺境への侵略など遊びみたいなもの。こんな仰々しい空母など使わずとも十分だ。それに沈んで困るのは、貴様の方だろう?」
球体を解除したトリケランチャーは3メートル近い巨体のまま歩乃歌に向かって突進する。歩乃歌は一度バリアのようなもので受け止める。しかし、一瞬の後にバリアは打ち砕かれ、歩乃歌もまた後方に吹き飛ばされる。
「くっ……!!」
「一撃で終わると思うな!!」
突進は終わっていない。トリケランチャーは床を強く蹴って、壁に叩きつけられたばかりの歩乃歌に向かって飛び蹴りを叩き込む。
「あああああああああああああ!!!!」
「さっきのお返しだ!!」
衝撃が部屋全体に広がる。先に壁の方が衝撃に耐えきれず、歩乃歌の体が長い廊下を貫き、100メートル以上もあった次の壁にまで吹き飛ばされ再び壁に叩きつけられる。
「………………くっ!!久々に効いた……!!」
衝撃のあまり束ねていた髪が解け、壁をぶち破った際に裂けたのかシャツはボロボロだった。
「……一度やってみたかったんだよね」
着地した歩乃歌はビリビリになったシャツを破り脱ぎ捨てる。上半身はブラジャーだけになったがこれはこれで格好悪いためそれも脱いで完全にトップレスの状態になった。その間に敵の足音と気配が迫ってきていた。
「ほう、生きていたか」
「あらら可愛い女の子がおっぱい丸出しなのに無反応なんだ。まあ、宇宙人だしね相手」
スカートとパンツだけを身にまとった歩乃歌は準備運動とばかりに屈伸をする。
「…………よし、歩乃歌ちゃん徒手空拳モードってね。じゃあ、続けるよ!!」
「!」
歩乃歌はクラウチングスタートで走り出した。全力疾走だ。それはトリケランチャーがかろうじて見切れるほどのもの。
「はああっ!!」
「ふんっ!!」
放たれた飛び蹴りを片腕で防ぎ、逆にその足を掴んで歩乃歌を天井に叩きつける。が、歩乃歌は叩きつけられる寸前に天井に着地して逆につかんでいた敵の指を2本踏み砕く。
「たあっ!!!」
そして解放された歩乃歌は天井を蹴って真っすぐトリケランチャーの目に突撃する。
「闇椿!!」
激突の寸前に闇椿を具現化するとそれで相手の右目を突き刺す。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
潰れた右目から血と涙が吹き上がる。それを歩乃歌が認識した瞬間、トリケランチャーの拳が歩乃歌の華奢を穿った。


・外。そよ風で揺れる草むら。そこに剣人は倒れていた。
「………………くっ、」
意識はある。しかしダメージはかなり大きい。あれから2分間にわたって怪人達と孤軍奮闘した。しかし手数や体力やスペックの差からやはり無理があった。キマイラの鎧や剣も破壊され、空に逃げようとしたところを背後から撃たれて墜落した。キマイラが寸でのところで助けてくれたのか高所から落ちたにしては即死していない。しかしキマイラはダウンしてカードに戻り、自身も足腰を痛めている。体力も魔力も残りわずかだ。そして、
「見つけたぞ!!」
空から3体の怪人が下りてきた。どうやらご丁寧に自分への追撃に来たらしい。
「……ったく、こんなはずじゃなかったんだけどな……」
刀を杖代わりにして何とか立ち上がる。
下卑た笑いを見せる怪人達に向けた刃は頼りなく震えていて、一歩がとても重い。ここで死んでも何かの間違いで元の世界に帰れることを祈って剣人が走り出した瞬間だ。
「水難(シプレック)・行使(サブマリン)!!」
少女の声が聞こえた直後、突然陸地で津波が発生して3体の怪人を押し流す。そして洪水した水達が1つに集まるとスク水姿のライラが出現した。
「……お前、ライラ……!?」
「いつかお返しをしたいと思っていましたよ、剣人さん」
「へえ、そいつが風行剣人か」
続いてヒエン達が歩み寄ってきた。
「あんたは……?」
「ジアフェイ・ヒエン。まあライラちゃんの友達みたいなものだ」
ヒエンがライラの肩を抱く。ライラはまんざらでもなさそうだったが視界にユイムがいることに気付くと赤面してその手を払うように流した怪人達へと構える。
「くっ、どこから増えやがった!?」
怪人達が起き上がる。
「……流石に怪人はタフですね。ナイトメアカードで一撃できないなんて」
「だろ?で、どうする?」
「退く理由はありません、絶望(ヴァイン)・行使(サブマリン)!」
新たなカードを発動する。直後ライラはスク水姿の背中にマントを纏わせ、その両手に先の尖ったトンファーのような武器・タルパナを装備する。
「行きますよ、ヒエンさん!!」
「応よ!!」
ライラとヒエンが踏み込み、一気に敵まで距離を詰め、横に並んでいた3体の怪人に向けて拳を放つ。ヒエンの左拳が左端を、ライラの右タルパナが右端を、そして二人の拳が真ん中の怪人をぶち抜き、
「レイニングクラッシャー!!」
「サンダーボルトウェーブ!!」
ライラが空中に無数の水の塊を、ヒエンが稲妻を発生させてそれを同時に敵3体に叩きつける。
「ぎゃああああああああああ!!」
水の塊に全身をくまなく撃ち抜かれ、同じ場所に稲妻が走り、3体の怪人は同時に大爆発した。
「……済んだか」
「いや、まだだ……。歩乃歌があの中にいる」
ライラに支えられながら剣人は落下中の空母を指さす。
「歩乃歌……蛍ちゃんの想い人のボクッ娘だったかな?」
「だったら今度は僕が行こうかな」
ユイムが翼を広げる。


・空母内部。
「もう終わりか?」
トリケランチャーが歩乃歌の頭をわしづかみにして壁へと叩きつける。さらにそのまま歩乃歌に向かって飛び蹴りを叩き込む。
「ぐっ!!」
壁をぶち抜き、裏側にあった怪人用の待機室と思われる部屋に吹き飛ばされる。既にスカートもびりびりでほぼパンツ一丁な状態だ。
「……あはは、生身での戦闘なんて得意分野から離れるべきじゃなかったかも」
大文字になって倒れる歩乃歌。千代煌を召喚しようとパラレルフォンを探るが先程脱ぎ晴らしたシャツの中にあったと思い出す。
「……ついてないや……。蛍、ちゃんと回収してくれるかな?眞姫は僕がいなくても一人でやっていけるかな?火咲は、達真君がいるから大丈夫か。……花京院くんはどうだろう?結局サッカーで勝てなかったな……」
瞳を閉じる。すぐ傍までトリケランチャーの足音と気配が迫ってきている。だが、すぐにそれとは別の音と気配がやってきた。
「へーい!!歩乃歌ちゃんいる~!!同じボクッ娘のユイムちゃんが助けに来たよー!!」
「ちなみに見えないだろうけどその娘で同じボクッ娘のアルデバランちゃんもいるよー!!」
「男だけど僕もいるんだぜ!」
「あ、ついでに僕も」
声が4つ。しかし気配は二つだけ。何があったのかと見れば床をぶち抜いてヒエンとユイムがそこにいた。
「お、可愛い子がおっぱい丸出しで寝ているぞ?」
「これはこれはレイプしなきゃだよね!」
何か邪悪なレイプ魔とレズの気配がする。
「何だ貴様達は」
「へえ、これがスライト・デスの幹部か。よし、ユイムちゃんここは君に任せた。代わりに僕はあの子を……」
「だめだよヒエンさん!最初に男の子はNG!最初は女の子同士が大自然の掟だよ!」
「えっと、どちらさま?」
胸をスカートの残骸を使って隠しながら立ち上がる。
「むふふ!僕こそボクッ娘代表!強くて速くて格好いいレズ!ユイム・M・X是無ハルトちゃんだよ!!」
ユイムが踊るように前に出てトリケランチャーの突撃を止める。
「ラビットタンクの力!!ボルテックフィニッシュ!!」
「ぬ!」
突然の強力飛び蹴りを受けてトリケランチャーが後ずさる。
「お次はこっち!!朱雀幻翔!!」
ヒエンが迫り、不規則なリズムで次々と連続攻撃を叩き込んでいく。
「はいこれ」
その間にユイムがパラレルフォンを回収して歩乃歌に歩み寄る。
「あ、ありがとう。ユイムちゃん」
「ううん!その代わりに~っ!!」
「ひうっ!?」
ユイムはむき出しにした歩乃歌の胸を吸い始めた。
「ちょ、一応戦闘中なんだけど!?」
「う~ん!!やっぱボクッ娘のおっぱいおいしいなぁ!と言うか君確かライラ君のおまんこ吸った前科があるんだよね!お返ししなくちゃ!」
「え、いや、あの時のライラって君の体だったよね!?と言うか放送禁止用語……っ!!」
「くっ!!敵の相手してる間にボクッ娘同士がレズレズしてるだと!?いや、しかしレズレズしてる中に男が割って入るのは愚の骨頂!仕方なくこいつを使ってストレス解消じゃい!!」
「何だこいつら……!?ふざけているくせにどんな力だ……ぐっ!!」
トリケランチャーは全力のパンチを振るうがヒエンは前蹴りで相殺、ついでに敵の肘関節を破壊。着地と同時の発勁パンチをぶち込み、トリケランチャーを反対側の壁までぶっ飛ばす。そして後ろを振り向けば全裸同士のユイムと歩乃歌が重なり合っていた。数秒ほど腰を前後し合ってそして痙攣を始めた。
「……ふう、ここ最近レズレズしてなかったから発散できてよかったぁ~」
「……もう僕お嫁にいけない」
「お、おおお!!何て素晴らしい光景!!ユイムちゃんそろそろ交代してくれない!?」
「いいけど入れるのはなしだよ?蛍ちゃんとかに殺されちゃうからね?」
「あははは。それを言うなら多分入れたとしても蛍ちゃんに殺されるのは君の方だ」
服を着たユイムとハイタッチしてユイムがトリケランチャーに向かっていく。
「んで、いよいよ君を味わう時が来た!」
「いやだよ!と言うか君誰!?」
「ジアフェイ・ヒエン。甲斐廉とか黒主零とかいろいろ呼び方あるからご自由にね!」
言いながらヒエンはチャックを下ろす。
「な、何で出すの!?」
「当然気持ちよくなるため!」
歩乃歌に跨り、腰を下ろす。しかし互いの秘所同士は重なりはしなかった。
「流石に可愛そうだから素股で許そうか!」
「許されてるのかなそれって!?ってかちょっと待って、さっき行ったばかりで……ううううっ!!」
ヒエンがハッスルしてる間にユイムはすごくさわやかな表情でトリケランチャーをボコボコにしていた。
「名前は出せないあの人の力!!ナパームストレッチ!!」
「ぬぐうううううううううおおおおおおおおお!!」
「同じく名前は出せないあの人の力!レオヌンチャク!!」
「だしてるだろぉぉぉ!!!ぐはっ!!!」
「もっと名前を出せないけど!!かめはめ波ぁぁぁぁっ!!!」
「ぐううううううううううう!!」
「もっともっと!!デスペラードブラスター!!」
「アニメがんばれぇぇぇっ!!!!ぬぐおおおおおおおお!!!」
「人じゃないけど!!月光蝶!!」
「人を安心して眠らせる気ないな貴様!!ぐわああああああああああああ!!」
連続攻撃でトリケランチャーがズタボロになって倒れる。
「で、そっちは?」
ユイムが振り向くと、
「フィニィィィィィィィィィィッシュ!!!」
「いやああああああああああああああああああああああ!!!」
「あ~あ、結局入れちゃったんだ」
ヒエンが歩乃歌の中に盛大に吐き出していた。
「……ふう、我ながら我を忘れてしまっていた。あ、歩乃歌ちゃん。安心してくれ。処女膜は戻しておいたから」
「……い、い、いい加減にしろおおおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!!千代煌ィィィィィィィィィィッ!!!」


・空母の外。
「ユイムさん達遅いなぁ」
ライラ達が待ちぼうけしていた。既にヒエン達が突入してから15分以上。暇なのでマリカやってる。
「歩乃歌さん可愛い人だからもしかしてユイムさん浮気とかしてるのかなぁ?はぁ~あ、憂鬱だよ」
「……ねえ美咲ちゃん。あ、赤羽の方の美咲ちゃんね。死神さんももしてかしてムラムラして歩乃歌ちゃんに……」
「……いいえ、久遠。私はヒエンさんを信じています。流石にいくら可愛い女子中学生のボクッ娘だからって戦場で初対面相手にそんなことをするとは思いません」
「……なに、あいつらそんな危険人物なの?」
切名に包帯を巻かれながら剣人は疑問する。思わず落下中の空母を見る。次の瞬間。
「千代煌ィィィィィィィィィィッ!!!」
盛大な叫び声がしたかと思えば空母が大爆発。そしてその煙と炎を打ち消してPAMTの千代煌が出現した。
「な、何だありゃああああ!?」
剣人が叫ぶ。ついでに、
「……が、がくっ!」
「ど、ひい……」
「……む、無念……」
千代煌の両手にはヒエンとユイムが握りしめられていて、足にはトリケランチャーが踏み潰されていた。数秒してから千代煌は消失して代わりに歩乃歌が姿を見せた。既に万全の制服姿だった。しかし怖いくらいの笑顔でユイムとヒエンを襟首掴んで担ぎ上げると真っすぐライラと赤羽のところに運んできて、
「……このレイプ魔達、好きにしていいから」
ライラと赤羽の前に二人を投げ捨てた。
「……ゆ、ユイムさん……僕以外のボクッ娘を……ひっく、うう、ひどい……うう、うわあああん!!」
「ら、ライラ君!?な、泣かないで!ね、ね!?僕が愛してるボクッ娘はライラくんだけだから!」
「………………………………」
「えっと、赤羽……さん?」
「…………どこまでやったんですか?」
「えっとぉ……」
「全部だよ。僕初めてだったのに。これじゃ花京院君と顔合わせられないよ……」
「……ヒエンさん……」
赤羽は涙目になりながら黙ってヒエンの股間を全力で踏みつけた。
「……なあ、助けられてなんだけど何で修羅場ってんの?」
「う~ん、これが久遠ちゃん達の日常ってところかな?」
下手すると戦闘中よりかも戦火が散っている状況をため息混ざりながら剣人、久遠、切名は見ていた。

------------------------- 第163部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
150話「Monotonecricis5~Searching for new world~」

【本文】
GEAR150:Monotonecricis5~Searching for new world~

・天使界。元老院。そこは天使界における最高機関にして12人の熾天使からなる組織でありその本拠地でもある。そこでは天使界におけるおおよそ全てが決定される場所でもあった。しかし現在そこに以前までの威厳はない。
「……難しい場面だな」
一人の熾天使が口を開いた。それは一般的に元老院と言って通じる意味の中ではある意味最も使われない意味、最高機関の構成員である熾天使達の中の代表・黒主(くろす)火楯(ひたて)を指すその人でもある。現年齢2000歳以上。パラディンにナイトメアカードを託し、その上で天使が人間と恋に落ちた場合問答無用で堕天使へと変える罰を施行した張本人でもあった。現状では彼の判断は他の全ての天使に勝る。その判断により、量産型の天使達を戦闘用に調整してスライト・デスの迎撃を行なっているのだが現状迎撃どころか防戦すら危うい状況にある。それもそのはずスライト・デスの襲撃があってから大天使の中で反乱が起きたのだ。それは今から4年ほど前に堕天使となった大天使の雛水を代表とする大天使会の集団である。大天使でありながら人間との恋に落ちた彼女を火楯は一度は罰した。堕天使へと変えた。しかし大天使であれば堕天使化は厳罰ではあれどしかし終身刑ではない。数百年ほど待てば元の大天使に戻れる。寿命の存在しない大天使以上の天使ならばそこまで悲観に暮れるものではないと思っていたが、感情ゆえに罪を犯す者の愚かさは理屈では測れないものらしい。
「……雛水め、天使界を滅ぼすつもりか」
火楯が言えば他の熾天使たちも口々に言う。
「やはり最近の天使は感情を優先させたがるバグがあるようだな」
「これからは感情を封じぬものは大天使になれぬようにした方がいい」
対して火楯はため息をついた。どうやら自分以外の熾天使も事を楽観視しすぎているようだ。このままでは間違いなくこれからなどと言うものは訪れない。報告によれば量産型天使だけでなく、すべての天使を徴兵したとしても半日と持たないだろう。
「……思えば遠くまで来たものよ」
世界の終わりを見るのは2度目。1度目は2000年近く前。調停者を名乗るものに世界は滅ぼされた。それを生き抜いた自分は天使界を作り上げた。世界だなんて言えるほど仰々しいものではない。一種の結界に過ぎない。天使などと言っても所詮はアルデバラン星人の物まねで作り上げた人造人間でしかない。すべては世界が滅ぶ際に奇跡のような偶然で拾ったナイトメアカードのおかげ。あの奇跡がなければ自分達は存在しえていない。その奇跡のカードも今はもうない。遠い昔に失われてしまった。奇跡をここだけにとどめておくのは忍びないと思ったから外へと向かうあの者へと託せたのだ。だとすればもうこの鳥かごには未来は不要なのかもしれない。
「いえ、まだ全然遠くではありませんよ」
「!」
声がした。天井の高い施設、しかし決して野外ではない。そこへ銀の翼がパラパラと降り注いだ。
「……貴様は……!?」
「お久しぶりです。黒主火楯(ロードクロイツ)」
銀の翼をはばたかせながら舞い降りたのはパラディンだった。
「……祟……!?」
「裏切り者の13番目か!?」
「裏切りの熾天使がどうしてここに!?」
「まさかて招いたのはこ奴か!?」
好き放題に叫び嘆く老人どもをパラディンは一瞥たりともせずに火楯へと歩み寄った。
「……貴様、何故ここに?」
「なに、故郷が危機に陥っているようなのでね。たとえ偽りでもしかしそれを歴史と言う名の真実に変えるために数百年ぶりに古巣へと帰って来ただけですよ」
シルクハットを脱ぎ捨て、マントをひらめかせた次の瞬間にはパラディンはかつて同様、そしてその場にいた他の全てと同じ元老院所属熾天使としての装いへと変わっていた。
「……世界から生き延びた悪夢の力をここで使うと言うのか?」
「ナイトメアカードですか。あれならとっくの昔に私の手元にはない。いつまでも地上を支配し管理していると思い続けている癖に何も知らないあなた方には分からなかった結末かも知れませんがね」
「……知っている。貴様が既に手放していることなど。しかし、力なら残っているのだろう?」
「おや、興味がないと思っていましたが知っていましたか」
「……それで、貴様はこの天使界をどうするつもりだ?まさかあの宇宙からの侵略者と並んで滅ぼしたいわけではあるまい」
「もちろん。スライト・デスは私にとっても仇敵となるでしょう。結果的にはこの世界を滅ぼすのですから。ですが、私はこの世界を救わない。ただ、故郷が無意味な滅亡を迎えるのは我慢ならなかっただけですよ」


・元老院のそびえたつ丘から見える広大な草原がある。そこは天使にとって墓場でありゆりかごでもある。転生の地だ。天使はここで死に、そして魂と記憶をリセットされた状態でここから新しく生まれ変わる。それが天使と言う種族であったはずだがいつからか地上の人間と同じようにセックスで新たな命を作り出しその数を増やすようになっていた。元老院はそうすることで生まれた天使は心なしか人間に近い存在だと認識していた。実際に今までに罪を犯して堕天使になった存在の多くはそうして生まれてきてしまった存在だ。あの雛水でさえそうなのだ。
そして今その地にまさしく天使ではないものが降り立っていた。
「……悪趣味なことだ」
キングだ。キングがこの地唯一の墓石と言っていい無機物を破壊するとその中に1つの瓶が置かれていた。
「……これが終極の鎧武……オメガ。これがあれば世界は変わる」
キングがそれに手を伸ばした瞬間だ。
「!」
尋常ではない殺意が刃となって迫ってきた。
「ちっ!」
キングは咄嗟に瓶を懐にしまいながらその勢いで前転して刃を回避する。
「……一時とは言え欲望が人を生かすことがあるものだな」
「……貴様、」
立ち上がったキングの視線の先には十代後半から二十前後くらいの隻腕の青年がいた。時代錯誤、中世の侍姿と言っていい服装。唯一残った右腕に剣を握った青年。
「……風行無良正郎丸……!!どうして貴様がこの世界にいる!?」
「知っているか?天使は人間を殺せないそうだ」
「……パラディンの仕業か……!!」
キングはすぐさまドリルの弾幕を繰り出した。亜音速で飛ぶ24発のドリル。それをムラマサはただの一歩もせず剣のひと振りですべて打ち砕く。
「!?」
「どうした?何を驚いている?私の名を知っているのだろう?ならばこの程度で感情を動かしてどうする?……それともかつてその手で殺した我が父はこの程度の事も出来ぬまま貴様の卑劣に落ちたとでもいうのか?」
一歩。ムラマサが重心を移動させたその瞬間にキングの手から何かが落ちた。
「!?」
それは先程まで効果を発動させていたドリルのカードだった。カードは八つ裂きになって空中に舞う。
「ナイトメアカードを切ったのか……!?」
キングは驚愕する。ナイトメアカードは質感や外見こそただのカードだがその質、どれだけ解剖して材質を知ろうとしても傷1つ付こうとはしない謎の頑丈さがあった。だが使用者である人間が死ぬとまるで砂のように消えてなくなる事さえある。第三次大戦前に人類がやっとクローン人間を兵器化して戦争の道具にすると言う進化を経たと言うのにそれが全て無駄に終わる事になってもなおナイトメアカードを戦争の道具に用いたのはそれだけの理由があるからだ。
キングの脳内に否定のための情報が走る。しかし現実に変化はない。ただムラマサが剣を振るうのみ。
「貴様は我らが兄弟の宿敵。しかしそんな男であっても首を落とす役目をまだ弟に託すわけにはいかない。貴様は私がここでこの手で殺す」
「いい気になるなよ小僧……!!私にはスライト・デスを殲滅すると言う義務があるのだ。貴様ごときに譲れるものか!!鋼人(ゴーレム)・サブマリン!!」
次いで発動したカード。それは一瞬で全長5メートルほどの土と金属で出来た巨人を生み出しては即座にムラマサの斬撃を受け止めては薙ぎ払う。
「……」
ムラマサは無言のまま迫りくる敵の攻撃に剣を合わせる。四肢満足な上1トンもの重量を持つゴーレムに対してムラマサは片手に握った剣一本で応対している。矢継ぎ早に迫る攻撃を剣で止めている事実は感服するしかないがしかしいつまでもつものとも知れない。第一、このままではカードを使えない。使わなければこのままの防戦一方。無理に使おうとすれば必ず隙は生まれる。その隙をキングは狙っているのだ。
しかし、その隙とやらは生まれなかった。ムラマサが突然剣をキングに向けて投擲したのだ。
「何!?」
心臓を狙ったその一撃をキングはギリギリで回避に移り、心臓へは避けられたが左の片口に突き刺さる。激痛を秘めながらキングはムラマサから視線を外さない。ゴーレムに対して唯一戦力になる剣を手放してどうなるのか。キングの視界の中、ムラマサの背後で瓦解するゴーレムの姿がその疑問に答えた。
「ご、ゴーレムを!?」
「あのような土人形、10年前でも遊び相手にはならなかったろう」
ムラマサは懐から1枚のカードを出す。
「磁力(マグネット)・サブマリン」
「!」
発動と同時に突如尋常でないほどの磁力が発生。キングの肩に刺さった剣が刺さったままムラマサに吸い寄せられていく。さらにムラマサの背後で崩れたゴーレムの残骸までもが引き寄せられては宙を舞うキングに向かって引き寄せられていく。
「くっ!いい加減に!!絶望(ヴァイン)・サブマリン!!」
キングが新たなカードを発動すると磁力を受けていたゴーレムの残骸は消え、その肩口からムラマサの剣は消えていた。
「……」
弾き飛ばされた剣を磁力で回収して手に握るムラマサ。前方のキングは着地していた。しかし、様子がおかしい。まずはマントだ。首から下をマントで覆っている。数多くのカードを知っているムラマサでも現在キングがどんなカードを使ったのかが予想できない。
「ふ、」
「!」
キングが微かに息を吐いた次の瞬間。ムラマサは背後に剣を振るっていた。完全に意識の埒外での条件反射。それが正しいことを証明するかのように背後にキングはいた。しかし斬撃は当たっていなかった。ばかりか今どうやってこちらの背後にまで移動したのかが分からない。
「貴様、今何を……」
言葉は続かなかった。鈍い痛みが胸を貫いたからだ。後ずさりながら視線を胸に下げると身を守るための装甲が凹んでいた。察するに今攻撃を受けたらしい。だが、ムラマサの目を以てしても全く見えなかった。気配すら感じない。
「ふっ、先程までの威勢はどうした?」
「……無駄口を」
ムラマサは前に出た。何をされているか分からないのなら敵の反射以上の速さで攻撃して何かする前に仕留めてしまえばいい。しかし、次に混乱を得たのはムラマサの方だった。進んだ先にキングがいなかったのだ。
「……!」
「こっちだ」
声。見れば大分離れた、先程の墓石前。そこにキングはいた。そして先程手にした瓶を地面に垂らす。
「さあ、今こそ甦れ!終極の鎧武オメガ!!!」
キングの声に反応してか、地面に垂れた液体が光り輝くとまるで金属で出来たスライムのように蠢きながら膨張してキングの全身を包み込む。それはムラマサの放つ磁力が通用していなかった。それを見てからムラマサはマグネットを解除して別のカードを手に取る。
「地獄(インフェルノ)・サブマリン!!」
発動を宣言すると同時、金属に包まれたキングの足元から火柱が噴き上がる。直径は3メートルほどで大きさは100メートルを超える。温度においては3000度以上。凄まじい破壊力と引き換えに周囲の自然環境を一時的とはいえ大きく変えてしまうためムラマサは普段使うのをためらっている。
「…………まさか、」
火柱が消え、カードが休止状態になった正面。金属の塊はまだそこにいた。だけではなく、まるで竜人と表現するような形状となっていた。大きさは3メートルほど。強度に関してはたった今発動したインフェルノで一切のダメージが見られない程度。
「……待たせたな。私がオメガと同調する間に何かしたかな?」
「……貴様は何をした?」
「オメガだよ。この天使界に封印されていた液体装甲。天使だろうがナイトメアカードだろうがあらゆる力を容赦なく踏みつぶせるだけの力を持った最終兵器。防御力に関しては今確認できただろう。次は攻撃力かな?」
「!」
ムラマサは咄嗟に後退した。直後に一瞬前まで自分が立っていた大地に大きなクレーターが出現していた。着地してからムラマサが見ればキングはその場から動いていないばかりか腕を組んだ状態で指一本たりとも動かしていない。
「ふむ。流石に手加減しすぎたか?」
尻尾を揺らしながらキングは笑う。そして次の瞬間、ムラマサは宙を舞っていた。
「……くっ!」
回避の動きではない。条件反射すら通用しないほどの速さで攻撃を受けて吹き飛ばされたのだ。装甲は完全に砕け、本来なら装甲で守られているはずの内臓や骨までもが砕けていた。
「……ふ、どうやら少し強くなりすぎてしまったようだな」
倒れたムラマサの背後にキングは立っていた。
「……ぐっ、」
ムラマサは何とか立ち上がるがどうやら肋骨だけでなく足まで折れているらしく直立不動が出来ない。
「貴様の戦闘力は3000ほど。常人にしては成程凄まじいものだ。先程までの私でも2400程なのだからな。だが、今の私は1万は軽く超えているだろう。つまり今の私には絶対に勝てないと言う事だ!!」
キングが拳を握り、走る。その速度はムラマサの限界反射速度の4倍ほど。当然ムラマサは全く認識すら出来ずに空高く殴り飛ばされる。
「がはっ!!」
上空に投げ出され、吐血してから初めてムラマサは現状を認識する。攻撃力も防御力もスピードも全てが桁違いだ。まだ徒手空拳でスライト・デスの怪人とやり合う方が勝ち目があるかもしれない。
「口惜しいがそろそろバラバラの時間だ!」
キングが地を蹴って上空のムラマサへと跳躍する。それにムラマサはまだ気づいていない。このままでなら1秒先にはムラマサの空中分解が待っている。だがそれは起こらなかった。
「!」
「せ、セーフか……!」
キングの放った攻撃を防ぐものがいた。正輝だった。
「何者だ……!?」
着地してからキングは問う。同じように着地しながら正輝は答えた。
「トリプルクロスの黒主正輝だ。あんた達が誰か分からないが非常事態なんでな、戦いを止めさせてもらった」
「トリプルクロスの……なるほど、貴様達がセントラルに対する反乱軍か。我が名はキング。テンペスターズが支配者なり」
「あんたがセントラルの……!?どうして天使界にいるんだ!?それに、その姿は……」
「決まっている!スライト・デスをこの世から根絶やしにするための力だ!この力を手にするために私はここまで来たのだ!」
言いながらキングは走り出した。突進だ。対して正輝はやや遅れながらも黒竜牙を抜刀して鋼の拳を受け止める。
「どうして戦う!?」
「ほう、そこの男では見ることも出来なかった攻撃を防ぐか。どれ、どこまでやれるかな!」
攻撃を続ける。それを正輝はすべて黒竜牙で受け止めていく。キングは確かに強いが先程破ったマグマスターほどではない。それに相手が一応人間だと知った以上殺すには躊躇がある。
「戦いは無意味なはずだ!何故戦う!?」
「元より貴様は我々セントラルに抗う反乱者ではないか。来るべきところにまで来たと言うそれだけの話だ!!」
「俺達は別にセントラルを滅ぼしたかったわけじゃない!!」
キングが黒竜牙を掴もうとすれば正輝はそれを払いのけ、廻し蹴りの一撃でキングを吹き飛ばす。どうやら強化されたのは黒竜牙だけではないようだ。
「馬鹿な、どうしてカードも使わない生身でオメガと渡り合える?オメガは究極の兵器ではないのか!?」
「……言っとくが俺はまだ半分も力を出しちゃいない。俺にあんたと争うつもりはない!スライト・デスなら俺にとっても敵だ!いいや地球に生きとし生けるものすべての敵だ!どうして俺達同士が戦い合う必要がある!?」
「貴様ごとき敗れなければこの力に意味などない!!」
地を蹴ってキングは突撃を行う。気持ち今までの全力以上の全力だ。が、正輝はそれをも軽々と受け止めた。しかも鞘だけで。
「!」
「だったらそうさせてやる!!」
抜刀。そのままの勢いで黒竜牙の一撃を放ち、キングを纏う鋼の肉体をぶった斬る。
「ぐっ!!」
「ブラックアルマゲドン!!!」
黒竜牙が黒く輝き、斬撃が爆撃へと変わり、キングの鋼を一撃で全て粉砕した。黒い衝撃波はそれだけにとどまらず生身に戻ったキングをミサイルのように吹き飛ばし、空気抵抗がその両手足の関節を破壊。受け身を取れないままキングは何度も地を跳ね転がりまわりながら大木に叩きつけられる。
「……が、がはっ!!な、何が起きて……オメガが、オメガが……」
血を吐きながらキングは焦燥しきった頭で周囲を見渡す。つい数分前に自分は長年待ち望んでいた究極の力を手に入れたはずだと言うのにその力を全くの無傷で打ち破られたと言うどうしようもない現実の重さがキングの頭を揺るがしている。
「……たとえ1年前にその力を手に入れていたとしてもゴースト相手じゃ勝てなかっただろうな。だが安心しろ。スライト・デスは俺達が必ず打ち砕く。地球を救ってみせる。だからもうあんたは立ち止まってもいいんだ」
「…………くっ、これが世界なのか……」
項垂れたキング。それを見て正輝が黒竜牙を納めた時だ。
「いや、黒主正輝。貴様が地上に戻ることはない」
「……!!」
声。やがて晴天だった空に暗雲が湧き出ては渦を巻き、ちょうどよい暖かさだった気温が20度くらい低くなる。
「……来たか」
構える正輝。唖然とするキング。片膝突きながら見上げるムラマサ。そして走ってきた歌音達。
「……大堕天使雛水……」
呟く歌音の前。4枚の黒い翼を持った女性が暗雲の渦の中からゆっくりと飛来した。
「……お母さん……」
「やはり、理科さんか……!」
呟く正輝とアリスの視線の先に雛水は着地を果たした。

------------------------- 第164部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
151話「Monotonecricis6~真相~」

【本文】
GEAR151:Monotonecricis6~真相~


・最初、そこがどこだか分からなかった。そして自分が誰なのかも。頭の中を違和感が駆け巡り、しかし脳で勝手に負担を減らしてくれているのか目が回るようなことも倒れることもない。ただぼんやりと誰より自分の事であろう事実を俯瞰で見ている。そしてそんな麻薬のような効果が薄れていくと心の準備をしてから呟いた。
「……あれ、僕死ななかったっけ?」


・暗雲の中からやってきた雛水。その姿は正輝とアリスの記憶の中にある火村理科張本人だった。前々から若いと思っていたがあれからさらに年月が過ぎた現在においても全く若さに変わりがない。姿に変わりがあるとすればやはり背中から生えた4枚の黒い翼だけ。
「……理科さん……やっぱりあなたが雛水なのか……!?」
「……ええ、そうよ。でも私の本当の名前は雛水。15年前に地上界へ降り、あの人と出会って恋に落ちて娘を生んだ天使よ。幸せな日々だった。でも、その幸せの対価として私は堕天使になってしまった。それだけじゃない。あの人を、最愛の焔さんを目の前で殺されたのよ。元老院付きの執行部隊にね」
「……その復讐のためにこんなことを……自分が生まれた天使界まで滅ぼすことなのか……!?復讐なら元老院だけ相手でも……!」
言葉は続かなかった。何故なら、後ろにいたアリスが雛水に向けて火炎弾を発射したからだ。
「……小雪……」
雛水は4枚の翼を一度羽ばたかせただけでそれをかき消す。
「いいえ、私はアリスです。そんなことはどうでもいい。あなたは正輝お兄ちゃんを狙っていた。それで一人を殺した。それだけじゃない。大輝さんの妹さんまでも殺した。……私はそんな人の娘として名付けられた名前を名乗るつもりはありません」
次いでもう一発発射する。しかしそれもやはり雛水は羽ばたきだけでかき消す。
「……驚いたわ。まさか正輝が二人いるとは思わなかった。それにあの和佐と言う女の子。元老院の関係者がいるとは思わなかった」
「……和佐さんが元老院の関係者……!?」
予期しないところから情報が来た。確かに天使界の事をよく知っていたから天使界関係者であることはほぼ間違いないと思っていたが元老院にまで登るとは思わなかった。
「理科さん、いや雛水。和佐さんは一体何者なんだ?」
「……彼女はかつて天使界が黎明だった頃に最初に天使になった男……後の元老院を率いる熾天使の黒主火楯(ロードクロイツ)と共に天使界の礎を築いたと言われている存在。そして正輝。あなたの父親の妹なのよ」
「……」
色々情報が多すぎた。ただの人間ではないと思っていたが天使界の黎明期にいたと言う事は一体何年、いや何百年以上も前の話だろう。そのころからいると言う事は不老不死か何かなのだろうか。そして自分と血縁関係に、しかも割と近縁にあると言うのは衝撃だ。父の妹と言う事は叔母にあたるわけだがそうなると逆に自分の年齢が気になる。もし、もしも天使界が元の23世紀だと言うのなら頷けない話ではない。200年タイムスリップしているのだからあり得ない話ではない。だが、それがない状態でこの時間差は一体何なのか。ひょっとして自分は今回のような200年越しのタイムスリップを今まで何度か繰り返しているのか或いは彼女同様不老不死か何かなのか。
「正輝。あなたは天使界に深い関わりのある存在なのよ。だってあなたは天使界で作られたのだから」
「……俺が天使界で作られた……!?」
「そう。ひょっとして人造物は無沙紀だけだとでも思った?あなたはね、黒主和佐が作り上げた人造人間なのよ。その製造目的は、個人的感情の部分はともかくとしてその黒竜牙を扱える存在を作ることにあった。黒竜牙もまた天使界で作られた武器」
「…………」
黒竜牙に関してはともかく自分が天使界で作られた人造人間?まさか和佐が隠したがっていた事実はそこにあるのだろうか?しかし無理な話でもない。自分のクローンである無沙紀が天使界で作られていたのだ。なら自分もまた天使界に関わりがあると思うのは不思議ではない。現に、振り向けば秀人がやはりそうかと言った表情を作っている。
「……無沙紀にこの黒竜牙を奪うよう言っていたらしいがこの黒竜牙は一体何なんだ?天使界を守るための武器だと言うのは聞いたが」
正輝の言葉に雛水は一度だけ歌音の方を見た。
「なるほど。大天使がいたか。けれども大天使が大した用もなく地上にいるのはおかしいわね。さてはあなた、正輝の監視に来ていたのではなくて?」
「……かもね。私自身は元老院から命令を受けただけだから詳しくは知らない。正輝の監視かも知れないしあなたが水面下で動いているのを察して拮抗できる大天使をあらかじめ地上に派遣しておいたのかもしれないよ?」
歌音は一歩前に出た。
「大天使、いいえ大堕天使雛水。あなたは地上界だけでなくこの天使界をも滅亡に追いやる重罪を犯しました。大天使歌音の名のもとにあなたを断罪いたします」
「……いつか報いは受ける時が来るでしょう。しかし、それは今ではない」
一瞬、雛水の目が光った。次の瞬間だ。
「え?」
声を漏らしたのは烈火だ。そしてその烈火は後ろから歌音の翼を掴み上げると歌音を押し倒す。
「え、な、何を……!?」
「か、体が勝手に……!!」
歌音は必死に振りほどこうとするが体に力が入らない。天使の力と命の源である翼から光が吸われている感覚があった。
「お、おい烈火!!」
大輝が烈火をどかそうとするがやはり動かない。
「どういうことだ……!?」
「……朝霧の一族」
「え?」
雛水は告げた。
「彼は朝霧の一族なのよ。大天使のあなたなら知っているでしょ?」
「……数百年前に天使界で一度大規模な戦争が起きた。天使界の長い歴史の中で唯一の戦争。その首謀者は天使でありながら朝霧と言う苗字を持っていたと言われている……」
「そう。その朝霧よ。そこにいる彼は朝霧の一族の者。その血に宿った力は天使の力を奪い、その命を絶やす天使殺しの力」
「……俺が天使殺し……!?」
「そう。あなたはそこにいる天使見習いはおろか現に大天使ですら一方的に蹂躙している。私の大事なファクター。偶然あの町の中で見つけたのよ。いくら私が大天使であり堕天使の力も併せ持っているからって上位の天使である熾天使で構成された元老院を皆殺しにすることなどできやしない。だからあなたをここに連れてきたのよ」
「……そんなこと……!!」
正輝が動き、雛水に向かおうとする。しかし二歩したところで足が動かなくなった。否、手に持った黒竜牙が尋常でないほど重くなっているのだ。
「黒竜牙が……」
「当然よ。黒竜牙はまだ地上の一部だった頃の天使界や人間の生き残りから変化したばかりだった天使を守るために作り出された武器。それが堕天使であっても天使である私を傷つけられるはずがないわ」
「……天使界が地上の一部……!?天使が人間が変化した姿……!?」
「そうよ。天使界は今から2000年近く前に作られた。地上で大きな災厄が起きたとされている頃。生き残った僅かな人間が何かしらの力で作り出したのが全ての始まりだとされているわ。そして天使は生き残った人間が天使界に適合するために変化した種族。他にも天使界や天使を守るための宝具はいくつか存在したわ。ザインの剣、ザインの風、ナイトメアカード。それらはすべて地上におけるどの兵器よりかも強力な力を持っていた。それでも決して天使だけは傷つけられない。朝霧戦争の際にも一応使われたけれど意味はなかったそうね」
「……それなのにどうして俺と黒竜牙を狙っているんだ!?スライト・デス退治か!?でもあんたは元老院への復讐を果たしたら天使界と運命を共にするつもりじゃないのか!?」
「ええ、そうよ。でもあなたも道連れになってもらうのよ」
「どうして!?」
「答えならもう言ったはずよ?あなたの父親とその娘は天使界を作った関係者。言ってみれば元老院を作り出してしまった元凶でもあるのよ」
「……そ、そんなことのためだけに俺を……?」
理解が出来ない。愛した人を殺した元老院を憎む理由は分かる。その復讐も正直言って止めるつもりはない。しかしそれだけのためにわざわざ宇宙人を使ってまで天使界を滅させ、そして間接的に関わった者の関係者である自分すら殺そうとする。関連性(ライン)は繋がっていても繋げる奴がいるものか?いたとしてそれが人の親なのか?
「……さあ、正輝。そこの大天使がこのまま殺されたくなければその黒竜牙で自害なさい」
「何だって!?」
「いざとなれば黒竜牙を捨てて私に抵抗する事だって出来るでしょうからまずはそれを封じ……」
「いい加減にして!!」
怒声。今までのよりもはるかに大きなサイズの火炎弾が放たれては雛水の前にかき消された。
「……小雪、お母さんの邪魔をしないで」
「いい加減にしてよお母さん!お父さんを殺されたのはすごく悲しいし憎い気持ちもわかるけど、それに私達を巻き込まないで!!それにお母さんにとってのお父さんみたいに私にとって正輝お兄ちゃんは一番大事な人……!!その人をお父さんみたいに奪うと言うなら私はどんなことをしてでも止めて見せるし、止められなければ絶対に復讐して見せる。例えば……!!」
アリスは歌音に跨る烈火を見た。
「……まさか!!」
初めて雛水は表情を変えて動いた。同時にアリスは烈火に向けて火炎弾を発射する。直径は2メートル。温度は400度。当然烈火は喰らえば蒸発するだろう。場合によっては下の歌音諸共に。しかし、その事態は起きなかった。
「……え?」
驚くアリス。何故なら火炎弾は烈火に届く前に受け止められていたのだ。結羽と雷歌によって。
「……うううっ、がはっ!!」
口から煙と血の塊を吐いて倒れる結羽。同じように苦痛に表情を歪めながら膝を折る雷歌。
「ど、どうしてお二人が……?」
「……天使見習いにはその魂に大天使を危機から守るように命令が刻まれているのよ」
呟く雛水は一瞬でアリスの背後に回り込み、その首筋に手刀を打ち込んだ。
「アリス!!」
「……馬鹿な子。でも私の子ね」
雛水は気絶したアリスの両手足を枯れた枝のようにへし折るとキングの横たわる大木へと投げ飛ばす。
「さあ、正輝。続きよ。自害なさい」
「……くっ!!」
まるで大地そのものを掴んでいるかのようにとても持ち上がらない黒竜牙。それを出来ないアピールする正輝。しかし、
「黒竜牙を使わなくてもいいでしょ?あなたには金属を自在に操る力があるのだから」
「そう。例えばこんなものとかな」
「!」
声。直後、雛水は膝を折った。見れば雛水から見て右の下翼に一本の槍が刺さって地面にまで貫通していた。
「こ、これはまさか……!!」
全員の視線が一点に集まる。そこにいたのは手足が折れて頭や胸から血を流しながらも立ち尽くす無沙紀だった。
「……無沙紀、どうしてこんな……!!」
「母上、あなたとの心中にその男も天使界もいらない。……俺だけで十分なはずだ」
「……あなたなんていらない……役立たずのあなたなんて……!」
雛水は槍を引き抜き、光の流血を起こす翼を庇いながら無沙紀を振り向くと掌から光の弾丸を発射する。
「ぐっ!!」
バスケットボールほどの大きさの弾丸が容赦なく無沙紀の、質量が少なくなった体を弾き飛ばしさらに質量を削る。
「雛水!!無沙紀はもう立っているのもやっとの体なんだぞ!!第一無沙紀はあんたが作ったんじゃなかったのか!?」
「そう、作っただけ。私は堕天使になったとはいえ大天使。そう簡単には地上には降りられない。あの人のクローン部隊が完成するまでの間地上で活動するにはどうしても必要だった捨て駒に過ぎないわ」
「あ、あ、あんたって人は!!」
正輝は黒竜牙を地面に突き刺し、血塗られた槍を拾って雛水に走る。
「付き合うぞ!!」
刀斗もまた抜刀して走って来て二人同時に雛水へと突撃する。そして全く同じタイミングで槍と刀の刺突を放った。が、しかし二つの切っ先は雛水の片手の前に止められた。否、掌に触れてすらいなかった。その直前に見えないバリアのようなものがあるのか、そこに二人の攻撃は止められていた。
「……黒竜牙がないあなたなんて大したことないわ」
3枚の翼が輝くと同時、衝撃波が放たれて正輝と刀斗の二人はピンポン玉のように弾き飛ばされる。
「うぐっ!!」
「があああっ!!」
槍と刀は砕け、正輝と刀斗は何度も地面を転げまわり跳ねまわる。雛水がそれを見届けると同時。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そこへ烈火が走ってきた。固めた握り拳を雛水に向けるために全力疾走の烈火。しかしやはりそれは届かない。見えない棒か何かに払われたように突然烈火は転倒してひん曲がった両足を抑え込んで絶叫を上げた。
「……少し油断が過ぎたようね」
雛水は歌音を見る。歌音は息を荒くしながらも立ち上がり雛水を睨みつけていた。その傍らには腹から大量の血を流す雷歌の姿。
「……死にぞこないの見習い天使が朝霧を引き剥がしたのね。でも抵抗の一撃を受けて瀕死と」
「くっ!!」
苦痛の悲鳴を上げながらも歌音は光球を放つ。やや遅れて雛水も光球を放つ。大きさも速さも雛水の方が上だ。よって激突した際の結果は明白。歌音の放った光球は呆気なく打ち破られ、勢いを落とさぬまま歌音へと迫った。が、それもまた届かなかった。
「……がはっ!!」
歌音の前に秀人が立ちふさがり、光球をその身で受け止めたからだ。
「……!人間がどうして!?大天使を守る命令は受けていない筈なのに!」
「……命令とかそんなんじゃない……僕は……彼女の力になりたかった……だけ……だ」
「秀人君!!」
歌音に一度振り返り、笑顔を見せてから秀人は倒れた。仰向けに倒れたのにその上半身を血の池が完全に包み込む。
「……そんな……」
「……犠牲は悲しみを生むだけなのよ。それが分からないから人間は哀れなのよ」
雛水は悲しい表情を作り、歌音ではなく好美と舞に掌を向けた。が、それは遮られた。大輝がその手を掴んでいた。
「何かしら?」
「……いい加減にしろよこの屑野郎。てめえのつまらない八つ当たりのために罪もない人を巻き込んでんじゃねえ……!!てめえみたいな生きる価値もない奴のために咲が死んだだなんてふざけてんじゃねえぞ……!!」
全力以上の握力が雛水の細腕を強く握りしめ、骨に亀裂が走る音が響いた。
「……朝霧でもないのにこの力は……!?」
「俺はな、昔両親が死んでからずっとずっと妹と二人で暮らしてきたんだ。ずっとバイトで生活費を稼ぎながら妹を養ってきたんだ。いつもいつも他人の幸せばかりを願う妹がある日友達を連れて来てしかも一緒に住みたいとまで言った。二人きりになってから初めての妹のわがままだったから俺はそれを聞き入れて頑張って働き続けた。そんな幸せな日々を貴様のような奴が踏みにじった!打ち砕いたんだ!しかもそれでいててめえは自分は飽くまでも被害者だと言い続けている。そんな馬鹿な話があるものか!自分以外の誰かを被害者に変えてしまった時点で例え過去にどんな悲劇があろうとそいつは世界にとっちゃ決して許しちゃいけない奴になるんだよ!!」
叫び、大輝は空いた手の拳を握り全力で雛水の頬を殴った。
「ううっ!!」
「俺はそんなお前に復讐するためだけにここまで来たんだ!!お前の復讐は果たされる前に俺の復讐によって潰されるんだ!!それが復讐って奴だろうが!!」
もう一発、今度は腹を殴る。
「ううううあああっ!!」
雛水の体が一瞬浮き上がり、次の瞬間には膝をついて地面に屈む。どうやら天使としての力は凄まじいが身体能力は人間の女性と大差ないようだ。いや、先程の天使は元々人間だったと言う話を鑑みれば天使として特別な力を持っている代わりに穢れに弱いと言う事を除けばそれこそただの人間なのだろう。
「死ね!!死んでしまえ!!お前のようなごみ野郎に生きる価値なんざない!!死にやがれ!!!」
大輝は倒れたままの雛水を何度も踏みつける。最初は背中を何度も踏みつけ、血が噴き出したあたりで羽を踏みつけ始める。先程槍で貫かれた翼の穴の開いた部分を掴んでは蕪でも引っこ抜くようにその翼を背中から引き延ばす。
「……!!大輝、やめろ!!」
正輝は叫ぶ。だが、大輝の力は弱まることはなく
「っ!!うああああああああああああああ!!!」
その翼は大量の鮮血と閃光を伴いながら雛水の背中から引き剥がされた。
「あ……あ……」
枯れた声で雛水は中空に手を伸ばす。しかしその手を大輝は踏みつける。
「お前のせいで咲は……お前のせいで、お前のせいで……!!!」
靴底についた汚れを落とすかのように大輝は雛水の右手をグリグリと踏み捻じりついには人差し指と中指が切断された。
「まだだ!!まだ!!まだまだ!!」
大輝はポケットから何かを手に取る。それはナイフだった。それもやや大きめだ。恐らく黒主家から拝借したものだろう。それを逆手に握りしめ、雛水の背中に突き刺す。
「うううううう……!!」
「うああああああああああああ!!」
「大輝!!」
正輝は鞘を杖代わりにして何とか立ち上がり、大輝へと走る。さらに、
「もうよせ!!」
後ろから烈火が大輝を羽交い絞めにする。
「放せ!!離せよ!!」
「忘れたのか!そいつはどんなに憎くてもアリスちゃんの母親だぞ!!お前は妹の仇を討てるかもしれないが同時にあの子の仇になるんだぞ!!」
「それでも!!それでも!!俺は仇を討つんだ!!こいつを殺すんだ!!そうじゃないとあいつが、あいつが……!!」
「それって誰のこと?」
「…………は?」
突然、聞きなれない声が響いた。大輝や烈火、正輝が同時に視線を伸ばした。その先にはパラディンがいてその隣には一人の少女がいた。その背中からは黒い2枚の翼が生えていた。つまりは堕天使だろう。それよりかも大輝が驚愕していたのはその顔と声だ。
「……咲……!?それに桜葉……!?な、何なんだ君は……!?どうしてあの二人がダブるんだ……!?」
「僕は……桜水(さくな)。うまく覚えてないけど、かつて東雲咲とそして桜葉って呼ばれていた堕天使……だったと思うよ?」

------------------------- 第165部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
152話「Monotonecricis7~堕天使の歌~」

【本文】
GEAR152:Monotonecricis7~堕天使の歌~

・時間はやや遡り、元老院院内。
「ぐはっ!!」
醜い悲鳴は朽ちる熾天使の声。
「……貴様、なんてことを……!!」
火楯の前。倒れる11人の熾天使。いずれも元老院の傘下にあたる執行部が罪人を処罰するときに使用する黒十字の剣で胸を貫かれていた。どす黒い血の雨の中には写真のようにその血を一切受けず純白のままの裏切りの熾天使・パラディンが立っていた。
「知っているのですよ、あなた方がどんな薄汚い事を知っていたかを」
パラディンは掌を火楯の背後の壁に向け、一筋の光を放つ。火楯の僅か横を貫いた光は音もなく背後の壁を打ち破る。
「……まさか……」
火楯は振り向かず代わりに滝のような冷や汗を流す。パラディンは表情を見せぬままマントのように白銀の翼をはためかせながらその横を通り過ぎて開いた壁の向こうへと歩く。
「……今から200年以上前にあなたは最初の人造天使を作り出した。人間の遺伝子を改造して作った現在の天使も人造天使と言えなくもないですが100%無から生み出したという点では彼女が最初の人造天使だった。計画自体は成功していて彼女は天使でありながら翼を持たず、穢れに満ちた地上界でも自由に行動ができ、そして天使に由来しない力も手に入れた。だが、計画としては失敗だった。彼女は確かに人間からすれば薄く見えるかもしれないがしかしあなたが望んだような無感情な天使ではなかった。たまたまその場に居合わせた騎士の存在を恐れたあなたは彼女を地上に送り、そして2度と人造天使を作ってはいなかった。だが、最近になって量産型の天使などと言うものを作り出してしまった。……それだけならまだ技術の1つの側面、裏の姿として見て見ぬ振りも出来たかもしれない。でも、これはどういうことか説明してもらいましょうか?」
パラディンはしばらく歩いたところで足を止めて怒りに満ちた表情で火楯を振り返り睨む。その背中には青く輝く培養槽。その中には一人の少女……黒い翼の堕天使が裸体で浮かんでいた。
「……あなたは、死んだ人間と天使の魂を利用して全く新しい生物を作ってしまったんだ!誰にも触れられない神聖なる魂の旅路、輪廻転生。そこに手を加えて、二つの死んだ魂の転生を阻害して1つの魂に融合して人造天使を作り出した……!!おまけに今を生きていたはずの幼い天使の肉体を、本人の精神を殺してまで利用している!生きとし生けるものにおける禁忌は他の命を利用することだ。そしてあなたがやったことはその中でも最大の禁忌!魂の融合と改造を施した!天使を名乗りながらその所業を完全に悪魔の者へと変えてしまったんだぞ!!人造天使や量産型天使、クローン人間とも違う!あなたはどれだけ罪を深く多く刻めば気が済むんだ!!」
「……知ってしまったからだよ。その悪魔と言うものの所業を」
「何……!?」
「動き出した時にはすでに遅かったがな。……貴様は知らないのだ。悪魔と言うものがどういうものなのかを。この先確実に滅びの未来が待ち受けているのだ」
「……ブランチ、いやヒディエンスマタライヤンの事か……?」
「調停者ともまた違う。奴らはとても恐ろしいのだ……。積み重ねてきたものがそう力を務めてきたものを相応しい場へと誘うことを人は未来と呼ぶ。だが、その当たり前の運命を奴らはそのまま脅威へと変えるのだ。だが我々と言ってもただ滅びを待つだけの木偶ではない。やれるだけのことは何でもしたいのだよ。……結局はその破滅よりも前にこうして目の前にそびえたった滅亡に試されているのだがな」
「…………あなたがどんなたわごとを自分の命の担保に使っているのかは分からない。だが、最後に残った熾天使としてあなたを処罰する使命が私にはある」
パラディンは黒十字の剣を手に取ると無抵抗の火楯の胸に突き刺した。
「……未来に生きろ、崇」
パラディンはそうつぶやき倒れた火楯を背に、培養槽を破壊して中から少女を取り出した。一瞬で服を召喚して少女に着せてやったところで少女は目を覚ました。
「……名前、わかるかな?」
「……桜水(さくな)……それ以上はわからない」


・そして戦場。大輝の視線の先に桜水はいた。その顔や雰囲気、声などは確かに死んだはずの咲や桜葉に酷似していた。
「……パラディン……」
ムラマサが折れた両足で立ち上がる。
「無理はしない方がいい。私には敵意はない。……敵意があるのはあなたの方だ。雛水」
パラディンは険しい表情で雛水を見た。雛水は血だらけのままパラディンを見返す。その後ろで歌音が膝をつく。
「……13人目の元老院、裏切りの熾天使」
「大天使クラスなら知っているか。君に悲しい運命を与えてしまった事、唯一生き残った元老院として謝罪しよう」
「……唯一……?」
「……ほかの12人なら天使界全体の暴走を招いた責任をその命で果たさせた。もうあなたが復讐していい相手はこの世にいない。それでもなおその胸に怒りの炎が燃えていると言うのであれば残った最後の熾天使である私がその怒りを是非引き受けてみよう」
パラディンは黒十字の剣を雛水の傍に投げた。
「い、いけません崇様!!」
すぐに歌音がそれを拾おうとするがパラディンはそれを手で制す。
「歌音。私が死んだあとは君が新しい元老院となって天使界を統治するんだ。新しく熾天使を任命するには現存しているすべての熾天使の許可が必要だがもう残っているのは私しかいない。だから君を熾天使に任命する」
パラディンの行使が終わると同時、歌音の背中の翼が4枚に増え、その輝きを増す。
「……くっ、」
雛水は力を振り絞って立ち上がる。すぐに大輝が拳を握るが烈火と正輝によって止められる。
「放せ!!果名!!俺をお前の仇にさせろ!!」
「それを認識しておいてどうして立ち止まれないんだお前は!!」
「立ち位置が逆でも同じ言葉を言えるのか!?」
「そうさせないように俺は自分の手であの人を止めるために来たんだ!」
「……そうだよ大輝。誰があなたにそうしてって頼んだの?」
桜水はゆっくりと歩み寄ってきた。近づいてみればますますその雰囲気に大輝は時間を奪われる。
「……君は一体誰なんだ……?」
「僕は桜水。それ以上はよく分からないんだ。でも、君の事は分かる。東雲大輝。君を想うと僕は胸がぽかぽかになるんだ」
自分の胸に手を当てて笑顔の桜水。まるで犬の尻尾のようにその黒い羽がぴょこぴょこと動く。その仕草を見た大輝はどこか、桜水が言ったように胸の足りない部分が満たされていくようなそんな感覚に襲われていた。まるで咲や桜葉と一緒に暮らしていたあの頃のように、とめどない安心感が胸の中でどんどんと増えていく。
「……ううわ……うううっ!……うああああああああああああああああ!!!!」
「……大輝……」
慟哭。しかしそれは大輝から完全に殺意を消した。それを感じた烈火と正輝は大輝から離れる。と、ちょうど雛水が黒十字の剣を手に取っていた。
「……元老院……あの人を返して……私の幸せだった時を……」
血まみれの羽を使い、浮力を生かしながら雛水はゆっくりとパラディンへと歩み寄っていく。対してパラディンはその弱弱しさに無抵抗と無防備で答えている。既知であるムラマサはもちろん、正輝達もまた苦悶でそれを見守る事しか出来ない。しかし、一人だけ動いたものがいた。
「……もうやめろ」
それは大輝だった。大輝が雛水の黒十字の剣を握る手を掴んで止める。
「放して……!私は元老院を……」
「あれはあんたの討つべき仇じゃないんだろう?そしてあんたももう俺が討ちたい仇じゃない。俺もあんたを赦すからあんたもまたあの人を赦すんだ」
「……そんな綺麗事……」
「復讐の歯車を止めるにはいつか誰かが綺麗事で終わらせなきゃいけないんだ。それに、復讐の歯車を回すことをその胸に思った人は望んでいるものか?それはつまりその人に自分が行っている復讐を認めさせていることになるんだぞ?……その人に人殺しをさせているのも同じなんだ」
「それが何よ、私はもう魂がない人形とは言えあの人に町を焼かせているし、あなたの家族も殺している。私もあの人ももう天国には帰れないのよ……。死んでも死にきれなくてそんなことすら救済にならなくて、それでも最後に未練を果たしたい。それだけが今の私を生き物たらしめている最後の存在意義なのよ……!!それは、それだけは例え被害者にだって止められない!!」
それは全く理にかなっていない、狂人の断末魔にも等しいただの感情の発露、暴走。しかしわずかな躊躇は生まれた。
「1ついい事を教えてあげるわ。私の被害者はあなただけじゃないの。2年前に私は元老院の手で天使界に強制送還されたわ。でも一度だけ脱走してる。その時にたまたま遭遇した天使の夫婦達を殺している。……それは一体誰の両親だったのかしらね!」
「!!」
今、雛水は何を言ったのか。新たな犯罪の供述?決して命乞いにも自分の復讐の肯定にもならない戯言?どんな裏方があるかは分からない。だが、その発言が何を意味するかはすぐに分かった。
「……くっ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
血の海に沈んでいた雷歌が立ち上がった。よく見れば背後で同じように血の海に沈んでいた結羽もだ。
「よせ!結羽!雷歌!!もうお前達は立ち上がっていい体じゃない!!」
「……ですが正輝さん……私達は……!!」
「こいつに復讐するためにこの2年間生きてきたんだ……!!」
金と銀の羽を動かして二人はもうほとんど動かない体を前に進める。その浮力がなければ自重すら支えられそうにない体を。もうあと数分しか持たないであろう体を。
「うああああああああああああああああ!!」
結羽が最初に加速した。雷歌を追い抜き、大輝の前で背中を見せたままの雛水へと向かっていく。その金の翼から奇跡の力が彼女の手に集まり、一筋の閃光、ビームとなって雛水向けて発射される。残された命を全て出し切ると言ったように何度も何度も。恐らく人間なら一発だけでも直撃すれば重傷以上は免れないだろう。しかし雛水は背中を見せたままの無防備で何度直撃を受けても微動だにしない。
「……お母さん……お父さん……」
飛行速度が落ち、膝から落下した結羽はうつ伏せに倒れながら雛水に向かって手を伸ばす。その距離は約3メートル。しかしその距離が埋まることなく伸ばした手は地に落ちた。
「結羽……!!」
後から雷歌がやってきた。その全身に奇跡の力が宿ってオーラのように輝いている。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そのままミサイルのように地上と平行に飛んでいき、雛水へと最後の突撃を開始する。そして雛水の体に横側から激突。自分よりやや大柄な雛水の体を真横に突き飛ばしながら雷歌は墜落し、地面を転がる。
「…………結羽…………」
振り落ちた手が結羽の手と重なる。そしてそれ以上動くことはなかった。
「お前……!!」
「どきなさい」
振り向いた大輝。その右足に雛水は黒十字の剣を突き刺す。
「大輝!!」
桜水が駆け寄るのを見ながら雛水はパラディンへと歩み寄っていく。
「……雛水、あなたは何を……」
「言ったでしょ?復讐者に残された最後の未練を果たすと。その前にすべての罪を明るみに出さないと……」
「……これがロードクロイツの言っていた感情故の混沌か……!?」
表情を変えるパラディンの懐までやってきた雛水。既にその目には何も映っていない。握った黒十字の剣をパラディンの元へと運ぶことしかもう頭の中には残っていない。ただ背中の3枚残った黒い翼がさらにどす黒い色と模様に変貌しているのが見える。本来その高潔さで耐えている大堕天使の堕天使の部分に抑えがつかなくなってきているのだ。
「ふううん!!」
「ぐっ!!」
時は来た。天使の階級差効果をすべて無視して相手を処罰できる黒十字の剣がパラディンの腹を貫く。その勢いで放たれた黒い衝撃波が前方にあった元老院の施設を破壊する。2000年近くも積み重なられた元老院の社が崩壊し、封じ込められていた11人の熾天使の魂が全て怨霊となって雛水の黒い翼に吸い寄せられ飲み込まれる。
「ううう、うああああああああああああああ!!!」
どす黒い叫び声を飛ばしながら雛水は貫いたパラディンを黒十字の剣ごと投げ捨てては飛翔する。そして暗雲立ち籠ることなく空が黒い闇に包まれていく中で雛水はさらにその全ての闇をその身に浴びては尋常ではないエネルギーをその身に宿していく。
「あいつ、何をするつもりなんだ……!?」
「……元老院の闇を吸ったんだ……」
息も絶え絶えなパラディンが倒れながらに口を開いた。
「元老院の闇?」
「そうだ。穢れなき存在と言われている天使だって元は人間だ。決して穢れを持たないわけじゃない。そしてその穢れはいつか闇となって天使界を物理的に滅ぼしてしまう。それを防ぐために元老院の施設には天使界の中の穢れを集めて封印するシステムがあった。だが、それが壊れた今元老院が2000年近くも集めて封印してきた穢れの全てが解放されてしまう。こうなったらもうこの世界は終わりだ。もはや熾天使クラスでなければ今この世界を覆っている穢れには耐えられないだろう」
熾天使。残された熾天使はこの致命傷を帯びたパラディンと歌音だけとなる。
「……結局天使界は滅亡する運命なのか……!?」
嘆く正輝。その視界で1つの変化が起きた。闇に包まれた雛水が全く新しい姿となって地上に降りて来た。今までの人間と大差ない姿から全身が爬虫類のような黒いうろこに覆われ、鳥類と言うよりかはドラゴンのそれに近いような翼を背中に2本生やした黒い竜人と言った姿に変わっていた。
「何だあれは……!?」
「…………分からない。いくら堕天使だからってあんな姿になるだなんて聞いたことがないぞ……!?」
正輝だけでない。歌音やパラディンですら驚愕を示している。その前で雛水だった怪物はとても生物の喉から出るものとは思えないの武徳グロテスクな叫び声で世界を揺るがすと、最も近くにいた大輝と桜水へと接近する。
「!」
「大輝!!」
正輝が駆け寄り、黒竜牙でその一撃を防ぐ。
「……黒竜牙の自由が利く?あれは天使ですらないのか!?」
続けて放たれた攻撃、成人男性の胴体程の太さと長さがある両腕からの出鱈目な殴打が迫ってはすべて黒竜牙で受け止めたり受け流したりして防ぐ。その間に大輝と桜水は距離を取る。それを気配だけで確認した正輝は防御から攻撃の姿勢に戻し、その野太い右腕を切断するように黒竜牙を叩き込む。しかし、黒竜牙はその頑強を薄皮一枚剥がすのがやっとだった。
「どんな硬さだよ……!こいつはスライト・デス幹部も簡単に真っ二つにしたんだぞ!?」
驚愕のまま防戦一方に戻される正輝。戦いを始めて10秒して初めて気づいたが相手は同じ場所から一歩も動いていない。だのに今正輝を圧倒しているのだ。しかもそれだけじゃない。相手はその両足を経由して天使界そのものから力を吸い取っているようでただでさえ尋常ではない強度を誇るその黒いボディが秒単位で強化されていく。不幸中の幸いと言えるかは不明だが速さ自体は全く変化していないのが幸運か。
だが、そこで異変は起きた。敵の体が倍以上大きくなっては腕が4本生えてきたのだ。こうなっては速さが変わらずとも手数が3倍となっている。その意味に戦慄している正輝に今それが襲ってきた。
「ぐああああああああああ!!」
もはや防御もままならず、正輝は後方に吹き飛ばされる。
「はあ……はあ……」
着地して息を整えながら周囲を見渡す。
血の海に沈む結羽、雷歌、刀斗、秀人、無沙紀、パラディン。立ち上がるのがやっとなムラマサ。大木に叩きつけられてピクリとも動かないアリスとキング。無傷ではあっても戦力ではない美咲と好美と舞。足の負傷でほとんど動けない大輝と烈火とそれを支える桜水。
「……正輝」
隣に歌音が立つ。
「やめるんだ歌音。お前にもしもの事があったらどうする?この世界は本当に終わり、いやそれどころか天使は絶滅するんだぞ!?」
「でも、このままじゃ正輝だって……!!」
「は、歯が立たないわけじゃない……。きっとなんとかなるから……美咲達を頼む、歌音……!!」
「で、でも……」
たじろぐ歌音。動き出す化け物。正輝は敵に振り向き、黒竜牙に意識と力を向ける。
「ブラックアルマゲドン!!」
黒い輝き。黒竜牙の刀身から放たれた必殺の一撃。それが真っ向から竜人に炸裂した。だが、土煙すら上がらずに竜人は正輝に向かっていく。
「……あれをくらって無傷なのかよ……!!」
驚愕する正輝を今度は防御も出来ないような一撃が迫った。その6本の腕により囲むように放たれた同時攻撃。
「ぐあああああああああああああああああ!!」
確実の骨が砕けた感触があった。それをスローモーションで認識しながら正輝は幾度も転げまわり、後方にいたはずの美咲たちの傍まで吹き飛ばされる。
「正輝!!」
美咲と歌音の悲鳴が重なる中、正輝は何とか意識を取り戻す。同時に全身から力と温もりが消えていくのが分かった。恐らく腹か胸のあたりに穴が開いたのだろう。骨も内臓もきっと大変なことになっているに違いない。これまでにないくらい全身が立ち上がることを拒絶している。相手の力を巨大化したゴーストと互角かそれ以上ではないかと過大評価して絶望の理由にしようとしている。それだけが今頭の中を占めている。
「正輝……。あ、れ、何かがものすごい速さで近づいてきてる……!?」
歌音の声が聞こえる。
「しかもこの反応、別の世界から無理やりこの世界に、天使界に来てる!?」
歌音の驚く声。つられて正輝もまた空を見上げた。雷鳴轟く悪天候。いつ振り出してもおかしくない曇天。そこに一瞬だけ黄金の波紋が生まれると次の瞬間にはその曇天が全て討ち滅ぼされた。
「……ま……き……!!」
声が聞こえる。記憶の奥底のさらなる内側のどこかでひどく聞き覚えのある声が聞こえる。
「……そ……せ……!!」
「……これは、まさか……!!」
思わず起き上がった正輝。その視線の先にある天空にその姿はあった。
「その名を果たせぇぇぇぇぇぇ!!!正輝ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
「…………父さん…………!?」
天空より飛来したのは黒衣に身を纏わせた紫電の騎士である黒主零(ちちおや)だった。
「ふんっ!!!」
亜音速で天空より飛来しては大地を大きくえぐり、クレーターを作り、夥しいまでの土煙を巻き上げる。そして次の瞬間には烈風が吹き荒れて砂嵐が消え、正輝の前にヒエンが姿を見せた。
「…………やっと来たか、黒主零」
パラディンの声を聴き、歌音は驚愕し、正輝は確信を得る。
「やっぱり、父さんなのか……!?」
「年の近い奴にそう呼ばれたくはない!それより、こっちが奴を引き付けるからお前はGEARを使ってその名を果たせ!」
「あ、ちょっと……!!」
止める間もなくヒエンは走り出した。もちろん向かう先はあの怪物。
とても耳障りな叫び声をあげながら竜人はその6本の腕でヒエンを狙う。しかしヒエンは向かってきたすべての腕に真っ向から拳を打ち込んでいき、すべての腕を破裂させながら懐に入り込み、放ったワンツーの威力だけで竜人を殴り倒す。一瞬しか見えなかったから確証はないが今殴られた化け物の尋常でない硬さの部分には亀裂が走っていたように見えた。
「……相変わらずの化け物だな」
安堵の嘆息。そして正輝は立ち上がる。狙うは敵の存在意義(ギア)。GEARは世界の構成物質である役割の1つ。全ての存在にはGEARが任命されていてそれを失ったものは世界からはじき出されて消えてしまう。
「……雛水、お前の名を果たす」
視線を倒れた竜人に向ける。このGEARを行使する時にだけわずかに見える。標的の役割。雛水には堕天使と大天使の2つの役割が宿っていた。残念ながら片方だけと言う事は出来ない。だから堕天使雛水と言うGEARと大天使雛水と言うGEARの2つを同時に果たさせる。
「ひぎいいいいいいいいいいいいあああああああああああああああああああ!!!」
化け物の中から雛水の尋常でない悲鳴がこだまする。数秒の後、化け物の背中から雛水が孵化するように外に出される。その背中には羽は一本も残されていなかった。その謎を考えるより先に雛水を落とした化け物は醜い叫び声をあげながら暴れ始めた。力の抑えが利かないのか全身の至る所から腕や翼や首を生やしてはその闇の濃度をすさまじいものへと変えていく。
「……ふん、中の天使ごとやると思ってたがやるじゃねえか」
小さくヒエンが称賛。同時に振り上げた拳の一撃で化け物を空高く殴り飛ばす。と、化け物は上空で火炎弾を全身の至る所から生成しては吐き散らす。
「範囲が……!!」
「大丈夫だ」
身構える正輝。しかし、ヒエンが笑うと
「防衛(サテライト)・サブマリン!!」
同時にその場のヒエンや正輝達をドーム状のバリアが覆い、火炎弾を真っ向から受け止める。
「剣人か!!」
火炎弾が止まり、バリアが消えると同時。空からキマイラに乗って剣人、歩乃歌、赤羽、久遠、切名が、自前の翼でユイムとライラが飛来した。
「正輝、大丈夫か!?」
「剣人もよく無事だったな。でも父さんと合流してたら無事も当たり前か」
「父さん!?ヒエンがか!?」
「そうだよ剣人君。僕達よりかもこの人意外と歳行ってるんだよ。ねえ、廉君」
「……歩乃歌ちゃんや、中々トラウマだからやめてくれないかな?」
「いやだもん。さっき僕にあんなことしておいて拒否権とかあると思う?……正輝君の前で言っちゃおうかな?」
「や、やめてくれ」
歩乃歌のジト目に狼狽えるヒエンに、疑問の正輝と剣人。その隣で美咲と切名が顔を合わせていた。
「……あなたは、」
「大丈夫。あなたはもっと先に進める」
「…………」
それを赤羽が不安そうに眺めているのを見た久遠は肩を小さく叩く。
「……パラディンさん……!」
「やあ、ライラ君。こんな死にぞこないの姿を見せて非常に申し訳ない」
「パラディンさんがここまでやられるだなんて……」
パラディンに肩を貸すライラとユイム。その一方で剣人は倒れて気絶しているキングに歩み寄る。
「……剣人」
ムラマサがその後ろにやってくる。
「……大丈夫だよ兄さん。別に今ここでこいつをどうにかしようなんて思わない。殺したいほど憎い事実は変わらないけどもこいつにはセントラルを率いて世界を再生してもらわないといけないんだ」
と言いながらもキングの折れた足をガシガシと足で小突く。
そしてそれらの行動を全て中断するのは空に浮かぶ化け物の咆哮。見上げるのはヒエン、正輝、歩乃歌。
「さあ、行くぞ!正輝!歩乃歌ちゃん!!」
「ああ!!」
「うん、一度やってみたかったんだよね!!」
3人が同時に鞘から刃を引き抜く。
「轟け!!万雷いいいいいいいい!!!!」
「黒竜牙!!」
「終億の霹靂!!」
引き抜かれた3本の剣。それぞれが同時に今まで見たこともないような閃光と脈を時空に向けて穿ち始める。ヒエンは万雷の牙か王冠のような鍔を掴み刀身を化け物に向ける。歩乃歌もまた同じように鍔を掴んで刀身を標的に向けた。
「ライトニングクロノブレイクキャノン……」
「ラグナロククロノブレイクキャノン……」
「「発射ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」」
そして向けた刀身からそれぞれ空前絶後なまでのエネルギーがもはや柱のような光線となって発射されては一瞬で化け物を完全に包み込む。莫大なエネルギーによって光のサークルが出現し、正輝が黒竜牙を構えながらそのサークルを抜けてミサイルのように化け物に向かって進んでいく。
「ダークネス!シャイニング!!ハウリング!!!ゼノ・ヴァルマゲドン!!!」
3つのエネルギーが宿った刀身を勢いよく振りかざし、発射された光の刃が拘束されていた化け物を一刀両断にする。断面から3つのエネルギーが化け物の体内に侵入していき、内側から全身の細胞を跡形もなく消し飛ばす。
爆発の反対側で正輝が着地して空を見上げる。化け物は今ので残骸1つ残らずに消滅していた。雛水の本体も生きているかどうかは分からないが無事に歌音に引き取られている。
「ちょっと廉君。打合せしててよ。咄嗟に終億の霹靂に鍔造るの大変だったんだから!」
「そ、そこまで無理に合わせなくても大丈夫だったのに……」
何故か父親が戦友の女子中学生と口喧嘩してる。


・戦いが終わって少し経過した。
転生の地である霊園。そこに並ぶ結羽、雷歌、刀斗、秀人、無沙紀。
「……ヒエンさん、この人たちを生き返らせることは出来ないんですか?」
「天使界は微妙に地球とは位相が違うからなぁ。それにむやみやたらと生き返らせるのはあまりよろしくない。とは言え、実際の歴史で死ななかった連中が死ぬのもまた少し都合が悪いだろう」
言ってヒエンは掌からエネルギーを秀人以外の4人に流す。と、一瞬で4人の傷が塞がっていき、心臓の鼓動が蘇る。
「……父さん、秀人は……」
「諦めろ。そいつは本来の歴史でも死んでいる。……本来の歴史通りに今地上界では少しずつ歴史が修正されている。スライト・デスに支配されていた地域もバグにより消滅を始めていた都市も元の姿に戻りつつある」
「けど、本来の歴史って天使界は滅びてるんだろ?じゃあこの天使界がある限り本来の歴史とは異なるんじゃ……」
「かもな。でも妹の想いを無視するのは心苦しいが本来の歴史なんてものにする必要がない。町や世界が元に戻れば別にそれ以上は構わないさ」
「……だけどスライト・デスが……」
「構うもんかっての。スライト・デスなんざこっちに任せておけ。元の世界に戻ったら地球の逆襲を始めるぞ。……けどその前に」
ヒエンは元老院跡地へと向かう。不思議に思ったのか重傷のパラディンも後を追いかけた。
「どうかしたのですか?」
「僕にもここがどういうところか完璧に記憶が戻ったわけじゃない。だが、どうも不遜な気配が残っているものでな」
ヒエンは万雷を一振り。時空を切断する。と、元老院の跡地となっていた荒野。そこの一点に不審な無機物が出現した。まるでモニターのないブラウン管テレビみたいだ。
「これは、何ですか?テレビ?でもどうして天使界にこんなものが……」
「………………………………おいおい、まさかこれは………………!!!」
ヒエンが表情を変えた。その無機物の取っ手のような部分を掴んで引き起こす。と、地面についていた部分で隠れていた影。それが水たまりのように容量を増し、やがて2つの姿となった。どちらも少女の姿をしている。そのどちらもが背中から翼を生やしていた。
「……!!天使……ですか……!?ですが一体どうして……」
「……パラディン、どんな方法を使ってもいい。この子達を絶対に永遠に封印しておくんだ。わずかでも封印に歪みが発生したらこっちを呼べ。どんな時空にいようとも構わない。最優先で頼む」
「…………はい、わかりました」
事情が呑み込めない。しかし滅多にないこの男のシリアスな言動にパラディンは従うしかなかった。


・転生の霊園から距離を費やした森林。
「……妙なこともあるものだ」
そこに火楯がいた。胸から大量の血が流れている。しかしどこまでもタフなのか熾天使としての力を失いながらも未だその生命力に衰えは見られない。数か月ほど大人しくしていれば傷は塞がり権力以外は元に戻るだろう。どうにかして天使界の崩壊だけは避けられたようなので一安心をしている。しかし、すぐにそれも終焉を迎えた。
「……ようやく見つけた」
正面。その声に反応すると同時、火楯はその手足を失った。突然腐敗して胴体からちぎれ落ちたのだ。
「……瑠那……!!」
正面。そこにはルーナがいた。
「瑠那、どうしてお前がまだ生きている……」
「瑠那なんて名前の人造天使ならとっくの昔に死んでいる。今の私はルーナ・クルーダ。あなたが崩壊する世界から拾った男に拾われた地球の代行人さ。ただそれでも被造物の責任としてこの世で最も愚かだった生みの親の最期を見てやろうと思ってな」
「お前、まさか……」
しかし言葉は続かなかった。次の瞬間には火楯の全身は瓦解したからだ。
「……天使の長の最後は蟲に食われて無惨に死ぬ、か」
ルーナは数秒ほど朽ちた残骸を見届けてから姿を消した。

・戦いから半日。生き残った天使は200人ほど。歌音とパラディンによって集められて事のあらましを伝えられる。
「祟様はどうなされるのですか?」
歌音はパラディンに問う。厳命が出来たためか死ぬのをやめて傷口を回復したパラディンはしかし元老院に復帰するつもりはなさそうだった。
「私はもう元老院に属する熾天使・崇ではなくナイトメアカードの司界者パラディンなのでね。黒主零からの厳命は我が身を以て守り続ける。しかしもう天使界に未練はないさ。歌音、君が天使界を復興させるんだ。やり方は君に任せる」
「……そんな無責任な……」
「権力と言うのは他人に指図させるから肉体的には楽でいいんだけれども責任なんてものがあるからやっぱり面倒なんだよ」
「……まさかと思いますが崇様が元老院をやめた理由は……」
「聞かぬが花だよ。じゃあ、天使界をよろしく」
そう言ってパラディンは繋門(ゲート)のカードを用いて天使界を、西暦2007年の世界を去った。
その数秒後。
「ちっ、逃がしたか!!」
剣人とムラマサが部屋に突入してきた。
「きゃ!ど、どうしたんですか?」
「何でもない。世話になったな。あ、俺達は柊咲には帰らないからそのつもりで!行こう、兄さん」
「ああ」
そうして二人もまたゲートを使ってこの世界を去った。
「忙しいな」
「きゃ!」
また歌音が声を上げた。何故ならいきなりヒエンが背後に現れて後ろからその巨乳を揉みしだいたからだ。
「ふう。たまには巨乳もいいものだ」
「あなたは息子さんの前で何をやっているんですか」
ヒエンの尾てい骨に赤羽の膝蹴り。後ろを見ればこの二人だけじゃない。久遠、ユイム、ライラ、歩乃歌、正輝、切名もいた。
「皆さん……」
「歌音ちゃん。僕達は元の世界に帰る。それは2007年の柊咲じゃないんだ」
「……知ってます。黒主零と言えば黒主火楯様、黒主和佐様と並んで天使界の創始者であり最初の天使である怜悧様の父親だとも聞いていますから。天使界でも柊咲でもない別の世界の出身だって事も」
「そっか。でもまあ、僕は実は記憶喪失だから黒主零としての記憶はほとんどないんだ。だからジアフェイ・ヒエンで頼むよ。そしてどうか一晩20万で……」
最後まで言い終わるより先に赤羽の踵落としが炸裂した。歌音はヒエンから正輝に視線を向ける。
「正輝はどうするの?」
「お前も知ってるだろ?2007年の黒主正輝は死んだんだ。俺はまた黒主果名に戻る。本来の目的である歴史の修正は出来そうにないみたいだがそれでも救える世界が待っているんだ。だからもう柊咲には帰らない。けど、この世界だって偽物と言う訳じゃないんだ。俺の世界にはもう天使はいないし歌音もいないと思うけれどもそれでも俺は歌音を忘れない。俺がいた時にはお前は自分の正体を明かさなかった。そのまま関係は終わりを迎えてしまったからな」
「……そうなんだ。うん。そうした方がいいよ。黒主家は無沙紀君がいるし美咲さんもいる。……この場にも二人美咲さんがいるんだっけ」
歌音は赤羽と切名を見た。
「…………あ、そうだ」
赤羽から腕菱木十字固めを受けながらヒエンは何かを思いつき、どこかへとビームを一発発射した。
「……何をしたんですか?」
「後始末」


・柊咲町。黒主家。美咲、無沙紀、アリス、刀斗、好美、舞が到着する寸前。一筋のビームがどこからともなく飛来しては開かずの間とされていた一室を直撃した。部屋の中にあった培養槽。そしてその中にあった無数の少女達は一瞬で跡形もなく消し飛んだ。


・天使界。
ロープでぐるぐる巻きにしたキングを引きずったまま果名は歌音に背を向けて歩き出した。
「……じゃあな」
「うん、またね正輝」
「…………ああ」
最後に一度振り返り、視線を合わせてから果名達はヒエンの力で天使界を去った。
「……色々あったなぁ」
果名達が消えてから歌音は一言つぶやき、新しく作られた元老院の一室に封印された雛水を見る。死んではいないようだがまだ意識を取り戻さない。そればかりか翼を同時に失い、果たして今の彼女が天使なのかどうかも不明のままだ。
「……分かってるよ。あなたは最後、被害者として最期を迎えたかったんじゃない。復讐者として最期を迎えたかったんだよね。悲劇を起こしたものの末路を見せたかったんだよね。……その最期に答えられるかどうかはわからないけども少しは前向きな世界があなたを待っているよ」
雛水が眠るベッドに向かって歌音はつぶやいた。

------------------------- 第166部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
153話「復活、そして最終決戦へ」

【本文】
GEAR153:復活、そして最終決戦へ

・西暦23世紀。X是無ハルト亭。
「……ふう、戻って来たか」
庭園にてヒエン達が帰還を果たした。
「帰ってきましたのね」
縁側にてキリエ、紅葉、シンが待っていた。さらに他のメンツも気配や声につられてやってくる。
「げっ、いきなりお姉ちゃんの顔を見ることになるなんて」
「何か言いまして?ユイム」
「べっつに~?」
「何ユイムちゃん。お姉さんと仲悪いの?あんな何でもやってくれそうでおっぱい大きいお姉ちゃんレズレズ案件じゃないの?」
「僕は近親相姦は嫌なの。それにお姉ちゃんなんて全然タイプじゃないもん。まだ歩乃歌ちゃんの方がいいよ」
「え、僕ってそんなに嫌われてるの!?むしろ被害者の方なのに!?直接被害もたらされたのに!?うわーん!!眞姫~!!僕を慰めて~!!」
「……何なんですのこの二人は」
「……だから会わせたくなかったのよこの二人は」
瞠目のキリエと嘆息の火咲。
「でも歩乃歌。あんた被害者って何されたのよ。いくら化け物みたいな強さの両腕拾ったからってまだユイムよりもあんたの方が強いんじゃないの?」
「聞いてよ火咲。僕がね、」
しかし言いかけたところでユイムに口をふさがれた。
「シュトラが!!シュトラがいるから!!ねえ歩乃歌ちゃん!!」
焦るユイム。また涙目になるライラ。首をかしげるシュトラ。全てを察して体重が半分になりそうなくらい大きなため息をこぼす火咲。
「あ、ちなみに廉君」
「だからその呼び名はちょっと怖いんだってば歩乃歌ちゃん」
「何でもいいけど逆に廉君の方は言ったら絶交だからね。誰にも言っちゃだめだからねっ!」
「……一晩10万でどうかな?」
「歌音ちゃんより半額になってるよ!?そんなに僕の価値低いのかな!?やっぱりおっぱいか!おっぱいの差なのか!?」
「嗚呼、ボクッ娘女子中学生がいっぱいおっぱい言う環境…………濡れるッ!!」
直後にヒエンの顔面と股間を赤羽と火咲の飛び蹴りが貫いた。
「……これがマジで父さんなのかよ」
切名と共に借名のところまで歩み寄りながら半目の果名。
「父さんって果名様、どういうことですか?」
「ん?ああ、そうか。知らないままなのか。……あの人は俺の父さんである黒主零だよ、アリス」
「…………え」
「2007年の世界に行ってきたんだ。そこで全部思い出した。そしてそれ以上の事をしてきたんだ。自分の正体。美咲の正体。アリスの因縁や天使界の事。結羽と雷歌の仇の正体も、無沙紀の正体もみんな」
「…………そうだったんですか」
「俺はあの世界で黒主正輝として戦ってきた。黒主正輝としてできることは全部やってきた。だから俺はまた黒主果名に戻るよ」
「……じゃあ私も借名のままで」
「……これで名前が3つだな」
「果名様……」
「お、何だか果名さんが大人になってる。それにソウルプラズマーに近い強い力も感じる」
シンと愛名が訝しむ。しかし逆に果名も二人を見て訝しんだ。
「お二人も随分と……。もしかしてゴールインしちゃったとか?」
「ん、まあな」
「う、はっきり言いやがったぞこの未来人。……俺もまだ高校生だった頃の美咲や中学生のアリスを抱いてきてもよかったかなぁ……」
言った瞬間に果名に向かって2方向から炎が走った。


・X是無ハルト亭。
かなり疲れた一日だったこともあって一晩休むことになった。……のだが。
「…………えっと、何かな?」
寝室。流石に疲れたからヒエンも休もうかと思った矢先。蛍と火咲と眞姫が腕を組んで部屋に入ってきた。ついでに苦笑した歩乃歌も。
「………………あー」
メンツとその表情を見て冷や汗をかきながらすべてを察したヒエン。とりあえず蛍が無言のままバールのようなものでガンガン殴ってくるのが怖くて痛い。
「ヒエンさんだったかしら?」
眞姫がヒエンの襟首をつかむ。
「歩乃歌はね、好きな人がいるのよ?でも世界のためにその人とも別れて1年近く戦ってきてそれなのによくもよくも……」
「えっと、一応初めての状態に戻したんだけど……」
「そんな都合のいいかりそめが何だって言うのよ!!」
ビンタ。眞姫の手首の関節が外れそうになるほどの全力の一撃。思った以上に衝撃が走ってヒエンはベッドから倒れ落ちる。と、火咲が見下ろしてきた。
「……甲斐さん」
「う、」
虚憶を引きずり降ろされるような実に懐かしく今の心にはひどく邪悪な声。
「……あなたはそれでいいの?ルーナ相手ならまだしもそれ以外の人にまで手を出して……。アスク相手の時も疑問に思ったけどあなたは本当にそれでいいの?」
「い、いや、でも火咲ちゃん……」
「……かつての私が愛した師匠はそんな人じゃなかった。ちゃんと心の奥に芯があって、女の子が大好きであっても一線を超えることはそうそうなくて……。それなのに私でもなく私の親友に手を出すような人だったなんて……。それに必要があるからって今の赤羽美咲や久遠にまで手を出して……」
一度黙る火咲。そして、目に涙を浮かべながら。
「……甲斐さん、今のあなたは最低です」
そして火咲は無言のまま部屋を去った。
「…………ジアフェイさん」
蛍が口を開いた。
「あなたがいなければ私達は全滅していた。でも、私にとっては私の命以上に大事な人を傷者にしたあなたを絶対に許さない」
視線だけで人を殺せるんじゃないかと言う目で一瞥してから蛍は足早に部屋を去った。同じような視線を流してから眞姫も部屋を去った。
「………………うわあ」
立ち上がれずしりもちをついた状態でヒエンは情けない声を上げることしかできなかった。今日一日だけで2度世界を救った男とはとても思えない醜態だった。
「……あのさ、廉君」
歩乃歌が隣に座る。その表情を見る勇気はない。しかし意外なほど優しい声色が返って来た。
「流石にちょっとごめんね。お風呂でユイムちゃんが口を滑らせちゃったんだ。確かに僕だって好きな男の子に恋する可愛い女子中学生だから初対面の人にレイプされたのはかなりショックだし正直泣きたいくらい傷ついてるよ。でも天使界で大輝君が言ってたじゃん。復讐の歯車は誰かが綺麗事で済ませない限り永遠に回り続けるものだって。それに廉君が決してただのレイプ魔じゃないって事くらい分かるよ。火咲から話だけは聞いてたから。……それにしてもあの火咲が美咲みたいになるなんてね。僕も初めて見たよ。まあ、元々火咲は美咲だったんだから何もおかしいことはないと思うんだけど」
明らかに歩乃歌は被害者でありながら加害者の自分を慰めようとしていた。ひどく惨めだった。
「……歩乃歌ちゃん」
「なに?」
「元の世界に戻ったら1つだけ何でも願いをかなえてあげるよ。地球(ぼく)に出来ることだったね」
「……う~ん、あんまりそういうことは言わない方がいいと思うよ?多分だけど火咲が同じ立場だったら殺されても文句言えないよ」
でも、と歩乃歌は立ち上がった。
「考えといてあげる。だからまずはこの世界を救おうよ。明日あたりにでもスライト・デスに殴り込みを仕掛けるんでしょ?」
「……ああ。奴らの本星の場所は大体わかってる。地球から離れることが出来ない僕でも地上からライトニングクロノブレイクキャノンを全力で放てば届くし一撃で終わる」
「え、あれそんなすごい威力だったの?」
「さっき君と一緒に撃った時は1%くらいしか出力を使ってなかったよ」
「……むむう。不意打ちだったからってあの時僕は全力でやったんだけどなぁ」
言いながら頭の後ろで手を組みながら歩乃歌は出口へと向かう。
「歩乃歌ちゃん……」
「僕はもう大丈夫だから。あんまり気にしないでね?って言った方が少しは気が済むのかな?」
いたずらそうな顔で言ってから歩乃歌は去っていった。
「………………はあ、」
一人になってヒエンは立ち上がらずにそのまま床に寝転がった。そのまま眠りにつきたかったが零のGEARがない今そうしたら風邪をひきそうだ。その程度の罰くらいは今は願ってでも引き受けたいところだがそれでわずかでも明日の作戦に支障が出てしまう訳にはいかない。そう思って立ち上がった時だ。
「少しは少女の気持ちがわかったか?」
新しい声が部屋の中で生まれた。振り向かなくても声の主は分かった。
「生きていたのか、ルーナ」
「勝手に殺すな。……まあ、お前の妹には割と本気で殺されかけたけどな」
ルーナはヒエンを追い抜きベッドに座る。
「言っておくが慰めてやるつもりはないぞ。責めてやるつもりもない。ただ情報整理をしに来ただけだ」
「……黒主火楯を殺したな?」
「たまには親兄弟が減る経験をしても悪くないだろう?あなたは長生きをし過ぎている。だのにあまりに少年らし過ぎる。少しは清濁を併せのむべきだ。黒主正輝の父親を名乗るにはややふさわしくない」
「随分なスパルタだ。よほど生みの親に望ましくない最期をくれてやったと思われる」
「私に当たるな。被害者は被害者のままで、加害者は加害者のままでいるべきなんだ。所詮この世は因果応報だったかな?」
交差する視線。ひどい天邪鬼同士の虚しい削り合い。
「……零のGEARを失っているようだな。何があった?」
「率直に聞く。あの光のトンネルの中を自由に動ける奴はいるか?」
「私達以外でか?他人の邪魔に命を懸けた酔狂な調停者か同じ鼓動の音を持った裏闇裏丸かブフラエンハンスフィアくらいしか宛はない」
「……なら調停者か」
「……そいつにGEARを奪われたのか?」
「恐らくな。そいつにトンネルの中で襲われて、この世界に来た時には既に消えていた。零のGEARはオンリーGEARであり世界が始まった時から脈々と受け継がれてきたものじゃなかったのか?」
「あなたが一代で後生大事に引き継いできたものばかりだと思っていたが。私にもあなたのその力に心当たりがない。私が生まれた時には既にあなたは零のGEARの後継者である黒主零となっていた。もしかしたら黒主火楯なら何か知っていたかもしれないが」
「殺意を優先させるから……」
「私がやらなくても崇かあなたがやっていただろうに」
直感の奇襲。自分があの場に到着するよりも前に黒主火楯の命は消えかかっていた。しかしその後雛水によって元老院が破壊された後もその命の気配はあった。つまり逃げ延びていたことになる。だがルーナは火楯を殺した。それはいつか?これまでルーナが核心をついてこないところを見るにそれはちょうどヒエンがあの二人を発見してしまったのと同じくらいの時なのだろう。つまりルーナはあの出来事を知らない。知らぬが仏なのかもしれない。少なくとも自分なら知る機会がない方が幸いに決まっている。自分が作られた意味、その全てが否定される可能性のある与太話(しんわ)など。そしてその事実の存在こそ打ち破るべき我が存在証明。
「どうかしたか?」
「いや、何でもない。しかし事実零のGEARがないのは少々不便だ」
「……あなたクラスだから不便で済むかもだがたとえば私程度だったら余裕で死活問題だぞ。確かに格上には通じないが格下や同格相手のあらゆる攻撃を無条件でシャットダウン出来るうえ日常生活でも生きるうえで必要最低限のコストである食事をする必要がなくなるし体力の消耗もないから戦闘だけでなくあらゆる活動で不利になることがないって言う大きな有利を得れる。矛盾の安寧が消えた爛と私は一応同じ世界階級ではあるが相性の問題であいつに勝つのは厳しいだろう。でも零のGEARがあれば話は別だ。相手の攻撃を一切シャットアウトしながら私の蟲で少しずつ相手を削れる。相手が同格以下であるならどれだけ数を用意したとしてもあまり条件に変わりはない。それだけ強力なものだ。しかし他人のGEARを奪うなんて聞いたことがない。他人にGEARを与えることならいくつか前例を知っているが」
「…………他人に与えたGEARなら返してもらうことは出来るんじゃないのか?」
「…………何を考えている?」
ルーナは明らかに表情を変えた。まるで直接自分の心臓を敵の手で握られているかのように緊迫。言ってから自分でも気づく。確かにこれは恐ろしい想像だ。自分は世界を容易に救えるほどの実力を持っている十三騎士団の一人だ。その騎士に対して。実力と比較すればあまりに脆弱でないよりかはマシと言った程度の力を与えることが出来てしかもそれを容易に奪還できる存在がいるのではないかと言う可能性を示唆している。そしてルーナは彼女が生まれた時には既に自分が零のGEARを所有していたと言う。つまり最低でも200年以上前には自分と接触して零のGEARを与えている。そしてそれを今このタイミングで奪還している。この200年で何らかの事態の変動が起きた?或いは何かしらの準備が出来た証拠か?ぱっと思いつく限りルーナよりも以前からの知り合いで自身に対してそのような真似が出来そうな存在は5人ほど考えられる。内二人はほぼほぼ敵対することはないだろう味方だと言ってもいい弟妹。3人目は本日目の前の少女によってとどめを刺された熾天使。残った二人はもう一人ないしは二人の自分と言ってもいいパラドクスと調停者。特に前者はその命を奪うことで他人のGEARを奪うことが出来る能力を持っているから可能性としては決して低くはない。だが後者に関しても稲妻の騎士ナイトスパークスの代名詞且つ命と言ってもいい至上の万雷をどのような理由か数百年もの間所持していた。その理由は自分も覚えていない。何よりそいつの顔を自分は全く知らない。確実に対面したことはない。だが自分と同じ存在だったと言う事は非常にいびつなフェア精神を持っているに違いない。万雷を預かる代わりに零のGEARを、と言うシチュエーションは決して考えられないわけではない。しかしだったらもっと早くに零のGEARを回収しているのではないだろうか?そして何よりパープルブライドとの関連性は?ブフラエンハンスフィアとパープルブライドが組んでるとすればパープルブライドは調停者?痛み分けにも満たない小競り合いでしか戦ったことがない相手だがしかし直感的に感じるのはパープルブライドは調停者にしては些か実力が足りていないのではないか?ブフラエンハンスフィアが零のGEARを回収したいと言うのであればわざわざ格下を使わずに自身が手を下した方が早いのではないだろうか。とは言え事実調停者より格下の存在に零のGEARを奪われているのだから訝しむことでもないか。
「それでルーナ。この世界のプラネットに会ったんだろう?誰だった?」
「あなたの予想通りとしかしそれ以上の存在」
「は?」
「片方は邪神アジ・ダハーカだった」
「………………何だと」
こいつは今爆弾発言をした。……片方はと言った。つまりプラネットは二人いると言う事になる。そんなことは決してあり得ない。まだ一人の人間が脳と心臓を二つずつ持った状態で生まれてくる方が現実味がある話だ。だが同時に思索。アジ・ダハーカは伝説と言う形で死に残っている。もう既に本体と言う形では残ってはいない存在だ。それがプラネットの座に就くのは不可能だ。ならばアジ・ダハーカを復活させてその座を半分でも分けてやった存在が真のプラネットだと言う説はどうか?そしてそうなればその存在はアジ・ダハーカを生き返らせられると言う化け物じみた所業を成しているとんでもない化け物と言う事になる。それこそ一人でプラネットであり騎士でもある自分をこの世界に招いても問題ないと発想しているクラスの。ひょっとしたらスライト・デスどころではないかもしれない。
「……馬鹿な姑息を言うが、地球が迫りくるスライト・デスって言う宇宙の外敵を迎撃するために僕達を呼んだって線は考えられないか?」
「あなたは自分の意見を疑問視付きで語るナレータを見てどう思う?」
「素直に傍観者を気取りながら煽るなって言えばいいんだぞ」
天使界の出身者はどいつもこいつも思考が極端なのか、まだほとんど思い出せていない我が第一子がひねくれていないか心配になってしまう。
「しかし、スライト・デスを砲撃しながら背後ならぬ足元から撃たれるだなんてごめんだがこの地球の代行者もわざわざ挟み撃ちをするためだけにうちらを呼んだわけではないと信じて明日を迎えることにしよう」
「そうだな。せめて一晩費やしながら少女達への弁明と詫びの言葉を考えておくといい。ちなみに私は相談には乗るつもりはない」
「……こいつめ。せっかく忘れかけていたことを」
静かに小さく笑いながらルーナは姿を消した。その神出鬼没で防御力を無視しながら相手の肉体を微分子レベルで削り食える便利さを持っていながらさらに零のGEARまで手に入れたら厄介極まりないのでは?
「ふう、」
やっとベッドに座り、横になる。見慣れぬ天井を睨みつけながら考えるべきことをまとめる。
1:結局聞きそびれたプラネットの片割れの正体。見当もつかない。最低でもこの荒廃した地球で何か良からぬことを考えている奴。
2:零のGEARを奪ったパープルブライドの正体。調停者ほど厄介ではなくとも他人のGEARを奪える存在。やっぱり厄介。
3:火咲達に明日どんな顔で会えばいいのだろうか。ある意味上記2名よりかも厄介な現実問題。だって犯したかったんだもん。
「……正輝もいることだししばらくは女の子あさりはやめておくかな。でももう少しで赤羽とも行けるところまで行けそうだし。けど火咲ちゃんから聞いて幻滅してるだろうな。…………景気づけに誰か可愛い女の子レイプしてえ……」
危険思想を唱えながらしかし久々に感じる眠気への耐性を忘れて布団もかけずに意識を闇に閉ざしていった。


・夜。夜中の野山のように真っ暗な闇の中をヒエンの思考は漂っていた。
体は動かないがしかしうっすらと意識は蠢いている。ならばこれは夢の類だろう。少し妄想を育ませればすぐにそのままの光景が見えてくる。
「めるめる……奴が気弾を撃ったらふわりを連れて逃げるんだ……」
たわごとが空気より前に消えていく。しかしそれは存在しない筈の何かに受け取られた。気配がした。自分の夢の中に別人の気配。
「……」
それは紫藤でもブロッコリーでも緑風でもなく紫電の花嫁。即ちパープルブライドである。
「……どんな夢だ!?」
「……夢はいつだって自己完結しているもの」
喋った。それは記憶が作り出した人工音声。複数人の誰かのそれに聞こえる。時には赤羽、時にはユイム、時には早龍寺で時には自分自身にすら認識できてしまう四次元空間。
「それで、夢の中のお前は一体何を話してくれるって言うんだ?」
諦めの境地、しかしそれにはまったくもって意味がない。アニメや漫画を見ながら自らとは無関係を悟るような当然の帰結。脳が理解をしていながらしかし口から出て耳より前に脳に届く言葉はすべて無意味な他ない。
「あなたはどうしてジアフェイ・ヒエンであり続けるのか」
今度はルーナの声、顔と認識された言葉。自然と本人が言っているような錯覚。感覚。あり得そう。
「ジアフェイ・ヒエン。確かに本名は甲斐廉で現在の名前は黒主零で全宇宙からはナイトスパークスなんて呼ばれているな。だがまだ記憶は戻っちゃいない」
「何1つとして正しい事なんてない。まるでこの夢のような世界、それも単独ではない、連続した夢想世界であなたは何を気取る?」
ライラの声、顔。認識の異常。あのライラちゃんがそんなことを想うはずがないと言うこの上ないほど図々しい先入観。しかしやはりまた何となく本人がどこかで思ってそうな確証なき確証が脳内で整理される。
「ならば、その世界の登場人物がジアフェイ・ヒエンでいいだろう。甲斐廉としての記憶も黒主零としての役割もナイトスパークスとしての力もほとんど持ち合わせちゃいないこの状態がジアフェイ・ヒエンだ」
「名前とは役割で、責任なんだ。その名を果たすのが存在証明。だと言うのによくそんなちゃらんぽらんでいられるものだ」
正輝の声、顔。認識と同時にこれは悪夢だと、都合の悪さをすぐに上げようとする卑劣極まりない人情=うしろめたさの証拠。薄汚い。
「記憶は戻っちゃいないかもしれないが、今の僕は間違いなく今の僕なんだ。そこに偽りはないはずだ」
「そうやって逃げている間はあなたは本物にはなれない。偽りが本物に、過去が誇りになれるのはいつだって自分を超えた時だけ。今のあなたにそんな資格があるのかしら?」
火咲の声、赤羽の顔。美咲の雰囲気、切名の気配。全てが過去、自分と深い関わりを持った、作ってしまった同じ顔の少女達。己の罪の照明他ならない、どうしようもない醜い太陽。照らされる、照らされる=自分は月のない吹雪の夜の方が好きなんだと全く関係のない皮肉の殻にこもる、籠る。余計に響く罪の意識の権化たる少女達の顔、気配、思い出。その先にかつて彼女達と関わったであろうかつての自分の姿。見えるはずがない過去の自分。見えない理由、己を見失っているから?記憶を失って別人と認識しているから?取り戻せないと思ってそこに至るまでの過去と言う名の真実から怯え遠ざかっているから?
「こっちだよ」
突然の声。一瞬歩乃歌とも思ったが少し違う。ユイムやライラにも似ててそれでも少し違う。少なくとも記憶にはないはずの謎の少女の声。しかしこの上ないほど安心感が湧き出て来る都合のいい悪夢。それに浸ってやろうかと思う自分。認識するほどに吐き気がする。エターナルエンドレスエンド。決して終わらない自虐の渦。生み出しているのは自分だと言うのに逃げたいと言いながらどこまでも自重を絶望に任せてそれに浸ってさも安堵しているなどと現実逃避をしたがっている。どこまでも自分を傷つけることしかできない、しかしそれを最高に都合のいい悪夢だと心が認めてしまっている自虐の精神ここに極まれり=救えるものなら救ってみやがれ。出来ないのだから神は嫌いだ。悪魔でいい。
「ほら、今日はいい天気だよ」
電気の匂い。無機質な電機の匂い。心地よい。何故か軋む右足。幸福感と引き換えにチェンソーで削られていく右足。或いは自信を傷つけることで幸福感を得ていると言う揶揄?
「今日はずっと一緒にいるからね。ほら、何して遊ぶ?何でも好きなことをしてていいんだよ?ほら、美夏ちゃんだってそろそろ来てくれるよ」
美夏……梓山(あずさやま)美夏(みか)……!?一瞬浮かぶひどく気持ちよさそうに、しかし不幸そうな顔をしながら死んでいったあの少女の顔、声、記録、すべてが一瞬で押し寄せてはブラッシュアップ。次の瞬間には誰を追憶していたかを脳が完全削除。何も思い出せない、まるでアカシックレコードから消え去る際に何故かその記録が未練で自分に最後の言葉を語りかけて来た、挨拶を、呪詛の言葉をその最期を見せに来たのではないかと言う死神への期待感、安堵感。
「そろそろいい加減に……!!」
首から下に現実的な力、温もりが生まれてくる。目覚めは近い。しかし、どうしても頭がはっきりしない。元の現実と言う世界に戻してくれない。どうしても都合のいい悪夢の姿を借りたあの少女が引き戻させてくれない。手を引いてはくれない。その手を全力で引いているのは誰でもない自分の意識だと脳が理解、妥協。今この瞬間、この理解を得ている自分だけがこの世界で究極の唯一の幸福者と言う麻薬に近い境地。そして、その誰にも理解されない、してほしくない幸福感を感じた直後憤慨した拳が何かを穿った。
「……っ!!!」
覚醒。やはり見慣れぬ部屋。一瞬何かが口から出そうになったがしかしすぐにそれは呼吸となって消え失せた。
「…………夢?やっぱりくそったれだな」
悪夢ほど記憶したがる人間の脳みそはどんなつくりになっているのだろうか。悪夢の内容が全て記憶の中に保存されていた。
「……梓山美夏」
その人物の名前を地球と言う名のネットにつなげて検索を掛けてみる。しかし該当結果なし。ありえない。本当にアカシックレコードから消え失せたか或いはあの悪夢の中で自分が無意識に咄嗟に作り上げた都合の悪い理想(キャラクター)だろうか?
どちらにせよあまりに寝覚めが悪い。現時刻は夜中の3時半。そう言えばあの子がこの時間によく起きてしまう悪癖があるとか言っていた。……あの子とは誰だ?
「……悪夢に酔い過ぎてるな。どうせ酔う夢ならばあの後一人用のポッドの中でめるめるに押し倒されたふわりがどんな行動をとったのかその甘酒のようにフレッシュフルーツバスケットなシチュエーションに酔いたかったものだ」
気配を探る。屋敷内、起きている人間、皆無。時間が時間だから仕方がない。ん、いつの間にか剣人とその兄貴が屋敷の中で寝ているな。天使界からいつの間にか姿を消していた兄弟だが成果がなかったのか戻ってきていたらしい。
何か気持ちよく寝なおすための方法がないかと屋敷内を感覚だけで模索していたその時だ。
「!来やがったか!!」
それが来るより一瞬先に湧いて出た屈辱的なまでのギラギラした敵意。自覚と同時に屋敷全体が大きく震えあがった。大地震である。震度で言えば8,9。いや10くらい行くかもしれない。家具どころか壁までもが簡単に崩れ落ちるほどの大脅威。その振動を覆すほどの大音量で叫ぶ。
「奴らが来たぞ!!!5秒で支度して外に出ろ!!!」
一瞬で意識を完全に覚醒させ、屋敷の外に出る。流石に5秒とまでは行かなかったが30秒ほどで十毛とアルケミー、爛が飛び出してくる。それに続いて3分以内には全員が屋敷の外に集合を果たした。
「……これは……」
驚愕の声を上げる爛。全身を激しく揺さぶる見慣れた感覚。それは間違いなくダハーカのものだ。しかし黄緑や象狼、群青のそれとはけた違いの圧倒的威圧感。否応なしに邪神の名前が口から零れ落ちる。
「……アジ・ダハーカか!?」
夜明け前の夜明け。そう形容できるような神秘的なまでに邪悪な緑色の輝きが地平線の彼方に見えた。そのシルエットは鳥と龍と悪魔とを何重にも重ね合わせたような夥しい形状。その大きさは最低でも4000メートル以上。
「zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaazazazaazazazazazazazzzzzzzzzzzzzaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」
地球上のすべての空気を振るえさせるばかりかオゾン層さえ破壊しそうなまでの狂鳴。音声と言う振動は実際に地球上全てに満たされ、一瞬で全世界を冬へと変えた。一瞬で気温は零下100度にまで陥り、地獄のような空気の乾きがあらゆる病魔をこれでもかと言うほどに引き寄せ始める。全人類にインフルエンザを5倍にまで悪化させたような虫唾の走る具合の悪さが押し寄せる。
「ぐっ、ごほっ!!ごほっ!!!」
最初に酷い咳をしてひざを折り吐血したのはヒエンだった。長い間零のGEARで守られていたその体からは完全に病気に対する免疫が失われていた。ギネスに載るくらい世界最悪の花粉症患者に世界全種の花粉を滝のように浴びせまくったかのように酷い涙と鼻水と痒さが押し寄せて来てパニックに陥る。
「ちっ!!」
ルーナは現在使役できるすべての微生物を用いてヒエンの体内からすべてのウィルスを除外する。
「……はあ、はあ、助かった」
心の底から安堵&人間的にどうしようもない感情、落胆が生まれては頭を振る。その間にルーナは他の皆にも同様の処置を行い、応急処置を完了させた。が、それと同時にさらなる悪夢がヒエン達の目には飛び込んできた。
光だ。最初は夜明けかと思った。だが違った。地球に異常なまで接近した禍々しい輝きを放つ惑星だった。
「……スライト・デスの本星……!!」
ヒエン、果名、シンが同時にその凶星を睨み呪詛を吐いた。

------------------------- 第167部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
設定資料集9

【本文】
<雛水の一生>
0歳:誕生
15歳:天使試験に参加。焔と初めて出会う。
17歳:大天使になる。同時に物理的には自由に地上に降りれるため地上に降りて焔と駆け落ち。
18歳:小雪を出産する。
21歳:正輝を拾う。
29歳:元老院に見つかって堕天使に落とされる。偶然その場に居合わせた焔は処刑される。天使界に強制送還された直後に一度脱走とした際に偶然鉢合わせた結羽、雷歌の両親を殺害。しかしその後見つかってしまう。大堕天使と言う存在を隠すため元老院はこの事件をブラックボックスに。
30歳:知識を集め、天使の量産化計画やクローン人間計画、天使界の成り立ちなどを知る。また、製造以来封印されていた無沙紀を起動させて彼を駒として利用する。
31歳:天使界へのクーデターを開始。

<パラディンの道程>
・天使界歴800年ごろ誕生。両親が存在しない自然発生。だのに極めて珍しい男性。翼の色は銀。
・15歳ごろに試験を受けるも3年連続で落第。20歳になってやっと一人前の天使となる。その100年後に大天使、600年後に熾天使となる。
・天使界歴1800年ごろに熾天使としてルーナ、ルネの誕生に立ち会う。英雄部の世界滅亡の際にヒエンからルネの封印を任される。
・天使界歴2093年。ナイトメアカードを手に元老院を離れる。
・22世紀。地上にナイトメアカードをバラまく。この際に司界者となって不老不死に。
・23世紀。剣人と知り合い、ライバル同士に。
・24世紀。聖騎士戦争にてブランチや天死の存在を知る。
・29世紀。ライラ達と出会う。ブランチと一応の決着を得るが存在を揺るがすほどの致命傷を負い、表舞台から姿を消す。
・力のほとんどを失った状態で矛盾の安寧にて群青や爛と行動を共にする。ちなみに爛が中学生くらいの頃に偶然魔王のGEARを覚醒させている。
・宇宙の果てでブフラエンハンスフィアと出会う。
・崩壊したセントラル世界に飛来する。


<天使界の真実>
・元々は人間界=地球の一部。しかし最初にブランチによって文明が一掃された際にわずかに生き残った人間が悪夢の伝説とされていたナイトメアカードを偶然見つけ、それを用いたことで特殊結界を作り出した。それが天使界の最初の姿。
・天使の正体。ナイトメアカードによって人類のDNAに改造をもたらされた新しい人類。生まれながらにわずかながらナイトメアカードの力が使えるがブランチによって再編された地上界には穢れが満ちていてその穢れを浴びると急激に寿命を縮めてしまう。大天使クラスならある程度耐性を持てる。
・天使の階級は試験を受けるまでの見習い期間、その試験含む日々の業務の成績から試験の試験官を担当することでなれる天使長、天使長の状態で一定の評価を受けることで元老院から任命されるとなれる大天使、かなり初期から存在し、元老院の構成員である熾天使に分かれている。
・天使は本来天使界で自然発生する種族だがセックスにより誕生することもある。そうして誕生した天使はDNAの奥底にあった人間だった頃の感情を取り戻すため自然発生した天使に比べて感情が豊かであるがそれ故に犯罪率も高いとされる。元老院はそれを敬遠して感情の抑制された天使を大量生産して秩序を保とうとした。
・天使と言う種族は最初にその存在になった黒主火楯を除き実はすべてがブランチ及びブフラエンハンスフィアによる介入がされていて、アルデバラン星人をモデルにされている他、いざと言う時のために地上の人類と同居させられるように調整もされている。そのため人間と恋に落ちてその子供を体に宿すことがあれば堕天使にならないよう設定が加えられる。しかし大抵は元老院に見つかってしまうため中々こういうケースは生まれない。
・結羽や雷歌、歌音の言う堕天使になった二人とは「花梨」と「葵」。時期的には2年後。2Winsの1年前がMy garnet。
・1章にて鴨がやってきた場所は朝霧による内乱が起きた際の戦争直後の戦場。そこでザインの風を手に入れた。同じ場所にゴールド=本宮=TEN仁グが後に使うことになるザインの剣も落ちていた。
・ルーナは数百年前に天使界で作られた、初の自然発生でも受胎誕生でもない人工的に造られた天使。製作者は本人には明かしていないがパラディンである。
・パラディンが元老院を離れたのは22世紀頃。本編では天使界での生活→ナイトメアカード→パラレルフィスト→本編と言う順番で歩いてきているため分かりづらいが第二部時点ではまだ未来の人物である。また、本作ではがっつりと関わっているものの原作=2008年ではまだ誕生していないため物語には関わっていない。

<零のGEAR>
ジアフェイ・ヒエンが事実上第一部の時間軸まで所有していたオンリーGEARの一種。黒主火楯によりこのGEARの持ち主は黒主零と言う名前を与えられる。甲斐廉が一度でも黒主零を名乗っている作品ではすべてこのGEARを所有していることになる。
GEARの効果としてはありとあらゆる外敵干渉を受けず新陳代謝も発生しないと言うだけのものだがその防御力、耐久力はすべてのGEARの中でもトップクラスのものであり、当然ではあるが多くの人物がこれを所有すればそれだけで圧倒的なまでのタフネスを有することになる。しかし、一定以上の世界階級を持つものには一切通用せず、逆にそういうものが所有しても弱者からの不意打ちを防ぐか日常生活を少し楽にすること以外にありがたみはない。以下の戦闘力で言えば10万くらいが境目。
ちなみに零のGEARの効力は一時的に分け与えられた存在にも作用する。氷塊に対して使用すればトンカチで殴ろうが砕けるのはトンカチの方であり、火で炙ろうが水滴1つ生じない。ただし流石に気体や液体に対しては使用できない。
また、持ち主の新陳代謝を完全に無効にしてしまうため食事や睡眠、排せつが一切できなくなる。その上自身のエネルギーを使って何かを行うGEARや技は使用が出来なくなる。例えば天使に対して零のGEARを貸し与えた場合飛行は可能だが天使としての力でビームとか他人の回復とかは一切使えなくなる。
パラレルカードやナイトメアカードのように魔力を消費して発動するものも使用不可能となる。
オンリーGEARであるため世界中で零のGEARを所有できるのは一人だけとなり、他人に貸し与えている間は零のGEARを所有していない状態となる。この時、ほかにGEARを持っていない場合には名を果たすGEARの効果と同じように役割を持たないものとして世界から排除されてしまう。
ちなみにヒエンは勘違いしているがルーナがこのGEARを手にした場合、微生物を操って他人をバラバラにすることは出来るが自身を微生物に一時的に分解して瞬間移動する技は使えなくなる。


<戦闘力>
目安
~10:乳幼児
~50:小学生中学年程度
~100:小学生卒業程度
~130:中学生程度。一般女性ならこの辺りが限界。
~170:男子高校生程度
~200:男子でも超える事は稀。一般人はこの辺りが限界。
~300:少し常人離れしている程度
~500:ワンマンアーミー出来る程度
~1000:階級で言えば10
~2000:人間と言う種族の限界値
~3000:人間なら化け物と言っていい程度
~10000:十三騎士団や調停者、最果てなどが注目する程度

1章
ヒエン:199
赤羽:114
久遠:110
火咲:130
達真:180
十毛:200
早龍寺:190~300
雷龍寺:280
龍雲寺:183
剛人:277
大倉:220
加藤:300
岩村:280

2章3章
ヒエン:222、30万(アースレイビースト時)、3万(終盤)
ライラ:160(カードなし)
黄緑:170(純粋な戦力)
イシハライダーV2:7500
カタブライダーV2:7100
タイライダー:8000
爛:2万2000
ルーナ:1400
蜘蛛のダハーカ:330

5章
ヒエン:4万(序盤)、30万(万雷入手以降)、300万(アースレイビースト時)
ライラ(ツインエミッション):1800
歩乃歌:4000(生身)、3万(二百連)、100万~(千代煌)
十毛:2万8000
カオススパークス:16万(1戦目)、28万(2戦目)
カオスインフェルノ:2万5000(序盤)、60万(完全体)
優樹:55万~
アルケミー:3万
ディンゴ:9万
トゥオゥンダ:500
ジキル:800
イシハライダーWD:10万
ルネ:8000

6章
果名:330
切名:190
借名:110
アカハライダー:エクシードなしで1000、エクシードありで7000
スカーレッド達:1200~2000
舛崎:600
大:190
大川:520
平井:200
伊藤、海東:600~1000、瞬間最大2万

フォルテ:2万
スライト・デス怪人:500~1000

7章
フラワルド:5万
グリューネ:2400
アズール:1万
ソウルプラズマー発動後の5人:それぞれ5000~2万
ゴースト:6万(通常)、60万(巨大怪獣化)
フォノメデス:80万~

8章9章
ヒエン:80万
赤羽:500
久遠:440
果名(黒竜牙解放):2000~30万
正輝:160
刀斗:202
無沙紀:210
ヴァルピュイア:1800
偽艶:1690
グラーザン:1700
ソゾボルト:1660
ブルーバーン:2000
レッドバーン:2000
キング:2400(生身)、1万5000(オメガ)
ゼスト:2300
ミネルヴァ:1980
剣人:1700
剣一:1680
火乃吉:1650
李狼:1700
ムラマサ:3000
マグマスター:2万2000
トリケランチャー:2万1800
ユイム:2000(パラレルカードのみ)、3万(ジュネッストリニティー発動時)
3号機:17万
和佐:16万~40万くらい
シリアル:2400
陛下:70~7000
パラディン:3万
雛水:6000
焔:1300


<新規登場人物>
朝霧(あさぎり)烈火(れっか)
年齢:17歳
身長:177センチ
体重:65キロ
所属:柊咲高校
GEAR:朝霧
好きなこと:甘いもの、喧嘩
苦手:勉強
出展:Monotonecricis、ン・ヴァルニフィカッセ
Mの主人公3人目。高校3年生で受験生だが絶賛サボタージュ中。やや不良?書いた当時はまだ放送されていなかったが某宇宙来たぁぁぁぁぁぁぁ!!!の人みたいな感じ。あれ+カミーユ。初投稿作品であるン・トピアタイの続編の主人公でもあるが黒歴史。悪い意味ではないけれども。
天使シリーズ中唯一対象者ではない主人公。しかし天使界に深い関係を持つ朝霧の血をひくため天使の羽が見える。ファッションヤンキー。と言っても無免且つノーヘルでバイク乗りながら金属バット振り回すような奴だが。大雑把に見えて意外と繊細。
GEARは朝霧。あらゆる天使の力を無力化して異常なほどの破壊力を以て撃滅するGEAR。ブフラエンハンスフィアが仕掛けたカウンター。
原作では正輝や大輝とは別行動している時に発動し、第二次天使界戦争が勃発していて争う全ての天使に絶望していたこともあって暴走して幾百もの天使を抹殺している。最終的には正輝がそのGEARと引き換えに止めるがモデルとなった二人目の人の最後のように精神崩壊する。
未執筆のまま終わった領域だがシリーズ最終作では復活する予定だった。ちなみに本作では存在しないが原作ではパートナーではないものの楓と言う名前の天使の少女と深い関係になるが一筋縄ではいかない関係でもある。
もう1つの原作では前作たるン・トピアタイ主人公南羽観月の小学校時代のクラスメイトであり、突如行方不明となりそして姿を見ない間に伝説となっていた彼女と再会する。そこで世界か観月かの2択を強いられる。当時としては長く2万文字程度を予想していた。結局最初の方しか書いていない。

雛水(ひなみな)/火村(ひむら)理科(りか)
年齢:31歳
身長:166センチ
体重:51キロ
3サイズ:83・60・80(D)
所属:天使界
GEAR:大天使雛水、堕天使雛水
好きなもの:焔、家族
苦手:天使界、元老院
世界階級:6
出展:Monochrome
大天使であり堕天使である女性。31歳だが外見年齢は十代後半から二十前後。天使は不老ではないが階級が高いほど老いにくい。奈々や歌音同様見習い天使→天使長→大天使と言うコンボを3年で達せているスーパーエリート。しかし焔との恋に落ちて堕天使に。4枚の大きな黒い翼を持つ。アリスこと火村小雪の母。
どこかで書いたが某KIDに同名のキャラがいるが名前を借りただけで外見や性格、素性などは全く違う。結羽とも面識はない。
人間としての名前は本作で設定したものでありそちらは某KIDの方の中の人から。
本編では1年でまとめられているが原作ではMy garnetとMonochrome以降の間には2年空いているため足掛け3年間も暗躍している。また正輝が火村家にいた期間も原作より長くなっているため色々時間軸が原作とは違う。
GEARは大天使の力と堕天使の力を使える。現状両方使えるのは雛水のみ。一時的とはいえ歩乃歌の全能力を封じるほどの力を持つ。
正輝を狙っていた理由は本編で語られている通り、一緒に生活していた当時は知らなかった正輝の正体故に天使界を作った連中への復讐のため。美咲を狙っていた理由は正輝への人質にするため。美咲の正体は知らない。無沙紀に関しては自分を母親のように扱わせているが愛情はほとんどない。

桜水(さくな)
年齢:不明。外見年齢は15歳程度
身長:144センチ
体重:32キロ
3サイズ:61・48・58(A)
所属:天使界
GEAR:心願、堕天使桜水
好きなもの:ブドウ、日光浴
苦手:争い
出展:Monochrome
2枚の黒い翼を持つ謎の堕天使。記憶喪失。堕天使でありながらその悪影響を一切受けていない稀有な存在。未だに増え続けるボクッ娘(2010年生)。モデルはカシワギサヨコと同じあのサーカスの死神。と言うかカシワギサヨコのモデル。性格に関してはユイムや歩乃歌のモデルに片足突っ込んでる。
その正体はほぼ同時に死亡した咲と桜葉の朽ち行く魂が融合し、さらに桜葉の妹とも融合した完全なるイレギュラーな存在。大輝に天使の羽が見えていた理由は彼女の対象者であるため。
GEARは心願と堕天使桜水。天使が天使に由来しないGEARを持つ現状唯一の例。そして心臓病患者以外で心願を持つ唯一の例でもある。
記憶喪失な割に明朗快活で天真爛漫な性格をしているが自身のアイデンティティに関してはかなり複雑であり、原作最終章になってもまだ自分が本当は咲なのか桜葉なのか桜水なのか分からない状態でいる。実際、性格=咲、知識=桜葉、思考回路=桜水と言う感じ。それでも100%正解ではないが。
ちなみに物語の構成上、Monochromeのメインヒロインでありながら登場はかなり後半になってから。
あと、こんな複雑怪奇な状態になってるのは大本の原作で全然初音と双葉似てないだろって思ったから。

黒主(くろす)火楯(ひたて)/ロードクロイツ
年齢:2000歳以上
身長:189センチ
体重:82キロ
所属:天使界元老院
GEAR:封印状態
好きなもの:自分中心の秩序
苦手:イレギュラー
出展:Monochrome after ~the end of monochrome~
元老院の院長にて天使界での最高権威であり世界で最初に天使になった男。他の天使は元老院所属の熾天使含めすべて彼らによって製造された新種族のため火楯のみが生きている間に人間から天使になった人物である。だから熾天使火楯と言うGEARを持たない。実は人間だった時点でヒエンよりも年上であるため現存している人間の中では最年長である。また、最初のリセットを受けて居場所をなくしたヒエンを天使界に回収した人物でもあり、ナイトメアカードを用いて十三騎士団とも接触した。ロードクロイツと言うのは天使界での称号。
和佐達と協力して2000年前に天使界と天使を作り上げた。ヒエンや和佐がまだ人間だった頃からの知り合い。
かつてはとあるGEARを持っていたが熾天使になって以降は封印状態にある。それでいて熾天使としての力も使えるため強ち熾天使火楯と言いうGEARの所有者とみても間違いではない。
かつてはナイトメアカードを所有していて司界者でもあったがパラディンに盗まれて以降は失われている。ちなみにナイトメアカード本編では一切出番がないと言うか当時は未設定の人物であり、原作ではパラディンが世界中にばらまいたと言う事しか判明していない。
逆にMonochrome本編ではパラディンの出番がないため最後まで暴走したまま大輝によってとどめを刺される。
名前だけなら1章やパラレルフィストにも登場している。

パープルブライド
年齢:不明
身長:155センチ
体重:46キロ
所属:???
GEAR:???
出展:EEE~Etenal Endless End~
光のトンネルの中でヒエンを襲った謎の人物。花嫁衣装にも似た薄紫色の甲冑を全身に着こんでいてその正体は一切不明。
ヒエンの零のGEARを奪った。間違いなくまだここに記載すべき人物ではない。
とは言え十分正体を察せるだけの伏線はばらまいていたためもしかしたら既に分かる人にはわかるのかもしれない。
……カシワギサヨコと言いこのパターン多いなぁ。


<既存人物変遷点>
ヒエン:ついに親子対面!!とは言え本来なら8章で実施予定だった。そして大絶賛絶不調。
赤羽:今回はまだ大人しい。
久遠:小学生で大丈夫かと思う今日この頃。
火咲:忘れがちだけど英雄部時代の赤羽美咲です。記憶だけでなく人格もちゃんと持ってます。
鞠音&潮音:久々の復活。1章でのお土産をちゃんと渡されて復活。
トゥオゥンダ&ジキル:無事頼りない先輩と言う1章時点でのマイナスイメージを払拭できた。
陛下:やっと登場!7章から長かった。
イシハライダー&アカハライダー組:そう言えば最近存在を忘れていたり。発がシリアルに殺されかけてた時以来?
ライラ:地味にパラレル・フィスト以来に涙している原作の真ヒロイン。
ユイム:地味に浮気癖が治っていなかった人。
歩乃歌:やっとヒエンと出会えたと思ったら処女奪われた可哀そうな子。戻されたけど。作者的にもどうかと思ったけど伏線として利用予定。
剣人:やっとヒエンに会えた初代主人公。ライラにも借りを返してもらったし。人間関係的には原作を超えているかもしれない。
果名(正輝):途中から本名の正輝名義に。下記通り黒竜牙覚醒以降凄まじく強くなっている。
切名(美咲):アレンジと言うかリメイクと言うか色々関係の深い赤羽美咲と出会っている。
借名(アリス):原作以上にショッキングな出来事が連続しているからか原作よりアグレッシブになってる。
パラディン:ナイトメアカードと天使シリーズと言う二つの古巣が舞台だからか水を得た魚のように。