Sayonara,The Japanese Farewell Songの謎~絵葉書音楽の寄り道

大抵の方ならとっくに見抜かれているとは思いますが、わたしの「絵葉書音楽」という考え方の原点というか、旅の始まりは細野晴臣氏(と言うよりも「Mr.ハリー細野」)の一連の「トロピカル」シリーズと、大瀧詠一氏(こちらも「Mr.イーチ大滝」)の「分母分子論」へと至る、一連の日本のポピュラーミュージック考察からでした。
これまでのわたしの人生で幸運だった事はあまり無いのですが、「若い時にこの盤に出会えて良かった、ラッキーだった」と思える一枚が細野さんの名作「泰安洋行」です。異色に思えたジャケット(一緒にいた友人が「シューマイみたいだね」と評した)に魅かれて、最初に入手したのは中学3年生の夏休み、田舎の中古盤屋さんでした。ちゃんとブックレットと帯も付いていました。

Harry "The Crown" Hosono 細野晴臣 / 泰安洋行 Bon Voyage Co. 1976

家に帰って初めて聴いた時、それまで聴いていたロックンロールやポップとは全く違うのに、何故か心に残る曲ばかりで「なんだこの心地よさは!」と、戸惑ったのを覚えています。
細野さんの、いわゆる「トロピカルシリーズ」(アルバム3部作の他にも「コチン・ムーン」や企画盤に提供された数曲とイエロー・マジック・オーケストラの「シムーン」「アブソリュート・エゴ・ダンス」もわたしは含めています)、どれも大好きですが、この一枚の持つ独特な空気感がわたしは大好きです。

もう語り尽されている名盤なので、あまりわたしが書く事も無いとは思いますが、ずっと気になっていることがあります。
このアルバムにはA2「香港Blues」とA3「"Sayonara" The Japanese Farewell Song」と、カヴァー曲が収録されています。

「香港Blues」はホーギー・カーマイケル自身の歌と演奏も残っており(1944年の映画「脱出」でも本人が出演してこの曲をプレイしています)、81年にはジョージ・ハリスンもカヴァーするなど、割と「メジャー」な曲なのですが、問題は「サヨナラ」の方です。

Haruomi Hosono / Sayonara (The Japanese Farewell Song) 1976

この曲、謎が多い!作詞の「Hasegawa Yoshida」はともかくとして、作曲者、Freddy Morganは本当に「あの」フレディー・モーガンなのでしょうか?そして「一番最初にこの曲をレコーディングした」のはいったい誰なのでしょうか?
まず、何故「あの」と付けたかというと、個人的にスパイク・ジョーンズのバンド、シティ・スリッカーズの中で非常に印象に残っていたバンジョープレイヤーなのです。

Freddy Morgan

確かにフレディ・モーガンは結構な数のポピュラーソングの作者ですし、彼の作曲ではありませんが、シティ・スリッカーズでこんなヴォーカル曲を録音しています。

Spike Jones / Chinese Mule Train 1950
やっぱり、「あの」フレディ・モーガンが書いたって考えた方が楽しい気がしますので、わたしはそうだと決めておく事にしました。
で、オリジネーターの方ですが、わたしが探せた中でおそらく一番最初は1955年、ケイ・シー・ジョーンズによるもののようです。

Kay Cee Jones / The Japanese Farewell Song 1955
そして翌年には日本人による「逆輸入?」カヴァーが登場しています。あの小坂一也の「ハートブレーク・ホテル」とのカップリングだった事も、絵葉書音楽的には興味深いです。

旗照夫 サヨナラの唄 The Japanese Farewell Song 1956

アメリカではそこそこ人気のある曲だった様で、マーティン・デニー等の「エキゾティカ」系以外でもカヴァーしている人も結構おりまして、中にはこんな大物も。

Sam Cooke / Japanese Farewell Song 1960

(おまけ)
マーティン・デニーの演奏の映像とか残ってるんですね。すごいな。

Martin Denny / Quiet Village


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