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Love Letter

『魂の結び目』

世の中には、不思議な縁がある。
彼女に出会ったのも、その不思議な縁が発端だった。
彼女の名前は、仮に、サヤカ。

僕がサヤカと出会ったのは、某有名ブログサイト。
出会った時、彼女の癌は既にステージ4。
僕が初めて彼女のブログを見た時、そこには、彼女自身の怒りの言葉で埋めつくされていた。

『私の病気を知ると、すぐに可哀想って言う人がいるけど、私は全然可哀想じゃない!むしろ幸せ!
だから同情しないで!』

その言葉を目にして、僕は、彼女を〈強い人だな…〉と思った。
だから、通りすがりに彼女にコメントを残した。

『僕は貴女と同じ病気になったことがないから、貴女の本当の苦しみは完全に理解できないかもしれない。
けど…貴女には、精一杯生きていて欲しいし、こんな言葉は違うかもしれないし、失礼かもしれないけど…病気に負けないでください』

確か、こんな内容を書いた気がする。
彼女からの返信は 

『ありがとうございます!
私、誰かにそう言って欲しかった!
言ってくれてありがとう!』

彼女との縁は、そこから始まった。

何度もコメントをやりとりし、サイトメールでやりとりするようになり、個人的にLINEを交換し、どんどん仲良くなっていった。

サヤカの感性は、自分で言うのもなんだが、僕とよく似ていた。
余りにも似ているから、サヤカはよく僕の事を『魂を結んでる人、ソウルメイト』言って笑っていた。

ステージ4の癌に侵されながらも、サヤカは、明るくて楽しい人だった。
年齢も本名も住所もわからない。
だけどそれで良かった。
そんなもの、なくても十分なほど、僕と彼女の間には何か通じるものがあった。

人生に色々迷っていた僕の魂を救ってくれたのも、サヤカだった。

ある日、通話の最中、サヤカは急に神妙な声になって、改まったように僕にこう言った。

『あのね…
ずっと、言えなくていたんだけど…
私ね、あなたと話をしてると…
よーちゃんが戻ってきたような気がして、時々、泣きたくなるの…』

サヤカの言う『よーちゃん』とは、仕事中の事故で亡くなった、彼女の婚約者のことだった。
奇しくも、俺と同じ職業。
仕事中の事故で、それこそ当時の僕と同じ年齢で亡くなったんだそうだ。

『見た目も声も全然違うのに…
言う事も考え方も、あなたはよーちゃんにそっくり…
しかも、仕事も同じ…
だから、代わりにしてるみたいで、ずっと申し訳なかったの…
ごめんね…』

彼女の婚約者の話は、実はその時初めて聞いたことだった。
僕は、そんなの気にしないでいい、と言った。
むしろ、代わりにしてくれてもいい、と答えた。

それで彼女の気持ちが落ち着くなら、それでいいと、本気で思っていた。
サヤカの話を聞くうちに、僕と彼女の婚約者のことで、怖いような事実がわかった。

彼女の婚約者は、数年前の夏のある日に亡くなった。
だがその日は、僕が人生に絶望して自死しかけた日と同日だった。
西暦まで一緒。
同年同日、サヤカの婚約者は亡くなり、生死を彷徨った僕は助かってしまった…
なんて皮肉なんだろう…

それを知ったサヤカは、電話口で泣き崩れた。

『きっとよーちゃんが、あなたに合わせてくれたんだよ…
生きててくれてよかった、あなたは生きててくれてよかった』

どうして自分は助かって、彼女の婚約者は助からなかったのか…自責が心に渦巻く。

だが、サヤカは、良かったと言ってくれた…
ほんとに良かったのだろうか?

そんなサヤカの口癖は、『仕事から帰ってきたらただいまを言ってね…
無事に帰ってきたか、心配だから』だった。

だから僕は、ずっと、仕事から帰ると必ずサヤカにLINEを入れた。

『ただいま』と。

やりとりを始めて半年程経った時、ついに彼女は、ホスピスに入ることになった。
ホスピスに入ることがどういうことか、僕はよく知ってる。
父方の祖父も母方の祖母も、ホスピスで亡くなったからだ…

僕は、サヤカに何もしてやれないもどかしさで、悔しくて悔しくてたまらなかった。
癌は恐ろしい病気だ。
容赦なく、サヤカの命を削り取っていく。
毎日していた連絡は、一日置きになり、3日置きになり、一週間置きになっていく…

だからある日、僕は意を決しサヤカにLINEをした。

『サヤカ…会いに行きたいんだ…
会いに行ったら迷惑かな?』

それを言ったら、すぐに、通話がかかってきた。

スマホの向こうのサヤカの声は、以前のような、ハキハキとした明るい声ではなかった。
弱々しくて、消え入りそうなほど、か細い声だった。
吐く息にヒューヒューという音が交じっている。

そこで僕は、彼女の癌が肺にまで達してることに気付いた。
祖父がそうだったからだ…

サヤカは、電話越しに泣いてた。

病気の侵食で体力が衰えて、きっと、喋るのすら辛かっただろうと思う。

看護師の目を盗んでかけてるのか、看護師がいる所でかけているのか、それはわからなかったけど、彼女は、そんな状態でも連絡をくれた…

『私も会いたいし、ギュッてして欲しい…
だけどね…
こんなに痩せちゃって、アバラも浮いちゃって、肌も髪もボロボロの私を、あなたに見せられない…
見せたくない…
あなたの思い出の中では、ハツラツとして、明るくて元気な私でいたいの…
私達、究極のプラトニックだけど、魂が結んであるから…
魂が繋がってるから…
大好き、愛してるよ』

涙が出そうになった。
だが、僕はそれを堪(こら)えた。
彼女が泣いてるのに、僕まで泣く訳にはいかなかった。

そこから、彼女からの連絡は、一切、途絶えてしまった。
それでも僕は、毎日、仕事が終わると『ただいま』とLINEを打っていた。

それは忘れもしない、12月のある日のことだった。
朝方、なんの脈略もなく突然目が覚めた。 
ほんとに、何故か、ぱっと目が覚めた。
時間を見ると、午前5時17分。
その時は、何故目が覚めたか、まるでわからなかった。
頭が寝ぼけている。
仕事まで、まだ時間がある。
だから、つい二度寝した。

そこから数時間。
もう一度起きて、仕事に行って、荷物を積み、ハンドルを握る。
そして、道路に出たその瞬間…急に視界が歪んだ。
何故か、あとからあとから、涙が溢れ出して、止めることができなくなってしまったのだ。

そこで僕は初めて気づいた。
サヤカが亡くなったことを。
根拠はなかった。
だけど、魂がそう感じていた。
亡くなったのはおそらく今朝。
多分、僕が、突然目を覚ましたあの時だ。

あの時、優しいサヤカは、きっと、『もう少し寝てて!』と僕を再度寝かしつけたんだ…

何もしてやれなかった…
ほんとにごめん…
僕は、少しでも、貴女の支えになれていたんだろうか…?
僕は病気の貴女に支えられていたのに…
僕は少しでも、貴女の助けになれたんだろうか…?

涙で歪む視界。
前が見えなくなって、思わず、路肩にトラックを停めた。
ふと、助手席に目を向ける。
涙で霞んだ視界の中に、青いワンピースを着たサヤカが、微笑んで座っていた。
涙を拭った瞬間、彼女の姿はぱっと消えてしまった。

僕とサヤカの8ヶ月。
その8ヶ月は、とても短かったけど、それは、僕の人生の中の大切な時間だった…

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