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誕生日のいのり

本当は去年
書くべきだった
けれど 去年には
思いつかなかった

読み返してみれば
書いてある気もする
思えばたくさん書いたものだ
見る 書く
そのくらいしかすることがない

しかし
あの頃は
こんな日々が来るとは
思っても見なかった
お前が
こんな風に「仕事がたのしい」
とほほ笑むなんて

明け方過ぎに
妻は腰が痛いといった
まだ暗い中
我慢できるか といって妻
うん と
妻の育った家の芯のとろんとした
玉子焼きを食べてから
病院に行った
八時について
十時二十分
大層な安産で

赤いチェックのイランみたいな
形の服着て
妻は少しの昼食
それから睡眠

初めて見たお前は
2500グラム少し欠けて
看護師の女性たちからとりわけ
人気があった新生児だった
特段 感動も涙もなかった
あっけなく生まれた
と思った

天気は薄曇りだったか
義母と一緒に義父の家に帰る
途中で
ネギラーメンと
餃子を食べた

去年二十歳だったから
去年書けばよかったかもしれないが
特にはたちに
こだわる必要ないか
ある部分でのこだわりというものが
一切欠落している
父のもとでお前は育った

お前にすまないと思った
お前が生まれて10年
気が付かなかった
お前の成長がしばらく前に
止まっていたこと

雪の降ったあとの
真っ白な小径で
多分誰かの別荘である
ログハウスを見ながら
電話で知った

私は帰省を強く求めて
お前たちのもとに帰った
それからの昇進を投げ捨てた
どうでもよかった

お前は
全国でもまだ
50校もない「高等学園」に合格した
試験を終えた後の
笑顔を
写真のように記憶して
その顔と今の笑顔を
照らし合わせる
そうして
お前の幸せの濃度を日々
測る

エッセンシャルワーク
っていうんだってな

お前が就いている仕事
コロナ大流行のさなか
一日もお前は休まずに出かけた
そこで働くみんなのために
霧吹きで消毒を吹き続けた
つかれたよ
と言いながらお前は
湯船で笑顔を見せている
何もしてない親父はせめて
お前の二の腕を
揉みほぐしてやる

お前が幸せに
生きていくため
お前の給料は
とってある
退職金もない
雇用の安定も保証されない
お前の将来のための
お金
お前はその給料のなかから
ガチャガチャをして
妹に
カプセルを渡す

カプセルを開けると
お手玉のようなモフモフの鳥
それが日に日に
ソファの上に溜まっていく

妹は
兄の気晴らしを知っている
苦笑いしながら
カプセルを受け取る

じきに選挙だ
お前の職場のすぐ隣が
その地区の市民センター
いつも
期日前に父母と投票を済ませる
父はお前の幸せにつながる
候補者をお前に書かせる
誰もいなくても
少しでもお前の幸せに
つながるような

そのあとで
温かくて安い
弁当を買って帰る
お前に教えてもらった
米が甘くて
もちもちした弁当
お前はおばあちゃんの分も
買えと
せがむ
待ち望んだ初孫は
人思いだよ
よかったね

とくにお前を育てるにあたり
苦しいと思わなかった(妻は?
嫌な気持ちにもならなかった(妻は?
何を押し付けることもなかった
残念だと思ったことは
楽器に興味をもたなかった
それだけ(妻は?
それはお前の妹についても
同じ

お前の稼ぎを
少しだけくすねて
お前とおいしいものでも
食べに行きたいな
少しぐらいいいじゃないか
ほんの少しだけ
お前からもらいたい
それをまじないに
私が死んでも困らないように
祈り続けられるだろうから

そういえば
お前の名前は
いのり
に似ている名前だった
つけるときには
気が
つかなかった

今の今まで                             気が付かなかった


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