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舟棲

舟棲


源流から遙か、海をさかのぼること三四里の、小屋舟上にて暮らし。夕から夜にかけ、どばみみずの針要所要所へ、投げ下ろし水面を見れば夜の魚、騒ぎ始めつつ、ランプ、舳先に掲げ、魚々に訴えるは不遇なる我が生活。舟がみにて棲まうこと幾年、揺れるを常とし、飽くと支流へと逃れて。そこ、三日月に似た用水沼の、農に用いる糧なる水の置きどころ。我が舟と我が暮らし、豊穣を汚すがごとく凪ぐ水面に映し、囲まれた葦からの幽かな物音に語らう。なぜここに浮かび暮らすか、なぜ、川面に生を行き来させるか。それは望んだこと、すべて望んだことと問うに、葦の繁みよりそれを是とする返答も得られず、舟上にひときわ乾く放屁を響かせ、眠りの魚を俄に覚まし。ここは静かだ。漁りまでの仮睡。夜半、櫓を立て、仕掛けの成り確かめるに舟を出す。沼沢をゆっくりと一二度まわり、農の水へいとまを乞うを、本流へ至るに今夜、やや、流れ早く波さざ立ち、豊漁の予感に月も明るむ。水面より竹、目印として波に見隠れ、糸をたぐるに生き物の手応え掌に伝う。水に棲まい、食い込ませた力の儚いこと舟上の生活にかくも似通い、疲れを待つ糸引きをそのまま手指に弄ぶ。これは舟、海へだけは流されぬように、舳先に上身を凭たせかけ小舟に頼んだ。舟へ頼んだ。な、海へとは舟流されぬ。493

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