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祝いの日

孤独の悪夢「ナイトメア」が支配し、君臨する悪夢の世界。

この地で全てを司る、彼女の世界。
魔術を練り、研究し、そして人々を愛で支配する。

悪夢と契約せし者達「悪夢の眷属」
孤独の悪夢が創りし世界に魅了され、支配される悦びを知った‘‘わたしたち’’


今宵も眷属達は悪夢の城に招待され、退屈な日々から解放される刻に身を捧げる。そして、さらなる信仰を。

「孤独の悪夢は宵闇に消える。さぁ称えよ、ナイトメア様万歳だ…」

宴を閉じる刻、眷属達は孤独の悪夢を称える。

ナイトメア様万歳!ナイトメア様万歳!

なんど口にしても足りない、感謝を込めた、終わりを告げる言葉。稀によく、宴が続くだってある。

しかし今だけは、……不敬ながらも……一刻も早く終わってくれと願っていた。

「メア様は…?」
「城の中へお入りになったのを確認しました」
「うん、良かったです。あの手紙は確実に御二人の元へ」
「でも、メア様を騙すようでなんだかなぁ」
「仕方がありませんよ、これもメア様のため」
「でも…魔眼の力で見破られていないでしょうか…!」
「だとしても、余程のイタズラでなければ見逃してくださるでしょう」

眷属は城を見上げる。

「さぁ、皆さんも配置につきましょう」

様々な姿をした‘‘わたしたち’’は、主の居城を囲むように散っていった。 


「今日の顕現もつい興が…いかんなぁ、我は」

孤独の悪夢として降臨してから、日々の研鑽を怠ったことは一度たりともない。
常に未来を見すえ、魔術を生み出し、愛を囁く。

成すべきことが多い彼女には、ヒトが生きる世の時間は少なすぎる。

そんな彼女も、愛する眷属達との宴は特別大事にしている。
支配者というのは、支配される者がいなければ成り立たない。
それもそうだが、何より愛しい眷属達との限られた時間だ。
近頃は求められるモノも多いが、喜ぶ姿を見るのもいい。

「しかしあいつら、今宵は何か企んでいるようだ。こんな手紙まで用意して」
手元には蒼い封筒に、一通の便箋。
その宛先を見て微笑む。

「まったく…さめが我を呼ぶ時はナイトメア様ではなく、メアだろうに」

何を考えていようが我が眷属達。
魔眼の力を使うまでもない。

「どれ、乗っかってみるとでもしようか」

愛する者達が企画した催しに、無意識の内に上がる口角。
軽くなる足どりで、手紙に記された通り、貴賓室の扉をノックする。

コンコンコン

「メアかな?どうぞ〜」

扉の向こうから。
凛とした、それでいて優しい声が返ってくる。

「入るよ。…さめだけか、他の者は?」

「他の者って、メアの眷属さんが伝えに来てくれたじゃない」
「さめ様とお二人でご相談したいことがあるようでって」

水族館の妖精「さめのうた」
多才な技術を持つ優しすぎる少女で、その…我の、友だ…

「…なるほどねぇ。あいつら、我とさめを二人きりにしたい訳だ」
大方、我ら二人を一箇所にまとめて何かの準備でもしているのだろう。
それにしても、さめもさめだ。いくら我の眷属だからといって、あっさりと信じすぎている。
こう、なんだ。危険なことがあったらどうするんだ。
まあ、ありえんがな。

そんなことを思考していると、真剣な表情になったさめが詰め寄ってくる。

「それで、何があったのメア」
「いや、何もなんの、これはみなの…」
「メアがボクに相談、それも人に頼ることを知らないメアが眷属さんに伝言まで頼んで」
「落ち着けって…これはだな」
「メアはもっと周りを信頼して頼っていいんだよ。ほら、なんでも聞くから話してみて」

そうだ。さめはこんなに優しい、友人から相談を持ちかけられたら全力で助けてくれる思いやりのあるヤツだ。
だが、これでは説明が出来ない。

۞魔眼-ソウルイーター-۞
全てを見通す、我の力。望まぬ力。必然の力。
だが、使い方によっては思わぬ効果を出し、我の益にもなる。


ここは魔眼の力を使って…

目に魔力を集中した時、微かに見えた速度で、それでいて優しく温かい手が片方の目を塞いだ。ついでに片腕も。

「力を使って誤魔化すのは禁止。ひとりで背負い込むのはメアの直して欲しいところだよ」
「さっ…さめ、お前こんなにはやく動けた…じゃなくて…!」
「じゃなくて?」
「…手を、放してくれないか」
「あっ、ごめん。痛かったかな…でもこうでもしないと魔眼を使っちゃうから…ごめんね?」

そんな風には謝られては許すしかない。
そもそも、さめに怒りが湧くなどありえん。

「痛いとかそうじゃなくてだな、近いというか…」
「メア」
「なっ…なんだ…」

凛々しい声でいきなり名を呼ばれて…つい返事をしてしまう。

「ボクの目を見て、大丈夫だから」
「さめの目…」

鼻先が当たりそうな程。
目前には整った顔立ちの中で光る、美しい瞳。
映っているのは、頬を紅く染めた我…?

「大丈夫、ボク達は、ボクはメアの味方だよ」
「わ、分かった!大丈夫問題ない、分かったから少し離れてくれ…!」
「へ?あ、ごめんメア。少し、近すぎたね…」
「いや、問題ない。少し驚いただけだ…」

さめの真剣な眼差しに。
その瞳を鏡にして見えた、自分の姿に。

「それにだ、さめ。我は別に深刻な悩みなどない」
「えっ、でも…相談事があるって」
「あれは眷属のデタラメ。我らを一箇所に集めておいて、何かしようと企んでいるんだよ」
「デタラメ…えっと、嘘ってこと?」

真面目な顔から、いつもの穏やかな、優しい表情に戻る。

「まあな。だがあいつらを責めないでやって欲しい。我からキツく言って…」
「はぁ〜、良かったぁ!」

安堵のため息を漏らす。
少し驚く程に通る声で。

「もぉ、なんだよ、デタラメか!やられちゃったな〜」
「そうだぞ、さめはもう少し疑う心を持った方がいい」
「む!…そういうメアはさ、もうちょっと信じる気持ちを持ったら?」
「なっ!我はな、お前のことを心配して…」
「ふふふっ、分かってるって。メアがボク、の…心配?」

首を傾げる仕草。
自然と絵になる動作、さすがはさめだが今はどうでもいい。

「我の眷属達だからといって、簡単に言葉を信じすぎだ…」
「いやいや、メアの眷属さんはいい子ばっかりだからさ」
「それは否定しないが、万が一というのはあるだろう」
「それならメアに声をかけてくるんじゃないのかな。メアってかわいいし」

まったく。さめはいつも。

「気がついていないのか、わざとなのか」

つい口に出して、それが背中を押して。

「ど…どうしたの…メア?」

さめを。壁へと。

「さめだってかわいいって話」

追い詰める。

「あ、ありがと。でもほらメアの方がさ」
「好きだよ」
「どっどうしたの…?今日はなんか…」
「さめのせい」

バレないように。魔眼を使って。

「ボクの…?」
「さめは我のこと…好きじゃないのか?」
「そんなこと…ボクも好きだけど…」
「ならいいじゃないか、好きな者同士」

片方は後ずさり、もう片方は歩を進める。

やがて壁際に辿り着いた、1人と1人。

二人の視線が交差する。

動けない妖精。

覗き込む悪夢。

「いいかな、さめ」
「い、いいって…何が…………うん…」


妖精は瞳を閉じて。











コツンッ












悪夢は額を合わせる。










「いつものお返しだよ、ばーか!」










多忙な貴女は忘れているかもしれないけれど。

悪夢が世界に降臨して、229日目。

眷属にとっても記念すべき数字の日。

悪夢の世界に佇む孤独の城は。

偉大な貴女達を称えるように。

周囲を堅牢な壁が囲む要塞と化した。

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