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在宅医療に従事するわたしが『俺の家の話』をすごいと思ったお話

前回、こんなnoteを書きました。

で、一応こちらで紹介したドラマの第1話を一通り拝聴いたしました。期待通りのものもあれば、思ったよりも…なものもありましたが、なかでも凄まじかったのがタイトルの『俺の家の話』です。あらすじは以下のサイトからどうぞ。


以下はネタバレを含みますので、ご注意ください。TVerで見逃し配信があるみたいなので、よろしければどうぞ!!




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本作品の見どころは大きく分けて3つあります。

①家族がすごい

さすがは宮藤官九郎×長瀬智也!とにかく出てくる役者さんが豪華なのと、使いどころが的確なのとで、それだけで見飽きません。長瀬智也さん演じる主人公・寿一や西田敏行さん演じる病に倒れた父・寿三郎はもちろんのこと、江口のりこさん演じる長女・舞の存在が凄まじい速さで展開するストーリーを先導し、その時々で的確に状況を整理します。現実主義、しっかり者、でもなんだか家族想いな永山絢人さん演じる次男・踊介も適役です。クドカン作品の美味しいところをぎゅっと集めたような観山家とそれを取り巻く実力派揃いの役者さんが堪りません。

②介護がすごい

西田敏行さん演じる寿三郎は、2年前に脳梗塞を発症、足が不自由になり週に2回デイケアに通います。
自宅は家業もあり床に座る生活。家族が囲むのは卓袱台ですが、そこには寿三郎のために机が置かれ、家長である彼が家族の顔を見渡せるよう、そして画角にしっかりと全員が入るよう“いい感じ”にセットが組まれています。また入浴に介護が必要な寿三郎のために浴室は改装され、シャワーキャリーに乗せられ、と在宅ケアに関わる方なら思わず息を飲むようなリアルなセットが随所に。きっと家屋改修の際にはさぞかし素晴らしい理学療法士が関わったことでしょう、と夢見心地となりますが、実はここには落とし穴が。

「わたし、失敗しないので」という医者が現実にはいないのと同様、このドラマにも突っ込みどころがいくつかあります。

まず、寿三郎は要介護認定を受けていません。「前回の発症時にそういう話も出たけど家族と自費のヘルパーでなんとかした」というようなお話が出ています。
と、いうことは寿三郎は自費でデイケアに通っていた、ということになるのでしょう。おそらく改修も、居宅介護住宅改修費(要介護認定を受けている被保険者が住宅改修を行う際にその工事費を支給してもらう制度、上限20万円)は利用していないのでしょう。

また、寿三郎は脳梗塞で倒れ障害を負いますが、彼の麻痺は“両足”です。通常、脳の一部に損傷がある場合、麻痺や感覚障害などの症状が出るのは片側の手足であるため、この点にも疑問が残ります。仮に両足が不自由になったとしても、そのほかにも腕や手などに麻痺が出てもおかしくはないはず。一見、脊髄損傷の間違いか…?とも思いましたが、公式サイトのあらすじにも『一昨年に脳梗塞で倒れた』と記載があります。

そして第1話の重要なシーン。2回目に倒れたのをきっかけに寿三郎が要介護認定を受けることに。荒川良々さんが演じるケアマネジャーの来訪に、虚勢を張りながらも自身の認知機能の衰えを知り、うろたえる西田敏行さんの演技は凄まじいものがありました。で、この認定調査によって寿三郎は『要介護1』と認定されます。

図は厚生労働省の要介護の仕組みと手順を参考に作成されたものです。ご覧の通り、要介護2までは歩行可能、以降は歩行不可と評価された方が区分されます。寿三郎はそもそも車椅子で移動しており要介護3よりも高い介護度が付くであろうと予想されます(この辺は専門ではないのであくまで予想になりますが)。
『要介護1』という結果を見て落胆する寿三郎の姿は、これまた凄まじいものがありましたが、そもそもこの判定、軽すぎない?と思わず突っ込んでしまう関係者はわたしだけではないはず…

③情緒がすごい

と、ここまで言わなくていいことをつらつらと書き連ねてしまいましたが、ぶっちゃけたこんなのはどーーーでもいーーーです。ドラマなんだから、別にいいんです。ていうか、こんな細かいところ突っ込んでたら何も始まらないし、介護なんて“絵が地味”なテーマは一生ドラマになりません。そうなんです。このドラマのすごいところは、『介護』をドラマにしたところなんです。
前述の「失敗しない」女医さんのドラマや、『コードブルー』『救命病棟24時』『コウノトリ』など、生きるか死ぬかの瀬戸際を描くドラマは数多に存在します。しかし、命が助かった人間はそこで全て元どおりになる訳ではないのです。そこから先、何十年という長い人生で病気や怪我によって負った障害と向き合い、付き合い、時に苦しみ時に乗り越え、そうやってたゆたう心情を抱えて生きていかなくてはならないのです。わたしはいま、その現場で働いています。正直に言って、地味です。わたしたちの現場には、大量出血の中で落ちていく心拍と闘う瞬間も、「赤ちゃん出てくるよー」と生命の誕生に立ち会う感動的な瞬間もありません。ただ、少しずつ少しずつ状態が良くなるのを見届け、時には昨日と同じ生活を1日でも長く続けられるよう立ち回り、そしてまた時にはそれが上手くいかずそっと離れていくような、そんな緩やかな時間が流れています。

でも、そんな中でも『心が動く』場面はたくさんあります。

先ほども少し紹介した、寿三郎が認定調査の際に「野菜の名前」が言えなくなるシーン。少しでも良く見せようとする寿三郎を励ますように、子どもたちがヒントを出しますが、寿三郎は答えに詰まります。徐々に表情は不安気になり、目は虚ろ。「茄子」の一言が出ずにうろたえる寿三郎に対し、追い打ちをかけるようにケアマネジャーから「最初に書いた数字は?」との質問が飛びます。そのときの西田敏行さんの表情は、現場で働く立場だからこそ「ああ、こういう気持ちになったんだろうな」と、伝わってくるものがあります。

そして、『要介護1』の文字を見つめながら能楽の譜を謳う寿三郎。「別にいいだろ。八百屋じゃねえんだから」と言う寿一の台詞は、胸に込み上げるものがありました。野菜の名前を羅列する課題は認知症テストでは一般的ですが、料理や家事と縁のなかった男性ほど苦手とするのは、よくある話です。こういった細かな場面ひとつにも、家庭を顧みず芸事に命を注いだ父を持つ観山家の家族関係が伺えます。

『俺の家の話』がすごいのは、先述したような設定の粗さはあるものの、在宅介護で出くわす本人や家族の情緒の機微が素晴らしく的確に描かれている点です。寿一、寿三郎の関係性にとどまらず、冒頭での次男・踊介の「楽してるって思うかもしれないけど、デイケアに預けないと生活ができない」といった台詞や、それを聞く兄妹たちの表情、ヘルパーと家族の立場の違い、介護する側とされる側の些細な想いの変化が丁寧に描かれています。これは俳優さんの演技力の高さはもちろんのこと、登場人物の関係性や脚本・演出の見せ方にも配慮が行き届いているからこそ、なのでしょう。


今回は触れませんでしたが、後妻業の女として現れた寿三郎の新妻・さくらの役所にも注目です。『介護』という、なかなかに扱いづらいテーマをコミカル且つ叙情的に描いた本作品。超高齢社会の現代、誰もが通らざるを得ないライフイベントをどう描き、どう展開させるのか。早くも来週が楽しみです。

読んでいただきありがとうございます。まだまだ修行中ですが、感想など教えていただけると嬉しいです。