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不動産と相続税-最高裁判決の解説

(全裸幡随院)
不動産を用いた相続税対策を講じて、国税庁の財産評価基本通達に則って相続財産を計算し、申告書に0円と記載して申告したところ、税務署が本件不動産の評価を鑑定評価に基づく価格で計算し直した上で、追徴課税を相続人に課す更正処分等を行ったことに対して、相続人が処分取消しの訴えを提起したという事案の最高裁判決がありました。既に報道等でご存知の人も多いと思われますが、今回は、最高裁判決の内容紹介と、よく見られる不動産を利用した相続税節税のスキームに、本判決がどのような影響を与えうるのかについて考えてみたいと思います。

事案の概要は、以下の通りです。
(1)      被相続人は、平成21年1月30日付けで信託銀行から6億3000万円を借り入れた上、同日付けでAマンション1棟A(44戸)を8億3700万円で購入。

(2)      被相続人は、平成21年12月21日付けで、共同相続人らのうちの1名から4700万円を借り入れ、同月25日付けで信託銀行から3億7800万円を借り入れた上、同日付けでBマンション1棟B(39戸)を5億5000万円で購入。


(3)      被相続人と上告人(子)らは、本件各不動産の購入及びその購入資金の借入れを、被相続人及びその経営していた不動産会社の事業承継の過程の一つと位置付けていたが、本件購入・借入れが近い将来発生する被相続人の死亡による相続において、上告人(子)らの相続税の負担を減じ、あるいは免れさせるものであることを知りながら、あえて企画して実行したもの。


(4)      被相続人は、平成24年6月17日に94歳で死亡。上告人ほか2名(共同相続人ら)が、被相続人の財産を相続により取得。


(5)      被相続人の遺言に従って、上告人らのうちの1名が本件不動産を取得。なお、同人は、平成25年3月7日付けで、Bマンションを5億1500万円で第三者に売却。


(6)      上告人らは、本件相続につき、評価通達の定める方法により、Aマンションの価額を約2億円、Bマンションの価額を約1億3000万円と評価した上、平成25年3月11日、札幌南税務署長に対し相続税の申告書を提出。課税価格の合計額は約2800万円とされ、基礎控除の結果、相続税の総額は0円とされていた。


(7)      国税庁長官は、札幌国税局長からの上申を受け、平成28年3月10日付けで、同国税局長に対し、本件各不動産の価額につき、評価通達の定める方法によらずに他の合理的な方法によって評価するようにと指示。


(8)      札幌南税務署長は、上記指示により、平成28年4月27日付けで、上告人らに対し、不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準により本件相続の開始時における本件各不動産の正常価格として算定した鑑定評価額に基づき、Aマンションの価額が約7億5000万円、約Bマンションの価額が約5億2000万円であることを前提とする更正処分(本件相続に係る課税価格の合計額を約8億9000万円、相続税総額を約2億4000万円)及び賦課決定処分(約4300万円の過少申告加算税等)を下した。


(9)      本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行わず、評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとしたことが、課税における平等原則に違反するとして、更正処分と賦課決定処分の取消しを求め、上告人(一審原告)が出訴。

こうして始まった裁判の一審判決は2019年12月に下されたのですが、2年半経過して漸く最高裁の判断が示されることになったのが、今年の4月19日の最高裁判決です。その内容を確認すると、内容のポイントは以下のようにまとめらます。


(1)      相続税法22条は、相続等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価によるとするが、ここにいう時価とは当該財産の客観的な交換価値をいう。そして、評価通達は時価の評価方法を定めたものであるが、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達にすぎず、国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない。


(2)      相続税の課税価格に算入される財産の価額は、当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、同条に違反するものではなく、このことは、当該価額が評価通達の定める方法により評価した価額を上回るか否かによって左右されないというべきである。


(3)      本件更正処分に係る課税価格に算入された本件各鑑定評価額は、本件不動産の客観的な交換価値としての時価であると認められるので、たとえ通達評価額を上回るからといって、相続税法22条に違反するものということはできない。


(4)      租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求する。そして、評価通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実であるから、課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。


(5)      もっとも、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達 の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではない。


(6)      これを本件不動産についてみると、本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記事情があるということはできないが、本件購入・借入れが行われなければ本件相続に係る課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、これが行われたことにより、不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は約2800万円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になってしまうので、上告人らの相続税の負担は著しく軽減されることになる。そして、被相続人及び上告人らは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる。


(7)      そうすると、本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情があるものということができる。

裁判所の判決文ですから、若干小難しい言い回しが目立ちますが、要はこういうことです。相続不動産の財産評価の原則は、相続税法22条において「相続等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価」とされています。しかし、時価をどうやって求めるか、法律には規定していませんので、国税庁は画一的に処理するためのマニュアルとして「財産評価基本通達」を作成し、多種多様な財産の時価評価方法における一定の基準を設けることによって租税負担の不公平を防ぎ、かつ実務上の処理を簡便にしようとしています。

そして、その財産評価は概ね「路線価」が基準となるため、高騰する不動産の実勢価格と路線価が大きく乖離することが生じます。この乖離を利用して、納めるべき相続税の額をできるだけ少なくしようとする節税方法がよく用いられてきました。本事案の相続人らも、この方法を用いて、相続税申告の際、納めるべき相続税の額を0円と申告したのでした。

もちろん、通達に基づく路線価評価で算出することが絶対ではなく、通達の規定に沿って評価することが著しく不適当と認められる場合、国税庁長官の指示を受けて評価することになることになります。ちなみ、通達の法的性格は、行政機関内部の文書であって、直接的に国民に対して法的効果を持つものではないというのが判例の見解でもあり、学説上も一致する見解です(だから、通達そのものに対する行政訴訟は、原則として認められていません)。

つまり最高裁は、評価通達は行政機関内の職務権限行使を指揮するものであるので、国民に対する直接的な法的効力はなく、相続税法22条における客観的交換価値としての時価を上回らない限り違法ではないため、課税庁の鑑定評価額は不動産の時価として認められ、それが通達評価額を上回るからといって、相続税法22条違反になるわけではないと。

本件の相続人らは、特定の者だけに対して通達評価額ではなく鑑定評価額とすることは平等原則に反して許されないはずであると主張しています。これに対し最高裁も、たとえ客観的交換価値である時価を上回らないとしても、特定の者だけ通達評価額を上回る価額で評価することは合理的な理由がない限り平等原則に違反し許されないと念押ししています。要は、特定の者だけ別の基準を当てはめて狙い撃ちするような真似は違法となると判示しています。但し、評価通達に定める方法により画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、平等原則に違反するとは言えないと。

ここで注目すべきなのは、鑑定評価額と通達評価額に大きな乖離があること自体は評価を見直す合理的な理由ではないとしている点です。つまり、実勢価格と路線価が乖離したという一事を以って、一般的な路線価評価をせずに鑑定評価額にすることはないということです。

では、どうして、本件更正処分等が平等原則に反しないとされたかと言うと、かなり特殊な事情があったからです。つまり、物件購入が税負担を大幅に減少させることを意図して、被相続人が亡くなる直前になって金融機関や相続人からの借入行為をしていて、節税対策のレベルを超えてもはや租税回避行為とまで言いうるような特殊事情が認められるので、同様の対策を実施していない他の納税者との間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な税負担の公平に反する事態になってしまうと判断しました。

要は、本判決は、不動産を利用した相続税額の圧縮というスキーム全体を否定したわけではなく、極めて限定的な射程しか持たない判決ではないかというのが私の結論です。中には、もはやこの節税スキームは利用できなくなるといった反応も見受けられますが、判決文を子細に読むならば、そのような結論には至らないだろうと思われます。

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