2つ目のトンネル

<前回の話>

自分で稼ぐお金の味を知った私は、しばらくして何かまたバイトをしようと思いました。ところが、まだ金髪でした。金髪のままスーパーのレジの面接へ行ったことがあるのですが、金髪ですから、もちろん落ちました。

どう考えても当たり前の結果なのですが、そんなことすら「自分で試してみるまでは何も社会のことがわからない」という感じだった気がします。金髪だった時期にいくつか試みたことは、すべて挫かれました。

なんとなく金髪にしてみたことで、近づきかけた社会から再び距離を離される結果を招いていたことに後から気付きましたが、当時はそんな自覚すらありません。「金髪にしたいからした」という、ただ、それだけでした。今となっては、若いうちに一度やっておけて良かったと思います。

そのあとも新聞の折り込みチラシなどで求人情報を見ていましたが、どうも載っているのは「18歳以上」の求人ばかり。私が応募できるものは、滅多にありませんでした。インターネットやアルバイト雑誌なども見ていましたが、基本的に近所でのアルバイトを希望している私としては、やがてある種の諦念が芽生えていきます。

「これはもう、18歳になるまで、何もしなくていいのでは」

家の手伝いをするなどして、なんとなくお小遣い程度のものは貰えていて、あとは終わったゲームを売ってやり繰りすれば、新規のゲームは買っていけます。それさえ出来れば(もっとお金があるに越したことはないけど)特に問題ありませんでした。

そうして、親のすねを大いにかじって、これまで通り生きていくこととします。先までのアルバイト期間は「プレイステーション2を入手する」という大きな目的に沿ったイレギュラーな活動であり、あくまで私の基本は、引きこもりなのだ。そのように、思いっきり開き直りました。

実際問題、高校へ行かず職にも就いていない、同年代の誰とも交流のない人間が、その期間に何をすべきか、一体何が出来るのか、選択肢も何もかも、まったく情報がありませんでした。ここで言う「情報」とは、私のようなルートを選んでしまった人間が、これからどうやって生きていくべきなのか。そのヒントとなるような情報です。

当時のインターネットも、それなりに栄えていたとは思いますが、ゲームの攻略情報や、無修正のエロ画像にはたどり着けても、当時の私にとって地続きで役立つ情報には、たどり着くことができません。

ある意味、義務教育期間を終了してしまったことによって、これまでで最も社会から孤立した状態だった気がします。学校に籍を置いていたことでかろうじて繋がっていた糸も、とっくに切れていました。両親以外に助けてくれる人は誰もおらず、どうやら社会では、自らアプローチしなければ何も得られないということを知っていく日々でした。社会の訓練施設としての学校をパスした私には、ただただ、目の前にあるのは砂漠の真ん中のような風景でしかなく、途方に暮れた状態でした。

やがて髪も生え変わり、黒髪に戻りましたが、手立てがわからないのでやる気も起きず、なんとなく引きこもりを継続することには変わりありません。不登校直後から始まったのが「第1期引きこもり」だとしたら、初バイトとプレイステーション2の入手を挟んだここからが「第2期引きこもり」のスタートです。

建前上は、とりあえず常にアルバイトは探している、という体で。しかし、あまりその手の活動はせず、基本は「第1期引きこもり」と同じような内容が続いていきます。起きて寝て、犬猫の世話をして、ゲームやインターネットをして、起きて寝る。すでにもう何年も慣れ親しんだ生活。

こうしてまた、時間の進むペースが一気に早くなります。

2002年初夏、日韓共催のサッカーワールドカップが開催されました。

私が小学校へ上がった年にJリーグが開幕したこともあって、それまでサッカーとは長く親しんできました。今ではチャラけた痛いおじさんになってしまった、元ヴェルディ川崎の武田修宏選手モデルのスパイクも大事に持っていました。(サッカーをやらないためスパイクを履く機会がなく、私は武田修宏選手モデルを「大事に持っている」だけでした)

日韓大会の期間中は、建前上のアルバイト探しも完全に放棄し、「引きこもりの時期に母国でワールドカップが開催されている」という特権を全力で行使、とにかく試合を観まくりました。日本がベスト8を懸けたトルコ戦の日は、冷たい雨が降っていて、部屋で毛布をかぶって観ていたことをよく覚えています。

日韓大会を機に、日本人選手が活躍することも多くなった欧州サッカーをテレビで放送することが増え、夜中によく観るようになりました。時差の関係で、欧州のサッカーは引きこもりとの相性が抜群です。日本時間の午前3時45分キックオフのチャンピオンズリーグの試合などを堪能して、昼夜逆転生活を送っていきます。

<次の話>

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