モップ

<前回の話>

転校の手続きや挨拶も兼ねて、母に連れられ、一度だけ引っ越し先の公立中学校へ行きました。ただし通う気はさらさら無いので、応接室で教頭先生あたりの人らと、ちょっとした面談みたいな感じだったと思います。

現在の私でしたら、こんな時でもそこそこ朗らかに対応できますが、当時の私は「かたくなる」一択です。この学校へ行ったのは、これが最初で最後になりました。

今でも履歴書などでは、この学校を「卒業」と書いていて、一度も通学していない学校の名前だけがその後もずっとついてきているので、なかなか不思議な感じがします。

この時点で、学校へ行かなくなってから半年ほどが経過していました。「不登校をしているのにゲームで遊ぶのは罪悪感が…」というのも徐々に緩んでいき、いつしか小学生の頃と同じように、毎日普通に遊んでいました。

現実から逃げるようにドラえもんを観たり、犬の図鑑を読み耽っていた時期というのは、いま思えば、たったの数ヶ月。

それでも、不登校を開始して間もないあの日々が、最もしんどく、最も濃く、最も長かった印象があります。

すっかり書くのを忘れていましたが、最もきつかったそれらの時期に、私は体重も激増していました。主な原因となったのは「バウムクーヘンにハーシーズのチョコレートシロップをかけて食べるのにハマっていた」からです。砂糖は麻薬のような中毒性があると言われていますが、そうやって脳内報酬系的な部分からも自分を騙すことで、乗り切ろうとしていたのかもしれません。

不登校の出発点となった土地や学校たちから、ありがたいことに物理的にも距離を置くことができて。しかも新たな家族(猫)も増えたことで、どんどん周りが変わっていくおかげで、心境としてはだいぶ落ち着いてきていました。バウムクーヘンのチョコレートシロップがけを食べる必要も、自然となくなっていきました。

そうして、年も明けた頃。

猫に続いて、ついに犬も来ました。

発端はまたしても父です。父の友人が賃貸アパートを経営していましたが、入居者の一人であった若い女性が夜逃げしたそうです。部屋はもぬけの殻になっていて、犬が一匹置き去りになっていました。その犬が玄関ドアをガリガリ引っ掻く音により、夜逃げが発覚したとのこと。そもそもアパートではペット禁止だったそうです。

父の友人であるアパートの大家さんは、もともと何匹か犬を飼っていたため、保健所などには送らずとりあえず一緒に飼っていたそうですが、父と会った際「この犬飼わない?」と持ちかけたそうです。父は父で「息子が犬を飼いたがっててさ」みたいな話を以前にしたことがあったようでした。

ということで、我が家で引き取ることに。父はモジャモジャのモップみたいな犬を連れて帰ってきました。毛が伸びまくっていて、顔がよく見えません。どうやら犬種はシーズーらしいのですが、散々図鑑で見ていたそれとはだいぶ違う姿だったため、何だかよくわかりません。推定生後半年の、メスでした。

「置き去りにされていた」という経緯とは打って変わって、犬は家に来た瞬間から強烈にフレンドリーで、やがて腹を出して仰向けで寝ました。もっと人を警戒すべきでは。一緒に過ごしていくうちにわかりますが、彼女はそういう性格の犬でした。初対面の人の膝の上で寝たこともあります。人間相手にはとりあえず心を開いて可愛がられておく、そんなスタンスでした。

彼女は自分のことを人間だと思っていましたので、あえて人間的な見方をするなら、出会った当初の誰にでも愛想を振りまくような彼女の姿勢は、置き去りという憂き目にあったおかげで身についてしまった処世術であったようにも思えます。仲良くなればなるほど、本来の気難しい性格を発揮していきました。

家に来て数日、伸び切った毛をカットしてもらうためトリミングに出したところ、どういうわけだか美少女犬になって帰ってきました。彼女もこのあと15年くらい、我が家で家族の一員として過ごしました。

余談ですが、記念すべき犬が来たこの日は、プレイステーション用ソフト「ファイナルファンタジー7」の発売日でもありました。「犬が来たのはすごく嬉しいけど、ゆっくりゲームで遊ぶのは当分無理そうだ…」そんな複雑な思いになったのを覚えています。

<次の話>

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