<前回の話>

漕ぎ出しが硬く重い、牛のような自転車で郵便物を配達します。

初めてのアルバイトは、年賀状の配達です。年賀状本番に向けて、まずは一般の郵便物を12月初旬から配達して、住所や道などを覚えます。

家の近所の大きな郵便局から私の担当エリアまでは、牛の自転車で20分くらい。あとは住所の通りに、郵便物をポストへ投函します。たまに住人の方などとお会いしたら、軽く挨拶します。やることはこれだけです。

お昼は家に戻り、食事をして、午後もまた同じことを夕方までやります。いま考えると、お昼に家へ戻れるのはかなりいいですね。

配達の仕事は、また別の機会でもすることになるのですが、なかなか社会不適合者とマッチするところがあると思います。基本は単独ですし、極端に忙しくなければ、ペースも進め方も自分のやりたいようにできます。不登校からの引きこもりをやってきた子どもが初めてするアルバイトとしては、それなりに正解だった気がします。

ところで、幼少の頃から私はお腹が弱く、外回りの仕事をしている際は、必ず「トイレ問題」が立ちはだかります。できれば、いつもいる地域の使えるトイレを完璧に知り尽くし「おや、これはまずい」と感じた瞬間、現在地からの最短ポイントをはじき出して即座に向かう必要があります。

当時の私は、まさか今後も末長くそのような心がけで生きていくとも知らず、経験もノウハウもこれから身につけていこうという段階ですから、度重なる危機にも後手後手の対応となります。そして、アルバイト期間中にも一度だけ、間に合わなかったことがありました。その時ばかりは素早く家に戻り、身につけていたものをゴミ袋に放り込んで、軽くシャワーを浴びて、また何食わぬ顔で戻りました。

それ以外には大きな問題もなく、12月初旬から始まったバイトは、翌年の元日にピークを迎え、それから1週間くらいで、予定通り終了しました。

元日のお昼に家へ帰ってきた際、父がコタツで日本酒を一杯やっている横で、私はエネルギー補給にとカップ焼きそばの「UFO大盛」を貪り食っていたのを覚えています。正月なのにそんなもの食べて、みたいな小言を父は言っていました。おせちもお餅も、今も昔もあまり好きじゃないのですが、バイト中という口実によって、正月に関係なくカップ焼きそばを食べられたことが、私にはとても気持ちのいい出来事でした。

かくして、これでプレイステーション2を手に入れるための準備が整いました。他の学生バイトの人たちと違い、私は学業がない身ということで、このまま郵便配達のアルバイトを続けませんか?というお誘いを受けた記憶もありますが、すでに私の目標は達成されていたのでお断りし、元の引きこもり生活に戻りました。

この頃、どういう風の吹き回しか、どのような心境の変化があったのか、細かいことは全然覚えていないのですが、私は突然「白に近い金色」へと、髪の毛を脱色しました。

プレイステーション2の予算を確保した上でもお金が残ったので、何かパーッと使いたい気分だったのでしょうか。初めてのバイトを終えた解放感に浸っていたのでしょうか。やったことのないことをやってみる気持ち良さを覚えたのでしょうか。今まで手にしたことがない金額がいきなり手元にあることへの高揚でしょうか。

おそらくは、そのどれもが正しいと思います。不登校以来なかなか芽生えることがなかった、前向きでキャッチーな感情の発露が、当時の私にとっては「金髪」なのでした。

プレイステーション2の発売日は、平成12年3月4日。「1234」と続いている覚えやすい日付です。初代プレイステーションの発売日が「12月3日」でしたので、同じ流れですね。なかなか思い出深い一日だったため、平成は終わりますが、私は死ぬまでこの日のことを忘れないでしょう。

浮かれていたことで油断があったのか、インターネット通販や近所のゲームショップでの予約には軒並み出遅れてしまい、発売日に手に入れる計画が危うくなっていた私は、当時渋谷にできたばかりの「SHIBUYA-TSUTAYA」に早朝から並べば入手できるらしいという話を聞きつけて、当日は始発で渋谷へと向かいました。

たしか深夜番組でやっていた、圧倒的なホールド感が男子高校生に人気だという「ガム」だか「ゴム」みたいな名前のヘアワックスを使い、根元がわずかに黒くなりはじめた金髪を超サイヤ人のように固く逆立て、真っ黒のダッフルコートを着込んで、早朝の渋谷に降り立ちました。TSUTAYAの脇には外階段があり、当日販売分をあてにした多くの人たちが、上まで続く長い列を作っていました。この外階段は今でも時々通ることがありますが、この日の朝を思い出して懐かしくなります。

朝7時、プレイステーション2が発売開始。

一階で行われているセレモニーの様子などを窺い知ることもなく、寒く暗い階段でひたすら待ちます。どうやら当日販売分が私の少し後ろくらいまで回ってくるとのことで、ホッとしながら列は進んでいき、一階の売り場で無事ゲット。ただし、TSUTAYAでは全てのソフトがすでに売り切れていたため、本体だけを抱えて一度帰宅。あらためて朝10時開店の近所のゲームショップに並び、ソフトを2本買います。「リッジレーサーⅤ」と「A列車で行こう6」にしました。当面はこれでやっていけます。

<次の話>

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