ワープロ

<前回の話>

我が家にパソコンが導入されました。世間的にはWindows 95や98が出るような時期で、家庭にパソコンが普及し始める大きな流れがありました。家族兼用のパソコンを、当面はダイヤルアップ回線で使います。私のインターネットとの初遭遇でした。

念のため説明しますが、当時のダイヤルアップ回線は、接続時間ごとに電話料金がかかりました。我が家で一日に使ってよいのは、一時間程度までと定められました。しかも、インターネットを使っているときは固定電話が使えません。「電話と同時接続が可能+時間帯に関係なくどれだけ繋げても固定料金」という、夢のようなISDN回線が少し後に登場するまでは、大体そんな感じでした。

というわけで、パソコンをたくさん触ろうにも時間制限があるため、インターネットはあまりできない。でも何かやりたくて。いつしかインターネットに繋げる代わりに、プリインストールされていたWordを立ち上げて、日記というか「その時に思ったことを書く」ことを、淡々と始めるようになりました。

当初は書いたものを誰かに見せる気はありませんでしたが、「書く」ことで「しゃべる」ことができるので、誰とも会話をしない日々での、しゃべりたい欲求がけっこう満たされます。また、感情を言葉に起こすことで、あらためていろんな物事が整理できてきます。

何かを書くようになって、これまでの混沌とした私自身と向き合っていく態勢が確立していった感じがあります。大げさに言うなら、生まれて初めて「思考」が芽生えました。

昔、一回りほど年上の従兄弟からもらった、モノクロプリンター付きの古いワープロがあって、何かそれで「お話」を書いて、その場で印刷して読むのが楽しい、という時期が一瞬ありました。RPGのシナリオみたいなものを書いていたと思います。小学生の頃の話です。

いま思うと、あれが何かを書くことを「楽しい」と感じた、原体験でした。

ワープロが壊れたのか、新しいゲームが出て目移りしたのか、そうした遊びも何年もしていませんでしたが。パソコン触りたさにとりあえずWordを開いて、何かしら思ったことを書き始めたとき、ワープロのあの「楽しい」感覚とリンクするものを感じました。そこから今に至るまで、ずっと何か書いてますね。

そして、インターネットですが。主にゲームの攻略掲示板(BBS)を見ていました。

当時は「2年ROMれ(にねんろむれ)」という言葉がありました。「閲覧するだけの期間を2年過ごしてから掲示板などに参加しろ」という意味です。この半年版である「半年ROMれ(はんとしろむれ)」のほうが言葉としてはポピュラーだと思いますが、私がインターネットの世界に迷い込んで最初期に目にしたのは「2年ROMれ」でしたので、きちんと2年以上ROMってから参加しました。真面目ですね。

その間に、一般的なインターネットマナーというか、当時のインターネットの空気感を学びました。初めて書き込み(カキコ)するときはものすごく緊張しました。初書き込みはレスがつくようなものではなく、その他大勢の声の一つみたいな感じだったのですが、いつも見ていた人たちの書き込みに紛れて私の言葉が並んでいるだけで、何だか感動的でした。

当時はブログなどがなかった代わりに、知識がなくても作れる「簡易ホームページ作成サービス」みたいなものがたくさんありました。今から考えると著しくカスタマイズ性の低い貧弱なテンプレートがあって、あらかじめ用意された日記や掲示板やチャットなどがある感じでした。

やがて、そういうものに自分で書いたものを載せていく中で、不登校以来ほとんど無かった家族以外の人間との交流が、インターネット経由で発生しました。その頃から私の「本体」の置き場所は、もっぱらインターネットの中になっていきます。

<次の話>

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