狂った世界とおかしな少女【sideリピス】

■お借りしました:ダイゴロウ(ゆめきち)さん、Aさん、Fくん、Eさん

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 ダイゴロウの腕の中でリピスは酷く冷静にその光景を見ていた。間髪入れず躊躇いもなくダイゴロウのボールの中から飛び出したFの姿に、先程リピスを受け止めた際に一切揺れることがなかったAの鍛えられた身体の強さ。
 それらから彼らが本当に鍛え抜かれたトレーナーとポケモンであることを理解すると同時、自らが弾き出した回答に一切の間違いがなかったことを理解する。
 海底から微かな光が覗く。あれはおそらく捕獲の際に放たれる光だ。ゼブライカとDが攻撃を一撃つつ当てていたとはいえ、Fによる追撃は一度のみ。たったそれだけで捕獲が可能なまでのダメージを与え、かつ逃れる術を抑え込んだと考えれば実力の程ははっきりする。
 強い。ムムには念のためにとまもるをいつでも発動させられるようにと目配せをしていたが、今回は本当に自分達がすることは何一つなさそうだ。とリピスはダイゴロウの体に身を預け周囲の様子を伺った。

「ユメキチ、Fが上がってこないわ」
「ってこたぁアレだな。この機に乗じて喧嘩を売りたい奴らが沢山いるんだろうよ」
「嫌だわ。血気盛んな子ばかりなのね」

 そうは口にするが、リピスも薄々感じ取っていた。だからこそFが上がってこないことにすぐに疑問を口にしたのだ。海は好きだ。しかし、ここの海にやってきてから心臓をじっとりと舐め上げられるような言いようのない悪寒をずっと感じていたことも確かだ。
 何度もこの感覚は抱いたことがあった。それは場所を問わずリピスを常に襲い続けていた。だがその正体をはっきりと認識したことはなく、そういった悪寒を感じてはすぐに距離を取って逃げていたのだ。
 それが今自分達のすぐ近くにあることには、気付いていた。

「お前色んなところに喧嘩売りすぎなんじゃねえの」
「残念なことにさっきの一匹以外は身に覚えがないわ」

 それよりもFは大丈夫なのかしら。そう告げてリピスは海面を見遣る。Aに乗って移動を続けていることからFとは既に距離は離れてしまったかもしれないが、それでも視線を海に向けずにはいられない。
 ダイゴロウは問題ねえよ、と続けて空を見た。空からは、また異なるウツロイドが降りてきていたのだから。


***


 リピスの読みは当たっていた。ウツロイドを一匹捕獲したばかりのFは海中にてまた異なる相手と対峙することとなっていた。海に透き通り溶け込んでしまいそうなそれは水色の薄いベールのような腕を誘うように揺らめかし続けている。
 虚ろな赤い瞳が怪し気に光り、その口は愉し気に歪められた。その瞳も触手もFに向いているようであって向いていない。そのオスのプルリルの視線は、海面へと向かっている。

 自分を見ることなく海面を見上げるその様にこのプルリルは何を考えているのだろうか、とFが疑問に思っているとプルリルは海面目がけてどくばりを放つ。自分に向けられたものではないが、何故そのようなことをしているのかとFがプルリルが放ったどくばりの向かう先を眺めた瞬間、虹色の光がどくばり全てを呑み込み弾き飛ばす。毒色の針が虹をまとい、ぱらぱらと海中へと落ちては色を失い深海の闇へ墜ちていく。
 ぽかん、とその光景を眺めていたFと、邪魔をされたことにプルリルが苛立ちを露わにした時にはもう全てが終わっていた。

 Fの前には完全に凍り付いたプルリルの姿。その姿には、その技には見覚えがある。先程の虹の光にだって見覚えがある。しかし疑問はどうして彼女が、ということだ。プルリルをぜったいれいどで完封したトドゼルガ、Eはその尾を振り上げてもう動けないプルリルを殴りつけて、深海へと叩き戻した。
 ふん、と鼻を鳴らしFへこっちへこいと目を向ける。彼女は聡く、彼女はダイゴロウの手持ちとしては非常に珍しい程に、こどもにやさしい。だからこそ、彼女はこの騒動が起きてからダイゴロウによって海に放たれていた際にずっと気にかけていた。幼い子どもを狙う不届き者への制裁のために。幼き子を守るために。海底へとリピスをずっと引きずりこもうとしていたゴーストポケモンを警戒して。

 敵は一体だけにあらず。ぞくぞくと集まって来たプルリル達の姿に辟易して仕方がない。どいつもこいつも、全てオスなのだから。
 全て殲滅するよ、と言わんばかりにFをEが見遣れば何も気がねなく暴れられると踏んだのだろう。Fは無邪気に喜び、集ってきたプルリル達目がけてその牙を剥いた。


***


 新たに登場した襲撃者は今度はリピスもダイゴロウも関係なく、どちらも狙わんとばかりに触手を動かし、その内部から毒を吐き出す。ポケモンですら当たればひとたまりもない毒を人間が浴びれば洒落にならない。
 リピスはちらりとダイゴロウを見たが、彼のその表情の余裕さから自分が何かする必要は何一つとしてないと判断しその様を見守った。
 リピスの見解は大正解だった。ダイゴロウはにいと笑みを浮かべ、リピスの体をしっかりと抱き込める。Aの背びれを持つ手に力を込めて、身を寄せた。それが全ての答えだ。

「息吸い込んどけよォ!」
「だと思ったわ!」

 あなた酸素ボンベ複数所持していたじゃない、という文句は今は呑み込む。状況が状況だからだ。リピスはムムが共に息を大きく吸い込み、酸素を肺に溜め込んだ瞬間Aは海中へと潜り込んだ。
 海中へと勢いよく潜り込んだ際に与えられる強い衝撃。それが人間二人と水ポケモンではないミブリムを襲う。叩きつけられるような肌が痛む感覚だったが、その痛みは一瞬で失せる。海中へと潜り込んだAが今度はこうそくいどうを発動させたことにより、水中下での抵抗力という別の痛みをその肌に感じることとなったからだ。

 リピスが失神しないようにとダイゴロウが抱きしめてまだ痛みを緩和させようとはしているものの、それでも痛みというものはやってくる。減給してやろうかしら、なんてリピスが思いながらも痛みに耐えて息を止めていると、視界の端に一匹のポケモンが映った。
 それはオスのプルリルだ。高速で移動するAの動きを気にも止めず前に飛び出て、こちらへと触手を伸ばす。
 その瞳の光を見た瞬間、言いようのない悪寒がリピスの背筋を伝った。身に覚えがある。これには、覚えがある。この湾に来てからずっと感じていた恐怖の正体。それを視認し理解した瞬間、心臓が握りしめられるような感覚に悲鳴が出そうになって、息を止めることすら忘れそうになってしまう。

 まずい、と思った。けれども、それは全て杞憂に終わった。

 リピスの目の前で、圧倒的な力が恐怖を喰らいつくした。高速で海中を移動し続けていたAはプルリルの胴体に容赦なく噛みつき、雑巾を捨てるかのように海底へと放り投げる。
 プルリルの瞳から光が消える。恐怖の対象であるそれが、力を前に崩され、散っていく。その様を見ていたリピスはただただ、ひたすらに。心の底から安堵した。

 Aが海面へと姿を飛び出させる。止めていた息を楽にさせ、めいっぱい酸素を吸い込む。襲撃者の姿は引き離したとはいえまだ自分達の後ろにあるのが見える。まだまだ危機的状況であることに変わりはない。それでも、だ。海水でびしょ濡れになっても気にすることなくリピスは、笑った。

「っふ、ふ、あははっ!」
「おいおい、頭イカれたか?」
「なあに?減給するわよ」
「おっとこりゃあ失礼」
「いいわ。今のわたしは気分がいいの。だから許してあげる」
「そいつぁ嬉しいね」

 ダイゴロウの頬に手を伸ばして、身を微かに持ち上げて頬へと触れるだけの口付けを送る。濃い髭は海水でべったりと張り付いているが、それすらも今のリピスにとってはどうでもいい。だって、だって、今はどうしようもなく気分がよくて仕方がないのだ。
 あ?と不可解さに怪訝な声を零したダイゴロウを放置して、リピスは今度はAの背びれへと口付けを送る。それもまた嫌がられただろうが、そんなことはどうでもいい。何故ならリピスは今ただ、ただ、嬉しくて楽しくて仕方がないだけなのだから。

「よしユメキチ、そのまま暴れてちょうだい」
「守るから趣旨外れてねェか?まあいいけどよ」

 全くもって意味がわからないが、それでも不機嫌よりかは上機嫌の方がやりやすいことこのうえない。ダイゴロウは深く気にすることはやめて、追いかけてくるウツロイド達への次なる手を考えはじめた。

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