酸味と甘さ【sideリピス】

こちらの流れをお借りしています。
 
■お借りしました:スウィートくん、フェリシアちゃん
 
 
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 読みが当たっていたことに対する喜び。
 問いかけに素直に彼が答えてくれた嬉しさ。
 気にならない訳にはならなかった彼の偽名の名付け親への瑣細な悔しさ。
 まさかのケーキへの戸惑い。
 
「ユイト」
 
 たったあれだけのやり取りだったのに、こんなにもわたしの感情は彼に搔き乱されてばかりで。
 
「二人だけの時はそう呼んでもいい」 

 ほら、また乱された。
 旅に出る前はどうやったって、どうしたって。心は氷のように固まったままで世界は全てがつまらなかったのに。
 
 
***
 
 
 人はわたしをわからないと言ったわ。

 自分が異質だと理解するのに、そう時間はかからなかった。
 周囲の子ども達と話がいまいちかみ合わないこと。周囲の大人とのやり取りがどこかずれていること。同年代の子ども達を、どこか下に見ている自分がいることに気付くのだって。そう、時間はかからなかった。
 
 わたしに対する違和感を直接ぶつけてくるのは同年代の子どもたちだった。直接はわたしに言ってこなくとも、遠巻きに怪訝な瞳を向けてくる大人達も沢山いた。わたしが精神的に弱ることはなかったのはやさしい両親のおかげではあったが、同時に性格が捻くれていったのはそんな心ない周囲からの対応によるものだったのだろう。
 年頃の子どもというのは実に不安定で、危なっかしい。そんな分析をしてしまったからこその、同情はあれど罪悪感はない。わたしによく突っかかってきていた少年はきっとわたしのことが好きだったのだろう。それなのにわたしがいくら話しかけられても同年代の遊びにも会話にも興味を見せなかったことから、彼は手法を変えた。
 そしてわたしの髪を切って、わたしがずっと大切にしていたぬいぐるみの腕を引きちぎったのだ。彼もきっとそこまではやる気はなかったのだということは、その青褪めた表情が全てを物語っていた。それでもやってしまったことは、わたしを傷つけたことに違いはない。
 いくら無表情すぎて人形のようだと、心のない冷たい子だと言われても、わたしだってただの人間で、こどもだ。人形ではない。傷つく心とて持っていた。
 ムムとともに少年を殴り飛ばしたあと、わたしは急いでぬいぐるみの腕を繋ぎ直した。必死に直した。拙いながらにも、うまく直せるまで何度も針と糸を巡らせた。だって大切な子だったから。パパとママが買ってくれた大好きなぬいぐるみだったから。
 なんとか直せた頃には、わたしの裁縫の腕はとてもあがっていたのだと思う。けれども何度も何度も縫い直されたぬいぐるみはくたりはてて、結局のところ直せても、”戻せなかった”。どちらかといえば、まるでわたしがトドメをさしたかのようで。
 
 吐いた。
 
 そんなことで、と思われるかもしれない。たかがぬいぐるみであって、それにわたしは子どもらしからぬ性格もしていた。それでもわたしはたったそれだけのことで、吐いてしまったのだ。
 
 幸いにもわたしのそれは永続的に続くものではなかった。パニックにより一時的に精神に多大なストレスがかかったことで、小さな身体は耐えられずその時だけ負けてしまったのだ。
 その時からだろうか。わたしは今まで以上に周囲への壁をつくるようになったのは。厳密にいえば、何も深く思わないようにしたのは。簡潔に言えば心を殺すことにしたのだ。誰かの言葉や態度に傷つくような精神でいたくなかった。また、傷つけられるのが怖かった。だからそう、わたしはわたしの心をまもるために、”嫌われたって何をされたってどうでもいい”と思うようにしたのだ。
 傍から見れば我儘であり、傲慢。元々の性格や気質もそれに近かったことから、そう思考を変えることに対した苦労はなかった。むしろしっくりきたため、別に無理をしている訳でもなく。わたしは、このわたしを気に入っていた。
 
 わたしはだって、強くありたかったから。いつだってひとりになっても問題がないように。
 けれどもそれは、酷く___退屈だった。
 
 
***
 
 
「ユイト」
 
 呼んだ、彼の名を。今は二人きりかというと、ビビとフェリシアがいるから厳密にはそうではないのだけど。こちらに背を向けている彼を見上げるも、振り返ることはなく特にこれといった返事もない。けれども、やめろと言わない無言は、彼にとっての許容だ。
 知っている。わかってしまった。だからこそ、こんなにも心が搔き乱されて、熱さが残る。
 ふふ、と思わずセーターの袖を口元に当てて笑みが零れてしまった。何が面白いのかといった風な視線が彼から僅かに向けられて、その瞳の中にわたしが映っていることに、先程聞いた名付け親への小さな嫉妬心などどこかへ向かってしまう。
 
「呼びやすいわ。ユイトって」
 
 もう一度。別に呼ぶ必要も意味もないのに、わたしは意味なく彼の名を呼んだ。スウィートではないユイトの名を。
 鏡はないが自分の表情がどうなっているかなんて容易に想像がつく。きっと、どうせ。子どもというには大人すぎて、大人というには幼すぎる、少女から女性になりかけている成長過程の笑顔。嬉しさと優越感と、わずかな擽ったさがこれまたおかしくて笑ってしまっている、わたしという人間がいる。
 こんなにも寒いのに、この部屋はとてもあたたかい。それが暖房のおかげだけではないことも、わかっていた。
 
「ケーキありがとう。フェリシア、ビビ、皆で分けて食べましょ」 
 
 ソファーから立ち上がって食器をとりに行く。その際に折角だからお手伝いをしてもらおうと二匹を呼べば、楽しそうについてきてくれた。器用にリボンで食器を運んでくれるフェリシアの後をビビはリボンを注視しながらついていく。きっともしも食器が落ちてしまったら自分が受け止める気概なのだろう。
 先程までわたしが座っていたソファーのすぐ真横には彼が座っている。別に何かを手伝うでもなく、けれども制止をするでもなくわたし達の動きを静かに眺めている。その様子が、この空間が落ち着くといったら過去のわたしは何を思うのだろう。
 
「どれがいい?」
「別にどれでもいい」
「そう。じゃあ一番甘そうなのにしておくわね」
 
 制止は入らない。ならば問題がないということだ。わたしは二匹とともにケーキを食器の上に分けた。色とりどりの可愛らしいケーキ。ケーキは嫌いじゃない。基本的に何でも食べ物は好きで元々嫌いなものがないというのもあるが。もっと好きになれた気がした。
 
 窓の外を見ればしんしんと雪が降り続けていた。静かな雪の音。それをひとりで聞いているのが好きだったのに。今は外にいってその音をよく聞くよりも、この場で楽しい一時を過ごしていたいと思う。
 
 ケーキを食べながらも、途中で入った食休みの時間。横に座っている彼を見上げれば、彼はとっくに食べ終えたようで食器は膝の上にはなく、テーブルの上に戻っている。
 ああ、じゃあいいか。わたしはすぐにそう決定して、自分の上に置いた食器とケーキを落としてしまわないようにしつつ彼の肩に頭を預けた。
 
「何」
「丁度そこにいい壁がいたから」
「今すぐどいてやろうか」
「ケーキが崩れちゃうわ」
 
 だから食べ終わるまでぐらいいいでしょ、と訳のわからない理論を振りかざしてわたしは甘すぎる苺を口に運んだ。
 僅かな酸味が残る甘さは、全く持って気持ち悪くなかった。
 
 
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*補足
 この作品の時間軸以降、リピスは二人きりの時はスウィートくんのことをユイトと呼ぶようになります。

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