止まない頭痛【sideミィレン】

この話の後の話。
 
■お借りました:テイさん
 
 
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 苛々する。頭痛が一向に落ち着かない。それに何より、”昼の記憶”が戻らない。
 その理由としては私の記憶操作を常に行ってくれているベイシャンの不調に他ならない。今までは昼の私の記憶も全て私に共有されるようになっていたというのに、最近ではそれが一切としてなくなってしまった。
 それどころか、昼の私が動いておらず寝ているだけの日が増えたように思える。それは収まらない頭痛とは別に、身体が明らかに以前よりかは楽になったが故の推測の結論だった。
 
 ベイシャンに無理をさせすぎただろうか、と彼女に声をかければ彼女は首を横に振るだけ。さらに尋ねることは出来たが、ずっと私の我儘に付き合ってくれている彼女に不快な思いをさせたくもない。
 頭が痛い。割れそうな程の頭痛がどんどんと酷くなる。私はあの頃から何も前進などしていない。何も取り戻せていない。それだというのに、身体がただ限界に向かっていく。もどかしい。
 酷すぎる頭痛は精神にも影響をきたした。痛みによる苛立ちを紛らわせたくてついには花瓶を割ってしまった際にはベイシャンが泣きながら止めてきたし、ホアンシーが傷ついた手の手当てをしてくれた。
 
 気分転換に出かけよう、と言い出したのはホアンシーだった。久々にノートを出て、ノアトゥンのヴィーク・マーケットというものに行こうと。ああ、確かにずっと手持ち達にも無理をさせているし、楽しい思いをさせてあげれていない。私は頷いて皆と共にヴィーク・マーケットへと向かった。
 
 
 そして、まさかの知り合いを見つけてしまった訳だ。口論をするたびに頭痛が酷くなるため勘弁願いたい。今日私は手持ち達の買い物と、最もこの世で大切な子達への贈り物を探しにきただけなのだ。
 そこで口論を止めるためにもと、男性と共にいる姿にもしやと思い発破をかけてみれば、男性はわかりやすく喜んだ様子を見せた。
 
「そう見える?」
「ええ、とっても。ドティスにはお世話になってるわ」
「よく言う」
 
 舌打ちでもしそうな勢いでそっぽを向いたドティスに、ここがウィークポイントだと早々に判断した私は怖がって後ろに隠れていたコンジュを呼んだ。不安そうに出てきたその子を撫でてから、並んでいる民芸品を示す。コンジュは興味深そうにそれらを眺めはじめ、楽しそうな表情を浮かべてくれた。
 
「あなたとドティスで作ったものなの?」
「いや、売り物は両親が準備したものでさ。俺達は売り子だけ」
「素敵な親孝行ね」
 
 並んでいる品を眺めながら男性と会話を続ける。その間一切会話に入ってこずに視線を逸らしているのだからドティスはある意味わかりやすいと思う。
 ふと、貝殻を模したイヤリングが目に付いた。貝の形が独特なおかげか水と雷の模様のように見えるそれらを見て、自然とあの子達のことを思い出す。
 
「このイヤリング一組だけ?」
「ん、ああ」
 
 二人に片方ずつ渡したら拗ねるだろうか。若干ごねられそうではある。なら他の何かと合わせるべきだろうかと考えて視線を反らして、真珠のイヤリングを手に取った。
 
「ならこのイヤリングとこのイヤリングを貰いたいわ」
「まいど。プレゼント?」
「ええ」
 
 贈り物といえば贈り物だ。男性がイヤリングを二組紙袋に入れてくれるのを横目で見つつ、私は代金を準備する。大きな左手。そこへと必要な代金を手渡せばいやでもその左手の薬指が目に入る。
 ぐるりと腹部に重く黒い感情が溜まる。これはただの羨みで、僻みで、八つ当たりでしかないものであることを理解している。しているが、体調も精神も最悪な状態の今私に嫌味を止められることは出来なかった。
 
「ありがとう。ねえ、ドティス」
「……何だ」
「私、あなたのことが羨ましくてたまらないわ」
「は?」
 
 何の話だとばかりにドティスが漸くこちらを向いた。___どうしてかわからないが、私はドティスの顔を見る度に心がざわつく。ドティスはいい医者だ。お節介ではあるが、それでも本当に他人のことを案じて心配してくれる人で、この世の中では貴重であることをわかっている。
 それでも、それでもだ。どうしてか、ドティスの顔を見ると、気分が心地よくない。
 
「だって、私が絶対に得られないものをあなたは全て持っているんだもの」
 
 どうしてそう思うのかわからない。それでも、どうしてか私はドティスが羨ましくて仕方がなかった。アイが奪われてから、壊れた心がアイを求めるように見つけたチリーンを模したピアス。それが耳元で揺れた音が聞こえて、アイの音だったら心が落ち着いただろうにと自嘲の笑みが零れてしまう。
 本来の姿を全て覆い隠して、偽物で安寧を図ろうとして。偽りで塗り固められた私の目に映る、偽ることを知らないドティスはなんて目に痛いのだろう。
 
「なんてね。イヤリングありがとう。大切にするわ」
「え、あ、ああ……」
 
 珍しく言葉を失ったドティスと、何か言いたげにする男性。でも私は今それ以上何かを聞きたくもなかったし、聞く心の余裕もない。心配そうにこちらを見ていたコンジュを連れて、早々に背を向けてその場から離れた。
 
 
 
 揺れる波を見遣れば、数多の船と水ポケモン達の姿が見える。海はどうしてか、好きになれない。その波の音を聞けば胸はざわつくし、どこまでも続く青からは目を背けたくなる。
 それでもこの日海を眺めてしまったのは、心身ともに全てが崩れすぎていたからなのだろう。
 
「私って、なんのために生きてるのかしらね」
 
 海に反射した自分の姿。偽った自分の姿。本当の私なんて、もうどこにもいない。いっそ壊れてしまえば、終わってしまえば楽になるのだろうかなんて。
 そんなどうでもいいことをぼんやりと思考した。

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