はじめての挑戦【sideリピス】

■お借りしました:ダイゴロウ(ゆめきち)さん、スイカさん、あるこくん、カンザシさん


------------------------------------------------------------


 腹に描かれた紋様のように目を渦巻かせたろもたまの姿に、一瞬呼吸を止めた。
 戦闘不能、という審判の声が聞こえた。それは即ちこちらが勝ったということ。無意識のうちに握りしめていた手汗が滲む。
 あの時、スウィートと争った時とも、ウツロイド達と対峙した時の感覚とも違う。どくどくと心臓が早鐘を打ち、身体全体を巡る血液の動きを早くさせているかのような錯覚。
 ああ、そうか。そうだ。公式戦で、普通のトレーナー同士としてのバトルでポケモンを倒したのはこれが初めてなのだ。
 スウィート相手には額の傷痕と共に完全な敗北を残した。ウツロイド達とはそのスウィートの手持ちであるフェリシアの力を借りて何とか倒すことが出来た。
 父の手持ちである育てられたゼブライカの力を借りたとはいえ、今このバトルフィールドに立つトレーナーは自分だけ。

 自分という人間は酷く冷静で感情が死んでいて、高揚なんてしない存在だと思っていた。それだというのに額からは高揚のあまり汗が流れたことを、それを拭ったことで気付けるだなんて。
 彼の方を振り向いたのは反射的な行動だった。ただ、彼のつまらなさそうな顔を見てリピスは理解する。”ユメキチのあの顔が見たかった”のだと。ダイゴロウはこちらのことを何とも思っていない。思っていないからこそ、きっとリピスのバトルの勝敗すらもどうでもよくて、今こんな風にリピスが自信に溢れ喜んだ――普通の十歳の少女が見せるような顔を向けてくるなんて思っていなかったのだろう。

「やりますね、チャレンジャー!」
「ありがとう。でも……油断は大敵よね」
「その通り!ジムリーダー、カンザシ様に挑めるかどうかはまだわかりません!」

 快活な声が広々としたバトルフィールドに響き渡る。水タイプのジムなだけあって、清涼に満ちたそこは空気が澄んでいて耳に届く音の何もかもが心地いい。けれども、今は何よりもこの時が楽しくて、この緊張感が心地よくてたまらない。
 スイカはろもたまをボールの中へと戻すと、ろもたまが入っているのと同じダイブボールを宙へ放り投げる。光が放たれると同時バトルフィールドに降り立ったのはコアルヒーのあるこだ。
 コアルヒーのとくせいは何だったかと思考して、リピスの脳には二つのとくせいが思い浮かぶ。するどいめとはとむね。本で読んだ限りでは確かその二つだったはず。ついで場に出しているゼブライカの技構成を思考し、頭の中で方程式を組み立てた。

「ゼブライカ」

 呼びかければゼブライカは任せなさいとばかりに身構えながらあるこの方を向いた。同様にこちらを見据え身構えるあるこ目がけて、ゼブライカは再度地面へと蹄を落とす。先程ろもたまが放ってくれた水の道を電気が走り抜け、あるこの目前まで来たところでその子はスイカの指示を受けて飛翔した。
 僅かな飛翔であろうとも、大地を伝っていた電撃を避けられたことに変わりはない。電撃をかわされ、リピスは反射であるこの方を見上げる。つられるようにしてゼブライカも顔を上げたが、スタジアムの照明は目晦ましに持って来いに他ならない。光を背にしたあるこの姿にゼブライカもリピスも目を細めた瞬間、羽が鋭くゼブライカの頭部目がけて叩き落とされる。揺れる、ゆれる、揺れる。頭部に強いダメージを受けたゼブライカが身すらも揺らめかせ、それでも倒れまいと大地に蹄を強く押し付けた。

「……?違う……」

 あるこの攻撃行動自体は翼だ。だからこそひこう技かと思ったが、ひこう技はゼブライカにはそこまでの威力を与えないはず。となると、別の技である可能性が高い。それは一体何かと思案しているリピスに、答え合わせをするようにスイカは解を述べた。

「おっ、気付きましたか!そうです、ひこうタイプの技ではないのです!」
「物理……水タイプの技でもないわよね?」
「その通り!今の技はおんがえし。懐いているほど威力が高くなる技ですね」
「おんがえし……はじめて見たわ」

 書物では見たことがあり、知ってはいた技だ。しかしそれがここまでの威力を持つとは思っていなかった。何せリピスが旅に出てから共にいるのがあのダイゴロウなのだから、そりゃあおんがえしなんていう技がちゃんと”強い”ところを見ている訳がない。絶対にユメキチはおんがえしなんて技覚えさせないでしょうね、なんて失礼なことをリピスが思考する一方で、先の攻防によって僅かに打ちあがった水しぶきにかかったダイゴロウがくしゃみをしていたのはまた別の話。

「勉強になるわ。あなたは、今までわたしが知らなかった世界を魅せてくれる」
「ここはノアトゥンジム!新人トレーナー向けのジムの一つでもありますからね」
「ええ、だから……とっても、とっても楽しいの」

 知らないうちに自然と、純粋な満面の笑みが零れた。本によって得られた知識はいくつもある。けれども、実際に目で見てみるのとは何もかもが違う。百聞は一見に如かず。目で、耳で、肌で、心で直接知ることが出来ることが、なんと楽しくて幸福なことか。

「だから絶対に負けたくなくなったわ」
「言いましたね?受けて立ちましょう、チャレンジャー!」

 ええ、と頷いてリピスがゼブライカに指示を出すのも、スイカがあるこに指示を出すのもほぼ同時。電撃を身にまとったゼブライカが体勢を屈めたと同時、あるこが下から掬い上げるように技を放つ。確かな一撃がゼブライカの顎下に入ったが、今度は怯むことなくゼブライカは歯を食いしばってそれを受けたまま、雷を放出する。
 自身すらも何もかもを呑み込むかのような力任せの、無茶苦茶なほうでんだ。

 リピスがあるこのとくせいを考え方程式を組み立てた結果、決めたことは力技で押し通る、だったのだからこれまた組み立てた解らしくない解だった。
 命中率が下がらない、もしくは防御が下がらないか特性の効果を受けない。とこればゼブライカが所有するかげぶんしんは意味をなさないも同時。相手のとくせいがはとむねであったとしても、無意味になるかもしれない作戦はとらない方がきっといい。
 そんな風に考えていたところで直接攻撃の強さを見せつけられれば、それならこちらも押し返そうという謎の根性論に火がついてしまったのだ。

 バトルフィールドを雷が駆け巡り続け、その眩しさに思わずリピスもスイカも目を細めた。ダイゴロウは勿論目を閉じている。そりゃあそうする方が目に刺激を与えないからであり、傍観者である彼がとる行動としては最も最適に他ならない。
 次第に雷の威力が落ち着いていったかと思うと、そこには少しばかり申し訳なさそうにしながら目を丸くするあるこを背に乗せたゼブライカが立っているのが目に見えた――。


***


 スイカからキャモメのレインコートを受け取ったリピスは有り難くそれを身に纏う。小柄なリピスにしてみればそれは少し大きくて、それでもその大きさがどこか安心感があって心地いい。

「ありがとう」
「いえいえ!まだまだジムチャレンジは始まったばかりです。頑張ってくださいね!」
「ええ。……名乗るのをすっかり忘れていたわ。わたしリピスっていうの。素敵なバトルをありがとう。わたし、はじめての公式戦があなたで本当によかった」

 挑むことへの高揚感と緊張感、実体験によって知ることの楽しさと興奮。それらを教えてくれた素敵なジムトレーナー。目の前にいるのは、その人に違いない。だからこそ素直に感謝を告げたいし、名を名乗りたかった。それはただのリピスの自己満足に他ならない。
 スイカの手を軽く握って、頑張ってくるわ、とリピスはしあわせそうに笑った。


***


 緩やかな下り坂のアクアリウム。ジムトレーナーを倒しながら下へ下へと景色を楽しみながら降りていけば、最深部へ繋がるエスカレーターが視界に入った。

「あ」
「?何だよ嬢ちゃん」
「忘れてたわ……」
「何を」
「ユメキチお留守番してていいわよ、って」
「今更すぎねェか????もっと早くに言うべきだったよなァおい????」
「そうね、じゃあ荷物を持っていてちょうだい」
「こいつ……」

 今更にも程があるが、本当に忘れていたのだから仕方がないだろう。というかここまでダイゴロウがついてきていることにリピスは逆に感心しているぐらいなのだから、この二人の関係性は愉快に他ならない。折角いるのならば、とリピスが鞄を押し付ければ渋々だダイゴロウが持つようにはなったのだから慣れとは怖いものだ。

「ねえユメキチ」
「今度は何だよ」
「何でもないわ」

 ふふ、と笑みを零しながらエスカレーターへと乗り込んだリピスの後を、ダイゴロウも不可解そうにしながらついていく。そのままエスカレーターに乗っていれば、世界が更なる青へと変わる。

 泡が浮き立つ青の世界。人がその身で到達することの出来ない神秘の海の世界。水ポケモン達が悠々と泳ぐ中、巨大すぎるホエルオーと目があった時には高揚で心臓が跳ねた。
 神秘の海底都市にでも迷い込んだかのようなバトルフィールドは、煌めく海の色に照らされていた。

 言葉を失いその光景に見惚れていれば、エスカレーターはいつの間にか終わっている。バトルフィールドへと脚を踏み出せば、海の世界に立っていたその人が振り返った。

「……ジムリーダー?」
「いらっしゃい、チャレンジャー。よぉここまで来はったね」

 ゆったりとした、少し気だるげな雰囲気を纏うその人はこちらの緊張を解きほぐすかのように言葉を綴る。そのおかげで、自分が緊張しているということに気付いたリピスは少しばかり呼吸を整えて、その人を見据える。

「わたしはリピス。ジムリーダーカンザシ、ジム戦をお願いするわ」

 真っ直ぐにそう告げて、リピスはボールを三つ宙へと放り投げた。


*********


ジムリーダーに挑戦させて頂きます!
何か問題ありましたら仰ってください。
トリプルバトルに出す手持ち三体の情報は以下になります。


■ムム:ミブリム★♀(モンスターボール)
【性格】れいせい
【特性】マジックミラー
【持ち物】しんかのきせき
【技】まもる、サイコキネシス、ドレインキッス、いのちのしずく
 
---


■ササ:ガラルサニーゴ♀(モンスターボール)
【性格】ずぶとい
【特性】のろわれボディ
【持ち物】かたいいし
【技】ちからをすいとる、パワージェム、シャドーボール、ミラーコート

---

■ゼブライカ:ゼブライカ♂(スピードボール)
【性格】まじめ
【特性】ひらいしん
【持ち物】たつじんのおび
【技】ほうでん、ニトロチャージ、かげぶんしん、にどげり

---

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?