あたたかさに溶けていく【sideレフティア・キノス】

こちらの流れをお借りしています。
 この話のあとの話でもあります。
 
※最初は過去話です。

■お借りしました:テオさん、アメリーちゃん
 

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 大切だった家族は全て失った。
 希望を失い自暴自棄に陥った少女は終わりを望んだ。こんな世界どうでもいい。こんな夢も希望も光もない世界に、望むものなんて終わりだけだ。
 その組織に入れば、自らの望みが叶うと思った。終末が、やってくると。
 いらない。いらない。何もかもがいらない。
 
 悲しみを生んだ。哀しむ理由すらわからなくなっていたから。終末が早く来るならと、どんな酷いことにだって手を染めた。
 どうしてか自分についてきてくれるアンノーン達は一匹も少女を責めなかった。それが嬉しくて、悲しくて、どうでもよかった。
 
 
 吹雪の酷い日のことだった。一人の青年がポケモン達とともに少女の縄張りに踏み込んだ。だからこそ攻撃した。排除するために、自らを守るために。
 十分な痛みを与えた筈だというのに、その青年は少女の手をしっかりと握りしめた。青年からすれば少女一人を抑え込むのなんて簡単なことだ。アンノーン達が少女を守ろうと動くが、青年の仲間のポケモン達がそれを妨害する。
 アンノーン達は叫んだ。訴えた。それ以上その子を傷つけるなと。その言葉は勿論人間である少女と青年には届かない。それでも青年の仲間達にはしっかりと届いた。
 届いた上で、青年の手持ちの一匹のカイリューはボールから飛び出して怒ったのだ。
 
 それと同時、抵抗する少女の頭を青年が抱きしめる。
 捕まってはいけない。その恐怖が根底にあった少女は勿論暴れた。それによって青年の身体も勿論傷ついた。ひっかき傷が沢山ついた。それでも青年は離さない。
 はなして、と少女が青褪めながら叫び顔を持ち上げれば__そこには潤んだ紫の瞳があった。

意志の込められた紫水晶は真っ直ぐに少女を見下ろし、その瞳には間違いのない哀愁と悲痛を漂わせている。潤んだそれがきらきらと雪を反射して、綺麗に見えて。
 
「私達は君達を、傷つけない」
 
 そう、沈痛な面持ちで真摯にはっきりと告げてきた青年の言葉は、少女の世界に久方ぶりの光を落とした。
 
 
***
 
  
 酷くあたたかかった。
 包み込むようにやさしく抱きしめられて、テオの温もりが直に感じられた。彼が触れた箇所からじわりと何かが滲んだ。あたたかなそれは凍てついた氷を溶かすかのようで。
 ゆっくりと、溶けていく。
 
「俺でよければここにいるよ」
 
 頭を抱きしめる手はやさしく撫でたまま、握りしめられたもう片方の手に力が込められる。
 
「……ううん。ずるい言い方だったね。俺がこうしていたいんだ」
 
 それは、もっとずるい言い方だと思うの。咄嗟に心の中でそんな風に回答してしまって。私はテオの手を握り返した。
 泣きたくなったら泣いていいと告げてくれた彼に甘えて、氷を溶かすかのようにただ涙を溢れさせる。
 どうして私は私が泣いているのかも分からない。失われた記憶が関係しているのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
 けれども、ようやく泣ける場所を見つけたような。そんな気がしてならなかった。
 
 ぱき、と音が鳴る。凍り付いていた氷に罅が入り、それはやがて別の音となり響き渡っていった。
 
 
 ほんの数十秒にも、数十分にも感じられる時を過ごしてから不意にテオから問いかけられる。
 不思議に思い答えを返していれば、私のことをレフと愛称で呼んでいいかと尋ねてきたのだ。
 勿論大丈夫に決まっている。むしろ嬉しい限りだと答えようと見上げ直せば、何ものをもあたたかく受け入れる広大な海のような蒼の瞳が、こちらを見つめていた。
 
「……レフ」
 
 名前が、呼ばれる。”私”の愛称が。”私”だけが持つ響きが。
 
「俺は、どこにもいかないよ」
 
 ”私”を見て、そう約束をくれた。
 
 瞬間箍が外れたように涙が溢れた。それにテオが慌てた声を零して心配の声をかけてくれるものだから、違うのだと私は慌てて訂正を入れる。
 
「違うのです、その、私にもわかっていなくて」
 
 溢れる涙を拭ってくれるテオの指先すらもあたたかくて愛おしい。やさしく撫でるように、硝子を扱うように触れてくれる彼にどう言葉を返せばいいのだろう。
 ああ、でもこれだけはわかる。
 
「どこにもいかない、と仰ってくださいましたね」
「うん。迷子の言葉は信用がないかな」
 
 穏やかに、少しばかり冗談めかして微笑むテオに私は小さく笑を零して首を横に振った。そんなこと、思う訳が無い。
 
「どうかレフとお呼びください。それと……」
 
 彼の手を両手で緩く、包み込むように握りしめて。そっと頬を寄せた。
 
「……はい。どこにもいかないでください」
 
 私もテオも、このお祭りが終われば元の生活に戻る。私はフィンブルに。テオは旅へ。だからこそこんなことを言うのはおかしな話だとわかっている。わかっているというのに、口から滑り出た本音は、どうすることも出来なかった。
 
  
 
 
 
 それでも、その人を求めてしまった。
 その人を、愛おしく思ってしまったから。
 

***
 
 
 ゼブライカとの再会を楽しんだ後のキノスがレフティアを漸く見つけるも、声をかける前にランタに捕まえられる。
 今ばかりは邪魔をするなとランタがキノスに告げればキノスはん?と首を傾げてレフティアと、彼女を抱きしめる青年を見る。そして今まで見た事のないレフティアの気を張っていない様子と、やわらかな表情に合点がいき電撃が走った。
 
『え?!そうなの?!』
『無意識だろうがな』
『キノス!迷子め!何してたんだ!』
 
 わかりやすく動揺するキノスにランタは相変わらずの様子で、キノスの姿を見つけたテュッキュはアメリーを連れて近くまでやってくる。
 泣き出してしまったレフティアのことを心配するアメリーを撫でながら、キノスに自分達の頭を撫でろとテュッキュは言い張る。
 つまりはテュッキュは撫でられているレフティアが羨ましく甘えたくなり、早々にあまえたの駄々を捏ねたのだ。
 
『ええ……いいけど……』
 
 撫でるぐらいでいいのならとお人好しのキノスはひとまずテュッキュと、はじめましてのアメリーの頭をやさしく撫でてやった。
 
 
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※この作品以降、レフティアは無意識にですがテオさんに恋愛感情を抱くようになります。

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