どうしようもない大人【sideミィレン】

■お借りしました:マリステラさん
 
 
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 夜の時間は本来の私の人格が生活をする時間であり、また醜い世界に片足を突っ込む世界でもある。
 盗まれたアイを取り戻すためにあのくそ男の情報を仕入れるためにと手に付けた職業は存外自分にはあっていたようで、女優だった時の演技力の高さと手腕がこんなにも有効活用できるなんて誰が思っただろうか。
 とはいえ疲労は溜まる。私はこの世で一番悪事を働く人間達が嫌いだ。だからこそ、私の元に情報を買いにくる人間の大半も、同業者の殆ども。何もかもが耳障りで不快で仕方がない。
 
 今日は早々に引き上げよう。酒場を後にしようと席を立ちあがれば、下世話な視線がこちらを見定めるような感覚。こちらの腕を掴んできた男の太くて硬くて荒れた手は、不快以外の何物でもない。
 
「何かしら」
「あんた綺麗だよなあ。なあ俺と酒でも飲もうぜ」
「結構よ」
 
 下卑た表情と声音に何が真意かなんて誰だって理解する。ああ、いや。こんな醜い世界を知らなかった当時の私であれば、きっと理解出来なかったのだろう。
 私が男の手を振りほどくよりも早くに、ボールから飛び出したウーイーが男の腕を捻り上げた。
 
「はっ」
 
 呻き声すらも醜いのね。聞くに堪えないそれに自然と零れた嘲笑。私はウーイーにそこまでしておきなさいと告げて、早々に酒場を後にした。
 
 
 
 喧騒溢れる酒場を後にして、人気のない路地裏を歩く。女一人でこういった場を歩くことは危険極まりないが、それでもこういった場は人に見つからないようにするのにも長けているのだ。危険なだけではなく身を隠すためにももってこいな暗い裏の世界。
 大嫌いな裏世界にも光降り注ぐ。とはいっても月の光といった微弱なものでしかないのだが。ウーイーと共に空を見上げてからすぐに視線を下ろし、路地裏を改めて進む。
 思わず足が止まった。路地裏に先客がいることは珍しくはない。ただその有様があまりにも私のよく知るものとはかけ離れていたから。真っ暗な世界にその子は一人佇んでいた。真っ白な髪に、真っ白な衣類。何もかもが白いその子は月明りに微かに照らされながら、先程の私のように月を見上げている。
 背丈からして子供であることは間違いがない。しかしどうして子どもがこんな時間にこの場にいるのだろうか。関わるべきではない、と冷静な私が脳内ですぐに答える。けれども、そんな理性的な性格をしていたら私は今こうなっていない。
 それに。私は、子どもには何よりも弱いのだ。
 
「ねえ、あなた」
「………」
 
 声をかけながら近寄る。緩慢な動作で真っ白な雪のようなその子はこちらを振り向いた。海の波間のような、宙の合間のような青の瞳が向けられるが、虚ろなそこには私が映っていても映っているようには思えない。
 ああ、やはり声をかけるべきではないと冷静な頭は考えてくれるのに。顔半分に包帯を巻いて、虚ろな瞳を持つ人形のような子どもを、私が放っておける訳もなかった。
 
「……こんな夜遅くに一人でいたら危ないわ。お家は?送ってあげるわ。……私の声届いてるかしら」
 
 見上げさせるのも辛いだろうと私は身を屈めて、出来る限りやさしく問いかけた。声が届いていたら頷くか首を横に振るだけでもいいわ。と告げながら。

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