空の衣【sideシャッル】

■自キャラだけの話。
 
 
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 はじめて音に触れたのは既に朽ち果てた酒場だったか。子どもが入っていい場所では無いそこに忍び込んだ姉に連れられて、自分は忘れ去られた鍵盤に指を滑らせたのだ。
 
『シャッル』
 
 ぽん、ぽんと音を鳴らしていた自分の方を振り向いて。姉は落ちていた赤の布切れを自分の身体に当てて笑った。
 世界の全てが己の思うがままに回っているかのように思っていた姉。酷く汚いボロ切れさえも、その時その場の世界での唯一の最高のドレスのように思わせる幻惑の人だった。
 
 
***
 
 
 音楽祭をコルカールという手持ちが楽しまない訳がない。コルカールは楽しそうに自分の演奏に合わせて踊り続ける。演奏とはいっても、長らく触れていなかったために腕は相当に落ちた筈だ。
 本当に腕も落ちているのだが、なんてことを笑えば悪趣味だとビジネスパートナーには冷めた目で見られるのだろう。
 ヴァイオリンにへんしんしたマラビースから流れる音は酷いものでは無いのだとこの耳が理解はしているし、前述した理由もあるにはあるのだがそれは杞憂のようだった。
 
 独壇場でしかなかったその場に今回の目的が舞い降りた。こちらの演奏に合わせて踊っていたコルカールに合わせて、メロエッタはその姿を橙の色が目立つ踊りに特化した姿へと。
 こちらを向いたメロエッタへと人当たりのいい笑みを浮かべて、紛い物の楽器を弾き鳴らす。
 どこにも、なににも。本物は無いというのにそこに偽りはない。
 
 満足したのかメロエッタがその場を離れていく。演奏をやめて手を降れば、へんしんを中途半端に解いたマラビースも真似をしてメロエッタを見送る。
 本心は、覗いたもんじゃあないが。
 メロエッタがいなくなると同時に周囲を飛んでいたドローンも離れていく。組織の撮影ドローンは間違いなくあれだろう。手を振ってやろうかとも思ったが、自分は表舞台に上がるようなタイプではない。
 ただあくまでも、自分は影でいたいのだ。
 
「ねえ、マラビース」
 
 ヴァイオリンの姿からストールへと姿を変えたマラビースに声をかけながらコルカールを回収する。残念そうに項垂れていたが、一旦の役割は終わりだ。
 
「次は何の御洋服がいいかしら」
 
 朽ちたボロ切れは、とっくの昔に擦り切れて消滅してしまったのだから。

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