世界を見る【sideリピス】

こちらの流れをお借りしています。

■お借りしました:アルスくん、イリスくん
 
 
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 やはりアルスはやさしい人だった。唐突で不躾なわたしのお願いに応えてくれたのだから。
 彼は茂みの方に向かうと、そこに隠されていたバッグを取り出す。アルスのものなのだろう。イリスを抱き揺らしながらアルスの行動を眺めていると、彼は大きめなスケッチブックを一つ取り出した。
 
「オレは画家だけどかなり不器用な方でね、見たままの風景しか描けない…でも、それは逆にこの世界のどこかにこの景色はあるって事なんだ」
 
 それは不器用というよりも、と言いかけた言葉は途中で止まる。何故ならアルスがわたしにその絵を見せてくれたからだ。
 スケッチブックに描かれたそれは、”世界”だった。風景画と表現するにはあまりにも言葉が足りなさすぎる。繊細で、けれどもどこか力強さを感じるそれは朝焼けを描いたものだということはすぐにわかった。目映い光が世界を照らし始めたことによって、暗い世界は仄かなぬくもりを抱き始めている。
 写真だと思うどころではない、わたしは今目の前に本当にその”世界”を見たのかと錯覚したのだ。光のあたたかさに、空の雄大さに、自然の力強さに。そこには確かに、”世界が生きていた”。
 
「世界のどこかにあるこの景色を、君は見つけられる?」
 
 アルスはやさしくわたしに問いかける。それに対しての答えは決まっている。わたしは目に焼き付けるようにその世界を見つめてから、アルスを見上げた。
 
「……まだ見たことのない景色だわ。でも、もう覚えたから安心してちょうだい」
「それは……」
「見つけたいわ。こんなにも素敵な世界。だから見つけるの」
「そっか。……楽しみだ」
「というかあなた名のある画家じゃないの……?」
「えっ」
「だってわたしだったら雇いたいわ、こんな素敵な絵を描く人」
 
 わたしがこう思うということは画商でもあるパパもきっと同じことを思うことだろう。あの人も美しいものを好む。もっとも、特に好むものはその人の人柄が滲み出るものだが。だからつまりわたしと同じなのだ。
 
「もっともっとあなたの絵が見たくなってしまう。それ程までに好きよ、あなたの描いたものが」
 
 こんなにも生きていて、美しくて、やさしい絵をみたのは、はじめてだったのだもの。
 
「この子を抱っこさせてくれただけじゃなくて、絵まで見せてくれてありがとう」
「ううん。イリスも楽しそうだから」
 
 抱きしめていたイリスを改めて見下ろせば、やはり愛らしいつぶらな黒曜の瞳がこちらを見つめてくる。その可愛さにまた胸を抑えそうになりながらも、わたしはそうだわと慌てて服の中から袋を取り出した。
 
「今持ち合わせがなくて、これしかないのだけれども受け取ってもらえるかしら」
 
 御礼代わりに、とわたしはアルスに袋の中からほしのかけらを細工に用いたブローチを取り出した。お金が足りなくなった時用に持ち歩いていたものだが、手垢などはつけていないし金銭面でも問題なく旅は続けられているので問題はない。
 それに、光を反射して青と紫色に輝くそれは先程アルスが見せてくれた朝焼けのようで、渡すならこれがいいと思ってしまったのだ。
 どうかと思いながらイリスを抱き上げながら、わたしはアルスを再び見つめ直した。

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