幸福を願う愛の話【sideホアンシー】

▼自キャラだけの話です。

 
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 彼女達はしあわせな夢を見た。平凡な夢を見た。何も深くは望まなかった。
 ただ、ただ。彼女達は、不運なだけだったのだ。
 
 
 
 
 ホアンシー、という名を貰う前に貰った名前はシンフーという名前だった。
 パッチールは皆違う模様を持つ。同じ模様を持って生まれるものはいない。私の模様は、仲間達からは面白おかしく揶揄われた。可哀想に、お前に愛は一生ないのだろうと。
 私はそれでも笑うことしか出来なくて、ただ笑った。仲間達から馬鹿にされようとも私にはだってそこしか居場所がなかったのだから。
 
 
 けれどもある日、彼女に出会った。病弱な彼女は夢を叶えるために家の反対を押し切って旅に出て、私に出会った。今まで沢山のポケモンや人を見てきたが、その人程に美しい人を私はそれ以降見たことがない。
 仲間達にいじめられて傷ついていた私を見て、その人はあろうことかその美しい双方の瞳から雫を溢れさせはじめたのだ。
 はらはら、はらはら。夜の月の光に照らされて、紅玉の瞳からは透き通った水が伝う。
 綺麗だ、と。思ったと同時に私の体はその人に抱きしめられていた。
 
 彼女はとても綺麗でやさしくてお人好しで、少しばかり不思議な人だった。
 私を抱きしめながら囁くように告げるその声音さえも鈴のように美しくて、耳心地がいい。
 
「私ね、あなたの模様素敵だと思うの」
 
 白くて細長い彼女の指が私の目元をなぞる。
 
「割れた心に見えるなら、それはその子達の心が割れているだけ。私には、どこにでも飛んでいける羽のように思えるわ」
 
 彼女は私の顔を覗き込んで、やさしく穏やかに微笑んだ。
 
「どこにでもいける。まるで幸福を運ぶ鳥のように」
 
 割れた心。それを揶揄い目的以外で素敵だと言われたのははじめてだった。
 
 
***
 
 
 コンテスト、というものに一緒に出て見ましょうと手を握られて、思わず私は首を横に振った。だって私には突出した良さなんてないし、見栄えのいい技の出し方だってわからない。
 
「ねえお願い。私シンフーと一緒に出てみたいの」
 
 そんな無茶な。コンテスト慣れしているラシーやシーワンとは違って、自分はずっと野生で暮らしていたパッチールなのだ。あんな華やかな世界は知らない。その場に立てる訳もない。
 助けてくれの意を込めて二匹に視線を向ければ、観念するんだなといわんばかりに二匹は笑う。そんなあと私が慌てて肩を下げれば、どうしてかそれを了承ととられてしまった。
 
「!嬉しいわ!大好きよ、シンフー!」
 
 ぎゅう、と強く抱きしめられて、ああもう何でもいいかと私は諦めの境地に至った。だって、結局はこのやさしくて美しい人の笑顔に私は弱いのだ。
 
 
***
 
 
 ベッドの上で涙をはらはらと流す彼女に、私はかけられる言葉がなかった。
 昨日まで彼女が看病を続けていた男性の姿はなかった。傷だらけで浜辺に流れ着いていた見知らぬ銀髪の男性。全ての記憶を失ってしまっていた男性を彼女は放っておけなくて、手を差し伸ばして。そして男を知らなかった純粋な彼女は彼に恋をしてしまった。
 幸せになってくれるのなら、それでいいと私は思っていた。けれども、と私は窓ガラスに映る自分の顔を、紋様を見た。
 私は、やっぱり幸福の象徴などではない。私はやはり、愛を壊すものだ。
 彼女の心を労わるように寄り添うシーワンに続いて、私も寄り添った。私なんかが寄り添っていいのだろうかとも悩んだが、ラシーがあの男性とともに消えてしまった手前、今彼女には私とシーワンしかいないのだ。
 こんな私であろうとも、せめて、触れ合うことで温もりを与えることだけでも出来ればと願った。
 
 
***
 
 
 彼女は死んだ。赤子を産んで。その弱い身体で命を繋げることがどれだけ危険か忠告されたうえで、制止されたうえで、それでも彼女は命を紡ぐことを選んだ。
 せめて幸せな夢を見れるようにと、シーワンは彼女が深い眠りにつく前に甘い煙を吐き出した。どうか、どうか、彼女が幸せにあの世への旅路を辿れるようにと祈りながら。
 そうして、シーワンも力尽きて眠りについてしまった。
 
 残されたのは、生まれたばかりの彼女そっくりの女の子。眠りについてしまった彼女とシーワン。
 私は、女の子を抱きしめて月を見上げた。私は、愛のない不幸を運ぶだけだ。だからこそこんな私がこの子の傍にいてはいけない。この子にこそは幸せになってほしい。私に羽をくれた彼女の幸せを見届けられなかったのだから、せめてもの願いだ。
 私は女の子を抱き上げたまま飛び出した。この子が幸せになるために、私はこの子を運ぶ羽となる。
 どうか、どうか。こんな私とは関係のない場所で。幸せになって。
 
 
***
 
 
 孤児院の家の前に生まれたばかりの赤ん坊を置いて、私はすぐにその場を離れた。けれどもやはりどうしても気になってしまって、定期的にあの子の様子を見に行った。
 色違いの珍しいリーシャンが生まれて、野生のドーミラーとオーベムと仲良くなっていく様もずっと見守っていた。
 成長するにつれて段々と彼女に似ていく姿に、泣きそうになっていた。彼女が生きていたら自分の娘が元気に育っていることを、泣いて喜んだだろうからそのせいかもしれない。シーワンとラシーの分もと見守っていたせいか、あの子が育つ姿を見ることが私の生きがいだった。
 
 ある日。私はあの子に見つかってしまった。小さな身体でその子は木陰に隠れていた私に後ろから抱き着いたのだ。
 
「みぃつけた!」
 
 嬉しそうにはしゃぐ笑顔は、彼女そっくりで。鼓膜を擽る声も彼女よりは高くてもそっくりで。
 
「ずっとね、ずっとあなたとお話したかったの」
 
 楽しそうに話す姿に、鼻がつんとなる。
 
「……あ、珍しい模様」
 
 その子は私の目元に小さな指を滑らせて、やさしく、微笑む。
 
「まるで鳥さんの羽みたい」
 
 どうして。どうしてそんなにも彼女そっくりの顔で、声で。彼女のようなことを言うの。
 
「ね、ね。みぃとお友達になって」
 
 小さな手で、私の両手をとってその子はそわそわした様子で私を見つめる。
 私はたまらなくなって___ミィレンの腕の中に飛び込んだ。慌てた様子で私を抱き留めるその子の温もりは、彼女にあまりにそっくりで愛おしくて。
 
 今度こそ。今度こそ私は、自分の愛を守り抜くと。この時決意した。
 
 
 
 
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ずっと見守っている子の話。


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