陽炎の愛は存在しない【sideミィレン】

■お借りしました:ダヴィドさん、ウーノくん
※最初は過去の話です。 
 
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 愛があった。命があった。そこには確かに、育みがあった。
 
 
 町を歩けば、幸せそうに笑う家族連れの姿が視界に入った。夕暮れ時のその時間には子どもはすっかり眠気に襲われていて、父親の腕に抱かれ、母の手に手を繋がれていた。あどけない表情の寝顔は愛おしくて、そんな我が子の様子を幸せそうに見守る両親の視線はやさしいものだ。
  
「ミィ?」
「……あ、ごめんなさい。何でもないの」
 
 そんなにもぼんやりしていたのだろうか。ダヴィドが私の顔を覗き込む。整った容姿。自分とは全く違う肌の色。体格も声質も何もかもが違う。私とダヴィドの容姿が全く違うのも、声だって何一つとして似通ったことがないのは当然だ。私とダヴィドは血のつながりのある家族でも何でもないし、性別だって違うのだから。
 
「そうかい?君は抱え込みすぎるきらいがあるから、不安だよ」
「そんなことないわ」
 
 思わず苦笑を零す。だって彼の言葉は、指摘は、何一つとして間違っていないからだ。
 私には人の家族がいない。共に育ったアイが唯一の家族ではあるが、彼女はポケモンであって種族が違う。私はアイがいたからこそ寂しい思いをせずにすんだし、奇跡的にやさしい孤児院で育ててもらえた。だから幸せだ。幸せな方だというのに。
 
「……嘘。駄目ね、あなたに嘘なんてつきたくない」
「うん」
「ちょっとだけ寂しくなっただけ」
 
 これは嘘ではない。人の家族を見て羨ましいと思った。それがただの本音だ。あんな風に私にも人間の父と母はいたのだろう。だからこそ私は生まれている。けれども私は生まれてすぐに孤児院の前に置かれていた捨て子らしく、両親の顔すら知らない。赤ん坊だった私が持っていたものは一つの首飾りだけだったらしい。手紙も何もなく。
 ダヴィドのウーノと遊んでいたアイが愛らしくも心が落ち着く音を鳴らしながら私の頬に擦り寄った。ありがとう、あなたはいつだって私に愛をくれる子。そっと頬を撫でてから頬ずりすれば、ひしと抱き着かれて嬉しいのに、どこか照れてしまう。もう私だっていい大人なのに、アイの前ではいつだって子供みたいだ。
 
「ミィ」
「え?」
 
 呼ばれてそちらを振り向けば、自由だった手が取られてダヴィドのコートのポケットへと差し込まれた。その中でしっかりと、それでいてやさしく自分よりも大きな手に握りしめられたものだから自然と頬に熱が溜まった。
 
「ダヴィ?」
「少しだけアイに妬いてしまったかも」
 
 そんな風にはにかむあなたが、寂しがりな私を案じての行動と発言だなんてことはすぐにわかった。
 
 
 そんなもの、全て演技だった訳だが。
 
 
***
 
 
 厭味ったらしく過去の思い出話をしてくる男に辟易する。こいつ本当に急所踏み抜いてやろうかしら。
 
「あの時の可愛らしかった君はどこへ行ったんだい?」
「酸素が勿体ないから二酸化炭素を酸素にかえられるようになってから話してくれるかしら」
「え?口を塞いでほしいって?」
「一ミリも言ってないんだけど?」
 
 漸く見つけても、結局のところ簡単にあしらわれる始末だ。また負けたことに対する悔しさと怒りは勿論、バトルを終えた後も厭味ったらしく弄ってくるところに真性の心根の悪さが露呈して他ならない。
 少し離れたところでは最低男の長年のパートナーであり私のアイに言い寄るウーノと泣きじゃくるアイの姿が見えてこいつら本当に早く燃やしたい、としか今の私には思えない。絶対に人には言ってはいけない罵詈雑言を悔し紛れに浴びせれば呆れたような態度が返される。
 
「君一応女性なんだからそんな品性のない……ああ、いや今更か」
「本っ当に腹立つ!」
 
 呆れ顔から一転して嘲笑するそれに変えたダヴィドに対して、問答無用でマトマみを投げつけたがかわされた上に更に煽られたものだから血管が千切れそうだった。

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