一歩を踏み出した【sideグリモア】

こちらの流れをお借りしています。

■お借りしました:テラーさん
 
 
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「なあ、それは本当にお前の意思か?」
 
 テラーの問いかけに対して、グリモアは心の中ではっきりと持っていた答えを反芻する。
 自分の意思な訳がない。ただそうしてほしいと頼まれたから旅に出て父の家族を探していただけだ。父の家族なんてどうでもよかったし、望んで旅に出た訳ではない。
 
「あのバトルは僕とグリモアちゃんとポケモン達だけのものだった。そこに他者の意思はないだろ。旅の目的の一部で、その流れで。理由なんかなかったものかもしれないけどさ」
 
 それは、そうだ。このイベント会場でテラーとしたバトルはグリモアとテラーがしたものであって、そこに父の意思はなかった。旅の目的の一部である資金集めという理由はあったが、その手法としてバトルをよく選んでいるのは自分に最も向いていると思ったからだ。
 テラーの手がグリモアに伸びる。グリモアに拒絶する意思は無い。
 
「新しい仲間を見つけたら僕に見せてくれるんだろ? 旅の仲間もいるんだろ。僕の知らない約束だってあるんじゃないのか?」
 
 テラーに新しい仲間を見せる約束をした。他の子達とも約束をした。それを破るのは少し後味が悪くて、嫌だ。
 伸ばされていた手がグリモアの身体を抱き締める。グリモアに拒絶する意思は無い。
 
「旅をする理由が見つからないなら、それを見つけるために旅をすればいい。どうすればいいかわからないなら、何をしたいかわからないなら、それが見つかるまで探せばいい」
 
 ぱちり、と瞬きを一つ。旅を見つけるために旅をするという思考回路はグリモアには今まで無かったからだ。
 自分を抱き締めるテラー。その後ろからはこちらを見守るシュテルとドティスの姿。足元のキマリスは、どこか不安げにグリモアを見上げている。
 
「なあ、これもお前の意思を潰すような言葉になるのかもしれないんだけど。……それでも僕の気持ちを言っていい?」
「……何?」
「帰らないで、グリモア」
 
 耳元で落とされた言葉。甘く優しくあたたかく感じられたそれは、きっと気のせいではないのだろう。
 どうしてテラーがここまで自分に執着するのかグリモアにはわからない。それでもやはりグリモアに拒絶する意思は無い。
 "拒絶する必要のある人間は、こんなにもやさしく言葉を選ばない"からだ。
 
 思考する。旅の目的は達成した訳で、これ以上旅を続ける理由はなくなった。
 けれども今テラーは旅をする目的を見つけるために旅をすればいいと言ったし、帰らないでと願うように口にした。
 テラーのお願いをそこまで聞く必要や理由はグリモアにはない。けれども聞かない理由というものも、旅を続ける理由がないのと同じぐらいにないのだ。
 
 足元のキマリスを見遣れば、不安そうにグリモアを見上げて服を握り締めている。キマリスはグリモアの親族を好んでいない。いや、厳密にいえばそこにグリモアが帰ることを嫌がっている。
 キマリスがシュテルの生み出した夜空のような、あそこまで美しいものを好むのも。母譲りの理由以外にも、"家"での醜すぎることが理由だ。
 
「グリモア」
 
 落ち着いた冷淡な声、ドティスのものが自分の名を呼ぶ。思考していた顔を持ち上げれば、ドティスは嘲笑するように言葉を零す。
 
「嫌がらせぐらいしていいだろうよ」
 
 嫌がらせ。それはつまり、"自分を縛り続けていた家族"に対してのことを指している。どうしてそんなことをと思って、……確かにという納得がどうしてか降りた。
 
 ああ、そうか。
 俺は、疲れ果てて呆れて、哀しむことも怒ることも止めたんだ。
 何もかもがどうでもいいと心に蓋をして、感情の成長を止めて殺して。楽になった。
 果てた悲哀の先に、全てを消す。それはとても楽で、酷く無益なものだった。
 くだらない。何がというと、そんな決断を下した自分自身も、そうまでに至らせた家族もだ。
 
 嫌っていたのだ。勝手なことをいう父を、弱すぎる母を、喚き散らす話の通じない親族を。
 それを認めると同時、心の中に感情が溢れて疲労が溜まる。
 それでも苦しいだけではないのは、今自分を抱き締めてくれている人物達のおかげなのだろう。
 本当にお節介だ。出会ったばかりの素性も知らない子どものことをここまで心配するなんて。そこに何らかの意図が含まれていたとしても、それが悪意でなければ俺にとっては関係ない。
 俺が忌避するのは、"家族のような自分勝手の押し付け"と"理解不能な悪意の押し付け"だけなのだから。
 
「……帰らない」
 
 少しだけ体を離して、テラーの目を見て頷く。どうしてかやさしすぎるその人の真意はわからない。けれども、不快だとは思っていなかったのが俺にとっての全ての答えだ。
 だから、もう決めた。
 
「何にも縛られず、自由に旅をする」
 
 理不尽な押し付けから逃げてしまおう。やるべきことはやったのだからこれ以上何かを言われる筋合いも無い。
 家に帰るなんて酷くどうでもよくてつまらない無益なことよりも、約束を守りたい。そう、したいと思うから。
 
「俺は、俺の旅を探す」
 
 テラーとの約束も守るからと付け加えて。俺は先程姉がしていたようにテラーの背を撫でた。
 
 
 
 
 

 
 魔導書は悲哀の旅を終え、少年は新たな歓喜を探す旅に出ることを決めた。


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