はじめての感情ばかり【sideトト】

この話の続き。
 
■自キャラだけの話です。
 
 
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 一言で言い表すならばあれはまさしく___運命だった。
 
 その日も俺はいつものように海面に映る自分の顔に見惚れていたところだった。何度見ても整った顔立ちと洗練された体型に生きる造形美とは自分のことをいうのだろう、と自分という存在の美しさに感嘆の息を零す。全くもって罪深いことだ。一度姿を視界に収めてしまえば誰も彼もの視線を集めてしまうのだから。
 その俺の日課を邪魔する飛沫があった。波紋が俺の姿を消していき、折角浸っていたところを邪魔されて一体何の無礼者だと視線を向けて、俺の時は止まった。
 海中へと沈んでいく小さくも細い身体。真っ白で健康的な滑らかな肌に、絹糸のような銀糸は夜空の色を映し込んで煌めく。何より一瞬で閉ざされてしまった紫水晶の美しい瞳の輝き。
 鼓動が鳴った。何かが落ちる音がした。
 反射的に俺の身体はその小さな少女の方へと向かっていたし、海上へと連れていくその間も触れた仄かな温もりに気がどうにかなってしまいそうだった。
 
 つまりだ、完璧に一目惚れした訳だ。仕方がない。何故なら彼女は美しいからだ。俺以上に美しい美を俺ははじめて見たわけで、美を愛する俺にとってそりゃあそれは仕方のないことだと言える。
 目を覚まさない彼女にどうしたものかと焦り、何か喜んでもらえるものがあれば目を覚ますだろうかと一輪の花を摘んできた。咳き込むと同時目を覚ました彼女に花を手渡せば受け取った彼女がその紫水晶の美しすぎる瞳で俺を見た。
 あ、無理。その瞳に映されたことに咄嗟に頬と脳に熱が溜まり、俺は彼女の前にいられる訳もなく逃げ出したのだ。
 
 その後も結局彼女に声をかけることは出来ず、というか恥ずかしすぎて遠くから見つめていた。美しいものを見て愛でることは当然のことであるため決してストーカー行為ではない。
 しかし眺めていて気付いたことがあった。彼女が強さに固執していることだ。誰もいないところでひっそりと手持ちのポケモン達や、自分自身もトレーニングをしているところを見て、彼女が求めるものは美ではなく強さなのだろうかと思うようになった。
 それと同時に、思った以上に彼女が危うい立場にいる人なのだということもわかってしまった。手持ちのポケモン達の中でも特にゼブライカが気にしているようだったが、彼女を狙う素振りを見せる野生ポケモン達を何度か見た。
 反射で抱いた感情は不快。それと、決意だ。
 彼女を何者からも守れる程に強くなりたいという想いに、美しい彼女の横に立ってもつりあう程に美しい存在でありたいという想いに、___強がっているものの不安定な彼女を支えたいという想い。
 
 彼女がこの土地を離れてしまう前にと俺は死に物狂いで鍛錬した。身体に傷がつくことも汚れることすらも厭わずに自らを鍛え上げた。いつの間にか俺の愛らしいフォルムは次なる姿へと変わってしまっていたが、細身の俺もそれはそれで美しいので問題はなかった。むしろこれはこれで罪作りな姿になってしまったかもしれないな、と強さを得ると共に見惚れたほどだ。
 そんな俺でも、彼女の前に立つと思うとどうしても緊張してしまった。彼女の前に立つならば相応しい姿でありたいし、喜んでもらいたくて仕方がない。彼女の笑顔が見たいし、彼女に求められたくて仕方がない。
 これを恋と呼ぶのだと彼女に恋をしてはじめて知った。
 
 
 だから、だからだ。俺はあの男が嫌いだ。
 失礼な態度でリピスを相手にして、手を振り払って振り返ることなく去っていったあの男。ムムから聞いた話だとリピスの額の傷はあの男によるものらしく、リピスが力に執着するようになったのもあの男のせいだとか。
 けれどもそれよりも何よりも気に食わないことがある。
 
 ボールから勝手に出てリピスの横に寄り添う。ササは無表情ではあるがどこか楽しそうにリピスを見てから、俺を見て愉悦の笑みを深くする。
 
『面白い。可哀想。だ。ね?』
 
 その言葉はどうせ俺にもリピスにも向けられたものなのだろう。余計なお世話だとばかりにササの額をつつけばころりとそいつは転がって。それでも楽しそうに笑っている。
 ササから視線を逸らしてリピスの方を見て、胸がざわついた。嫌だ、と。
 
 だって、俺は君がそんな表情をするのを今まで一度だって見たことがない。見れたことがない。そんな表情にさせられたことがない。君の紫水晶の瞳はいつだって澄み切っていて、真っ直ぐで。そんな風に不安定に揺れているところなんて見たことがなかった。
 あの男を羨ましいと思う反面、悔しいと思った。
 
 
 運命はいつだって残酷なものなのだと、俺はこの時はじめて思い知らされたのだ。

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