混在する正気と狂気【sideシャッル】

こちらの流れをお借りしています。
 
■お借りしました:テイさん
 
  
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 警戒心が高く鼻のいいメブキジカだ。テイの握手を遮ってくる彼女のその姿勢はけして間違っていない。”むしろ賞賛されるものだ”。何故なら、自分に対する態度としてはそれが最適解なのだから。
 
「いえいえ、そんな。そういったことが理由でしたら仕方がありませんよ」
 
 むしろ謝るのはやはりこちらの方でしょう、と続けて申し訳なさそうな微笑みを浮かべる。申し訳なさそう、というのは間違っているか。実際に申し訳ないとこちらは思っているのだから。申し訳ないとは思ったうえで、だからどうした、と思っているという話なだけ。
 おかしな話だろうか。謝罪と愉悦が同居する。感謝と憎悪が同居する。正気と狂気が同居する。自分という人間は、”ただそれだけの人間”なのだ。
 
「ああ、でも握手して頂けるのならこちらの方が……」
 
 そう告げて右手を降ろし、左手を差し出そうとしたところで傍にあった樹枝に右腕がぶつかる。ぶつかった拍子に、キラーダは当然のように補助の力を消した。わざと義手を外せる箇所を狙えば、紛いものの腕は呆気なく自分の身体から離れ、大地に落ちた。
 
「!?」
「ああ、すみません。義手なのです。驚かせてしまいましたね」
「えっ、そうだったのか」
 
 苦笑を零しながら落としてしまった義手を拾う。袖の中に差し込んで結合部にしっかりと嵌めこめば元通りだ。腕が落ちたことで驚き、わかりやすくこちらを案じる表情に、声音に。
 ああ、だから騙されてしまうのだ、と目の前の善良な彼を見れば。笑みが収まる訳がない。
 
「何かあったら言ってくれよ。全然手伝うからさ」
「助かります。テイさんのようなお優しい方が旦那様でしたら、奥様も自慢でしょうね」
 
 彼の左手の薬指にしっかりと嵌ったそれを見て言葉を零せば、彼はわかりやすく照れくさくも、それでも嬉しそうな笑顔を見せた。それだけで彼がいかに相手を大切にしているのかが見てわかる上に、愛していることがわかる。そして、彼自身も幸せだということが。
 
 なら。その相手が消えたら。
 
 彼はどんな顔をするのだろうか。
 
「ここから近いのは……”惑わし森”でしょうか」
「お。じゃあそこに行くか」
「楽しい旅になりそうです。あ、よければ道中奥様のお話を聞かせてくださいよ。私にも実は婚約者がいまして、参考にさせて頂ければと」
 
 穏やかに話ながら、緩やかに森の中を歩く。婚約者と聞いてどこか楽しそうに笑う彼を眺めるのは実に愉快だ。共通の話題があればあるほど、満ち足りた人間であるという被り物を被れば被るほど、世界は、人は、あっさりと騙されてくれる。
 これはいい暇つぶしになりそうだと、私は彼を見て柔く微笑んだ。

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