春の騒動のはじまり【sideロイヤル・グリセリン・サラギ】

■お借りしました:ペチカちゃん、イチカちゃん、マルくん

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 花は好きだ。香りも見目も、草タイプである自分にとっては心地良いもの。珍しくいい祭り場へとやってきたものだとまだまだ未熟なトレーナーへと賞賛を送ってやろう。
 咲きほこる花に鼻先を寄せて慈しむように撫でる。揺れたそれから零れた甘い香りに目を細めた。

『ロイヤルちゃん上機嫌だね』
『花は好ましい』
『知ってる〜』

 近くに寄ってきたペチカの方を向き直ればその子は相変わらずの笑みを称えている。ペチカとは幼い時頃からの付き合いであり、サラギが旅に出たことで会わなかった期間はあれど長い関係を持つ存在だ。

『目を閉じよ』
『え?何何〜?』

 期待に満ちたような目を向けながら首を傾げるペチカ。早くと催促すれば仕方ないなぁと言わんばかりに笑った彼女は目を閉じる。
 目を閉じたのを確認して整えられた彼女の毛並へと咥えた花を数本差し込んだ。目を開けていては花粉が入ってしまう恐れがあるだろう。

『もうよい』
『……わ!可愛い〜!』

 ぱちりと開かれた目が楽しそうに細められた。くるくるとその場で軽く回って自分の姿を確認して、嬉しそうに笑う様は不快ではない。
 揺れた毛先を彩った花々は一枚の花びらを零し、風に身を任せた。
 

***
 

 ぴとりと顔の上に花びらが一枚。器用にも乗ってきたそれにグリセリンはきょとんとした後思わずといったように笑った。

『マル!なんか花飛んできた!乗った!すげえ!』
『いやいやいや、そんなことよりだな。見ろよグリセリン』
『ん?』
『美女がいる』

 花びらを顔の上に乗せたまま、器用に身をくねらせていたグリセリンにマルが真剣な声で囁く。マルの視線の先には二匹のポケモンがいた。ジャローダとゾロアークだ。花に囲まれた二匹がメスであることはその会話内容から一目瞭然。
 二匹とも毛並みが美しく整えられていることからトレーナーのポケモンであることが伺える。伺えるが、今はそんなことはこちらの二匹にとってはどうでもよかった。

『本当だ!可愛い!』
『よし、ナンパに行くぞ』

 一切の躊躇いなくメス二匹の元までマルとグリセリン、共に駆けていく。距離がどんどんと近くなったことでジャローダとゾロアーク二匹の視線がこちらへと向いて、マルが両手を広げて跳躍しようとした時だ。
 容赦なくジャローダが尾を振り上げて、薙ぎ払った。傍にいたゾロアークはジャローダが何をするのかすぐに視線の動きだけで察したのだろう。ぴょんと飛び跳ねて尾を華麗に避けていた。
 一方。すんでのところで尾をかわしたマルとは異なりグリセリンは見事命中。胴体に直撃を受け、その場に勢いよく倒れた。

『グリセリン?!』
『心に痺れた……』
『?!それはずりぃ?!』

 仰向けに倒れたグリセリンの様子をマルが見遣れば、知能指数が低いグリセリンはそれだけを口にして何故か嬉しそうな様子を見せる。適当にノリで口にしているだけでそこに他意はありゃしない。それを知ってか知らずか、その様に思わず声を荒らげたマルに影が降りた。

『不敬。妾の時を邪魔するなぞ無礼極まりない』
『あーあ。ロイヤルちゃん怒っちゃった』

 マルとグリセリンを見下ろし、ジャローダは何の感情もない冷めきった瞳を、ゾロアークは楽しそうな笑みを向けていた。

***


 露店を見ていたイチカの後ろで様子を見ていたサラギは視線を一瞬動かし、少し離れたところで自分達の手持ちのロイヤルとペチカがモルペコとアーボックと対峙していることに気付く。いや、対峙というか。

「……何してるの?」

 買い物を終えたらしいイチカがサラギの横に並び、同様にポケモン達の方へ視線を向けて首を傾げた。

「俺が知る訳ねぇだろ」
「言い方」
「……厄介な予感がする」
「何それ」

 ぽつりと零したサラギの表情にはわかりやすく面倒の二文字が張り付いている。その疑問は一瞬で答えとなった。ロイヤルがモルペコとアーボック目掛けて尾を振り下ろしたのだから。

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