甘いお菓子と自己満足【sideリピス】


■お借りしました:スウィートくん、フェリシアちゃん、マーキアちゃん、ダイゴロウ(ゆめきち)さん、Dくん

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 甘い甘いお菓子作り。どうしてかわからないけれども、料理を作るよりもそちらの方が好きだった。料理は習得すべきと思って練習したものだったが、お菓子作りはそうではない。そうであることが当然のように、行っていたのだ。


 調査の支援としてやってきてもうどれぐらいの日数が経っただろうか。時たまサボりはするが彼もわたしの目がある時はちゃんと手伝いに勤しんでいた。不満気な表情にはもう慣れた。
 フェリシアとマーキアが今日は何を作ってきたの?といった顔でわたしの近くへやってきてくれるものだから嬉しくなってすぐに箱を取りだした。線を刻み込んだパウンドケーキ。シンプルな味付けにしたそれは万人受けするものであり、何より作るのが簡単だ。
 二匹に差し出す際にいつも私を運んでくれているDとゼブライカにもパウンドケーキを差し出す。勿論彼はいつもの通り手をつけようとしない。

「ねえ」
「何」
「髪、ゴミついてるわよ」

 ちょんちょん、と自分の髪を指してあなたの髪のこの部分についてるわよと告げる。無表情ながらもわたしが示した位置へと彼が手を伸ばした際に口へとパウンドケーキの一欠片を押し付けて、押し込む。んぐ、という苦しそうな声が聞こえたがその間抜け面は面白いと思ってしまったのでわたしも中々に性格が悪い。

「あんた何してくれてんの?!」
「美味しい?」
「無理矢理押し込むとか信じらんないんだけど……」
「甘い名前をしているのだもの。好きかと思ったのよ」
「……は?」
「団員証」

 彼を見張りながら調査をしていた時に偶然見えた調査団員証。そこにはしっかりと名前のようなものが記されていた。

「スウィート。お菓子みたいじゃない」

 やっていたことは何一つとして甘くなんてなかったけれども。ね、とパウンドケーキの一欠片を食べ終わったフェリシアの頭を撫でて、二切れ目を差し出してやる。

「あ」
「今度は何」
「ユメキチが見えるの」

 口元を拭っていたスウィートの服を引っ張り、海を指さす。引っ張るなという彼の声を無視してわたしはそちらに向かって手を振った。
 Aの背に乗ってチームの仲間と海を走っていた彼はわたしの視線にちょうど気付いたようで、軽く片手をあげる。今日も傷は無さそうだ。ほっとする。

「………うわ…」
「?どうしたの?」
「酒臭いおっさん……」
「あら、ユメキチのことを知っていたのね。面白い人でしょう。わたしの護衛よ」
「……護衛?」
「そうよ」

 彼の顔にはあれが?といった失礼な台詞が張り付いていて、わたしはただ笑う。

「わたしのことなんて何とも思っていない、わたしの護衛」

 甲板は吹き抜ける風が気持ちいい。手摺に肘をついてまた一度、軽く手を振った。

「面白い人よ。お金の支払いがなくなればいとも簡単にわたしを見捨てて忘れてしまえる。一欠片の情もないひと」
「……そんなんで護衛ねえ」
「やりやすいじゃない」

 形なきものは酷く不安定だ。それが人の感情などであれば、尚更。

「わたし。人に好かれるような、愛されるような子じゃあないもの」

 それならばギブアンドテイク、はっきりと目に見える金銭関係でのやり取りの方がよっぽど安心するじゃあないか。
 だからだろう。ユメキチもスウィートもこちらをなんとも思っていなくとも、わたしも何とも思わない。好きの反対は無関心だと誰かが言った。まさにその通りだ。その通りだが、別にそれでもいいじゃないかというのがわたしの結論。
 わたしは子どもにしては酷く冷めて、子どもらしくない。だからこそ敵意も無関心も向けられることに慣れすぎてしまって、なんとも思わない。なんとも思わなくなった。その方が、生きるのに悩む時間なんかを割くことなく楽に生きていける。
 
 人はわたしをわからないといったわ。
 そうね。それがわたしなのでしょう。けれどもわたしは何も辛くはないわ。だって、そういうものなのだと理解してしまえば納得が出来てしまうもの。
 なにより、わからないというのはわかる気がないからでもあるでしょう?結局のところどっちもどっち。互いに問題がある、相性の問題なのよ。
 だからわたしはわからないをわからないのまま放置をしたくないとも思っている。
 相手に何を思われなくとも、傷つくことのない心だからこそ助かるわ。

 ____そんな心、とうに捨てた。

 潮風が気持ちいい。やさしく髪を撫でていくそれに目を細めて、世界を眺めた。

「あ、ユメキチ戻ってきたわね。挨拶に行く?」
「は、いやあんた一人で行ってよ。人をこれ以上連れ回さないでくれる?」
「そう。それならわたしはここで……」

 するべき仕事も一区切りついたことだし、今日はもう見張りもいいかと思ったところだった。パウンドケーキをしまったばかりの箱。それを持ち上げる逞しい日に焼けた腕がわたしの視界に後ろから入り込む。はた、と見上げればそこには先まで海を走っていたユメキチの姿があった。

「よお嬢ちゃん。楽しそうにしてんじゃねェか」
「ええ。中々に楽しい時間だったわ。スウィート、紹介するわね、この子がユメキチよ」
「ダイゴロウだ」
「って言い張るだけでユメキチっていうのよ」
「リピス???」

 箱を勝手に開いて、中に入っていたパウンドケーキを彼は勝手に口にする。ちゃんと手は洗ったのかしら。
 そんなことを気にする中も、やはり漂う隠しきれない酒の匂いにスウィートは顔を顰めていた。



 ひとりでいきるのに問題がないようにわたしは料理を練習したの。
 けれどもお菓子作りを練習していた理由はよくわからない。でもわかることは一つ。
 美味しいと、甘いお菓子に誰かが微笑みを零す姿を、わたしが好きなだけなのだろう。

 わからなくていい。あいさなくても好かなくてもいい。
 その一時だけでも、微笑みが溢れればわたしは満足なのだ。

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