奇石の奇跡は軌跡を描く【sideリピス】

■お借りしました:ダイゴロウ(ゆめきち)さん、Dくん

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 調査最終日、何事もなく帰れると思っていたわたし達の考えは予想にもしない形で裏切られた。
 それはきっと、最悪の方向で。

 わたしはそれを見た。遥か遠方にて、海底より浮かび上がった神の姿を。本でしか知りえなかった存在がそこにいた。しかし、わたしの心は何も反応をしない。だって、その神には今神らしさなどというものは一切としてありはしなかったからだ。
 苦しげに歪められた表情、荒い吐息、滲む汗。海の神なんて名に相応しくないそれが船を襲撃しようとも、焦りよりも何よりもわたしの心は、____気に食わないの一言に尽きた。

 揺れる船内。ルギアの襲撃が巻き起こる中、その背中から落ちてきた見知らぬポケモン。それはウツロイドというのだと、ギャラルホルンの社長の通信が教えてくれた。
 慌てふためく船内で、本来ならばわたしも避難側に回るべきなのだろうということを理解する。わたしはそこまで強くないのだから。けれども、それすらも、気に食わない。

「D、ゼブライカ」

 わたしはゼブライカをボールから取り出した。こちらへと向かってこようとしていたウツロイドを見遣り、Dとゼブライカへと視線を向ける。
 ごめんなさいねD、ゼブライカ。わたしはあなた達の本当のトレーナーではないけれども、今はあなた達の力が必要なの。だから力を貸してちょうだい。
 仕方ないと言わんばかりに頷いてくれたDの甲羅に収納されていたロケット砲が展開されて、ウツロイド目がけて即座に水流が射出される。流石はユメキチの子だ。威力と強さは申し分ない。Dが作った好機、相手が怯んだ瞬間をわたしもゼブライカも見逃す訳がなかった。

「水は電気をよく通す」

 なんて、よくいったものだ。脚をしっかりと地につけ身構えたゼブライカが放った電撃は容赦なく、水を帯びた襲撃者へと命中した。今までに聞いたことのないような奇怪な鳴き声が上がる。気味が悪いだの怖いだのといった感情は今は持ち合わせていない。効いている、ということだけがわかれば今はそれでいい。
 しかし相手も相手で中々に手強いようだ。すぐに体勢を立て直しこちら目がけてその触手を伸ばしてきたものだから、ゼブライカが電撃で弾く。引く気はない。売られた喧嘩は買うものだ。だからといって負け戦をするつもりも犠牲になるつもりもない。それならば、だ。

「!」

 わたしの目は、解を捉えた。即座にDとゼブライカをボールの中に戻し、ムムを腕に掻き抱く。電撃で触手を微かに痺れさせているウツロイドの真横を体勢を低くして、滑り抜けた。先ほどDが放った水流のおかげで甲板は滑りやすくなっていたのも功を成したのだ。いいや、場を作った。その作られた場がわたしの狙いにうまく繋がってくれた。ただ、それだけだ。

 甲板を滑り、船の端へと到達した。甲板の手すりを掴みわたしはぐっと身を乗り上げる。戦闘調査に向かい、この状況に合わせて呼び戻されてきたばかりの彼がちょうどこちらを見上げて、目が合った。

 計算する。波の動きと彼らの速さと海までの落下距離を。
 警戒する。この場に留まることへの危険性を。
 信頼する。わたしの護衛でしかない彼の強さと報酬への執着を。
 脳を休ませることなく回転させて最適解を弾き出す。そうすれば答えはずっとずっと最初から一択でしかない。

 相棒のAの背に乗って海を走ってきた”最適解”に、わたしは指示を出した。

「ユメキチ!受け止めなさい!!」

 はあ?!なんていう声が聞こえたが、その時点でわたしは既にムムを抱きかかえて船の手摺を蹴り上げていた。ムムが嫌そうな顔をしていたがやはり今回も知ったこっちゃあない。だってあなたは、わたしの相棒なのだから。
 ウツロイドの触手が虚しくも宙を切ったのを、わたしは振り返り見て____思わず笑みを零して落ちた。




 落ちる、落ちる、落ちる。
 迷い子が兎を追いかけて穴に落ちる感覚と、それはきっと同じだった。

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