甘い匂いに誘われて【sideサラギ】

■お借りしました:イチカちゃん、けんたろうくん、ベアトリスさん、エドガーさん
 



 人の多いことだ。祭り会場だからこそそれは当然ではあるのだが。人の多さに煙草に火をつけることすら億劫だ。火があたるだの、煙が臭くて嫌だだの。そういった腫物のように扱われることは当然といっていい状況で吸う程愚かではない。
 視線を動かせばイチカが焦った様子でけんたろうの身体を捕まえていた。けんたろうの鼻先の向き、そしてその前脚はとある一点に向けられている。
 
「けんたろう!止まりなさいってば……!」
 
 どうやらけんたろうの目的は一つの露店に向けられているようだ。店には蜂蜜を使ったジュースや酒、それに飴細工が並んでいる。蜂蜜の甘い香りに見事食い意地の張ったけんたろうは誘われた訳だ。
 はあ、と溜息を一つ。イチカとけんたろうの方に近付いて、けんたろうの首根っこを掴む。不満げに暴れるそいつを小脇に抱えて、頭を指で弾いた。
 
「こいつの食い意地は底無しか」
「うっ……それは……否定できない……」
 
 さっき食べたばかりだったような、と思っていると露店の方から声が上がった。チャイナモチーフの衣類を身にまとった背の高い女性がこちらの方へ寄って来たのだ。
 
「いらっしゃい!よかったらどう?美味しいわよ!」
「お、お客さんか?」
 
 女性の声につられてか、露店の奥に控えていたのだろう男性も現れる。こちらもまたチャイナモチーフの衣類を身に纏っている。ああ、自分とはまさに生きる世界が違う人間とはこういうのだろうな、と眩しすぎる善性の人間達をどこか遠目で見た。
 一方イチカは案の定人見知りを発症しており、けんたろうを抱えている腕とは逆の俺の腕に身を寄せる。お互い明るい性格をしていないことは理解しているが、さてどうしたものか。
 
「イチカ、けんたろうもこの様子だし、何か買ってやった方がいいだろ」
「……でもさっきも買ったばかりで……」
「俺が出すからいい」
 
 けんたろうを小脇に抱えて押し留めたまま、店員達に向き直る。
 
「蜂蜜のジュース一つと、酒一つ。あと……その飴細工、五つくれ」
「毎度!飴細工ならリクエストも受け付けてるぜ?」
「リクエスト?」
「ああ。ポケモンでもなんでもだ」
 
 女性の方が飲み物の用意に向かい、イチカに何事かの軽い雑談をしているのを横目に見つつ。男性が飴細工を五つ包装するのを見ているとそんな風に問いかけられた。飴細工、と言われても特にこれといったリクエストは個人的には浮かばない。浮かばないが、それならと示唆の後に答える。
 
「ゾロアの飴細工作れるか?」
「勿論!なら追加で一個な!」
「ああ」
 
 快活な返事が返される。張った声に笑顔に、本当に酷く眩しい別世界に生きる人間のものだと。どこか他人事のような感想を抱いた。

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