アリスのお願い【sideリピス】

こちらの流れをお借りしています。
 
■お借りしました:スウィートくん、フェリシアちゃん
 
 
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 まさに文字通り、私の脳と頬は沸騰した。
 
 そりゃあ仕方がないだろう。明確な恋愛感情を向けている相手がわたしの手を握ったどころか、わたしが口をつけていたフォークで食べようとしていたケーキを奪い取って食べたのだ。
 まだ口には入れていない部分だったため食べかけではないが、いや、待った、食べている途中だったケーキは食べかけに入るのだろうか。わからない、とにもかくもわかることはどうしようもない恥ずかしさだけだ。間接キスという言葉を知っているのだろうかこの男は。
 わたしが動揺のあまり固まっている姿が面白いのか、ユイトの口角が微かに上がっているのを見開いたままとなってしまっている瞳が確かに捉える。なんて表情をしてくれるのだ。いやもう全てにおいて何をしてくれているのだ。
 
「……〜〜…」
「……?」
 
 ぱくぱくと口を開いては、閉じて。解放されたはずの手を降ろすことすら出来ない。たかがこんなことで、ここまで恥ずかしくなるなんて有り得ない、信じられない。それでもわたしは今酷く動揺して恥ずかしがっていて、高揚している。
 頬が熱い、見られているのに隠すことも取り繕う余裕すらない。フェリシアとビビの楽しそうな声が壁越しに聞こえるかのように遠く感じるのは、この心臓のうるささのせいだ。
 
「……〜〜行儀が悪いわ!」
 
 漸く振り絞り出した言葉は、真っ赤になった顔で言っても何の効果もないなんて、わかりきっていた。
 
「今更だろ」
 
 そんなわたしの全てを見透かしたように微かに楽しそうにするユイトはやっぱり卑怯で、意地が悪い。
 むう、と自然と頬が膨らむのを自覚する。けれどもこれ以上恥ずかしい姿を見られるのはわたしだって悔しくてたまらない。どうせ敵わないことはわかっている、それならばするべきことは一つだ。
 わたしはケーキの皿をテーブルの上に置いて、真っ赤な顔を隠すように意地の悪い想い人に横から抱き着いた。
 
 
***
 
 
 ケーキを食べるのに使った食器を洗い終えて、落ち着いた頃合でわたしはユイトに声を掛けた。はしゃぎ疲れたフェリシアとビビは既に眠っていたため、身を寄せ合う彼女たちにはそっと毛布をかける。
 
「ユイト、話が……ううん、お願いがあるの」
「何」
 
 ちらりと一瞬だけこちらを見た時間は長くは無い。それでもその視線には、ちゃんとわたしの話を聞くという意志が込められていたように思えるのは思い上がりだろうか。
 
「わたし、……来年の三月二日に、また旅を再開したいの」
「……」
「あなたに保護してもらって、とっても助かってる。護衛と再会出来ていないのだから、旅を再開するべきじゃないともわかっているの」
 
 でも、とわたしは呟く。わたしが旅に出てから既に誕生日を一度迎えて、次の誕生日がこればわたしは十二歳になる。はやい、と思った。あまりにも時の流れははやいのに、わたしはまだこの世界を全然見られていない。
 わたしに残された自由時間は、十六歳までなのだ。
 
「でも、また旅に出たい」
 
 いつの間にかお守り代わりにでもなってしまっていたのだろうか。はじめて手に入れたジムバッヂ。ノアトゥンジムはわたしのポケモントレーナーとしてのスタートラインであり、わたしがポケモントレーナーとして挑戦していきたいと強く願ったはじまりの記憶。
 
「でもわたしはまだまだ弱いし、旅に出るにあたって危険要素も多い」
 
 はじめて手に入れたシーサイドバッヂを強く握り締めて、わたしはユイトをしっかりと正面から見据えた。
 
「それに、なによりも。わたしがユイトともっと一緒にいたい」
 
 これは全てわたしの、我儘に他ならない。旅には出たいが、一人での旅は危険だ。ユメキチと合流出来ていない以上は留まるか、一人で旅に出るしかない。けれどわたしはそのどちらもに、耐えられなくなってしまった。
 旅をしたい、でも一人は嫌。厳密にいえば、ユイトと離れたくない。
 酷い我儘だ。傲慢で強欲な願いでしかないそれをあしらわれても、煙たがられようとも言わないまま後悔するよりかは絶対に言った方がいい。
 
「お願い。わたしと一緒に、旅に出て。わたしはユイトがいい」
 
 二兎を追う者は一兎をも得ず、だなんて諺がある。それでもわたしは、我儘でありたい。だってそれがわたしだから。
 まるでプロポーズだ、なんて頭の片隅でどこかぼんやりと他人事のように考えた。それはきっとこの我儘を口にすることを、思った以上に緊張していたからなのだろう。

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