毒蜜【sideリピス】

■お借りしました:ダイゴロウ(ゆめきち)さん、スウィートくん、フェリシアちゃん

------------------------------------------------------------

 フェリシアがくれたハートのうろこを船内の灯りに透かしてみれば、それはきらきらとした輝きを放つ。ムムを抱きしめながらベッドでごろごろと寝転がっていた私を見てユメキチが声を零した。

「そんなに気に入ったのか?」

 俺があげたやつだけどな、とわたしがハートのうろこを貰った時に告げていた台詞と全く同じ台詞をユメキチが続けるがそれはまあわたしの預かり知らぬところだ。

「そうね、気に入ったわ」
「そんなもん海にごろごろ落ちてっけどなァ」
「違うわよ。そういう問題ではないの」

 そう告げてゆっくりと目を閉じる。わたしの腕の中にいるムムは少しだけ身動ぎして、ハートのうろこを持つわたしの手に身を寄り添わせた。


***


 調査に来て十日目のこと。今日で最後と思うと短かったような長かったような、不思議な感覚だ。
 誰かの手伝いをするということは酷く新鮮なことだった。戦闘調査部隊の傷の手当てや、食事の準備をして、その際に与えられたやさしい感謝の言葉には嬉しくなったものだ。
 けれどもこんなに小さいのにしっかりして、と褒められる度にわたしはやはり子どもなのだと再確認させられる。
 わたしは、早く大人になりたいけれども。

「あ」
「うわ……」

 ばったりと廊下にてスウィートと出くわす。スウィートは案の定面倒くさそうにわたしを見たが、フェリシアはそうではない。嬉しそうにわたしの方へと駆け寄ってきてくれる。この十日間で随分と懐いてくれたように感じるが、きっと間違いではないだろう。
 素直で可愛いその子の前にしゃがみ込んで頭を撫でてやる。はじめて出会った時は彼女のこともよくわからなかったが、今では可愛くて愛でてあげたくなる対象に他ならない。本当に何故こんな男と一緒にいるのかが甚だ疑問でしかないが。

「あなたって本当に素直な人よね」
「あんた相手に取り繕う方が時間の無駄」
「損な性格と人生してるって言われないかしら」
「はぁ?」
「あなたの人生、生い立ちに何があったかなんて知らないけれども。わたしはあなたのその生き方を勿体ないと思っただけよ」

 思い出す。彼と初めてぶつかった時のことを。この額に傷が残った日のことを。

「この世界に生きる全員が全員同じ思想や価値観を持っている訳じゃあない。それはあなたの言う通りよ」

 ここまではわたしも同意する。どんな国、地方の人間ポケモン全ての生物が同じ思想や価値観を持っている訳ではない。全てが同じだったならば多種多様な争いはとっくの昔に収束しているし、歴史書にだって悲しい事件なんてものは記載されていない。

「でもそこで他者の思想、価値観を一切聞く耳を持たずに殻に閉じこもってしまうのなんて酷くつまらないわ」

 殻に閉じこもり周りの意見を排除する。一切の包摂を許容しない。それによる結果が生み出すものなんて数々の歴史が全てを物語っている。自分達と全く異なる思想、価値観を持つ者達を受け入れられず拒絶し、わかりあおうとせずに悲しい血と時を流す。
 わたしはそれが酷く愚かで哀しくて勿体ないとしか思えない。

「周りを見ることも聞くことも知ることもとってもとっても楽しいのに。それら全てをどうでもいいとばかりに背を向けるあなたの姿って。わたしからすれば、何かに怯えているようにしか見えないわ」

 知ることを恐れるかのように。受け入れることを恐れるかのように。自分の思想や価値観を否定されることを恐れるように。

「かわるのを、まるで恐れているかのよう」

 自分の思想や価値観だけを確固として保守し続け、怯えて殻に閉じこもる。周りからの影響全てから自分を守る。変化を恐れるように。わたしからすればそんな風にしか、彼は見えない。
 フェリシアのリボンをやさしく撫でて立ち上がろうとした。その時だった。

 ____船が大きく、揺れたのだ。

 わたしは咄嗟に近くにいたフェリシアを抱きしめる。一体何が、と思っているとすぐに通信が入った。それはギャラルホルンの社長からだ。
 その通信内容は衝撃的なものだった。海神ルギアがこのフリングホルニの襲撃を開始し、そのルギアの背からウツロイドというポケモンが数十体船の上へと落下し人やポケモンに無差別に襲い掛かりはじめたのだと。
 船は未だに襲撃を受けているせいで揺れ続けているし、船内の至るところからは悲鳴が上がり始めた。絵に描いたような地獄絵図、パニック状態だ。
 ユメキチは今はここにはいない。そうなると彼がここに戻ってくるまで自力で何とかしないといけない訳だ。
 考える、考えて、考える。今のわたしが置かれた状況下で出来ることはといえば。これしかない。

「スウィート」
「何」
「嫌と言うでしょうけど手伝いなさい」
「嫌」
「よし、了承とみなしたわ」
「おい」

 スウィートがそう言うことなんてわかりきってはいたが、彼に実力があることは知っている。この場にあるもの、使えるカードは全て使う。何のゲームにおいても盤上に立った時点で、使える手札の一つに違いないのだ。
 抱きしめたままだったフェリシアへお願いね、と告げれば彼女は愛らしい鳴き声を上げてくれる。それを了承としてとって問題ないのは、わたしの視界に入ったスウィートが実に嫌そうな顔をしていたからだ。可哀想なことね、と全く思っていないが彼に同情しつつ改めて立ち上がった。

「!」

 わたしは咄嗟にスウィートの後ろに隠れた。それに彼がおいという声をあげたが知ったこっちゃあない。こちら目がけて放たれた紫色の液体に、襲撃者の攻撃であることは明らか。自分の身を守るためには勿論こうするに決まっている。
 瞬時にフェリシアがひかりのかべを張りそれを弾き返し、生まれた隙でその場から飛び退く。ぼたり、と廊下に落ちた紫色の液体が床を腐食させたことから毒であることは明らかだ。

「人を盾にしないでくれる」
「あるものは使うわ。あなた強いもの」
「そうだよ。だから弱いやつの手助けとか時間の無駄。絶対嫌だね」
「フェリシアはそうじゃないみたいだけど?」

 フェリシアはこちらを狙ってきたポケモン、恐らくウツロイドというポケモンだろう、からわたし達を守るように立っている。わたしの交渉は成功している。スウィートは酷く面倒くさそうに額に手を当てて溜息を吐き出した。うん、面白いわ。

「言っておくけど、わたしだってずっと弱い訳じゃないわよ」

 何より前回は何の対策も時間もなく、ノータイムでバトルに入ったのだから。わたしはモンスターボールを取り出す。フェリシアの横に並べるように出したササは場の状況理解が追い付いていないのかきょとんとした様子で、緩慢にウツロイドを見てから、フェリシアの方を見て、わたしの方を見遣る。

「ササ。後で甘い蜜をあげるわ。それと、今回は好き勝手に暴れていいわよ」

 にっこりと告げてやればササはぱあと表情を明るくさせて、先までの緩慢な動作はどこにいったのかウツロイドの方へと向き直る。本当に現金なんだから。この辺りはユメキチに似てるわね。
 ちゃんとフェリシアと助け合って戦うのよ、と念のためにと追加すれば嬉しそうな鳴き声が聞こえた。ひとまず暴れられるのが嬉しいみたいだからわたしの指示に反することはしないだろう、と安堵する。
 そんなわたし達のやり取りをスウィートが怪訝そうに見ていたが逃がしはしない。使えるものは使え精神であり、盾に出来るものは盾にしろ精神だ。何よりポケモンバトルにおいて無力なトレーナーは身を守ってもらうためにも一ヵ所に固まっていた方が良い。彼の腕を掴むのはそういった意図でしかない。ああ、けれども。あなたの肌もちゃんとあたたかいのね。冷たくなんてない。それにどこかほっとする自分がいたが、わたしは、勿論どうしてそこにほっとするのかなんて知らない。

 ウツロイドが動く。先程の攻撃からして毒タイプである技を所持していることは確か。フェリシアとの相性は悪い。となれば、こちらが庇うように戦った方が効率がいい。
 再度放たれた毒の技、それがこちらへと届く前に指示を出す。ころころと転がったササは緩慢な動作であれど即座に技を発動させる。薄い透明な壁がフェリシアの前に出たササの前に現れて、それが毒の攻撃を跳ね返す。放たれた時よりも二倍の威力となったそれがウツロイドの身体へと降り注げば苦痛の鳴き声が響き渡った。それを逃さないぐらいに、そこからさらに加虐性が刺激されてしまう程に性格が悪いのがあのガラルサニーゴだ。

 わたしの位置からは見えないがあの子は今酷く愉しそうに笑っているのだろう。そうでなければ、即時でパワージェムの追撃なんてする訳がない。ササの周囲に浮かび上がった数多の岩の光。それらがただただウツロイドの急所を外して、それでいて動くことなど許さないとばかりに絶えず攻撃し続けるのだろう。全く持ってササは容赦がないため普段はやりすぎないようにと言っているが、まあ、正直、わたしもこれぐらいやる方が実は好きなので何だかんだササとの相性はいいのだろう。
 止むことのない岩の光の猛烈な攻撃にウツロイドが動けない。フェリシアが鳴き声を上げればリボンが揺蕩い、彼女の前で円を描いた。ぐるぐる、ぐるぐると何度か描かれた円の中心からふつふつと赤の光が生み出されたかと思うと、それは火炎となって射出される。動きを封じ込まれていたウツロイドの頭部へとそれが吸い込まれるように命中し、醜い鳴き声が上がった。あれすらもササは今うっとりと愉しそうに聞いているのだろう、という思考は一旦横に置く。

「スウィート、フェリシアの技構成を教えなさい」
「嫌だけど」

 というか腕を離せ、と振り払われたのでまた掴み直す。振り払われる度に何度もそれを行っていれば深い深い溜息が吐き出されて、面倒と思ったのか腕が力なく垂れた。

「フェリシアはフェアリータイプでしょう。毒タイプの技を喰らったらひとたまりもないわ。こちらが壁を張って策を練りたいのよ」

 そう話している隙に二匹の技が止んで、ウツロイドが反撃に出てきた。先と同様に紫の色がこちらへと放たれたのを見て、あえて告げる。

「ササ、受けなさい」

 ササはすぐにフェリシアの前に出てそれを受けた。毒色のそれを。受けた衝撃で身体が揺れて、その場に軽く転がる。ころころ、ころころ。ササは壁まで転がって、その様をフェリシアが不安そうに眺めて駆け寄った。
 わたしはその様を眺めてからウツロイドの方を見て、ああ、と嗤った。

「一番使い勝手のいい毒技が使い物にならなくなったなら、何よりだわ」

 ねえ、ササ。そう笑い掛けてやればその子はフェリシアのリボンを軽く撫でてからウツロイドの方を見る。見た。その瞬間に技を発動させずに困惑していたウツロイドの身体ががくりと揺れる。対してササはというとその身に受けた傷を治しながら体勢を立て直す。
 にこにこ、にこにこと酷く愉しそうに困惑し追い詰められていくウツロイドを見て、わたしの手持ちの中で一番容赦がなくえげつないゴーストポケモンは。愉しそうに嗤った。

 わたしは確かに弱かった。けれども、ユメキチから特訓を受けたことと、この十日間で調査戦闘部隊の彼らの動きを見て盗めるものは全て盗んだ。時間を見てこっそりと手持ち達のトレーニングも行った。
 わたしは時間を無駄には過ごさない。時は有限だからだ。抗うためにも守るためにも、言葉を通すためにも何よりも実力が必要となれば。身に着けるしかないのだから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?