ひとりぼっち【sideドティス・グリモア】

こちらの流れをお借りしています。

■お借りしました:テラーさん
 
 
------------------------------------------------------------
 
 
 本当にどうしてこういう直感だけは働いてしまうのだろうか。テラーの答えは、自分が今最も知りたくて知りたくなかった矛盾した答えだった。
 どくんと心臓が跳ねる。失踪した父がよそで作った家庭の子ども。テイから聞いていたその子に話を聞いてから思考をまとめようと決めていた。だけども、その時がこんなにも早くにくるとは思ってはいなかった訳で。
 会いたいか会いたくないかと言われたら、後者だ。まだ現実を見る勇気が揃いきってはいない。けれども、"勇気が揃う"時なんてくるのか?
 答えはすぐに出た。ノーだと。
 
「……ちょっと、大丈夫?」
 
 テラーがこちらを窺うその言葉と、不安げにこちらを見ているアスピリンの様子から俺は今大層酷い顔をしているのだろう。
 
「……案内してくれ」
 
 それでも、父が新しく作った家族からは逃げてはいけないと分かっていた。
 
 
***
 
 
 テラーとシュテルに案内をされながら森を進む。先の言葉は嘘ではないようで、シュテルは迷いなく進んで行った。
 
「……どんな子どもだったか聞いてもいいか」
「……素直な子だと思う。手持ち達のことも大事にしてる」
「そうか……」
 
 どうして聞いてしまったのかはわからない。沈黙を苦と思うことはドティスにはなく、むしろ沈黙は好む方だ。だけどもどうしてか、聞いておきたかった。聞いてどうという訳でもないのに。
 
「……、……」
 
 何かを言おうとして、思考がまとまらなくて口を噤む。そんな時だった。シュテルの脚が緩やかになり、小さな後ろ姿が見える。シスター服の仮想をした子ども。
 その子はリングが鳴ったことでか、それとも音がしたからかこちらを振り向いた。
 
 見覚えのありすぎる、銀と蒼だった。
 
 毎日とは言わないが姿見で見る自分の銀髪と、残った蒼の瞳とそれは変わらない。全く同じ色を放つそれに褐色の肌は、間違いなく父譲りのものだ。
 子どもも、同じようなことを思ったのだろうか。目を瞠ったかと思うと一歩こちらに歩いてきて、服の中から一枚の写真を取り出した。
 そこに映った老齢の男の顔は記憶の中にあるものと比べれば随分と歳を重ねている。快活に笑っていた、明るい表情はそこにはなく。もの哀しげで、窶れた頬。
 それでも、間違いなく自らの父だと理解出来てしまった。
 
「……この人の、家族?」
 
 子どもはこちらを見上げてはっきりと問い掛ける。ああ、そうだ。間違いない。見間違える訳が無い。生きていてくれた嬉しさと、どうして今まで連絡を寄越さなかったのかという疑問と、何故他に家庭を作ったのかと、思考が一向にまとまらない。
 
「テラー、知り合いだった?」
「いや、僕もさっき初めて会ったよ」
 
 黙り込んでしまった自分の代わりにか、それか単純に気になったのか子どもはテラーへと問い掛ける。テラーの言葉には偽りは無い。子どももすぐに納得したようで再びこちらを見上げた。
 自分の昔の姿と、酷く被る。父が失踪し母が死に、自分が船を出た時もこれぐらいの年齢だった。置いていかれ続けた過去の自分が、被る。
 
「そうだと、言ったら?」
「家族を探してる」
「は……?」
「父さんは、記憶を全て失ってた。数年前に思い出した。だから、俺に家族を捜すように頼んだ」
 
 淡々と告げられる内容に、目眩がして吐きそうになる。
 
「俺達じゃない家族に会いたいって。置いてきてしまったことを後悔してる、償いたいって」
 
 わかっている。このどうしようもない感情を目の前の子どもにぶつけるのはお門違いだということも。けれども、どれもこれもに"どうして今さら"という感情が生まれてしまううえに、酷い嫌悪感が襲う。
 思わず子どもが差し出していた写真を取り上げて、くしゃりと潰す。そんな俺の行動を見てテラーが俺と子どもの前に割り込んだところをみると、よっぽどテラーはこの子どものことを案じているらしい。
 
「……その子に何かするつもりはない」
「……わかったよ」
 
 だから退いてくれのニュアンスで軽く手を振れば、テラーは一歩下がる。その様子を横目で見てから、俺はしゃがみこんで子どもの瞳をじっと覗き込んだ。
 
「父はどこにいる?」
「アローラ。案内出来る」
「……いや、手紙を送りたい」
「手紙?」
「会いに行くのは、その後にさせてくれ」
 
 会いに行くことは簡単でいて、とても難しい。きっと俺は今父に出会ったらどうしてそんなに窶れているのかという医者として案じるのではなく、"置いていかれて寂しがり続けていた娘"として父を詰ってしまう。
 せめてもう少しだけ心に余裕を持つ時間が欲しかった。
 
「わかった」
「……お前の名前は?」
「グリモア」
「そうか」
 
 小さなその身体を抱き締めれば、一切の抵抗がなかった。先程から表情に感情という感情がないことにも、まるで自我などないかのように話されることにも腹が立つ。けれどもそれ以上に腹が立ったのは、勝手に失踪した父にだ。
 
「何が"俺達じゃない家族"だ。お前だって、あの馬鹿親父の子どもで家族だろうが」
 
 父との関係性を他人事のように話す子どもに、そんな風に言わせてしまうように育てた父に苛立って仕方がなかった。
 
「……、…………家族」
「お前も俺の家族だ」
「………………」

 抱き締めた身体は、本当に悔しいぐらいに過去にひとりぼっちになった直後の自分とそっくりで。それでもグリモアへの嫉妬心が生まれなかったのはこの子はこの子でひとりぼっちだったからだと理解出来てしまったからだ。
 家族がそばに居るからとて、ひとりぼっちではない訳では無い。 本当に最低の父だと思う。出会ったら絶対に一発は殴ってやろうと、心に決めた。
 
 
***
 
 
 その後ぽつりぽつりと会話した後に、ドティスはグリモアの手持ちの治療を始めた。その背中を眺めながら、ずっと蚊帳の外にいさせてしまったテラーとシュテルの方をグリモアは見上げた。
 
「テラー、シュテル」
「ん?」
「ありがとう、連れてきてくれて」
 
 正直な話グリモアは父の家族を捜すことなどどうでもよかった。やらなければいけないことと思っていただけであって、そこにグリモア自身の感情は何も無かった。
 むしろ、家族を見つけたら自分は家から切り捨てられるのではと思っていたのだ。しかしドティスはああ言った。今のグリモアの家族も、ドティス自身も家族だと。
 はじめて、家族に会えた気がしたのだ。
 
 テラーとシュテルに向けたグリモアの僅かな微笑みは、泣きそうでいて嬉しそうな、封じ込められていた子どもとしての表情だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?