雪に埋もれた記憶【sideレフティア】

■存在をお借りしています:イヴェールさん


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 ゆきがふる。すべてをおおいかくすかのように。きみをまもるかのように。


***


 寒い寒い雪の中、少女は何もわからずアンノーンを連れて歩いていた。所々が裂けた外套と指穴の空いた手袋は、防寒具としての役割を成していない。
 冬の大地に相応しい冷たい風が肌を撫ぜていく。さむい、つめたい、いたい。

 白が世界を彩る様は不純を何一つ含まないからこそ美しい。
 ひとたび足を踏み入れてしまえば崩れてしまうからこそ儚い。
 何者の存在もゆるさない孤独な世界は寂しい。
 身体を冷やし続ける極寒の寒さは生きることの厳しさを理解させる。

 降り続ける雪も、眼前に広がる真っ白な大地も。美しくて儚くて寂しいのに、それでいて厳しい。

 かたかたと歯が鳴った。どうして、自分はこんなところを歩いているのだろうか。寒さに震えながら少女は考えた。

 わからない。
 わからない。
 わからない。

 何ひとつとして、わからない。白き大地のように、頭の中には何ひとつ存在しない。まっさらな記憶に、踏み後はどこにもない。
 自分についてきているアンノーンは何も語らない。何も示さない。ただついてくるだけであり、浮いているその存在は雪の大地に足跡すら残さない。
 寒さのあまり話すことすら出来なくて、ただ暖を求めて少女は歩くことすら出来なかった。

 右を見ても白。左を見ても白。空を見ても、大地を見ても、何もかもが真っ白だ。
 さむい、つめたい、いたい。こわい。どうして自分は何もわからないままこの世界を歩いているのだろうか。わからなくて、わからなくて、恐怖のあまり零した雫はすぐに凍りついて大地に落ちる。
 泣いた跡にすら寒さが襲いかかる。この世界では泣いてはいけないと、少女はすぐに理解した。何も残っていない記憶にはじめて植え付けられたものは____凍てつく大地の厳しさだった。


 どれほど歩いた頃かなんてわからない。ただ、白い大地の中にようやっと白以外のものが見えた。それは淡い灯りだ。見るだけで心が暖かく和らぐような、そんな橙と黄の光。記憶はなくとも、それが民家であること、中に人がいるかもしれないということは理解していた。
 少女は走った。寒さから逃れるように、温もりを求めるように。
 けれども少女の身体はそこが限界だった。灯りを見たことによる安堵からの油断でもあったのかもしれない。
  少女の世界を覆い尽くしていた白が消え失せ、彼女の意識は闇に呑まれた。


***


 あたたかなやさしい温もりに包まれる中、目を覚ます。緩慢に視線を動かせば、白すぎる世界にいる訳ではなかった。泣きたくなる程の寒かった世界はここにはない。
 ここはどこだろうか。ゆっくりと身を起き上がらせればあたたかい布団の中に自分はいたのだと少女は気付く。民家の中だ。外ではない。
 自分は外で意識を失ったはずだ。何故____その答えは、すぐそばにあった。
 声が降ってくる。陽気で快活なそれは太陽のような強さを感じさせた。は、と少女が視線をそちらに向ければ、氷水晶のような瞳がこちらを見下ろしている。口髭と額にある深い傷痕が印象的なその男性は少女が目覚めたことによかったと笑顔を浮かべる。
 よかった。よかった、よかった。よかった。
 少女は言われた言葉を男性を見上げながら反芻する。

「よかった。って、なあに?」

 まるではじめて人語を話すかのような拙い言葉。それが、全ての記憶を雪景色の世界に置いてきた少女が発した最初の言葉だった。


***


 人形のようだった。白い雪の大地が生んだ感情なき人形。冷たい肌は血が通っているようには思えず、変わらない表情は仮面のようだった。
 それが、レフティアという名を与えられた少女のはじまりの姿。
 新雪の上に踏み出したレフティアとしての人生と記憶をはここからはじまる。降り積もる雪は彼女の過去を白く染めあげ、降り積もることで過去をのぞくことは不可能にする。
 少女は人に成る。人に生った。それは灯りを見つけたから。明かりに導かれたから。

 だから。

 どうかおもいださないで。そのゆきをそのままにしていて。

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