甘さの味は蜜の味【sideキラーダ】
▼夏祭りのお話
■お借りました:ミランダ(ベラドンナ)さん、キャティちゃん
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グリトニルを出てダグへと。ミランダと共に普段とは異なる夏の装いでやってきたシャッルは今日も相変わらずだ。
「ベラ〜浴衣の着付けもしてくれるみたいよ!折角だし着てみない?」
「そうねぇ、折角の機会だから……いいかもしれないわね♪」
家にいる時とは全く違う雰囲気と口調の二人を何も知らない者が見れば、仲睦まじい婚約者達に見えるのだろう。仮初の姿と嘘でこんなにも騙すことが出来るのは二人の能力の高さもあるのだろうが、周囲の愚鈍さも明らかとなって笑えてしまう。
それにしてもあの口調のシャッルは最初は慣れるのに時間はかかったが、今ではそれも彼の一面として好ましく思っている。
義手をつけているとはいえ、片腕を失ったシャッルは弱くなった。だからこそ彼はペンをとったのだ。元より剣もペンも同等の能力値を持っていた彼だったが、作られた自らの弱点をカバーするように知力をつけた。
シャッルの外での女性的な口調や振る舞いも、全て知力の中の手法の一つに過ぎない。柔らかな口調と親しげな雰囲気は、以前よりももっともっと相手の懐へと潜り込みやすくなった訳だ。そこにミランダという偽りの婚約者もあわせるのだから。どこまでも狡猾な人だと思う。それでいて、愛おしいとも。
”なあ、キラーダ。楽しようや”
地べたを駆け巡り、馬鹿みたいに汗水流していた頃を思い出す度に愚かすぎて嫌になる。努力が何になるというのか、誠実さがなんだというのか。善が何を返してくれた。ただの労を返してきただけだ。
だからこそ、そんなくだらない生活を切り捨てて楽を与えてくれたシャッルが私は大好きだ。
『キラーダー』
『何よ』
『いい匂いがするの』
『……それで?』
『食べてきていーい?』
『勝手にすればと言いたいけど、あんたちょっとは我慢出来ないの?』
だってえとキャティが駄々を捏ねるが、流石に来て早々に食事処へと駆けていくのは共にいる身として恥ずかしいことこの上ない。キャティの尾を咥えて引き留めていると、許可を求めるように何度も呼ばれるものだから噛んでやろうかと思った。
「キャティ、ほら」
そんな私達を見てか出店で買ったらしいりんご飴をシャッルがキャティに差し出す。即座に目を輝かせてりんご飴に齧り付いたキャティの素早さはイグドゥよりも早かったことだろう。
「はい、キラーダも」
「ごめんなさいね、うちの子がいつも…♪」
「気にしないでちょうだい。沢山食べるのはいいことよ」
私の分もとシャッルが差し出してくれたそれに素直に舌を伸ばせば甘い味が広がった。嫌いじゃない味に自然と目が細められる。シャッルが私の嫌いなものを差し出してくる訳が無いからこそ当然なのだが。
「ベラもどうぞ」
それでいて特別を好むミランダへと、お祭りでしか基本はお目にかかれないりんご飴を差し出すのだから。本当に抜け目のないマスターだと誇らしくなった。
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