冬に覗く感情と【sideリピス】

▼2022年のユールの話
 この話の後の話です。
 
■お借りしました:スウィートくん、フェリシアちゃん
 
 
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 さて、どうしたものか。スウィートの家に帰り、わたしはソファーの上で作ってしまった刺繍入りのマフラーを膝の上にのせて睨めっこしていた。
 真っ黒なマフラーには赤紫色の糸で花の刺繍を入れ込んでいる。なんとなしに彼を彷彿とさせる色だったから刺繍にはその糸を使ったのだが、彼のことを意識しすぎている気もして中々に擽ったい。いや、自分でやらかしたことなのだが。
 
 わたしとスウィートの関係は一言では言い表しがたい。明確なのはわたしは彼に恋愛感情を抱いているということと、彼は彼でわたしに少なからず執着してくれている、ということ。
 正直な話パパとママが今のわたしの置かれている状況やらスウィートへの感情を知ったら頭を抱えそうなので一切の連絡はしていない。お金は貰っているが。
 それにしても、改めて彼と共に住み始めてから明確な変化があったようには思えている。彼が家を空けることは少なくなったし、ダグシティの中での買い出しでも彼は基本わたしについてきてくれるようになった。ユメキチを探したくてダグシティの外に出た時は絶対についてきてくれたし、文句らしい文句も言わなくなった。
 というか、やさしくなったようには感じる。わたしの図太さと厚かましさがレベルアップしただけともいうのかもしれないが。結局のところ慣れだ。それでもわたしは彼のことを知らないことが沢山あるし、話していないことも沢山ある。したいことも、話していない。
 旅を一時中断して数カ月が経った。だからだろうか。また、自由気ままに世界を歩きたいと願ってしまうのは。
 
 開錠音に続いて、扉が開く音がした。手持ち達が警戒した様子を見せていないことからスウィートが帰って来たと見て間違いないだろう。
 悩んだ結果、わたしはマフラーを隠すことなくそのままソファーに座り彼が部屋の中に入ってくるのを待った。
 
「おかえり」
「……」
 
 開かれた扉、見慣れたわたしの好きな人の顔。おかしな話だ、ただ彼が帰ってきてくれるだけで、その顔を見れるだけで安堵と嬉しさに包まれるだなんて。とはいえそれを顔に出すと揶揄われることは目に見えているので必死に無表情を貫いた。
 ただいまと彼は言ってくれたのだろうか、それに傾けようとしていた意識は甘えるようにわたしに突撃してきたフェリシアの行動で霧散する。
 
「フェリシアもおかえり。ビビが寂しがってたのよ」
 
 すっかりフェリシアに懐いたビビがわたしに擦り寄っていたフェリシアに近寄って抱き着いた。ぱあと表情を明るくしたフェリシアがリボンでビビと遊んでくれるのを横目に見つつ、上着を脱いでいたスウィートの傍まで近寄る。
 
「これ、あげる」
「マフラー?」
「ユールだもの。たまにはいいでしょ」
 
 何か贈り物をするのにも何か理由がなければ難しくなってしまった。それは単純にわたしが彼を意識しすぎているせいなのだが、それは気付かれなくていい。むしろ気付かないで欲しいと思うが、彼は結局見透かしてくるのだろう。差し出したマフラーを受け取り、しげしげと眺めるスウィートの視線に居た堪れなくなってわたしは即座に話を変えることにした。
 
「あと、聞きたいことがあって」
「何」
「……スウィートって本名?」
 
 偽名よね、といった真意を含んだ問いかけであることは彼には声音ですぐに理解されたことだろう。それが何だといった風な視線に、わたしは続けた。
 
「呼びにくいのよ」
「人の名前に失礼だな」
「あだ名にもしづらいし」
 
 わたしは基本的に人のことは短く呼ぶ癖がある。誰が相手でも敬称をつけないのもそういった理由からだ。それは咄嗟の事態に備えての訓練であり、警戒。無礼だの失礼だのと認識されても構わないとわたしは自分がしたいように人を呼ぶ。
 だからスウィートの名前は、正直呼びにくくてたまらない。これが彼の本名であれば失礼極まりないのでそれはそれで謝罪はするつもりだが、かといって短く呼ぶためのスーだのスートだのといったあだ名はあまりにも彼らしくなくて脳内会議で却下が下された。
 だからこそ一抹の望みにかけてみたのだ。彼にもダイゴロウと名乗っているユメキチのように隠された本名があるのではないかと。刺繍をしている際にユメキチが落としたハンカチを拾ったことを思い出して、この考えに思い至ったのもこれまたおかしな話だが思い出したら即実行に移した方がいい。
 
「もし別の名前があるなら知りたいって思っただけ」
 
 だってスウィートって呼びにくいもの。それにもしも彼に別の名前、他の誰もが知らない名前があるのなら知りたいと思った。
 ……これはただの独占欲だ。

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