真夏に閉じ込めた言葉達【sideリピス】

▼2022年の夏の話。

■お借りしました:スウィートくん、テイさん
 
  
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 夏の暑さも厳しい中、吹き抜ける風だけが心地良さを感じさせてくれる。けれども熱中症防止に被った麦わら帽子が飛ばされそうになるのだけはいけない。わたしは慌てて麦わら帽子の鍔を両手で握りしめる。アクセントとしてあしらわれていたピンクのリボンが風に靡く様を自然と目で追うと、装飾店が目に入った。
 小さな桃色の宝石があしらわれた花をモチーフとした髪飾り。真夏の太陽の陽を受けてきらきらと煌めくそれはとても美しかった。
 壊れた髪飾りは未だに直せないまま。でもあれを手放す気は無い。護身用のワイヤーが仕込まれている髪飾りなんて早々出会える訳もないし、あれは大切なものなのだ。
 
「おい」
 
 つい立ち止まってショーウィンドウに注視していたわたしをスウィートが呼んだ。今日はスウィートと共に買い出しにきていたのだ。わたしは慌てて彼の方まで走る。何故かって嫌味をねちねちと言われるのだけは嫌だったからだ。
 
「何買う訳」
「野菜と魚。あとは牛乳」
「そう」
「あとは、バトルの時のアイテムが欲しいわ」
 
 歩きながらスウィートがこちらを見遣るが、彼は何も言わずに視線を逸らした。何に使うのかという一瞬の疑問は、きっと直ぐに万が一のための準備だと理解したからだろう。
 
「バトル用のアイテムが売ってる場所知ってる?」
 
 食材を買うと荷物になってしまう。だからそう尋ねれば、スウィートは僅かな思案の後に携帯機器を取り出して操作をして、無言で歩き出す。
 せめて何か言ったらどうなのかしら、と思いつつも彼のあの行動が無意味なものではないのだろうとなんとなく理解出来てしまっている自分には嫌気がさした。
 
 
***
 
 
 スウィートに連れてきてもらったのは雰囲気のいい店だった。そこそこに広い店内へと足を踏み入れれば、カウンターの中には背の高い強面の男性の姿が見えた。
 店員か店長か、その人はこちらを見遣ると爽やかな笑顔を浮かべる。第一印象の容姿からかけ離れて気さくな性格なようには思えた。が、強面に耐性のない子どもは怯えそうね、なんて失礼なことが純粋に脳裏をよぎったのはここだけの話だ。
 
「ちょっと見てくるわね。スウィートも自由に見てて」
 
 なるべく早めに終わらせるからと告げてわたしはスウィートと離れてビビと共に店内を練り歩く。揺れるわたしの足首までのワンピースの動きが見ていて楽しいのか、気になるのか、ビビは何度も布に噛み付こうとしてはやめてを繰り返して遊んでいる。バタフリーを前にしたようなはしゃぎようが可愛くてその光景には思わず笑顔になってしまう。
 とはいえ急がないとスウィートに小言を言われるのは確かだ。ボールとキズぐすりと、必要なものを籠に入れてわたしはカウンターへと向かった。
 
「いらっしゃい!」
「こちらをお願いするわ」
「まいど。新米さん?」
「……多分?」
 
 男性を見上げながら、一年の旅を経た今のわたしは新米トレーナーといえるのだろうかと純粋な疑問を抱いてしまった。思わず首を傾げれば帽子が落ちてしまい、ビビが嬉しそうにそれを銜える。
 
「ああ、もう。そんなに気に入ったの?」
 
 ビビを抱き上げて帽子を引っ張るも、離す素振りは見られない。仕方ない、暫くは好きにさせておこう。わたしは改めてと男性の方に向き直った。
 
「へえ、バトルに買ったら値引きしてくれるのね」
「おう。してくか?」
「……今回はやめておくわ。一緒に来てる人を待たせてしまうもの」
 
 首を横に振って、必要な分の代金を支払う。断った理由は間違ってはいないが、目の前の男性に勝てる気は純粋にしなかった。負け戦をするのは嫌いでは無い。負けたとて経験を得ることは出来るからだ。しかし今はバトルをしている時間はないだろう。機嫌を損ねられて後のスーパーでの荷物持ちをしてもらえなくなったら困る。何故なら今日はトトが留守番だからだ。
 
「じゃあまた次の機会にでも。楽しみにしてるよ」
 
 爽やかに笑って男性はわたしに紙袋に詰めた品物を差し出してくれる。バンダナにつけられた七色の輝きは、今のわたしには酷く眩しく見えて____羨ましかった。
 
 
***
 
 
 スーパーでの買い物も終えた頃合には日は沈みかけており、橙色が世界を彩っていた。ヤミカラスの鳴き声がどこかから聞こえる。もう少しで夜の帳が落ちてくる、夕焼けのこの時間帯がわたしは好きで、同時にどこか寂しく思った。
 
 "   "
 
 思わず足を止めて振り返る。そこには誰もいない。わたしの影が伸びているだけ。
 夕焼け時に何度か起きる現象だった。どうしてか、誰かに呼ばれているような気がするのだ。振り返った先へ視線を向ければ、以前スウィートと共に向かったエリューズシティがある方でもあった。
 
「おい」
「……何でもないわ」
 
 紙袋をしっかりと抱き締め直して、わたしは踵を返す。立ち止まってこちらを見ていたスウィートの手を握り締めれば、握り返されることはないが振り払われることだってない。
 
「ねえスウィート」
「何」
 
 喉から出かかったのは、いつまでこうしてわたしを傍において守ってくれるのかという純粋な疑問だった。けれどもそれを聞いてしまったらこの不明確で不安定な名称不明の生活に終わりが来る気がして。

「夜ご飯何が食べたい?」
 
 なんて。酷くありきたりな内容しか口に出せなかった。
 握りしめた手のひらが夏の暑さで汗ばむ。熱いうえに不快なのだから、振り払えばいいのになんて思いながらわたしは結局手を離さないのだ。

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