黒の残滓【sideサラギ】

こちらの流れをお借りしています。
 
■お借りしました:イチカちゃん、アカネちゃん
 
 
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 人間は生まれた時から悪であるかそうではないか。そんな説はどうだっていい。結局のところどう生きるかが全てなのだから。
 
 
 コランダ地方に旅行に来てどれぐらいの時が経った頃かは正直覚えていない。ただ春の祭りを終えた後、俺とイチカはそれを目撃することとなった。時空の歪みだとかいうそれに明確な出現条件はなく、ランダムで発生するのだという。
 発生時間は僅かではあるが、その歪みの空間の中には珍しい道具の他、平素では珍しい個体が出現するのだとか。
 イチカと共にそれを眺めながら思い出すのは過去に一人で旅をしていた時のことだ。強い個体に酷く固執したトレーナー達を無駄に多く見てきた。汗水流して強い個体を追い求め育成し、バトルに精を出す。その様が実に父親にそっくりでそっくりで。腹立たしくて全て叩きのめした。
 そんなことはどうでもいい。煙草の煙を吐き出しながら、歪みの中からこちらを狙うポケモン達の姿を捉える。攻撃性は高そうだとは思うが、別段わざわざ戦ってやる意味もない。慌てるイチカの言う通りその場を即座に離れようとしたが、彼女の目と脚が止まる。その視線の先を自然と追えば、ほんの一瞬だけ白い狐の姿が見えた。それはあのクッカ・ムナで作って貰った飴細工を思い出させる姿だったように思えて。
 その姿が見えてしまえば、そりゃあ彼女が惹かれない訳がない。
 
「あんたも来てくれるでしょ?」
 
 お前の言葉に否定をする術を俺が持っていないことを、お前はどうせ知っているだろうに。
 
 
***
 
 
 歪みの中にイチカと共に足を踏み入れれば、案の定中でこちらの様子を伺ってきていたポケモン達が攻撃を仕掛けてきた。中々に血気盛んなことだ、とイチカの方を見れば流石というかなんというか、咄嗟にアカネを出している。
 現状襲ってきているポケモンはゲンガーとフワライドとあくタイプを出しておけば確かに優位だ。かといってこちらもガラムを出しては補佐がしづらい。ボールベルトにつけたハイパーボールを掴み、俺も宙へと放り投げた。
 
「ベヴェル?」
「こっち燃やすなよ」
「燃やさないってば」
 
 歯車が動く音。それを響かせながら好奇心旺盛なベヴェルは目の前に襲い掛かってこようとするポケモンがいるにも関わらず楽しそうな笑みを見せる。アカネがベヴェルの方を見てからイチカを見てしっかりと頷く。ああは言ったがアカネはしっかりしている。ベヴェルを攻撃するなんてへまはしないことだろう。
 
「白いゾロアだったか?」
「うん」
 
 ゲンガーが放ったシャドーボールをアカネがあくのはどうで打ち消す。フワライドも続いて攻撃をしてきたが、薄暗い視界だからか、その打ち消し合った際に発生した煙のせいか、それはこちらには当たらない。しかし、白いゾロアを探しにきた訳だがあまりにも視界が悪すぎる。こちらにもメリットはあるとはいっても効率よく探すためにはまずこの視界をなんとかしないといけない。
 それならすべきことは一つだろうとベヴェルに指示を出そうとしたところで、影が被る。反射で振り返ってイチカの腕を掴んで自分の背中に隠した。背後から襲いかかってきた黒に月を思わせる輪の紋様の姿。それに、反射で一人。本当に腹立たしく気に食わなさすぎて覚えているトレーナーのことを思い出した。
 旅に出てすぐの頃に出会ったそのトレーナーはいやに俺のロイヤルに固執してきたのだ。バトルをするのかと問えばバトルをするつもりはない、とブラッキーに指示を出してこちらへと攻撃を向けた。関心がなさすぎたのと旅に出て間もなかった頃だったが故に、そのトレーナーがポケモンハンターだとかいうふざけた存在だということに気付けたのはそいつから逃げた後の話になる。
 ああ、腹が立つ。だから俺はあの日からずっとずっとブラッキーが嫌いで仕方がないのだ。あの時俺の頭を殴り飛ばしたそいつが、ずっとずっとずっと。だからこそ、容赦が出来ない。
 反射でブラッキーの腹部を殴り飛ばして勝手に飛び出してきていたロイヤルに更なる追い打ちをかけさせる。俺以上にブラッキーとあのトレーナーを嫌悪する彼女もまた、嫌悪の感情も記憶も健在すぎたようだ。
 
「サラギ!?」
「あぶねぇな」
「ポケモン相手に殴るとか……」
「反射だ、反射」
 
 先に仕掛けてきたのはあっちなのだから仕方ないだろうが、とイチカに傷がないことを確認して安堵する。そうしているとブラッキーを尾で勢いよく払い飛ばして満足したロイヤルがボールの中に勝手に戻った。
 仕留めたのならまあいいか、と周囲の様子を確認すればアカネがゲンガーとフワライドは倒してくれていたようだ。こちらへ攻撃が来ないようにてっぺきを張っていたベヴェルへと視線を向ければ、かたりと歯車が回る。
 
「キリがないな。さっさと見つけるぞ」
「怪我は?」
「してねぇ。イチカ、アカネを近寄らせろ」
「?わかった」
 
 イチカの声に一歩前を出ていたアカネが下がる。それを確認して俺はベヴェルに指示を出した。
 
「面倒くせえから全部照らして倒すぞ」
「……は?それって」
「目閉じとけ」
「ちょっと!?」
 
 俺がやろうとしていることは理解したのだろう。慌てたように声をあげたイチカの頭を抱き寄せてそのまま目を腕で覆い隠す。こちらを見ていたアカネは俺の視線を受けて目を閉ざす。その聞き分けのよさをガラムにも見習わせたいものだ。
 
「ベヴェル、ほうでん」
 
 かたり、かたりと歯車が動く。全力で遊んでいい、と判断したらしいそいつは嬉しそうに歯車の動きを早くしていく。かたかた、かたかた、音に比例して溢れる光の威力が増していき___弾けた。
 
 
 薄く目を開ける。うまくトレーナー達を巻き込まずにほうでんが放たれた様を確認すれば、まずまずの出来だった。散った雷の残滓である光が空間を仄かに照らし、また近場にいたであろうポケモン達が倒れているのが見て取れる。
 
「これで探しやすくなったな」
「白いゾロアまで倒しちゃってたらどうするの!?」
「捕まえやすいじゃねぇか」
 
 そういう問題じゃない、と怒るイチカを離せば褒めてと言わんばかりにベヴェルがアカネに擦り寄っているのが見えた。

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